@uk_plus_
本日は授業も部活もない。文化祭前々日の完全準備日だった。
「こういう日くらい私服で来たいよね~」
「買い出しに行ったりもあるから、それは無理だよ」
クラスの友達と一緒に必要な材料を持ちながら教室までの廊下を歩いて、悪態をつくように言う彼女に私は笑った。するとそんな私を見て、思い出したように彼女が言う。
「そういえばさ、どう?」
「何が?」
「越知くんと」
「…ますます何が?」
問われている意味がわからなくて私が眉間に皺を寄せて聞き返すと、友達はうーんと唸った。
「だってさ~越知くんってすごい人だけど、やっぱりとっつきにくくない?あんたが彼と二人で作業するって、正直心配だったもん」
「どういう心配なのそれは」
「なんていうの?楽しくできてるかなぁ、とか」
―楽しく…。
彼女の言葉を心の中で繰り返して、私は一寸およそ一か月のことを思い出してみた。
初めはやはり少し緊張してしまったこと。けれど少しずつでも話してみれば、越知くんはただ言葉の数が少ないだけで、普通の、優しい男の子であると知ったこと。
ひとつひとつ思い出していると、黙ったままの私を見ていた友人がぽつりと言った。
「あんた、何笑ってんの?」
「え?」
訝し気な声と私の間抜けな声が、廊下に響いた。
友人と別れて戻って来た私の耳に、資材置き場の教室から何やら楽し気な声が聞こえてくる。教室に近づくにつれ大きくなるそれは、越知くんとよく一緒にいるクラスメイトの男子のものだった。
「あれ、どしたの?何かあった?」
「あ!いいとこに来たー!越知がさぁ…資材くれないの、俺もうこんなに頼んでるのに…」
「全くもって頼む姿勢ではない」
「この通りなんだよー!大事な大事な友人が頼んでるのにさー…」
「越知くん、領収書の確認してくれてるんだ。なら私が探して渡すよ」
ふざけた調子で言うそのそばで越知くんは束の領収書を見ているようだったから、私はそう言ってさっと資材リストを出した。そして二三言やり取りをして、必要な物を手に取り越知くんの友人に手渡す。
「はい、じゃあこれどうぞ」
「ありがとー!助かったわー」
そう言って目の前の彼はにこにこと嬉しそうにそれを受け取り、今一度領収書を見ている越知くんへ大きく声をかけた。
「越知ー俺行くわー。彼女に迷惑かけんなよ!」
「お前と一緒にするな」
いつもは冷静な越知くんが少々嫌そうに声をかけるものだから、私はなんだかおかしくて笑ってしまった。
「どうした」
友人がもう教室からいなくなったというのに、まだ嫌そうな表情をしていた彼がそのまま私に問う。
「ううん、楽しそうだなって」
「あれで…楽しそう…?」
心底嫌だったのか、私が笑いながら言ったことを越知くんは訝し気に繰り返した。その様子もなんだか可愛く見えてしまって、私は笑ったまま言葉を続ける。
「うん。越知くんいっつも冷静なのに、彼といる時ってなんかこう、年相応だなぁって」
「そう、だろうか」
「…あ!いや、その、失礼な意味じゃないの。ごめんね」
すらすらと出てしまった言葉を自分の中で反芻して、不思議そうにする越知くんへ私は慌てて言い訳した。対面する声があまりにも静かだったから謝ったあとにまた私が口を開こうとした時、越知くんがぽつりと言った。
「もし」
「何?」
「もし怖いと思わせた瞬間があったのなら、謝ろう」
「え、違う、そんなこと―」
―思ったことなんか一度もない。
「そんなの、思ったことないよ!」
心に浮かんだ言葉を私はそのまま紡ぐ。まっすぐ私を見ながら、でも少しその声が震えていた気がしたから、きっと私は強く言葉を漏らしてしまったのだと、そう思う。
「……そうか」
「…うん」
私の言葉を聞いた越知くんが一寸驚いたように目を見開いてから、そして静かに―。
「よかった」
そう言った。
その時私は見てしまった。越知くんの切れ長な目が優しく細められて、そしてほんの少し、ほんの少しだけ口元を綻ばせたのを。私は見てしまったんだ。
きっと教室に入る前、友人に言われた言葉のせいだと、私は彼女を責めたくなった。
「あんた、越知くんのこと好きなの?」