@uk_plus_
「越知ー!材料くれよ!」
「お前にはやらん」
「食い気味で言うのをやめろ」
元気の良い声とともに資材置き場になっている教室の扉が強く開かれたが、越知はそちらに視線をやらずリストや領収書を見つめたまま言った。しかしそんな様子を気にもせずに、友人は軽い足取りで近づいてどんと越知の肩に凭れ掛かる。
「邪魔だ、どけ」
「冷てぇなー。つか何してんの?」
「材料費の確認だ」
「会計じゃねーのに大変だな」
「必要なことだ。彼女がいない間に片付けている」
未だ友人の方を見ないままリストに何か書き込みながら越知は言葉を返す。そんな越知の返答に快活な友人はおやと眉を上げた。
「あ、今彼女出てんの?ざーんねん」
「…残念?」
「いやぁ、丁度手も空いたし、どんなもんかなーって見に来たんだけどよー」
「材料が必要だったんじゃないのか。暇なら今すぐ帰れ」
「いいじゃんか!どうせ丸一日なんだし。それともあれか?」
「…なんだ」
「やっぱ二人っきりがいいってこと?」
「寝言は寝て言え」
そして邪魔だと付け加えた時、友人が文句を言うよりも先に彼女の声が教室に響いた。
「あれ、どしたの?何かあった?」
「あ!いいとこに来たー!越知がさぁ…材料くれないの、俺もうこんなに頼んでるのに…」
「全くもって頼む姿勢ではなかった」
「この通りなんだよー!大事な大事な友人が頼んでるのにさー…」
「越知くん、領収書の確認してくれてるんだ。なら私が探して渡すよ」
待ってねと言いながら自分のリストを取り出した彼女が友人に向き直り、そしてどれが必要か聞きながら何か頷いていた。
その二人のやり取りを耳にしながら、ちらりと越知はそちらを見る。そしてすぐ見たことを後悔して、視線を紙束に戻した。
―彼女に似合うのは、俺なんかではなくて…。
「はい、じゃあこれどうぞ」
「ありがとー!助かったわー」
嫌な思考が脳裏に過りかけた時、彼女から必要な物を受け取った友人は未だ領収書と睨み合う越知に声をかけた。
「越知ー俺行くわー。彼女に迷惑かけんなよ!」
「お前と一緒にするな」
さっさと行けと言わんばかりに怪訝そうに声を返すと、何やら文句を言いながら友人は教室を去ったようだった。すると背後から小さな笑い声が聞こえてくる。声の方を見れば彼女がリストを持ちながら笑っていた。
「どうした」
「ううん、楽しそうだなって」
「あれで…楽しそう…?」
「うん。越知くんいっつも冷静なのに、彼といる時ってなんかこう、年相応だなぁって」
「そう、だろうか」
「…あ!いや、その、失礼な意味じゃないの。ごめんね」
楽しそうにひとしきり笑ったあとに、彼女は越知の声を聞いてはっとして慌てていた。その表情を見て、越知は先ほどの彼女が友人へ見せた笑顔を思い出す。
―もし、自分が彼女を怖がらせていたら。
「もし」
「何?」
越知がふと思ったことを小さく言おうとすると、彼女はそれを聞き逃すことなく返事をする。その事実が単純に歓喜となって苦しい胸を抑えながら、越知は言葉を続けた。
「もし怖いと思わせた瞬間があったのなら、謝ろう」
「え、違う、そんなこと―」
越知の素直に思うことだった。彼女と二人だけで作業をすると決まった日から。自分以外の人間にも隔てなく笑いかけられる彼女を、真逆な自分が困らせることは越知の本意ではないのだから。まして怖がらせることなど―。
「そんなの、思ったことないよ!」
しかしそんな薄暗い思考は初めて聞いた彼女の強い声音に掻き消された。少々それに驚いた越知がぽつりと声を漏らす。
「……そうか」
「…うん」
心外そうに、しかし心配しているように眉を顰めるその表情すらも、越知には眩しく見えた。
「よかった」
建前ではないと自惚れたいその言葉に越知が心底安堵して言葉を漏らすと、彼女の丸い瞳がより一層大きく丸くなって、しばらく越知を見つめていた。そんな瞳から越知は目を離せずにいたが、見つめ合っているという現実に気付いてしまいぎこちなく声をかけた。
「何か、あったろうか…」
「えっ…あ、ううん、ごめん、なんでも…。あ、残ってるやつ、私も手伝うね!」
濁された言葉の先と、少し赤い彼女の顔を見てしまった越知の手は、震えながら紙束を握っていた。