@uk_plus_
「まだ何か仕事が―」
「あっ!片付いてる!から!私!教室の様子見て来るね!」
背後から聞こえてくる声に、私は反射的に大きな声で返事をしてからその顔も見ずに資材置き場を後にした。今なら体育の授業で良い成績を取れるかもしれない。それほどの俊足で越知くんから距離を取った私は、物陰に体を隠してから自身の胸を押えた。私は今日、越知くんを避けている。
今私が越知くんと顔を合わせることはとても難しいことだった。
―ごめんね…越知くん。
心の中で思っても無意味なことなどわかっていたけど、それでも今はそうするしかなかった。急に自覚してしまった感情を持って、彼にどう接していいのか私には全くわからなかったのだ。
文化祭の前日で騒がしい廊下を一人でゆっくり歩きながら、私の頭の中では昨日友人に言われた一言がぐるぐると駆け巡っている。
『あんた、越知くんのこと好きなの?』
その言葉を投げかけられた時、思考が完全に停止したようだった。散らばったたくさんの出来事と感情たちが、そんな一言でぱちりぱちりとパズルのピースのようにはまって、そしてひとつの答えに辿り着いてしまったのだ。
―私が、越知くんを、好き…?
突然訪れた感情の波は一気に自分の頭を熱くさせたが、目の前の友人には全力で否定をした。しかし強く首を横に振る私に彼女はにやにやと笑っていたから、恐らくその感情は知られてしまっただろうけれど。
―今そんなことは、問題じゃない。
一番の問題は、自分が越知くんと向き合えないことだった。唐突な気付きは私に混乱をもたらして、顔を合わせた越知くんに驚いて避けてしまったのだ。一度そうしてしまうと次第に気まずくなってしまって、以後もそうするしかなくなっていた。現実問題として、文化祭の前日である今日をずっとそうして過ごすことは難しいだろう。
自身のやってしまったことに頭を抱えながら、私はため息をついた。
―どうしよう…。
色んなことへのどうしようが頭を占拠していよいよ頭痛になりかけた時、足元を見ていた私の視界にひとつ影がかかった。
「大丈夫か?」
そしておよそ一か月聞いていた優しく低い声が私の耳に届いた瞬間、弾かれるように顔を上げればそこには心配そうな顔をする越知くんがいた。自分よりも随分と高い位置の顔を認めて、私はやはり大きい声で返事をする。
「大丈夫!すごく元気!生きてる!」
「生きていなければ、困る」
「そ、そうだね!はは!あ!仕事!思い出した!行かなきゃ!」
馬鹿みたいにはきはきと声を出して張り付いた笑顔でまたそこから立ち去ろうとすると、私の手が強い力で引かれたのがわかった。
「…っ待ってくれ」
そして珍しく余裕のなさそうな声が、私を引き留める。
「お、越知くん?」
そんな様子と突然掴まれた手に動揺して、上ずった声が出てしまった。がちがちに硬くなってしまった体と恐らく赤くなってしまっている顔を越知くんに向ければ、視界に映った彼の顔も何やら赤くなっているように見えた。
「し、仕事があるなら、手伝おう」
「…え、あ、いや、いやいやいや!一人で、できる、から」
「…どんな仕事だ」
「それは、えっと…」
仕事があるなんてもちろん嘘だ。そんな嘘には逃げる術などあるわけなくて。そして何より私の手を掴むその大きな手が、逃がさないという意思をしっかり持っているように思えて振りほどけなかった。
「お、女の子だけで、やるやつ!そう、そういうやつ!」
「どういうやつだ」
「い、言えない」
「言えない仕事などあるか」
はっと思いついたように言えば越知くんが怪訝そうに聞き返すから、再び嘘で逃げ場のない言葉を私は吐き出す。すると珍しく強めに越知くんがそれを否定した。そんな言葉になんだかむっとした私は更に言い返した。
「あるの」
「ない」
「ある」
「ない」
「ある!」
「ない」
「ある!」
嘘を崩されたくなくて強情に私が言い張れば、同じように越知くんも言い返す。何度かそのやり取りを繰り返しているとなんだかもう途中から可笑しくなってしまって、どちらからともなく笑っていた。
「案外強情だな」
「よく言われる…越知くんもでしょ?」
「…たまに言われる」
そんなやり取りにもう一度互いに笑うと、越知くんが掴んでいた手を離して私に向き直った。
「その、すまない、少し話があったんだ」
「話?」
「ああ」
真剣な声音に目の前の痩身から目を離せないでいると、いつぞやのように屈んで彼が私に言った。
「二人だけで、話がしたい」
見つめてくる綺麗な双眼をしっかりと受け止めて、越知くんを好きであるという気持ちも私はその時受け止めた。