@uk_plus_
ちりちりと注がれる視線がそろそろ頭頂部を焼きそうになった頃、私は目の前の座する大きな背丈に堪らず声をかけてしまった。
「あの…」
「どうした」
「さっきから、その、気になるんですが…」
視線を落としていた文庫本からちらりと覗見て対面に座る越知へと遠慮がちに訊ねてみると、目の前の彼はこともなげに返事をする。私がため息を吐きながら読んでいた本を閉じてテーブルに置けば、少し不思議そうにしながら越知は緩く座っていた背を正した。
午後過ぎの喫茶店はほどほどに人が入り、話し声やグラスの音が響いている。私の前にあるアイスティーのグラスは少し汗をかいていて、越知の前にあるホットコーヒーは来た時よりも冷えているようだった。
「それで」
「え?」
「何が気になるんだ」
テーブルに肘を付きながら氷が丸くなってしまったアイスティーのストローに口を付けていると、先ほど私が苦言を呈したことへの理由を越知が聞いてきた。
「いや…」
「なんだ」
「ずっと見られてると、穴が開きそうっていうか」
「開いてないが」
「そりゃあ開かないよ、現実には」
喩えだよと眉間に皺を寄せながら言い返せば、越知はそうかと気のないような返事をしながらソーサ―に乗るカップを持ち上げた。その様子を見るに越知が少しだけ私をからかったのだとわかって、私はもう一度文庫本を開いて強引に視線をそちらへ投げ込んでみる。そしてコーヒーを一口飲んだらしい越知は、やはりまた私にしっかり視線をやって黙り込んだようだった。
「越知、あのさぁ」
「なんだ」
「ごめんね、二人で出掛けてるのに、本なんか読んで」
「ずっと読みたがっていたものだろう。俺は別段構わないが」
「そう?さっきからずっと見てるじゃない」
「…そうだな」
「何か言いたいことでも、あるんじゃないの?」
本は開いたままに私が強めに言えば、少し考えてから越知が私の方へぐっと身を寄せた。テーブルを挟んだ距離感でも体躯のいい越知の迫力が眼前にきて、私は少し身を引く。そして喫茶店の空気に混じって、越知の薄い男性的な香りが私の鼻孔に届いた。
「今聞きたいか?」
その口元がほんのり、本当にほんのり笑った気がする。
「な、なに」
唐突に投げかけられた温度の違うような言葉に、私の心臓が跳ねた。思わずうろたえてしまって口元を開いた本で隠せば、その様子を見ていた越知は満足したようにゆっくりと席を立った。
「手洗いに行ってくる」
「ああ…うん」
急に解かれた空気感に私は肩の力が抜けてしまった。大きな背中を見送りながら、しかし未だに騒がしい心臓を落ち着かせるため私はもう一度活字の波に視線を落とした。
互いの飲み物がそろそろ終わりになった頃、退店をするために席を立つともうすでに会計が済まされていて私は頬を膨らませていた。
「いつの間に…」
「いつだろうな」
「…ああ」
あの時か、と思いながら自分よりも随分と大きい身長に視線をやった。当の本人はそんな私の視線を完全にスルーしていた。
「行くぞ」
「うん」
促されて喫茶店の外へ出れば、店内よりも騒がしい雑踏が瞬時に二人を囲む。そして私は思い出したことを何気なく越知に訊ねた。
「そういえば、さっき何て言おうとしたの?」
人混みに紛れながら声をかけると高い位置から視線が下され、そしてふいと逸らされた。その様子を不思議に思い、ねぇとまた声をかければ、越知はゆっくりと歩を止めて私を飛び越えた先へ顔を向ける。つられて私もそちらを向けば、そこには綺麗なガラスの大きなショーウィンドがあった。艶のあるエナメルの靴だとか鮮やかな革のバッグなんかが並んでいた。
「…綺麗」
「名前」
キラキラと光りを反射するそれらとガラスに近づき思わず手を当てて覗いていたら、真後ろに越知がやって来て静かな声で私の名前を呼んだ。
「なに―」
振り返って反射的に高い位置を見上げれば、思いの外近いところに越知がいて私を見下ろしている。だからこそいつもは見えない前髪の奥がうっすらと見えて、鋭いそれはいつもより優しく細められていた。
「可愛らしいと思って見ていた」
雑踏が一瞬で無音になった。手に当たるガラスはひんやりしていたはずなのに、なんだか温く感じる。
「…行くぞ」
「う、うん」
どういうことと問う前に越知が踵を返すから、私は足早にそばに寄って後についていった。そして隣の越知に視線をやらずにほんの少し文句を言ってみる。小さな抵抗だ。
「今言うことだった?」
「むしろいつならいい」
「そういうこと聞く?普通」
反対に聞き返されてしまいむくれながら抗議すれば、今度は大きな掌がゆったりと私の頭を撫でた。
「うわ」
「必要ならいつだって言う」
―いつだってそう思っている。
そう続いた言葉に体中の血液が顔に集まってしまって、私は誤魔化すように乱された髪の毛を整えた。