@uk_plus_
「自分で渡せばいいじゃん…」
自分のクラスから幼馴染の在籍するクラスまで、両手を箱いっぱいにして名前は愚痴をこぼしながら歩く。
―越知くんと幼馴染なの!?
―じゃあこれお願いしたいんだけど…。
ありったけの底意地の悪さで拒否をしてやりたかったが、少女たちのきらきらと輝く瞳に囲まれてはなかなかそうもいかなかった。
引きつった笑顔で彼女たちの応対をした後名前は幼馴染である越知のクラスへと渋々赴き、この箱たちを送られた当人へ至極面倒そうに声をかけた。その声を聞いて象並みに大きな越知はゆったりと彼女の元へとやってくる。
「なんだこれは」
「宅配便だよ、宅配便」
「宅配…?」
「なんていうかまあ、あんた日頃からそんなんじゃない?」
「どんな言われ様だ」
「それで私がある意味被害を被っているのだから我慢するべきだね」
「被害なのか」
「被害だよ!誕生日プレゼントを代わりに渡してくれだなんて、何の罰ゲームなの」
両手いっぱいに抱えた色とりどりの箱を高々越知の目の前にずいと名前が差し出しせば、少し後ずさりながらもその大きな両の手で彼はそれを受け取った。そして両手にあるそれらを見ながら少々困惑気味に越知は聞いてくる。
「どうしてお前なんだ」
「幼馴染、だからでしょ」
そうだけ言って踵を返した彼女を、越知は低い声で呼び止めた。
「名前」
「何さ」
「…この送り主たちの名前とクラスを知りたい」
「は?」
「その…返礼をするべきだろう」
なんと真面目な幼馴染様だろうと思いながらも、なんと間抜けなことを幼馴染に聞くのだと内心呆れ返りながら名前は頭をかく。こういう案外素直なところが越知の良いところであることも、もちろん彼女は知っている。
「あー…全員わかるかな」
「わかる分だけでいい」
そう言って彼はひとつ箱を取り、名前の目の前に出して見せた。
「あー…っと。多分、それは、あんたのクラスの、あの子だよ」
名前が当人たちに悟られないように目線でその箱の送り主である女子を指せば越知はゆったりと振り返り、ああ、とだけ返事をした。
「あとは彼女たちに聞こう」
「是非そうして」
実際名前も全部が誰の手元から来たのかなど把握はしていなかった。群集でやってきて、群集で箱を押し付けて行ったのだから尚更だ。
「じゃ、まあ、頑張って」
「名前」
「今度はなあに」
ひらひらと右手を振りながらもう一度背を向けると、また越知が名前を呼び止めた。そろそろだるくなってきた彼女は緩慢な動きで振り返りながら、越知の顔を覗き込む。
「今日は部活がない。放課後、一緒に帰ろう」
「……別にいいけど」
珍しいお誘いに名前が目を丸くしながらも承諾すれば、越知はひとつ頷いてじゃあと背を向けた。
「ねえ、苗字さん…なんか、越知くんがプレゼントを返してきたんだけど…」
「えっ!?」
クレームは現場ではなくクレーム対応窓口へ。それは至極真っ当なことではあるが、名前がそんな報告を受けたとして何一つ良いことはもちろんない。プレゼントの箱を押し付けてきた一人の女子が、放課後に名前の元へ顔を真っ青にして訪ねてきたのだ。
「なんか、なんかあった?」
「え、は、いやっ?特に、別に、普通に受け取ったけど…?」
悲しげな少女の瞳は、しかし微かに名前を睨み付けてもいるようだった。何もしていない―むしろ善行をしたというのにどうしてこんな責められているような気持ちになっているのだろう。名前は内心苛立ったが、少女に対してただただわからないと繰り返した。
―あいつ何考えてんの…。
そして越知への怨嗟を心で唱えていると、ぬっと大きな影が名前の目に入った。
「名前」
「あ、越知」
「帰るぞ」
件の人である越知が素知らぬ顔でして名前を迎えに来たのだ。プレゼントを返品された少女が声をかける前に、名前は素早く越知へ言葉をかけた。
「おいおい越知さん、あなた何てことをしでかしてくれたんですか?私はもう全然一ミリも理解が及んでいないのにこの様なんですよ?何か弁明することがあるんじゃあないんですか??」
彼女がべらべらとまくし立ててみせても、対面する越知は落ち着いた様子でああとだけ言った。そして名前の隣で未だ疑問符を浮かべている女子に向き直りこう言った。
「ああいったものは、受け取るつもりがない。申し訳ないが」
それだけ言い放ち、越知はするりと名前の手を掴んで帰るぞと腕を引いた。そんな二人を呆然と見送る女子の視線が自分だけに刺さっていることを、名前はじりりと痛む後頭部で感じていた。
校舎から玄関を通り、校門を出た。その間名前は越知の名前を何度も何度も呼んだ。彼に手を掴まれ引かれたまま。
「あの、あのさ、越知、あのさ」
「……なんだ」
「頼むから一度呼んだら一度で返事をしてよ…」
「聞こえなかった」
「絶対嘘でしょこの距離感で」
「お前が小さすぎるからだ」
「失礼通り越してるよね?あんたに比べれば皆コロポックルだからね??」
何度名前を呼んでも振り返らずにいる幼馴染に、そろそろ名前が苛立った声を上げた時だ。掴んだ手はそのままに、ゆったり越知が彼女を見やる。その高い位置にある表情は相変わらず前髪に隠れてしまっていたが、越知が少々怒っているように名前は感じた。見下ろしたまま無言でいる幼馴染のそんな態度にむっとした名前が棘のある言葉を投げる。
「…何怒ってんの。怒りたいのは私で、けど大人だから怒ってないんですけど」
「怒っていたのか」
「そりゃ腹立たしくも思うよね」
「何故だ」
「何故ってあんた…」
未だに手を掴んだまま首を傾げる越知に、呆れた名前はため息の後に口を開いた。
「直接渡せもしないプレゼントを託されても責任負いかねるし絶対断れないことわかってて群衆で来るし私は便利屋でもないしなんか皆すごい可愛いしあー越知のこと好きなんだなーってわかるしそれにはものすごく同意するけどだけどだからって私が小間使いみたいにされるのってすっごく心外だと思うしこれで腹の立たない人間がいたらいくらでも時間をかけていいから会ってみたいね!」
内心のマシンガン。一息で言い切った名前の言葉に驚きもせず越知が冷静に返事をする。
「だいたいは把握できたが、ほぼわからなかった」
「それは、わからないって言うんだよ越知」
そして名前も越知の返答に慣れているように返す。懐かしいような空気感が二人を包んで、名前はくすりと笑った。
「なんか、越知と久々、まともに話した気がするかも」
「そうだろうな」
「まあ、あんた部活で忙しそうだもんね」
「…名前が―」
何とでもないように言葉を交わす名前に、越知は一寸口ごもってから少々真面目な声音で言った。
「俺を避けているからだろう」
先ほどとは違う空気が急に降りて、名前は押し黙った。それを見て越知は続ける。
「どうしてだ」
「どうして、って―」
名前の言葉は続くことなく喉の奥につっかえたようだった。そしてその様子を見ている越知も口を開くことはない。
「……時間が合わないだけでしょ」
先に言葉を紡いだのは名前だ。しかしその言葉は言い訳のようで、目を合わされることなく溢されたその音は越知の眉間に皺を作る。
「合わせたらいい」
「なんで?合わせる理由がないよ」
平坦に投げられた返答として若干間違ったそれは、逸らされた名前の視線を越知へ戻すのに威力は十分だった。ぱっと顔を上げた名前が見た先には、彼女が―幼馴染として長く共にいて見たことないほど悲し気な越知の表情があった。いつもは目元を覆い隠してしまっている前髪の隙間から、睨み付けるような三白眼が光っている。
「どうして…あの子たちに、返して回ったの…プレゼント」
その視線から逃げるように、話題と一緒に逸らされた目は名前自身の爪先あたりで泳いだ。本当に本当に彼女の声音は小さくて、恐らく喉の奥が詰まってしまっているのだろう。しかし対面する越知はそんな彼女の言葉に返事をしない。ひとつも口を開かないまま、俯きがちに視線を彷徨わす名前をずっと見つめていた。
名前の惑う視界の中に、越知の革靴の爪先が映った。男性の、それよりももう一回りほど大きなそれは少々先が擦れている。見下ろされている後頭部に重たい視線を感じながら、そんな爪先に彼女は唇を噛んだ。目の前の大きな幼馴染が自分に何を伝えたいのか、わかってしまったから。
「腹が立ったのか」
「……」
「何故だ」
―そんなことを、言わせようとするなんて。
狡過ぎる幼馴染の一言に、名前は更に唇を噛む。特段意識していたわけではない。ただあるがままに、毎日のように、いつも彼をそばに感じていただけだった。それは互いに成長するにつれ、思春期を過ごすにつれ、一体どんな感情なのかわからされてしまっただけなのだから。
「…言わない」
「名前」
「言わないよ」
未だ爪先に視線を落としたままの彼女の名前を呼んだ越知の声はどこか焦っているようだった。
「なら、俺が言おう」
「やめて」
「どうしてだ」
―どうして?
惑わされる胸中に名前が視線を上げた瞬間だ。越知がぐいとその巨躯を屈めて彼女の顔を覗き込んだ。
「何も、困ることなどない」
ほぼ同じ高さに合わせられた瞳同士がかち合った。三白眼に光る感情が、強く彼女の瞳に届いてしまう。そしてそれは彼女の感情も困惑も全て越知に伝わっている証拠だった。
「私は…私は、このままで、いい」
「聞いてくれ」
「い、いやだ」
そこまで越知に詰め寄られてとうとう彼女は掴まれた手を振り払った。その瞬間、名前の視界はゆるりと歪んでいく。涙で。
「さっきだって、さっきだってそうだった。幼馴染だからって、一番近いからって!じゃあ何度私はああいう思いをしなくちゃならないんだろうって…思うじゃん!」
「名前、俺は―」
「さっきの子たちみたいにあんたを想ってる子がいっぱいいることくらい知ってるのに、馬鹿みたいに隣で笑うことなんて、心の狭い私には無理だよ…なにより、なにより私はね!越知が死ぬほど優しいって、知ってんだから!」
―私にもあの子たちにも、誰も傷付けない理由や言い訳をしていくんでしょ。
最後の一言は声にならぬ声で、つまり彼女は涙を流しながら全てを言い切った。それはいつもの軽口のようでいて名前が抱く越知への感情そのものだった。言葉を突き付けられた越知の目は見開かれ、驚いた表情のまま名前の両肩を大きな手で掴む。
「名前」
「嫌だ!」
「聞け」
それは懇願でなく指図的物言いだったが粗暴ではなく、むしろ彼女を労わるようだった。その音に驚いた名前は未だ流れる涙をそのままに越知の顔を見た。
「俺は今まで通り、これからも、お前しか見ない」
「…」
「必要なら、必要なことを全て伝えよう。他のやつにも、名前にも」
「そんなこと―」
「約束する」
―できっこない。
そう漏れそうになった名前の言葉は日頃では想像もつかないほどに力強く低い声に遮られる。対峙した瞳同士がまっすぐに繋がったまましばらく時間が経った頃合いで、彼女は両の手で頬の涙を拭った。
「…明日」
「ああ」
「朝、前みたいに、迎えにきて」
「…容易いことだ」
「おこして」
「なら、ちゃんと起きることだな」
ぐずぐずと鼻を赤くする名前の頭をひとつ撫でて、越知は口元だけで笑った。その仕草に頬を膨らませながらも、今度は彼女の方から越知の手を引く。そしてむくれたように言葉を続けた。
「起きるよ。あんたがちゃんと起こせばね…巨人」
「小さすぎて見えなければ難しいだろうな、コロポックル」
軽口の応酬には恐らく誰も見たことのない越知月光の表情があった。
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「そもそもあれらを受け取るつもりもなかったがな」
「じゃああのワンターンいらないよね?」
「お前の苦労を考えた結果だ」
「そんな優しさある?」