@priduo_hyakkaTL
「ねえ知ってる? 黒い女の霊のウワサ」
「当たり前じゃん、知ってるよ。アレでしょ? ドロドロになったドレスを引きずって夜道を徘徊してて、出会ったら襲われるってヤツ」
「そうそう。でもね、最近はそれだけじゃないらしいんだよ」
「ええ? なになに?」
「実はね、その女の霊と戦う魔法少女がいるんだって」
「は? 意味わかんないんだけど、なにそれ」
「そのまんまの意味だよ。魔法少女っぽい格好した女の子がその女の霊をやっつけてるんだってさ」
――波咲市。
本土の某県と"花咲かせ橋"と名付けられた大橋一本で繋がっているこの都市には噂が蔓延していた。
それが「黒い女の霊が出る」という分かりやすくも非現実的な噂なのだが、恐ろしいことにこれはただの噂や都市伝説の類ではなく事実であるということを波咲市の市民のほとんどが知っている。
波咲市自体は海の上……要は埋立地に築かれた人間たちの居城ではあるが、元々曰くがあったとか工事中に人死にがあったとかそういうこともなく、なんなら数か月前までは日本のどの都市とも変わらないよくも悪くも普通の治安維持が行われ、ごく当たり前の日常がそこにはあった。
けれどいつの間にか日常は非日常に置き換わっていき、ふと顔を上げたらそこには黒い女の霊が存在していたという。
最初はネット上の噂から、誰もが冗談半分に信じていた都市伝説的な存在をほとんどの人々が認知し脅威だと感じるようになったのはここ二か月ほど前からだ。
噂なれど真実――そうした扱いをされてきた霊は今や若者のコミュニティでほぼ毎日のように「どこにいた」「アイツが襲われた」など取り沙汰されている。
だが。
「この前肝試しした二組の佐藤っていたじゃん? アイツ見たんだって、白い服の女の人とか赤と黒のかっこいい人とか」
最近はそれに通ずる新たな噂が生まれ始めていた。
「いるんだよ、魔法少女。あとその人たちと一緒にいるナイトみたいな人も、黒い女の霊を倒そうとしてるみたいでさ」
魔法少女とナイト様――それが女の霊と戦う姿が目撃されているという、嘘みたいな本当の話。
囁かれ始めたのはつい最近のことである。
◇
波咲市の朝はどこであっても穏やかで平和だ。
黒い女の霊の噂はあれど、昼に姿を現すことのないそれを怯える者が真昼の間にいるはずもなく、むしろ日常生活を送る人々が恐れているのは遅刻や電車の遅延の方であり教師の呆れたため息と上司のパワハラよりも恐ろしいものはない。
なにが怪物だ、なにが女の霊だ、そんなものは普段通りの生活を送るには邪魔にしかならない要素なのだから、思考の隅にでも追いやってしまえばいい。
そうして結局はいつも通りの日本という国では一般化した日常が継続している。
もちろんこの波咲第二高等学校も例外ではなく、始業のチャイムが鳴るその時間まで思い思いの話題を挙げながら朝の会話に花を咲かせるのがルーティンのひとつと化していた。
「だってさ! 夜の街で人々を襲う怪物女と人知れず戦う魔法少女とナイト様……ロマンチックだよねえ……――って、聞いてる?」
黒髪の少女がスマホの画面にSNSに投稿された一文を表示し、見せつけながらうっとりと、されど怪訝そうに首を傾げる。
そしてその正面。淡い金糸がふわりと揺れる少女がなにやら遠くを見つめながら話を聞いていた。
「へ、へえ~そうなんだぁ知らなかったなぁ」
「うわ、すっごい生返事」
「だって嘘っぽいし、ほら、アレ……そんな漫画みたいなことあるわけないっていうか」
しどろもどろになりながら言い訳を並べる少女・西園ことはは普通の女子高生、というより彼女が今いる教室にいるほとんどの少女がいわゆる一般人である。
中でも少女然としていて可憐、どこを切り取っても平凡な女の子にしかならないのがこの西園ことはという人物。愛らしい声も朗らかな笑みも頬を伝う汗もどこにでもいそうなを体現しているし、友達の話を聞く姿勢すらもその辺でよく見かけるタイプの姿勢だ。
なので、波咲市に住んでいると自然と毎日語られる例の噂に耳を傾けては「あーまたこの話」と思って聞いているフリだけをする。
どうせいつもと同じ話しか出てこないのだ。なにを聞いてもつまらないだけで、なにより耳にタコができてしまう。
けれど今日に限ってクラスメートであり友人の美咲が振った話題に対して心を動かされた。
「ええ~。ことはって魔法少女もの好きじゃないの? なんかピュアキュアとか毎週見てそうじゃん」
「もう小学生の頃に卒業したよ! そうじゃなくて、普通に魔法少女とかナイト様なんてありえなくない? ってことだからね」
「夢がないなぁ」
「夢ないもん」
「認めちゃうんだぁ」
あっさりと言い切ってしまったことはに対し、美咲がぐったりと項垂れる。
そりゃあそうだ。華の女子高生が夢がないことを指摘されて秒も経たずにそのことを認めてしまうなんて悲しいにもほどがある。
特にいわゆるギャル系にあたる彼女にとってはジャンルの違う人間の自身との明確な差を感じて絶望にすら到達しかねないほどのショックになってしまった。
「そう、だからいないよ。魔法少女も騎士もいないんだ」
続けるようにことはがそう言うと美咲は「そっかぁ」とため息ひとつついてスマートフォンの画面と向き合う。もうこのことを話す気はないらしい。
美咲の関心から外れたことで一時の自由を得たことはも同じく、スマートフォンの画面を見つめた。
開いてあるページは匿名掲示板のスレッド。
――スレタイは「波咲市に魔法少女がいる件について」。
魔法少女の目撃情報を挙げていくという名目で建てられたこのスレッドは毎日様々な情報が寄せられている。
結婚式から飛び出してきたかのような白い服を纏った男女を見たとか、王子様のような恰好をした金髪の子を見たとか、そんなどこが出どころかも分からないようなにわかには信じがたい噂が入り混じった書き込みは見ているだけで頭が痛くなるようだ。
今日も朝から「魔法少女の実在信じてるヤツいんのくっさwww現実見ろよww」というまんますぎる荒らし書き込みに噛みつく実在派がスレッドを加速させている。実在派曰く「あんなのコスプレ衣装で作れるわけがない」とのことだ。
でも、現実は実在派の言うとおりであり本当はそれが噂や嘘ではないことをこのクラスの中で西園ことはだけが知っている。
「そういえばさ、こっちの噂は知ってる? 夜に町を出歩く女の子に声かけてくるイケメンの話!」
「それってただの事案では……?」
聞いた情報だけだとイケメンと言えどただの不審者情報に他ならないそれが一体どうしたと言うのか。
美咲は面食いなのでその手の話を仕入れるのがうまいなと思いながら続きを聞く。
「なんかね? 大学生くらいのお兄さんらしいんだけど、高校生くらいの女の子に話しかけて声を聞いたら「違う」って言いながらいなくなっちゃうらしいんだよ」
「本当にただの不審者じゃん……普通に怖いからやめてよ」
「いやぁそれだけじゃないの! そのイケメンがいなくなるってとこ、忽然と消えるって意味らしくてさ、幽霊じゃないかって話!」
「怖い話だった!!」
どう考えても不審者だと思いきやこれでは完全におばけ、幽霊の類である。
しかもこの噂本当に目撃情報が相次いでおり、警察にも実際に不審者案件として届けられたことさえあるのだと美咲は言う。この街、夜道が危険すぎやしないだろうか。
「声フェチのイケメン幽霊なんてヤバくない? 推しアイドルのライブに行けなくて成仏できない幽霊とかなのかな」
「そんなことある……?」
「冗談冗談。さすがにね」
推しに会えなくて死んだ後も探しているなんて面白い――、というよりかわいそうな幽霊だ。
冗談半分、実は本当かもしれないという気持ち半分で受け止め、苦笑いを浮かべながらスマホの時計を見ると時刻はそろそろいい時間。
まもなくチャイムが鳴って担任教師がお出ましになる頃だ。
「あ、そろそろ先生来るよ。席戻った方が良いんじゃない?」
「うん、そだねー」
声をかけられた美咲が席から離れ、入り口間近の席へと戻っていく。
幽霊だのなんだのと今日も色んな話を聞かされたが、どうせ二人揃って放課後には忘れているので特に覚えておく必要もないだろう。
こうしてやっと一人になれた彼女は呟くのだ。
「今日は魔法少女、会えるかな」
つまりその言葉は友人に伝えたことが嘘であることを示す言葉。
波咲市の魔法少女とナイト様の噂、その実在をことはは確実の証明することができる。
何故ならば。
「……姫装少女と騎士、プリンセス・デュオ。女神さまに選ばれた、願いを叶えられる権利をもらえる人たち」
つらつらと独り言としてうるささと宙に消えていく不可思議な言葉の羅列。
「そんな人たちの中に、どうしてわたしがいるんだろうな」
彼女こそが、噂の中に登場する魔法少女――もとい、姫装少女に選ばれた運命の少女の一人なのだから。
第一話「声の姫装少女」 開幕