@Mementomori_em
某国の城下街の外れにある館。ここには、金持ちの道楽で所謂女遊びをする小さな館があった。高級娼館『沈丁花』。館の前には、身分の低い男に襲われぬように用心棒が立っている。
「……おい芹」
「ななななんでしょう」
ドスの効いた声に名を呼ばれ、芹はおっかなびっくり返事をした。
「おれは今から飯食ってくるから宜しくな」
「はっ……はいぃ!! 行ってらっしゃいませえ!!」
男と入れ違いに、細身の男が現れた。
「やれやれ、やっと行ったか」
「……どなたですか」
芹は先程の様子とは打って変わって、男を睨んだ。
「情報屋。ここのオーナーに用があって来ました」
「どのようなご用件で」
「どのようなって……情報提供ですけど」
「ほう……?」
お互い睨み合っていると、中から沈丁花のオーナー、鴒茉央が現れた。
「あらあら、来てたのねぇ」
「こんにちはオーナー」
親しげに話すふたりを見て、芹は慌てた。
「あっ、すみません、僕の不手際で……!!」
そう言って芹はペコペコと何度も頭を下げる。
「あぁ、別に構いませんよ、初めて正面から来ましたし」
「へっ?」
「まぁそれはさておき、入りなさいな。芹、そろそろ酸漿と交代なさい。寒いでしょう」
「あっはい」
「……で? どんな用かしら」
「この間、調べるようにと僕に依頼したモノがあったでしょう? それの報告です」
「あら、早いわねぇ。それで、どうだったの?」
「今のところ、特に目立ったことはありませんが……警戒はしておいた方が良いですね」
茉央は溜息をつき、左手を頬に当てた。
「困ったわねぇ、用心棒は娼婦の数だけしか雇いたくないし……警備にお金はかけたくないのよねぇ」
「でしたら僕が直ぐにでも処分しておきましょうか」
「え、そんなことも出来るの」
茉央は品定めをするように情報屋をじっくりと見つめた。
「見かけにはよらないようだけど、出来るのなら頼もうかしら」
「お任せ下さい、跡形もなく抹消しますので」
「よろしく頼むわ、じゃあ報酬なんだけど」
茉央が袋を取り出そうとする。情報屋は彼女の手首を掴んで止めた。
「あら、何かしら?」
「報酬はいりません。今晩泊めていただけますか」
彼の真意を悟り、茉央は快諾した。情報屋は軽い足取りで上の階へ登っていった。引き戸の先に、普段とは違った愛しい彼女が居る。それだけで彼の口元は綻んだ。そっと開けて、顔をのぞかせた。
「また来ましたよ、椿」
「お待ち申しておりましたわ、情報屋さん」
妖艶に微笑む椿を情報屋は抱き寄せた。仄かに良い匂いが漂った。
「ところで情報屋さん、情報屋さんって呼び方、なんだか私嫌ですの」
「では、名前を付けていただけますか……?」
「名前…………桔梗、なんてどうでしょう」
「桔梗?」
「ええ、誠実で気品のある貴方に相応しいと思いますの」
「成程、花言葉になぞらえて付けてくれたのですね……ありがとうございます、椿」
「そ、そんなそれ程でもありませんわ……ほら、お疲れでしょう?」
「……あぁ、そうでしたね。すみません」
桔梗は椿を抱きしめるのをやめ、寝台に座った。
「今日はどうなさいますの?」
着物の帯を少し緩め、椿も桔梗の隣に座る。
「どうされたいですか?」
「……狡い人」
そう言って頬を膨らませる椿に桔梗はクス、と笑った。
「どこが狡いのでしょうか」
「本当に、貴方という方は……」
桔梗は椿を優しく抱きしめると、そのまま倒れ込んだ。桔梗の腕の中で椿が小さく悲鳴をあげる。
「朝まで一緒に居てください」
腕の中の椿にそう囁くと彼女はくすぐったそうに肩を震わせ、はい、と返事をした。
「ところで……いつまでこんな口調でいますの?」
椿の潤んだ眼が、桔梗を捉える。
「どういうことでしょうか」
「私たち、何度も逢っているのに……いつまでも距離を置くようなことしたくありませんわ」
「……なかなか可愛らしいことを言いますね、貴女が望むのであればこの口調をやめましょう」
「優しいお方ね」
「……貴女にだけだから」
桔梗は一度起き上がり、毛布をかけた。
「今晩は冷えるみたいだし、このまま寝ようか」
「……はい」
ふたりは身を寄せ合って眠りについた。安らかな時間が朝まで続く……はずだった。
「……椿、起きてる?」
「……ええ」
暗闇の中で、二人の目が合った。
「眠れないの?」
「……うん」
「なにかお茶でも飲む?」
そう言って椿は起き上がろうとするが、桔梗が椿を抱きしめている力が強いせいで叶わなかった。
「ダメ、一緒に居てくれるんでしょ」
「……甘えたさんね」
「毎度のことだろ、それに」
桔梗は体勢を変えて、椿の上に覆い被さる。突然のことだったので椿は思わず、小さく声をあげた。
「こうして甘えられるのは君だけなんだから」
「……っ、今日は何もしないんじゃなかったの?」
「抱きしめていたときからずっと我慢してたんだ、僕の自制心を褒めて欲しいね」
溜息をついて桔梗はシャツを脱いだ。
「……あら、代金はお払いになりましたの?」
少し余裕ぶって、椿は言う。
「報酬の額を全てやったからね、お釣り出るんじゃない?」
桔梗は再び椿に覆い被さって、彼女の耳元に顔を寄せた。
「……良い?」
「もう。そう言わなくても貴方はやるんでしょう?」
桔梗は口元に弧を描き、椿の着物の帯を解いた。
「……そうだね、僕は最初からその気でここに来たのかも」
「いつもそうでしょ?」
まだ余裕ぶる椿を見て、桔梗はふふ、と笑う。
「そうかな」
「ええそうよ、いつも熱っぽく私を見つめて腰に手を回してる」
「そう見えてるんだ?」
帯を解いて、椿の着物を取り払った。滑らかな肌が間から覗いている。思わず口元が緩んだ。
「本当……綺麗だよね、椿は」
「他のひとにも言ってらして?」
「まさか」
椿の問いに、桔梗は笑いながら答え、椿の柔肌にそっと口付けた。
「僕は情報屋だよ? 情報源にそこまで思い入れしない」
「あら、そうでしたわね」
「大体、全て聞き終えたら殺してるしね」
「あら物騒」
「そうじゃないと務まらないから」
そう言って桔梗は椿の肌に舌を這わせた。
「……っ、っふ」
「何を我慢してるの? 声聞かせてよ」
「ほんっと……意地悪」
「好きな人は虐めたくなる性格なものでね」
桔梗は顔を上げて椿を見た。椿は目を潤ませこちらを見ていた。
「安心して、優しくするから。ね?」
「貴方の言う優しくするからは信用出来ないわ」
「極力、そうするよ」
二人の身体は、寝台に沈み込んだ。