X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

ep.1 比翼が夕陽を翔ぶように

全体公開 7114文字
2021-10-08 22:24:20

2021.9.25(Sat)


ep.1 比翼が夕陽を翔ぶように



「もちろんです、月待さん」
……
彼女はしばらく俯いていた。伏した目に、さっきまでの快活さはない。
……わたし、話も上手く、ないし。長くなるんですが……



……私ね、双子なんです。私が姉で……。片割れは……夕っていって、妹で。
私たち、すっごい仲良しなんですよ。一卵性だから、見た目もほんとにそっくりで……。双子でも、大きくなったらわりと見た目に変化がついてくるものって聞きますけど、私たちはいくつになっても似たままでした。
私たちが本気になったら、親でも見分けがつかないくらい。
……あ、寂しいことだなんて思わないでくださいね。私たちはそれが嬉しかったんです。
だって、それは私たちだけの世界でしょう?私たちのことは私たちしか分からなくて、私たちの世界は誰にも不可侵な感じがして……
誰にも、侵せないんです。私たちのことは。
楽しかった。わざわざほくろをファンデーションで隠したり、体型を近づけるために片方がダイエットしたりするんですよ。ばかばかしくて笑っちゃいますよね。
子供の遊び心といったものだったのかもしれませんけど、私たちにはそれで十分だった。……それだけでよかったんです。
私は夕にそっくりで、夕は私にそっくりで。私たちの不可侵な世界は、誰にも何にも負けないように思えました。本当の夕も、本当の私も、私たちにしか分からない。
私たちはまさに一心同体といった感じでした。……ふたりで、ひとつ。



ここまで話すと、彼女は手元のオレンジジュースに目線をやり、申し訳なさそうに笑った。
「せっかく注いでもらったのに、これじゃ氷が融けておいしくなくなっちゃいますね。すみません」
「構いませんよ。しっかり100%のものをお出ししていますから」
「そういうことじゃないと思うけどなあ」
眉を下げて笑い、少し口に入れる。冬とはいえ暖かい部屋に置かれたオレンジジュースは、やはり氷が少し融けて、特有のほんのり苦味を感じる酸っぱさが和らいでいた。
それでもきちんとおいしいのだから、100%のものを出した、と店主は言ったことは本当らしい。
……、すみません」
「ごゆっくりどうぞ」




いつだったか……確か、高1の時の、夏休み明けくらいだったと思うんですが……

入れ替わってみないかって、提案されたんです。

『私たちこんなに似てるんだから、1日中入れ替わってもきっと誰にもバレないはず』
ということでした。
私たちは、その時はまだ子供でしたし、……自分たちの偽装、とでも言えばいいんでしょうかね、お互いになりきることには本当に自信がありました。当たり前です。親だって騙せたくらいですから。

1週間。

1週間、入れ替わる約束をしました。学校でも、家でも、どこでだって、私は、……夕で、彼女は、陽です。それはもう徹底しました。
彼女が怪我をすれば、私も同じ場所に絆創膏を貼ります。そんなのいつもと変わらない、造作もないことです。家で行っていた"遊び"を、外に延長しただけ。
何も変わらないはずでした。1週間が終われば、私たちはまた陽と夕に戻って、これまでと変わらない様子で過ごす。
別にバレることが目的ではなかったんですよ。私たちはただ、私たちが楽しいために、入れ替わっていただけなんです。
もちろん、1週間、誰に疑われることもなく、私たちはお互いを演じました。
そう、本当に誰にも、気付かれることなく。

私もです。

私も、彼女の異変には気付けなかった。片割れだった、ふたりでひとつの私たちだった、はずなのに。

夕は死にました。

自殺でした。1週間が終わる最後の日、夕は、自殺したんです。
遺書には、両親と、私──陽への謝罪が書き連ねてありました。夕は、──
……



「ごめんなさい、店主さん」
「はい?」
彼女は深く俯いて、きっぱりとした声で言った。
「ごめんなさい」
「いえ、あの……
「私、大嘘をつきました」
そして顔を上げる。思わず合った瞳は、聡明な光を宿している。
「嘘です。騙していてごめんなさい。私は」

「わたしは、月待"夕"です」

……陽はわたしじゃない。死んだ妹がわたしです」
「まあ……
「わたしは、ずっと、今まで、……あの時から、月待陽として生きてきました」



夕は……いえ、陽、彼女は、最期まで"月待夕"でした。入れ替わりは徹底されていた。彼女はわたしになったまま死んだんです。
遺書に、いじめを受けていたことが書かれていました。どういうことかわかりますか?
彼女はわたしの代わりに、いじめを受けて死んだんです。詳しいことはわかりません。きっと入れ替わる前に、わたしに間違われていじめられて、それで、わたしの、代わりに、……
陽は。
どうしようもなく無鉄砲で、
どうしようもなく優しくて、
そしてどうしようもなく、私のことが好きでした。
わたしもそうだった。それが偽りであるわけがありません。わたしたちはふたりでひとつだったんですから。
わたし、どうしたらいいかわかりませんでした。彼女はわたしに何も言わず死んでしまった。
彼女は最期までわたしのふりをしていました。わたしに宛てて書いた遺書は、わたしのことを夕ではなく陽と呼んでいました。
彼女は最期まで、わたしのことを守ろうとしていました。
わたしたちが入れ替わっていることなんて誰も知らない。わたしたちしか知らないんです。
わたしのすべきことは何か考えたとき、わたしは。

わたしも、月待夕ではなく、月待陽として。最期まで悟られないよう生きていこうと決めたんです。

夕がやったのと同じように、わたしも、彼女のままで、──彼女のぶんまで、最期まで。

あの時、入れ替わりを受け入れていなければ。お互いがお互いのまま生きていれば、こんなことは起こらなかったかもしれない。

店主さん。取り返しのつかない後悔、って言いましたよね。
……これがわたしの後悔です。わたしはずっと、このことを後悔しつづけています。



……そうでしたか」
静かな言葉に、彼女──月待陽ではない、月待夕──は何も言わなかった。ただこちらだけを見て、祈るような、何かを決めたような、そんな顔をしている。
「月を待つ夕陽ですね」
微笑んでそう言った。他意はなかった。ただ、綺麗な名前だと思って、そして、今に相応しい彼女であると思って。
「そうなんです」
素敵でしょう、とようやく彼女も笑う。嬉しそうに。さっきより、こころなしか大人しいような笑みだ。
「良いお父様とお母様だったのでしょうと推察いたしますよ」
「はい」
やはり、彼女には笑みがいっとう似合う。
……たしかに承りました」
「はい?」
「今を、未来を変えるのでしょう?あなたはそのためにここを見つけたんですから」
「ああ……
「今のは少し押し付けがましい言い方でしたね……お好きになさって構いません。先程も言いましたでしょう?あなたの話はこの空間にしか存在できません。外には何も。
ここで進むも戻るも、あなた次第ですから」
「お願いします」
こちらの言葉に被せるように、彼女はそう言った。手元のグラスをきゅっと握っている。
橙の目は、この店によく馴染んだ。
「もちろんですとも」
まず休憩としてひと口いかがですか、と手元のオレンジジュースを指した。忘れてた、と彼女は慌ててストローを掻き回す。

「過去に戻ることができるのは3日間です。3日間、あなたは過去のあなたになります。あなたの後悔の時……そうですね、月待さんならば、陽さんに入れ替わりを提案された時、でしょうか?その時から1日前に戻ります」

「つまり、その時を跨いで3日間です。戻るのはお好きにどうぞ。あなたが戻りたいと思えば戻れます。
こちらは3日間で強制終了をするだけで、他に手出しは致しません。まあ、できないと言った方が正しいと思いますが」
ごくりと唾を飲む音が聞こえた。顕著に緊張している様子で、好奇心半分、疑い半分といったところだろうか。

「チャンスは一回ですよ。戻ってきたら、もう一度行くことはできません。やり直しはないのです、ここは泣きの一回、あと一回を叶えるところであって、なんでも屋ではありません」

「人生とは、本来ならばやり直せないものですからね」
ぴく、と彼女は肩を震わせた。

そう。

人生に、"もう一度"は有り得ない。

「どうぞそれを覚悟の上で……
「行きます。やります。お願いします」
「了解しました。
眠くなるでしょうから、どうぞそのままお休みくださいね。目覚めれば、そこはあなたの過去の世界ですよ」

自然と瞼が下がっていく。肩に何か布がかかるような気配がして、そのまま月待夕は目を閉じた。



******



目を覚ます。
どこか懐かしい匂い。懐かしい天井。
懐かしい時計。懐かしいカーテン。
──けたたましい電子音。
「あ!遅すぎ!いつまで寝てるのぉ」
声のほうをばっと向くと、そこには自分の半身が立っていた。
「もう、夕おそいよ。何度起こしたって起きないんだから……どうしたの?あっ、もしかして具合でも悪い!?」
部屋には目覚まし時計の音が鳴り響いている。その耳障りな音さえ遠くなるくらい、目の前の彼女はわたしにとって衝撃だった。
「ひ」
「?」
「ひな」
「なに?どうしたの?」
ようやく、自分がベッドに寝転がっていたことに気がついた。
がばりと起き上がって辺りを見渡す。自分の部屋。自分が高校生の──高校生になってすぐくらいの──時の部屋。確かに見覚えがあった。
「何ぼーっとしてるの、起きないと遅刻だって!そんなことしてたら私先に行っちゃうよぉ」
朝。自分のベッド。目覚まし時計の音。母校の制服。朝食の匂い。
そうだ。"あの時"の。
思わず頬をつねる。夢の中だと痛覚がないっていうけれど、痛い夢だってみたことあるんだからこんなの意味あるんだろうか、などとどうでもいいことも頭をよぎる。痛い。
夢ではない。
もう知らないよ!と言う陽の声でベッドから勢いよく降りた。とにかく今、わたしは"高校1年生の月待夕"なんだ。
もちろん、わたしが未来から来たことなんて陽は知らない。わたしは、今までやっていたのと同じように、今度は自分の真似っ子をすればいい。──
「なんか変な夢みちゃってさぁ!」
それで、そう明るい声を出して、まだ新しさの残る制服に袖を通した。

すべてが懐かしい。家族も友人も先生も、校舎も街もみんな。懐かしくて、むず痒くて、少し痛い。
──わたし、本気で学校楽しめていたのかな。
あの時から。あの時から、わたしは真似っ子に必死だった。それは卒業まで変わらなかったし、卒業したってわたしは、月待夕は、月待陽の真似をしたままだった。
夢ではないことを分かっているはずなのに、やっぱり妙に現実味がない。
もう数年ぶりに見る陽だって、本当にここにいるのか疑いたくなる。
店主さんは1日前、と言っていたっけ。
つまり、今日を終えたらあの瞬間にたどり着くのだ。
陽は笑っている。きっとあの笑顔の中には憂いが、わたしに言えない気持ちがある。
どうしてわたしは気付かなかったんだろう。
陽の顔を見ていると、嬉しいのに、大好きなのに、どうにも悲しくて、虚しい。
痛い。
痛いよ、陽。わたしたち、ふたりでひとつのはずだったでしょ。
なのに、どうして。
……どうしてじゃない、わたしはやり直すんだ」
たった一度のチャンスなのだ。店主さんが、いや、もしかしたら神様が与えてくれた、わたしへの免罪符だ。これを無駄にしちゃいけない。

君をもう失いたくないから。



「今日の一限目、私数学なんだよ。嫌になっちゃうよねぇ」
今日も、昨日と変わらず、朝から明るい笑顔が咲いている。陽という名前にぴったりで、太陽のような、あたたかい笑みだ。
いつもの通学路、いつもの朝。まだ暑さが残るこの日に、わたしたちの未来は変わってしまった。
……夕?昨日から変だよ、なんかぼーっとして…………、もしかして何かあった?」
陽が心配そうにこちらを覗き込む。
ダメだ。ダメだよ。わたしは笑っていなくちゃ。わたしが彼女を死なせちゃいけない。
……ねえ、夕」
あ。
「わたしたち、」
来る。
呼吸が詰まる。動悸が激しくなる。
怖い。痛い。間違えるな。
今はあの時のわたしじゃない。16歳の少女じゃない。

「私たち、入れ替わってみない?」

何も気付けなかった、
何も知らなかった、
あの時のわたしじゃないんだ。

「だめだよ」
「え?」
「だめ。だめだよ。入れ替わらない」
「夕……?」
「わたしたち、そっくりだけど、」
困惑したふうな陽の手を両手で握る。
「わたしは陽になれないし、陽はわたしにはなれないよ……
……?」
「だめだよ。わたしはわたしで、陽は陽なんだから……!」
わたしたちは双子だ。
同じ日に、ほとんど変わらない時間に生まれて、比翼のように、並んで育った。
君がいないとだめなんだよ。月を待つ夕陽は、夕だけでも、陽だけでも成り立たないんだから。
夕は陽になれない。陽は夕になれない。着飾ったって、偽ったって、そんなの痛くて苦しいだけだ。

「わたしたちふたりとも、ふたりだけだよ」

「代われる人なんていないんだよ……
陽はきょとんとした顔で私を見る。突然片割れがこんなことを言い出すんだから、そんな顔をするのも無理はない。
分からなくていい。わたしの真意なんて知らなくていいよ。
ただ、君にそばにいてほしいだけ。
「夕ってばへんなの」
陽は眉を下げて笑った。
突然どうしたのさ、と首を傾ける。
嘘ついて笑うな。君がわたしを大好きなのと同じように、わたしだって君のことが大好きなんだから。
勝手にいったりしないでよ。
「私は大丈夫だから」
おもむろにわたしが口にした言葉に、陽はぴくりと体を震わせる。
「大丈夫って……
「大丈夫なものは大丈夫なの。いいんだよ、わたしだって、助けてほしい時はちゃんと言うよ」
だから、わたしたち、"ふたり"でちゃんと生きていこうよ。
ふたりはそっくりだけど、──同じ人間じゃない。
君がいないあいだ、ずっと寂しかったよ。ずっと悲しくて、虚しくて、苦しくてたまらなかった。
今度こそ手を離さない。あんな思いはもう二度と。

…………


******


「おはようございます」
外は暗くなり始めている。店内はもう灯りをつけた。
目の前の彼女は一度ふわりと周りを見渡し、そしておもむろにこちらに顔を向ける。
……あ」
「おかえりなさい」
ふう、と彼女は息をついた。未だに現実味がないような、少しふわふわとしたような。
途端、待っていたように電子音が鳴り響く。
……わたし、」
それに気付いたのか気付いていないのか、何か口に出そうとした彼女をやんわり手で制し、微笑んだ。
「お電話ですよ。月待さんの携帯ではないかしらと思うんですが」
あ、と慌ててスマートフォンを取り出し、画面を見て彼女は固まる。目には驚愕の色が浮かんでいる。
「ひ」

「陽」

「陽だ」

「お出になってはいかがですか」
「あっ、陽、陽!?もしもし、陽!?」
その色は驚きから喜びへ。頬が紅くなっていく。

「店主さん」
「ふふ」
何も聞いていなくても、きっと良い話だったのだろうとわかる。"行く"前までの少し固い顔は、今は柔らかい笑顔に変わった。
「どうぞ。お早めに行かれたほうがいいかと思いますよ」
そう言ってドアを開けると、するりと黒い塊が滑り込んできた。太い尻尾をゆらゆらと揺らして、悠々と歩く。
「ふくちゃん」
「猫がいるんですか?!」
「ええ……
「かわい〜!あの、触ってもいいですか?」
「どうぞ」
彼女は猫にそろりと近付き、ふんわりと頭を撫でた。にゅるんとその手をすり抜け、猫は店主の足にすりつく。
……えと、あの、抱っことか……
「ああ……
「ダメですかね……やっぱり」
「ああいえ、私はいいんですけれどね、ただこの子が抱っこさせてくれるかどうかは……
ぶにゅ、と空気の抜けるような声がした。見ると猫は彼女に抱かれている。いかにも不服そうな顔をして、こちらにも聞こえるくらいの鼻息を吐いた。
「ほんとにかわいい……
彼女はそう言って猫を降ろすと、改めてこちらに向き直る。
晴れやかに、すっきりと笑った。
「ありがとうございました」
「いえ」
「かえらなきゃ。陽が待ってる」
「そうでしょうとも」
さよなら、と彼女は手を振り、店を出る。店主も手を振ったが、彼女がこちらを振り返ることはなかった。
もうすぐ夜だ。夕陽は山の端に帰る。
戻るよふくちゃん、と黒い猫の名前と共に、店のドアはゆっくりと閉まった。



---



……
その扉の前に、青年が立っている。木枯らしが吹く寒色の風景の中に、彩度の高い緑のヘッドフォンはとても映えた。
「なんだここ……
店の前の植木がゆるりと揺れて、彼はそれに導かれるように、ドアを開けた。


ご来店ありがとうございました。
どうか、もう二度と来ませんように。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.