@111strokes111
パルミラの夏は暑く長い。そこらの庶民でも海沿いに避暑用の小さな別荘をもっているほどだ。ローレンツがパルミラに居を移した年は本当に夏が長く十五才でフォドラに留学するまでパルミラの首都で育ったクロードですら油断して一度熱中症で倒れている。ローレンツも弱りきっておりもう一度避暑に出かけたいところだが七月にビーチリゾートへ赴いた際、際どい水着姿のローレンツがビーチチェアに横たわりその白く長い手足も引き締まった身体もほぼ全て晒して潮風を楽しんでいるところを隠し撮りされてしまったので躊躇している。
あのビーチリゾートには他にも有名な女優や歌手がいておそらくゴシップメディアのカメラマンや記者たちはそちらのご乱行目当てに来ていたはずなのにタブロイド紙の一面を飾ったのは何故か四段ブチ抜きのローレンツの水着姿だった。「カリード殿下の夫は十頭身!」という見出しは正直少しだけ面白かったのだがまた狙われてとんでもない写真が載ってしまったらと思うと迂闊に海には連れ出せない。
カレンダーは九月の終わりを告げたが十月に入ってもまだ残暑は厳しい。何か近場で気が紛れるようなことは出来ないだろうかとクロードは真剣に考えていた。あの写真が撮られて以来ローレンツはトレーニングを怠らない。見られて恥ずかしくない身体を保てば見られても恥ずかしくないから、らしいがクロードの心中は穏やかではなかった。職場のデスクでため息をつき無精してめくっていなかったどこぞの企業から配られた卓上カレンダーの時を進めて十月にしてやる。そこには紅葉で真っ赤に色づく美しいオグマ山脈が写っていた。これだ、と思ったクロードは慌ててスマホのメッセンジャーアプリを立ち上げた。夏は海という思い込みを捨てねばならない。
ローレンツはクロードからのメッセージを読んで少し困惑していた。紅葉に彩られた美しい湖畔に建つ館の写真が数枚送られてきてそれについては何の説明もなくテキストは「次の休みにパイクを食べに行こう」の一言だけだったからだ。確かにパイクのグリルはローレンツの好物のひとつだが前後が繋がっていない。だが赤と黄色に囲まれたこの湖畔の景色は心底美しいと思う。
その晩帰宅したクロードはローレンツに種明かしをした。あの館はなんと首都から高速道路で二時間しか離れていないところにあるのだという。
「山の中で標高が高いから紅葉が見られるくらい涼しいんだ。そのせいだと思うんだがこの湖、大昔に無責任な奴が放したパイクがまだ生息してるんだよ。パルミラ中であそこだけだろうな、パイクがいるのは」
「君が釣るのかい?」
二人の脳裏には懐かしい恩師の顔が浮かんでいた。彼がまだ生きていたら自分で釣ると言い出すだろう。
「はは、まさか!地元の名物料理なんだよ。もう手配したから次の休みに食べに行こうぜ」
「クロード、セーターはまだ持っているのだろうね?紅葉の条件は知っているか?」
気温が八度を切らなければ葉は色づかない。気温差で風邪を引かないように現地での服装に気をつける必要があった。
「箪笥の奥深くにな。あっちは寒いだろうから風邪ひかないように一緒に寝ような、ローレンツ」
「クーラーで身体が冷えたのだが」
そういうとローレンツは蠱惑的な笑みを浮かべ部屋の明かりを消した。
標高が高いせいか湖畔に植えてある落葉樹は見事に色づき水質の良い水面は鏡のようにそれらの木々を映していた。車から降りた瞬間にどこかガルグ=マクにも似た涼しげな空気がローレンツの身体を包みこむ。思いっきり息を吸い込むと熱を持った体の中が心地よく冷えていった。
「どうだ、パルミラとは思えないだろう?」
ブナやカエデの落葉を踏み締めクロードが目の前の邸宅を指さした。蔦を這わせた煉瓦造りの建物から現れたスタッフが恭しくクロードのジープからトランクを運び出していく。二人ともどこか浮かれた気持ちで荷解きをした。ここなら扇情的な写真を撮られることもないだろうから安心して過ごせる。
パイクのグリルがメインディッシュだと言う夕食まではまだ間があったのでカーディガン姿のまま手を繋いで敷地内を見て回り年甲斐もなく風に舞う紅葉の葉を捕まえて遊んでいると自然と笑いが込み上げてくる。二人で声をあげて笑いながら葉っぱを追いかけているうちにクロードはバランスを崩して茂みに突っ込んでしまった。
ぱき、と音を立てて枝が折れるだけの筈だった何か奥に弾力を感じさせるものがある。嫌な予感がしてカーディガンの袖が台無しになるのも覚悟で潜んでいるもの、を鷲掴みにした。クロードが掴んだのはカメラマンの腕だ。ご丁寧にギリースーツを身につけていたので全く分からなかった。
「一番綺麗な写真を出版社に売ると約束するならこの一回だけ見逃してやる」
そう告げるとクロードは様子を見に近寄ってきたローレンツに向かって大丈夫だと声をかけカメラマンの腕を離してやった。パイクのグリルは温め直したものより作りたてが美味しいから仕方がない。
翌日、笑顔で飛び上がってカエデの葉に手を伸ばすローレンツの姿が一面を飾ったのを見たクロードはあの迷惑なカメラマンの審美眼と腕の良さに複雑な思いを抱いた。