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午前三時の絶望パスタ

全体公開 了遊 2 3 3660文字
2021-10-13 02:53:12

了遊(付き合ってる)。
本編数年後でふたりとも成人。合鍵は渡している。

Posted by @d9_bond

※実在のお店メニューは関係ありません。由来と料理名が気に入りすぎて突発的に書いただけです
※由来も色々あるようですが一番気に入ったやつ採用してます
※レシピも唐辛子とにんにく入ってりゃいい感じだな!くらいの感覚でざっくり。家の構造とか細かいことも気にしてはいけない


***


 手にしたマグカップが空なことに気がついて了見はため息をついた。イスから立ち上がり伸びをする。
 窓の外はいつの間にか夜だ。見やった時計は二時を大きく回っていた。

 了見はここ一週間ほど、リンクヴレインズで起きたトラブルの処理にかかりきりになっていた。
 トラブル自体はハッカーが売名行為で仕掛けたウィルス騒ぎで、常ならばSOL社のセキュリティ部門が対処しているような内容だ。だが今回、処理途中で思わぬバグが発生しウィルスが制作者の想定外の挙動を始め拡散、救援要請が財前から秘密裏に寄越された。
 原因を押さえるのは簡単だったが事後処理がとにかく手間がかかるケースであり、かといって通常の監視を緩めるわけにも行かない。ということでこの一週間、ハノイのフルメンバーで交代しながら対処に当たっていた次第だ。

 廊下をゆっくり歩きながら了見は眉間を、次いで肩を揉む。疲れていたが騒ぎの処理自体はようやく終わりが見えてきた。
 はあ、とため息が出る。
 一週間。一週間も遊作と会えていなかった。
 聡い彼はこちらの状況を正確に把握しているようで、騒ぎが起きてから気を使ってか全く連絡をしてこない。確かにいつも通りとはいかないだろうが、少しくらいは構わないのに。とはいえ了見も遊作の気遣いを無駄にする気になれず連絡せずにいるのだから、お互い様と言えばそうではあるが。
 そんな事をつらつら考えながら了見が階下のリビングの戸を開くと、続いている奥のキッチンに明かりが見えた。
 最後にコーヒーを入れたのは日が落ちる前だった。
 無意識に点けたのだろうかと疑問符を浮かべながら了見がリビングに入ると、キッチンスペースに遊作がいた。


 遊作は、アイランドキッチンのカウンターに座り、タブレットを片手にコーヒーを飲んでいた。
 呆然と見ている了見に気づいて顔を上げる。
「邪魔をしてる」
……
 了見は目を閉じて眉間を揉んだ。それから改めて、もう一度遊作を見る。
「なぜいる」
「おまえが鍵をくれたとき、自由に使えと言ったんじゃないか」
「そこはいい。そうではなく、こんな夜中にどうしてお前が──」
「来たのは八時間前だ」
……何?」
 了見はあらためて腕時計を見た。午前二時二十五分。昨日の午後六時半にはここにいたわけだ。全く気づかなかった。
「この一週間、おまえが仕事で大変だと分かっていたから大人しくしていたが、さすがに顔を見るくらいいいだろうと思ったんだ。ついでにちょっと驚かせたかった」
「そう、か」
 確かに驚いた。会いたさのあまりに幻覚を見たかと思ったくらいだった。
「どうせなら晩メシを作るくらいしようと思って、おまえが腹を空かすのを待っていたらこの時間だ。あんまり降りてこないから倒れているのか心配になってきたところだった」
 そこで一度言葉を切って、じっと了見を検分する。
「俺に手伝える仕事もあるんじゃないか?」
……お前が手を出す事ではない。事態は収束に向かっている。朝には片が付く見込みだ」
「そうか」
 遊作の腕が頼りになることは十分承知している。今回のような事後処理など苦も無く捌けるだろうし、そんな人間が一人いれば格段に楽になっただろう。
 それと分かっていながら声をかけず手伝いも断るのは了見が「こちら側」に関わる事に遊作を近づけたくない、それだけだ。了見の私情でしかない。遊作もそれを感じているのか強くは言ってこない。
 遊作はカウンターから降りると、了見の前に立った。
「──だが了見、おまえは疲れていそうだな」
「大したことは無い」
「そうか?」
 遊作は了見の顔を覗き込むようにして微笑んだ。
「空腹で、喉も渇いてるし休めてない。絶望的に疲れているように見えるな」
 まあ座れ、と遊作は了見の手からマグカップを取り上げ、さっきまで自分が座っていたカウンターの端に座らせた。
 それからキッチンに入ると流しにカップを置き、代わりに冷蔵庫や戸棚から刻んだ野菜だの缶詰だのを取り出して並べていく。
「いい物を作ってやる」
「珍しいな」
 遊作は料理をしないわけではないが、好んでいるわけでもない。了見の方は料理が得意で遊作にいいものを食べさせたいという願望もあるため、二人でいる時の食事は了見が主だって作ることが多い。
「絶望パスタというのをテレビで見たんだ」
「凄い名前だな。中身が全く想像できないが……
「楽しみにしていろ」
「分かった」
 了見は遊作の飲みかけのコーヒーを勝手に飲みながら頷いた。


 たっぷりの水を火にかける。フライパンに油を引いて、にんにくと唐辛子を放り込む。
 フライパンが暖まったところで、了見を待っている間に下ごしらえしていたらしい具材を順に炒めていく。香ばしい匂いに了見は忘れていた空腹を思い出した。
「おまえが絶望してそうな時に作ってやろうと思って前から練習していた。今週は特に暇だったしな」
 確かに、準備していたにしても普段より格段に手際に迷いがない。
「機会が来るのをずっと待っていた」
「人が絶望するのを待つな」
 はあ、と嘆息してコーヒーをもう一口。
「それで、何が絶望なんだ」
「由来は諸説あるようだが──俺が聞いたのは、絶望した時でも美味しく食べられるという話だな」
「私は特に絶望はしていないが」
「絶望的に疲れているだろう」
「お前の顔が見られない事態の方が絶望的だったな」
 からかい混じりに本音を言ってやるが遊作は、そうか、としれっと頷いただけだった。
 ホールトマトの缶をフライパンにあける。じゅわ、とあがる大仰な音に紛れるように呟かれた言葉を了見は聞き逃さなかった。そうか、同じか。


 茹で上がったパスタに出来上がったソースを絡めて、完成かと思いきや遊作はチーズまでたっぷり投入した。
「了見、皿を出してくれ。すまないが手を離せない」
「ああ」
 了見はカウンターから降りて食器の引き出しを覗く。
「深めのものがいい」
「これでどうだ」
 スープパスタ用の皿を出す。
「ひとつでいい。俺はもう済ませているんだ」
「そうか」
 差し出した皿に遊作は、フライパンの中身を一気にあける。はねて指先に付いたソースをぺろりと舐めたのが少し可愛いらしかった。
 カウンターへ戻った了見の前に皿を置く。
 にんにく唐辛子、刻んだ野菜に挽肉たっぷりのトマトベースのソースにとどめとばかりにがっつり絡められたチーズをまとうパスタの山。一人分にしては結構な量だ。
 付け加えればおおよそ夜食向きのメニューではないが、同時に抗いようのない代物だった。空腹に染みる暴力的な匂い、絶対間違いない取り合わせ──何より恋人の手料理だ。
 いただきます、と手を合わせて了見はフォークを手にした。


 思い返せば、コーヒーをいれたついでに栄養補助食品をつまんだきりだった。
 夜中の三時だったが皿いっぱいのパスタを了見は綺麗に平らげた。正直入ると思っていなかったがあっという間になくなってしまった。
 食べ終わるタイミングを見計らって出された新しいコーヒーを口にすると、自然と満足のため息が出る。
「足りたか」
「ありがとう、十分だ。とても美味しかった」
 ごちそうさまを言う了見に、遊作は名前に恥じない出来だったようだな、とこちらも満足げだった。
 確かに、キッチンに入った時と打って変わって了見はとても満たされていると感じた。
 遊作が目の前にいる。おいしいもので腹が膨れている。抱えている事後処理は面倒だったが終わりは見えているし、片付けば多少なりとも二人で過ごせる。
 単純なものだ。
……そうだ。この件が片付いたらもう一度、ゆっくり食べたい。後でレシピを教えてくれないか」
「それは駄目だ」
 遊作は、ふふ、と珍しくどこかいたずらっぽく笑った。
「おまえにはこの先も俺が作るから必要ない」
「しかしそうなると、私は絶望しないとこれを食べられないということになるが?」
「そういうことだ」
 絶望的に腹が減った時にでも作ってやる、と楽しそうに言う。
「そもそもの話、絶望している時に何か作って食べようなんて気が起きるわけがない。だからこれは、絶望している誰かを助けるためのレシピなんだ」
「それならなおさら教えて欲しいところだがな。私もお前が絶望した時に作りたかったんだが」
 そう返すと遊作はまた笑った。
「おまえがいるなら、俺が絶望することはありえない。問題ないさ」
……なるほど」
 こちらも同じなのだが、と思いながらも了見は素直に頷いておいた。


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