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なにも知らない3

全体公開 5 3254文字
2021-10-15 21:13:35

△関係

名前変換
Posted by @uk_plus_



 夕立の決壊から少し経った頃だ。越知の元にU17から招致の通達が来ていた。

 「失礼しました」

一礼をしてから職員室を出て今一度起きた事を越知は反芻した。
 以前榊からも推薦を出すと打診されていたU17合宿への参加要請が越知に来ていたのだ。
 それを聞いた職員室から出て始業前の廊下を歩きながら、越知が一番に浮かんだ顔は不思議なことに名前だった。自身に起きたことを彼女に伝えたいと越知は思ったのだ。

 夕立の昇降口からおよそ二週間ほど経っていたが越知の予想していた通りに、帰宅部とテニス部の二人ではスケジュールが全く合わなかった。教室での授業と昼休みの時間を除けば。

話しかけていいものだろうか。

考えあぐねていた。そもそも、彼女にとってそれは望んでいることなのだろうか。変わりなく話し掛け、変わりなく同級生でいることを。またはそれ以外の関係性。

 あの日から二人の関係が変わることもなかった。小雨の帰り道でも彼女は変わった様子もなく越知に話しかけては笑っていた。暗がりの中、越知が見つけてしまった困惑と期待に満ちた女性の表情ではなく。そんな二極の姿を見せ付けられてしまったからこそ、越知は彼女に対して持ち得る言葉を全く見出せなかったのだ。謝罪でもなく、拒絶でもない。だとしたらこれは

 いつもそこまで考えて、越知は思考を放る。同じクラスで過ごしているとはいえ、高校一年生の始まりから初夏に至る現在までの関係なのだ。そんな自分たち二人に何があるというのだろうか。もし謝罪なり拒絶なりを試みて、そもそも彼女があのことに触れられたくないと思っていたとしたら。

むしろ面倒をかけることになるだろう。

いつもそこに着地する思考は、下手なことをするなという答えにのみ辿り着く。時間を使って何もなかったことにすることが最善なのではないかと。しかしその選択肢こそ、彼女に対して最も失礼にあたるのではとも越知は悩んでいた。

 自然と出たため息が虚空に散り散りになった時、越知の腹部あたりに何かがトンとぶつかる。丁度、越知が階段を降りきった瞬間だった。

「うわ!ごめんなさいあ」

耳に心地いい声が一体何か、越知はすぐにそれを認知する。そして先ほどまでの堂々巡る思考も、どうでもよくなってしまう感覚に陥った。

「越知くん」
苗字」
「おはよう」

そうして眼下で朗らかに笑われては、もう越知は同じようにおはようと返す以外に成す術はなかった。

「越知くん、早いね」
「苗字も」
「私は、日直だったから」

肩から少しずり下がったバッグをかけ直しながら、彼女は思い出したように先を急ごうとした。

「何か、手伝うことはあるか?」
「えっ?越知くんが?」

なんとも間抜けな質問であると、文言が口を飛び出した瞬間に越知は思う。そもそも日直であるならもう一人の担当がいるのだから、自分の出る幕などないはずだと越知は自身の中で独り言ちた。

「うーん、なんだろう」
すまない、別段
「じゃあ教室まで歩いて一緒に考えよっか」

何手伝ってもらおうかなーとにこにこ笑いながら、彼女は越知よりも先に歩き出した。

 彼女の変わらない態度に救われたようでいて、越知は内心寂しさを感じた。


///////


 少々登校するには早い時間であったが、日直という当番をするには遅い時刻であった。名前は内履きに急いで変えてから、一目散に教室へと向かって歩を進める。

 初夏の暑さが皮膚にじりじりと残る。
 名前は学校へ赴く度にあの日のことを思い出してしまっては、仕舞うことを繰り返していた。図書室で、雨音の昇降口で。ただのクラスメイトだと思っていた越知との突然の出来事に戸惑っていた。何故そうなってしまったのか、何が二人をそうさせたのか。全く答えの出ない迷路で、名前は日々教室で見かける越知を目で追わないように必死だった。いつもの教室でいつも通りに過ごすよう努めていた。誰に恋をしていたわけでもないが、かといって越知を想っていた事実もなかったのだから。
 あんな出来事で簡単に気持ちが流されてしまう自分を認めていなかった。それは恐らく自分の信念というよりも、真面目な印象を受けていた越知のためだったかもしれない。迷惑だと思われたくなかった。嫌悪されたくなかった。時間が解決してくれるかもしれないという希望もあった。だからこそ普段通りに、別段会話をすることもなかったクラスメイトに徹していたのだ。

 教室までの廊下。階段の降り場のところで名前は人影にぶつかってしまった。それは、今一番二人きりで会ってはいけない人物だった。

「越知くん」
苗字」
「おはよう」

いつも通りにという呪文を頭で唱えながら、飛び跳ねる心音を隠して挨拶をした。しかし頭上の口元からそれに対しての返答しかなく、何やらぼんやりと名前のことを見ているらしかった。一寸流れてしまった気まずい空気を破るように名前は言葉を投げる。

「越知くん、早いね」
「苗字も」
「私は、日直だったから」

するとそれに応えるように返答があり、名前は胸を撫で下ろした。このまま行かせてほしい。そう思いながら鞄を持ち直し、体を教室に向けようとした時だった。

「何か、手伝うことはあるか?」
「えっ?越知くんが?」

まるで想定していなかった投げかけに、名前は疑問を呈する。今日の当番は自分と他の者で越知ではない。

「うーん、なんだろう」
すまない、別段

不思議に思いながらも、無下にすることなく素直に悩んでみる。そうすると珍しくうろたえたような声音の彼がそう言いかけたので、名前は何だか可笑しくなって思わず笑ってしまった。そして今一度鞄を持ち直し、越知に笑いかける。

「じゃあ教室まで歩いて一緒に考えよっか」

彼が隣に並ぶ事実に喜んでいる自分に、目を逸らしながら。



///////////


 自分のことを話していく中で、それを聞く彼女が随分と色んな表情をするのだと越知は気付く。



 「合宿?」
「ああ」

教室までの廊下。越知は簡潔に、先ほど職員室であったことを名前に話した。するといの一番に彼女はすごいと大きな声で感嘆していた。

「友達から話を聞いたこともあったけど、越知くんって本当にすごいんだね」

そうなのかと返事をしながら、彼女がどのように周囲から自分の話を聞いていたのか越知は気になってしまった。

「一生懸命にやれることがあるのは、すごいことだよ」
「そう、だろうか」
「そうだって。だから、その、頑張ってきてね」

テニスをし続けてそれを研鑽することは自分の中で驚くほど特別なことではなかったが、彼女のその言葉に普段とは違った気持ちを越知は抱いた。それを人は心強さと言うのかもしれない。

「勉強とかはどうなるの?」
「合間にすることになるだろうな」
「ますます大変だね」

何気ない会話をしながら教室に着くと、彼女は自席に鞄を置きながらまた越知に笑いかけた。

「なんかやっぱり手伝ってもらうことなかったかも」
だろうな」

苦笑しながら手早く鞄の中身を仕舞う彼女は、先に来ていたもう一人の日直からそのタイミングで声をかけられた。

「じゃあね、ありがとう越知くん」

そう言う背中を見送って、越知も自席について鞄を開く。もう越知の心には朝から巡っていた問答は消え去っていた。


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