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眠るキミへ

全体公開 22 1989文字
2021-10-20 13:36:30
Posted by @uk_plus_



 午前二時の時計の針はとても静かだった。
 粗方打ち終わった課題のレポートを今一度ざっと見直しながらため息をついて、私は大きくひとつ伸びをした。

 就寝の準備はもうすでに出来ていたけれど、進んでいなかったレポートと私が睨めっこを始めたのは午後十一時過ぎの話だった。飲みさしていた紅茶の入ったマグカップをさっと呷ってからそれを持ってキッチンへと赴けば、シンクの中には先に床へ就いている月光の青いマグカップが置かれていた。

寝よう。

そう心で独り言ちながら、出たあくびを嚙み殺すことなく私は全ての電気を消した。

 2DKの引き戸ひとつで仕切られた寝室へ静かに足を踏み入れれば、少々大きなベッドにはやはり大きなひとつのかけ布団の膨らみがゆっくりと上下しているのが見える。おやすみと最後に聞いた声を思い出しながら、横たわるその人を起こさないように布団の中へ体を滑らせれば、私のつま先が人肌ほどに温かい布地へ到達した。

少し寒いなぁ。

自分の枕に頭を置いて、かけ布団に包まってみたが足先と手先がなかなか温まらなかった。
 そんな私の脳裏にひとつ意地悪な考えが思いつく。

熟睡、してるもんね?

ちらりとたしかめるように隣の月光へと視線を向ければ、先ほどの暗闇ではなかなか見えなかった彼の顔が思いの外はっきりと見えた。仰向けに寝ている月光の、いつもは整えられている厚い前髪が横に流れて開かれていない双眼が見えている。切れ長のそれと厳正にそこへ沿う眉頭が、今は緩められていた。いつもそばにいるとはいえ、こんなにまじまじと彼の寝顔を見たことがあったろうか。
 そうして彼の呼吸を三度ほど確認してから、私はそっと布団の中で指先を伸ばした。すぐに触れたのは自分とは違う筋肉質な腕だった。

あ、十分あったかいや。

そう判断した私は起こさないように脱力したその腕を抱き寄せて、今一度深く布団に身を沈める。自然と出た深呼吸の際に鼻孔へ通った月光の香りが、一寸だけ私の心音を早くさせたようだった。

 冷え性気味の月光に普段はこんなことなど結構な圧で叱られるのでしないけれど、今こうして無防備に眠りこけているタイミングならばと私は彼で暖を取った。先に布団へ入っていた体は日中のように外気に露出していない分、思っていたよりも温かく、その確かな質量に自分の胸の奥がほっとひとつ安堵したようだった。

 疲労に重たかった眼底が眠りへそのまま落ちそうになった時だった。抱き込んでいた腕がぐっと動いて身じろぎしたかと思えば、仰向けだった月光の体がこちら側へと向く。それに慌てて私は手を離し向けられた顔を覗き込んだ。

月光?」


静かに呼んだ名前に返答はなかった。代わりにまた穏やかな寝息が聞こえてくる。

なんだ、寝返りか

一寸どきりとした胸を撫で下ろした瞬間。衣擦れの音と一緒にのそりと動いた月光の腕が、ゆったりと私を抱き込んだのだ。急に温かくなった自分の背中と力強いそれに驚いて、また月光の顔を見てみたがやはり目は閉じられたままだ。

起きてる?」

「月光寝てる?」

再び声をかけてみても応答はない。

む、無意識

どぎまぎする心頭で独り言ちて、その場所から特に逃れることもなく、むしろ頬を寄せて私はもう一度瞳を閉じる。

あったかいなぁ

 自分の倍は大きな体に包まれながら、そのまま微睡んでいく意識を私は手放すことにした。






 越知は肩の冷えを感じてすっとその瞼を上げた。ぼやける視界に未だ暗い景色が映り込み、乾いたような眼球のせいで渋く瞬きを繰り返す。そして浅い覚醒が触覚まで及んだ時、己の腕の中で自分よりも温かく柔らかいものがあることに越知は気付いた。

なぜ……

霞む視界で捉えてから緩慢な思考でそう思って、越知は腕の中の愛しい存在をじっと見つめた。夜に洗われたばかりの髪が重力に従って落ちて、わずかにその白い頬にかかっている。閉じられた瞳を縁取るまつ毛は、繊細に長い。そして抱き込んでいるその小さな背中は、安らかな呼吸と共に上下していた。

 何故彼女が自分の腕の中で眠っているのか、今が何時なのか、そして寝起きと突然のことで覚醒と共に現れた扇情をとりあえず頭の隅へ追いやりながら、越知は今一度瞳を閉じた。ほんの少しだけ、小さく柔らかなその体を抱き寄せて。

おやすみ」

夜の満ちる寝室に、低く掠れた、しかし優し気な声だけが浮かんだ。


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