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恋ではない

全体公開 1 2384文字
2021-10-23 20:18:14
Posted by @uk_plus_



それが恋だなんて言わない。
もう自分たちは、そうは言えない歳なんだ。
身を焦がすような熱量も、切迫するような歓喜も
特別に顕現することはなかった。




 「蓮二、週末空けといてよ」
「なんでだ?」
「行きたいとこできた。一緒に行こうよ」

いつもの行き慣れた居酒屋のテーブル席で、名前は手帳を見つつビールジョッキに口をつける。俺はその様子をいつもと変わりなく見つめて何故と問う。これが俺たちのいつもの光景だ。

恋人でもないのになんの躊躇いも焦りもなく、俺たちは互いを互いで予約できる。恋人でもないのにだ。

思春期を終えてからの男女の付き合いは、こんなものだろうか。中学高校大学が一緒であるところまではよかった。まさか社会人になってまで名前と同じところへ属するとは、俺でも予想ができなかった。

互いの内定を明かした際、同じ会社であると発覚したときの彼女は、心底無感動に、しかし少し訝しげに呟いた。

なんで一緒なの。

それは俺にもわからない。俺が聞きたいくらいだった。人事に聞いてくれとその時は返事をしたと思う。

「別段構わん」
「おっけ。時間はあとでメッセする」
「ああ」

彼女が俺に連絡することを忘れないだろうかと思ったが恐らく忘れるだろうなと考え、そして前日に俺が時間は何時だと連絡をするとこまで予想ができた。

世の中では名前のような人間をルーズだと言うのだろう。しかし彼女のルーズさは俺にとってある種、気が楽な人間と言える。それが彼女の魅力だとも思う。

けれど俺たちは、付き合ってなんかいない。恋人ではない。きっとこれは、大人の楽な関係というやつだ。あと断じて、寝てない。

「あーもーほんとにさーお局やばいわー」
「どうやばいんだ」
「なんてかさー彼氏?の、話っての?」
「ああ」
「もうそんな話をきゃいきゃいする歳でもなくね?」

みたいな?と言いながら、彼女は皿の上のねぎまを掴んだ。

「俺のねぎまだ」
「名前書いとけ」
「塩なら書いただろうな」
「タレで書けない?うっける」

墨で書く?真田みたいに?と小さく笑ってから、彼女は鶏肉と葱を口に入れた。たしかにそれは俺のもらうべきねぎまだったが、もう抗議はしないことにした。真田という懐かしい名前に少しクスリとしたからだ。

「はー。私だったら葱のとこに名前書く」
「書きやすそう?」
「そう」

ボールペンでも書けそうなんて言いながら、彼女は懐からペンを取り出してさらさらと手帳に日程を書き込んだ。

「ところで、お局」
「ああ、お局」
「その彼氏がどうしたって?」
「ええー?なんかぁ……

“もーぅ彼ったらぁ、仕事が休みだとぉ朝から晩までぇ離してくれないのぉ!困っちゃうよねぇ♪”

「だってよ」

吐き捨てた“だってよ”に、彼女の負が全て詰まっていたと思う。もうその様子が面白くて、俺は震えながら口元を手で押さえた。

「お前のオフィスモノマネはいつも秀逸だな」

今度そっちの部署にお局を見に行こうと言えば、彼女は楽しそうにけたけたと笑った。

「きっとさ、お局めっさ喜ぶわ」
「何がだ?」
「えぇ!なんで経理の柳くんがいるのぉ?って」
「なんだそれは」
「とぼけるなし。くっそオモてになるじゃぁないっすか」
「俺は知らんな」
「白々しいわハツも寄越せ」
「なんでだ、やらん」

不名誉なことで賞賛というよりも皮肉を言われ、挙句焼き鳥まで取られてはたまらないと、俺は皿を自分の方へ引いた。

「卑しい」
「お前ほどじゃない」
「だって事実じゃんか」
「何が」

どっちの話だと顔を顰めてやると、彼女はそれを見てつまらなさそうにため息を吐いた。

「蓮二はめちゃモテじゃん」
「めちゃモテってなんだ。日本語がとち狂ってるぞ」
「後輩だってさー蓮二に恋しちゃっててさー名前先輩!経理の柳さんと幼馴染なんですよね?なんかお話聞かせてください!って可愛く言われちゃってさぁ」
「で、お前何を話したんだ」
「蓮二はパンツと女の趣味が悪いって言っといた」
「名誉毀損どころの騒ぎじゃないな」

もう何も刺さっていない串で俺を指しながら、不敵に彼女が笑う。一体名前に俺はどんなふうに見えているのだか。

どんなふうに。

そこまで思って、グラスの残りを口にした。飲み込んでしまえそんなこと。今更そんなこと。

「なんで名前はいつも俺を変態にしたがるんだ」
「変態じゃん」
「違う」
「変態だよ。なんでずっと私といるの」

ね、変態でしょ。先程より幾分か柔らかく笑って、彼女が言った。

「何にも言わずに」
……
「そりゃあ、後輩をからかったり、しちゃうさね」

心底穏やかそうな顔をしてこちらの顔を窺う名前は、少し恐い。いつも何事も適当にどうでもよさ気にしているのに、こういう時の彼女は鋭い目になる。それもまた、魅力、なのかもしれないが。

……今度、その子との食事でも、セッティングする?」
……
「してみる?」
……いらん」
……あっそ」

悪戯に弾むような声は、俺の一蹴する返事で一気にクールダウンした。

それが恋だなんて言わない。
もう自分たちは、そうは言えない歳。
身を焦がすような熱量も、切迫するような歓喜も
お互いに露見なんか、させない。

きっと週末も、変わらぬように過ごす。
きっと連絡を忘れた彼女に、俺は前日電話をする。


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