静かに咲き乱れる美しい薔薇。
その薔薇は私の心に侵蝕していく。
ツイステ二次創作、シル監ラブストーリー第19話。
※創作女監督生の名前が出ます
※捏造設定あり
※名前ありの夢主以外のオリキャラ出演します
@natsu_luv
ナイトレイブンカレッジの麓にある街の景色は季節ごとに移りゆく。
木々たちは少しずつ紅に色付き、吹く風も涼しくなってきた。
久しぶりのシルバー先輩とのデートに私は心を弾ませていた。
麓の街は相変わらず人々で賑わっており、雑貨店や飲食店の看板も秋の装いとなっている。
もうすぐ温かいミルクティーの美味しい季節がやってくる。
そう思った私は、夏頃に訪れた小さなティーハウスへと足を運んだ。
ティーハウスの前まで行くと、『臨時休業』の看板が扉に掛かっているのが見えた。
季節の変わり目で店主さんが風邪をひいてしまったらしい。
「残念ですね……。別のお店を探しましょう」
「ニコル、あっちに新しく出来たカフェが見えるぞ」
シルバー先輩がティーハウスの斜め向かいにある帆船のついた看板を指さした。
さっそく私達はそのお店へ足を運んだ。
看板に書かれていたお店の名前は『カフェ・アルゴー』、さまざまな紅茶とサンドイッチを楽しめるカフェらしい。
扉を開けると、白髪混じりの紳士的な壮年男性が私達を迎えてくれた。
どうやら、この男性がカフェのマスターのようだ。
「いらっしゃいませ。二名様でございますね。こちらへどうぞ」
マスターに案内され、私達は窓際の席に着いた。
古書のような表紙のメニューブックを開き、注文する紅茶とサンドイッチをシルバー先輩と一緒に選んだ。
ハウスブレンドの紅茶とミックスサンドを頼み、私達はカフェの内装を眺めながら品物が運ばれてくるのを待った。
壁面には星空が描かれており、テーブルの至るところに帆船の模型が飾られている。
しばらくすると、淑やかなクラシックメイド姿の女性店員さんがティーポットと山盛りのサンドイッチを運んできてくれた。
ダークブラウンのロングヘアと少しキリッとした蜂蜜色の瞳が印象的な美しい女性だ。
「お待たせしました。当店自慢のハウスブレンドティーとミックスサンドでございます」
「ありがとうございます。美味しそうですね!」
「心ゆくまでお楽しみくださいね」
上品な微笑みを浮かべながら、メイドさんは私達にそう声を掛けた。
ゆったりとした時が流れる空間で、私達は具沢山のサンドイッチと芳しい香りの紅茶を頂いた。
トーストされたパンに卵、ハム、胡瓜といったオーソドックスな具材が挟まったサンドイッチは馴染みのある味で美味しい。
紅茶はストレートで香りを楽しんでも、ミルクを入れて甘さを引き出しても美味しく飲める。
美味しいものは人を幸せにしてくれる。
(やっと見つけた……)
「えっ、何……?」
「ニコル、どうかしたのか?」
存分にサンドイッチと紅茶を堪能した後のことだった。
囁くような低い声が私の耳に入ってきたのだ。
シルバー先輩は戸惑う私を不思議そうに見ている。
あの声は幻聴だったのだろうか。
そろそろお店を出る時間だ。
お会計を済ませ、私達はカフェの外へ出た。
カフェの花壇に咲いていた黒い薔薇が、何故か私の目に強くはっきりと映し出された。
一方で、シルバー先輩はいつもと変わらぬ様子で私の隣を歩いていた。
普段はのどかな風景が広がっている中庭が荒れ果てている。
黒い影を纏った邪悪な何かが学園内に侵攻してきたようだ。
魔法が使えない私はなす術もなく、悪しきものからの攻撃を受けてしまった。
両目に涙を浮かべ、私は誰かに呼びかけている。
行かないで、行かないでとひたすら呼びかけている。
やがて声も出なくなり、私は地面に倒れ込んだ。
目覚まし時計のアラームが部屋中に鳴り響く。
私はすぐさま身体を起こし、辺りを見回した。
荒れ果てた中庭の光景が夢で良かったと胸を撫で下ろした。
身支度を整え、グリムを起こし、朝食の準備も済ませた。
今日は全校集会のある日だ。
私はグリムを引き連れ、講堂へと急いで向かった。
無事に講堂に到着し、エースくんとデュースくんと合流した。
定刻になり、学園長が登壇して話を始めた。
「今日は皆さんに嬉しいお知らせがあります。なんと今日から三日間、大食堂に出張カフェがオープンします!」
学園長の言葉を聞いた生徒たちから歓声があがった。
カフェといえるような場所は、オクタヴィネル寮内にあるモストロ・ラウンジくらいしか学園内にはない。
麓の街のカフェが三日間も出張してくるのは、学園では初めての試みだという。
「それでは、今回のイベントに出店してくださるカフェ・アルゴーのマスターであるカノープス氏と看板メイドのイナンナさんを紹介いたしましょう」
「あっ、この人たち……!」
カフェ・アルゴー、この間のシルバー先輩とのデートで行ったお店だ。
紅茶と手作りのサンドイッチが美味しかったことは記憶に新しい。
生徒たちの歓声は未だに途切れることを知らない。
特別メニューの販売、美しい看板メイドの女性、ナイトレイブンカレッジの生徒が喜ばないわけがない。
全校集会が終わった後、生徒たちの話題は出張カフェで持ちきりだった。
午前の授業が終わり、私達は大食堂へと向かった。
出張カフェのカウンターに生徒たちの大行列ができている。
私達も特別メニューのサンドイッチと紅茶のセットを頂くために、長い列の後ろに並んだ。
マスターさんとメイドさんだけでなく、シェフゴーストさんたちも一緒になって列を捌いている。
しばらくして、やっと私達の順番が巡ってきた。
カウンターに現れたのは、看板メイドのイナンナさん。
私の姿を捉えたイナンナさんは、目を輝かせながら話しかけてきた。
「あら、あなたは……! この学校の生徒さんだったのね」
「はっ、はい」
「会えて嬉しいわ。さぁ、何になさいますか?」
「オレ様、ツナポテトサンドとミルクティーのセットが良いんだゾ!」
「こら、グリム! 身を乗り出さないの! すみません、ハムトーストサンドとストロベリーミルクティーのセットをください」
「かしこまりました」
図々しくカウンターに乗り出したグリムを制止しながら、私は自分のオーダーを伝えた。
注文してすぐに出されたサンドイッチと紅茶のセットを受け取り、私とグリムはエースくんとデュースくんの待つ席へと向かった。
エースくんとデュースくんだけでなく、ジャックくん、エペルくん、セベクくんも席に着いていた。
皆それぞれ、出張カフェのサンドイッチと紅茶を堪能している。
「このサンドイッチ、めちゃくちゃ美味いな!」
「たまごサンドのバリエーションが多かったな……。明日は別のたまごサンドにするか」
「三日間だけとはいわずに、ずっといてほしいよなぁ。メイドさんも美人だったし」
「そうだね。僕はもっと優しい顔立ちの女の人が好きだけど」
サンドイッチを囲みながら、私達は出張カフェのことやメイドのイナンナさんのことを話していた。
初日から出張カフェは大盛況で、サンドイッチのセットを注文した生徒たちは皆揃って満足した様子で教室へと戻っていった。
私達もサンドイッチを完食し、次の授業の教室へと向かった。
私のクラスの午後いちばんの授業の場所は魔法薬学室。
校舎を出てメインストリートを歩いていると、また黒い薔薇が視界に入り込んできた。
「ここに黒い薔薇って咲いてたかな……?」
「僕も初めて見たぞ」
「デュース、ニコル。今は薔薇のこと気にしてる場合か? さっさと行かないと授業に遅れちまうぞ!」
「そっ、そうだね」
エースくんに促され、私達は魔法薬学室へと急いだ。
この時期に薔薇の花が咲くこと自体が珍しい。
しかも、普段はあまり見かけない黒い薔薇が学園のメインストリートに咲いている。
授業が始まってからも、黒い薔薇の姿が私の頭の片隅を占拠していた。
そして、この日の晩もまた私は荒れ果てた中庭の夢にうなされることとなった。
出張カフェは連日大盛況で、人の賑わいも衰えることを知らなかった。
カフェが盛り上がる一方で、私はただひとり悪夢に苛まれていた。
それだけではなく、学園全体の空気がひりついているように感じる。
生徒同士の喧嘩が以前よりも明らかに増えている。
教室の前で喧嘩に巻き込まれそうになった時、私とグリムは近くを通りかかった先生に助けられた。
その時に先生からこぼれ出たひと言で、生徒同士の喧嘩が多くなったことがわかったのだ。
今日はいよいよ出張カフェ最終日。
午前の授業が終わり、私達はいつものように大食堂へと足を運んだ。
最終日も大食堂は生徒たちでごった返している。
出張カフェへの名残惜しさなのか、初日よりも人が多いように思えた。
私とグリムもサンドイッチと紅茶のセットを注文し、エースくんたちの待つ席へと向かった。
席に着こうとした時、普段と様子が違うとジャックくんに指摘された。
「ニコル、顔が青ざめてるように見えるぞ。疲れてんのか?」
「実はね……」
私はここ数日見ている悪夢のことを他の一年生たちに話した。
悪夢の内容を人に話せば正夢にならない、その一説を信じながら。
すべて聞いてくれた一年生たちはゆっくり休むように提言してくれた。
しっかり休息すればそのうち悪夢を見ることはなくなるだろう、私もそう信じていた。
そろそろ昼休みが終わる頃だ。
私達は急いで次の授業の場所へと足を進めた。
午後の授業が終わり、私とグリムは中庭の木陰へと歩いていった。
その途中でシルバー先輩と合流した。
私はシルバー先輩にも最近見た悪夢のことを話した。
話に耳を傾けながら、シルバー先輩はそっと私の肩を抱き寄せた。
二人で肩を寄せ合ってゆっくりと足を進めていく。
私達の憩いの場である中庭の木陰にたどり着いた。
いつものようにレジャーシートの上に座り、二人並んで紅茶を飲みながら話を続けた。
「お前が悪夢に苛まれていたことに気付けなくて済まない」
「謝らないでください。たぶん、疲れているだけだと思いますから」
「空気が澱んでいるように感じる。この黒い薔薇のせいだろうか……?」
「えっ、こんなところにまで……!」
いつの間にか中庭にまで黒い薔薇が咲き広がっていた。
静かに殖えゆく黒薔薇に私の心が恐怖で満ちていく。
私達の向こうに人影が見える。
そこから逃げるように、小動物たちがシルバー先輩の方へと駆け寄ってきた。
動物たちが怯えているように見える。
明らかにいつもののどかな空気と違う何かが流れている。
「お前たち、一体どうしたんだ?」
「あっちに何か動物たちの怖がるものでもあるのでしょうか」
「少し様子を見てみるか」
私達はそろりそろりと人影のある方へと歩み寄った。
たどり着いた先に広がっている景色は、一面の黒薔薇に敷き詰められていた。
中庭の一角にできた小さな黒薔薇の庭園に、私達は思わず息を呑んだ。
そして、庭園の中心にいる人物の姿が私達の心を凍りつかせた。
「こっ、こんなところで何をなさっているのですか……?」
恐る恐る黒い薔薇の中心にいる人物に声を掛けた。
くるりくるりと人差し指を動かしながら魔法をかける仕草をぴたりと止め、その人は振り返った。
そして、今まで私達に見せていた優しい顔とは正反対の冷ややかな微笑みを浮かべながらその人は語り出した。
「世の中にはね、知らなくてもいいことが沢山あるのですよ。だけど、あなた達は知ってしまった。生かしてはおけない」
「お前の目的は何だ!?」
「私の目的? あなたを私のものにすることです」
「シルバー先輩を!?」
その答えは私の予想とは違っていた。
学園中を黒い薔薇で侵蝕して混沌をもたらすとばかり思っていた。
空が濃い紫に染まっていく。
辺りに薔薇の香りが立ち込めていく。
むせ返るような花の匂いにグリムは涙目になっていた。
「シルバー、あなたはシルバーというのね。初めて見た時から美しい男だと思っていたのよ」
「あいにくだが、俺はお前のものにはならない」
「あなたが私に悪夢を見せていたの、イナンナさん……?」
「ええ、その通りよ。ニコル・シャーロンさん」
どうして私のフルネームを知っているのか。
驚いたのも束の間、イナンナさんの周りを黒い薔薇と茨蔦が囲んだ。
ロングスカートのメイド服は漆黒のドレスとなり、身体中に黄金の模様が刻まれていく。
目付きも険しくなり、蜂蜜色の瞳も濁っていった。
突然の事態に私は慌てて学園長に連絡を入れた。
シルバー先輩もツノ太郎さんとリリア先輩に助けを求めた。
「困ったわ、助けが来る前に片付けないと」
「ニコル、下がっていろ」
「はっ、はい!」
「逃げるの? 無駄よ、私のものになりなさい」
「うわぁぁっ!」
息つく間もなく、イナンナさんは黒薔薇の花吹雪を私達に浴びせた。
疾風に吹き飛ばされ、私達の身体は地面に叩きつけられた。
即座に身体を起こし、私はシルバー先輩とグリムの方へと駆け寄った。
「シルバー先輩、グリム!」
「……触るな。鬱陶しい」
「えっ……?」
シルバー先輩が私の手を跳ね除けた。
突然のシルバー先輩の豹変ぶりに戸惑いを隠せない。
シルバー先輩がイナンナさんの方へと歩いていく。
私は目の前で起きていることが信じられずにいた。
「シルバー先輩! 何があったんですか!?」
「ニコル、俺のために消えてくれ」
「えっ……? きゃああっ!」
シルバー先輩に警棒を向けられ、そのまま魔法を浴びせられた。
愛する人からの攻撃に私は心身共に激しい損傷を受けた。
魔法を使えない私に抵抗する術は何も無い。
闇色に染まったオーロラの視線が、さらに私の心を鋭く抉る。
シルバー先輩がイナンナさんの元に跪き、手の甲に口付けをした。
白銀の騎士が闇染の騎士へと変貌した瞬間だった。
「ああ、シルバー。あなたを待っていたわ。やっと手に入れた……」
「シルバー先輩、やめてください! やめて……」
「お黙り」
「いやぁぁっ!」
追い討ちをかけるかのようにイナンナさんが黒薔薇の疾風を放った。
身も心もぼろぼろになり、私は荒れ果てた中庭の地面に突っ伏した。
さらに、イナンナさんはグリムを球状のドームに閉じ込めてしまった。
シルバー先輩だけでなく、グリムまで奪い取るのか。
「ニコル〜! 怖いんだゾ! 花の匂いが臭いんだゾ!」
「この不細工な猫はあとでゆっくり始末することにしましょう。じゃあね、ニコル・シャーロンさん」
「待って……行かないで……」
「可哀想に。せめて、元の世界での姿のままでいたら良かったものを……」
私の手の甲を踏みしめ、イナンナさんはそう吐き捨てた。
連日連夜見ていた悪夢が現実と化した。
視界が闇に染まっていく。
全身の力がだんだんと抜けていく。
愛する人を奪われた悲しみに打ちひしがれながら、私は無音の闇夜の中に沈んでいった。