両片想い了遊がくっつくだけのやつ。
仁くんとか美優ちゃんとかもちょい出ます。
コメディぽいの書きたかっただけなので、オチなんてサービスはないよ!
@d9_bond
「今、好きなやつがいたりするか」
「……」
了見は質問の意図が理解できず、向かいに座る遊作をまじまじと見た。
聞きたい事があるとひどく真剣な面持ちで言われ、何事かと身構えたところにこれだ。唐突が過ぎる。
いつもの広場の水曜の午後──二人がいるのはランチのピークをとうに過ぎたカフェナギ前のテーブル席である。イベントも夜までないため広場は閑散としており、席にいる客は遊作と了見のみだ。仁が他の空きテーブルを拭いて回って夕方に備えている。
テーブルにあるのは遊作の食べかけのホットドックセットのみ。了見の分はテイクアウト注文済みで草薙が絶賛作成中である。
授業が終わるには早い時間だったが、遊作曰く今日は教員の研修だか会議だかの都合で午前中で終わったという。シフトは休みだったがホットドッグが食べたくなったので買いに来たとのことだった。一度家に帰ったらしくパーカー姿で、ソルティスに入ったAiも同行していた。
ちなみにAiは話をするから離れてろと遊作に追い払われ、カフェナギの車体端に寄りかかってこちらを見ている。嫌そうな不本意そうななんとも形容しがたい顔をしている。
一方の了見の方は、近くまで出ていたこともあり遅い昼用にテイクアウトを頼もうとスペクターと共に店を訪れた。つまりかち合ったのはたまたまだ。
注文を済ませたところを見計らって遊作が声をかけてきたので、受け取りをスペクターに任せ待ち時間話すくらいはと席に着いた途端に冒頭の問いである。
「好きな奴、いないのか」
重ねて訊ねてくる遊作に、了見は半目になった。どう考えても白昼、周囲が知己だらけの場所で堂々とする会話ではない。
ちなみに了見が沈黙している間に財前葵と杉咲美優がやってきたので知己は更に増えている。ふたりは中高生向けブランドの紙袋を下げ制服姿なので、こちらは学校帰りにショッピングといった感じだろうか。遊作は彼女らと、「あ、藤木君」「ふたりとも、買い物か」「ええ。藤木君は今お昼なの?」と他愛のないの言葉をいくつか交わし、その会話の後流れるように「で、どうなんだ了見」と話の続きを促してきた。どういう処理だろうか。
了見はため息をついた。
回答は「お前だ」になる。言えるわけがない。
さて、了見からすると突発極まりない質問だったが遊作側には一応理由はあった。
遊作にとって了見は、十年前出会った時から密かに想い続けている相手である。
了見の方は遊作をなんとも思っていない、過去のしがらみのひとつか良くて友人と知人の境目くらいだろう、と遊作は思っている。だから想いを抱きながらも告白などは考えていなかったのだが──
きっかけは、数日前に葵や美優と学校でした雑談だ。
カフェナギのホットドッグの話をしていた際に美優が言ったのだ。
「そういえば、お店にたまに凄くかっこいいお客さん来てるよね。常連さん?」
「Aiのことか?」
「彼じゃなくて、あの銀髪の人でしょ」
葵の言葉に美優がそうそう、と勢い込んで頷く。
「ああ、了見か」
「りょうけんさんっていうんだ。藤木君の友達なの?」
モデルみたいだね、美優は言った。
「やっぱり彼女とかいるのかな」
「あれだけ顔が良いと周りは放っておかないでしょうね」
「だよねー」
と、続けられた二人の言葉には恐らく大した意味は無い、芸能人に対するかっこいいと大差ない定型文のようなものだろう。だが遊作はひどくショックを受けた。
「彼女……」
「いるの?」
「聞いたことはないが」
いるのだろうか。
いてもおかしくない。遊作は了見の交友関係など知る立場にない。
話題はその後、メニューの話に逸れていったのでその話はそこで終わったのだが、遊作の頭はそのことでいっぱいになってしまった。
思いあまって草薙に相談したのだが、生暖かい笑顔で「絶対彼女とか居ないから心配しなくていい」というようなことを言われて終わった。「そんなに気になるなら思い切って聞いてみては」とも言われた。
ついでに、この話が聞こえていたらしい仁に「一足飛びに告白でいいと思う」とも言われた。当たって砕けたらすっきりするということなのだろうが、砕けたまましばらく立ち直れない気がしているのでそこは却下とした。
ともかく、そんな経緯ゆえの冒頭の質問である。
タイミングが唐突だったのは、単純に遊作が了見と会う機会がないからだ。
了見はカフェナギ常連のため遊作がシフトの時に来てくれれば多少会話ができるものの、仕事中なわけで長々と話をするわけにいかない。そのため今日この機会を逃せない、と勢いのまま特攻したのだった。
「で、どうなんだ?」
遊作が重ねて問うと了見はあきれ顔をした。
「答える義理はない」
「いるのか」
遊作は呟いた。自身で分かる程度に力の無い声だったが、きっちり拾ったらしい了見は片眉を上げた。
「聞こえなかったか? 答えるつもりは──」
「おまえなら、いないならいないというだろう」
了見の言葉を遮り遊作は言った。ぐ、と喉を鳴らして黙り込む了見のその様で推測が合っていることが分かった。
(まさか、いるとは思わなかった)
胸が詰まる錯覚を抱いて遊作は眉を下げた。
一体いつどこで、と思ったが考えてみればそもそも了見は互いの正体を知る前からカフェナギの常連だった。ならば当然他の店にだって贔屓にしているところはあるだろうし、美優の言う通りこの容姿からして目立つ男が他人の目に留まらないわけがない。自分に想像力が欠けていただけのことだ。
「……気に入らないか」
「そういうわけでは」
ある。
あるのだが遊作は言い淀んだ。気に入らないに決まっているが、それは遊作が了見を好きだからだ。だが了見のことだ。自分が立場も弁えず他人にうつつを抜かす事をよく思われていないとか考えそうだ。
「なんというか、気に、なる。相手が」
例えばあまりにもすごい相手なら諦めがつく。たぶん。
ただ、とりつくしまがあるのなら縋りつきたいような気持ちもあった。少しでもその想い人より自分の方に魅力があると示せれば、自分にも興味を持ってくれないだろうか、とかそういう。
「そいつはその──どんなやつだ。イイヤツなんだろうが」
「……」
了見は、はあ、とたため息をついた。
「……私から見れば呆れるほど善人ではあるな。自覚はないだろうが、懐に入れたものに甘すぎてたまに見ていられない」
「そうか……」
了見が率直に善人と評価するなら実際良い人なのだろう。言い方はともかく、周りを大事に出来る人間なら了見のことだって大事に出来るだろうし何も問題ない。
自分はどうだ、と遊作は省みる。自分のことで手一杯でお世辞にも周りが見えているとは言えない。コミュニケーションは不得手であるし、人間性は正直ウィークポイントと評価されても仕方ない程度の自覚はある。分が悪い。他のところで何か。
「よく、会うのか」
「……週に一、二度、タイミングが合えば」
「結構会っているんだな……」
遊作はバイトなので毎日いるわけではないが、了見はカフェナギにはそのくらいで顔を出している。となるとやはり相手はどこかの店の店員か常連あたりがありそうだ、と遊作は推測する。
連絡をとるより対面で会う方が好感度が上がりやすいという話を聞いたことがある。つまり機会としては引き分けか。しかしここは了見の都合の面が大きいので遊作が努力でどうこうできる部分でもない。ここも動かしようが無い。
「それで」
と、続けて遊作は訊ねた。
「それで、とは?」
「きっかけは」
「……何の尋問だ」
「それは、あれだ。おまえはそうでないのは分かっているがこっちは一応友人のつもりなんだ。気になる」
「気にするな」
「少しくらい良いだろう。おまえの好みのタイプとか、そういうの聞いたことなかったし。どんな奴なんだ? 髪が長いのが好きとか、そういうのはあるのか」
「……」
重ねて問えば、了見は不機嫌そうに目を細めた。
了見はちらりと遊作の後ろを見た。
カフェナギのカウンター内では草薙翔一が手を動かしながらも生暖かい目でこちらを見ていて、視線を投げるとさっとあからさまに反らした。草薙仁はこちらに背を向けたままテーブルを拭いているが絶対会話を聞いている。さっきから同じテーブルしか拭いていない。
Aiは先と変わらぬ姿勢のままこちらを監視している。そう、監視だ。視線と表情からその複雑な心情が窺えた。つまり、遊作を傷つけることを言われても腹が立つが喜ばせてもムカつくとか、そういうやつだ。
味方はいない。
一緒に来ていたスペクターは、財前葵に絡まれてだか絡んでだかでそちらにかかりきりになっている。いやスペクターなら人をあしらうなんて簡単なはずだから、絶対こちらに巻き込まれると面倒そうだと踏んでのわざとの行動だ。間に挟まれている杉咲美優に同情する。
はあ、と了見は何度目か分からないため息をついた。遅い昼食にしようと贔屓の店に来ただけだというのに、なんで片恋の相手に本人の説明をしなければならないのか。
そもそも了見が知る遊作は他人の事情、特にこういう恋愛話に興味を持つタイプではない。どうせAiが妙なことでも吹き込んだのを曲解したに違いない、と了見は決めつけた。相手を聞き出して応援してやろうとかそういう話だろうか。何にしろ余計な世話だ。
考えるうちに微妙に腹が立ってきた了見は意趣晴らしを決めた。
適当に架空の人間をでっち上げても良いが、正直に言ったところでわかりはしまい。何せ藤木遊作は自己認識がなっていない。バレたところで冗談だと言い張れば信じるだろう。からかうなと多少拗ねるかもしれないがお互い様だ。
──了見は、遊作の自己認識の甘さこそ、甘く見ていた。
「好みのタイプ、か」
了見は繰り返した。じっと目の前の遊作を検分する。
遊作は一言たりとも聞き逃すまいとやや身構えていて、こちらをじっと見返している。大きな明るい翡翠の双眸が自分だけを映し、こちらの一挙一動に集中している様は遊作を独占しているようで少しだけ気分が良くなった。
「──そういったものは考えたことがないから分からない。とはいえ、どんな奴かというと容姿は良い方だな。派手ではないが整っていて目を引く。特に目が印象的で美しい」
「……」
対する遊作は唇を引き結んだ。相手のことを考えたからか了見の目元が緩むのを認めたのだ。
「上背の割に細身だからもう少しきちんと食べた方が良いとは思っている。年下だが落ち着いているので共に過ごすのは悪くない相手だ」
「そう、か」
すらすらいわれた言葉が具体的で遊作は落胆していた。了見が自分をあしらうため適当に架空の誰かでっち上げている可能性も疑っていたのだが、今の言葉で確信した。相手は確実に存在している。
そしてその人は性格に加えて容姿まで良いという。
この目の前の美形に容姿を褒められるなど、何者か知らないが相当だ。教室の隅で目立たず埋もれて過ごせる凡百の自分からすれば月とスッポン、猫に小判、と遊作は暗い気持ちになっていく。いやちょっと間違えた。動揺している。
「そんな人と、いつの間に」
「知り合ったのは偶然だ。……十年前だ」
「十年」
分かりやすいヒントで気づくか、と了見は伺っていたが遊作は全く気づかなかった。それどころか盛大にショックを受けていた。十年、了見を想い続けていたという一途さは数少ない遊作の中のアドバンテージだったがそれが消えた形なのだ。
「どういうわけか私を友人と勘違いしてよく声をかけてくる。私が何者か、よく知っているはずなのだが」
「……」
遊作は息をのんだ。
「まさか正体を話したのか」
「……話はしたが、ほぼ向こうが自力で突き止めた形だ」
そんな奴がいるのか。遊作はいよいよ絶望的な気分になる。自分も突き止めた側だが、草薙の協力と偶然、そしてデュエルの最中のヒントがあってようやくだ。
「もしかして、そいつはネットワークも強いのか」
「……ハッキングにしろ何にしろ並の奴はまず勝てないレベルだろう。地頭も良いが勘も良いタイプだ。直接勝負したことは無いが、少なくともハノイの捜査網を出し抜く程度はやれる」
「そんな奴が」
遊作が思う数少ない自分の強みのひとつがまた潰されたわけで、重ねて打ちのめされる。
「もしかしてそいつは、デュエルも強いのか」
「少なくとも私は負けたところを見たことがない」
「……! そうか……」
あのリボルバーにそこまで言わせるのか。
いよいよ何もなくなって、遊作はがっくりと肩を落とした。何者か知らないが勝てる気がしない。
そうだ、どう考えても現状勝てない。そしてその人がもし了見から言い寄られたら──普通は靡くのではないか。目の前の男はそれはもう魅力的だ。少なくとも遊作は乞われるはずもないのに既に陥落済みの体たらくなのだ。
そこで遊作は最悪の事態に気がついた。
「もしかして、もう付き合って──」
「まさか」
首を振る了見に、遊作はいくらか安堵した。告白する前に振られるところだった。
しかしすぐに、よく考えれば安心している場合じゃなかった、既に振られているようなものじゃないのかと気がついて心中で頭を抱える。動揺の余り混乱している。
遊作の動揺をどうとったのものか、了見は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そもそも私が表に出られる身分ではないのはよく知っているだろう。……巻き込む」
「だが、それは」
遊作は言いかけて言葉を途中で飲み込んだ。
了見だって幸せになる権利はある。本人はあったとしても権利を放棄しそうな雰囲気だが、少なくとも遊作はそう思っている。
そして、事情を知ってなお友人として交流してくるのならその人はきっと了見の背負う物を厭わず、共に背負って歩めるのではないか。だからそんな風に諦めて、切り捨てるのはどうだろうか。苦しくはないのだろうかと、言いたかった。
しかし──そう思う一方で、先の一言でわかっていた。
了見がその人にそれをさせたくないのだ。
それも相手を愛しく思う故なのだと思うと嫉妬で胸が塞ぐ。自分だったら気にしないし、どこまでだって一緒に行くというのに。
(だが、それは)
遊作は言いかけた言葉を心中で繰り返した。
自分は何を言うつもりだったのか。その先に何を並べたところで届くはずもないというのに。
了見自身は、尊の言葉を受け贖罪に身を捧ぐと自ら決めた。きっとそこに関係の無い何者も入れる気は無いだろう。だからそんなことはあの日から、いやもしかしたらもっとずっと前から承知の上で──遊作が思い至らずにいただけの事なのだ。
自分の浅薄さに遊作は唇を噛んだ。じわりと目の奥が熱くなる。
遊作は顔を伏せ、すっかり黙り込んでしまった。
Aiが凶悪な顔でこちらを見ているのに気がついて、了見はこの話を切り上げることにした。面倒くさい。
「満足したか」
「ああ……色々しつこく聞いてすまない。話してくれてありがとう」
遊作は、食べかけのまま冷えたホットドッグを紙に包むと鞄にしまい、飲み残しのコーヒーを手にのろのろ立ち上がった。
何にか知らないがすっかり打ちのめされている様子で、了見の言う相手がさっぱり分かっていないのは了見の──いや、誰の目に明白だった。恐らくこの場の遊作以外の全員が了見の言う相手が誰を指しているか分かっていたというのに。
からかっていたと種明かしはしておいた方が良さそうだと判断して、了見は行きかけた遊作を呼び止めた。
「……確認だが、私が今述べた特徴に当てはまる人間が誰だか分かるか」
「俺の知っている奴なのか?」
遊作は呟いて、ハッとして見回すが周囲の全員がとっさに顔をそらした。
その反応で皆が知っている人間というのは分かった。遊作は考えながら了見に向き直る。
「年下で十年前から知っていて、おまえの事情も把握していてハッキングが出来てデュエルも出来て──」
口元に手を当てて、ぶつぶつと先の会話を反芻しながら考え込む。
何をそんなに考える必要があるのか訝しむ了見をよそに、遊作はなおも考え込んだあげく緩く首を振る。
「──その上顔も性格も良いなんて」
ぼそぼそとどこか鼻声で言う。
「そんな奴がいるなんて。誰にしたって、俺じゃそいつに何ひとつ勝てない」
「……」
了見は、ぱちりと瞬きした。
遅まきながらようやく状況を正確に理解した。なぜ遊作が、こうも自分の片恋の相手を知りたがるのか。Aiの複雑な顔も納得だ。
(ここまで具体的な条件を並べられて、どうして自分を候補に入れない)
なぜか?
決まっている。十年ずっと他者との間に溝を感じ、潜むようにして静かに生きてきたこの少年は自身の価値を知る由もなかった。そして了見はずっと、遊作へ抱く好意を少しだって見せてこなかった。当たり前の話だ。
「お前は──」
「え? なんだ?」
すん、と赤くなった鼻を鳴らして遊作がこちらを見る。
薄く涙の膜の張った目をみた瞬間色々なものが抑えきれなくなって、大きく息を吸い込んだ了見は全身全霊で叫んだのだった。
「──全部お前のことだ! お前のような奴が他にいてたまるか!!」