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ウチの彼氏がナンバーワン

全体公開 5094文字
2021-11-08 22:45:16

重油さんへ
現パロ刻餓虎(たまに丕懿)

「来週、金曜の夜は空いているか。周泰」
 こちらへ視線を向けることすらなく、投げかけられた質問。とは言え、今この部屋に居るのは自分とその主人・孫権の二人きり。であれば、その問いは自分に対してのものだと判る。
……確認します。少し、お待ちを」
 ポケットから取り出した手帳を、周泰はペラペラと捲る。
 周泰は孫権の秘書のような存在であった。と言うと、少々語弊があるかもしれない。学も教養もない周泰に、難しい事務や接待は不向きだ。それ故、主な仕事は肉体労働。表向きは秘書ということになっているが、実際はボディーガードに近い存在となっていた。
「金曜は一時から三時まで会議の予定が。その後は、特に」
 手帳に雑な筆跡で書き込まれたスケジュールを、周泰は読み上げる。若社長である孫権の予定は、確認するまでもなく、ほぼ全日埋まっていた。
「違う。俺の予定ではない」
………では、誰の?」
 周泰は小首をかしげる。自分が管理しているのは孫権のスケジュールだけであり、それ以外の予定を訊ねられても答えることはできない。
「お前以外に誰がいると言うのだ」
 やたらと高級そうな回転椅子を九十度くるりと回して、深い溜息と共に、主人はようやく周泰の顔を見る。すぐ隣に侍る部下を見上げるその眉間に浮かび上がる、くっきりと刻まれた皺。
「はあ……?」
「鈍いな。何年、俺の側にいる。そろそろ、つうと言えばかあと返せるようになれ」
………かあ?」
 カラスの鳴き声か何かだろうか。それが何を暗喩しているのかなんて、教養のない周泰には到底理解できなかった。
「まあ、いい。とにかく、金曜だ。空けておけよ」
……はあ。それは仕事ですか?」
「仕事と言えば仕事だし、プライベートと言えばプライベートだな」
 今度は、周泰が眉間に皺を寄せた。主人は周泰の頭がさほど良くないと知っていながら、わざと回りくどい物言いをすることが多々あった。その度に、険しい顔で頭を悩ませるハメに陥るのだ。
「付き合いで顔を出す会食に、貴様を連れて行く」
「会食……ですか?」
 立場上、孫権はパーティーなどに招かれる機会が多い。名目上秘書である周泰は、付き添い人としてその後ろに侍ることが幾度となくあった。勿論、それはれっきとした業務であり残業代が付く。
「では、仕事ですね」
「いいや。貴様には俺の秘書ではなく、“友人”として出席して貰う」
………?」
 孫権の言葉の意味が、周泰にはよく分からなかった。いつものように秘書として会食に出席するのと、一体何が違うと言うのか。
「本当に貴様は一から十まで説明しなければ理解せんな」
「すみません……
 叱責されたことで周泰はしょげる。と言っても、基本的に喜怒哀楽の薄い周泰の表情に変化はない。なのに、主人だけはその心境を察するのが上手かった。
「ヘコむな。それを承知で俺は貴様を側に置いている。それを忘れるな」
「はい……
 コツンと人差し指で、額を小突かれる。痛くはなかった。けれど、反射的に主人が触れた箇所を指先でなぞりながら、周泰は抑揚のない返事をした。
「場所は孫呉ホテルのレストラン。席が用意されていて、そこのフルコースが振る舞われる」
「はい」
「貴様の席も用意されている。俺の隣に着席し、同じ料理を食う」
「はい」
 正直、未だ状況をよく把握できていない周泰であったが、とりあえず、孫権の言葉に頷き返事をする。なんにせよ、多分、自分に拒否権はない。
「ビジネススーツで来るなよ。俺が以前、貴様に設えてやったフォーマルなやつがあるだろう。それを身に付けて来い」
……はい」
 そんな物もあった気がする。箪笥に眠る着慣れないスーツに想いを馳せながら、周泰はそれをクリーニングに出さなければならないな、などとぼんやり考えていた。
 

 そうして、特に何事もないまま、金曜日は訪れた。命じられた通り、ほとんど新品同様のスーツを身に付け、周泰は会食の会場となるレストランに居た。
……どうぞ。孫権様」
「馬鹿者。そういうのはウエイターにやらせておけ」
 いつもの癖で、周泰は主人の席の椅子を引いた。その光景を、孫権は呆れたように一瞥する。
 主人が着席したのち、そのウエイターが隣の椅子を引いて、周泰に着席を促した。そこでようやく、周泰は自分も客であったことを思い出す。
「テーブルマナーはいつも見ているから分かるな」
………多分」
「俺の真似をしていろ」
「はい……
 いつもならば、後ろに侍って優雅に食事をする主人を眺めている立場にあった。それが何故、今こうして隣で座すに至っているのか。その理由を未だ周泰は知らない。
 とりあえず、目下の不安はテーブルマナー。周泰はガ◯トくらいでしか、ナイフとフォークを握ったことがない。けれど、なんとかなるだろう。周泰は事態を楽観視していた。
「ナイフとフォークは外側から使えよ」
 主人の忠告にコクリと頷いて、周泰は孫権の見様見真似でそれらを手にした。
 最初は前菜。それからスープ。そこまでは順調だった。次は待ちに待ったメインディッシュである。
………あ、」
 不慣れなナイフとフォークでは、上手く肉が切れない。周泰は操作をし損じて、カリャリと品のない食器音を立ててしまう。その拍子に、飛び跳ねたソースでテーブルクロスを汚してしまった。
「ったく、何をして……
「おやおや。無作法な者がおるなと思い、面でも拝んでやろうと来てみれば。これはこれは。貴様の連れであったか。孫権」
「げっ。曹丕」
 露骨に主人が嫌そうな顔をする。やたらと声高らかに、役者じみた口調と共に姿を現した煌びやかな容姿の男。名を曹丕と言って、孫権の大嫌いな人物であった。
「そんな庶民の男を連れて来るとは。やれやれ。ここはペット同伴化ではないぞ」
 多分、曹丕は周泰のことを馬鹿にしたのだろう。お察しの通り。この男は性根が悪い。そして、何かと主人に突っかかって来る。おかげで孫権と曹丕とは、すっかり犬猿の仲だった。
「いけませんよ。子桓様。そんな本当のことを申しては、可哀想ではありませんか」
「ぐっ司馬懿まで……
 続いてやって来た男にも、周泰は見覚えがあった。確か、曹丕の秘書だったはず。要するに、この曹丕と司馬懿とは、孫権と周泰に似た関係性にあった。
「狗に人の言葉など、分かるわけがないのですから。……ねえ?」
「それもそうだな。仲達よ」
 曹丕と司馬懿が同時に周泰を見る。その視線は鈍感な自分でも理解し得るほど、嘲笑と侮蔑に溢れていた。
 しかし、周泰は別段、不愉快だとも悔しいとも思わなかった。彼らと自分とでは住む世界の違う人間だという認識くらい持っていた。明らかに、周泰だけが場違いなのである。であれば、見下されたとて、まあ仕方がないかという気持ちになるだけ。
……ん?これはこれは。ご丁寧に名札まで身に付けていらっしゃるのですか」
「これは……傑作だな」
 司馬懿がクスクスと声を出して笑う。それに続いて曹丕も、周泰の首の後ろを見て笑うのだ。一体何がそんなに可笑しいのかと、周泰は自らの襟をまさぐる。
……あ」
 それをグイと引き千切る。クリーニング屋のタグだった。先日、クリーニングに出した後のスーツをそのまま身に付けて来たせいで、外し忘れていたのだ。
「駄犬にはタグ付き服がお似合いですね」
「フン。飼い主の顔が見てみたいものだな。……おっと。隣に居たか。これは失礼」
 主人の顔をこれ見よがしに一瞥して、曹丕は心底馬鹿にしたように鼻を鳴らした。これには孫権も黙ってはいられない。元々、短気な性格の主人はくっきりと額に青筋を立てていた。
―――貴様、言わせておけば」
「孫権様、どうどう」
 血管がブチ切れそうなほど怒り狂い、孫権はガシャンと音立てて、皿が浮くほど強くテーブルを叩く。瞬間、周囲の注目が集まったことに、至って冷静な周泰は気付いた。
 淡々とした口調で、周泰は主人を宥めた。ここで怒っては、恐らく曹丕らの思うツボだ。誰がどう見たって、彼らは故意に孫権を煽っている。
「大声を上げるな。みっともない。狗が狗なら主人も主人だな」
「行きましょう。子桓様。野蛮が感染ります」
 散々好き放題言いまくって、曹丕主従は去って行った。残されたのは、やり場のない怒りを溜め込んで苛々モードの我が主人。
「何故、止めた。周泰」
……ここで言い返しては、孫権様の印象がお悪くなります」
「ぐぬ……
 周泰に分かることが孫権に分からぬはずはなく。怒りで冷静な判断を欠いていた主人も、どうやら周泰の言葉で頭が冷えてきたらしい。
「だが、言われっぱなしではムカつく」
「ならば、何故。そもそも、自分を連れて来たのですか?」
 周泰が粗相をしてしまったから、主人まで辱められる結果となった。自分がいなければ、孫権が腹を立てることもなかっただろうに。
……だって」
「だって……?」
「曹丕だけ彼氏連れで、見せつけられるのなんか耐えられないだろ!!?」
「????」
 ついに判明した、主人がわざわざ会食に周泰を共させた理由。それは大嫌いな曹丕に、彼氏持ちアピールをされるのが気に入らないからだった。
「そりゃあ、あいつの彼氏は頭も回り有能で育ちが良くて、おまけに気も利いて申し分のない男だろうが……
……あの、その言葉刺さるんですけど」
 暗に自分の悪口を言われているような気がして、周泰はちょっとだけ傷付いた。
 司馬懿は周泰のような、なんちゃって秘書ではなく正真正銘、敏腕秘書だった。きっと自分とは比べものにならないほど、公私共に主人を支えていることだろう。
「俺だって彼氏自慢したい―――!!」
「完全に逆効果になってると思うんですけど……
 駄々っ子みたいに孫権は暴れる。曹丕に見せつけたくて連れて来た彼氏もとい周泰は、逆に貶されるだけに終わった。当然だ。周泰はこんな洒落た場など不似合いな、ごく普通の庶民的人間なのだから。
……あの。孫権様」
 けれど、だからと言って自分が主人に不釣り合いだなどと周泰は己を卑下しない。確かに、自分は学もなく育ちも良くない。気だってそんなに利かせられない。
「他人に何を言われようとも、自分の心は揺るぎませぬ。だから、上手く言えませんがその……
 それでも、孫権を愛しているという気持ちだけは、誰にも負けていないとう自負があった。例え、主人が自分よりもっと有能な男を愛したとしても、その心が変化することが絶対に無いと周泰は断言できた。
……自慢できるような男でなければ、嫌ですか?」
「幼平……
 周泰が恋人として、司馬懿に勝てる要素はないかもしれない。それでも、自分を選んで欲しい。孫権は自分を選んでくれるだろう。その確信も周泰にはあった。
……そうだな。そもそも、アイツの彼氏と貴様を比べようなどと、俺が間違っていた。だって、曹丕の男なんて絶対性格悪いに決まっているしな!」
「それなんですが、逆ではないでしょうか?」
「逆……とは?」
 周泰は見てしまったのだ。去り際、司馬懿の腰をそっと抱く曹丕の後ろ姿を。その雰囲気から、悟った。毎夜、優しくエスコートされているのは、恐らく司馬懿の方ではないかと。
「要するに、司馬懿の方が女役というか……
「え!?マジで??つまり、アイツはあんな髭面にちんこ勃つってこと???」
………そこまで言ってないです」
 下品な言葉を吐く主人の口を、周泰は咄嗟に手のひらで塞いだ。幸いなことに、周囲の卓はそれぞれの食事に夢中で、こちらの会話に聞き耳を立てている様子はなかった。
……え?アレと俺なら、さすがに俺の方が可愛くない?俺の勝ちじゃない??」
「それは司馬懿に失礼だと思いますが」
 曹丕が聞いていたら、ブチ切れそうな発言である。何をもって勝ちと判断しているのかは甚だ疑問ではあるが、どうやら主人の機嫌は直ったようで、周泰は一安心する。
「ですが、自分もそう思います」
 自分の主人で恋人である孫権が、誰より可愛いに決まっている。曹丕と司馬懿には悪いが、周泰は孫権の言葉を肯定して、主人を更に調子付かせる。
「当然だ。なあ、幼平」
 ようやく、不機嫌を収めた主人はニヤリと笑う。孫権と司馬懿のどちらが可愛いかという問答に、周泰は私情が多分に含まれてしまい公平な判断ができない。ので、この話はここでおしまい。
 


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