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二人とも選択肢間違えた話

全体公開 了遊 5 17 11828文字
2021-11-14 00:27:32

両片想い了遊がくっつくだけのやつ。
手放しでハッピーとは言えない感じです注意。

Posted by @d9_bond

1.

 ぱち、とベッドの上で目を覚ました遊作は、しばしそのまま天井を眺めていた。自室の天井ではなかった。
 室内が朝の白い光で満たされていてとても明るい。長い間寝ていたようで、心なしか頭がいつもよりすっきりしている気がする。ひどく喉が渇いていた。
 疑問に思いながらゆっくりベッドの上へ起き上がり見回すが、やはり知らない部屋だ。
 ホテルのような無駄のない部屋だった。
 ベッドのそばには小さなサイドボード。カーテンの掛かった窓に背の低いタンス、ソファとテーブル、テレビ、壁に掛かった小さな静物画。薄いクリーム色がかった白い壁に明るい青灰色の毛足の短いカーペット。窓と反対側の壁にドアが一つ。時計を探して室内を見回すが見当たらない。
 ソファには青年がひとり。パソコン相手に何やら作業中のようだが、遊作が起きたのに気がついて手を止めた。
 両サイドのはねた白銀の髪──切れ長の目に意志の強そうな眉、すっと通った鼻筋、薄い唇。振り返った青年は全てのパーツがあるべき場所へ奇跡のように配置されている、どきりとするような美貌の持ち主だった。
 青年はベッドの傍に来ると、サイドボードからペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、ぱきりと蓋をあける。
「喉が渇いているだろう」
 頷いて、差し出されたそれを遊作は素直に受け取った。サイドボードの中に冷蔵庫でも入っているのか水はよく冷えている。
 遊作はそのまま一気に中身を半分ほど空けてからようやく人心地がついた。はあ、と息をついたところで青年が如才なく遊作の手からボトルを取り上げ、蓋をしてサイドボードの上に置く。
「ありがとう」
「いや」
 青年は遊作と目線を合わせるように、ベッドの端にかけた。
「私のことは分かるか?」
 静かに問われて遊作は、知り合いだろうかと改めてまじまじ青年の顔を見る。人の美醜に鈍感な自覚はあったが、そんな自分が美形だと感じるくらいだ。一度会ったら忘れそうにない。
「すまない。どこかで会っただろうか?」
「そうか──やはり」
 青年は小さく言って目を伏せた。少しの間の後、重ねて訊ねてくる。
「他のことは分かるか。自分の名前、年齢、住所」
……大丈夫みたいだ」
 藤木遊作、十七歳。高校生で、デンシティの片隅のアパートに一人暮らし。親兄弟はなし。パーソナルデータを並べれば、確かめるように頷かれる。
「ここ最近で抜けている記憶はないか」
「それは──」
 言われてみれば何か、忘れている。そもそもどうしてここにいるのか思い出せない。だが思い出そうにも虚空に手を伸ばすような感覚があるばかりだ。遊作は顔をしかめた。
「ああ、分からないなら無理をしなくて良い。忘れているのは私に関することだろう」
「何?」
 こめかみをさすりながら問えば青年はさらりと言った。
「私の名は鴻上了見。──きみの恋人だ」
……は?」
 遊作は呆然と聞き返したが、彼は微笑むばかりだった。


 了見が言うには、昨日自分たちはリンクヴレインズでデュエルをしていたという。
 ログアウトのタイミングとたまたま発生したシステム障害が運悪くかぶってしまい、処理がうまくいかなかったらしい。心配した了見が連絡をしたが返事がないため様子を見に行ったところ、遊作は自宅のログインルームで倒れたままだったそうだ。なかなか意識が戻らず、一人暮らしと言うこともあり自宅へ連れてきて面倒を見てくれたという話だった。
 念のため了見の知己である医師に来てもらい診せてくれたそうだが、体に悪いところはないと言うことで起きるのを待っていたと。
 一応話に矛盾はない。
「あれから一日たっている」
 それだけ寝ていればすっきりするだろうし、喉が渇いていたわけだ。
……記憶に関してはじきに戻るか、戻らないかは分からない。だが私のことは信用してほしい。きみに害はなさないと約束する」
 真っ直ぐに見つめられて、遊作は頷いた。孤児の、ろくな財産もない自分を今更どうこうしようと企む者など考えられない。
 なにより感覚が全身全霊で言っていた。この人は信頼できる、この人の手を放してはいけない、と。
「それでその……こうがみ、さん」
「了見、だ」
……
 戸惑いながらも口の中で、りょうけん、と呼んでみると思いのほかなじむ。親しかったのは間違いなさそうだ。だが、それにしても本当に恋人なのかは疑問しかない。
 自分が惚れたというのならまあ、ないでもないのかもしれない、とは思う。恋人と聞いた時に疑問はあってもマイナス感情は全く湧かなかった。記憶が無いのになぜか信じられる辺り相当に入れ込んでいたのかもしれない。だが向こうがこちらを好きになる理由が分からない。
「それでその、りょうけん、は、俺とどういう関係だろうか」
 同じか少し上の年頃に見える。学校の友人か先輩かというのが一番ありそうだったが、尊や葵のようなきっかけや島のようなお節介でも無ければ自分に友人ができるとは思えない。
「だから恋人だ」
「そうではなく」
「信じがたいのは無理もない。だが本当だ」
……
 信じがたいも何も答えになっていない。困惑する遊作に、了見もまた難しい顔をした。
「──まあ、そうだな。きみが混乱するのは致し方ない。だからそこについては納得できるまでは保留で構わない」
「ありがとう」
 結局遊作は了見の言葉に甘えて、ひとまず横に置くことにした。遊作が折り合いをつけてくれたと了見も安堵したようだった。
「さて、食欲はあるか? 気分が悪くなければ軽く食事をして、一度病院へ行こう」
「ああ。わかった」


 その後病院で一通り検査をしたが、了見の記憶以外は何も問題なかった。記憶については病院側で出来る手立てもなく、様子見するしかないとの結論だった。
 結果を聞いて了見は一緒に暮らしてみないか、と提案してきた。
 部屋は余っているし遊作のアパートの部屋はそのままにしておけばいい、嫌になったらいつでも戻れば良いという。
「ただでさえ面倒を見てくれたのに、そこまで世話になるわけにはいかない」
「しかし、その方が記憶が戻るかもしれない。……戻らなくてももう一度私を好きになってくれるかもしれない機会がふえるだろう?」
 冗談めかした言い方だったが、本音でもあるのだろう。了見は遊作の手を取り、真っ直ぐ遊作の目を覗き込み、繰り返した。一緒にいたいと。
「了見、もう少し落ち着いて……様子をみてそれでも戻らなかったら、では駄目なのか」
「駄目ではないが私が嫌だ」
「そんな」
「忘れられるくらいなら別にいい。だが、今の状態で離れられるのは困る」
……困る?」
「今のきみにとって私がただの他人であるのは分かっている。……だからこそ、それに慣れてしまったらと思うと怖いんだ」
 自分は何を言われているのだ、と遊作は自問した。口説かれているようだが対象は失われた記憶の方だ。
「それにきみは、」
「了見」
 なおも言いつのろうとするのを制止する。あまり色々言われると、その気になってしまいそうだった。美形はずるい。
「しかし、疑って悪いんだがどうしても信じられなくて」
「何がだ?」
「本当に、俺たちは、その……恋人、なのか」
「無論だ」
 恐る恐る確かめれば了見はあっさりと、しかしはっきり頷く。
「きみが私に好きだと告げた。私はきみを愛している。関係は成立している」
「でも、今の俺はおまえのことを知らない。おまえが好きな俺とも違うんじゃないか」
「余程の事でも無い限り、人の本質はそう変わらないものだ」
 了見は、右手でそっと遊作の頬に触れる。
「きみは私の運命。それが変わることはない」
 浮かべられた屈託のない笑みに遊作は、なぜかこれが本来の彼の笑顔なんだろうと根拠もなく思った。

 ──そうして結局のところ遊作は了見に押し切られ、彼と同居することになったのだった。





2.

 了見の希望で半ば強引に始まった同居生活だったが、遊作は鴻上邸での暮らしにあっさり馴染んだ。
 密かに危惧していたように逃げられる事も無く了見は胸をなで下ろした。
 通学時間がいくらか延びたのは申し訳なかったが、彼にかけた不便はそのくらいだろう。遊作曰く、苦手としている料理や掃除を了見が引き受けてくれるのがありがたいという。こちらも遊作が他の家事や買い出しのような細かい仕事を引き受けてくれるので思いの外助かっている。それを伝えると遊作は喜んだ。可愛らしかった。
 遊作は記憶が無いながら思いの外簡単に了見を信頼し、親愛をみせた。その点では以前と変わりないとも言える。
 ただ一点、彼は「鴻上了見が恋人である」という点についてはいまだどうも信じがたいようで、度々確かめてきた。無理もない、と了見はその都度遊作を宥めるようにして言い聞かせた。信じがたくとも本当であるし、信じなくていいから離れずにいて欲しいと。
 この点について遊作は心苦しく思っているようだが、了見は気にしてもいないし焦ってもいなかった。

 なにせ、恋人関係というのは了見の嘘だ。

 この嘘について了見は欠片も罪悪感を抱いていない。互いに想いを伝えたのは事実であるし、このままじっくり口説き落として既成事実を作ってしまえば良いくらいに思っている。
 そもそも現在の遊作が鴻上了見の情報を一切合切失っている理由についても、伝えた経緯は全くの嘘だ。
 彼から「鴻上了見」を消し去ったのは自分であり、望んだのは彼だった。





 発端は今からふた月ほど前に出はじめた、小さな噂だった。

 リンクヴレインズの過疎エリアの端にプレイメーカーの幽霊がでる、というようなしょうもない噂だった。了見はその報告を見たとき軽く苛立った。VR世界に幽霊もなにもあるか、勝手にあれを殺すな。もっとも、プレイメーカーは現在さっぱりログインしていないので死亡説が流れるのも無理ない状況ではあった。
 ともあれ火のないところに煙は立たず、噂の元になった何かはいるはずだ。
 そう考えて目撃情報のあるエリアのログを洗ったところ、幽霊──ではなく何者かがいる事が分かった。数カ所を移動してはいたが、その者がいる時に周辺エリアに入った者はいくらか時間をおいて後に必ずリンクヴレインズから強制ログアウトさせられている。
 明らかに何者かがそこで何かを行っている。
 だが履歴から痕跡まで非常に巧妙に消去及び改竄されており、「いた」以外ろくな情報が出てこない。被害者を聴取したところでエリア内での記憶をなくしていて被害に遭った自覚すらない有様だ。
 SOLのセキュリティはこの事態そのものを感知できていなかった。かくいうハノイの側も噂が出て初めて異常に気づいたわけで、犯人のスキルが非常に高いことが窺えた。
 集まった数少ない情報を並べて考えた末、了見は自ら現場に赴く事にした。斥候なら自分が行くとスペクターが申し出てくれていたのだが断った。
 というのも、これは幽霊ではなく本人ではないか、という気がしたのだ。


 それは勘のような感覚的なものだったが、当たっていた。
 リボルバーが一番新しい目撃情報があったエリアに入るとプレイメーカーがいた──もちろん幽霊などではない、藤木遊作が操る本人だ。
「リボルバー?」
 エリアに入ってきたリボルバーの姿を認めると、彼はいくらか驚いたようだった。
「おまえが来るとは思わなかった」
「このようなところで一体何をやっている」
……プログラムを試していた」
 リボルバーは眉をひそめた。
 現在は一学生としての日常を過ごしているはずの彼がわざわざリンクヴレインズに来てまで何を行う必要があるのか。件の幽霊が全て当人ということならば、噂が出るまで全くログインしていなかったはずなので、完全になにか目的があり彼はここにいる。
「他人を巻き込んでまで?」
「それについては俺のミスが発端だ。人に見つからないように過疎エリアを選んでジャミングもかけていたんだが、調整が甘くて見つかってしまった。巻き込むつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったんだ」
「そこは目的ではないと」
「彼らに実害はなかったはずだ」
「一時的な記憶喪失がある」
「俺に関した事を忘れて貰っただけだ。多分忘れたことも忘れているレベルだろう?」
……
 リボルバーはプレイメーカーを検分する。「おまえが来るとは思わなかった」と言いながらも慌てる様子もない。逃げるでも弁明するでもない。
「『プレイメーカー』の存在が噂になっていたのは気づいていたか」
「ああ。だから極力痕跡を消したし場所を変えたりもしたんだが──おまえが来るようでは意味は無かったな」
 リンクヴレインズへのログイン、他人を巻き込む不可解な行動、どうもらしくない。
 彼がここで行動する際のサポーターである草薙翔一の関与もない。相棒たる闇のイグニスとは再会の後紆余曲折を経て別離を選んでおり、実際干渉の形跡もない。つまり完全にプレイメーカー単独での考えと行動だ。
「それで、理由は」
「知りたいか」
「そのためにここにいる」
 プレイメーカーは物憂げに目を伏せた。少しの間の後、大きく息を吐いてから顔を上げ、真っ直ぐにリボルバーを見た。
……それなら、デュエルしないか」
「何?」
「俺にも理由があるが手放しでは言いづらい。おまえも手ぶらで帰るつもりはないだろう。シンプルだ」
 リボルバーは少し考える。元来彼はこういう取引に自らデュエルを持ち出したりはしない。ますます不可解だ。目の前のプレイメーカーは本物だろうかと訝る。
 が、すぐに決めた。
「──いいだろう」
 偽物だろうと打ち倒せば同じ事だ。リボルバーが頷くと、プレイメーカーはホッとした様子をみせた。
「なら、このままここで頼む」
 言うなりプレイメーカーは有無を言わさずデュエルフィールドを展開した。
 半球状の淡く光る大きな格子が二人を取り巻くと、周囲の環境音が幕を通したように一段遠くなる。
「隔離──いや隠蔽か」
「ああ。このフィールド内での変化はログが残らない。外からは展開前の状態が維持されたように見えるから、ここに入らなければほぼ分からないはずだ」
……
 リボルバーは、僅かに目を細めた。一連の件の被害者が件のエリアに入ってそのまま追い出されたように見えたのは、このフィールドプログラムが原因と推測できる。だがもう一つ、先ほどプレイメーカーは「忘れてもらった」と言っていた。
「それだけではないな?」
 問えば、プレイメーカーは小さく肩を揺らした。
……やることはいつもと変わらない。ただ、ライフポイントのシステムをいじってある」
「記憶の改竄をするものか」
「解析が早いな」
「解析せずとも分かる。先の話からすると相手からお前の記憶を消す物ということだろう」
「ああ、システムとしては互いに関する記憶をライフに連動するものだ。ライフがゼロになり勝負がついた時点で敗者は勝者に関する記憶を一切喪失する」
 そんなことが出来るのか、と訝ったがリボルバーはすぐに思い至った。似たような事例があったではないか。
「光のイグニスが使っていた技術か?」
 かつて対峙したあの忌々しい光のイグニスが、自身のオリジンの意識データをエクストラライフに変換していた。その影響で草薙仁は事件の記憶を失った。それ自体は怪我の功名ではあったが──
「同じではないが要領はそんなところだ。人の記憶をデータ化する技術にも心当たりがあった」
 そうして記憶をライフポイントに連動する術を作り上げたという。
「このフィールドを作って試していた。こんな僻地に誰か来るとは思わなかったから、巻き込んでしまった人には申し訳なかったし試すような形になってしまったが、おかげで一応形にはなった」
 フィールドをぐるりと見回して、プレイメーカーは小さく息を吐いた。
「白状すると、噂が出た時点でおまえたちの誰かが調査に来るかも知れないとは思っていた。いきなりおまえが来るのは予想外だったな」
 相手がスペクターや三騎士だったら丸め込む算段があったのかもしれない。いきなりではなくとも自分が来るのは想定していたようで、なんにしろ予測の範囲内というわけだ。
 リボルバーはフン、と不機嫌に鼻を鳴らした。
「何を考えている」
「──もしもおまえが勝ったら忘れてほしいんだが」
 プレイメーカーは先の説明と変わらぬ語調で静かに言った。

「おまえが好きで困っている」

 空間にしばし沈黙が落ちた。
 リボルバーは言葉の意味が処理できず、三度脳内で繰り返した。何を言っているのだろうか。
「いや、分かっている。不愉快だろうが訊ねたのはおまえだ。我慢してくれ。こういう事は初めてでよく分からなかったんだが、他の可能性も検証した結果そういう結論になった」
 何も分かっていない。
 本当に、何を言っているのだこの男は。リボルバーは困惑して見ていただけだが、向こうは非難か何かと受け取ったようだった。
「俺も悪いと思って、随分前からどうにかできないものか考えていた。だが考えるほど深みにはまるようで全く改善の兆しがない。耐えかねて手慰みに記憶の改竄が出来ないかと試行錯誤していた」
「それがこの状況とどう繋がる」
「おまえは、俺をどう思っている?」
……
 リボルバーは、すぐには答えられなかった。
 じっと自分を見る眼差しは揺れる事もなく真っ直ぐに、静かにリボルバーを映している。
……その答えが今必要か?」
「いや、いい」
 問い返せばあっさり首を振った。もう分かった。
 それからプレイメーカーはぐるりとフィールドを見渡す。
「話を戻そう。……今この状況だけで言えば俺は、おまえが俺のことを忘れてくれたらと考えている」
「答えになっていない」
 逆ではないのか。
 そもそも、ずっと繋がりを口にして人を強引に存えさせて、あげくその力で世界を守りきったお前が、忘れろなどと望むのか。
「きっと、俺を忘れたところでおまえは何も変わらないだろう。それに俺の勝手な望みだ。理解しようとしないでくれ」
 プレイメーカーは口元を緩めた。笑ったつもりだろうか。
「もちろんおまえが勝てば何も問題ない。やはりおまえは何も変わらないし、俺がおまえのことを忘れたところで何も困ることはないだろう」
「本気で、言っているのか」
「困ることがあるのか?」
 プレイメーカーは少し考えるそぶりを見せる。
「それは想定外だが──それならサレンダーしてくれ。恐らく現状俺の方が困っている」
「ずいぶんと一方的な言い分だな」
「嵌めるような真似をしたのは謝る。だが一応言っておくと、現在の仕様では強制解除すると両方の効果が暴発する。だからこのまま勝負することを勧める」
「どちらにしろお前の一人勝ちか。周到なことだ」
「いや、ただ未完成なだけだ。本当に、こんなに早くおまえが来るとは考えていなかったんだ」
 そうして、今度こそはっきりと笑って見せた。
「さて。デュエルを始めよう、リボルバー」
 リボルバーの疑問に、プレイメーカーはそれ以上答える気は無いようだった。


 拒否しても、負けても「藤木遊作」を「忘れるだけ」と彼は言った。
 それは本当だろう、巻き込まれた面々は口をそろえて誰かに会った気はするが誰だか全く覚えていないといっていた。
 問題は「忘れる」範囲がどこまでかということだ。プレイメーカーは何でも無い事のように述べたが、リンクヴレインズの英雄と呼ばれたプレイメーカーを知っているだけの者と、彼個人を直接知っている者ではまるで意味が違ってくる。
(お前が私を忘れるのは構わない──恐らくその方が、お前は楽に生きられる)
 リボルバーは、目の前の相手を見た。
(だが)

『きっと、俺を忘れたところでおまえは何も変わらないだろう』

 ふつふつと湧きおこるのは、紛れもない怒り。
(私がお前を忘れても私は何も変わらないと、本気で思っているのか。他でもないお前が)
 人の命がけの使命を盛大に叩き潰し、新しい未来を見つけると豪語し存えさせ──彼のあの悲鳴も、その怒りも強さも祈りも慟哭も見てきた、それを無くしても鴻上了見は何も変わらないとそう言っているのだ。
(お前が、言うのか)

 ──鴻上了見に、藤木遊作の存在は不要だと。

「先攻は私がもらう」
 目の前の相手を完膚なきまでに叩きのめし、後悔させてやる。
 リボルバーは宣言した。
「その妄言、許されると思うな──プレイメーカー」





 顛末を全て記すまでもなく、現状が示すとおりデュエルにはリボルバーが勝利した。結果、藤木遊作は鴻上了見に関する記憶のみを喪失した現状へ至る。
 言ってみれば遊作に乞われ了見が介錯し、状況を利用した。それだけのことだ。
 付け加えれば了見は記憶が戻る可能性があるように当人には話しているが、その可能性はまずないと踏んでいる。鴻上了見、リボルバー、『アイツ』──彼らに関する過去は存在せず、その虚空を埋めるかのように別の誰かや違う状況で補填されている。そしてそれ自体も次第に曖昧になっているようだった。誰かが事実を伝えたところで記憶そのものが存在しなければ思い出すことはない。
 だからこそ了見は嘘を並べた。
(──考えてみれば私がきみに伝えた真実は、愛している、だけだな)
 以前は、墓まで持って行くつもりの言葉だった。
 皮肉なものだ。


 一緒に暮らし始めてから、遊作はよく笑うようになった。
 年相応さが出てきたというべきだろうか。人との交流も以前ほど苦にはしていないようだ。
 消えた記憶の影響で事件に関する記憶までも曖昧になっている、そのおかげだろう。
 もちろん草薙仁のように完全に影響が無くなったわけではない。眠っている時にうなされている事があるのだ。当たり前だが、そう簡単に消える傷ではないということだ。





 予定外の処理がやっと片付き、了見が寝室に入ったのは日付がとうに変わってからの事だった。
 ベッドの遊作は既に熟睡しているようだ。
 起こさないよう細心の注意を払い、了見は窓からの月明かりを頼りにその傍らにもぐり込む。


 最初、寝室は別にしていた。
 だが念のためと了見が夜中に様子を見に行くと、遊作は夢にうなされていることが度々あった。起きると内容を忘れるらしく、本人も当惑しているようだったがきっと事件がらみだろう。
 夢の中で何かを探しているのか虚空へ手を伸ばしている事もよくあり、そんな時は手を握ってやると遊作は簡単に落ち着いた。これについては記憶の「アイツ」がいなくなったことが影響しているのかもしれないが、これも確かめようもないので推測どまりだ。
 だが、誰かがいるというのは有効なようであった。
 そのため様子を見た上で了見は、一緒に寝ないかと持ちかけた。表向きはコミュニケーションの一環だからと適当な名目を並べて。
 遊作は面食らったような顔をしたものの、比較的あっさり了承した。何もしないと先に言い含めたのは自分だが、信頼しているからと何でも受け入れすぎではないかと少し心配になったくらいだ。


 月明かりの中、頭を並べて了見は遊作の寝顔をじっとみた。
 学生である遊作と違い、了見は決まった時間に起きて寝るような生活は難しい。ベッドは一緒にしているが先に寝かせている事もよくある。そんな時は何やら夢を見ていたりもするのだが、今日は問題なさそうだ。
 すうすう寝息をたてるその顔は年よりずっと幼く見える。
(私の存在は、今のお前にとって直接過去を呼び出すものではない──)
 そろりと手を上げて、遊作の白い頬を撫でる。
 もう触れるのは怖くない。
 遊作が熟睡しているのをいいことに、腕を絡めて指先を撫でる。
 すぐそばにずっと欲しかった存在がいる。
 温かい。
 幸福とはこういうことだろうか。愛しい名を囁いて、了見は目を閉じた。





3.

 ダイレクトアタックの衝撃と共に地面に転がる。
 遠く、無機質な電子音がライフポイントが尽きたことを知らせた。どこかぼんやりした心持ちでプレイメーカーは転がったまま、空を見ていた。張りぼての空。
 ゆっくり近づく足音に、のろのろと身を起こす。立ち上がろうと片膝を立てたがあまり力が入らず、結局立ち上がるのを諦めた。
 リボルバーは、プレイメーカーの傍らで足を止める。
「貴様の負けだ」
「ああ……最悪相打ちに持って行くつもりだったんだが、やはりおまえ相手では思ったようには行かないな」
 プレイメーカーはそこで、ふ、と小さく息をついた。
「だが、おまえに想いこれを殺して貰えてよかった。……すまない」
 笑って言う。
 リボルバーはその場に片膝をつき、プレイメーカーを真似るように笑みを見せた。
「残念だがプレイメーカー、私はお前これを何者にも奪わせる気は無い。それがお前本人だとしてもだ」
 翠の双眸を覗き込み、僅かに見張るその様を確かめながらリボルバーは告げる。
「それと、忘れてくれる今だから先の質問の答えを言おう」

『おまえは、俺をどう思っている?』
「──私はお前を愛している」

……は」
 プレイメーカーの笑みに苦いものが混じる。
「それだから──だから、おまえには俺を忘れて欲しかったんだ」
 囁いて、目を閉じた。



 遊作の差し出す親愛をいつだって了見は拒んだ。
 そのくせこちらが告白を必ず忘れると分かって初めて愛を返す、その傲慢さ。いや怯懦だろうか。
(きっと俺が俺でいる限り、おまえにとって俺は『被害者』のままなのだろうな)
 自分でいなければ出会う事すらなかった。
 だがその出会いがなければ──藤木遊作じゃないどこかの誰かとしてならば、例えば贔屓の店の常連として構える事無く顔を合わせたり、リンクヴレインズで純粋な好敵手としてデュエルに興じるような可能性があったんじゃないか。実際、プレイメーカーとリボルバーでいる間は藤木遊作と鴻上了見よりずっと対等でいたように思う。
 自分でない誰かになるなどあり得ないと思いつつも、その想像は甘美だった。何者でも無ければ彼の頚木を引く事もない。
 だからといって、何者でもなくなった自分が了見の何者かになれるわけがないとも分かっていた。
 最初から叶う事のない恋だった。


 フィールドの消失に連動して自動でログアウトが始まる。プログラムが滞りなく動いている事にプレイメーカーは安堵する。
 次に目を開く時、自分はどうなっているだろうか。あの声を、言葉を、輝きを忘れてもまだ自分のままだろうか、まるで変わってしまうだろうか。そこだけが少し気になった。
 薄れゆく意識の向こうで、最後に声がした。
「なるほど」
 自嘲するような気配で。
……お互い難儀な性分だな」

 全くだ、という同意が届いたかは分からない。





 遊作は目を覚ました。
 室内には月明かりと穏やかな潮騒が満ちている。


 何か夢を見ていたようだが目が覚めた拍子に忘れてしまっていた。
 滲んでいた目元の涙を指先でこするようにして拭う。胸を締め付けるような感覚だけが残るこの夢はたぶん、幾度となく見ている。だが起きると毎度きれいに内容を忘れてしまっているので、どんな夢かは分からないままだ。
 この夢を見ている時はうなされているようで、了見に起こされた事も何度もあったし随分と心配をかけた。温かい感覚に目を覚ますと、傍らで手を握っていてくれたこともあった。
 一緒に寝ようと言われた時は少し驚いたが、すぐに自分を心配してのことだと分かった。

 いまだに恋人関係を受け入れられない遊作にあわせてか、一緒に寝ていても何かされると言う事もない。ただ寄り添ってくれて、手を繋ぎ、肩を抱く。
 そのおかげか、日を経るごとに夢を見る回数は減っていた。そのうち見なくなるだろう。

 近い潮騒にはすっかり慣れてしまった──隣で寝息を立てている了見にも。
 回されていた腕の下、もぞもぞ動いて了見に向き直る。
 薄く上下する胸に顔を寄せる。
 温かい。
 こんなに居心地の良い場所を自分はどうして忘れてしまったのだろう、と不思議に思う。こんなに優しい人を、何も持っていない自分を愛してくれる人を、どうして。少しくらい、何か思い出しても良さそうなのに。もしかしたら自分は相当薄情なのかもしれない。
 ただ了見は、思い出さなくても良い、また恋をしてくれたら良いと言っていた。
 今はまだ戸惑いの方が大きいが、このままだとその通りになる予感がする。彼はきっと許してくれるだろう。


 隣で眠る了見はひどく幸福そうで穏やかで。
 ──それなのに見ているとなぜか泣きそうになって、遊作は目を閉じた。




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