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まちがいさがし

全体公開 5886文字
2021-11-17 23:00:08

張華文虎(現パロ)
半分くらいサイゼの宣伝

「今夜、一緒に食事でもどうです」
 後ろから、トントンと肩を指で叩かれる。文虎が反射的に振り返るや、男はニコリと微笑んだ。その笑顔に露骨なしかめ面で睨みつけてから、文虎は考える素振りもなく返答する。
「お断りします」
「ええ、ひどいな。いいじゃないですか。職場仲間と食事をするくらい」
 相変わらず微笑みは絶やさず、かと言って悲しげな物言いをするわけでもない。誘いを断られたことを、張華が本当に残念がっているのかどうかは、怪しいものであった。
「ボクだって、同僚と食事にくらい行きますよ。でも、あなたとは嫌です」
「それは手厳しい。理由を訊いても?」
 キッパリと文虎が断ったというのに、張華は引き下がらず、挫ける気配もない。そもそもとして、未だ業務時間内だというのに、インスタントコーヒー片手にアフターのお誘いに来るとはいい度胸である。
 と言いたいところではあるが、文虎もちょうど休憩したかったところだった。上層部の人間と会話しているとあれば、事務作業する手を一旦止めたとしても格好がつく。
「あなたとボクとでは、生活水準が違うんですよ。あなたのディナーに付き合っていたら、財布がもちませんよ」
 張華と文虎とは勤務地こそ同じではあるが、立場が違えば収入も、天と地ほどに差がある。文虎は庶民なので、張華の金銭感覚で食事に付き合うのは正直厳しい。
「そうでしょうか。そりゃあ、それなりのお店で食事をすることもありますが。貴方が想像しているよりは、庶民的だと思うんですけどねえ」
 高給取りの庶民的という言葉など信用ならない。文虎が懐疑的な視線を向ければ、張華は右手のインスタントコーヒーを一口啜って、甘言を吐く。
「それに、最初から奢るつもりでしたよ。僕から誘ったんですからね」
 その一言が、文虎の心をわずかに揺さぶった。なにせ、文虎は守銭奴である。別に家計は苦しいというほどでもなかった。しかし、浪費家な父と金銭感覚に乏しい兄を持ったせいで、自然と家の財布は文虎が握っていた。自立した今でもその時の癖が抜けない文虎は、倹約家であったし、奢りというワードには弱かった。
「それなら、話は変わってきますね」
「では、交渉成立ということで」
 大前提として、無駄な金を浪費しないのであれば、奢りでなくとも、張華との食事を拒絶する理由は、文虎にはない。
「ちなみに、ご希望はありますか。僕のおすすめはバーミヤンかサイゼリヤですけど」
「本当に庶民的ですね」
 思いの外、一般的なチェーン店名が提示されたせいで文虎は反射的にツッコミを入れてしまう。
「あ、奢るからってケチっているわけじゃないですからね。本当にお気に入りなんです」
「はいはい。分かっていますよ」
 張華はそこまでケチケチした性格ではない。それに文虎は食への拘りもない。であれば、その二択で特に異論はなかった。
……じゃあ、サイゼで」
「サイゼのアロスティチーニ、好きなんですよね。あの価格で出していいメニューじゃないですよ、アレ。週2で食べちゃいますね」
「訊いてないです」
 嘘か本当か分からないことを流暢に喋る張華を適当にあしらって、文虎はそろそろ仕事に戻る素振りをして見せる。
「場所は立川のサイゼでいいですか」
「いいわけないでしょ。普通に新宿にして頂けませんかね!?」
 ここは新宿区。新宿駅から徒歩10分程度の立地である。そこから何故、立川などという地名が出てくるかと問われれば、答えは明白で。張華の自宅が立川にあるから。
「えー。僕の行きつけなのに」
「サイゼに行きつけも何もないでしょ。どこも同じ味です」
 しかし、文虎がわざわざ立川に出向く利点は何一つない。まだ、帰る方向が同じで有れば選択肢に入るが、生憎、文虎の家は逆方向であった。
 奢って貰っても、交通費がかかっては無意味。仮に、交通費を出してくれたとしても行きたいとは思えない。立川は遠い。
「ふふ。冗談です。ではまた、定時になったら」
 本当に冗談だったのか疑わしいものであるが。素直に新宿ということになったので、それ以上、文虎が追及する必要はなかった。
 お邪魔虫の張華が去り、文虎は業務を再開する。時刻はおおよそ16時。定時退社まで、あと2時間だ。

「何気に久しぶりに来ましたね。サイゼ」
 新宿駅近のサイゼリヤ。前を通ることは度々あったが、入るのは初めてだった。文虎は仕事終わりに外食することなど、滅多にない。
「そうなんですか。美味しいのに」
「いや、兄さんがね……
 開いたメニューに視線を落としながら、張華と何気ない会話をする。文虎がしばらく来店していない間に、注文は記入式に変わっていた。
「好きなんですよ。ガストが。だから、家族で外食するといつもガストでね」
 懐かしげに語ったのは、幼少期の思い出。大人になってから、家族揃って外食したのなんて、片手で数えるほどしかない気がする。
 過去の刷り込みのせいなのか、文虎もなんとなくサイゼよりはガスト派だった。
「食後のソフトクリームがないとヤダって言うんですよ。ほら、サイゼってないじゃないですか。ソフトクリーム」
 さほど迷わず、文虎はメニューを決めてしまって、先に注文シートへ記入を済ませる。
「ジェラートがありますよ。僕はプリンの方が好きですけどね」
「ジェラートはなんか洒落てて気に食わないそうです」
 などと話している内に、張華は何やら5つぐらいオーダーを書きこんでいた。どれだけ食べるつもりなのだろうか。注文番号で書かれているため、何を頼んだのか定かではなかった。
「それにしても、貴方は口を開けばお兄さんの話ばかりですね」
 注文用紙を店員に手渡した後で、張華がやけたような顔でこちらを見た。まるでブラコンだと揶揄された気がして、文虎は少しムッとする。
「じゃあ、あなたが話題を振って下さいよ」
 気を遣って喋っているのに、その話題に文句をつけられてはたまったものではない。それに、トーク力で言えば間違いなく張華の方が上である。
「それでは意味がありません。僕はね、貴方が話すのを眺めていたくて、こうして食事に誘っているのに」
………
 思わず、返答に困って絶句してしまうような歯の浮くセリフ。それを平気で吐けてしまえるこの男のことを、文虎はある意味苦手だった。
「そう言われると、口を開きたくなくなりますね」
「相変わらず、天邪鬼ですね。沈黙の方が気まずいと思いますけど」
 全くもって、その通りである。黙ったところで、対面に座す限り、張華は文虎の顔を四六時中眺めていることだろう。想像しただけで、その居心地の悪さといったらない。
 どちらに転んでも、文虎にとって部が悪い。張華はそういう状況に持ち込むのが、すこぶる上手かった。
「なら、料理が届くまでコレでもやりましょう」
「なるほど。間違い探しですか」
 なかなか上手い切り返しができたのではないか。と心の中で自画自賛しながら、文虎はしたり顔をした。
 サイゼのキッズメニューに表紙は間違い探しになっていた。間違い探しに集中しているという名目であれば、もの男と対面で沈黙が続いたとして、さほど苦痛は感じないだろう。
「いいでしょう。結構、得意なんですよね。こういうの」
「ボクだって」
 間違い探しとなぞなぞでは、兄に負けたことがない。自慢できるほどのことでもないので、口に出しては言わないが。
 大の男がスーツ姿で、四人掛けのボックス席で向かい合って黙々と間違い探しに勤しむ。なんとも言えない光景だ。心の中で自嘲しながら、文虎は割と真剣に、キッズメニューの表紙とにらめっこしていた。
「お待たせいたしました。ラムのラグートロフィエと、ラムときのこのきこり風。ワインの赤です」
「あ、僕です」
 そんなこんなで、間違い探しをスタートしてから、5分ほど経過したかというところ。早くも店員が出来たての料理を運んでくる。
 注文を通してから、まだ10分くらいしか経っていない。安いし、料理が出てくるのも早い。小洒落たレストランに行くよりも、文虎にとってここははよほど好みの店だった。
「どれだけラム肉食べるんですか。あなたは」
「いいじゃないですか。美味しいんだから。あ、店員さんグラスをもう一つ」
 やたらと茶色くて肉肉しい皿が、張華の前に並べられてゆく。見た目と年齢の割に、張華はよく食べた。
「で、進捗の方はどうですか。間違い探しの」
「9つは見つけましたよ」
 得意げに文虎は返答する。間違いは全部で10個。こういうのは大抵、最後の一つがやたらと難しく作られているのだ。その最後の一個がまだ、見つかっていない。
「すごいじゃないですか。まあ、僕はもう全部見つけてしまったので、先にいただきますね」
「ウソでしょ!?」
 5分そこそこで9つは、文虎的にはかなりいいタイムだと思っていたのに。張華は既に全ての間違いを見つけてしまったと言うのだ。しかも、何なら途中でスマホも弄っていた。
「あ、ほら。貴方の料理も届きましたよ。一旦、中断しましょう」
 続いて、店員が張華の催促したワイングラスと共に、チキンとグラタンを運んで来る。それらを文虎の前に並べるため、メニュー表は張華の手によって回収された。
「むう……
 最後の間違いを見つけられなかった文虎は、モヤモヤとした感情を胸に抱えたまま。けれど、出された料理はすぐに食べないと冷めて美味しくなくなってしまうから食事が優先。
「飲みます?ワイン」
 文虎が答える前に、空のグラスへと注がれる赤ワイン。最初から二人で飲むことを前提に注文されたデカンタのワイン。断る理由もなかったので、文虎は赤い液体で満たされたグラスに口付けた。

 食事を終えた後、文虎が間違い探しを再開したことは言うまでもなく。存外に負けず嫌いな性格の文虎は、張華に負けたままでは居心地が悪い。その張華はといえば、対面で機嫌良くデザートのプリンを頬張っていた。
「いや、建物は怪しいと思っていたんですよ。ボクも」
 というのは、15分前の話で。張華がプリンを食べ終えた後も、文虎は最後の間違いを見つけられず、結局更に10分くらい粘った。
「だけど、反転してるなんて気付きませんよ〜」
「はいはい。いいじゃないですか、もうその話は」
 結果的に言えば、文虎は降参した。10個目の間違いを見つけることができず、張華に答えを教えて貰ったのだった。こんな屈辱はない。
「それよりも、もう1つ間違いを見落としていることに、貴方はいつ気が付くのでしょうね」
「はあ……?」
 文虎は間の抜けた返事をする。もう1つの間違いとは、一体何の話をしているのだろうか。張華の不敵な笑みが、文虎の懐疑心を無駄に煽った。
 サイゼの間違い探しの間違いは10個。文虎はその内、9つは確実に見つけた。見落としなどない。それとも、隠された11個目の間違いでもあったのだろうか。
『この電車は中央・総武各駅停車―――
……あれ?」
 乗車中の電車のアナウンス音が響く。定期的に流れるその音声を、文虎は集中して聞いていたわけではなかった。だが、その瞬間、文虎はわずかに違和感を覚え、それに耳を傾ける。
―――次は中野』
「って、これ逆方向の電車じゃないですか!?」
「はは。ようやく、気が付きましたか」
 電光表示板を見れば、はっきりと『三鷹行き』と書かれている。文虎が帰宅するためには、同じ路線の千葉方面行き電車に乗らなくてはならないのに。
「知っていたなら、教えて下さいよ。……って言っても、確信犯だったんでしょうけどね」
「バレましたか」
 見慣れた車体だったせいもあるが、彼と会話しながら歩いていた文虎は、己の間違いに少しも気付かなかった。ごく自然に乗り込んだ電車は新宿駅を離れ、中野まで到着しようとしている。
「ということで、いっそこのまま立川まで行っちゃって、僕の家で飲み直すなんてどうでしょう?」
 いけしゃあしゃあと、張華は用意していた口説き文句を囁く。彼の握っていた吊り革がギシッと軋んで、人前でも不自然には見えない程度に、文虎との距離を詰めた。
……お断りします。ボクは次の駅で降りますので」
「うーん、それは残念」
 ここから新宿駅に引き返しても、たかだか10分程度。往復でも20分のロスで済むのだから、途中下車が正しい選択である。そこから、小岩へ帰るのに30分以上かかることには目を瞑るとして。
「あなたも1つ、間違いを犯しましたね」
「ほう。それは何でしょう」
「ボクをお持ち帰りしたいのであれば、せめてもう少し先までは、乗り間違いに気付かせるべきではなかったということです」
 これがせめて荻窪、いや、吉祥寺まで通り過ぎていたならば、さすがの文虎も帰宅を断念したかもしれない。無論、そこまで間違いに気付かない可能性は、かなり低めではあるが。
「じゃあ、ボクはここで。ごちそうさまでした。張華さん」
 電車が停止し、すぐ目の前のドアが開く。ひときわ愛想良く笑って、文虎はぴょんと飛び出すようにホームへと降り立つ。
「ええ。貴方も良い夢を。文虎くん」
 少しくらい、悔しそうな顔をするかと期待したが、そんな素振りは一切なく。張華はニコリと微笑んで、電車のドアが閉まっても、ずっとこちらへ手を振っていた。三鷹行きの電車が発車し、その姿が見えなくなるまでずっと。
………ばか」
 別に誰が見ていたわけでもないのだが、やたらと大袈裟に張華が手を振るものだから、文虎は少しだけ、周囲の目を気にした。誰ひとりとして、自分に注意を向けていないことを確認してから、文虎はポツリと悪態を吐く。
 危なかった。たかだか400円程度のサイゼのワインで、文虎は危うくお持ち帰りされてしまうところだった。
「あーあ。また、先に答えを教えられてしまいましたね」
 既でのところで、己の過ちに気付き不貞を犯さずに済んだ。のではあるが、明らかにアレは、相手から意図的にヒントを与えられた。サイゼの間違い探しに引き続き、文虎は張華に答えを教えられてしまったようなもの。であれば、文虎はまた、釈然としない気持ちを抱えてしまうのだ。 
 そうこうしている内に、千葉行きの電車は到着する。今夜の小岩までの道のりは、中野より10分のロスを差し引いても尚、長い帰路になりそうだ。と、文虎は深く溜息を吐くのだった。


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