@akirenge
【とある休館日の帝国図書館】
夢を見る。
文字が溢れる夜の夢、文字が溢れる朝の夢。
知っている。
それは。
「……朝……」
特務司書の少女は自室で目を覚ました。とてもよく眠っていた。眠ることは大事だ。睡眠不足は肉体もそうだがメンタルの天敵だ。
夢を見ていた。過去の夢ではなく、魂の繋がりの夢。
「……まー、なんとかなりそうだからいい、かな」
気楽にいっておくことにする。
やることが多いのでやっていたらいつの間にか魂に負担がたまりまくっていたとかで、このままだと自分も危険だとか
文豪たちも危険だとか告げられた。ざっくりというとそうだ。
五年も戦っているのだ。それぐらいはなるだろうともなりつつも、五年だ。
『――感慨にふけっているの?』
自分にしか聞こえない。囁き声がする。
姿を見せなくても分かる。加護者。特務司書の少女に利害の一致で協力をしている『何か』だ。
「考えてみれば私、休業しているが所属している組織でやっていた仕事と同じぐらいに特務司書をしているなぁ」
『それなりの長さになったわねぇ』
「目途が着いてくれればいいんだが、戦いは長い。五年ってそれなりのはずだし」
ひとまず終わらせたと想ったら次の戦いが来た。今度はコーデバトルというか属性バトルになっている。
ベッドから降りて、着替える。
『今日は休館日よ』
「そうだったが、仕事はある……チョコサブレでいいや。朝ごはん」
休館日は帝国図書館が休みになる日だ。利用客は本の閲覧が出来なくなるが、施設自体は動いているし、休館日だからこそ、
やれることもある。
朝食を取ろうとしたが、食べる気力がそこまでなかった。というと何だが彼女は朝ご飯は軽く済ませることが多いのだ。
出身地が出身地であるために、甘い菓子パンとエスプレッソぐらいで終わることもある。
チョコサブレは帝国図書館の近くにある神社の側にあるお菓子屋のものであり、彼女からすると程よい甘さで
糖分が補充されるので好きだ。着替えてから髪を整えたり準備をしてから階段を下りる。
彼女の住居は司書室にある扉から行ける。司書室のある建物の側に一軒家がくっついているようなものではある。
「おはようございます。御寮人様」
「君、眠たそうだね」
「谷崎さん、秋声さん、おはよ」
まだ勤務開始ではないので余裕はある。特務司書の少女が司書室へとくれば、本日の助手である谷崎潤一郎がいた。
徳田秋声もいる。文豪も八十三人になったので、特務司書の少女は助手を二人にしてみていた。
ダイスで決定している。百面ダイスだ。十七面は使わなくてもいいが八十三面は使えるぐらいに文豪は増えたのである。
「ご飯、適当にチョコサブレにしようとしてるだろう。駄目だよ。食べないと。今日は図書館は休みだけど、
料理長はいるんだから」
「お昼ご飯はちゃんと食べるんだよ」
「食べられる時に食べないと」
「そうですよ。御寮人様、健康第一です」
最古参文豪である秋声は母親か……? みたいなことを言ってくる。彼女の母親は生まれてすぐに死んだが、
母親のイメージはそれなりに持っているので当てはめたもので母親だ。
谷崎がやんわりと言ってくるが、谷崎も谷崎でご飯は食べてほしいと言っている。食欲はあるのだ。
「それなら食べる」
「本日はおかゆも選べますから」
「かーゆ。うーま」
「それ、なんだろう。美味しそうに聞こえないよ」
某一世を風靡したゲームの台詞を言ってみたのだが秋声は嫌そうな顔をしていた。チョコサブレは十時のおやつに
食べることにする。チョコサブレは近所のケーキ屋のものであり、定期的に買い占めていた。舟形で中にチョコレートと
砕いたナッツ類が載せてあるお菓子で、糖分の補充がこれで出来るのだ。
「お休みまで頑張りましょうね」
「完全週休二日制は徹底……」
「そうしておかないとすぐにブラックになるから」
谷崎の穏やかな言い方に特務司書の少女はこぶしを握り締めた。秋声はため息をついている。ブラックになるというのは大抵のことは
そうなのだ。出来てしまうから、やっているからで労働はどんどんされてしまう。理知的な思考が必要なのだ。
アルチュール・ランボーとレフ・トルストイは本日もパン屋でパンを習って帝国図書館に帰宅した。
週に何回か、二人はパン屋にてパン作りを教わっている。そのきっかけはランボーの場合は秋声の使っていたホームベーカリーが壊れた
ことであり、トルストイは故郷であるロシアのパンが食べたかったからだ。パン屋の老人はパン作りの達人で
各国のパンやら日本独自のパンも作ってくれている。
「頼んでいたパン。作ってもらっていたから渡さないと」
「シュトーレンだったね。ドイツのパンだ」
ランボーはスーパーの袋を持っていた。中には店主が作ってくれたシュトーレンが入っている。シュトーレンはクリスマス用のパンだ。
――初めてのクリスマスだ。
夏が始まる前に転生してきたランボーは秋を始めて過ごし、こうして冬も過ごす。そろそろクリスマスが近い。
帝国図書館のクリスマスは最初は日本式が大部分で一部だけイタリア……特務司書の少女の故郷がそこなのだ……が入っていたが、
海外文豪が増えた今では他国のクリスマスを混ぜた度合いも強くなっているという。
「おかえり!」
「ただいま」
「帰ったよ」
裏門から買えればルイス・キャロルが出迎えてくれた。文豪たちは門にいる出来る限り守衛に顔を見せておくというのが
図書館のルールであるがまだ守衛はいない。朝はまだ早いのだ。ランボーは本日貰ってきたり作ってきたパンをキャロルに渡す。
「日本のパンにも慣れた。僕はクリームパンが好きだし、ジャムパンも好き」
「美味しいならよかった」
最初はバケットづくりを習っていたランボーであったが、バケットというのは小麦粉と水と塩のシンプルなパンだ。
シンプルだからこそ奥が深い。作っては他の文豪に食べてもらっているが腕が上がったと言われるならよかった。
「今日は図書館が休みだから、静かに過ごせそうだ」
「やることがあるかどうかによるけど、トルストイはないの?」
「ないんだ。だから読書をしたり、手伝いをしようと思うけど」
「手伝いをしていたらいつもと変わらない気がする」
トルストイは他人に奉仕をすることが好きだし、譲らないところは頑固で芯が強い文豪だ。
「まずは食事だね。朝早くに起きて、軽く食べたけど空腹だから」
「パン屋の朝は早いよね」
「……パン屋だから。慣れたけど眠い時は眠い」
ランボーはあくびをする。トルストイがその様子を見て微笑んでいた。
「後で朝寝……昼寝とかする?」
「何処か散歩……旅にも出たい」
「それなら好きに過ごそう。休みだし」
休日、それは各々好きに過ごせる日だ。図書館としては本日は休みだが、文豪たちは休みではない者もいる。
侵蝕者との闘いは続いているのだ。
朝には温かいものを食べるのはいい。冬は特にそうだが、それを言うと四季すべてがそうだ。
「朝からおかゆってのもいいよな」
「料理長が作ってくれるものは、どれも美味いからな!」
鈴木三重吉は内田百閒と共に朝食をとり終わっていた。帝国図書館の食堂は料理長がいて美味しいご飯を作ってくれている。
三重吉も百閒も料理長のごはんが好きだ。帝国図書館の食堂は三食メニューがある程度決まっているが、
これが食べたいとリクエストを送れば料理長が作ってくれる。
本日の朝食はおかゆだった。おかゆは胃にとてもやさしい。
「おや。二人とも朝食は終わったのですね」
「漱石先生!」
「三重吉と食べました。美味しかったですよ。おかゆ」
「おかゆか。俺はかつ丼にしてもらおうかな」
三重吉の師匠である夏目漱石とその友人である正岡子規と会う。正岡は朝からかつ丼が食べたいと言ってきた。
頼めば料理長は作ってくれそうではあるが、朝からかつ丼を食べる気力は三重吉にはなかった。
正岡だ。大盛りのカツ丼を頼んで平然と食べそうである。隣の百閒も苦笑してみるように見えた。
「朝からかつ丼とは、君は元気だな。僕ならばそんなものは食べられないよ」
「そりゃ、俺だからな! 今日はべーすぼーるの練習をするんだ」
「今日もだろう」
(先生、よかった……)
夏目漱石は三重吉と百閒にとっては師匠であるのだが、正岡にとって夏目は友人である。
夏目にとっても正岡は友人だ。この二人は生前も仲が良かったが、夏目は正岡の死に目にあえなかった。
そのことをずっと気にしていたが、図書館で二人は再会している。幸せそうに話している夏目と正岡を見ていると
安堵する。
「かつ丼なら、昼に食うか。今日は散策をする予定だったし」
「散策するんだ」
「商店街が発行している小冊子のコーナーを書いてくれと頼まれているからな。面白い店を探したい」
「面白い店って曖昧だな」
百閒は商店街の小冊子の仕事を頼まれているらしい。文豪は物書きだ。何かにつけて書いているが、図書館で書いたものを
昔のように出版してそれで金を貰うことは禁止されている。抜け道がわざと残してあるところはあるがそのわざとのところを
見極めなければならなかった。商店街の小冊子のコーナーぐらいならば許されるらしい。
「暇ならば付き合ってくれないか?」
「いいけど」
「お前等もよかったらべーすぼーるをしないかと誘おうと想ったんだが」
「それは次回に。頼むよ。三重吉」
「解ったよ。奢らないからね」
「今日はまだ金はある」
「私から借りましたからね」
百閒がべーすぼーるを後回しにしてくれた。べーすぼーるは面白いのだが無理のない範囲でやりたい。運動というのは
自分のペースでやれればいいのだが誰かのペースに無理強いされるときついところがあるのだ。
夏目の言葉に三重吉と正岡は百閒の方に視線を向ける。師匠から金を借りたらしい。百閒は視線をそらせつつ、頬を掻いていた。
(続く)