第2回ダンユウwebプチオンリーイベント掲載作品です。
PWはお品書きで確認ください。
@oboro73672367
こんにちは!
私、ユウリ。21歳。
ガラル地方でポケモンリーグチャンピオンをやってました。
けっこう長い間チャンピオンの地位にいたんだけど、とうとうチャレンジャーに負けてその座を退いたのが去年のこと。
私の前任チャンピオン、ダンデさんはチャンピオンを辞めてすぐにバトルタワーを作り、そこのオーナーの座に収まった。
でも私はガラル地方以外のトレーナーとも戦ってみたくて、ガラルを飛び出して他の地方のポケモンリーグへ武者修行の旅へと出かけたんだ。
それから、私はカントー地方でオーキド博士という著名なポケモン研究者と出会った。
私のチャンピオン時代にも何度かお会いしたことがあった、ガラルでも有名な博士。
その博士に熱烈に誘われて、私は全世界のポケモンを図鑑に収めるという大プロジェクトに参加する事になったのだ。
それが大体半年くらい前。
それからというもの、私はガラルと他の地方を1ヶ月くらいのサイクルで行き来しながら、ポケモンを捕まえたり、観察したりして生活していた。
のだけれど……。
「どうしてこうなっちゃったかね?」
「るるら?」
私は目の前を飛び回る、緑色の時渡りポケモンの頬を人差し指で突っついた。
こいつの名前はセレビィ。ジョウト地方の幻のポケモンだ。
オーキド博士からは、世界図鑑プロジェクトの一環として伝説や幻のポケモンの観測も頼まれていた。
カントー地方を一通り探索し終えた私は、カントー地方にほど近い、ジョウト地方を次の目的地に据えた。
ジョウト地方のウバメの森にはセレビィという幻のポケモンがいるという噂がある。
とりあえずその噂を確認しようとウバメの森を訪れてみた私は、幸運なことに森の奥地でセレビィに出会えたのだ。でも、幻のポケモンが目の前に現れたことに大興奮した私は不用意にセレビィに触れてしまった。結果、セレビィと共に時を越えて過去の世界に飛ばされることになったのだ。
それから紆余曲折の末、なんとかセレビィをモンスターボールで捕まえて、セレビィと共に時を飛び越えること数カ月。
私はやっと現代のガラル地方へと帰ってくることが出来たのだった。
◇◆◇◆
「さてと、ようやく戻ってこれました。我が愛しのワイルドエリア」
私は感慨深く呟いて、大きく大きく息を吸い込んだ。
と言っても、ついさっきまでは大昔のワイルドエリアにいたんだけどね。
ただ、昔のげきりんの湖は湖じゃなくて草原で、全然風景が違ったんだ。住み着いているポケモンも全く違っていて、正直全然知らない土地にいるみたいで落ち着かなかった。
今私の目の前に広がるのは、私のよく知るげきりんの湖の風景。見上げると眠そうな顔をしたウォーグルが東の空へと飛んでいく。足元には朝露。周りの木々は黄色く色づき始めていて、秋の様相を呈している。その木陰にはオーベムの姿。遠くにはナックルシティとエンジンシティの城壁が見える。間違いない。私の知っている、懐かしのガラルの風景。
「この分だと、もう少しで元の時代に帰れそうだね」
何回も時渡りを繰り返して、私は経過させる時の年数を調整できるようにもなった。この年代に飛べたのも計算通り。
となると、今すべき事は。
「セレビィの体力の回復と、今が何年なのか正確な日時を知ること……だね」
セレビィは一度時を渡ると体力を消耗し、次の時渡りが出来るまで回復するのに3日ほどかかる。時渡りは何度も連続して出来る便利なものではないようだ。
時間を超えるんだから、仕方のないことだね。
「さてと、今は元の時代よりも過去かな?未来かな?」
残念ながら私のスマホロトムは電池が切れてしまっていて詳しい日時はわからない。早くこの子の充電もしてあげなくっちゃ。
念のため、私はちょっとした変装をすることにした。ここが過去の時代なら私を知る人はいない。だけど未来だったらややこしいことになる。一応、元ポケモンチャンピオンだからね。
時渡りをするうちに伸びてしまった髪を後ろで一つにくくり、右肩へと流す。それに眼鏡をかけるとぐんと大人っぽく見える……はず。少なくとも、チャンピオンユウリだとはすぐには気づかれないだろう。
服装がヨレヨレのTシャツとジーパンなのは仕方ない。ここ1カ月は、現代に渡って街に行く余裕なんてなかったから、服も水洗いをすることしか出来なかった。
私はセレビィと出会ったジョウトから土地勘のあるガラルへ戻ろうとした。しかし時代が合わなければ私の身分証は使えないので、飛行機や船には乗れない。かと言って、不用意にムゲンダイナで移動しようとすると、人に見つかって大騒ぎになる。結局、穏便にガラルへ向かうために、私は人が大陸を支配する前の大昔の世界をムゲンダイナに乗って移動してきたのだ。
「さてと、ナックルシティに向かおうかな。それともエンジンシティに向かおうかな」
暖かい食事や清潔な布団への期待を膨らませながら、私は考えを巡らせる。
逆鱗の湖からはナックルシティの方が近い。それにエンジンシティは、身バレする確率が高そうだ。
「エンジンシティには、ジムチャレンジの開会式で毎年滞在していたからね……」
よし、決めた。ナックルシティへ行こう。
私は丘の向こうにそびえ立つ古い塔を見上げて、モンスターボールを手にした。
その時だ。
「――――――!」
甲高い、悲鳴のようなものが聴こえた気がして、私は辺りを見渡した。
周囲に特に異変はない。けれども、なんだか嫌な緊迫感を感じる。
私は自分の直観に従って、目を閉じ耳を澄ました。
すると今度ははっきりと聞こえた。風に乗って、人の声。そして、何かの咆哮。
「やめろ!こっち来るなってば!あっち行けよ!」
私はすぐに走った。声のする風上へ、丘を駆け上がる。
声の主は思いの外近くにいた。10歳前後の少年が、大きなゴルーグに追われている。
その少年の、黒いキャップからはみ出た紫色の髪の毛が何故か私の目をひく。しかし、その理由を気にする余裕は今はない。早く彼を助けなければ。
私は手にしたままだったモンスターボールを放り投げた。
「行け、アーマーガア。男の子には攻撃を当てないでね!」
アーマーガアの指示はそれだけで十分。彼は私の期待に応えて、一撃でゴルーグを蹴散らしてボールへと戻っていった。
「キミ、大丈夫?」
座り込んで肩で息をする少年に、私は水筒から水を差し出す。
買った水じゃなくてインテレオンの水だけど……お腹、壊さないよね。
「あ、ありがと。大丈夫……」
そう言って私を見上げる少年。その大きな金の瞳と目が合う。
彼は、私の幼馴染であるホップにそっくりだった。でもホップとは別人だ。……親族?
「よかった。私はユウリ。君は?」
ここがいつの年代なのかわからない私は、敢えて自分の本名を告げて彼の反応を伺うことにした。チャンピオン・ユウリのことを知っていたら、他人の空似で押し通そう。
「オレはダンデ。ハロンタウンのダンデだ。……っておばさん、どうしたの?」
予想通り、ホップの親族でした。それも、私もよく知るホップのお兄さん!偶然ってすごいね!
思いもよらない身内の登場に私は頭を抱えこんで、だけどすぐに立ち上がる。なんだか今、聞き捨てならないことを言われた気がしたのだ。
「おばさん!?私はまだ21歳だよ!」
「21歳?……おばさんじゃないか」
「お・ね・え・さ・ん。わかった?」
「ふぁい。ふぁふぁりまひた」
柔らかいほっぺをつねりながら説得すると、快く彼は私の呼び方を訂正してくれた。
「ところで、ダンデ君。どうしてあんなところでゴルーグに追いかけられていたの?」
私の知っているダンデさんだったら、あの程度のゴルーグに後れを取るなんてありえない。無敵のダンデさんにもポケモンに追いかけられた過去があったんだなぁ、と呑気に考えながら、私は彼に問いかけた。
「オレ、ロコンを探してたんだ」
「ロコン?」
……ダンデさんってキュウコンを持っていたっけ?記憶にない……ね。
そもそもげきりんの湖にはロコンは生息していないはずだ。……この時は生息していたのかな?
でも、げきりんの湖に生息しているポケモンはとても強くて凶暴な個体が多い。ここはロコンが暮らすには適していない気がする。
「ね、本当にここにロコンがいるの?私、しばらくここにいたけれど、ロコンなんて見なかったよ」
「えー、そんなはずはないけどな……」
ダンデ君は見慣れない端末を操作しながら何かを確認すると、「うげ」と眉をひそめて呻いた。
「え?ここってげきりんの湖?なんで僕こんなところにいるの?」
「なんでって……」
私が聞きたいんですけど!ダンデさん、大丈夫!?
あー、わかった。ダンデさん、方向音痴だったもんね。そうか、この時点で既に迷子の特性を持っていたのか。
「本当はどこに行きたかったの?」
「……キバ湖」
キバ湖は南に霞んで見えるエンジンシティのさらに向こう。真反対側だ。
さすがダンデさん。常識では考えられない方向音痴っぷり。
……というか、ロコンなんて晴れていればワイルドエリアのそこかしこで見られると思うんだけどな。さすがにげきりんの湖にはいないけど。
疑問はひとまず置いておいて、私は再びアーマーガアを呼び出した。
鈍色の羽を震わせて、「ガア!」と鳴くポケモンに、ダンデ君が怯えたように後ずさる。
「ロコンを捕まえたいんでしょ?この辺にはいないよ。ついでだから、いるとこまで乗せていってあげる」
「ええ、いいよ。自分で行くから」
「またゴルーグに追いかけられたいの?それに、のんびり歩いていると野宿する羽目になるよ。ほらほら、遠慮しないで」
「いいよ。野宿するから。放っておいてくれよ!」
幼くて危なっかしいダンデさんを放っておくことなんて出来ない。この後、未来でとってもお世話になるのだ。それに、野宿をするなんて私は嫌だ。もう、心は既にエンジンシティにあるスボミーインのふかふか布団へと飛んでいる。この時代が過去ならば、ユウリとして注目されることもない。堂々とエンジンシティに行けばいいよね。
「やめろって。離せよ!……人さらい!」
「失礼な。ほら、暴れると落ちるよ!」
往生際悪く抵抗するダンデ君を無理やりアーマーガアに乗せて、私たちは大空へと飛び上がった。
「ポケモンで空を飛ぶのは初めてなの?」
「……うん」
空中にやってくると、途端にダンデ君は大人しくなった。
私がダンデ君を抱える形でアーマーガアに乗っているのだが、後ろ手に私の足を掴む彼の手が震えている。
彼があのダンデさんだと思うとめちゃくちゃ可愛く、愛らしく見えてくる。私は彼の頭上でにまにま笑いながら、その小さい体を抱き寄せ支えてあげた。そして、気になっていたことを問いかける。
「ロコンを捕まえてどうするつもりなの?」
ダンデくんは少し嫌そうな素振りをしながらも答えてくれた。
「……ロコンを育ててターフジムに挑戦するつもりだったんだ。オレ、ジムチャレンジに参加してるんだけど、ターフジムを攻略できなくて」
悔しそうに下唇をかむダンデ君の言葉は意外な物だった。
え?ヒトカゲがいれば、ターフジムなんて楽勝じゃない?
ダンデさんの一番の相棒はリザードン。ずっと一緒に戦ってきたと聞いている。なのにどうして彼はヒトカゲではなくてロコンを選ぼうとしているのか。
それにターフジムはジムチャレンジの最初の関門。比較的難易度は優しく、ダンデさんなら楽勝でクリアできるはずだ。だって、彼はこの年のジムチャレンジで優勝してチャンピオンカップを勝ち上がり、ガラルチャンピオンになったのだから。
……ヒトカゲと喧嘩でもしているの?
「ね、ダンデ君。ヒトカゲなら、ターフジムを攻略できると思うんだけど……」
「ヒトカゲ?何、それ。ポケモンなの?」
ええええええ!ダンデさん、ヒトカゲ、知らないの!?
まさかの真実に、私は間抜けに開いた口を慌てて閉じる。
やばい。びっくりしすぎて、アーマーガアから落ちるところだった。
「え?ダンデ……君、ヒトカゲを持ってないの?」
「持ってるどころか初めて聞いたよ。その……ひとかげ?っていうの」
うーん。確かにダンデさんが使用しなければ、ガラルではマイナーなポケモンかもしれないけれど。
「……ダンデ君、今のキミの手持ちポケモンを教えてもらっていいかな」
「ウールーとオタマロだよ。オタマロは最近捕まえたんだ」
その言葉で私はようやく思い至った。このダンデさんは超初心者トレーナーなのか。旅に出たばかりなんだ。
勝手なイメージで、ダンデさんの最初のポケモンはヒトカゲだと思っていた。
そっか、違ったんだね。……最初のポケモンはウールーか。ホップと一緒だ。
確かにウールーとオタマロだけでターフジムを攻略するのは難しいかもしれない。ウールーの育ち具合にもよるけど。
ダンデ君から聞いた言葉はショックだった私は、とりあえずうららか草原に着陸して近くにいたミツハニーと戦ってもらった。そして彼の実力を確認した。のだけれど……。
「よし。よくやった!戻れ、ウールー!」
ミツハニーをウールーと倒して、ダンデ君はガッツポーズを決める。
しかし喜ぶダンデ君とは対照的に、私の心は重たい。
これでも一応元チャンピオン。ポケモンバトルの研究は人並み以上にこなしてきた。
だからわかる。ダンデ君のバトルはダメダメだ。ターフジムをクリアできないのも納得の実力だ。
未来のダンデさんのバトルは素晴らしかった。攻撃の速度、重さ共にトップクラスで、技を読むセンスも超一流。ぎらつく闘志がこちらを威圧し、勝利への強い執念がある。それに加えて、ポケモン達との以心伝心のコンビネーション、強い信頼に基づく高度な指示。
それを全てねじ伏せて、勝利をもぎ取ることのなんと楽しいことか。あ、これは私の私情。
でも、ダンデ君のバトルにはそのような光るものが全くない。本当に、ない。
正直、幼くて可愛いという好意的な感情を通り越して幻滅してしまった。彼が、あのダンデさんになるの?今はとても信じられない。
「うっしゃ、この調子でロコンを捕まえるぞ!って、そうだ。ボール、全部投げ切っちゃったんだった。お金も……ない。うわー。今日はやっぱり野宿かぁ」
鞄をひっくり返しながらダンデ君が嘆いている。
私も、もう今日は休もう。身体を休めて、この受け止めきれない事実について冷静に考えよう。
私はモンスターボールを取り出した。
「じゃ、ここでさよならだね。私はエンジンシティに行くから」
「え?もう行っちゃうの?」
「え?行くよ」
さっきまで不貞腐れていたのに、今度は私を引き止めにかかるダンデ君。その身の変わりように私は少し驚く。
もう夕方だし、早くホテルにチェックインしてお風呂に入って横になりたいんだけどなぁ。
「あのさ、ここまで連れてきてくれてありがとう。オレはここでキャンプしようと思うんだ。その……また、会えるかな?」
その質問に、私はすぐには返事できなかった。
確かに私はこの時で最低3日は過ごさないといけない。時間はある。そしてダンデ君のことも気になる。
でも、私はこの時の人間ではない。そんな私が、必要以上にダンデさんに関わってしまっていいのだろうか?
私の頭の中は大混乱。答えはすぐには出せそうにない。
「うーん。そうだね。縁があったら、またね」
私があいまいに微笑むと、ダンデ君の瞳に陰りが差す。
あからさまな落胆の表情に気づかないふりをして、私はアーマーガアに飛び乗った。
「じゃあね!」
手を振る間にも、アーマーガアは上昇気流に乗って加速する。
安定高度に達して振り返ると、ずいぶんと小さくなったダンデ君はずっとずっと私の方を見上げていた。
◇◆◇◆
湯気が立ち込めるホクホクご飯。量を気にせず使える熱々のお湯。整えられた清潔なシーツ。
「あーーーっ。やっぱり文明って最高!」
久しぶりに屋根のある建物で過ごせる。テンションの上がった私は、小躍りしながらスプリングの利いたベットへと飛び込んだ。
手足を大きく伸ばし、贅沢な広さを満喫する。
ああ、気持ちいい!雨風が吹き付けないって素敵!
浮かれまくる私とは反対に、私のポケモン達は窮屈そうだ。ムゲンダイナやセレビィなんか、そもそもボールからも出してあげられない。
そんな彼らには申し訳なく思うけれど、やっぱり私は現代の方がいい。……早く元の時代に帰りたいな。
ベットに横になり電気を小さくしたけれど、予想に反して眠気はなかなかやってこなかった。
かわりに頭をよぎるのは、今日出会ったダンデ君のこと。
「ロトム、ちょっと。さっきの検索結果をもう一回表示して」
「了解ロト!」
私のロトムには、チャンピオンに必要な最低限の情報がインストールされている。その中には、前チャンピオンのダンデさんの基本情報も記されていた。
その中の、ダンデさんの過去の経歴に目を通していく。
「やっぱりダンデさんは、今年のチャンピオンシップで優勝しているんだよね」
私の経験した未来では、あのダンデ君がリザードンを従えて今年の終わりにはチャンピオンになっている。
「あのダンデ君が……チャンピオンに……ねぇ」
正直全く想像できない。
もし私が未来を知らなければ、鼻で笑っただろう。
「ヒトカゲもいないしね」
オタマロはガマゲロゲになってその後もダンデさんを支えるのだろう。私の戦った未来のガマゲロゲも、毒を打ち込んでじわじわとこちらをなぶってくる、とても優秀なポケモンだった。
チャンピオンカップまであと半年。ダンデ君はどんな急成長を見せるのだろうか。
それに、どうやってヒトカゲを手に入れるんだろうね?
そんなことを考えながらポケモン用のブースで眠っている私のリザードンを何とはなしに眺める。
答えの出ない疑問に釈然としないまま、私はいつしか夢の世界へと落ちていった。
◇◆◇◆
この世界に来て2日目。
「さーて。今日は何をしようかな?」
美味しい朝ごはんをたらふく食べて、私は幸せな気持ちでホテルをチェックアウトした。
この時代の物とは違うけれど何とかロトムも充電できたし、今日の日時も確認できた。目的の時空へ渡るための計算もバッチリ。
後はセレビィの体力が回復できれば、次の時渡りで私は元の時代へと帰れるはずだ。
それなら、今はめいいっぱいこの時代を楽しんじゃおう!
「ハロンタウンに観光に行こうかな?若いママや小っちゃい私がいるんだよね。……ああでも、この時代のトレーナー達とバトルするのも捨てがたいなぁ。今しか戦えないもん。ああっ、バトルタワーに行きたい。どうしてこの時代にはバトルタワーが無いの!」
バトルタワーを作るダンデさんがまだああなのだから仕方ない。
「わかってはいる。わかってはいるんだけど……やっぱりバトルはしたいよね」
好きなだけバトルが出来るバトルタワーは、なんて素敵な施設だったんだろう。
そうやってまだ存在しないバトルタワーを懐かしんでいた私は、背後から近づく気配に全く気付かなかった。
「あれ?ユウリさん?……やっぱり、ユウリさんだ!」
声変わり前の少年の弾んだ声に振り返ると、そこにいたのは昨日別れたダンデ君だった。
「あ……ダンデ君。おはよう。奇遇だね」
人懐っこい笑顔を浮かべるダンデ君。反対に私の浮かれた気分はしぼんでいく。
本音を言うとダンデ君に会いたくはなかった。私はまだダンデ君との距離感を掴みかねていたのだ。彼の人生に影響していいのか、悪いのか。その判断が出来ない。
さっさとエンジンシティから移動しちゃえばよかったな。軽く後悔しながら、私はダンデ君に会釈する。
私とばっちり目が合うと、何故かダンデ君は顔を赤らめて下を向いてしまった。
「ダンデ君、どうしたの?野宿したから体調悪い?」
「え……あ、違う……その……昨日より、ユウリさんが、綺麗だな……って」
言葉を重ねるごとに、ダンデ君の顔はどんどん赤くなっていく。
そんなダンデ君の言葉に、私は自分の格好を見下ろした。
昨日と同じTシャツにジーパン。でも今日はきちんと洗濯を済ませて、清潔になったもの。
「ずっとワイルドエリアにいたから埃まみれだったもんね。ようやく昨日綺麗にできたんだよ」
洗濯機なんかなかったので仕方がないことなんだけれど、男の子に指摘されると恥ずかしい。
いたたまれなさを誤魔化すために、「今日はどうしたの?」と話を振ると、ダンデ君は真剣な表情になって私を見上げた。
「実は、ユウリさんにお願いがあるんです。オレを、鍛えてくれませんか?」
え?えええええ!?
私はダンデ君を誘って近くのカフェに入った。
朝のティーブレイクには遅く、昼食にはちょっと早い時間帯。私たちは一番奥の席に腰掛ける。
「で、ダンデ君は私に何をして欲しいの?」
「オレさ、もっと強くなりたいんだ。だから、ユウリさんにオレを鍛えて欲しい」
ダンデ君は必死な面持ちで、先ほど私に言った言葉を繰り返す。
うーん。返事としては20点だね。よく知らない私に自分の希望だけをいきなり告げる。そんな言葉じゃ、私を説得できないぞ。
「ダンデ君を鍛えることで、私に利点ってあるのかな?」
「えっ?」
独り言のように呟くと、ダンデ君は大きく目を見開いて固まってしまった。
「世の中は善意だけで動いてるんじゃないんだよ。何かをして欲しいなら、対価を示す。これ、大人の世界の常識ね」
そう言っている間に、注文した料理が運ばれてきた。私はパンケーキと紅茶。ダンデ君はサンドイッチにオレンジュースだ。
私がパンケーキに手をつけてもダンデ君は固まったまま。そんな彼に私は次の言葉を投げかけた。
「どうして私だったの?」
「へ?」
「自分の強化を頼む相手のこと。ほら、私とキミって昨日会ったばかりでしょ?初対面の知らない人にお願い事をするなんて、度胸あるなって」
ダンデ君はジュースで口を潤して、今度の質問には答えてくれた。
「その……ユウリさんはワイルドエリアの奥にいただろ?あそこはめちゃくちゃ強いポケモンしかいないらしいから、そこにいたユウリさんも強いと思ったんだよ。」
「なるほど」
「それに……一目惚れだったんだよな……」
その吐息に紛れた呟きは、私の耳には届かなかった。
「ん?何?」
「いや、あの。それにオレ、ポケモントレーナーの知り合いって無いからさ……。頼れる人がいないんだ」
ダンデ君はそう口ごもるが、そんなことは無いだろう。
ダンデ君に推薦状を渡したのはこの時代のローズさんのはずだし、彼の周りにはソニアさんやマグノリア博士もいたはず。求めれば、彼らは喜んでダンデ君の力になってくれるだろう。
問題はダンデ君の意識が彼らに向いていないってことかな。自分を支えてくれる存在に気づいていないんだ。
ダンデ君を助けるのは彼らであって私ではない。私はこの時代には居てはならない人間なのだから。
でも、ダンデ君をこのまま放ってはおけない。
私は大きく息を吐き、最後の質問をダンデ君に投げた。
「どうしてダンデ君は強くなりたいの?」
「それは……当然だろ?トレーナーになるからには、バトルに勝ちたいじゃんか」
「じゃあ、ダンデ君はなんの為にトレーナーになったの?」
「えっ……それは……」
なんのためにポケモントレーナーになるのか、なんてトレーナーの基礎の部分だと思うんだけど、考えた事もなかったのかな。ダンデ君は口を閉ざして下を向いてしまう。
そんな彼を横目に、私は手早くパンケーキを口に放り込み伝票を手にした。
帰ろうとする私の動きが見捨てられたように見えたのだろう。ダンデ君の悲しげな視線が私に向けられる。
「ユウリさん……」
「また2日後の同じ時間にこの場所に来て。さっきの質問は、ダンデ君への宿題だよ」
「え?」
「なんのためにトレーナーになったのか。何を目指してダンデ君は強くなりたいのか。私を納得させる答えが聞けたら、私はダンデ君に協力する」
「え……本当!?オレ、頑張って考えるよ」
沈んでいたダンデ君の目が、嬉しそうに輝き出す。なんともわかりやすい男の子だ。その素直さが、彼の強みなんだろうね。
「頑張らなくていいよ。答えはもうキミの中にはあるはずだから。しっかりと自分を見つめてね」
……だって、キミはダンデさんなんだから。
その言葉を飲み込んで、私はカフェを後にした。
◇◆◇◆
2日間はあっという間に過ぎた。
「じゃあ、行こっか」
ハシマノ原っぱで用事を終えた私は、アーマーガアに乗ってダンデ君が待つエンジンシティへと向かう。
準備は全て整えた。
セレビィも完全復活しているから、用事を終えればすぐにでも元の世界に帰れるだろう。
「それにしても、リザードンがちょうど排卵期で良かったよ」
あの、私が時空を吹き飛ばされた日。
偶然にも私の手持ちにはリザードンと、彼女と仲のいいドラパルトがいた。
そして、私は偶然この時代にやってきて、偶然ダンデ君に会った。
「運命なのかなぁ……」
本当は私はダンデ君に関わるべきではない。それはわかっている。
でも、これだけの偶然が重なったならもうそれは運命と言ってもいいのではないだろうか。
そして、もし私とダンデ君の出会いが運命ならば。
少しだけ、彼に寄り添いたい。彼の力になりたい。
私はそう思ったのだ。
「ユウリさん。こんにちは」
私がカフェに入ると、既にダンデ君は席にいた。
今日もお客さんは誰もいない。私が着席すると、タイミングを計ったかのように紅茶とパンケーキが運ばれてきた。
「ありがと。気が利くね」
「へへっ。注文をしたり、料理を待ったりで話が途切れるのが嫌だったんだ」
へー。ちょっとは物事を考えられるようになったのかな?
男子三日会わざれば刮目して見よって言うもんね。
私はダンデ君の成長に期待を感じながら、早速本題に入った。
「じゃ、聞かせてもらおうかな。キミは、何のためにポケモン勝負をするの?」
「弟のため……かな?」
弟……ホップだ。
「オレんちさ、今、父親がいないんだよ。だから、オレがホップと母さんを守ってやらなくちゃいけないんだ。でもオレは弱っちいから……もっと強くなるためにジムチャレンジに参加したんだ」
そうだったんだ。そんな事情があったんだね。
「でも、トレーナーになったのにオレは弱っちいままなんだ。だけど、それじゃあ駄目だし、嫌なんだ。オレは、もっと強くなりたい。強くなって、家族を守って、お金も稼ぐ。お願いだ、ユウリさん。オレを鍛えてください!」
そう言って、ダンデ君は深々と頭を下げた。
彼の返答は私の予想の範囲内のものだった。かつてホップから聞いた話とも合致している。
私は、一つのモンスターボールを机の上に置いた。
「ここに、とあるポケモンが入っているよ。卵から産まれたばかりのポケモン。この子を育てればターフジムは楽にクリア出来るだろうし、ダンデ君の頼れる相棒になってくれると思う」
ダンデ君はこくりと頷いた。その瞳は慎重に私の様子を伺っている。
初めて会った時のダンデ君だったら、無遠慮に手を伸ばしてボールをつかみ取っていただろう。たった2日間しか経っていないけれど、少しは進歩したみたいだ。
さすがダンデさん。
「私はこのポケモンを君に託したいと思う。でも、それには2つ、条件があるんだ。条件が飲めないなら、この子は私が連れていく」
「……わかった」
ダンデ君がごくりと唾を飲み込む。
「まず、キミのウールーはパーティから外すこと」
「えっ!」
よほど驚いたのだろう。ダンデ君が勢いよく立ち上がり、椅子は派手な音を立てて転がった。幸いなことに奥から店員さんが出てくる気配はない。
私は静かに、青い顔をしているダンデ君を見上げた。その唇が戦慄く。
「……無理だよ。それは、出来ない」
「どうして?」
「だって、大切な家族なんだ。小っちゃいころからずっと一緒で。離れるなんて、出来ないよ」
ダンデ君は目を潤ませて今にも泣きだしそうだった。その姿からはウールーへの深い愛情が伝わってきて、私は実家にいるゴンべちゃんを思い出した。
……元気にしてるかな?元の時代に帰ったら、久しぶりに彼をもふりに帰ろう。
そのためにも、まずはダンデ君の勘違いを正さないと。
「ダンデ君。君がウールーを大切に思っているのはわかった。でもね、仲のいいポケモンと戦えるポケモンは別なんだよ。たぶん、キミのウールーはバトルが嫌いだよ」
ダンデ君が勢いよく顔を上げる。大きく見開いた目から涙が零れ落ちた。
「そん、な……」
「バトルを一回しか見ていないから100%の保証は出来ないけれど、たぶん間違いないと思う。人間にもトレーナーになりたい子となりたくない子がいるように、ポケモンにもバトルをしたい子としたくない子がいるんだ」
そしておそらくダンデ君のウールーは後者だ。
「そんな……こと……考えたこともなかったよ」
悔しそうに、ダンデ君は袖口で目元を強く拭う。
「だったらこれから考えればいい。今からでも遅くないよ。ポケモンのこと、自分のこと、いっぱい考えて観察眼を養おう」
「かんさつ……がん?」
「物事を見極める力だよ。バトルをするにも、ポケモンを育てるにも、まずは観察することが重要なんだ」
ポケモンは喋れない。だけど彼らにも意思はあるし、個性もある。好きな技やバトルスタイルもある。
それを汲み取るには、観察眼を養うしかない。
彼らの事を見て、感じて、想像する。それが、トレーナーに必須の能力。
初めて出会った時のダンデさんは、鋭い観察眼でホップの成長をcm単位で見抜き、私達の度肝を抜いたっけ。
「大丈夫、ダンデ君なら出来るよ」
「……わかった。やってみる」
泣きそうだったダンデ君の顔に、前向きな笑顔が帰ってきた。これでまずは一安心だ。
「もう一つの条件は、一度ハロンタウンに帰ること」
「え?なんの為に?」
「ダンデ君は、家族を守りたくてトレーナーになったんだよね」
「……うん」
「それ、お母さんに説明した?」
「……してない」
「どうして?」
「だってさ、かっこ悪いじゃん。……偉そうに語って、出来なかったらかっこ悪い……」
ぶっきらぼうに口を尖らせるダンデ君の、年相応の反応が可愛らしい。ダンデさん、こんな子だったんだね。
「ダンデ君なら出来るよ。ってか、やらなきゃ。勝つんでしょ?それとも、このポケモンいらない?」
「いる!やります!できます!」
焦ったダンデ君の、わかりやすい返事に思わず笑ってしまう。彼は恥ずかしそうに横を向いた。
「ふふっ。じゃあ、2つ目の約束ね。一度、家に帰ってお母さんにちゃんと説明する。それから、弟君にもちゃんと話す」
「あ、でも弟はまだ小さくて……」
「それでも、きちんと弟君と向かい合うんだよ。新しいポケモンを見せてあげるのもいいよね。キミの旅の原点をもう一度見直しておいで」
「……わかりました」
迷ったり、恥ずかしがったり、焦ったり。せわしなく揺らめいていたダンデ君の視線が、すっと一転に定まった。
ああ、私はこの表情を知っている。これは、ダンデさんが決意を決めた時の顔だ。
「おめでとう、ダンデ君。今日からこの子もキミの仲間だよ」
私は机の上のモンスターボールをそっとダンデ君の方へ差し出した。
ダンデ君の小さな手が、優しく、力強く、ボールを掴む。
「ポケモンを、出してもいいですか?」
「どうぞ」
ダンデ君はボールを軽く放った。出てきたのは、ダンデ君みたいな大きな瞳を持つ、とかげポケモン。尻尾の先に優しく揺れる炎が、のぞき込むダンデ君の頬を赤く照らす。
「うわっ!ヒトカゲじゃん!かっけー!ユウリさん、ありがとう!」
ダンデ君はヒトカゲに抱き着いて、嬉しそうに頬ずりする。ヒトカゲもまんざらではなさそうで、ダンデ君の熱い抱擁を受け入れて「ヘケッ」と笑った。
「あれ?ダンデ君、ヒトカゲのこと、知らないって言ってたのに」
「ユウリさんが教えてくれなかったから自分で調べたんだよ。すげー、本物のヒトカゲだ」
「そっか。ポケモンの知識も、自分で調べることも、大事だからその調子でね」
「うん!」
さてと。ポケモンも渡したし、もうここにいる必要はないよね。
私は伝票を手に立ち上がる。
「じゃ、早速ハロンタウンに行こうか。乗せてってあげるよ」
「ええっ!もう?」
「こういうのは、早い方がいいんだよ。善は急げって言うでしょ」
「待ってよ!心の準備が、まだ……」
「そんなの空の上でも出来るから」
「無茶言わないで!無理!」
「ヒトカゲの最終進化、リザードンに乗ってみたくない?」
「……行く」
私の口車にのる単純なダンデ君が可愛い。ぜひともこのまま大きくなって欲しかった。
いや、未来のダンデさんもいい人だとは思うけどね。
今度はリザードンの背に乗って、私とダンデ君は空を舞う。
「暖かいね。僕のヒトカゲも、こんな立派なポケモンになるかな?」
「なるよ。絶対になるよ」
ダンデさんのリザードンは、私のリザードンよりもさらに一回り大きい、世界で最強のリザードンだよ。
エンジンシティからキバ湖の上空を通り抜け、集いの空き地に差し掛かると山の向こうにブラッシータウンが見えてくる。その先にあるのがハロンタウンだ。
「家族に挨拶してから、今度はヒトカゲとオタマロと一緒にもう一度エンジンシティへ向かってごらん。きっと今度はまた違う旅になるよ」
「旅の仕切り直しだね」
「そうだね。最初の旅で出会った人にヒトカゲを紹介する気持ちで行くといいよ。人との出会いも大切にしてね。全ての出会いが学びの場、全てのバトルが勉強の時だよ」
「どんなバトルからでも、学ぶことがある……ってこと?」
「うん。そう」
ダンデさんが、そう、私に教えてくれたんだよ。
二人の人間を乗せながら、リザードンは力強く飛び続ける。
ブラッシータウンを見下ろしたと思ったら、私たちはもうハロンタウンの入り口についていた。
「ユウリさん、良かったら僕の家に寄って行かない?母さんに紹介したいんだ。弟のホップにも会ってってよ」
満面の笑顔で駆けだそうとするダンデ君に、私は首を横に振った。途端にダンデ君の顔が曇る。
「どうして?」
「……実はね、今日、私は行かなくちゃならないところがあるんだ。だからキミの家には行けない。ごめんね」
「そうなんだ……」
項垂れるダンデ君の姿にほんの少し心が痛んだけれど、ダンデ君の家の隣は私の家。もしかしたら、この時代のママや私と鉢合わせする可能性がある。小さいホップには会いたいけれど、危険を冒すわけにはいかない。
「また、会えるよね」
ダンデ君の金の瞳が真っすぐに私を射抜いた。
この時代のダンデ君とはこれでお別れだ。私はあるべき時代に帰る。
感傷に浸る私の表情から何かを読み取ったのかもしれない。ダンデ君の唇が微かに震えた。
「そうだね……。ちょっと暫くは無理かな。でも、いつかはまた会えるよ」
あと、10年後に。
「そんなに遠くに行くの?」
「うん。すっごく遠く。だから再会しても、ダンデ君も私もお互いのことを忘れてるかもしれない」
正確には、10年後の私はまだダンデ君のことを知らないんだけどね。
ダンデ君は私のことを覚えていてくれるかな。ん?そういえば、ダンデさんと初めて会った時ってどうだったっけ?……うーん。思い出せないなぁ。
「忘れない。僕は絶対に忘れないよ。だからユウリさんも忘れないで。そうだ、落ち着いたら手紙ちょうだい。手紙ならどこでも届くでしょ?これ、僕の家の住所」
そうして手渡されたのは、何かの切れ端に記された私の隣の家の住所。
手紙も届かない、時の向こうに行くのだけれど、私はダンデ君の期待に満ちた提案を断ることが出来なかった。
駄目だ。これ以上ここにいたら、今日帰るという決意が鈍ってしまう。
「ありがとう。じゃぁ、私は行くね。ジムチャレンジ、頑張って。ホップくんによろしくね。ちゃんと、ソニアちゃんを頼るんだよ」
私の言葉に、ダンデ君の目がきょとんと瞬いた。その驚きの表情ににやりと笑い返して、私はリザードンに飛び乗る。
頼れる相棒は、何も指示しなくても大きく翼をはためかせた。ダンデ君が何かを言ったようだが、私の耳には届かない。
一瞬だけ浮遊感が身を包んで、それから一気に空へと加速する。リザードンの翼の音と風切り音、そしてダンデ君の声がはっきりと聞こえた。
「ユウリさーん!ありがとー!元気でねー!まーたーねー!」
見下ろすと、ダンデ君がリザードンを追うように懸命に走っていた。
「もう、また迷子になったらどうするんだろうね?リザードン、スピードを上げて」
速度を上げて、ようやくダンデ君は諦めてくれた。彼の姿が、どんどん小さくなる。
「さよなら、ダンデ君」
君に会えて良かった。
また、10年後に。その時は、私をよろしくね。
◇◆◇◆
私は再びげきりんの湖にやってきた。
ほんの4日前にここに来たばかりなのに、なんだかずいぶんと久しぶりな気がする。
今度は周りに誰もいないかを入念にチェックして、モンスターボールからセレビィを呼び出した。
「るる?」
今度はどこに行く?そう言うかのように、セレビィがすり寄ってくる。
「今度はね、元の時代に帰るんだよ。」
「ぴる?」
「帰ったら、ポケモンのみんなにキミのことを紹介するから、楽しみにしていてね!」
「ぴい!」
セレビィは嬉しそうにくるりと回って、その力を発現させた。
目の前の空間が虹色迷彩に輝き、波打ちながら渦巻いて、私が通れるほどの円を形どる。
これが、いわゆるワープホールってやつだ。この向こうは時間の流れがむちゃくちゃな亜空間へとつながっている。
私は右手にスマホ、左手にセレビィを捕まえて、ゆっくりとワープホールをくぐった。
亜空間の中は、ぐにゃぐにゃ、ゆらゆら、ちかちかしている。実に気持ちの悪い世界。
その中で、私はすぐにスマホのタイマー機能をONにした。スマホが、私がこの空間にいる時間をカウントし始める。
私はその場から一歩も動かないように注意しながら時が過ぎるのを待った。
この空間は、少しでも動くと時間の流れが変わってしまう。出入口地点から動かなければ、ここでの1秒は外の世界のおよそ1日に相当する。つまり、20年後の未来に帰るには、7300秒をここで過ごせばいい。
……改めて考えると2時間ほどか。ちょっと長いね。
初めてセレビィにあった時は、驚いてこの空間をめちゃくちゃに歩き回ってしまったんだよね。だからとんでもない過去へすっ飛ばされてしまった。
ちなみに、ワープホールの渦巻きが右周りだと未来に、左回りだと過去に飛ぶ。それも何度もタイムループして確認済だ。
緊張しながらひたすらに待つその時間は、途方もなく長く感じた。
こんなことなら、ちょっと移動して時間の経過がもっと早く過ぎるようにすればよかったかもしれない。
後悔しながらひたすらスマホを睨む。
気が遠くなってきた頃にようやく、スマホのカウンターが7300の数字を示した。
やったぁ!
私は2時間前に通り抜けてきたワープホールをもう一度潜り抜けた。
◇◆◇◆
「まっぶっし……」
ワープホールから出てきた私を迎えたのは、射抜くような強い日差しとむせ返るような暑さ。
わぁお。今は……夏だね。さて、何年の夏なのかな?
湿気を吸ってじっとりと重たくなったパーカーを脱ぎ棄てながら、私はこの時代の電波を受信し終えたロトムで日時を確認した。
その日付は、私がセレビィにあってから数ヶ月ほど後のもの。私が狙った通りの日付になっていた。
「やった……帰ってこれた……」
苦労を重ねてようやくたどり着いた懐かしの故郷。安心した私は体の力が抜けてしまってその場に崩れ落ちる。しかし突然後ろから現れた太い腕に、私は強く抱きしめられた。
えっ?ええっ!?
見慣れたえんじ色の上着。記憶にある香り。そして、頬にかかる紫色の長髪。
脳裏に、ついさっきわかれたばかりのあどけない男の子の顔が浮かぶ。
まさか、そんな。どうして、ここに?
「ダンデ……さ……」
「ようやく会えたね。ユウリさん」
必死に首をひねって振り返ると、そこにあったのは懐かしいダンデさんの顔。嬉しそうな彼の笑顔には、確かにダンデ君の面影があった。
「どうして、ここが……」
「ソニアに頼んだんだ。ウバメの森でのキミの行方不明報告が上がってから、ずっとセレビィのエネルギー波を探知させていた。セレビィのエネルギーが発生したと聞いてすっ飛んできたんだ」
「え……。私がいなくなったのって、春先の出来事ですよね。まさか、それからずっと……」
「ああ、ずっと探していた。キミが戻ってくるのを信じて」
「ソニアさんと、エネルギーの無駄遣い……」
「何を言う。ソニアを頼れと言ったのはキミじゃないか」
揶揄うように告げられたその言葉に私は息を飲む。私がそう言ったのは、つい先ほど。ダンデさんにとっては20年前。つまりダンデさんは……。
「覚えて……いたんですね」
返事をする代わりにダンデさんは私を強く強く抱きしめた。私の身体は彼の中に埋もれてしまう。恥ずかしいやら、暑いやら。太い腕を叩いて解放を促すけれど、ダンデさんは私を放そうとしない。
「20年。ずっとこの日を焦がれていた。ユウリさんに会えることを待ち望んでいたんだ」
ダンデさんの声は微かに震えていた。
私はもがくのを止め、彼の背中をあやすように叩く。少しの間をおいて、ようやくダンデさんは私を解放してくれた。でも、その手は私の肩に置かれたまま。
「ユウリくん、キミのことが好きだ。あの日からずっと、キミのことを思い続けてきた」
ダンデさんのその瞳に映る感情は、別れを告げた時のダンデ君のものと同じだった。憧れと切なさの入り混じった、苦しげな表情。
でも、ダンデさんがその表情を見せたのはほんの一瞬だけ。ふと気が付くとダンデさんはいつもの優しく、力強い目に戻っていた。
「すまないな、突然。過去から帰ってきたばかりのキミを混乱させるつもりはなかったんだ。でも我慢できなくて、な」
恥ずかしさを誤魔化すようにウインクをしてくるダンデさんは、色気すら漂わせる大人の男の人だった。
先ほどまで目の前にいた、ちょっとぶっきらぼうでくるくると表情を変えたあのダンデ君は、もういない。
わかっていたことだけれど、どうしようもない喪失感が心をちくちくと刺激する。
その寂しさを埋めるように、今度は私からダンデさんに抱き着いた。
「うわっ。こら、ユウリくん!」
ダンデさんは私に抱き着いたのに、私がダンデさんに抱き着くのはいけないのだろうか。「駄目ですか?」と問いかけると、「勘違いするから……」と困ったような声が返ってきた。
勘違い、か……。
そこで私は考える。確かに、これまでダンデさんを異性として見てはいなかった。むしろ保護者の距離感だった。お父さんやお兄さんに近い存在。
だけどそれはそれとして、私は無性にダンデさんを抱きしめたかった。そして彼に抱きしめて欲しかった。
「……勘違い、してくれていいです」
「は?」
「勘違いかもしれないですけど、私もダンデさんのこと、好きかもしれません」
「ほ、本当か!」
「でっ、でも期待はしないで下さいね。ちょっと前までダンデ君と一緒にいたんです。そのせいで、私も勘違いしてるのかもしれませんから」
勘違いじゃないんじゃない?それがあなたの本心じゃない?
頭の中でもう一人の私が囁く声に、とりあえず今はふたをする。だって何だか恥ずかしい。それに想いに気づいたばかりの今は混乱していて、きちんと考えられないのだ。
後でちゃんと向き合うから、今だけは「勘違いかも」って甘えていさせて。
「それでも十分だぜ。ありがとうな、ユウリくん」
(すっげー嬉しい!ありがとう、ユウリさん!)
ダンデさんの微笑む顔に、満面の笑みを浮かべる男の子の表情が重なって見えた。ああ、これは重症だ。乖離する二つの恋愛感情の存在を私は自覚する。そんな気持ちを誤魔化しながら彼ににっこりと笑いかけて、私は場所を移動するため、リザードンを呼び出した。
◇◆◇◆
オレの初恋は年の女性。
出会いはワイルドエリアの最奥地。
当時のオレの実力じゃ太刀打ち出来ないほど凶暴なポケモンが闊歩するその地で、逃げ惑うオレを助けるために、刃のようなポケモンを繰り出したユウリさんという女の人だ。
最初に魅せられたのは、そのポケモンの攻撃。高レベルのはずのゴルーグを一撃で倒し、そいつは余裕しゃくしゃくの表情でボールへと戻っていく。
それは自分の命の危険を忘れるほど鮮烈な光景だった。
そして、オレの興味はそのポケモンのトレーナーへと移っていく。
最初の印象は野生味溢れるおばさん。でも次に会った時には、おばさんはとても綺麗なお姉さんに変わっていた。
この人の元で強くなりたい。この人のようにポケモンを育てたい。
初めて感じた他のトレーナーへの憧れ。でも、オレの願いは叶わなかった。
そのトレーナー……ユウリさんは、オレにトレーナーとしての心構えを説いて、オレの前からいなくなってしまったのだ。一匹のヒトカゲを残して。
「きっと、また会えるよ」
ユウリさんの言葉を信じて、オレはヒトカゲを育て始めた。
観察眼を養うこと。ポケモンの知識を積み重ねること。どんなバトルからでも学ぶものがあること。そして、人を頼ること。
ユウリさんの教えを頭に刻んで、オレはがむしゃらに頑張った。
強くなって有名になったら、きっとユウリさんが会いに来てくれる。そう期待していたんだ。
だけど、ヒトカゲがリザードになり、リザードンに進化しても、オレがチャンピオンになっても、ユウリさんがオレに会いに来ることは無かった。
チャンピオンの座についてオレは待った。ここにいれば、ユウリさんはオレを見つけてくれるだろう。
もちろん、彼女の所在を探してもみた。しかしユウリさんはどこにもいない。いたずらに、年月だけが過ぎていく。
いい加減に諦めかけて、彼女のことを思い出すことも少なくなったある日、オレはホップの手紙でユウリというお隣さんの女の子を知った。
その名前に嫌な予感がしたんだ。10年探したあの人と同じ名前。
まさかとは思った。でもオレはその予感を否定する。ユウリさんはオレよりも年上だ。そんなはずはない。
しかしオレの期待は裏切られた。
丸いヘーゼルアイ、栗色の髪の毛。鍛え上げたオレの観察眼が告げる。
オレが準備したメッソンに恐る恐る触れる。その少女が、ユウリさんだった。
その時のオレの混乱と絶望は筆舌に尽くしがたい。
10年間再会を待ち焦がれていた女性は、まだ幼い少女だった。もちろん彼女はオレの事なんか知らないし、オレも彼女に会ったことはない。
何故このような事になっているのか。
ユウリさんとの出会いは夢だったのだろうか。
「夢である訳が無いんだ。だってお前がここに存在しているんだからな」
オレは何度もリザードンにそう囁いた。
彼がここにいる。それがオレがユウリさんと会った証拠だ。そう自分に言い聞かせながら。
それから、オレは人が時を越える可能性について調べ始めた。考えられるのはポケモンの影響だ。
しかしガラルで確認されているポケモンには、タイムリープを可能にするものはいない。
「とすると、他の地方のポケモンか……」
その時のオレは時を越えるポケモンの研究に夢中だった。
だから不覚にもすぐ近くに迫っていたガラルの危機に気づかなかった。
ブラックナイトを起こそうと、暗躍していたローズさんの陰謀を止める事ができなかったのだ。
予兆はあったのに予測できなかったブラックナイト。目覚めたばかりのムゲンダイナとの緊急バトル。しかし、オレはムゲンダイナの力量を読み間違えた。
後手に回ったオレを救ったのは、ユウリくんだった。
怪我をして朦朧とした意識の中、俺を守るようにアーマーガアがムゲンダイナに攻撃を仕掛ける。その光景がオレの過去の記憶を呼び起こす。
(ああ、ユウリさん。また、君に助けられた……)
ワイルドエリアでオレを守ってくれた記憶の中の女性と、目の前の少女が完全に一致する。
オレは再び、ユウリくんに恋をした。
その時から、オレはユウリさんの影を追い求めることは止めた。
ユウリくんはどんどん強くなり、記憶の中のユウリさんへと近づいていく。その気高く、美しく、優しい姿。
彼女の隣に立つだけで、オレの心は満たされた。
しかし、ユウリくんに夢中になったオレの前に今度は年齢差の壁が立ちふさがる。
ユウリくんはオレに笑顔はくれる。愛情もくれる。けれどもそれは、親兄弟に向ける親愛の情。オレの欲しいものではない。
だが、オレは諦めるつもりは毛頭なかった。
十数年間、ずっとずっと待っていたのだ。
今更諦めてたまるか。
ゆっくりと着実に歳を重ねていくユウリくん。
オレは彼女の傍に寄り添い、その仕事を支えた。そして、彼女に近づく不埒な虫を駆除していった。
けしてオレの気持ちを悟られないように。彼女が大人になったら、オレが絡めとってしまえるように。
けれど、彼女が20歳になった年にイレギュラーが起こった。
ユウリくんがチャンピオンシップで敗退し、チャンピオンの座から退いてしまったのだ。
新チャンピオンへの教育と、新体制への移行。慌ただしい中でふと目を離した隙に、ユウリくんはガラルの外へと飛び出してしまった。
その知らせを聞いた時、オレの気持ちがざわついた。蓋をしたはずの思い出がよみがえる。もしかしたら、今がその時なのかもしれない。
オレの出会ったユウリさんは、今のユウリくんに近い年齢だった。
すぐさまオレは行動に移した。
かねてから懇意にしていたオーキド博士に連絡を取り、彼が立ち上げようとしていた「世界図鑑プロジェクト」にユウリくんを推薦する。
オレの目論見通りユウリくんはプロジェクトのメンバーに選ばれ、オレはガラルに居ながらオーキド博士を通してユウリくんの動向を知ることが出来るようになった。
それから、オレはユウリくんに以下のようなメールを送った。
[親愛なるユウリくん。元気にしているかい。オーキド博士の世界図鑑プロジェクトで頑張っていると聞いたぜ。凄いじゃないか!そんなキミにオレからプレゼントがある。ジョウト地方の幻のポケモンの情報だ。セレビィという幻のポケモンがウバメの森にいるという噂があるらしい。あくまで噂だが、近くに行ったら確認してみるといいぜ]
セレビィのことはユウリさんの情報を集めているときに知った。そして、ユウリさんはセレビィと共に時を越えたのだろうと目星もつけていた。
ただオレはもうユウリさんを追うのを止めていたから、セレビィのこともすっかり忘れていたのだ。
オレは何もしていない。ただ善意でオーキド博士にユウリ君を紹介し、ユウリ君にセレビィの噂話を伝えただけだ。
けれどもオレの目論見通り、ユウリ君はセレビィと共に過去に飛ばされて、そしてユウリさんとなって帰ってきた。
ソニアが検出した場所に急行したオレは明らかな空間の歪みを発見した。そこから、栗色の髪を一つに括ったあの人が出てくる。
その後ろ姿だけではっきりとわかった。20年前の狂おしい憧憬がちりちりと心を焼き付かせる。
やっと見つけた。捕まえた。もう絶対に逃がさない。
「おかえりなさい。ユウリさん。ずっと会いたかったよ」
そう小さく呟いて、オレは彼女の背中に手を伸ばした。