了遊(付き合ってない)。
一緒に過ごす程度には仲良い二人の話。
@d9_bond
ソファにかけた遊作の膝の上に頭を載せ、了見はこってり寝入っていた。
いわゆるひざまくらと言うやつだ。
──といってもこの体勢になったのはただの偶然だ。最初はソファに並んで普通に映画を見ていたのだが、始まって15分を過ぎたあたりで遊作は肩に重みを感じ、その更に5分後ずるりと倒れ込んだ了見の頭は遊作の膝の上に落ち着いていた。
そんなわけで今、鴻上邸のリビングに鎮座する85型の大画面では主人公がヒロインと共に敵組織に潜入をはじめたところだったが、緊迫したシーンと真逆に了見は遊作の膝で平和そのものの寝顔を晒している。
この映画を見たいと言ったのは遊作であるし出だしは冗長なところもあったが、睡魔を誘うほどの出来でもない。退屈な映画でも居眠りは今まで無かったので疲れているのだろうか。
Aiがいれば大喜びで弄っただろうから留守番にしておいて良かった。もっとも最近のAiは「馬に蹴られたくないから」などと言って了見と会う時はついてきたがらないのだが。
(それにしても)
膝上の横顔を眺めながら遊作は迷った。起こしたほうが良いだろうが、あまりに気持ちよさそうなので躊躇われる。
寝ているところを初めて見たが、美形は寝ていても美形だった。すっと通った鼻梁に薄く開いた唇。眉根を開いており切れ長の目が閉じられているせいか普段見える意思の強さが鳴りを潜めていて、柔らかいというかとても穏やかな印象だ。
素ではこんな雰囲気なんだなと遊作は目を細めた。本当は自分とそう変わらない年なんだと当たり前の事を思い出す。
眺めているうちに、倒れ込んだ拍子にやや乱れていた前髪が気になった。遊作はそうっと手を伸ばし、指先で恐る恐る前髪に触れたが了見は身動ぎもしなかった。それを良いことに、起こさないよう注意を払いながらも丁寧に手ぐしで整える。白銀の癖のある髪は見た目と裏腹にさらりと指を通り抜ける。
(了見は髪まできれいだな)
遊作は無意識のうちに口の端を上げた。
しみじみ造作の良さを堪能しつつ、続いてなだらかな頬にかかった横髪を丁重にさらう。耳に髪をかけてちょっと遊んでみたりもする。
リボルバーには名前と同じ銃の弾丸を模したピアスが下がっているが、了見の耳にはピアスホール自体がない。そういえば装飾品をつけたりしないな、と意味もなく耳たぶをつつけば了見がいくらか眉を寄せた。起こしてはいけないと慌てて手を引っ込める。
それからはたと気がついてテレビを見ると、話はそこそこ進んでいた。何があったのかよく分からないが今は敵組織の本拠地から脱出しようと、主人公とヒロインは軽口を叩きながら通風孔を移動している。
遊作は話を戻そうとそばに転がっていたリモコンを手にしたが、了見がこれなので見るとしたら最初からだろうと思い至って眠りを妨げないよう音量を落とすに留める。
目線を落とせば了見は変わりなく夢の中だ。
その顔を眺めながら遊作は考える。自分は冗談を言うようなタイプではなく、誰かと過ごすにしても画面の二人のように気安い空気にはなかなかならない。だが了見とは、そんな会話がなくとも無理せず心地よく過ごせる。
こうして余暇を過ごしたりする程度の仲になったのは良かったな、と改めて思う。
(……もしかしたらこうやって居眠りするくらいだから、俺が思うより気を許してくれているんだろうか)
遊作は頬を緩めた。
だがほぼ同時に、単にものすごく疲れていたのかもしれない、という考えも浮かんで緩んだ顔をペちりと叩く。男子高校生の太ももが枕より寝心地がいいとは到底思えない。にもかかわらず熟睡しているのは、その表れの気がしてきた。
(そうだとしたら、俺との約束なんて延期で休んでくれて良かったんだが)
了見の頭を撫でながら遊作は考える。
(気を使われたんだろうか)
そうだとしたら、申し訳なくもあるが嬉しくもあった。自分がそうであったように了見も顔を合わせるのを楽しみにしていての事なら、更に嬉しい。
映画の方は考え事の間に場面が変わっていて、主人公はヒロインと脱出成功して隠れ家らしい建物の一室にいた。
脱出の際に追手との戦闘で主人公はヒロインを庇って怪我をしていた。手当はされたものの状態は思わしくないようで、床でヒロインにひざまくらされつつ過去の懺悔などを述べている。
今の自分たちとちょうど同じような格好だ。
(……ひざまくら)
自分は別に何も構わないが、了見はどうだろうか。今更ながら考える。
改めて傍から見るとこれは相手に無防備に身を委ねる恰好なわけで、おまけにそのまま寝ているなど彼の自尊心や自意識にダメージが発生するのでは。つい大した考えもなくそのまま寝かせてしまったが、すぐ起こすべきだった。
そこまで考えたところで無造作にぎゅうと手を掴まれて、遊作は小さく悲鳴を上げた。
見ると了見が頭を撫でていた手を掴んでいる。
「了見、その、これは」
なんと弁明したものかとうろたえる遊作をよそに、了見は慌てる事もなく真顔でゆっくり起き上がる。
「寝ていたか」
低く、低く呟いて了見は掴んでいた遊作の手を放した。手を引っ込めて遊作はふるふる首を振る。
「疲れてるのかと思って、それで寝かせてしまった」
「……昨日少し遅かっただけだ。せっかく来てくれていたのに悪かった」
了見は何事もなかったような素振りで、顔を洗ってくる、と立ち上がりリビングを出ていった。遊作は生返事で見送る。
テレビでは主人公がヒロインを口説いていてもう何もかもが気まずい。
リビングを出て洗面所に入った了見は、そこで頭を抱えた。大失態だった。
詳細は覚えていなかったが、ひどく良い夢を見ていた。頭を撫でる手が心地よくて、しかしふと目を覚ませば客の、よりにもよって藤木遊作のひざまくら──どうしてそうなったと頭を抱える以外何ができようか。ひとまずは何でもない顔を取り繕ってこうして退避してきたわけだが、内心は叫びながら床を転げ回るレベルで恥ずかしい。
最近立て込んでいて、昨日も遅くまで仕事にかかりきりで休息が足りていなかったのは確かだ。
だが、今まで誰の前でもうたた寝だってしたことはなかったというのに何だこれは。遊作と過ごすのに慣れてはいたが油断にもほどがある。信じられない。
了見は頭を抱えたままぐるぐる考える。なんとか無かったことにできないだろうか。相手は年下で庇護対象で、絶対に言うつもりはないものの好意を抱いている相手である。格好をつけたい一番の相手だ。
(考えろ──表面上は平静に行動してある。何でもない顔でゴリ押しできる可能性はあるはず)
もはや力押しの算段だが、それを頼りに了見はよろよろ立ち上がった。藤木遊作は一般常識に抜けがあるので押し切れると思いたかった。
しかし洗面台の前に立ったところで全然取り繕えてなかったことを悟り、了見は再度頭を抱えることとなる。
なにせいつの間にやら髪を耳にかけていて、そこから覗く真っ赤になっている耳では動揺は一目瞭然だったのだから。