@tatsuta_122
【フレンドの『薔薇の騎士』さん(アルペジオ村)がログインしました】
スマートフォンに表示された、ゲームアプリからの通知。ジェイド――「翡翠の人魚」はそれをちらりと見て、ため息をついた。
通知を送ってきたのは、最近若者を中心に流行っているスマートフォンのゲームアプリだ。もちろんNRCでも大流行りで、ジェイドはこのゲームをアズールから調査するように言われ、プレイしている。最近のスマートフォンゲームの市場規模は凄まじく、ゲーム内での課金にとどまらずグッズやコラボカフェ、アニメ化など商機がよりどりみどり。アズールとしては話題のそれを調査しない訳にはいかないのだ。
ゲームの内容を軽く紹介すると、プレイヤーはまず「勇者」や「魔法士」「占い師」「騎士」「盗賊」「妖精」「人魚」などの職業を選んで、これらの職業を冠したユーザーネームを設定する。(妖精や人魚は職業ではなく種族だが、ゲームシステムの都合上、職業扱いだ。)たとえばジェイドが選択した「人魚」であれば「○○の人魚」となり、「○○」の部分は各自オリジナルの言葉を入れることができる。
職業と名前が決まったら、アバターの外見を設定して、仮想空間を冒険する。草原、砂漠、海、空中都市、工業都市、学園など様々なフィールドがあり、それぞれの土地に即したクエストが設定されている。最初は職業によって活動できるフィールドに制限があるが、クエストを進めながら素材やアイテムを集め、身につける武器や装飾品を変えれば活動範囲や挑戦できるクエストの幅も広がる。フレンド同士で連携しながら効率的にクエストをつぶしていくも良し、マイペースに一人でやっていくのも良し。グラフィックが綺麗なことと、各フィールドに特色があることも相まってクエストではなく旅行気分で散策する、というユーザーも多い。
ちなみに最近ユーザー数が大幅に増えた結果、○○村の、という符丁もつくことになった。村というのは初期登録したサーバーの名前で、それぞれのユーザーがカスタマイズできる拠点、通称「家」がある場所だ。家もカスタマイズできるので、まったりユーザーは家のレイアウトや畑などの作物収穫に精を出している。つまりジェイドのフレンドである「アルペジオ村の薔薇の騎士」さんの他にも、違う村に彼(もしくは彼女)とは違う薔薇の騎士がいるのかもしれない。
というわけで、ジェイドの名前は「ペザンテ村の翡翠の人魚」だ。実際に現実世界で人魚なのに、バーチャル世界でも人魚を選ぶなんてとフロイドには笑われたが、ジェイド本人としてはなかなか気に入っている。
設定やシナリオから垣間見える、陸の人間による人魚へのファンタジーな理解。それを楽しんでいるのだ。どうやらゲームの制作陣には人魚がいないようである。
「で、お前が楽しんでいるということはやはりなかなかのコンテンツのようですね」
「……ええ。イベントも途切れませんし、何よりクエストを仲間と達成する、というのが面白いです。簡単に言うと、人間関係ですね。それゆえのトラブルもままありますが」
「なるほど。対面しないでの人心掌握など、ジェイドにとっては児戯に等しいでしょう」
「ふふ、もちろんです」
とは言ったものの。ジェイドは現在、とあるユーザーの扱いに少々困っていた。その人物とは――
【薔薇の騎士:デイリークエストやったか?】
【翡翠の人魚:いえ、ちょうどこれからです】
【薔薇の騎士:じゃあ、良かったら一緒に行かないか? もちろん先約とか、一人で回りたかったら遠慮なく】
この、アルペジオ村の薔薇の騎士である。彼との出会いは、ジェイドが初めてログインした日にまで遡る。
「さて、まずはチュートリアルですか」
新しくユーザー登録をした「翡翠の人魚」は、「次はここをタップ!」というマークを追って、チュートリアルにとりかかろうとしていた。マップを開く、フィールドを散策する、などの基本アクションをこなしていき、終盤に現れたのが「フレンドを作ろう!」というミッション。
フレンドの枠は限られているとはいえ正直今の時点では誰をフレンドにしても支障はなさそうだ。さて、画面のあちこちにひしめくアイコンから、誰を選べば良いのやら。こうしてジェイドが少し迷っている時に話しかけてきたのが、薔薇の騎士だった。
【もしかしてチュートリアル中か? あとでフレンド解除しても良いから、良かったら一緒にやらないか】
初めまして、という定型の挨拶に続けて送られたメッセージ。自分と同じような状況なのだろうかと思いきや、プロフィールを確認すると薔薇の騎士のアカウントはこのゲームのサービス開始直後に作られているようだ。上級者である。もしや初心者をカモろうとしている……? ジェイドは少々警戒しながら、チャットの返信をする。
【ご親切にありがとうございます。しかし拝見したところあなたはかなりベテランのようですし、ご迷惑をかけるだけですから】
【ん? あぁ、いや友達に付き合って作ったのは良いけど、ずっと放置してるからそんなベテランなんてもんじゃないよ。それに今日のデイリークエストが「初対面のユーザーとフレンドになる」なんだ】
なるほど。それならば納得がいく。彼(男性か女性かは分からないが、ゲーム上の格好は男性のようなので男性と仮定する)の言う通り都合が悪くなったらフレンドを解除すれば良いのだし、とりあえずはこの誘いに乗ってみよう。
こうしてジェイドは薔薇の騎士に導かれてチュートリアルを終え、そこでの感触が悪くなかったのでその後も良きゲームフレンドとして日々薔薇の騎士とクエストに勤しんでいる。
【ついに脚を手に入れました! 薔薇の騎士さんのおかげです】
【いや、俺も人魚の真珠なんてレアアイテムをもらえて儲けものだ。それにしても本当に人魚姫だな】
【ふふ、本当の海の魔女はもっと慈悲深いのですがね。このゲームの魔女はなかなか手厳しい方でした】
人魚のジェイドは、初期段階では海か海辺、船でのクエストしか行うことができない。しかしある程度の経験値を得ると、チャレンジクエストに挑戦して活動範囲を広げることができる。文字通り脚を手に入れる魔法を使えるようになるのだ。まるでお伽噺の人魚姫のように。
チャレンジクエストはチャレンジと名がついているだけあって、一人でこなすのはなかなか難しい。そこでアシストしてくれたのはもちろんジェイドの(ゲーム内)ベストフレンド、薔薇の騎士である。騎士、つまり海では活動できない彼自身も、海で活動するためのチャレンジクエストを受けるというので、来週はジェイドがそれを手伝う予定だ。
【でもその前に、一緒に修行者の草原でも行かないか?】
【修行するのですか?】
【いや、最近バージョンアップして夕焼けが綺麗だって話題だから……一緒に回ろうかなって。嫌だったらもちろん断ってくれ】
【いえ、僕もその噂は耳にして気になっていました。のんびりフィールドをお散歩するのも、このゲームの売りですものね】
互いに協力するというメリットのあるクエストと違い、フィールドでの散歩や撮影はプレイヤー同士がかなり仲良くならないと行わない。さらに複数グループではなく二人きりともなると、よほど親密で、それこそ――最近ちらほらと聞く、ゲーム内での疑似恋愛のような関係になっていることもしばしば。来週は「翡翠の人魚」と「薔薇の騎士」の夕焼けデートと言っても過言ではない。
「いけません、これでは浮気になってしまいます」
「は? ジェイド恋人いないじゃん」
「すぐになる予定の方がいるんですよ」
「ウミガメくんのことぉ? もうさっさと告白してきなよ」
そう、ジェイドは現在、ハーツラビュル寮の副寮長、トレイ・クローバーに片思いしている。告白はしていない。獲物を狩る時は慎重すぎるほど慎重に、がウツボの習性。トレイとは同じ副寮長同士ということもあり、業務連絡のついでにお菓子をもらったり少々雑談をするくらいの関係にはなったが、ジェイドからするとまだまだチェックメイトには足りない。トレイが実習に行ってしまう前に決着をつけなければならないが、未だスパートをかける決め手に欠けている、という恋煩いまっさかりだ。それを毎日聞かされているフロイドは飽き飽きである。
「でも僕、『薔薇の騎士』さんとデートだと考えると、トレイさんとお話する時と同じようにこう……そわそわして、嬉しくなってしまうんです。これって浮気ですよね?」
「薔薇の騎士ってどっかで聞いたことあるけど……」
「やはりフロイドもそう思いますか。ユーザーネームがトレイさんを髣髴とさせるからですかね? では僕は無罪ですよね? でもトレイさんは一般生徒とは思えないほどガードが固くてまだ完全にスマホをハック出来ていないんです。ですから薔薇の騎士がトレイさんだという確証はないですし、というか彼の性格からして毎日この手のゲームにログインしているとは思えず」
「も~うるさい! こういう時ジェイドってお馬鹿で話通じないからきらぁい」
★
【トレイ・クローバー:八時には部屋に戻れるから。待ってる】
【ジェイド・リーチ:はい。とっておきの茶葉をお持ちしますね】
こんなことがあってから一か月ほど。ジェイドとトレイは無事付き合うことになった。その経緯の説明は別の機会に譲るとして、二人がいわゆる両片思いだったということだけ伝えておこう。さてはともかく、仮想空間の「薔薇の騎士」よりも、NRCの薔薇の騎士――トレイの方が良いに決まっている。心も体も満たされたジェイドは、アズールに簡単な報告だけして、毎日ログインしていたゲームをやめた。
「トレイさんのお部屋に伺うまであと十五分ほど……」
しかし恋人との逢瀬までに出来た短い空白。ジェイドはこの時間を活用して、もうめっきりプレイしていないゲームのアカウントを削除しようと、久々にログインした。するとよく出来ているもので、久々にログインしたユーザー向けの特典を色々と貰ってしまい、アイテムガチャを回したり新しく出来たフィールドを散策してみたりと、ついついプレイしてしまった。
【悪い、三十分くらいあとでも良いか?】
【構いませんよ。僕も少しやることがありますので】
あっという間に十五分が過ぎたところでトレイから来たメッセージ。「少しやること」が久々のゲームだとは言えないが、ちょうど良い。もちろんリアルのトレイの方が大切なのは変わりないけれど――
【薔薇の騎士:久しぶりだな、翡翠の人魚さん】
ゲーム内でのロマンス未満のお相手……薔薇の騎士と久々に再開して、胸がときめかないと言えば嘘になる。話もはずみ、互いに三十分だけ、と区切ったこともあり今までで一番……甘ったるいチャットを繰り広げてしまった。
【薔薇の騎士:君と話していると、時間が経つのが早いよ。名残惜しいな】
【翡翠の人魚:僕もです。本当は最近プレイしていないのでアカウントを消そうかと思っていたのですが……たまにこうして遊んでいただけるなら、残しておこうかと思います】
【薔薇の騎士:ぜひそうしてくれ。今度は一緒に箒に乗らないか?】
【翡翠の人魚:後ろに載せてくださるのですか? 楽しみです】
箒の後ろに乗って空中都市へ、というのはゲームの中でも、そうでなくともデートのお決まりコースである。昔と違って今はトレイと付き合っているのだからこれこそ本当に浮気になるのでは? とも思うが、しかしそうは言っても仮想空間。現実ではないと思うと、恋愛シミュレーションゲームを楽しんでいるような気分で、現実のトレイにはなかなかできないかわい子ぶった反応もできるというものだ。
「トレイさん、お待たせいたしました」
「いや、こっちこそごめんな」
「おや、随分ご機嫌ですね?」
最初の約束の時間からは大分過ぎてから部屋に行くと、トレイが上機嫌でジェイドを出迎えた。ジェイドも人の事を言えないが、約束を延期する用事とはてっきり寮のトラブルかと思ったのだが、ご機嫌になることとは一体何だったのか。じろり、と疑いの目線を向けてみれば、トレイはジェイドに微笑みながらも、ちらちらとスマホを気にしている。まさか。
「浮気ですか? 殺しますよ」
「ん? どうしてそうなるんだ」
「恋人との逢瀬を延期した上にスマホを気にして……」
あまたの債務者を失禁させてきた睨みを伴って、ずいと詰めよる。しかしトレイはあははと笑ってから凶暴なウツボの頭を優しくなでた。
「違う、違うよ。怒るなよ? ゲームなんだ」
「ゲーム?」
「これ、ジェイドも知ってるか?」
ぎゅう、と抱きしめてから差し出されたスマホの画面には、まさにあのゲームアプリのスタート画面。目を丸くするジェイドに、トレイは気恥ずかしそうに告白する。
「ジェイドと付き合う前なんだけど、結構これで遊んでてさ。翡翠の人魚って子がジェイドみたいで可愛くて……つい色々とお節介を焼いていたんだ。最近見ないと思ったけど、さっき久々にログインしてて。嬉しくてな」
妬いたか?と聞いてくるトレイ。ジェイドはポカンと口を開けて、その後すぐにかぁっと顔から耳、首筋までを赤くさせた。
「ジェイド?」
「…………薔薇の騎士、さん」
「え?」
うつむいたジェイドが、おずおずと出してきたスマートフォンには、トレイが差し出したのと同じゲームのスタート画面。
「僕です。翡翠の人魚は、僕……」
「え!?」
今度はトレイが赤面する番だ。二人は恋人になる前に現実、またゲームの中で味わっていた甘酸っぱい思いを告白し合って、笑いあった。
「…………でもじゃあ、今度の箒デートは浮気だろ」
「あなたから誘ったんですよ! あなたこそ浮気です」
「それもそうだな……」
この後、晴れて本当の恋人同士としてフィールド中をいちゃいちゃとデートした二人が、同じゲームをプレイ中のイグニハイド寮長に「ソシャゲでバカップル見させられるとかマジで勘弁してほしい。公害」と愚痴られたとか。
おしまい!