@fehu9766
目次
※とくに記載がない場合はキバダンです。
( 1 ) . 元チャンピオンは買い物がお好き
( 2 ) . ジムリーダーの秘密
( 3 ) . Fish saw the water.
( 4 ) . こうしてまたひとつ
( 5 ) . 傍らの月
( 6 ) . 雨の日の葬送
( 7 ) . Dent de lion
( 8 ) . 真剣勝負(ちょっと閲覧注意)
( 9 ) . 恋文(死ネタ)
( 10 ) . たとえ全てがとけて消えても(書きかけ供養/閲覧注意)
( 1 ) . 元チャンピオンは買い物がお好き
※キバナの好きな食べ物・嫌いな食べ物に関する捏造があります
スーパーで買い物をするのが好きなんだ、と言ったらキバナは豆鉄砲を受けたマメパトのような顔をした。
「買い物好きだったっけか、オマエ」
キバナは胡乱げに調味料が並ぶ棚を見た。あまり食べ物の好き嫌いをしない男だが、モルトビネガーだけは苦手なようで先程から俺がそいつに手を伸ばさないか警戒を怠らない。
「せっかくチャンピオンじゃなくなったんだぜ。今までできなかったことは何でもチャレンジしたいだろう?」
十歳でチャンピオンになったというのもあり、俺は生活能力が極端に欠如している。なにせ多忙で家に帰らずほぼホテル暮らしだ、料理も掃除も洗濯も殆どしたことがない。
試しに掃除機をかけてみようと思えばスイッチをみつけだすのに二十分はかかったし、料理をしてみようと思えば塩の「適量」が分からず塩辛い味付けになってしまった。キバナは黙って食べてくれたがむせていたし、衣服を纏めて洗濯したせいで俺の靴下にも方向音痴が発動し探し出すのに随分手間取った。ジムチャレンジ時代の名残でカレーだけはまともに作れるが毎日カレーで過ごすわけにもいかない。
チャンピオンではなくなった今、自立した大人が当たり前にやっていることを俺はなにもできない。
愕然とした。流石にこれはマズい。これからもホテル暮らしを続けるつもりか。ナックルシティで一人暮らしに慣れているキバナは「別にオレさまがやるからいいだろうが」とちょっと拗ねたように言ってきたが、流石にそれはちょっと情けない。恋人として甘やかされるのは擽ったく嬉しくもあるが、俺だってキバナを甘やかしたいのだ。
「好奇心旺盛なのはいいことだがよ、せめてオレを起こしてからにしてくれ。起きてオマエがいなくてどれだけこっちは焦ったか」
へにょりとタレ目がちの彼の目尻が更に下がった。バトルからは想像もつかない少し情けない表情に思わず吹き出してしまい、気を悪くしたのか今度は少しつり上がった。
実際本当にキバナは焦ったのだろう。いつものヘアバンドはつけずにざんばら髪のままで、例のパーカーと皺くちゃのデニム。身だしなみに気を使う彼らしくない装い。
スーパーの壁掛け時計にちらりと視線をむければ、午前十時をまわったばかり。休みの日のキバナは存外寝汚いので、いつもならもう少しだけ寝ていたはずだ。俺がいないことに気がついて、手当たり次第に服を着て、寝起きのまま俺を探しに家を飛び出してきたに違いない。
「悪かった。熟睡してたから起こすのもどうかと思ってな。昨日遅かっただろう?それに無理に買い出しにこなくたって、作ろうと思えば材料はあったんだぜ。これは俺のわがままだ」
「そのくらいオレさまだって付き合うぜ!?本当水臭いやつだな」
俺はレモンオイルを手に取りカゴに入れた。レモンバターにしてキッパーに絡めるのだ。トーナメントなどでキバナと同じホテルに泊まることになった時、キバナはよく朝食にキッパーを選んでいた。それに気がついたのか、キバナは恨めしそうにしていた目元を緩めた。
「それにしてもダンデ、オマエがそこまで買い物が好きなのは少し意外だな」
「今までこういった場所にくることがあまりなかったし、買うこともなかったから新鮮なんだ。それにキバナのことを考えながら物を買うのは幸せな気持ちになる」
今日はキバナが大好きなメニューにしようか。昨日は飲んできたようだから、胃に優しいポテトとリークのポタージュにしようか。ターフタウンで採れた旬のパースニップを使ったら喜ぶだろうか。カフェインの少ない蒲公英珈琲を試してみようか。あのドラゴンポケモン柄のプレースマットは気に入ってもらえるだろうか。こんなことを考える時間のある今が、俺はとても好きだ。
チャンピオンだった時だってがむしゃらに幸せだった。だからチャンピオンでなくなった「これから」は、気が早いが半ば余生のような気持ちであった。情熱の自由な残り火だった。でも、決してそうではなかった。
「誰かとのありふれた日常について考えるなんて、あまりしてこなかったからな。キバナのことを考えていられるこの時間が今、俺は愛おしいし好きなんだ」
段々と"日常"に慣れていく俺に、お前は甘えていいのにと少し拗ねていたが、お前がくれた日常はこれほどにあたたかく心地良い。
誰かに願われる存在でもなく、自分が願う存在でもない。誰かのために願い尽くすことが、こんなにも優しく穏やかな幸福なものだと俺は全く知らなかった。燎原の火のように気持ちが広がって溢れ出しそうになる。だから俺もキバナにそう感じて欲しい。
そう伝えると、キバナは色濃い肌でもはっきりわかるほど赤らんで、すぐにそれを隠すように大きな掌で目元を覆った。
「ハー…オマエそういう……そういうなァ、平気で言っちまうんだな。あークソ」
「どうした?って、うわっ」
急に腕を取られたと思ったら、そのままキバナの胸に引きずりこまれた。いつにない乱暴さで危うくカゴを落としそうになる。キバナ?と声をかけるが「アー」とか呻きなのか返事なのかわからない声がかえってきた。
キバナは上背があるので、こうして正面からぎゅうぎゅうに抱き込まれると俺はキバナの胸元しか見えない。感触からしてどうやら俺の髪に顔をぐりぐりと甘えるヌメルゴンのように擦り付けているようだった。
「なあダンデ、今すぐ家に帰ろう。無理だ、たまらねえ、好きだ、我慢できねえ」
しかし顔を上げたキバナは、もう今までの優しげな表情を失っていた。見慣れた冷たいアイスブルーの瞳に、ギラギラと見慣れた獣の熱が浮いている。
「我慢?ちょっと待ってくれ、まだ買う物が」
「急いで買うぞ。ホラ、カゴよこせ」
キバナに強引に引っ張られながら、俺は確認する回数の減った時計を見上げた。午前十時十八分。どうやらブランチには間に合いそうにない。
( 2 ) . ジムリーダーの秘密
ねえ、これからする話は他言無用でお願いしたいんだけど聞いてくれる? いいの、本当に? ありがとう。少し前に私がガラル地方に旅行したの覚えてる? そう、失恋旅行。散々別れたくないとかいって騒いだけど、あれ結局振られちゃったって話をしたじゃない。それで落ち込んだ私を見かねた家族が、「景色もいいしスタジアムでポケモンバトルでも見たら気分転換になるんじゃないか」ってガラル行きのチケットをくれたんだ。正直言ってガラルだろうとなんだろうとどうでもよかったんだけど、あんなことあったばかりで誰にも会いたくなかったから、丁度いいってことで行ってきた。いや期待してなかったけどめちゃくちゃよかったんだ。それにそこで凄いことがあったから聞いてほしくて。今日は連絡したんだ。
• * * * * * * * * * * * * * *
ガラルについて二日目、一日目はまあ夜について予定のホテル直行だったから実質二日目が一日目だったんだけど、私は時差ボケに敗北して寝坊した。中々眠れなくてやっと明け方に寝付いて、起きたらとっくにホテルの朝食の時間は終わっていた。仕方がないから外で観光がてら食事をとることになった。
それでナックルシティの大通りにでて、ナックルシティは広いしお店が沢山あるもんだから、どうもなかなか迷って決められない。どうしようと唸っていたら、丁度ココガラが細い通りに飛んで行くのを見かけた。その通りはまだ見ていなかったので、何があるかなと覗き込んで、ついに素敵なガーデンカフェを見つけた。名前も「クレイブン・ナーサリーズ」!
後からそこの店のココガラだったのを知ったけど、その時の私は物語の主人公として導かれた気分で、もう迷わずそのお店に決めた。でも入ったことをすぐに後悔した。お店の中に一組のカップルが既に座っていたから。傷心旅行中の私のテンションは一瞬で萎みきった。
お店は小さくて静謐なアトリウムのようで最高の雰囲気だった。白を基調とした温室に煉瓦作りの円柱を打ち込んでカフェにしたという作りだった。でも私は最低の気持ちだ。一応私は傷心旅行にきているわけで、そこで睦まじそうなカップルを見せつけられたらのろいの一つもかけたくなる。テンションどん底にもなる。私がゴーストタイプのポケモンでなくてよかったなそこのお二人。
しかももの凄くお似合いの美男美女。彼女の方は寒いのかマフラーを巻いてて口元は見えなかったけど、金色の目は大きく、まつ毛植毛でもしたのかってくらいバサバサ。顔立ちもかわいい。彼氏も彼氏ですっごいイケメンで、いやもう芸能事務所からスカウトくるんじゃない?ってくらい長身でスタイル良くてどことなく色っぽくて顔もやばい。語彙力がないのはわかってるけどそうとしか言いようがない。お似合いの二人はフラれたばかりの私に多大なダメージを与えた。こうかはばつぐんだ。
だからその二人とはちょっと離れた席に座った。見たくもなかったしさっさと食べて出てしまいたい。でも注文し終えて料理をまつばかりになると、ついついその二人を目で追ってしまう。相変わらず二人はスティッキートフィープディングのようなデロデロの甘い空気を放っているし、こっちの目玉が潰れそうだった。何か彼氏の方が冗談をいったのか彼女の方が吹き出して、その拍子にズレたマフラーから変わった形の顎髭が見えた。———ヒゲ?
ちょっとまってヒゲ?えっ、女じゃないの男なの?しかもこのヒゲの形見覚えがある、多分雑誌かテレビか何かで。いやそれどころじゃない、よくよく見れば二人とも顔にもどこか見覚えがある。まったく私はどうして気づかなかったんだ!気が動転してテーブルに膝をしこたまぶつけて青タンをこさえたがそれどころじゃない。このお二人、カップルじゃなくてジムリーダーのキバナさんと元チャンピオンのダンデさんだ!
ちょっと言い訳させてほしい。普段の二人って基本的にテレビなり雑誌なりユニフォームだ、スポンサー規定なのかジムチャレンジ規定なのかわからないけど私はいつもの格好しか知らない。あの日見た二人は全然違う格好だった。キバナさんは背凭れにかかってたパーカー着てたらわかったかもしれないけど、シャツにチルデンニットって格好だったしトレードマークのヘアバンドを付けていなかった。ダンデさんはダンデさんでまさかのポニテでリブタートル。さっき笑うまでヒゲも隠れて見えなかった!例のちょっとダ……個性的なマントと白タイツから想像もつかない格好だったから、すぐに気づけなかったのは許してほしい。萎みきっていた私のテンションは思わぬ有名人との邂逅で、再び爆発しそうなくらい昂ぶった。
一時の気の迷いで遠い席を選んでしまったから残念ながら二人が何を喋っているのかは聞こえなかったけれど、終始小声で談笑していたようだった。それから料理が来て、キバナさんがまずSNSに乗せる用か何かに写真を撮り、お互い頼んだものをシェアしながら食べた。所謂あーんってやつをしながら。流石にダンデさんは恥ずかしかったのか、一回失敗してスプーンをキバナさんの顔にぶつけた。キバナさんはソースをつけられた顔で、声を押し殺しながら大爆笑して震えていた。
そのうち先にキバナさんが食べ終えて、ゆっくり食べてるダンデさんを嬉しそうに眺めていた。スマホも弄らずニコニコとただただダンデさんを見つめている。二人はライバルって話だし、ちょっとだけみたバトル映像では結構バチバチにやりあってた気がするけど、リアルだと仲がいいんだなあ。鈍い私はその時はそんな風に思っていた。
そしてその事件は起きた。二人とも食べ終えて、さてお暇だとダンデさんが立ち上がった瞬間、彼はふらっとよろめいてしまった。慌ててキバナさんがダンデさんの腰を支えて抱えて、それで、ええと。その時丁度ダンデさんのマフラーがめくれあがって、みえてしまった。リブタートルでも隠しきれない襟首の鬱血痕が。
私思わずフリーズ。どうみても虫刺されじゃない。そういうアレ。えっ、ダンデさん彼女いるんですか。あんな性的な香りゼロの可愛い顔してやることやってるんですか。いや大人だしするだろうけども。
あまりの生々しさと衝撃にダンデさんの首から目が離せなくなる。あまりに見つめすぎて流石にキバナさんに気がつかれて、一瞬彼とバチッと目があってしまった。やばいと思って焦って目を逸らしたけども既に遅い。だけどそんな私の様子をキバナさんは気にかけることもなく、ダンデさんの腰に手を当ててエスコートするようにレジに向かった。良かった気にしてない。
と、ホッとしたのもつかの間。突然キバナさんが振り返って私を見た。そしてそっと口に人差し指当てて、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべて、声に出さずに言った。
「ナイショだぜ」
私はようやく全て察した。
• * * * * * * * * * * * * * *
あれ以来私はキバナさんとダンデさんに気が狂った。それはもう暇さえあれば彼らのSNSをチェックし、掲載されてる雑誌は買い、テレビでガラルが放送されるようなら必ず確認するほどに。しかし悲しいことにここはカントー地方。向こうの試合とかの情報あんまり入ってこない。そういうポケモンバトル専用のチャンネルはあった気がするけどよくわからない。それに時間が時間で生放送を見るのは時差もあって辛い。
「だから今日あなたにお願いしにきたの。あなたってポケモンバトル観戦大好きで色んなチャンネル契約してるって言ってたでしょ。カントーでガラルの試合をみるにはどうしたらいいの?オンデマンド契約、とかいうのどうすればいいの。どこがおすすめなの。そういうのやったことがないからさっぱりわからなくて!お願い!ごめん教えて!」
黙って長話を受け入れてくれた友人はぶっきらぼうに答えた。
「ガラルでの話全部いらなくない?しかもナイショって言われたのにバラしてるし」
ハイ、ごもっともです。悪いな友よ、君は物言わぬ葦になってくれ。
( 3 ) . Fish Saw the water.
"バカとチャンピオンは風邪をひかない"という言葉通り、ダンデはチャンピオンじゃなくなった瞬間に風邪をひいてぶっ倒れた。
「すまない、キバナ」
「気にすんな。ほら、目閉じて寝てろよな」
"もし時間があったら連絡してほしい"、珍しくダンデからそんな連絡が来ていた。基本的に連絡も誘うのもオレからが多いのに、こりゃどんな天変地異だと喜んだのも束の間。こっちがいくら電話しようとメールをしようとなぜかダンデはうんともすんとも返事をよこさねえ。こりゃ何かおかしいぞと最近シュートシティに構えたダンデの家に文字通り飛んでいってみれば、ソファの上で服も着替えないままひっくり返っていた。あの病的にタフなダンデがだ!
ちょっと前までユニフォームの薄さと丈の短さに感謝していた気がしていたが、最近は日が沈むと一気に冷え込むようになった。だから温度差にうっかりやられたんだろう。真っ赤な顔でウンウン唸るダンデからえいやと衣服を引っぺがし、慣れない新宅を家探しして見つけ出した寝巻きを着せ、患者を色気のへったくれもないファイヤーマンズキャリーでベッドに運んでやった。本当に健気な男だなオレさまってやつは。
「風邪なんて十数年ぶりだぜ…」
「チャンピオンの間一度も病気らしい病気してなかったもんなァ」
ゴホゴホと咳き込みながらダンデがぼやいた。普段風邪なんてひかないから大した風邪でもないのに随分と参っちまってるようだ。まあそりゃそうだろうな。多分最後に風邪ひいた記憶なんてコイツの場合残ってねえだろうし、実質人生初めてみたいなもんだ。具合が悪い経験をしたことない奴にとって病気はそれこそこの世の地獄のように感じてるに違いない。
サイドテーブルの横に勝手に引っ張ってきた椅子に腰掛けて、三十八度二分の熱で死にかけている病人の様子を見ながらりんごの皮を剥ぐ。
「軋る門は長くもつ。たまにゃいいだろ」
「全然良くない。そんなの、一生病気をしない方がいいに決まってるぜ」
頬まで布団を被ったダンデがもごもごと抗議していたが、やがて普段の毅然としたダンデとは思えないほど眉尻を下げながら申し訳なさそうに言ってきた。
「迷惑をかけてすまない、キバナ。この埋め合わせは必ずする。これ以上ここにいたら遅くなるし風邪が移るぜ。俺はもう大丈夫だから…」
「帰らねーよ。元チャンピオン様が弱った姿なんて滅多に見られないんだぜ?んなの勿体無いねえだろ!」
「…なんでキバナはそんなに嬉しそうなんだ」
「嬉しいっていうかなァ」
こいつはずっとチャンピオンを背負っている間、チャンピオンらしくあろうと、人の夢と理想を背負って生きてきた。他人を裏切るまいと生きてきた。ダンデをぶっ倒すという挑戦者でいられるオレとは桁違いの重責がそこにあったはずだ。その重責さえこいつは楽しんでたから精神まで病的に丈夫だなと思うが、その実ずっと緊張しながら生きてきたんだろう、この男は。だからずっと風邪を引かなかった、諺に変な尾鰭ができちまうくらいに。だが今は。
「なんつーか、オマエが普通のダンデになったってことだろ?肩肘張って鯱鉾ばったチャンピオンのダンデじゃなくて、ありのままそのままの。そういうダンデが見れるんだぜ?そっちの方がオレさまは好きだしな」
「チャンピオンじゃなくなったただのダンデの方がいいのか?すこし心外だぜ」
「フフッ、そうじゃねえよ。チャンピオンだったオマエも最高だったよ、今もオレさまの手で引きずり下せなかったことが悔しくって夢に見る程にはな。ただ、オレはオマエが誰にも囚われず、好きなことやってる姿が一番気に入ってるって話だ。オマエは今、好き勝手自由に風邪をひいている!」
目が溢れそうなほど見開いた後、コータスが殻に顔を引っ込めるみたいに、ダンデは布団の中にずぶずぶと沈んでいった。
「………お前は時々…とてつもなく卑怯だな。なにもこんな、俺が。風邪で参ってる時に…」
よくいうぜどっちが卑怯だ。オマエは知らないだろうな。具合が悪くなって真っ先にあの控えめな救難信号を送った相手があの喧しい弟でも母親でもなく、オレだったことが。チャンピオンであろうと、大人であろうとした男がそれをかなぐり捨ててオレに縋り付いてきたことが。十数年誰にも見せていなかったダンデの姿を今、オレが独り占めにしているということが。どれほどオレを歓喜させたことか。
今だって生理的な涙に潤んだ目や赤らむ頬、うっすらと滲む汗に荒く早い呼吸。あらぬ姿を想像して欲を覚えさえする。今のダンデであれば容易く思いを遂げることだってできるだろう。でもオレはそんなことはしない。例えどんなに焦燥と渇望にとりつかれても、オマエから向けられる特別を永劫に失う方がよっぽど辛い。
だからオマエはずっとなにもしらないまま。けれどもそれでいい。鳩のいる中に猫をいれる必要はない。
「ホラ、りんご切ったから口にしろよ、胃に何かいれないといくらダンデでも回復しねえぜ。んでそれ食ったら水飲んで寝ろ」
「…ん」
布団の中から気弱な返事が聞こえる。辛抱できずに頭を撫でちまったがこんくらいは許してもらおう。本紫の髪は少しだけ汗ばんでいてしっとりと柔らかく手に馴染み、するりと指の股を抜けていく。
一枚に連なったりんごの皮を摘んで、オレは椅子から立ち上がった。今ならオレはまだ紳士でいられる。
朝になったら記憶にない毛布がオレにかかっていた。オレが寝てる間にあいつが恐らくかけたんだろう。ソファに横になっていたせいで関節があっちこっち痛いが今日くらいは仕方ない。ストレッチをしながら起き上がって早起きのダンデを探しに行く。
ダンデは丁度シャワールームからでたところだった。濡れたままの髪と首筋を流れる滴、おまけに上気した顔が正直目の毒で正視しづらいがオレは気合でダンデにむきあった。オレさまエライ。
「ようダンデ、おはよう。顔色はいいな、体調は平気か?」
「おはようキバナ。おかげさまでもうバッチリだぜ」
「そりゃよかった。朝食は食えるか?勝手に冷蔵庫漁って悪いが、昨日のうちにオレさま特製スープを作っておいたから頂こうぜ」
「昨日のうちに?何から何まで本当にすまない!何で埋め合わせをすればいいか…」
「埋め合わせねえ。別にオレはそんなもん求めちゃいないが、ダンデの気が済まないなら…そうだな。時間があるときに二人でどっか行こうぜ。デートってやつ」
なんて冗談だよ、と続けようとしてダンデから反応がないことに気づく。
「ダンデ、どうした?」
不審に思って振り替えると。黙りこくって俯いたダンデの耳は赤く染まっている。沈黙は守られたままだというのに、聞こえないはずの言葉は、ヤツの見えないはずの心は、オレにもはっきり見えていた。
( 4 ) . こうしてまたひとつ
※キバナがずるい話なので苦手な方は飛ばしてね
ツラもよく覚えちゃいない新人女優が特大スクープをすっぱ抜かれた。オレがジュラルドンと修行でワイルドエリアに篭っていた日、シュートシティのクラブに現れたその女が、肩を組んでネオン街に消えていくさまが撮られて雑誌に掲載されたらしい。たちまち書店ではゴシップ雑誌の品切れ続出。相手が相手だからガラル中が大騒ぎ。どこのチャンネルをつけてもその話題でもちっきりで、相手が有名人ならこれもしかたねえが流石にうんざりもする。
誰が相手かって?聞いて驚け、このキバナさまだとよ!
「この通りだ、すまねえ!」
「いや、疑ってもないし怒ってもないぜ」
幸いダンデはオレの捏造スキャンダルを全く気にしていなかった。いや幸いなのか?ちょっとくらい気にしてくれた方がオレは嬉しいんだが。恋人の浮気疑惑だぞ、しかもアリバイもないのに。それだけ信頼されてるのは嬉しいが複雑だぞ。
一応世間的にはオレさまは独身で交際相手がいないことになっている。さっさと公表しちまいたいが、少しダンデがあれこれ悩んで躊躇っているので今はまだその事実をふせているところだ。それで見事利用されたわけだ。現にこの女優、主役を勝ち取った映画の宣伝ばかりしていやがる。
「集中したくてスマホロトムを置いていったのが間違いだったな!持っていればジュラルドンとのツーショットで無実を証明できたのによ」
「ハハハ、そいつは運がなかったな!」
しかしコイツときたら随分呑気なもので、疑うそぶりを見せないどころか、オレが詫びも兼ねて買ってきたマーケットで一番人気のチャットニー入りサンドイッチにうまうまとかじりついている。チャンピオン時代に買いに行く暇のなかった味に目を輝かせてニコニコしている。ああクソ、かわいい。抱きしめたい。
本当なら今日行きたいカフェがあったのに。あそこじゃ目立ちすぎるしここに来るまでもいつも以上に好奇の目線を集めた。いそいそと追いかけるパパラッチの気配も感じた。有名人ってめんどくせえ、なんでダンデとの時間を邪魔されなきゃならねえんだ。
だが悪いことばかりでもない。ミュージアムに併設されたクラシックで美しいカフェは諦めるハメになったが、かわりにダンデをオレの家に連れ込むことに成功した。お陰で太ももが密着する近さでソファに腰掛けても文句は言われないし、気まぐれに脇や背中をなぞって「食事中にするな」と真っ赤にして怒るダンデが楽しめるし、災い転じて福となす。最高だな!
「オレが疑っていなければいいだろう。それじゃだめなのか?」
「いいや?だがダンデ、オマエあれ見て嫌な気分になっただろ?」
「………正直に言ってしまえば、そりゃ面白くはないぜ」
キバナはオレの恋人なのに、やっぱり一瞬そういう未来を考えてしまった。ダンデは帽子で顔を隠そうとして、そういえば今はつけていなかったと手が動きを止める。なんだ今の録画しておけばよかった。恥ずかしそうに目を逸らした。ああかわいいったら仕方がない!
でもそれをぐっと堪えて、オレはダンデの肩に両手をのせて顔を向かい合わせた。気を抜けば顔が緩みそうなので奥歯を噛み締めて、出来るだけ真剣な顔をつくる。
「だろ?それでだ、一つ提案がある。スマホロトムにこんなアプリがあるから、オマエのスマホに入れよう」
「なんだそれは」
「浮気防止アプリ」
「は!?」
ダンデは眼を見開いた。普段からデカいからこぼれ落ちねえかちょっと心配になる。
「キバナ、オレはオマエの浮気なんて疑っちゃいないぜ!?これだって勝手に捏造をされたんだろ?何一つ悪くないじゃないか」
「オレのせいで少しでも不安にさせたんだから、その詫びがしたい。オレがあの日スマホロトムを持っていりゃそんな気持ち抱えずに済んだだろ?なに、コイツを入れておけば今後こういう困ったデマが流れたとしても、オマエはそのアプリでそれが嘘だってすぐにわかる。そういう意味でもちょうどいいんじゃねえ?」
オレがどんなに清廉潔白な行動をしていてもこういう下衆なゴシップは付き纏う。そもそもあの写真は一体誰と撮ったんだ?後ろ姿だったしまさかメタモンか?オレじゃないのは確かなんだがオレじゃなくてもオレ扱いされるんだぜ、清く正しく美しくなんて意味がないのはオレもコイツもわかっている。
しかしダンデは眉を下げて眉間にシワを刻み、口を開こうとしては黙み、言葉を探って慎重に選んでいる様子だった。
躊躇わなくていいのにな。
「あ、これ入れると今度はオマエの動向がオレさまにバレちまうか。それはさすがに嫌だよな、悪い、今の話はなかったことに……」
「違う、そうじゃないんだ。オレの身勝手でそんなキバナを拘束するような真似をしていいのかと思って」
オレが殊勝な姿勢を見せると、慌ててダンデが引き留めてきた。
「拘束?こんなの拘束のうちに入らねえよ。オレは全然構わねえぜ?」
「そうか………。だったらキバナ、それを入れてくれ。オレの勝手でオレだけがキバナを束縛するのは嫌だが、オレの事も把握できるようになるんだろう?オレも誠実でありたいから、それだったらいいぜ」
「そんな辛気くせえ顔すんなって。これで不安にならないならいいだろ?おい、スマホかせ」
自分のわがままでオレを振り回していると思っているらしいダンデは、すこし躊躇するような素振りをみせたが、結局諦めて恐る恐るスマホを差し出してきた。そいつを受け取るとオレは早速件のアプリをインストールする。オレの方は既に設定済みだ。
「ホラよ。これでいつでもオレさまが何をしているかわかるぞ」
「…サンキューな、キバナ。相変わらず優しいな」
スマホを受け取ったダンデは、花が綻ぶように笑った。それがあまりにも可愛い笑顔だったから、気がついた時にはオレは条件反射でスマホロトムを手にしていた。不意打ちで撮るなと怒られたが多分オレは悪くない。絶対に悪くない。そんな顔をする方が悪い。
そのまま昼で名残惜しいが逢引はおしまいになった。お互いに忙しくてあまり会えないが、こうやって少しの間も無駄にしまいと二人で大切に過ごしてきた。だからこうやってほんの少ししか会えない日もある。
次会えるのはいつだっけか?それまでまた暫くオレは切なく一人で夜を過ごす。その寂しい期間はさっき撮った写真のような思い出で乗り切るわけだ。オレさま健気だろ?
それにしてもオレのスマホ、ダンデの写真塗れになりつつあるから迂闊に紛失できねえな。そんなヘマをしたりはしないが、ちょっと人には見せられないヤツもあるし。
オレはそんなことを考えながら、フリックして今日まで撮った一枚一枚を見返していく。ダンデの屈託のない笑顔、ゆったり食べている姿、書類を読む真剣な顔、バトル後の興奮やまぬ記念写真、恥ずかしいことを言って怒らせた瞬間、うっかり寝こけて口が空いてるところ、ジュラルドンとオレ。
「おっと」
それはなんの変哲もないジュラルドンとオレのツーショット。ワイルドエリアで一緒にカレーをかき混ぜている写真。写真を撮ることに夢中になって、この後少しカレーを焦がした。その時のワンシーン。
「………流石に消しとかねえとな」
愛しのジュラルドンの写真を消すのは少し気がひけるが、こいつがバレると後々厄介だ。今度また一緒に撮ろうな、とボールに向かって謝りながらその写真を端末から消し去った。ダンデもあの女優も知らない、あの日の真実を。今日の真実を。
「フフッ、オレさまこれでもジムリーダーだぜ?」
なにが起きるかわからないワイルドエリアで、無責任に音信不通になるはずねえよな。なあ、愛しのダンデ。
感謝するぜ、名前も顔も知らない女優さんよ。利用できるものはする、お互い様だろ?
( 5 ) . 傍らの月
「運命だと思うか?」
巨大なうねる根に隣り合って腰掛けて。黙りこくって神妙な顔をして。やっと口を開いたかと思えば、飛び出した台詞は毎週夜十時にテレビに映る陳腐なラブロマンスのようだった。ルミナスメイズの茸に照らされた満月のような瞳が、常の夜に浮かんでオレを見つめている。息が詰まるような静けさで、本当にありふれたメロドラマのクライマックスのようだった。
「それ、今このタイミングでオレにきくことか?」
「ああ。オレは運命が嫌いだからな!」
今度は白い三日月が浮かびあがる。この男がはっきりと何かを嫌いだと断言するのは珍しい。彼は苦手な話題を振られても少年のような笑みを浮かべ、大人として線を引いた答えを返してするりと逃げていく。強さに憧れバトルでは闘争心の塊のような男だが、その実ことを荒げることは望まない。ダンデとはそういう分別のある大人だ。だから嫌いだとコイツはいうが、これでもかなり言葉を選んだのだろう。
———オレは運命だと思ったけどな。オマエと出会ったとき、バトルしたとき。神さまなんて信じないのに脳天に雷が落ちて啓示を受けたようだった。この不敵な男のために生まれてきたと。
「昨日も新しいチャンピオンを運命のようだって言った記者がいたんだ。オレが負けると決まっていたような言い方にも腹が立つが、それ以上に努力や才能を"運命"で片付けられたことはこの上ない侮辱だ。あの子の実力は本物だ。出せる力を出し切ってぶつかりあった、最高の勝負だったんだぜ!」
その話題は正直オレにとって耳が痛い。ダンデすら成し遂げなかったムゲンダイナの捕獲をあの子がやって見せたとき、少し嫌な予感はした。けれどもオレはそれでも気楽にダンデが勝つと信じて疑わなかった。いずれ倒す運命はオレにあるのだと、魔女の予言を受けた気でいた。
結果ダンデは負けた。それを運命と言うならばそうなのだろう。それを否定するなら、オレの慢心と怠慢を突きつけることに他ならない。伝説を従えたトレーナーが新しいガラルのチャンピオンとなれば、それを運命だと言いたくなる気持ちもわかるような気がした。
けれどもそれは冒涜だとダンデは言う。そこには純然たる力のぶつかり合いしかなくて、神の見えざる手はなかったと証明したがっている。とどのつまり、それはダンデが純粋に負けたという敗北証明。
だったら昨日、マイクを奪って運命なんて信じないと叫んでしまえばよかったのに。こういう時もコイツは分別のある大人だから、のらりくらりと否定したのだろう。胸がしくりと痛む。
「だから運命なんて嫌いだ」
ガラルプレイの王様のような嘆きをもう一度溢して、彼はゆるゆると首を振った。芝居がかった役者のような振る舞いに、オレはいい加減苛立ちも募る。
「で、結局それは」
掴んだダンデの腕を強く握りしめる。加減なしの握力は痛いだろうに、コイツは顔に歪み一つ浮かべない。
「十数年追いかけてきたオレのこの気持ちは、たった今伝えた一世一代の告白は、嫌いな運命だって言いたいのか? なあ、断るならもっとマシな言葉にしてくれ」
いつもいつもオマエは周りくどい。オレの掴んだ手を振り払って、ただ一言ライバルでいたいと叫んでしまえばよかったのに。分別のいい大人でいるから、こうしてオレに告白されるんだ。
ダンデは変わらず真っ直ぐに見つめてくる。初めて出会ったときも、ポケモンバトルの最中でも、肩を組んで杯を交わす時も、あの負けた夜でさえも。オレの告白を受けたところで変わらないのだ。いくら夜道で追いかけても決して距離の縮まることのない月だ。
なんとなく分かってはいた。苦手な話題を振られたときと一緒だ、曖昧に笑って誤魔化して、伸ばした手をそっと躱す答えを目をもって突きつける。オレを最高のライバルだと呼ぶ表情で、今のままがいいのだと大人のやり口で拒絶する。それでも抑えきれなかったのはオレの方だ。チャンピオンから引き摺り下ろす方は叶わなくても、こっちはそうなんじゃないかって、信じたかった。
徐々に俯いて、だらりと手を落とし、うなだれたオレにダンデの静かな声が降ってくる。
「キバナは、本当にオレのことが好きなのか?」
「ちょっとまて、オマエに告白したばかりだぞ。もう忘れたのか?それとも聞いてなかったのか?眼を開けたまま寝てたのか?今までのは寝言か?」
「全部違うぜ、落ち着けってキバナ!…ハァ、恋は盲目ってこういうことを言うのか?」
「は、どういう…」
襟首を掴まれ引き上げられた。月が突然落ちてきて、言葉の続きを塞がれた。
「誰かが決めた気持ちだって言われて嬉しいか?」
相変わらず見透かすような、それでいて挑発的な視線で、バトルを始める時のような真剣な面持ちで、迷子癖のように回りくどい言い方をする。———ようやくここでオレは、この男について酷い思い違いをしていたことに思い当たった。
いや、まさか、そんな筈は。彼が運命を否定したがっているのは。眼差しが出会った頃から今なお変わらないのは。
思わず頭を抱えて俯いて、オレはみっともなくすがりついた運命を手放して叫んだ。
「ああそうだな、運命なわけねえだろ!」
( 6 ) . 雨の日の葬送
「あー、ついに降ってきやがった」
「風邪を引いたら大変だぜリザードン。ボールに戻ろう」
突然の雨に大通りはポリエステルの花が咲いた。偶然居合わせた男二人は水を跳ね上げながら、軒下に駆け込み不揃いの肩を並べた。
「オマエって傘持たないよな」
「そういうキバナこそ」
「オレにはコータスがいるからな」
「なら何故雨宿りをしているんだ」
「たまには雨に降られるのもいいかと思ってな」
「ハハハ、なんだその言い回しは。素直にオレと喋りたかったって言えばいいだろ」
次第に雨脚は強まり、軒先は白くけぶるカーテンを引かれて喧騒と隔絶される。時折風に強くはためいては、ダンデの首元に真珠のような大粒の雨を遇らえていくので、黒いユニフォームが喪服のようだった。
「今日はトーナメントだったんだな」
「ああ!残念ながらチャンピオンにはまた負けてしまったがな」
ダンデのしとどに濡れた前髪が、ブラインドとなって彼の表情を閉じ込めた。黒いキャップの落とす影が、垂れ込めたベルベットのように揺れる。キバナが見たことのある余裕のある笑みを作る口元が、キバナがさせたことのない歪みきった形になっていた。
「悔しいな、今度の作戦は自信があったんだが力が及ばなかった」
「物理型のギルガルド、オマエにしては珍しかったな。しかも初手じゃない」
「お陰でエースは落とせたぜ!けれどそれだけじゃだめだ、まだまだ考える必要がある」
ダンデは前を見つめたまま。キバナはダンデを見下ろしたまま。ダンデの握りしめた拳は震えていた。キバナのポケットの中の拳は爪が食い込んでいた。
「ものすごく悔しいが、悔しさの方が勝つが、同時にオレは今興奮している!まだまだオレたちは強くなれる。あれほど強いチャンピオンをこの手で倒す日を思うと、エキサイトして眠れなくなることもあるんだぜ」
突如紫のブラインドが開け放たれ陽がさしこみ、キバナは縮瞳し眼を細めた。ダンデの見上げた瞳は、地平から生まれたての太陽のようにギラギラと、生命の輝きで燃えていた。
「なにせ挑むのは十歳以来だからな。懐かしさと新鮮さに満ち溢れてるんだぜ。この歳になってじっとしていられないなんてこと、経験すると思ってなかったぜ」
キバナはだんまりのまま返事をしなかった。雨が入り込んでぐずぐずになった靴で足踏みを繰り返し、凪いだ冬の海のような何もない表情で落ち着きのない爪先を見つめている。二人の沈黙を隠すように、少し和らいだ雨が優しく包み込んだ。
「そういえばキバナは何をしていたんだ?」
「……見送りだよ」
「見送り?いいのか、ここにいて」
「終わったからな」
「そうか。なら丁度いいぜ、これから一戦タワーで付き合ってくれないか?早速試したいことがあるんだ」
「試したい、ね」
既にダンデはあらぬ方向を見つめていて、くしゃりと歪んだ隣の男の顔を見落とした。貼り付いていた雨粒が男の目尻から伝い落ちていった。
それでも隣の男は肺に滞っていた気体を全て吐き出しきって、湿った空気を吹き飛ばした。雲の切れ間から差し込む晴れ間のような瞳が睨みつけた。雨に降られても燃え尽きない火種が、命尽きるまで燃え続けるリザードンの尾のような燎火が、瞳孔の奥で爆発する。
「それでオレさまとの連勝記録も途切れたって後悔するなよ。お試しなんて言わってられるのも今のうちだ」
「のぞむところだ。オレを叩き潰してみせろキバナ。ホラ、雨もやんだぜ!いこう」
いうが早いが、ダンデは草むらから飛び出すポケモンのように軒下から転がりでた。キバナの翳した掌は案の定空を切り、ダンデは十番道路を指し示す看板の横を通り抜けた。遠くなっていく背中に手を伸ばしたまま動けずにいるキバナを、バシャバシャと彼に踏まれた水たまりが嘲笑った。
「おい、そっちじゃねえよ!あとリザードンだしておけよ。また迷うぞ」
「大丈夫だって、キバナがいるだろ?」
足を止め、振り返る。キバナを捉える。そしてダンデは少年のように、花が綻ぶように笑った。その大きく咲いた金色に、目を見開いて間抜けに口を開いたキバナが閉じ込められていた。尻尾を縮こまらせたワンパチのような情けない男が映っていた。
ダンデはスタジアムに入場するようにすれ違って、ポケモンバトルを始めるときと同じく向き合った。
「こっちじゃないならあっちか?はやくこいよ、キバナ!オマエは指をくわえて見ている男じゃないはずだぜ」
歯を食いしばってから笑みを湛えチャンピオンを称えた背中ではない。真正面から向き合って、ダンデは不敵な笑みをたたえて手を拱いた。剥き身の闘争心を少年性で包んだ男は、背筋を伸ばしてキバナのことを真っ直ぐに見つめていた。
強い風が吹き抜けて、木立をざわめかせ残った雨もちらしていく。清涼に香りたつペトリコールが、雨の終わりを告げていた。
「オレさまも喪ったものばかり追いかけていないで、生まれ変わらないといけないな」
どうしようもなく溢れ落ちた言葉は、誰に届くこともなく、雨雲と共にその風に攫われた。
ついにダンデが痺れを切らし再び駆け出すと、彼の肩にしがみ付いていた雨色の真珠が耐えきれずに転がり落ちた。石レンガに叩きつけられ、廻光返照の煌めきを見せ砕け散る。
その雨の残滓を踏み躙ると、キバナは鋭い犬歯をのぞかせた。そして赤い布地を翻らせる男をめがけて、ケンタロスのように息巻いて突撃した。
「背中からでも食らいついてやるからな」
チャンピオンダンデへの憧憬は、通り雨に咲いたポリエステルの造花と共に、火葬場の煙のように消えていた。さらば、オレの―――
( 7 ) . Dent de lion
大人になろうと思った時、真っ先に浮かんだのがヒゲを伸ばすことであった。もちろんダンデとて髭を伸ばしたところで、免許証か何かのように大人として認められるわけではないと理解している。それでも早急に大人になる必要があった。否、大人に見える必要があった。
ガラルの新チャンピオンは十歳の子供である。ガラルにおけるチャンピオンはガラルの象徴であり権威であり願い星である。それが頼りない小童では困るのだ。無論実力と振る舞いでガラルの市民全員にチャンピオンとしてふさわしいと認めさせるつもりではあったが、子供であるという事実はどうあがいても覆せない。そして何より、父親の代わりになりたいと強く思っていた。他でもないホップのために、だ。
なのでシークレットブーツをはくように少しだけ大人に近付きたいのだ。何につけても大人に近づかねばはじまらない。そうして悩んだ結果、ダンデが思いうかんだのは立派な大人の男性、つまりローズだったわけである。
ローズは人格者であり、ダンデがチャンピオンになってからは精神的にも業務の方面も献身的に支えてくれている。例えばダンデと接するインタビュアーは慈善にローズとオリーブのチェックを通過したものでなければ謁見すら叶わなかったし、懇親会で不必要に絡む人間がいた場合ローズがやあやあと大げさに声を上げ自分に矛先が向くようにそれとなくそらしてくれるのだ。心ない中傷記事を載せようものならすぐにオリーブに連絡を入れて取り消させたし、誕生日にホテルでリザードンと過ごしていたらホールのケーキを土産に押し掛けたり、大人として徹底的にダンデを守ってくれたのだ。
ダンデは父親というのがよくわからないが、きっといたならばローズのような人なのだろうと思う。ローズの存在はダンデにとって心の支えになった一方で、何やら後ろめたい気分にさせた。ホップには父親がいないのに、父親を知らないのに、自分ばかりが父親の代わりを得ているのである。彼の預かり知らぬところで甘いケーキをたらふく食べているような、具合の悪さを覚えたのである。
だからダンデは大人になろうと決めた。ダンデにとって大人とは、正しく子供を守り導ける存在。チャンピオンとしてふさわしい存在、憧れ、ダンデが目指したいと思う姿。それがまさしくローズであった。
そしてローズといえばやっぱりヒゲなのだ。あの髪型でもいいのだが、あいにくスポンサー契約で髪型は勝手に変えてはいけないことになっている。というわけで、ダンデは大人になるためにヒゲをはやしたいと願ったのだ。
念願のヒゲが生えてきたのは十五になって間も無くだった。最初は無精髭を剃り忘れたと勘違いされてスタイリストやオリーブに何度か剃られてしまったが、ローズのようなヒゲをはやしたいのだと訴えたらあっさり許可を貰えた。せっかくなのでローズのヒゲを真似ながら、威勢のいいヒゲにしようと考えた。そうして一昼夜考えて「牙」の形に決めた。勇猛なる獅子の牙、ダンデライオン。それがあつらえた様にぴったりなような気がした。
牙の形にヒゲを揃えたら、昔より勇ましくなっただとか、威厳がでたとか、チャンピオンらしい風格がでただの褒めそやされるようになった。ローズも「うんうん、よくにあってますよ」とニコニコ頷いてくれたし、ホップにも「アニキ、強そうだぞ!かっこいいぞ!」と感想をいただけてダンデは誇らしい自分であった。これで年嵩は足りずとも立派なチャンピオンと父親もすこしは務まるだろう。もっとも、ダンデ自身が強そうに見えてもダンデが戦うわけではないので、実のところその感想にあまり意味はないが。
ところがたった一人このヒゲを嫌うものがいた。このところジムリーダーに就任したばかりのキバナという男である。ダンデのライバルであり、気のおけない友人であり、時代の寵児と叫ばれる実力者だ。そんな彼がトーナメントの決勝戦で向かい合い、ダンデのヒゲを見るなり顔を歪めて、
『似合いもしねえもんつけるなよ』
と言い捨てたのである。キバナは人当たりがよく親切で、勝負の時だけすこし威圧的になるが性根は優しい男である。そんな彼がこんな口ぶりをするのは初めて聞いた。思わずダンデは驚いて聞き返していた。
『そんなに似合わないか?』
『ああ、似合わないね。オレさまが勝ったらその似合わねえもん剃り落としてやるから覚悟しろよ』
そんなことを宣って彼はボールを構えた。結局この試合もダンデの勝利に終わったのだが、キバナはいつにない気迫で鍔迫り合いを繰り広げ、彼が負けた時にはスクリーンに映っていることも忘れていっそ見苦しい程に悔しがっていた。何もかも喰らい尽くしてやるとばかりの強い視線でダンデを睨みつけた。
『来年必ず、再びここに立ってやる、首と似合わねえヒゲを洗ってまっていやがれ』
ヒゲに対してあまりに不条理であるし子供のような言い草であったが、何故だろうか。ダンデはその言葉と表情に胸が躍り、そしてほんの僅かではあるが、どこか安心したのだ。
「ダンデ、起きられるか」
肩を揺らされ意識が覚醒する。瞬きを何度かしてピントを合わせると、キバナがベッドに手をつく格好でダンデを覗き込んでいた。
随分と懐かしい夢をみた。あれから数年。ライバルである事とヒゲだけは今もかわらないが、正しい大人であったローズはいなくなってしまったし、ダンデは背伸びしなくても大人になり、チャンピオンで無くなった。そしてキバナとは気のおけない友人ではなくなっていた。
「おはよう、ダンデ」
「………キバナか、おはよう」
「身体は大丈夫か?服はそこにあるからな」
「………ああ」
休みだからといってすこしだらけすぎている気はするが、酷使された腰が怠いしまだ眠い。もそもそと子供のように眼を擦るダンデを、キバナは愛おしげに見下ろしていたが、ふと気になるものを見つけて手を伸ばした。指先が顎を捕まえて右へ左へと傾け検分し、それから顎先を何度もなぞった。その間ダンデはぼんやりとされるがままだった。
「まだらになってるの、初めてみたな」
「……誰だって生えるだろ、珍しいもんじゃないぜ」
「フフ、確かにな」
嬉しそうにキバナは何度も芽吹いたばかりのそれをチクチクといじめていた。
「……似合わないか?」
「いいや、よく似合ってるよ」
キバナは目尻を下げて柔らかいふわふわの笑みを浮かべた。ぼやっとそれを見つめていたら彼の顔が落ちてきて、唇を塞がれる。朝、そして寝起きにするには些か濃厚なものをお見舞いされて、ダンデは身を捩りキバナの腕を掴んだ。鼻にかかった呻き声が溢れた。
満足したのかキバナが口を解放すると、透明の橋が二人の間にかかり、それからプツリと崩落した。
「目ェ醒めたか?食事にしようぜ。昨日仕込んだニワトコのジャムができてるから楽しみにしてろよ」
ヒゲに張り付いた橋の残骸を指でぬぐい、それから額にも口付けを落とし、キバナはリビングへ去っていった。やっと明瞭になった意識が嗅覚を稼働させる。香ばしいパンと芳しいコーヒーの匂いがした。
これは随分甘やかされているなと、ダンデは誰も見ていないのに両手で顔を覆ってしまった。無防備な蒲公英の頬を赤く彩り浮き上がる、ダンデのキバ。ダンデライオン。
( 8 ) . 真剣勝負
※人を選びそうな内容なのでどんなオチでも許せる方向け。
今日のキバナの腕は白い。死と生を永遠を閉じ込めようとしたミイラのように、彼の腕には大袈裟に包帯が巻きついている。
「よおキバナ、大丈夫か!見舞いに来るのが遅くなってすまない。なかなか仕事をあけられなくて」
ついでに言えば左足も白い。事故で左腕と右足を折ってしまい、キバナは目下入院中だ。血のように赤い服をかっちり着込んだ来訪者に、つまらなそうに窓の外の曇空を見つめていたキバナの顔が晴れた。
「災難だったな、土砂崩れにあうだなんて。でも命に別状はないときいてな、先にキミがきいた声の調査とジム業務の引継ぎや処理を優先させてもらったぜ。……前にキミが欲しがってた本を持ってきたんだが…」
赤い服の男、ダンデは勝手知ったると言わんばかりに、キバナに断りなくスツールに腰をかけると苦笑いを浮かべた。スバメのような長いテイルが床に垂れて引きずられた。
「もう退院が近いだろ?ちょっと来るのが遅すぎたぜ。いま渡しても退院の手荷物が増えるだけだな。キミの家かジムに送ろうと思うんだが、どっちがいい?」
「今持ってるんならくれよ、オマエが帰ったあとによむからさ」
キバナはニコニコと笑みを崩さないまま、手を差し出して子供のように強請った。そのうち一方はギプスで固められ、その中身は見えはしなかったがきっと左腕と同じように手を開いて求めていただろう。
ダンデから与えられるものは、本だって下手な料理だって勝負の剣呑な目線だって、きっと勝負中につけられた傷だって、なんだって彼は嬉しいのだ。
ダンデはキバナの飢えた魚のような食いつきっぷりに、ほんの少したじろいだ。
数日前のことだ。キバナはワイルドエリアでキャンプ中、人の呻くような苦しげな声を聞いた。軽薄な若者のように見えて、キバナは実直な男である。誰かがどこかで大変な目にあっているのに放ったり逃げたりするような男ではなかったので、彼はキャンプをポケモンにまかせてその声の主人を探し、うっかり崖下に迷い込んだ。
開いた獣の口のようにえぐれた崖は、先日の雨で緩んでいたのもあり、通りすがりのキバナを待っていたように崩落した。肉食獣が食らいつくように、鼻先から崩れて無防備なキバナを飲み込んだ。
運の悪い話だ。土砂崩れの規模の割にキバナの怪我は程度が軽く、二週間ほどの入院で済みそうだ。あの現場にはキバナより二回りも大きな岩もあり、あれがキバナの上に転がっていれば、きっと彼はひとたまりもなかったはずなのだ。
「そうだ、声の主なんだがな。土砂をあらかた退けたが見つからなかったぜ。他も捜索したが行方不明の届けも遭難者も見当たらなかった」
「そうか、じゃあオレさまの聞き間違いだったんだろうな。大方ポケモンの声を勘違いしたんだろうよ。オレ以外誰もひどい目にあってないならよかったよ」
キバナはにこにこ機嫌が良さそうだったが、ダンデはキバナの白い腕をじっと見下ろしては、眉間のしわを増やしていく。
「派手に骨折したもんだな、痛むか?少し元気がないように見えるぜ」
「元気がないっていうか…さっさと退院してえんだ。なんかオレさまツイてねえのかなあ、階段から踏み外しそうになるし、庭に出れば上から色々落ちてくるしよ。どうも居心地が悪いっていうかさ……」
キバナの晴れやかな笑顔がみるみるうちに曇っていった。蒼空のような瞳が俯き、白いシーツがうつりこむ。その表情に、言葉に、すこしどきりとした。
「いや、すまねえ、本音を言うとな。…看護師の姉ちゃんと顔あわし辛くて。この年になってオムツをはかされたんだぜ?この足じゃ夜催してもいけませんからねって看護師の姉ちゃんに笑顔で差し出されて……オレさまもうこの病院に二度とかかれねえよ……かかりたくねえよ……」
後半はシーツに吸い込まれて不明瞭だった。突っ伏したキバナの頭が小刻みに震えている。そんなキバナに、ダンデは容赦のない一撃をぶつけた。
「今もはいてるのか?」
「なんでそんな興味津々にきくんだよ!はいてねえよ!オレの尊厳のために必死にリハビリしました!」
がばりと身を起こしくわっとキバナは牙をむいた。目尻を吊り上げ鋭い歯をむき出しにして、彼なりの威嚇のつもりのようだが、照れが頬に赤みを残している。怖いどころか可愛らしいな、と笑ってしまった。
キバナが心配しなくとも二度とここに掛からせるつもりはない。ダンデは周囲をきょろきょろと見渡した。
「そんな恥ずかしがらなくたって、医療従事者は慣れっこだぜ。気にすることはない。…ところで部屋の隅にいる大きなバケッチャは慰問の?」
「そう、ポケジョブで派遣されてきたみたいだ。人懐っこくてかわいいんだ」
「……なるほどな。外にいたココガラもきっとそうだ、バッジをつけてたんだ。やけにポケモンが多いと思ったぜ!こんなにポケモンと触れ合えるなんて、いい病院じゃないか。オレも入院するならこういうところがいいな」
「縁起でもねえこと言うなよ。たしかにこの病院は色んなポケモンがいてそこは見飽きねえな。タブンネ、サーナイト、ゴチルゼル。ミブリムやマホイップ、一番人気のキテルグマもな。力仕事もできるし、見た目が可愛らしいから子供も喜ぶんだ。ウチも書類整理にポケジョブ頼んで手伝って貰おうかね」
キバナは丁度廊下を通りかかったニンフィアをしげしげと見つめながら、後半はダンデに向けたものではなかったようで独り言のように頷いた。ニンフィアの首から下げた名札がネックレスのようにきらりと輝いた。
キバナはキテルグマを人気者と称したが、本当の人気者は彼の方だ。女性の看護師は挙って彼の担当をしたがるし、子供たちは憧れのジムリーダーに興味津々。ポケモンたちだって温厚でポケモンに等しく優しい彼の側は、ひだまりのように心地がいいようで、落ちた甘いチョコレートに群がる虫のように次々と誰かが彼に集る。
本当に失敗した。彼はどこにいってもモテるのだ。そう思ったのと同時に、からからと車椅子を押した女性の看護師が病室にやってきた。
「キバナさーん、…わっ、すみません!ダンデさんいらっしゃってたんですね!」
ミュージカルのように浮かれた足取りをびしりと正し、兵隊のようにびしりと畏る。赤い軍服のような礼装を翻して、ダンデは徐に立ち上がった。
「おう、お邪魔してるぜ!」
「ああごめんなさい、これからキバナさんのレントゲンを撮りにいってしまうんですけども大丈夫ですか?」
「もちろんだとも!オレもそろそろ帰るところだったんだ、この後勝負が一件あってな」
「えっ、そうだったのか?」
その言葉に反応をしたのはキバナの方だった。わかりやすく眉を下げて、尾を垂れたワンパチのようにあからさまな寂寞を浮かべる。そんな顔はしないでほしい、自分はいつだってそばにいるのに。
「慌ただしくてすまないな、見送りくらいはさせてくれ」
「あらあら…ダンデさんもお忙しいとは思いますが、お体にはお気をつけてくださいね」
「ああ、気をつけるぜ!」
「ダンデ、退院したらタワーに顔出すから首を洗って待ってろよ!水入らずの真剣勝負だ」
車椅子に乗せられながら、びしりとキバナは指を突きつけた。彼らしからぬ行儀の悪い行いに、ダンデは目を丸くしていたけれども、ああ、待っているぜ、返り討ちにしてやると豪快に笑い飛ばした。
キバナが扉の向こうに消えて、まもなくダンデの笑顔も消えた。ひなたのような瞳を凍てつかせ、まるで無機質のような何もかも削ぎ落とした冷め切った表情で、ぐるりと部屋を見渡した。そして目的のものを見つけると、ダンデは
「キミもキバナのことが好きなんだな」
人影があたりを包み込む。陰った顔には何の表情も浮かんでいないが、金の瞳が闇夜に浮かぶ月のようだった。
「全部キミの仕業なんだろ?キバナは気付いていなかったみたいだが、派遣されたポケモンには腕章やバッジ、首掛けの名札…どこの誰のポケモンかしめす証が、必ずついてるんだぜ。キミはポケジョブの子じゃないね?……だめだぜ、キバナを連れて行ったら」
そう言われても困ってしまう。好きな人は連れていきたいものなのだ。このかぼちゃに見合う特別大きくて優しい人は、ガラルをどんなに探したっていやしない。
「……オレはどんな勝負でも全力をつくすぜ、たとえ相手が誰でもな」
ダンデはにい、と少し歪な笑みを浮かべた。三日月のように歯をみせて、けれども瞳はこれっぽっちも笑っていない。真剣勝負の最中の表情。
ああ、本当にキバナはモテるのだなと思った。しかも特別厄介なやつに。
( 9 ) . 恋文
※死ネタ注意
オレがこのご時世に筆を取ったのは他でもない、どうしてもこの気持ちを手紙にしたかったからだ。ひとつ誤解しないでほしいんだが、決して紙の方が風情があるだとか趣を重視したわけじゃないぜ。オレは便利で簡単なものの方が好きだし、第一オレがそんな柄に見えるか?オレが情緒皆無のあまりに包装紙をビリビリに引き裂いて、少しは丁寧に扱ったらどうなんだと呆れていたのはキミの方だっただろう。
それでも手紙を選んだ理由はとても単純だぜ。コイツをキミの棺に入れようと思っていたんだ。キミへの想いを綴ったスマートフォンを捧げてもオレは構わないんだが、火葬の温度じゃ基盤が残ってしまうだろ?オレは全部持っていってほしいからね、燃え残らない紙の方が都合がいいんだ。
なんて悪趣味な手紙だと怒るかもな。後であったときに存分に怒ってくれ。そもそもキミだって悪いんだぜ。だって、このところ随分具合が悪いじゃないか。溌剌としたキミはどこへいった?ポケモンと何処までも走り続ける翼のような覇気はどこへ消えた?何かに夢中になると猫背になるが、普段ぴんと張ったキミの背筋が好きだったんだぜ。しなやかな曲線を描く、アスリートも顔負けの筋肉を付けた脹脛が眩しかったんだぜ。今のキミときたらその背中はシーツに隠されていることが多いし、脹脛から肉は失われて骨と皮ばかりだったじゃないか。それでいて大丈夫、すぐ治るって言われて、だれが信じると思うか?本当はキミの口から真実をききたかったが、オレはキミの家族でもなんでもないので、こうやってデスクの前でキミの病状についてアレコレと身勝手な妄想を膨らますしかないんだぜ。このくらいの意趣返しは受け入れてほしいぜ。
しまったな、キミへの小言ばかりになってしまった。歳を取ったのがバレてしまうな!おそらくもうじきキミが歳を取らなくなるのに、オレはますます老けるなんて、なんというか実感が湧かないな。どうか天国で会ったときによぼよぼの爺さんだって笑わないでくれよ。ますますオレは衰える一方だというのに、キミは写真のままずっとかわらないだなんてな。本当にずるいな、キミは。
話が逸れてしまった。ようするにキミの余命が幾ばくもないことを勝手に感じ取って、このままでいることが色々惜しくなったんだ。
結局キミは一度もオレに勝てなかったが、そのキミに勝ち逃げされることがどんなに悔しいことか、この期に及んで初めて分かった気がするぜ。いいや、勝負事ではないんだが、オレの人生は果たしてこれでよかったのかと思い至ってな。がむしゃらに生きてきた時にはそんなことを考えなかったし、その都度ポケモン勝負と同じく最善手を考え抜いて選んだと思っているぜ。けれども佳境を過ぎ去り、決着がつく段階になって、あの時ああいう選択もあったんじゃないかと考えてしまうんだ。オレがチャンピオンでなくなったあの日のようにな。あの日も控え室のベンチで、オレは長く項垂れていた。あの時ああしていれば。こうしていれば。そうすれば無様に負けることもなかったかもしれない。オレはまだチャンピオンでいられたかもしれない。その前のローズのことだってそうだ。彼はガラルが好きだったから、あんな横暴にはでないだろうと、ガラルの人がいかに最終トーナメントを楽しみしているか、ガラルの人のためを思っているあなただからこそと、情に訴えたつもりだったが。そうじゃなくてもっと彼の言い分に耳を傾けて、向き合って……いいや、この話はやめようか。キミは神父でもないし、オレは迷えるウールーでもない。迷子になる癖はあるけどな!
いや、やっぱり懺悔かもしれないな。結局のところ、この手紙を都合のいい告解室にしているんだ。とにかく、オレは今初めて自分の人生は正しかったのかという疑問を抱いている。バカバカしいとキミは笑うかもしれないが、走っていた人生を立ち止まって振り返ってみたら、真っ直ぐ走っているようであちこちに蛇行していて、前ばかり見ていて、足元にある大切なものを見落としてしまった気がしたんだ。そしてその見失ってしまったかもしれないものというのは、他ならぬキミのことなんだ。
そう、オレはキミが好きだ。愛している。知ってたか?もしかしたら知っていたかもしれないな。なにせキミの方が色事には強いからな!キミに直接伝えることも考えたよ、でも若い時のオレはこう考えた。キミに以前、恋人を作らないのかと尋ねたことは覚えているか?その時、恋愛をしているよりもオレと勝負をする方が楽しいから作るつもりはないって、キミは笑って答えたんだぜ。今でも思い出せるぜ、二人でキャンプをして、焚き木に当たりながら星を見上げていたときの話だ。あの時のキミはいっとう美しかった。満点の星空の下、オレンジ色に照らされて浮き上がった優しいキミの顔が、たまらなく好きだった。そしてキミのその言葉がオレにとって、どれほど嬉しいことだったか、同時にどれほど寂しいことだったか、キミは知らないだろうな。けれども恋は叶わなくても、オレがキミの、そしてキミがオレの最高の存在であり続ければ、ずっとそばにいられるなら、恋とかわりやしないし、そもそもオレだって勝負が一番好きなのだから、それでいいと思った。ずっとそのままでいようと思った。恋は叶わなくても、実際に叶ったも同然だと思ったんだ。少なくともオレは、とても幸せだった。
だが実際はどうだ?キミが身体を病んで病院に閉じこもりがちになって、会うことがめっきり減った。オーナーになったばかりの頃とは全く逆だぜ。オレがタワーに引きこもって仕事をしていると、そんな箱詰めになってたら腐ってしまうと外に連れ出して、飯を食わされたからな。あの時オレに寝ているか、食事はとっているかと心配したキミが、今度はオレに飯は食ったかよく寝ているかと心配されている。おっと、また話がそれてしまったぜ。キミのことを考えると、キャンプで眺めた星空よりもたくさんの思い出が浮かんできて、ついつい天体観測をしているみたいに書き込んでしまうな。話を戻そう。
オレは部外者だから、病室を時々閉め出される。家族だったらもっと長くいられたんだろう。家族だったらキミの病気のついてきけたんだろう。オレがそのままでいいと思っていたツケが、決断が、巡り巡ってこんなふうにオレとキミに線を引く。
キミが好きだと伝えていれば、今はその扉の向こう側に立てたんだろうか。キミがガラルから旅立つその瞬間、キミの手を握りしめることができたんだろうか。キミの抱える苦しみを、分かち合えたんだろうか。オレはおろかにも、キミの何もかもを知っている気になっていた。ポケモン勝負でいつもいつも手の内を読んでいたのだから、日常もきっとそうなんだと信じ切っていた。こんな歳になるまで気がつかないだなんて、まだまだオレも甘いな。そうして若さにかまけてオレは大事な選択肢を間違えてしまったのではと、今更ながら思い当たったってわけだぜ。
でも、もう遅すぎた。オレが控え室でいくら後悔したって、あの試合を勝った事にはできない。オレが今更人生に悔いたところで、キミとの関係が変わることはない。今生きているキミに伝えたら、命あるキミの後悔と苦しみが増えるだけだ。だからキミの骨を燃やす時に、一緒にオレの気持ちを持っていってくれ。正真正銘オレしかしらない、キミへのラブレターってやつだぜ。天国に持っていって、よんでくれ。キミが本当に、好きなんだぜ。
返事はいらないぜ!ヨボヨボの老人になったオレがキミの前に現れたその時は、またポケモン勝負をしてくれ。まっていてくれ。
ダンデより
馬鹿だな、正直に伝えりゃよかったのに。
———水でも垂らしたのか、少し紙に縒れた痕跡がある。
( 10 ) . たとえ全てがとけて消えても
※ムゲンダイナの一件がトラウマになっちゃってるキバナ×件の後遺症で記憶が一日しか持たなくなってしまったダンデ
※二人は付き合ってません
※ダンデの身体に怪我が残っちゃってる描写があります
※全体的に暗いです
※書きかけのままです すみません
たとえ全てが溶けて消えても
「いいかダンデ、よく落ち着いて聞け。まずホップとチャレンジャーは無事だ。ムゲンダイナはあの子が捕獲した。少し家屋の被害は出たが、各地ジムの尽力もあって人的な被害は出ていない。ただ一人オマエを除いてな」
キバナがこの説明をした回数は、ゆうに三十回をこえているらしい。らしい、というのは、ダンデはたった今キバナからそのことを聞かされたばかりだったからだ。
さきほど目が覚めたダンデは見覚えのない寝室にいた。やや広いベッドのシーツの感触は柔らかで滑らかで、薬品の匂いも無機質な白い壁でもない。誰かのステッキがヘッドボードに立てかけられてはいたが、他の人間の喋る声やカートが走る音もせず、時折風の来訪を告げる僅かなカーテンの揺れ以外静かなものだった。ここが病室ではないということはわかるが、ここがどこなのか、今どうしてここにいるのか、ダンデには見当もつかなかった。窓から差し込む日差しは穏やかで長閑なのに、最後の審判を迎え世界が鈍い金色の終焉の最中にいるように、いっそう不気味に目に映った。
「安心しろ、チャンピオンシップはオマエの身体の回復を待ってしっかり最後まで開催されたよ。今のオマエは記憶が一日しか持たないから覚えちゃいないだろうが、あのチャレンジャーと戦って………負けた。だからオマエはもうチャンピオンじゃない。今は療養期間中だ、他のことは気にしなくていい」
ダンデが起きてすぐにリザードンとともに部屋に入ってきた———というより、おそらくはダンデが起きたことに気づいたから部屋にきたと思われる———キバナは、そういったふつふつと沸き起こるダンデの疑問と不安を、一つ一つ拾い上げて潰していった。あの日なにがあったか。ダンデの身に起きたこと、順序立ててゆっくり落ち着いて、染み込ませるように説明していった。
あの日ダンデはムゲンダイナの攻撃を正面から受けて昏倒し、しばしの間意識を失うほどひどい怪我を負ったらしい。本当に命が危ぶまれるほどだったが、なんとか一命は取り留めた。
しかし割れた硝子の細かな破片をうしなってしまうように、あるいはなんとか継ぎ接ぎのガラスのコップに水を注いでもひびからこぼれ落ちていってしまうように、傷が深すぎて全てが元どおりとはいかなかった。そのうちの一つが、ダンデの記憶だった。頭に受けた傷のせいで、ムゲンダイナの一件から先におきた記憶を一日しか保持できなくなってしまった。起きている間は覚えていられるのだが、ひとたびダンデが眠りにつくと少し古いコンピュータのように、記憶の保存が行われないままシャットダウンしてしまう。最後に記憶が保存されたムゲンダイナの事件の日まで、全ての記憶が巻き戻ってしまう。
信じられない話だが、それが今ダンデの身に起きていることらしい。キバナは丁寧に、しかしどこか機械的に、平坦な声でそう説明してくれた。キバナは事務的な話し方ではあったが、ダンデの目に映らないよういつものパーカーの影に隠したその手が、力を込めすぎて陶器のように指先が白くなっていたことをダンデは見逃さなかった。
「大体こんなところだな。気分は平気か、ダンデ」
キバナが顔を覗き込む。いつものパーカーの下に紺色のユニフォームを身につけているのが見えた。キバナは変わらないのに、ダンデは変わってしまったのだという。
正直な話、ダンデは突飛すぎて現実を飲み込めずにいた。あの戦いの最中に偶然時渡りにのみまれて、突然未来に連れてこられたと言ってくれた方がまだ納得できた。ここは本当にダンデの生きている世界なんだろうか。ムゲンダイナとの対峙から二ヶ月以上経っていて、記憶は一日ごとにリセットされる上に、おまけに自分は既にチャンピオンではなくなっているだなんて。
リザードンが頭を擦り付けてくる。加減なしのスキンシップに、寝癖のついていた髪がよけいに飛び跳ね逆立ち乱れて、ダンデは頭にも心にもサンドパンのトゲが生えた気分だった。
「信じがたい話だな。でも、オマエが言うならそうなんだろうな」
「まあ、ウソに聞こえるよな。オレがオマエの立場だったら同じことを思うよ。だからコイツをもってきた」
そう言ってキバナはペンとノートを手渡してきた。革でできた表紙にはダンデのよく知る会社のロゴと、今から一月ほど前の日付が刻印されている。わざわざこのために特注したらしい。
「日記?兼、備忘録か」
「そうだ。筆跡をみればわかると思うが、これはダンデ、オマエがみずから書いたものだ。毎日記憶をなくしてしまうから、コイツがオマエの海馬代わりなんだとさ」
表紙をめくると、今日のダンデに当てた
「キバナ、この説明は毎日繰り返してるんだよな?」
「ん?まあ、そりゃ……」
「これをオレに伝えることはあまり気持ちの良いことじゃないだろう。このノートに書いておくから大丈夫だぜ」
ローズの行末も、自分がチャンピオンでなくなったことも、そして毎日記憶が消えることも、正直ショックを受けていないといえば嘘になる。自分の生き方が自らの意思ではなくねじ曲げられ途絶する、今まであったものが、これからもあると信じていたものが崩れ落ちていく。ダンデは絶望や挫折をしたことがなかったが、おそらくこの感覚がそれに近いのだろうと思った。自分に培われていたものが失われて、自分がガラスのように透明になっていくような悪寒。
まるで無間地獄だ。底無しの穴に墜落して、気持ちの悪い冷え切った浮遊感が背筋にはり付いている。
察しのいいキバナのことだ。表面上だけ落ち着いているダンデのことなどとうにお見通しだろう。キバナの言葉で少なからず傷ついているなど、毎日のようにダンデを起こしに来るのだからわかりきっている。毎朝キバナは望まぬ傷をダンデにつける。
だからやらなくていいと伝えたつもりだったのに、どういうわけかキバナは途方にくれた顔をした。時間の流れに置いてかれたダンデより、キバナの方がよっぽど置いてかれた子供の顔をしていた。
「……それ、三度目だな。三度言ったら一ページ目に書き足す。そういうルールだ」
「それもオレが提案したのか?」
「ああ。オレは何度繰り返したって構わないって伝えたんだけどな、オレさまに気をつかわせたくないんだと!なあダンデ、オレさまがいいと言っているんだ。それじゃダメか?それ以上の理由がいるか?」
キバナはやれやれと肩を竦めた。それ以上はきかなくとも、キバナの言いたい言葉がわかっていた。ようするにダンデが危惧するまでもなく、キバナは望んで真実を伝えているらしい。伝える苦痛に拳を握りしめていたというのに彼は自ら苦しみを背負う選択をする。
「なるほどな。で、何と書き足すんだ?」
「そうだなぁ、"キバナから必ず説明をうけること"かな。それ書き終わったら食事にしよう」
ダンデはノートにまた一つルールを書きこみながら、サンドパンみたいだなと考えていた。互いに傷つけたくないのに、二人は背に生えたトゲで傷つけ合うしかない。
☐ - - - - -
…月…日
この日記を見返した自分へ。話を聞いて驚いたことだろう。正直受け入れ難いだろう。だがキバナの語ることは真実だ、そもそもキバナがあんな悪趣味な嘘をつかないことは、オレのことだからよくわかっているだろう。だからどうにか受け入れてくれ。記憶が長く残らないオレには、時間があまりないんだ。
つまりそれは、オレがムゲンダイナにもその後のチャンピオンシップでも敗北し、
☐ - - - - -
ダンデがベッドから起き上がったところで、キバナの説明でも信じ難かった現実が一気に押し寄せてきた。
ムゲンダイナの一件で神経と腱を傷つけてしまったらしい脚がぎしぎしと悲鳴をあげたのだ。ダンデの右足はゴム長靴にでもなったみたいだ。感覚が鈍くて、おまけに足をつくたびにぴりぴりと神経が捩れる。自分の脚だというのに膝から先が誰かから借りてきたように動かせない。ノートに書いてあった「右足は前ほど動かないのでいつもの調子で立ち上がろうとすると転ぶ」とはこういうことか。実感できなかった現実が、鈍く感触のうすい足の神経を通じてどくのように滲んでいく。
そんなダンデの様子をみていたキバナが、リザードンに立てかけたステッキを持つようにお願いをした。そうか、あのステッキは自分のものだったのだとぼんやり考えていると、不意にダンデの脇と膝の裏に腕がさしこまれた。
ふわっと身体が浮き上がり、背中が暖かな浮遊感につつまれる。キバナの顔が一気に近づいてダンデはぎょっとした。これではまるきり老人だ、あるいは深窓のお姫様。
「キバナ、オレは歩けるぜ!?」
「オレに時間がないんだ、もう仕事にいかなきゃいけなくてさ。少しの時間でも一緒に食事がしたい。ホラ、首に腕を回せよ」
そう殊更にいわれてしまえばダンデに返す言葉はない。やむなくキバナに従うと、彼はこの状況に不似合いなやわらかい笑みを浮かべた。キバナより小さいとは言え、ダンデは普通の男よりも大きい上に身体を鍛えているから重たいはずなのに、涼しげな顔で抱えている。そのまま一度も足を使うことはなく顔を洗わされ、ダイニングに連れ込まれることになった。近づくにつれてコーヒーの香りが強くなる。
小さなマナーハウスを買い取ったのだろうか。クリーム色のストライプの壁に、絢爛な透彫の施された小さな暖炉があった。高い天井まで届く大きな窓が取り付けられて、外に青々とした芝生、家からそう離れていない位置にぽつんと寂しげな一本のサイプレス、その根元に白いテーブルセットが並べられいた。
眩しいほどに青い空から降り注ぐ、白く清涼な陽光を取り込んで、部屋は暖かな日向と緑の気配に満ちあふれていた。
その部屋の中央に、少し背の低めのテーブルとアンティーク調のアームチェアが鎮座していて、テーブルの上にはマグカップと皿がいくつかカトラリーと一緒に並んでいる。チャンピオンせいかつの地続きで今尚ホテルの朝の中に立っているのではと錯覚させた。
そこにダンデは座らされた。むかいに座ったキバナは、テーブルの上に長い足の膝小僧が窮屈そうに突き出ている。もっと大きなテーブルとチェアにすればよかったんじゃないかと絨毯を踏み締め口を少し開いたところで、この重心が低くどっしりと構えた椅子たちはダンデのために誂えたのだということに気がついた。ぴり、と痛みでダンデを諫めた足が、何よりの答えだった。
キバナは何も言わずに目を細めてダンデを見つめている。リザードンはステッキを立てかけると、機嫌がよさそうにぐるると小さな唸りを上げてダンデの隣に並んだ。ポケモンたちを連れて、キバナとどこか遠くに人生の休暇に来ている、そんな静かで緩やかで、厭世的な空間。
「すまないなダンデ」
キバナには聞きたいことがまだまだ沢山あったが、彼は仕事があるからと食事をかきこむと慌ただしく家を飛び出していってしまった。昔ダンデの早食いを「もう少し落ち着いて食えよ、料理が勿体無いだろ」と呆れ返ったあのキバナが、ダンデとの時間ために、まともに味わうこともなく胃の中に食事を流し込んでいた。このバターの芳醇な味が広がるふわふわのスクランブルエッグだって、カフェに負けない出来栄えだなと伝えたかったのに、それを言う間も無く出て行ってしまった。
以前キバナとどの専用フードが栄養があっていいと話をしたことを覚えていたらしい。リザードンのお気に入りのメーカーの食事も用意されていて、彼も美味しそうに平らげていた。警戒心が人一倍強いあのリザードンがこの生活に、この見知らぬ家に何も違和感を持っていない。
ダンデはそんなリザードンを見つめながら、キバナの代わりに時間をかけて食事を口に運ぶ。こんなにゆっくり食べたのはいつ以来だろう、チャンピオンでいる間は多忙でどうしても落ち着いて食べられなかった。自分が知らないだけでたった昨日ぶりかもしれないが。ゆっくり食べたせいかすぐに腹一杯になってしまったが、キバナのつくったスクランブルエッグはささやかなしあわせの味がした。
☐ - - - - -
…月…日
どうしてオレがキバナと暮らしているのか、その理由について尋ねたがキバナは頑なに答えてくれなかった。
ただ凡そ察しはついている。毎朝記憶をなくしてムゲンダイナと対峙した時間に巻き戻るオレを見ることは、ホップや母、祖父や祖母にとってどれほど精神的な負担をかけるか想像に難くない。それに足もまだ動かしづらいので、オレの介護のいる場面もあるだろう。成人男性であるキバナであればその点多少無理がきく。精神的な面は………どうしようもない気がするが。家族よりキバナの方が打たれ強いと言えば、そうかもしれない。
でもやっぱり、なんでキバナと一緒に暮らしているんだろうな。キバナに迷惑をかけるくらいならハウスヘルパーを雇えばいいと思うんだが。まあ、答えないということはキバナにも何かしら事情があるんだろう。オレができることといえば、早く自立してキバナから卒業できるように、毎日模索していくことだけだ。ライバルに頼ってばかりというのは情けない。
オレは昨日のキバナを知らないから想像で書くが、今日のキバナも
そうだ、明日以降のオレよ。キバナに必ひつよう以上の迷惑をかけないためにも、一つ一つ自分のことは自分でできるようにしていってほしい。ちなみに今日のオレは洗濯を初めて…いや、初めてじゃないかもしれないが、とにかく今のオレははじめてそれをやったんだが、洗剤を入れすぎたみたいで今シーツの匂いがすごくきつい。分量はかくにんしたほうがいいぜ!
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ひとしきりノートを読んでわかったことが一つある。いまのダンデは本当に全ての世俗から切り離されているようなのだ。スマホはロトムごと見当たらないし、ここにはリザードンとキバナの他はやせいのポケモン以外見当たらない。この辺鄙な場所にある家で療養している最中で、どうしてかキバナが住み込んでめんどうを見てくれているようだった。
家族ではなくキバナに頼んだ理由はわからないが、ノートにも書いてあったことであるし、キバナがいいというならそれでとりあえず今はよしとしよう。とにかく、ここでダンデはこの隠居をした老兵の隠れ家のようなこの場所で、砕け散った元の生活を掻き集めて元通りにしようとしていた。
食事を終えて食器を片付けて、ダンデはノートに従い家の外にある畑に向かった。リザードンに畑はどこにあるんだとたずねれば、毎日きかれなれているのだろう、棚から小さな籠を二つ取り出して、ダンデがうまく歩けないのを見越してゆっくりと、腕を引いて案内してくれた。
扉の外には庭園が広がっていた。柵の代わりにダンデの背丈より高くそびえる、シデの垣根が裏庭の敷地をぐるりと囲い込み、クロッカスやブルーベル、薄い紫を基調にした数多の花々が壁のように迫っていた。花蜜を集めるアブリーやバタフリーの羽ばたく音、ココガラやマメパトの呟く声、どこからか聞こえるせせらぎと、木々が風で擦れ合う騒めきを除けば静かなものだった。
秘められたこの庭園にいると、世界から閉ざされているような気がする。ポケモンと人間はキバナとダンデの二人きりだけの、ガラスのすいそうに閉じ込められた箱庭のようだ。小さくて、完璧で、美しくて、どこか歪な造られた世界。そんな馬鹿馬鹿しい考えが浮かんで、ダンデは手で振り払った。
少し長い芝生に靴の裏を突かれながらリザードンの背を追うと、黄色の藤のアーチの先に目的の小さなポタジェがみえた。日当たりを気にしてか、こちらのかきねは牧草地を仕切るへッジローのように背が低く、ラズベリーやバラなど様々な灌木が絡まり合って生垣を編み上げていた。だから遠くまでよく見渡せて、木々の切れ目から第一鉱山らしき山脈と雲すら見当たらない、青色の無のような空が広がっているのまではっきりと見通せた。
肝心のポタジェといえば、中央には掛け流しの水汲み場が設置されて、その周囲にはいくつかの畑が木組みに仕切られ連なっていた。素朴ながらも所々気品を感じるえほんの挿絵のような畑だった。なんとなく、ダンデはこの家を買ったのは自分でも、この家このばしょを選んだのはキバナのような気がした。
「がう!」
「リザードン、案内サンキューだぜ。にしても、ハロンの家でもこんな畑あったな。こんな立派な水汲み場は流石になかったが、ちょっと懐かしいぜ」
畑仕事をさいごにしたのはもう十年以上前だ。ジムチャレンジをする前、牧草地の近くにある畑でトマトやとうもろこしを育ててよく手伝いに駆り出された。大体は街へ出荷されたりウールーの飼料になったが幾分かは食卓に並ぶので、夏になればその水水しくて甘い野菜が楽しみで仕方がなくて、収穫まであと何日くらいだと指折り数えていたものだ。
懐かしい、とは思ったものの、きっとこれを思い出したのはきのうぶりに違いない。そういえば畑仕事のやり方は母や祖父母に教えられたが、幼い頃何か本を読んで学んだような気もする。現に、実家では育てていなかったはずのハーブ類の世話の仕方を知っている。昨日以前のダンデは、このこたえにはたどり着いたのだろうか。
カモミールは花を、ミントは葉を。身をかがめてつまんでいく。足がびりびりとひめいを上げる。今収穫できるということは、リザードンは他の畑にある野菜を狙ってやってきたサッチムシを追い払っている。長閑すぎる。土の匂いで息が詰まる。
体は鍛えていたはずだった。だというのに、ダンデが畑仕事を終える頃にはくたくたに疲れ切っていた。全身水分をふくんだタオルのようにじっとり重く、日差しがじりじりと服越しに肌を焼いて汗が噴き出た。カカシのように立っていたリザードンがぎゅあ、と合図の声を上げた。帰ろうということらしい。ミントとカモミールの籠はリザードンが手に取って、先陣切って帰り道を誘導してくれた。
採ったハーブを干して、かわりに干してあったハーブを瓶に詰めて。畑仕事でついた汗と土を流そうとダンデはシャワールームに向かって、そこで言葉を失った。がらすの中から、服を脱いだ見知らぬ男が呆然とこちらを見つめていたからだ。
ダンデが手を伸ばすと、男も一緒に手を伸ばす。やがて寸分のずれもなくぴたりとてのひらが重なった。背筋まで体温を奪うような、冷たい無機質な手に触れた。
「オレだっていうのか、コレが」
火傷で皮膚の捩れた痕や、縫い目ばかりのつぎはぎの皮膚はまだいい。目はどこか陰り、ポケモンたちと鍛えた身体はどこにいったのか萎みきって、鮮やかではりのあった髪は枯れ草のように力なく項垂れていた。威厳と自信に溢れ輝くチャンピオンは、キバナの最高のライバルは見る影もなくなっていた。そこにいたのはどこか貧相でみすぼらしい、傷だらけで曇った硝子のような男だった。
「確かにこんなんじゃキバナも心配するな」
鏡の中のダンデがすこしいびつに笑った。いつのまにやら笑うのも下手になっている。いったい記憶のない二ヶ月でなにがあったのだろうか。いや、昨日やその前の自分だってこの姿を知ったはずだ。ダンデが、いや、キバナだってそのままにするはずがない。
ひとつ言えることは。ぐ、っと鏡の中の情けない己を睨み付ける。
ダンデはこのままではいけないということだ。身体も、どこか輝きのない目も元に戻さなくてはいけない。前の通りとはいかなくとも、キバナとライバルであり続けたい。ガラルの未来を楽しみにしたい。またポケモン勝負がしたい。
☐ - - - - -
…月…日
これを書いているのはちょうど就寝する前なので、もうまもなく今日のオレは消える。今日はキバナの帰宅が遅いからこんなじかんまで日記をかけているんだ。このこと、アイツには内緒だぜ!
窓からすこしかけた月が見えるんだが、オレはこいつが朝に溶けるところも、この後太陽がのぼるところも知ることはできない。今日あったことを忘れるということは、明日を知ることができないということは、今日を生きたオレの人格も死ぬという意味なんだろうな。オレはそれが少し怖い。ムゲンダイナと立ち向かった時、もしかしたら死ぬかもしれないという覚悟はあった。でもそれを恐れたり怖いとは思っていなかった。それはオレだから、この日記を読むオレが一番わかっているよな?
だがキバナがまだ帰ってこない、ポケモンたちも寝ついてだれもいない寝室にいると、それがとても怖く感じる。消えた今日のオレの人格はいったいどこにいくんだ?明日、今日を覚えていないオレがいるだなんて想像がつかない。
この日記を読み返していたが、なんだかいままでの消えたオレたちの遺書のようだと思っていたら眠れなくなってしまった。まったく情けない話だぜ。こんなことを考えるのは今日のオレだけでいい。
あしたより先のオレに伝えたい。怯える必要はない。記憶が消えてもオレが死ぬわけじゃない、単なる錯覚だ。ここに書かれていることは遺書じゃない、みんなオマエの一部で生きてるぜ!もし、またねむれなくなりそうな夜が来たら読みかえしてくれ。
(追記)
あのあとすぐにキバナが帰ってきて、オレの夜更かしがばれて叱られた。眠れないんだとしょうじきに伝えたら、キバナはくしゃくしゃに顔をゆがませて、オレを抱きしめてくれた。こんな顔をさせるくらいなら寝たふりでもした方がいいかもしれない、と思ったところでキバナに「眠れない日があったら絶対にオレさまに言え、絶対になんとかするから」と釘をさされてしまった。多分これも三回目だったんだろう、いつものページにつけたされた。
明日から必ず眠れるようにするから、今日はオレさまとこいつで我慢してくれと薬を差し出された。いつ処方したんだろうな。しんこくな病気じゃないのにな。キバナはすこし過保護で大袈裟だ。…いや、オレがそれだけ弱って見えたってことだよな。アイツはそもそも優しいし、だからこんなに心配するんだろうぜ。
今日のオレは見ることができないが、明日一緒に試合をみに行こうとさそわれた。羨ましいな、明日のオレ!しっかり日記に書き留めてくれよ。あとは今日のオレをきれいさっぱり忘れてくれ!
最後に。すまないキバナ。謝らせてくれ。なにも関係のないキミに迷惑をかけていることもだが、実はキミとの生活がちょっと幸せなんだ。こんな穏やかで優しい時間があったことをオレはしらなかった。本を読んでる間隣にキミの体温があったり、オレがキミをみつめていると気付いて笑いかけてくれたり。忘れろと書いたそばからかくのも難だは明日のオレがこれをおぼえていないのは、すこしざんねんだな。
そろそろじかんぎれだ。なんだかねむくなってきて、これいじょうかけそうにない。
☐ - - - - -
ディスプレイを消さずにダンデはソファからたちあがった。今は誰もいないので、なんとなく人のこえがしたほうがおちつくきがした。キッチンにも届くほど音量をあげて、ダンデはやる気をみなぎらせた。テレビの中ではダンデも知ってるジムリーダーが、てがるにできるレシピの紹介をしていた。
キバナが朝食を用意してくれるのであれば、自分は夕食を用意しよう。何もかもキバナのせわになっているわけにはいかない。なによりキバナの作った料理がとてもおいしかったので、自分もおなじものを返したいと思ったのだ。
なのでダンデは自分の昼食でまずは試そうとした。だがこのダンデという男はチャンピオン生活の弊害でほとんどホテル暮らしであったし、たまに実家に帰れば母が手料理でむかえてくれたので、食事などそもそも十年いじょう作ったおぼえがない。かろうじてチャレンジャー時代にカレーを作った覚えがあるが、あれもほとんどソニアに手伝ってもらってできたものだ。
そんな初心者がいきなり料理をつくるなど、ましてやキバナのまねをしてリザードン級を目指そうというのも、どだいむりな話であった。まず包丁を使う時点でおぼつかず、やさいを刻むのだけでもずいぶんじかんがかかった。塩と胡椒の「適量」がどの程度か分からずかけすぎたし、火が少し強すぎたのか表面だけこげついて中はなまやけ、カレーならまちがいなくドガース級だ。
一口味見をしてすぐに後悔した。こんなものをキバナには食べさせられない。ダンデは皿に乗ったえたいのしれない料理を見下ろして、思わず顔をおおった。
これはダメだ、美味しいものになれたキバナが卒倒する。今日のところは夕食づくりをあきらめよう。デリカやマーケットの出店でもいい、キバナに帰りがてらかってきてもらおう。
それに今はふなれかもしれないが、作るうちに慣れるだろう。ダンデが本来にちかい生活をとりもどすにはまだまだ時間がかかりそうだし、そのうち料理だってできるようになるはずだ。
ダンデはそうかんがえて、料理ならざる黒いものの皿を手に取ったところで、ふとシンクのよこ、冷蔵庫の側面におびただしい量のふせんがはってあることに気がついた。
こんなもの、りょうりをする前にあっただろうか。その付箋はなかったきがするが。ひとつはがして手にとって、ぱっと脳裏でせつぞくのわるい電気がついたみたいにそのシーンがよみがえった。初心者むけの料理のつくりかたをしらべて、そのコツをふせんにかきこんでべたべたと冷蔵庫にはりつけるダンデのすがたがあった。
付箋には、「適量は指で摘んだくらい。足りなければたせばいいぜ!」とかかれている。
「………ちょっとまってくれ、そんなはずは」
どうして。まだ、記憶がきえるタイミングじゃないはずだ。記憶がきえるのは、ねむりにおちるときのはずだ。ほんの数十分前の出来事すらおぼえていないなんて、そんな、そんなはずは。
鼓動が早くなる。血流のめぐるスピードがあがる。息があがって、冷たい空気が身体中になだれこんで指先がかじかむ。
どうしてなんの根拠もなく、かわっていけると思っていたのだろう。これからなれればいいだなんて、なにをのんきなことを。いちにち一度記憶が消えてしまうというのに、それどころか数十分前のことも覚えていなかったというのに。ダンデの無意味だった努力のかけらが冷蔵庫にはりついている。
そうだ。いくら今日の自分が、明日の自分が、その先の自分が頑張ったところで、その経験が蓄積することはない。ひびわれたガラスのように、穴のあいた袋のように、今日のきおくはすべてこぼれおちてきえる。
あしもとから透明になって、とけていく。ゆうれいみたいに。すり抜けてなにものこらない、じぶんの中に。
記憶が保持できない、ということはそういうことだ。ダンデのじかんは進むことがない、同じときを彷徨いつづける。あさおきて、ホップとあのチャレンジャーのすがたをさがして。ローズとムゲンダイナのゆくすえをあんじて。
そのくりかえし。ダンデにみらいなどありはしない。
リビングからスピーカーごしのキバナのこえがきこえる。おそらく放送がデイゲームにきりかわったのだ。窓の外でサイプレスがわずかにゆれている。なにも音がしない。リザードンはずっと家にいたらなまるから、外であそんでおいでと声をかけたので、いまはだれもいない。ひとりきり。たったひとり。みちはない。
これからもきっと、そのくりかえし。
「……きばな」
唇からすがるようになまえがこぼれ落ちていた。虫のようにふらふらとひきよせられて、キバナのうつるディスプレイをみる。オフシーズンのエキシビジョン、ヤロー対キバナのデイゲーム。キバナがコートに姿をあらわすと、われんばかりの大声援がとどろいた。キバナは手を振ってファンの応援にこたえている。カメラに向かって、ダンデにむかって手をふっている。照明が網膜をやきそうなほど、かがやいている。
キバナ。こんなダンデのそばにいてくれて、幸せと救いと希望を与えてくれる男。ホップのために、かぞくのために、かれのためにと思えば力がみるみるみなぎった、けれど。ダンデは変わることができない。かわりたくてもかわれない。よるの間だけ姿をみせる月のように、ひとたびあさをむかえれば記憶はあかつきにとけてきえる。とけてしまうダンデには、かのうせいがない。いつまで?たぶん、ダンデがいきているかぎり、ずっと。
「オレは一生、キバナの枷になるつもりか?」
こうしてキバナをダンデのじんせいにしばりつけて、キバナのすべてをまきぞえにするつもりか。
ダンデははじめて、絶望と恐怖をはっきりとじかくした。薄いガラスの上にあるにちじょうは、いつわれても、キバナといっしょにまっさかさまになっても、おかしくはなかった。
☐ - - - - -
…月…日
連絡手段があってよかった。むかしオレがムゲンダイナとたたかったきおくのまま実家にれんらくをなんども取るものだから、スマホロトムはいま手元にないのだが、かわりに最低限の通信機能をそなえたタブレットがあるんだ。リビングに本棚があっただろ、あの棚にしまってあるから必要に応じて未来のオレはつかうといいぜ。
それはともかくだ。オレは料理をしようとしてうまくいかなかったので、キバナにそのことをほうこくした。夕食をつくることはオレにはできないから、すまないがなにか買ってきてほしいと頼んだ。そうしたらどうなったと思う?帰ってくるなりオレにだきついてきて「ありがとう!」って言ったんだ。
オレはなにもしてないのにだぜ?なにがなんだ?ってきいたら、「つくってくれようとしたことが本当にうれしい」って、こっちが幸せになりそうな笑顔をうかべたんだ。結局夕飯はキバナがマーケットで買ってきたハンバーガーをたべたんだが、いまあんなのあるんだな。ガラルでカレーがはやってるからってカレー味のかってきたんだぜ。全部はたべきれる量ではなかったので、さいしょに半分にきることにしたんだが、外にうかんでる半月みたいにきれいにまっぷたつにできたんだ。ちょっとずつは包丁さばき、体がおぼえてうまくなっているといいんだがな。
それにしてもあんな顔してもらえるなら、またりょうりにチャレンジしなきゃな。キバナもこんどはいっしょに作ろうと約束してくれた。
たとえわすれてしまうとしても、いつかキバナがとなりにいなくなっても、この日記にすこしでもこの喜びがのこればいいとおもう。
……さいきん、記憶がわをかけてあやふやだ。ときどきオレはいまどこに立っているかわからなくなる。フラッシュバックのように突然あの日にひきもどされて、なぜここにいるのかわからなくなる。ムゲンダイナがくちをあけてこっちをみているんだ。とっくになおったはずのきずが幻肢痛みたいにいたむんだ。キバナにたのんでふせんを増やした方がいいだろう。それもへや中にだ。
おしつぶされそうになるときもある。息の仕方をわすれそうになるときもある。でもあきらめるなよオレ。ポケモンやひとにはむげんの可能性があるんだ、オレにだってあるはずだぜ。そうじゃなければ、(ここは黒く塗りつぶされていてよむことができない)
(追記)
今日のにっきを書こうとしたらすでにかいてあった。いつかいたのかおぼえていない。オレの記憶が保つきかんが短くなっているかもしれない。
みらいのオレへ。一にちいちどの日記ではなく、思ったことがあればすぐかいたほうがいいぜ。かこのオレからのアドバイスだ!ぜったいに、あきらめるな。
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ふくらはぎに親指がくいこむ。足首から膝に向けててのひら全体でぐっとおしあげられる。指先が、てのひらが、たびたびじぶんの肌に沈む様子を、ダンデはひとり寝にはひろいベッドの真ん中に座り込んでみつめていた。
毎晩キバナが甲斐甲斐しくも、足の機能改善と血流の滞りをなくす揉撚をほどこしているらしい。ダンデは今日しか知らないので、それが本当なのかはたしかめるすべが無いが、とにかく毎日しているのだとキバナはおしえてくれた。
キバナをライバルでも友人でもなく報酬を払わずにただばたらきのどれいに貶めているみたいで、少なくとも今日のダンデにとってその行為は少し苦手だった。
それに眠くなってしまう。ねてしまったら今日の自分がきえてしまうというのに。キバナの温かな手にふれられて、感覚が鈍くなってしまった足を摩擦されていると、そこからぜんしんに毒のようにあたためられた血がめぐって、うとうといしきを飛ばしそうになってしまう。
ダンデは紐を通して肩からかけたノート———このところきおくがとんでしまうことがたたあるので、どこにでももちあるけるようにとキバナがつけたらしい———を緩慢にひらいた。今日あったことがいくつかメモのように書き込まれていたが、ほんじつの総まとめである日記はまだかいていないようだった。なまりのようにおもたいまぶたを必死にこじあけて、ダンデはキバナにお礼をつたえた。
「キバナ、サンキューだぜ。疲れてるところすまないな、おかげでさっきより動かしやすいぜ!」
じっさい、足は施術まえよりかるくかんじていた。膝から下は笛でもふかないとおきないカビゴンのように———ダンデはカビゴンになったことはないので、このたとえがただしいかはわからないが———感覚にどんかんで石を踏んでもきづかないほどだったのだが、いまはキバナのゆびの位置がぼんやりではあるが熱源と感触でわかる。
ダンデはキバナから足を取り戻すと、ベッドの下にある靴を探すべくのぞき込もうとした。のだが、のびてきたキバナの腕に胴体を絡めとられてしまい、遮られてしまった。
「どうした?なにか欲しいものでもあるのか?」
「水を飲もうと思って。それと、リビングに読みかけの本を置いてきたのを思い出した」
残念ながら本は今日中に読まないと続きを覚えていられないので、一日でよみきるひつようがあった。せっかくソニアやマグノリア博士があたらしいはっけんをしても、それをすみずみまで読み切ってかたりあうこともできないのだ。こうなってしまったものはしかたがないとなっとくしていたが、そればかりは残念だった。
かわりに今までチャンピオンの職務におわれ、よむ機会のなかったミステリーなどごらく小説に挑戦したのだ。そのけつまつをどうしてもみとどけたかったので、ダンデはその小さな忘れものをとりにいきたかった。だというのに。
「キバナ、離してくれ。これじゃとりにいけないぜ」
「オレがとってくるよ、ダンデは待ってな」
「そのくらいオレがするぜ、何もかもキバナの世話になるわけには……」
「いいから。ここにいて」
いいかたそのものはあまくやさしくて、まるで恋人に言い聞かせているようであったが、どこか有無を言わせず従わせるようなつよさがあった。おもわずたじろいで口を噤んでしまうと、キバナはそれを勝手に了承ととらえてそそくさとベッドをおりてしまった。ほどなくしてかれはトレーにのせたグラスとボトル、それと読みかけの本をてにもってゆうのうな従者のように戻ってきた。
「はいよ、ダンデ。それと水」
「サンキューだぜ、何から何まですまないな」
「いいっていいって、オレさまがやりたくてやてんだ気にすんな。あ、オマエ靴をはいて、全く」
サイドテーブルにトレーを置いて、せっかく見つけ出した靴を脱がせていく。まるで淑女をダンスに誘うようにひざまづいて、よくできた執事のように手際よくとりはらわれてしまった。
身をかがめるキバナを見下ろしながら、ダンデは遠いむかし、くつひもがほどけなくて母がしかたないわねとわらいながらほどいてくれたことをおもいだしていた。うまく靴が脱げずにめちゃくちゃに引っ張って紐がかたくひきむすばれてしまって、このままじゃ足に靴がひっついたいっしょうこのまま剥がれないのではと泣きながら母にすがりついたのだ。
もうだだをこねるこどもじゃないのにぬがされている。おとななのに脱がされている。無性にとても恥ずかしいことをキバナにさせているような気がして、急激に頬にちがのぼってきた。熱をもってくらくらする。ダンデは火照ったかおを冷ますために、グラスのなかみをのみほした。
いったいじぶんは何をしているんだろうか。くつひものようにあたまのなかでこんがらがっている。そもそもどうしてここにいるんだ?どうしてキバナとここにいるんだ。ああちがう、そうだ、療養中だったんだ。ええと、遠くの別荘で。
キバナはぬがせた靴をベッドの端にならべると、ぼんやりしているダンデにうやうやしく手をさしだした。あまりに優雅でしぜんなしぐさだったので、本当にダンスに誘われるのかとあっけにとられたがすぐに合点がいった。空になったグラスを手渡すと、にかっとわらってトレーにもどしてくれた。あさ出してくれたコーヒーをおもいだすような笑顔。
キバナがよこならびにベッドへ腰をかける。それからこいびとのようにそっとダンデのふとももに手をおいた。
しかし親密なスキンシップに見せかけて、やさしげなふりをしてその実、キバナの手はすこしこわばっている。ダンデが勝手にどこかであるいてしまわないかと、ワイヤートラップのようにぴんと神経を張り警戒している。いまここでダンデがたちあがろうとすれば、たちまち目をつりあげて鳴子のように小言をまくしたて、ベッドの中にとじこめようとするに違いない。
ダンデはこっそり息をついた。わかっている、先週の検査の結果があまり芳しくなかったのだ。今日の昼、定期けんしんに訪れた医者からまるで赤点をとったできのわるい生徒をまえにしているかのように、眉間にシワをよせてせんこくされた。血液もないぞうのすうちもちょっとよくないですね、と。ちょっと、という言葉が医者にとって最大限のはいりょであったことは、彼がつたえる前にことばにしそこねた唸り声をあげていたことからもうかがえる。そしてダンデほんにんよりも、キバナのほうが気をやんでいた。
「なあキバナ、昔オレがドサイドンと特訓中に生身で技を受けて腕を折った話をしたの、覚えてるか?あれも全治三ヶ月と言われたが二ヶ月で治ったんだぜ!」
「ああ、その話覚えてるよ。ついでにファイナルトーナメントでリザードンポーズをしたせいで、骨折をよけいに悪化させていたこともな」
「ハハハ、そっちは忘れてくれてよかったんだぜ」
「あいにくオレさま、記憶力がいいものでして」
「だったらオレが頑丈だってことも覚えてるんじゃないか?なあキバナ、オレは繊細で病弱なお姫様じゃないんだぜ」
ダンデは療養のみではあるが、もともとからだを鍛えていてひといちばんじょうぶなのだ。件のこっせつの一件いがい、病院にせわになったことなど一度もなかった。今はまだ調子がでなくても、きっとじきによくなる。
だからこんな、キバナがかしずく必要はどこにもない。キバナはダンデのライバルだ、執事でも、従者でも、家族でも、恋人でもない。
かぞくでも、こいびとでも。エスプレッソが胃から滴っているような苦味が喉にせりあがる。胃液のようにのどをやく。
「たしかに数値は少しよろしくなかったみたいだけどな!でもそんな心配しなくたって、なにからなにもしなくたってオレだぜ、すぐによくなるさ。足だってじきに、オマエの手を借りなくたってまっすぐ歩けるようになるぜ」
どうしてそんなかなしそうなかおをするのだろうか。どうしてつらそうなかおをするのだろうか。なにかまたたいせつなことを忘れてしまったのだろうか。
胸のおくがくるしくなる。バラバラになった記憶が、ガラスのはへんのようにむねにつきささる。
「オレはそんな頼りないか?」
———チャンピオンではなくなってしまったから?
けしきがかわる。くつをはいてちゃいろのいしだたみのうえにたっている。むらさきいろのそらのしたにたっている。ボールがゆれている。うしろにあのこたちがたっている。
そうだ、まもらなければ。あのこたちをまもらなければ、ガラルをまもらなければ、チャンピオンなのだから。ローズをとめられなかったのだから。そう、たとえ、このみが———
「それは違う、ダンデ」
こえがしてきゅうにせかいがひっぱられた。ずるりとかわがむけるように視界が切り替わって、きがついたらキバナのうでの中にいた。鼻先がキバナのかたい胸にぶつかってすこし痛い。
石畳も不気味に揺れるボールも存在しなかった。あるのは顔を押し付けられて視界一面に広がるパーカーの黒、優しい闇。
「オマエはいつだって、最強で最高の、立派なライバルだよ」
背中にうでがまわる。キバナがぐいぐいダンデを押し込めようとするので、しかたなくダンデはこいびとのように頬をかれのむねに預けた。なにもいわず、ゆっくりとめをとじる。布越しにあたたかな血潮がめぐるおとがする。力強くみゃくをうつ生のあかし。
キバナのゆびがこめかみをくすぐった。おおきな指が髪のねもとにふれるたび、熱が伝播していく気がした。その燃えるような体温で、からだの内側に突き刺さったガラスのかけらが融解していくようなきがした。
「……もうオマエが少し元気になったらバトルしようぜ。スタジアムには連れて行けねえが、あの庭のサイプレスを超えた先にコートがあるんだ。ジャッジもいない非公式の試合になるがオマエの無敗記録、終わらせてやる!」
「オレの無敗記録はとっくに終わってるぜ?記憶力がいいのに忘れたのか?」
キバナの不思議ないいまわしに、ダンデは顔を上げた。キバナのくるしそうな表情はもう消えていた、豪放磊落でときどきどこか不遜で、けれども優しくきづかいのできる好青年のすがたにもどっていた。ダンデの中にあったわずかな不安を連れて、姿を消していた。
「何言ってんだ、オレさまはまだオマエを倒してねえぞ。勝ち逃げなんて許さねえからな!」
「ハハハ、キバナがそこまでいうなら受けて立つぜ。オレの無敗記録を更新してやるか」
「いったなダンデ!」
キバナは挑発的にめをつりあげて、このやろう、とめずらしく乱暴にほえた。ダンデを抱えたままベッドにもつれこむ、万華鏡のようにめまぐるしくめにうつるものがかわる。晴空のような目がばちりとあって、二人で大笑いしながら勝負だと子供のようにじゃれつきあった。ああ、幸せだなとダンデは思った。思ってしまった。
やさしいキバナはくつをはいたまま。シーツをよごさないようにはみだしたまま。
いつかのくつひものようにダンデとからみあっている。ダンデはおとなになったのに、その手でほどくことができない。
———キバナはいつも前向きで一直線だ。決して目標をみうしなわない。決して諦めたりしない。オレも同じだ、あきらめたりはしない。オマエをオレにいつまでもしばりつけはしない。優しさにつけ込んで従者のように、執事のように、あるいは恋のように、従わせたりなどしない。
しかしもとにもどることをのぞんでいるのに、最高のライバルにもどりたいとおもっているのに、この閉ざされた箱庭のようなせいかつのおわりをおもうと、ダンデの心はいつもひびわれてしまう。そうおもってはいけないと罪悪感がおしこめようとして、よけいにひびをひろげてしまう。
ダンデはそのこたえを、いみを知っている。けれどもさいわい、ダンデの記憶はもたないのだ。しんじつにたどりついたとしても、あしたがすべてを忘れてさせてくれる。よみかけのあのほんのように、結末をわすれられる。
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…月…日
オレにとってはあの日曜日の続きなので今日は月曜日くらいの感覚なんだが、今日は木曜日なんだそうだ。木曜日には定期検診で医者が来るから、きびきびと行動した方がいいぜ!じゃないとキバナが時間を口実にあれこれ世話を焼くんだ。
ムゲンダイナの一戦で熱線を浴びたせいで、どうもオレの内臓もダメージをおっているらしい。そんでもってあまり結果もよくなかったものだからキバナが随分とオレを心配しているんだ。オレはあまり不調の実感はないんだけどな。
というわけですまないが、薬をたくさんだされてしまった。明日以降のオレにむけてアドバイスをしておくと、薬は噛み砕いたらダメだ、苦いぜ!できるだけ舌のおくのほうにのせて、ひとまずそいつの存在を忘れるんだ。つまらないことで落ち込んだとき、いつもオレがそのことを忘れようと切り離したのと一緒だ。それから一気に水を流し込む!これで完璧にのめるぜ。覚えておくといい!
オレは今日しかしらないから、オレの病状や記憶の状況がよくなっているのかそうじゃないのかわからない。本当は悪くなっているのかもしれない。キバナの表情がどうも暗いきがするんだ。今日もずいぶん気をつかわせてしまった、医者にあったあとは最近巷で人気だという映画をみせてくれたし、夕食はワイルドエリアの気分だとか言って外でカレーを食べたんだ。サイプレスの下のテーブルでな。半月もとうにすぎていたせいで、明かりには足りないからっていってランプラー型の灯りも引っ張り出して。十数年ぶりにキャンプをしたみたいでたのしかったぜ!
つい話がそれてしまった。そうしてキバナはオレを労ってくれるし、オレは間違いなく幸せ者なんだが、キバナが疲弊しているのもたしかに感じているんだ。あまりオレといることでかれが傷つくようであれば、アイツを元の場所に返してポケジョブかホームヘルパーを依頼した方がいいかもしれない。オレはアイツに笑っていてほしい。こうして介護をさせてアイツが(黒く塗りつぶされてよむことができない)、いや、これはやっぱなしだ。よくない考えは書き残すべきじゃない。今日には忘れてなくなるんだ、そっちの方がいい。
一番はオレが元気になることだな。それにはまずは体力をつけなきゃな。どうも体が衰えているきがする。だからって筋トレするとキバナが早すぎるって怒るから、アイツにバレないようにこっそりするんだぜ。
そういえばキバナが近いうちに勝負をしようっていってたぜ。これを言われたのは残念ながら就寝するすこし手前だったから、どんな戦法でいくか考えてないんだ。だから明日以降のオレはとびきりのやり方を考えてくれ。
それから今日、本を読み終えるつもりが間に合わなかったので是非とも明日は最後まで読んでくれ。グリムウッドの傑作って言えばわかるはずだぜ!
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眠れなかったので靴を一人で履いてから、ダンデはこっそり家を忍び出た。いうのことのきかない足をせいぎょしながら、ステッキで音を立てないように歩くのは想像以上なんぎしたが、なんとか無事に玄関から脱出することができた。パパラッチをかい潜るよりもキバナたちをおこさないほうが、ずっとずっと大変だった。
庭は夜と朝の境にあった。芝生の海の先にポケモン勝負用のコート、その先に黒々とそびえる森の影のむこう。橙色のインクを垂らしたように滲み広がって、水でほどける絵具のように星々がとけていく。
レンガの道を伝い、ぽつんと芝生に生えるサイプレスのねもとまでたどりつくと、ダンデは星や月の、夜のおわりをぼんやりと見上げていた。
まだ夜の体温を残したつめたいかぜがふきぬける。とおくの木々もざらりと揺れて、それはまるで寒さにふるえこずえを擦り合わせて暖をとっているようにも見えた。
サイプレスはひとりさみしく、真っすぐに立っている。寄り添う相手もなく、力強く一人ぼっちでたっている。
突然、手首をつかまれた。驚いてふりかえるとこわばった顔をしたキバナがダンデを見据えていた。寝巻きのまま、靴も履いていない。若くあかるい一等星のようにギラギラと青白く目が輝いている。
「すまない、起こしてしまったか。音は立てないように外に出たつもりだったんだが!」
キバナは何も答えない。ダンデの爪先から頭の天辺まで
「キバナ?」
「……眠れないならオレに言えって約束だったろ」
「すぐ寝るつもりだったんだぜ」
キバナはあまりダンデの言葉を信じていないようで、手を離す気配はない。それどころか益々ちからがつよくなっていっているようなきがする。
「オレさまは全く構わないから寝てたっておこせよ。ダンデ、帰ろう。あまり夜風にあたりすぎると身体が冷える」
「もう少し空を見てたいからキバナは先に戻ってくれ。道もあるし、さすがにここならオレでも迷わず帰れるぜ!」
「それならオレさまもここにいるよ、ま、たまにはいいだろ。朝焼けをみるってのも。でもあまり長くいたらだめだ」
ものすごく中途半端に書きかけ
続きは気が向いたら おしまい