金福村・四月のワークショップ『金福演習』(http://privatter.net/p/717098)に挑戦させて頂きました…!本当に遅い参加希望だったのですが、ありがとうございました!
@girigiri_fu_ton
(おまえのねがいをかなえてやる)
見上げた街頭の巨大ビジョンは、有名アーティストのライブチケット情報を流していた。
それから大型劇団の舞台、アイドルのコンサート。
自分たちより何歳も年下のまだ子供とも呼べる少女たちがカメラへ駆け寄り、自分たちが最大に可愛いと思われる笑顔で「見に来てね!」手を振っている。
それらはいくつかのCMをループで流しているのかあまりにも変わり映え無く耳障りで、しかし信号が変わるまで向かいのビルで延々繰り返されるビジョンから逃げることはできなかった。
首を曲げて反対信号の点滅はまだかとつま先を揺らす自分と反対に、福富は前を向き、ぼんやりとビジョンを見上げている。
慣れたものとはいえ、肩に下げる荷物の重みが肩に食い込む。
それを背負いなおしたところでメロディとともにようやく横断が許されると、とっととターミナルに向かうべく足を踏み出した。
――――― やっとここまで来たか。
通いなれてしまったバスターミナル。
目的のバスが寄る待合室の椅子は空いていなかった。
しかたなく隅に立つと、ちょうど対角線の角っこに時間つぶしのため置いてある小さなテレビが目に入った。
いまどきこんなところでしか見ない、小さなブラウン管テレビ。
街頭ビジョンとは打って変わって番組と番組の間の短いニュースをやっている。
何ともなし見つめてはみたが、短い時間に詰め込まれた情報に目新しいものはない。
○○県で殺人事件、××県で交通事故、未成年が…、危険ドラッグの…、特に進展も無いまま繰り返される話題に、平和だな、と金城はこぼす。
不謹慎ともとれるその言葉は、しかし彼が子供の頃から培われてきた日常に基づいて発せられたものだ。
毎日のなかにこの手のニュースは途切れることはない。
金城にとってこの不穏なもろもろも、すべて平和な日常の一旦だった。
福富の返事はない。ちょうどバスが来たので、行こう、と短く言って甲を触れさせあっていた手を引いた。
この時間のS系統のバスは酷く混んでいる。
待合室の様子から乗れることすら危ぶまれていたので立つことは別段構わなかった。
だがそのおかげで車内は二酸化炭素の濃度ばかりが上がり生温く息苦しい。
暑くないか、と小さく問えば、福富はゆるゆる首を振った。
「おまえこそ、暑くないか?」
そう言って視線は金城の頭へ。
被ってきたニット帽の下に汗をかいているのは分かっているのだろう。
少し、と苦笑した金城に伸びてきた手がニット帽の淵をなぞる。ちょうど、刺繍のあるところだった。
深い緑色のニット帽の端っこに、不似合にかわいらしくデフォルメされた蛇の刺繍。
それも福富が蛇の二つ名を持っているくせに、蛇に関係あるものを何も持ってないんだな、と不服そうに言うものだからは金城自身が縫い取ったものだった。
「それ、好きか?」
「・・・ん。」
「俺は?」
「・・・・金城、」
ちいさなからかいに福富がお得意のへの字ぐちを披露したところで、バスが幾駅目かの停車をする。
目の前でうとうとしていた客の一人がハッと目覚め、あたりを見回して立ち上がった。
すみません、降ります、通ります、すみません ―――― そう繰り返して、降り口目指して人波をかき分けていく。
金城は彼のための道を開けるためと称して福富の身体を抱き寄せた。
大きな荷物を持っていてはなおさらだろうが、同じ競技で鍛えた、ただでさえ体格のよい自分たちが人ひとり通るスペースを作るためにはしっかり体を寄せなきゃいけないのですよ、と、さも当然のように。
冬服の分厚い布地を越しても、福富の身体はひどく熱いように感じた。
本人は暑くない、と先ほど言ったが、やはり肌はうっすらと汗をかき始めているのだろう。
ターミナルにいる時より、福富の匂いが強かった。
不自然にならない程度に首筋に顔を寄せて息を吸う。金城、と咎めるように福富が名前を呼んでくる。
本当はすこしへたってきた金色の髪に鼻先を埋めたかった。
「席開いたぞ。」
「座るか?」
「一人分だ、座らない。」
「俺が座って、膝に座る?」
夕べみたいに、――― と続けようとした言葉は再び名前を呼ぶことで咎められる。
揺れに合わせてぎゅうと足を踏まれて笑ってしまった。
咎める口調には少しばかりの砂糖が溶けている。福富が最後に口にしたのがやはりアップルパイだったからか。
自分はブラックのコーヒーだった。本当に好きだな。好きだ。俺とどっちが?食べるならアップルパイ。食べられるなら ―――― ?
そんなやりとりのときも金城はテーブルの下で、目じりを染めた福富に足を踏まれたのだった。
「・・・やっとだなぁ。」
「・・・ん。」
「長かった、慣れないことだから時間がかかった。」
「・・・すまなかった、」
「いや、責めてるわけじゃないが。」
「・・・・・金城、」
「ん?」
「・・・すまない。」
「そこはありがとうって言ってくれ。」
俺はお前の願いを叶えられるのがうれしいのに。
馬鹿だな、そう言いながら今度こそ髪に鼻先を埋めてこめかみにキスをした。
福富は今度は咎めなかった。
「気分は?」
「まだ平気だ。」
金城の手が、軽く福富の腹をさする。
身体とは反対に確実に冷えてきている福富の指先を指に絡めながら。
幾度かバスが止まり、人が入れ替わって、それでも金城は福富を抱いたまま立っていた。
目的の駅は最終だから、あとはどれだけ福富のことだけを考えていたって構やしなかった。
―――――― 二時間後、金城は静岡駅にいた。
今度は一人だ。見送りが終わったのだから一人で当然だろう。
改札外に出ると風がびゅうと走って、坊主頭には少し寒かった。
福富は寒くないだろうか。ニット帽を渡してやったから、それで少し変わればいいが。
さて帰ろうかと思ったところで、どこからともなく名前を呼ばれる。
「金城ォ、」
聞き知る声だ。
だがまるで噂でしか知らない昔のかれのような、常以上に荒れた声色だった。
振り返れば、思ったよりは近くない位置に予想通りの男が立っていた。
「荒北。」
偶然だな、と答える金城に、荒北は再び「金城、」と名前を呼んで歩み寄ってくる。
荒北の言葉には「ようやっと見つけた」というひび割れそうなほど押し殺された激情がにじみ出ていた。
一歩一歩踏み出す足は、そのたびに駅の床に爪をたてているようだった。
研究室の棚から薬を盗んだのはわかりやすかっただろうか。
・・・あぁ、やはりお前の忠犬は鼻が良い。
だが遅い。友人思いで、その重いやさしさに足を取られたな。
金城は荒北のスキニージーンズに包まれた足を見やって、口元だけを歪めて笑った。
「何を見送ってたんだよ?」
「東京行きの新幹線だ。」
「・・・福ちゃんを、のせて帰る"はず"だったヤツ?」
「そうだ。」
やはり、荒北は見送った新幹線に福富が乗っていないことを知っていた。
少しの沈黙、それから血走った目をきょろと動かして言う。
「ボタン、一個取れてンぜ。」
呻るような声だった。
らしくねぇ、まるで引きちぎられたみてぇじゃねぇか。声色は少し震えている。
笑いを抑えているようでも、激昂を抑えているようでもあった。
どちらも正解だろう。
あぁ、と金城は頷く。そのちょうど無くなったボタンの位置を掴んだ愛しい男の手を思い出した。
「苦しかったのだろうか、掴まれてな。」
引かれて、最後の口付けをねだられた。
その拍子に千切れ飛んでしまったのだろうな。
「あまりに強く引かれるものだから、俺も一緒に"落ちて"しまうところだった。」
あぶない、あぶない。
「・・・新しいのはつけねぇの?」
「まさか、」
あいつが最後に触れた、この湿った土の匂いを残したシャツはこのまま洗わず取っておこうと思う。
時間をかけて通って、二人きりで穴を掘っていたのもいい思い出だ。
はは、と明るい声で笑う金城と正反対に、胸元を指した荒北の指はいつの間にか拳を形作っており、震えるそれからは血すら滴っていた。
「・・・それで?」
「それで、とは?」
わざととぼけた口調。もちろん荒北の続けたい言葉は分かっていた。
誰よりも福富を見ていた男は、あるいは現在の金城の日常の傍にいることが出来たこの男は。
自分たちの凶行を唯一止めることが出来た男なのだ。
だが、誰を、どう止めていいか分からなかったからこんなに遅くなった。
一目瞭然。俺は新幹線に『誰も乗せなかったこと』を謝りながら見送って、福富はここにはいない。
―――― 荒北は知っていたはずだ。
逢瀬のたびに声もかけず挨拶もせず行先も告げずに出かけていく自分たちに。
ロードに乗らず、不似合な大荷物を背負って出かけていく自分たちに。
その袋の中身の荷が、愛車でなく土臭いショベルであったことに。
気付いていたろう。――――― 福富が、自分の手で自分の墓穴を掘っていたことに。
福富が自分の世界からロードを失った理由を金城は知らない。
僅かに取り上げられたワイドショーも好き勝手を書き散らされた雑誌も見る気にはならなかった。
不確かなうわさなどなおのこと。
だがロードの世界から福富寿一が消えてから今日までの間に、福富が何度その願いを口にしたか。
言葉にすればたった四文字の、その簡潔な願いを金城がどれほど全力で叶えてやろうとしていたことか。
お前気づいていただろう?
じっと沈黙を生産し合って、空気が膿んでいくようだった。
まさに荒北の足元は黄色く液体化し、ぐじゅりと音を立てて崩れたのかもしれない。
ぐらりと身体を揺らがせて、荒北は絞り出した。
「お前・・・福ちゃんを、どこに埋めてきたんだヨォ・・・」
「・・・さぁ、どこだろう?」
自分で考えろ。
金城は笑い、しっかりと、その形を最後まで覚え込ますように福富を抱いていた左腕を広げて首を傾げた。
・・・・・手遅れの男は頭を抱えて咆哮した。
崩れ落ちたその後頭部を見下ろして、金城は自分たちのこれもまたあの待合室のブラウン管テレビで見た平和な出来事の一環として淡々と世に流れるのだろうなぁ、―――― と他人事に思った。
まぁ思ったところで、金城にとって大切なのはいまごろ福富が安心しておだやかに眠っているという、ただその事実だけだった。
(―――――・・・きんじょう、てつだってくれ)
(―――――・・・しにたい)
↓以下原文
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S系統のバスのなか、混雑する時間。ニット帽をかぶった二十歳過ぎぐらいの男、帽子の端には小さな蛇の刺繍が入っている。スポーツをしているのか体格は良い。客が乗り降りする。隣に立っている金髪の男に何かを囁く。金髪の男はそれを咎める。辛辣な声を出そうとしているが、どこか甘えたような口調。目の前の席があくが二人とも座らない。
二時間後、静岡駅の新幹線改札口前で、その男をまた見かける。連れの男(先程とは違う黒い髪の男である)が彼に、シャツのボタンを付けるよう言っている。男の胸元を指差し、その理由を説明する。
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