X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

ハルノヒ

全体公開 1 7012文字
2022-01-10 21:43:29

張華×文虎
現パロ

 それは本当に唐突だった。何か予兆があったわけでもない。ごくいつも通りの日常の中。なんとなく、仕事終わりの夕食を共に摂っていた時の出来事だった。
「一緒に暮らしませんか。僕の家で」
 あまりにも突然な申し出だったものだがら、文虎は口に入れる直前のパスタを危うく皿に落としかけた。が、なんとか平静を保って、フォークに巻いたパスタを一旦頬張る。
……なんですか。急に」
 それを咀嚼しきってからようやく、文虎は先の発言に反応を返した。視線は下の皿へ向けたままで、張華の顔は見なかった。
「そうでしょうか。僕達、そろそろ同棲してもいい頃合いだと思うんですけど」
「同棲って……
 文虎はあからさまに顔を顰める。その単語は、あまりにも自分に馴染みが無さすぎた。せめて、同居と言ってくれたならば、もう少し身構えずに済んだものを。
「それで、お返事は?」
 そもそも、自分たちは付き合っているのだろうか。それすらも曖昧と言えば曖昧だった。明確に、張華側から交際というワードを出されたことはなく。それは多分、煮え切らない態度を取る文虎にも原因があっただろうが。まあ、どちらにせよ恋人らしいことは一通りやってはいた。
……ウチには父が居ますから」
 淡々と文虎は答えた。だから、一緒に暮らすことはできない。という旨は、その一言で伝わっただろう。
 文虎は実家で父と二人暮らしだった。家事一切を自分が担っているのだから、文虎が居なくなれば間違いなく父は困るだろう。そう考えると、自分が実家を出るという選択肢はほぼ無いに近い。
「そうですか。残念です」
 張華もやはり淡々と、特に感情を表に出すことなく返事をした。そして、ステーキ肉を食べる作業へと戻る。それきり、その話題が出てくることはなかった。

 そんな会話をしたことすら忘れたまま、一週間ほどが過ぎた。文虎の毎日に特筆した変化はなく。今日も天気が雨であること以外、いつも通り。相変わらず、黄色い電車に乗って実家へと帰宅するだけ。
「ただいま」
「おう、おかえり」
 なんだかんだ、父は必ず文虎が帰宅するとその言葉をくれる。ただの日常ではあったが、文虎はそれを素直に幸福と思っていた。
「って、どうしたの!?その洗面器」
 居間に足を踏み入れたと同時、文虎は思わず声を荒げた。何故かちゃぶ台の上には、いつも風呂場で使用しているはずの洗面器が置かれていた。当然、奇妙に思った文虎は父に訊ねる。
「ん?ああ。雨漏りしてんだよ。ココ」
 父が答えて数秒後。天井から、ポタリと水滴が滴り落ちる。文虎が見上げれば、天井板がびっしょりと濡れていた。
「あちゃ〜。ウチももう古いからね」
 なにせ曽祖父の代からの代物で、文家は今時珍しい木造平屋である。正直、いつぶっ壊れてもおかしくはない有様だが、騙し騙し自力で修繕しつつ何とかしていた。
「そろそろ、改築した方がいいかもね」
「んなの、必要ねえって」
「もう、父さんは楽観的だなあ。こっちは毎回、台風の度に倒壊しないかとヒヤヒヤしてるんだよ」
 雨漏りなんて気にする素振りもない父に呆れて、文虎は深い溜息を吐く。それから、早速リフォームにかかる費用を調べた。善は急げである。
「げ、高っか」
 スマホでちゃちゃっと検索。提示された金額に、文虎は思わず唸った。倹約家な文虎の貯蓄はそこそこある。しかし、想定よりお金がかかることを知り、早々に文虎はリフォームを躊躇い始めた。
「とりあえず、兄さんに相談してみるかあ」
 今は実家を出ていても、兄もこの家の一員である。改築するにせよ建て直すにせよ、一旦、話を通しておいた方がいい気がした。

 という訳で、文虎は相談がてら久しぶりに兄と会う。久しぶりと言っても、数週間ぶりくらいなのであるが。離れて暮らしていても、兄弟仲の良好な文虎と文鴦の交流は、一般的兄弟よりも多い方だった。
「って、ことでさ」
「ふうん。すればいいじゃん。リフォーム」
「軽いなあ。兄さんってホント、父さん似だよね」
 ファストフード店でポテトをつまみながら、文虎は実家の件を兄に話す。予想はしていたが、兄の返答は小ざっぱりとしていた。
「でもさあ。結構、お金がかかるんだよねえ」
「金くらいオレも出してやるよ」
「だけど……
「んだよ。煮え切らねえな」
 なかなか結論を出そうとしない文虎に、兄は痺れを切らしたように文句を吐く。そして、コーラを一気飲みしてから、こう言った。
「分かった。じゃあ、こうしようぜ。あのボロ屋はぶっ壊す」
「ぶっ壊すって。建て直すって意味?」
「いいや。ぶっ壊して更地にする」
「ええ……
 改築するか、あるいは建て直すのもアリだ。そう思っていた文虎に対して、兄はとんでもない第三の選択肢を持ち出した。そんなことをしたら、父と文虎は住む場所を失う。
「いや、オレも引っ越そうかなって思ってたんだよ。今のマンションはちょい狭いからなあ」
「それとリフォームの話と、何の関係があるのさ」
「だから、ちょっと広い部屋にしてさ。オレが親父と一緒に住む」
「はあ?突然、どうしたのさ。今まで一度だって、そんなこと言わなかったのに」
 兄が一人暮らしを始めてから随分と経つが。そんな話題は一切、耳にしたことがなかった。この奔放な兄が父との同居を考えていたなんて、到底、思えなかった。ので、まず間違いなく、たった今頭に浮かんだ思い付きだろう。
「だってよ。わざわざオレに相談してくるってことはさ、止めて欲しいのかと思うじゃん?」
「そういう訳じゃ。ただ、ちゃんと兄さんにも意見を聞いておこうと……
「じゃあ、これがオレの意見だ」
「そんな、滅茶苦茶な……
 まるで、もう決定事項のように兄は言いながら、塩気のついた指をペロリと舐めた。その後で、何気なく続けた一言が、文虎にわずかな違和感を覚えさせる。
「親父がいなけりゃ、お前も自由にできるだろ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!なんでそういう話になるのさ!?」
 兄の言い方ではまるで、文虎が父を厄介者扱いしていたみたいに聞こえる。だが、そんな気持ちは一切ない。文虎はそんなつもりで、兄に相談したわけではないし、そんなこと兄も分かっていると思っていた。
「いや、だって。ずっと、親父のことお前に押し付けてばっかじゃ悪いだろって」
「そんなの別にいいよ。だったら、新しい家でまた三人で暮らせば……
「それじゃあダメだろ」
「なんでさ」
 兄の言動はどこか妙だった。やたらと弟を気遣うような物言いをするなんて、絶対におかしい。文虎の知っている兄ならば、もっと緩く適当に返事をするだけのはずだ。
……あ〜っ!!ダメだ!ダメ!!やっぱオレ、隠し事とかムリだわ」
「な、なにさ急に……
 一瞬、黙りこくったかと思えば。いきなり頭を掻きむしりながら、兄は叫び出す。その大音量に店の客の視線が集中して、文虎の方が焦った。
「実はな。こないだ、張華に訊かれたんだよ。お前が実家を離れたくねえと思ってるのか、とかなんとか〜って」
 その名が兄の口から飛び出した瞬間、文虎は全てを理解したと言っても過言ではなかった。
「何の話かよく分かんなかったけど。オレはんなことないと思うけど、ってそん時は答えたんだけどさ。今、お前にリフォームの話を持ち出されてピンときたわ」
 文虎が同居の話を断った後、張華は兄に探りを入れていたということだ。やけにあっさり引き下がったと思っていたら、やはり裏があったわけだ。胸の内で文虎は深く溜息を吐く。
「一緒に暮らさないか、と誘われたんですよね」
「聞いた聞いた」
 隠しても無意味だと悟った文虎は、正直に事の経緯を話す。元々、文虎はあまり兄に対しては隠し事をしない性分だったすし。張華がどこまで兄に話したかは定かではないが、さすがに文虎と彼との関係性までは気付いていないと思いたい。
……で、お前はどうしたいわけ?」
「どうもこうも。すぐ、断ったよ」
 だから、この話はおしまい。どんなに張華が兄に手を回して、文虎を父から離そうと画策していようと無駄なのだ。
 文虎がコーラを啜る。けれど、中身はもう空だったらしく、ズズズと虚しい音が響いただけだった。
「本当にそれでいいわけ」
「どういう意味さ。あの人に何を言われたのか知らないけど、兄さん知ってるでしょ。ボクは他人と一緒に暮らすとか苦手なの」
「すぐ気ぃ遣うもんな。お前」
 性分なのだから、仕方がない。むしろ兄が気を遣わなさすぎなだけで、文虎でなくとも、たいていの人は自分の生活空間に他人がいれば気を遣うものだ。そういう意味でも、彼と暮らすという選択は文虎にとって、考え難いことなのであった。
「そうそう。だから、父さんと兄さん以外と一緒に暮らすなんて考えられないの」
 そんな生活、考えただけでストレスが溜まってしまう。文虎は今まで通り、家族と共に暮らす方が気楽で良かった。
「でも、お前あいつに気遣ってる感じしねえけどな」
「そんなこと……
 そんなことはない。そう言いたくて、言えなかった。だって、文虎は兄に嘘なんて吐けないのだから。
 そうやって、自分に言い訳をしていただけだ。父を口実にしたりして、彼と暮らさない理由を一生懸命、探していた。だけど、本当はそんなものはなかった。
「まあ、オレはどっちでもいいけどな。別に」
 あの日、張華にどうしたいかを訊ねられて。自分の気持ちを確かめる前から、なんと断るかを考えていた。その先にある、未来を想像するのが怖かったから。だったら、このままでいいと思った。
 もう空だと知っているのに、文虎は無意識にまたストローに口をつけていた。また、ズズズと虚しい音がするだけで、喉の渇きは癒されない。仕方なく、文虎が唇を離せば、その言葉が突いて出る。
………本当にいいの?」
 兄との会話によって、目を背けていた自分の気持ちに気付いてゆく。そうしたら、なかったことになんて、もう、できない。
「おう。いい加減、一人も飽きてきたしなあ」
「そうじゃなくて、家事とかさ。父さん料理も全然できないし」
「あのな。オレだってずっと一人暮らししてんだぜ?料理くらいできるっての」
「パスタ茹でるだけとかでしょ。どうせ」
 とは言え、父のことが心配なのも文虎の本心であった。この兄に父の面倒が看られるとは到底、思えない。
「うるせえな。いいんだよ。お前はそういうこと、いちいち気にしなくて。オレも親父も子供じゃねえんだから、放っておいたって平気だって」
………
 けれど、やはり兄は兄なのだ。ここぞという時、結局、頼りになるのは常に兄だった。強引にで無茶苦茶だけれど、その言葉にいつだって文虎は背中を押されている。
「だから、お前はお前の好きにしろ」
………うん」
 力強い言葉が、文虎の迷いを振り払ってくれる。兄の言った通りかもしれない。自分は無意識に、兄に背中を押して欲しがっていたのだろうか。
 ここに来るまで、本当に文虎は彼と一緒に暮らす選択肢など考えてはいなかったのだ。そんな未来はあり得ない。自分にそう信じ込ませていたのに。
「ところで、何か変なこと吹き込まれてないよね。あの人に」
 それはそれとして、である。張華が兄に何か余計なことを言ってやしないか、というのは確認しておかなければなるまい。何故ならば、文虎の彼に対する信用度は低めだったから。
「別に。なーんも」
 特筆して、気になる発言はなかったと兄は主張した。そこに偽りがないことだけは確かだった。何せ、先ほどの通り、兄に隠し事なんてできないのだから。
……ただ、」
「ただ……?」
……いや。これは本人に聞け」
「なにさ。気になるじゃん」
 何かを言いかけて、兄は途中で言葉を切る。意味深な物言いをするものだから、文虎はその先を気にせざるを得ない。けれど、兄は頑なに教えてはくれなかった。張華が何を告げたのかを。

 そこからはあれよあれよという内に、事はトントン拍子に進んだ。兄は即決で新居を決めた。
 父は面倒臭いと最初は引っ越しを渋っていたが、部屋を見た途端に手のひらを返した。新築の3LDKマンションは確かに魅力的な物件だった。ああ見えて、兄は意外と稼いでいる。
「ここでいいのか?家まで送ってやるのに」
「大丈夫だって。荷物も少ないし」
 キャリーバッグ1つに収まった荷物を片手に、文虎は車を降りる。何も考えずに引っ越しを決めてしまったが、今は4月頭。そう、引っ越しシーズン真っ盛りである。
 おかげさまで引っ越し料金は高いし、業者の予約もいっぱい。どうせ、必要なものなど大して無い文虎は、ほぼ身一つで近場の駅まで兄の車で送ってもらうことにした。
「つーか、親父の荷物多すぎ。何が入ってんだこんなに」
 後部座席にぎっしりと詰め込まれた段ボールの山を一瞥して、兄はげんなりとする。これらは全て、これから兄の新居に搬入される父の私物であった。
「まだ、実家にも結構残ってるよ。また片付けに行かないとなあ」
 ちなみに、建て壊すなどと豪語していた実家は結局そのまま。とりあえず、残しておくことになった。なんとも、いい加減な兄らしいと言うか。
 もしかしたら、文虎がやっぱり新しい暮らしが嫌になってしまった時、戻る場所が有るように残しておいてくれたのかもしれない。そのおかげなのか、文虎の内には思いの外、不安はなかった。
「じゃあ、もう行くね」
「むしろ、近くなったからいつで会えるしなあ」
「ほんとにね」
 兄の新居は文虎の勤務地である新宿からも近く、以前よりも気軽に会えるようになった。
 別々に暮らしたところで、家族は家族である。少し寂しさはあるものの、そこまで大きく何かが変化するわけではないだろう。そんなことを考えながら、文虎は兄と別れて駅の改札をくぐった。
……ははっ。なんだか今更、緊張してきちゃった」
 駅のホームにポツンと一人立つと、不意に胸が高鳴った。それを文虎は緊張と称したが、実際は違っていたのかもしれなかった。
 ほどなくして、ホームに電車が到着する。ここから、目的地まで約30分。春の日差しが差し込む電車の中で、文虎はこの先のことを考えた。考えたのだけれど、イマイチ鮮明に想像できなくて。いつの間にか、文虎は思考を止めていた。

 もはや、見慣れた玄関口。中にはもちろん家主が居る。少し迷った挙句、文虎はいつも通り、その家のインターホンを鳴らした。
 さほど待つこともなく、目の前のドアが内側から開かれた。お馴染みの緩い微笑みが顔を覗かせて、文虎の心臓はようやく落ち着きを取り戻す。
「いらっしゃい。わざわざ、鳴らさなくても良かったのに。インターホン」
「一応、ね」
 わざわざ自宅のインターホンを鳴らす人はいない。すでにこの家の合鍵も貰っていたし。しかし、文虎にとって、此処はまだ他人の家という認識しかなかった。
「さあ、あがって。今日はご馳走を作ったんですよ」
「ははっ。まるで何かのお祝いみたいですねえ」
「ええ。記念日です」
 たかが引っ越しくらいのことを、そんな大袈裟に祝われると、文虎は少し照れ臭くなる。いつもの愛想笑いで誤魔化して中に入れば、確かに美味しそうな匂いがした。
………あ、言い忘れていました」
「なんです?」
 文虎が靴を脱ごうとしたところで、張華は大袈裟な仕草で手をポンと叩く。あたかも重要事項であるかのような顔をするものだから、文虎は一旦、靴紐を解く手を止めて身構えたくらいだ。
「おかえりなさい」
 思わず、ハッとするほど張華の声は優しくて、文虎の胸をじんわりと暖かくする。咄嗟に言葉が出てこなくて、文虎は一度、視線を足元に戻した。表情を作る猶予が欲しくて。
……ただいま」
 存外に躊躇いなく、その言葉はすんなりと口にできた。いつも父に言っていたのと、なんら遜色ない調子で。
 ああ、変わらない。何も。文虎はそう気付く。住む家が変わったくらいで狼狽えるほど、自分の日々にさしたる変化は無いと知って、文虎はようやく安堵した。何を不安に思う必要があるのか。今日から此処が、自分の帰る場所だ。
「そういえば、兄に何か言いました?」
……え、ああ。はい」
 靴を脱ぎ終えた文虎が、キャリーバックをいそいそと運んでくれる張華へふと訊ねる。兄から「本人に直接聞け」と言われたのだから、問いたださねばなるまい。正直なところ、気になってしょうがないし。
「どうせ、ロクなことじゃないでしょう」
「ふふ。それはね―――
 他に聞くものも居ない、二人で暮らすにしても充分過ぎるくらいに
広い一軒家。そこにおいて何故、耳打ちなどする必要があるのか。甚だ疑問に思いながらも、文虎は彼の囁きに耳を傾ける。
………ほら」
 張華の吐息で耳朶が熱くなる。それにしたって、熱すぎた。文虎はすぐに、己が大いに赤面していることを自覚した。
「やっぱり、ロクなことじゃなかった」
 悪態を吐いてから、文虎は張華を小突いた。非難めいた視線で彼を睨み、けれど、次の瞬間には破顔していた。だって、ほら。もう、こんなにも幸せ―――


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.