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バレンタイン了遊

全体公開 了遊 6 26 4906文字
2022-02-09 02:39:07

両片想い了遊がくっつくだけのやつ。平和。

Posted by @d9_bond

 

 失恋した。
 ──ということで二月十四日、藤木遊作はかつてないほどやさぐれていた。

 カフェナギのテーブル席でだるそうに片肘をつき、それはそれは大きなため息をつく。くだを巻く酔っ払いサラリーマンもかくやというやさぐれ具合である。
 平日のランチタイムをとうに終えて、夜まで間があることもあり客足は途切れていた。二月の戸外ということで席にいるのも遊作だけ。今日は店を草薙一人で回しており、Aiは家で留守番しているので今この場にいるのは完全にふたりだけだった。そのため遊作も彼にしては好き放題していた。
 コーヒーを持ってきた草薙が首を傾げる。
「ちゃんと本人に確かめたのか?」
「バスから通りすがりだったが、はっきり見たんだ。……あいつ、女の人と手を組んでて」
 はあ、とまた大きくため息をつくと、テーブル端に置いたシンプルなラッピングの包みを睨む。
 絶対に渡そうとか告白しようなんて思って用意したわけじゃない。そもそも会う約束もない。最近は友チョコというのも普通なのだと仁から聞き、もしかしたら渡す機会があるかもしれないと思って買っておいただけだ。
 中身はスティックの先に立方体のチョコレートが付いているもので、暖かい飲み物入れて溶かして飲む。店を見るともなしにぶらついていて偶然見つけたものだが、試飲がとてもおいしくて勢いで買ってしまった。あいつも気に入るといいななんて想像をしながら包んでもらったり、たぶん少し浮かれていた。
(そうだ。世間の空気に流されて、ちょっと浮かれてただけだ)
 遊作は自分に言い聞かせる。それに誰と付き合おうが個人の自由だし、自分が誰を好きになるのも自由だし、自由と自由がぶつかればどちらかが引くしかない。それだけのことだ。
「ため息をつくと幸せが一つ逃げるっていうぞ」
「もう逃げた」
「重傷だな」
 置かれたコーヒーをずりずり引き寄せ、遊作は包みを開けた。きれいに包装してくれた店員には申し訳なく思うが、もはや敗戦処理くらいしかすることはない。中身をひとつ取り出す。
「おいおい、いいのか? 用意したならせめて渡すくらいしたらどうなんだ」
 困ったような顔をする草薙に首を振る。
「必要ないさ」
 いいながらビニールを裂いて、もらったばかりで湯気のたつコーヒーにチョコレートを突っ込んだ。そのままぐるぐると投げやりにかき混ぜればいつものコーヒーの香りに甘いものが混じりだす。
 十分に混ざったところで口にしようとしたカフェモカはまだ熱くて、遊作は何度目か分からないため息をついた。マグを置く。草薙さんもどうだとチョコレートを差し出すがやんわり断られた。
「まあ、ゆっくりしていけ」
 そう言って遊作の頭をくしゃりとひと撫でして、草薙はバンに戻った。


 晴れた午後、二月といえど風もほとんどなくて背に当たる太陽がほんのり暖かい。
 しばし遊作は行儀悪く肘をついたまま、マグカップの湯気に顔をあててぼんやりしていた。虚無感がひどい。こういうのも慣れるものなのだろうか、と考える。慣れるものかもしれない。今までだって色々あったがなんだって乗り越えてきた。命もかからないこんな想いのあれこれなど記憶に残らぬ些事となる。たぶん、きっと。
 しつこくため息をついて手にしたマグカップを意味なく揺らした時だった。
 いらっしゃい、とちょっと控えめな草薙の声掛けに店先を見やると、今一番見たくない人間──鴻上了見の姿があった。
 遊作は目を伏せる。いつもならこの偶然をこれ幸いと飛びつくところだが、今は呪いたかった。
 さっさとこの場から逃げたいところだが、カフェモカはまだ飲み干せるほど冷めていない。テイクアウトの容器に入れてもらえばよかった、と地味な後悔をする。このまま堂々とマグカップを手に帰っても洗って返せば草薙は何も言わないだろうが、明らかに了見を避けた行動になるので難しい。あと絶対途中でこぼす。
 了見の方は遊作の事情など知る由もない。いつものようにテイクアウトを注文すると、遊作のところへやってきた。
……それは?」
 挨拶もそこそこにテーブルの包みを指して尋ねてくる。明らかにプレゼント仕様のチョコレートの包みで、今日は二月十四日。バレンタインと結びつけないわけがない。
 了見は眉をひそめた。
「もらったのか」
「誰かからチョコレートをもらうと思うのか? 俺が?」
 実のところスクールバッグには葵と仁からの友チョコが入っているし、家でAiがなんとかショコラを焼くと言っていた。そういう意味では三つあると称しても良かったかもしれないが、見栄を張る意味もない。
「思ったから聞いたんだが」
 違うのか、と了見はどこかほっとしたように呟く。それから遊作の手元に気が付いた。
「カフェモカか。チョコレート好きだとは知らなかった」
「それも違う。これは……用がなくなったから、自力で片づけていただけだ」
「なんだと?」
 信じられない、という顔で了見は言った。
……つまりお前は誰か想う相手がいて──振られてしまいそれが無用になったと」
「振られたとかはっきり言うな……!」
 正確には門前払いだ。というか当の本人のおまえがいうな。人の気も知らないで。
 言いたいことを飲み込んで遊作は、代わりに十何度目かのため息をついた。了見は自分の想いなどまったく知らないし、腹をたてるのはお門違いだ。苛立つ間は悲しまずに済みそうだけれども。
 とにかくもうこれ以上何か言われる前に片づけてしまおうと包みに手を伸ばしたが、なぜか了見がとりあげてしまった。
「おい」
 さすがに咎める口調になったが気にした様子はない。それどころか、どこかリボルバーを彷彿とさせる笑みを浮かべて取り返そうと手を伸ばす遊作から遠ざける。
「用がなくなったのなら、私がもらったところで変わりはしまい」
「それは」
 制止しようとした遊作はしかし、すぐに諦めて手を下ろした。手元のマグカップに目線を落とす。
……勝手にすればいい」
 もとより了見のために買った物だ。皮肉にすぎる形だが目的を果たしたことにはなる、良かったじゃないかと自分に言い聞かせながらスティックを意味もなくぐるぐる回す。
 了見の方は何にかは知らないが満足したようだった。袋の中身を丁寧にあらためる。
「香りがいいな」
「よく知らないが、人気みたいだ。ミルクやミルクティでも飲める」
「そうか。ありがとう、大切にいただこう」
 いやさっさと片付けてくれと遊作が投げやりに言うと、了見はそれもそうかと頷いた。
 それからなぜか向かいに座る。
 まだなにかあるのかと眉をひそめる遊作に構わず了見は遊作の手元のマグを指した。
「それが、これの中身だな?」
「ああ。それが」
 どうかしたかと、尋ねる前に了見はこれもひょいと遊作の手元から取り上げた。
「了見?」
「勝手にして良いのだろう」
 そう言って、カフェモカを口にする。
 確かに勝手にしろとは言った。言ったが普通、人が飲もうとしているものまで取り上げるか。なんだそのらしくもない暴挙はと目を白黒させている遊作に、了見はちょっと首を傾げてから、コーヒーなら自分のテイクアウト分で補填しようと付け加えた。そうじゃない。
 そうじゃないのだが。
「おいしいな」
 呟いて了見はまた、マグカップを傾ける。
……気に入ったか」
 問えば、もちろん、と微笑まれた。
「お前が市場の数多の品から探して選んだものだと思うと格別に」
「なんだそれは」
 大げさだ、と笑おうとして、でもちょっと胸が詰まって遊作は顔を伏せた。
(貰ってくれて、気に入ってくれてた。目的は果たされた。それで良かっただろう)
 そう心中で繰り返したところで、了見が言った。
「──誰かは知らないが、馬鹿な奴だな。お前を袖にするとは」
 きょとんとして了見を見る。
「何だその顔は」
「いや」
 慰めてくれたのだろうが、お前のことだと言ったらどんな顔をするだろう。こちらを窺う了見を見ながら想像したら少し面白くて、思わず笑いが漏れた。
 それを目にした了見もまた微笑して、呟いた。やっと笑ったな。

……ああ)
 ぼうっと目の前の顔を眺めながら、改めて遊作は思った。
(やっぱり、好きだな)
 叶わなかろうと他の人に気持ちがあろうと結局のところ、誰かを好ましく思う気持ちがスイッチみたいに切り替わるわけじゃない。
 ならいつまでか分からずとも、持っているしかないのだろう。

「ありがとう、了見。笑ったら少し元気が出てきた」
「それは良かった」
 だが無理はしないことだ、と続ける了見に頷く。



 用が済んだら帰るとばかり思っていた了見は、草薙から受け取った紙袋を手にしたままなぜか戻ってきた。
「このあと予定はあるか?」
「帰るだけだ」
 塞いでいた気持ちも、用を果たせなかったはずの物も了見にすべて持っていかれてしまったので文字通り何もない。
「私も空いている。お前の気晴らしに付き合うくらいはできるが、どうだ」
 思いがけない提案に、遊作は眉をひそめた。
「俺は構わないが……こういう日に彼女を放っておくのは良くないんじゃないか」
「彼女?」
 何の話だ、と不思議そうに聞き返される。
「今日はバレンタインだろ」
 遊作も首を傾げた。
「デートか何か知らないが、今朝女の人と一緒にいたのを見た。バス通りのところで。……ずいぶんと親しそうだったが」
「ああ──あれか」
 ようやく思い当たったようで、了見は口の端を上げた。
「あの近くに歩道橋があるだろう」
「? あるな」
「今朝は所用で出ていたのだが、たまたま彼女が我々の目の前で階段で足を滑らせて落ちてしまった。足を挫いていたから、手を貸して休めそうな場所へ連れて行っただけだ」
「その人は大丈夫だったのか?」
「パンドールが見たところ骨に異常はなかった。家が近かったおかげで家族がすぐに駆けつけたし、問題ないだろう」
「そうか」
 他人事ながら良かったと胸をなでおろし、それからはたと気づく。了見はなんと言った。我々?
「そもそもプライベートな用ならばスペクターやパンドールを連れ歩く必要もない」
……いた、か?」
「いたが」
「そうか……
 了見が、まさか、という衝撃で肝心なところが何も目に入ってなかったようだ。せめて草薙の言う通りきちんと確かめるべきだった。草薙は、彼は公共の場で腕を組んだりするタイプじゃなさそうだし誤解では、と言っていた。まったくもってその通りだ。ちょっと冷静になれば分かったものを。
 盛大に脱力して、遊作は椅子にもたれかかった。
「良かった。俺はてっきり──っ、」
 ぽろりと出た失言に、咄嗟に口を抑えたが意味はなかった。恐る恐る了見を見やると、まっすぐにこちらを見ている。
「良かった?」
「いや、別に……
 聞き返されて言葉に詰まる。気が抜けて油断した。
……なるほど。つまるところ、これは元より私宛ということだな?」
 黙り込んだところで追い打ちにチョコレートの包みを示されて、遊作は呻くしかなかった。恥ずかしさと動揺で一気に顔が熱くなってくる。了見を軽く睨んでみせるがまったく効いた様子はなく、むしろ晴れやかと言っていいほど喜色満面の笑顔を向けてくるばかりだ。
「からかうなら、やっぱり返せ」
「断る」
 機嫌よく笑って、了見は言った。
「今更返せと言われてもこれは絶対に無理だが、代わりに来月期待しておけ」
「それは」
「──だがまずは今日だ」
 了見は、遊作に手を差し出した。
「予定はないのだったな。私はお前に聞きたいことがあるし、お前に伝えることがある──付き合ってくれるな?」
……ああ」
 観念して遊作は素直に頷いた。
 どうせこちらだってもう、了見が強引に自分からチョコレートを取り上げた理由くらい分かっている。やられっぱなしと思うなよ、と遊作は差し出された手をそっと握った。


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