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気にしないで目を閉じて

全体公開 了遊 4 22 6815文字
2022-02-11 05:41:33

了遊(付き合ってない)。
眠れない遊作に了見が添い寝する話。暗め。

Posted by @d9_bond

 深夜の繁華街の片隅でその姿を目にして、了見は足を止めた。隣を歩いていた麻生も続けて足を止め、了見の視線の先を辿る。
「あれは──藤木遊作」
 パーカー姿の遊作は、道の端で腕章をつけた大人二人に挟まれ困惑した顔を見せている。十一時を過ぎて明らかな未成年が繁華街をうろついていれば補導もされるだろう。何をやっているのだか。
 いわゆる不良ならばともかく、遊作は外見からしてごく普通の学生だ。注意程度で済むだろうが、見てしまった以上放っておくわけにもいかない。
「遊作!」
 声をかけながら了見は、遊作と補導員の間に割って入る。
「すみません、──弟が何か」
 遊作は僅かに目を見開いたが、すぐ合わせてきた。
「兄さん」
「探したぞ。どうしたんだ」
 ごめんなさいと言いながら遊作は了見の後ろに回り、ぎゅ、と腕をつかんだ。高校生のしぐさではなかろうとも思ったが流しておく。
「なんだ、きみはその子の家族かな?」
「はい。所用で父と来ていたのですがはぐれてしまって」
 尋ねてくる補導員に適当に言うが、兄弟、と訝し気に聞き返される。まあ顔も何も似ていないから当たり前だが、遅れて追いついた麻生が保護者を称して補導員たちをうまいことあしらってくれた。
「兄弟……
 補導員の姿が見えなくなったところで遊作が呟いた。その声音には隠し切れない面白がる色が滲んでいる。了見だって、苦しい言い訳とは思っていた。学校の後輩、せめて親戚辺りにすればよかったが咄嗟に出てしまったのだから仕方ない。
「その前に言うべきことがあるだろう」
「いや、すまない。助かった」
 遊作は小さく笑う。
「こんなことでもなければ『兄さん』なんて誰かを呼ぶこともないだろうと、しかも相手がおまえだと思ったらすこし面白かったんだ」
……そうか」
「ああ、本当に助かった。ありがとう」
 遊作はぺこりと麻生にも会釈をすると、じゃあ、と踵を返す。明らかに会話をさっさと切り上げようとしている。
「まて」
 了見は遊作のパーカーの裾をつまんで引き留めた。
「聞きたいことがある」
……なんだ」
 行きかけた体勢を変えないまま、遊作は肩越しに了見を見る。やはり意識的にこの場を離れようとしている。
「何故こんな時間に、こんなところにいる」
「店に行こうとしていただけだ」
「店?」
 コンビニなら藤木遊作の自宅からここまでの間に何件もある。眉を顰める了見に、遊作は24時間営業の漫画喫茶チェーンの名前を告げた。確かにここから通りひとつ向こうに店舗はある。
「夜遊びは感心しない。それにデンシティの条例で、この時間は保護者同伴でも未成年者の深夜営業の店舗への入店は不可となっている」
「そうなのか」
 遊作は明らかに落胆したようだった。
「また補導の憂き目にあいたくなければ店に行くのは明日にしろ。今日は車で来ているから丁度良い、帰りがてら家まで送ろう」
「いや、それは」
「何か問題でもあるか?」
 あえて問うと、遊作はちらりと麻生を見る。言うつもりがないわけではないようだが、あまり聞かれたくない事情があるようだ。
 だが了見としては事情があるとしても深夜の独り歩きをさせたくはなかった。デンシティの治安はいい方だが、さすがに深夜の繁華街も昼と同じくとは言えない。ことにリンクヴレインズならともかく現実の藤木遊作は非力な少年だ。
 逃げられる前に遊作の腕をとって、了見は麻生と共にパーキングへ引きずっていく。


 何やら遠慮したがる遊作の言い分を一切無視して車の後部座席に押し込み、並んで座る。ドアを閉じると同時に車が滑るように走り出し、遊作はそこでようやく諦めたのか大人しくなった。もそもそシートベルトをする。
 繁華街を離れれば街頭が照らす道に人影はほとんどない。そういう時間だ。
……おまえはいつも俺を助けてくれるな」
 ぽつりと遊作が言った。
「偶然通りかかっただけだ」
 仕事の兼ね合いで、取引相手と会ってきたところで本当にただの偶然だった。運がいいのか悪いのか。
「だが、困っているのを見かけて助けに来てくれたんだろう」
 ありがとう、と微笑する。
(私がお前を助けたことなどないというのに)
 また誤解が積み重なった、と了見は苦々しく思いながら口を開いた。
「──家に帰りたくない理由はなんだ」
 小さく問えば、遊作は意外そうな顔をする。
「なぜ分かった?」
「何故分からないと思った」
 行動にヒントしかない。
 といっても了見の見当はそこまでで、肝心の理由ははっきりしない。
 最初はAiとケンカでもして飛び出したのだろうかと考えた。だが戻ってきてこちら、あれは藤木遊作に対して過保護な傾向がある。原因が何であれ深夜に家を飛び出そうものならあらゆる手段で引き留め連れ戻しただろうし、先のように誰かに絡まれていれば了見が入るまでもなくソルティスでとんできていたことだろう。
「闇のイグニスはどうした」
……デュエルディスクの調子が悪くて。草薙さんが見てくれるというから預かってもらっているんだが、調整のために一緒に預けている」
「いつから」
「三日前。部品が明日届くから、遅くとも明後日には直るらしい」
「なるほど」
 了見は手を伸ばし、遊作の頬に触れると自分を向かせた。遊作は大きな目をまたたいたが、特に抵抗もせず自分の顔を覗き込む了見を見返す。
(──暗くて気づかなかったが、隈がひどいな。顔色も悪い)
 戸惑う遊作に構わずじっと検分する。
「寝ていないのか。……いや、眠れないのか?」
 問えば、目を逸らされた。頬に触れていた手をそっと外される。
「部屋が静かすぎて眠れないから、少し外にいたかっただけなんだ」
 囁くように言って、遊作は苦笑した。
「だが、気は済んだ。おまえの言う通りまた捕まりたくないからな、今日は大人しく家に戻るから安心してくれ」
「どうだかな」
 話からすると三日前、部屋に一人になってから恐らくろくに寝られていないのだろう。静かすぎると形容していたが、言葉通りなら適当にラジオなり音楽なり流せばいいだけのことだ。
 つまり他者の不在こそが原因で、その状況に耐え切れず人の気配を求めて出てきたのならこのまま戻ったところで眠れるはずがない。何を安心するというのか。
 どうしたものかと思案する。遊作もまた考えるようなそぶりを見せた。
 その間に車がゆっくりスピードを落とし、遊作の住むアパートの前で静かに止まる。運転席から指示を伺う麻生の視線をうけながらも了見は考えあぐねた。このまま帰していいものか。かといってハノイの拠点に連れて行くわけにもいかないし、鴻上の家はしばらく空けているので寝るつもりなら多少支度がいる。
「そうだ」
 停車した車内の沈黙を破ったのは遊作だった。
「信用できないようならこのままうちに来るのはどうだ」
……なに?」
 面食らった顔の了見に遊作は微笑んだ。
「どうせだから、ついでにもう一度助けると思って俺と寝てくれ」



 藤木遊作の部屋は耐震基準をクリアしているのか疑問な程度に年季の入った集合住宅の最上階にある。
 その部屋の前まで上がって来たところで遊作は了見を振り返った。 
「了見」
「なんだ」
「思い付きで言っただけだから、本当に無理して付き合うことはないんだが」
「無理はしていない」
 ちょっと驚いただけだ。
(──言い方があるだろう)
 心中で呟く。寝てくれなどというから一瞬妙な想像をしてしまったためどうにもきまりが悪く、そのため了見はいつも以上の仏頂面になっていた。運転席でやり取りを聞いていただろう麻生に勘違いが伝わったか定かではないが、彼は表面上はいつも通りの顔で明日の迎えの時間だけ確認して拠点へ戻っている。
「それに無理なら代替手段を用意してあてがう程度の器量はある。お前こそ、私でいいのか」
「ああ。助かる」
 きしむ重いドアを開けた遊作に続いて了見は部屋に入った。
 ぱちりと入れられたスイッチと同時に白々とした明りに照らされた室内は以前より若干物が増えたようだが、それでもさして様子は変わっていない。
 窓にカーテンもなく、観葉植物のひとつも無い。ゴミや洗濯物がため込まれているような事もない。
 PCなどは恐らく見た目以上の性能のものであるだろうし、『復讐』に関連する事物には相当に気を配ってきただろう。だが、それ以外に関してはとにかく物が少ない。かといってホテルのように生活感がないわけでもなく、それが返って侘しさに似た感情を思い起こさせるというなんともコメントしづらい環境だ。
 了見はかつて初めてこの部屋を訪れたとき、納得もしたし、責任を感じもした。当人は恐らくこの部屋について別段不足も不満も感じていないだろう事も含めてだ。


 シャワーと、パジャマ代わりにTシャツとスウェットを借りる。明らかに遊作のサイズより大きかったのでソルティス用のものかもしれない。
「なんだその顔は」
「おまえのそういう恰好は新鮮というか、どうも」
 言いかけて遊作はいきなり口をつぐんだ。
……なんだ?」
「なんでもない」
 ふふ、と遊作は小さく笑う。
「多分俺は少し楽しいんだ」
「深夜に想定外の状況になると無性に何もかも可笑しくなることはあるな」
「それとは違う……というか、おまえでもそういうのあるのか」
「三徹目の夜中にコーヒーを入れたとき、テーブルに置くつもりで何もないところにコーヒーを置いて落としたことがある。床が大惨事になったというのに無性に笑えた」
「さすがにそれは寝た方がいい」
 ハノイの職場環境は大丈夫なのか、と今度は真顔で心配されてしまった。お前が言うなと突っ込みたかったが不毛なのでやめておく。
「まあ──休息の重要性を知っているなら早急にベッドに入るべきだな」
「分かってる」
 この部屋に寝具は一つしかない。
 遊作は一緒に寝る気だったようでベッドにあがると端に寄り、ほら、とぽんぽん隣を叩く。
「私は椅子か床で構わないが」
「俺が構う。それに寝るのに使えるような毛布や布団の予備がない」
「しかし……
「ダメか?」
 問われる。
 パジャマ姿で、ベッドの上から、窺うように。
 やや上目遣いなのは向こうが座っていてこちらが立っているからあたりまえであって、藤木遊作に他意はない。とはいえわざとか、と思う程度に断りづらい尋ね方をされて固辞もできない。
 恐る恐るベッドに上がると、案の定シングルのベッドは二人分の重みに盛大にきしむ。
「壊れないか」
 ひやりとして言えば、遊作はあっさり首を振る。
「尊と二人でも平気だったから、跳んだりはねたりでもしない限り大丈夫だろ」
……。そうか」
 ベッドの強度への安心よりも、穂村尊も泊まっていてしかも一緒に寝ていた、という事実の方が引っかかったがなんとか飲み込んだ。つまらない嫉妬だ。小さく息をついてベッドに腰を下ろす。
……?」
 そのまま横になろうとした了見はしかし、すぐに違和感を覚えていくらか身を起こした。
(これは)
 どうした、と同じく不思議そうな顔の遊作をよそに、さらさらのシーツの下に敷かれたマットレスを確かめる。
 マットレスとしては柔らかめだが、安物の柔らかさではない。人の身体を支えるために計算された包み込むような素材のそれは、明らかに安価な大量生産品とおぼしきシーツや掛け布団、毛布と一線を画す物だ。
 ──恐らくこの室内で唯一、家主の生活のために注意深く選ばれている。
「このベッドは、お前が買った物か」
「ああ。それがどうかしたか」
「いや……なんでもない」
「? そうか」
 了見が横になったところで遊作がリモコンを手する。
「電気は消しても平気か?」
「構わない」
 明かりを消し、遊作がぴたりと横に潜り込み首元まで毛布と布団を引き上げる。カーテンのない窓の向こうから街灯の明かりがいくらか入るため、室内は真っ暗ということはない。
 穂村尊は常夜灯を点けたがったのだろうか。ふと、了見は思った。彼は暗闇を怖がるのだろうか──しかしその想像を途中で切る。詮無いことだ。
「狭くて悪いな」
 隣を見やると薄闇の中で遊作はこちらを見ていて、目が合うと笑った。うっそりと目を細め口元を緩める、ひどく力の抜けた笑み。触れる体は脱力していて温かい。
「大丈夫だ」
 おやすみ、の言葉を最後にそれきり会話もなく、了見は目を閉じる。


 しんと静まりかえった部屋の中、羊を七十八匹数えたところで了見は目を開けた。
 そのまましばし闇の中、虚空を見ながらすぐの眠りを諦めた。他人と同じベッドで寝るなど初めてのこと、なかなか寝付けそうもない。薄闇にぼんやり浮かぶ室内の輪郭を意味も無く目で辿りながらこの状況に至った過程を思い返す。成り行きに成り行きが重なってこの状況。
 遊作の方を見やればこちらは慣れているのかあっさり寝たようで、時計の針の音に紛れそうなほどかすかに寝息を立てている。淡い灯りに浮かぶ顔は白く、その面差しには大人になり切れていない稚さのようなものがある。
「寝付きが良いな」
 と呟いたそれは独り言だったが、遊作は重たげにまぶたを開いた。
 もぞもぞ大儀そうに体ごとこちらに向いて、薄闇の中からとろりとした無防備な深色の目を了見に向ける。きちんと認識しているかは怪しい。
「人がいれば……どこでも……寝られ……
 どこか覚束ない口調で言いかけ、言い切る前に力尽きて目を閉じた。
「遊作?」
 小さく呼ぶが、今度こそ完全に寝たようだった。すうすうと平和な吐息だけが落ちる。
 了見は言葉を確かめることを諦めて虚空に目線を戻す。
(やはり床で寝るべきだった)
 浮かんだのは後悔だった。
 いや、そもそも泊まるべきじゃなかった。他者の存在が問題ならばAiや草薙に声をかければいいだけのことだ。遊作は嫌がるだろうが、今後の事を考えてもそれが一番良かったはずだ。なぜそうしなかった。いや、理由は分かっている。
……後悔ばかりだ)
 一番古いのは──半年の。そう、あの半年だ。
 鴻上了見の半年の葛藤が、逡巡が、いつ終わるともしれない彼らの地獄を引き延ばし傷を深くした。半年のデータを元に父はイグニスを生み出し、それは巡り巡って結果的に父を失わせ、世界に危機を齎した。
 そして代償のひとつが今、隣にいる。
 藤木遊作は恐らく事件の後から今日まで、そして恐らくこれからも他者の存在がないと眠るのにも苦労するだろうし床でうたた寝すら出来ないのだろう。
 触れている無防備に寄せられた温度に、静かな寝息に胸が詰まる。
 鴻上了見こそが藤木遊作へ降りかかった災厄の全ての切欠だというのに今、まるで了見がいるから安全だとでも言うように簡単に眠りについている。
 そして悪いことに、実のところは何者だろうが遊作に眠りをもたらすザントマンになれるのだ。
 気づかなければ良かった。
 そんな痛々しい事実にも、くだらない嫉妬にも、おためごかしのような申し出の理由にも、何も気づけないでいられれば良かったものを。
(お前はいつか、私を救えると言ったな)
 遊作はいつも了見が差し出すものをとても良いものか何かのように扱う。了見の存在を喜び、手招き、手を伸ばす。弱みを晒し、懐へ入れる。
 だから、そんな風だから欲が出てしまう。離れた方が良いと分かっていながら離れがたく、いくら戒めても御しきれない。
(だがきっと、私もお前も互いを本当に救えはしない)
 了見は身を寄せる遊作に向き直り、肩を抱く。
 見た目よりずっと薄い体は簡単に腕に収まる。胸元にすり、と額を寄せられて了見は一層に遊作を抱き込んだ。きっと、傷ついたままの幼い遊作がこの中にいるのだろうと想像する。冷たい床に毛布一枚で眠る、終わりの見えない日々が刻みつけたものだ。
 こうして隣で寝る間だけでも、すっかり自分に取り込めてしまえばいいのに。
 ああ、だが十年前のあの日々の間了見は自宅のベッドで寝ていたし、白い冷たい部屋の中のあの子に終ぞ触れることすらできなかった。
(助けた、などと)
 悔恨は幾度となく胸を掻く。
 悲鳴に耳をふさぎきれず、そのくせ自分の平穏を奪われたとたんに選択を悔やんだ。きみが助かったことを喜んでいられたら良かったのに。
(──せめてきみが、本当に助かっていたなら良かったのに)
 だからこんなものは少しだって救いじゃない。


 汚れた望みを押し殺し、了見は目を閉じる。
 眠れなくても夜は明ける。自分の眠りの代わりに、腕の中の子供に優しい眠りがもたらされるなら安いものだ。


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