@nikogori_san
「私たち別れよ?憐」
ああまた、これだ。これで三回目。
それに何もこんな往来の真ん中で言う事でも無いと思う。
「…憐は優しくていい人だよ、でも」
「いいよ。鍵だけ返してくれる?」
彼女の言葉を強引に遮って、微笑みながら手のひらを差し出した。
そんな彼女は目を丸くして俺を見ている。
「え…嘘でしょ、引き止めるとかしないの?」
「…何で?別れたいって言う相手を引き止めてどうするの?」
「そ、れは…」
「俺は気にしてないから。…ほら。」
優しくて、良い人。再三聞いた言葉。
始めは「優しくて好き」だなんて言う癖に、日を追う毎に「優しいけれど…」と不満を零して離れていく。
俺が悪いのだろうか?優しい以外の何を求めているのかわからない。
おずおずと俺の掌へ、彼女は合鍵を乗せる。
「…ありがとう、それじゃ。お元気で。」
「あ…憐…」
彼女は青ざめ、酷く怯えた表情を浮かべながら俺の名前を呟く。
…自分で突き放しておいて何故そんな顔をするのだろう。まるでこちらが悪者みたいだ。
「もう2度と会わない事を祈ってるよ。」
踵を返して、早足でその場を後にした。
自分を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、気にも止めずそのまま歩いていく。
人混みに紛れて仕舞えば、もう彼女とは赤の他人になったと感じられた。
少し離れた、街中の喫煙所に入り込む。
壁際に寄りかかり一つ煙草を咥えて火を灯した。
ゆらゆら浮かぶ煙を眺めながら一息つく。
徐にスマホを取り出して、ぼんやりとディスプレイを眺めた。
そこにはメッセージの通知が何通か届いている。
「さっきのは友達がそう言えって」
「好きを確かめるために言った。本心じゃなかった。」
そんな文字が並んでいたので、スライドして全部削除した。当然連絡先もブロックした。
「……………知らないよそんな事。」
ポケットにスマホを乱暴に押し込んで、喫煙所外の人の流れをただただ目で追っていた。
吐き出した煙が、その流れに沿って揺れ、消えていく。
(暫く彼女はいいかな…毎度もううんざりだし)
誰かに求められたいのなら、優しくすればいいと思っていた。
別に先程の彼女に未練も後悔も無い。無い、と言うよりただ単に、上辺の優しさで繋いでいただけだったからそこに愛なんてものは無かったのだと思う。付き合ってと求められたから、まあそれなら、となあなあで流れてここまできただけだった。
…だから、きっと。
彼女に対する愛がなかったから彼女は離れただけなんだ。
冷静になった頭で思考だけがだらだらと続いていく。
上辺だけの優しさを自分から取ったら、後に何が残るのだろう。
剰えそれを他人に受け入れてもらえるのだろうか。
人の汚い部分なんて誰も見たく無いだろうと、優しさで蓋をして見えないようにしているのに
どうして、優しさ以外を求めて、覗き込もうとするのだろう。
(……面倒臭い…)
疑問ばかりが浮かんできて段々と疲れてきた。
自分を強く求めて、愛してくれたらそれでいいのに。…我儘なのだろうか。
それならもういっそのこと
自分から離れられないようにしてしまえばいいのでは?
(………もういいや、疲れた。帰ろ。)
煙草を灰皿へ押し込み、帰路へ向かう。
暫くは仕事に専念しよう。考えた続けた所で答えが出ない事もある。
そう思いながらも
最後の思案が、ずっと燻り続けたまま
頭の片隅に残っていた。