似合わないものでできている

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2022-02-16 21:59:20

明石と青山がバレンタインデーに餅を焼く話

「火ついた?」
 縁側からちょこんと顔を出した明石の手には長方形に切られた餅の載った竹籠がある。この古民家にあるものは何から何までこの家に似つかわしい風情がある。例えばこの火鉢も。
「ついたよ。ほら」
 青山は庭で火鉢に炭を入れて火を熾していた。最近はキャンプ用の火の付きやすい炭というものも売られていて、素人でもすんなり火を熾すことができた。網が温まったのを確認して明石の持ってきた竹籠から餅を取って並べた。
「それにしてもなんでよりによってバレンタインデーに餅なんだよ」
「杉本さんが会社で餅つきしたんだって。年末、用事があって編集部に行った時にもらったんだけど、ずっと忘れてて」
「それで今?」
「そう」
 杉本は宮部春彦の担当をしていた編集者だ。宮部が亡くなった後も、彼の戸籍上の息子──実際には最後の作品──である明石のことは気にかけているようで、明石探偵事務所にも時々顔を見せていた。
 青山はちょうど大学の試験期間が終わり、春休みに入ったところだった。、明石が「仕事だよ」と事務所に出勤してきたのでてっきり事件かと思ったら、餅を焼こうと言い出したのだから拍子抜けした。これでバイト代が出るのだから、割りのいい仕事であることは間違いないが。
「焼けてきた」
 ぷくっと膨らんだ餅を明石は箸で突いた。蘇芳の着物がよく似合っている。青山は事務所にしているこの古民家にあるものは、全て明石に似合うのだと気づいた。火鉢も茶箪笥も竹籠も。
「はじめくんの分」
 餅が二つ、明石は白い皿に取り分けた。
「ありがと」
 縁側には醤油と砂糖、それにきなこが用意されている。餅に合わせる鉄板だ。
 二月の庭先とはいえ、火鉢を囲んでいたので顔は少し火照っていた。
「おいひい」
 明石が餅を齧りながら笑っていた。
「お前正月は餅食わなかったの?」
「うん。お正月だから特別なことをすればいいのかしなければいいのかわかんないから」
 青山は眉を顰めた。明石はずっと何かに従って生きている。彼が「設定」と呼ぶそれは、彼に取って聖典で、道標で、青山もおいそれと手をつけていいものだとは思っていない。けれども、それに囚われている時の明石が青山を素通りして別のものを見ているのは気に食わなかった。
……今日はいいわけ?」
「うん?」
「バレンタインデーに餅ってめちゃくちゃ特殊シチュエーションだろ」
「そう……かな……
 明石は困った顔をした。今のは意地の悪い八つ当たりだ。
「僕は……はじめくんが試験期間終わったって聞いたから……労ってあげるつもりで……。バレンタインデーとか忘れてたし……
「そうか」
 顔中を不安でいっぱいにしていた明石に向かって青山は告げる。
「アカシ、餅焼くぞ」
「はじめくん、そんなに餅好きだったの?」
「今好きになった」
「今!?」
 火鉢の上に餅を皿に四つ並べる。
「そうだ。前に買ったマシュマロもあるけど、一緒に焼けるかな」
「あー炙ればいいんじゃね?。餅に合うかはわかんねーけど」
 明石はいつぞや庭でバーベキューをした時に買ったマシュマロの袋を持ってきた。そういえばこんなものもあったな、と青山はパッケージに懐かしさを覚えた。マシュマロのパッケージは明石にもこの事務所にも釣り合わない安っぽいピンク色だ。
 おそらくは、名探偵明石繍がマシュマロを串に刺して、火鉢にかざしているところを作家は想像していなかっただろう。
「はじめくん、どうしたの? そんな……笑うくらい餅が好き? カツ丼より好きだった?」
「いや、カツ丼の方が好きだけど……
 マシュマロも安いチューハイも住み込みの留年大学生も、きっとこの事務所には似合わない。そのことがなんだかおかしくて、青山は焼き上がった餅の上に不似合いなマシュマロを載せる。
 味はまあまあだった。


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