ハツ*ハルの志村✕三崎について、誰かを大きな苦しみから救うのは下心のない人間だ、という話。というか志村あゆみの素晴らしさを語っています。6巻の盛大なネタバレを含むので未読の方はぜひ読んでから……。
@msom3sj2kic1
ラスゲ、月ままみたいな男の子ががっつり片想いする話が読みたくて検索したらヒットしたマンガ。
3巻まで無料だったので読んでみました。
主人公は一ノ瀬 海 くんで男の子です。あ、でも申し訳ないんですが主人公カップルの話ほとんどしません今回笑
3巻まで読んだときは正直絵柄もストーリーもそんなに惹かれたわけじゃなかったんだけど、ざっと各巻のあらすじ読んだら全13巻のうち6巻で結ばれるみたいだから、6巻まで読んでみるか〜〜と思って軽い気持ちで読んだんですよね。どうでもいいけど続き読むか迷ったときは各巻のあらすじ読んで買うかどうか決めてます。
そんで6巻読んだら、とんでもない大変な沼にハマりました笑 志村×三崎です。
わたしは、恋に破れた当て馬同士をくっつけるご都合展開はめちゃくちゃ嫌いなんだけど、最初からカップリングが棲み分けられていて最終的に全部くっつくというのなら割とすきです。本作は後者で、主人公カップルより先にくっつくところもあったり、割とわかりやすく「お〜全部カップルになるのね〜」という感じ。
でもね、遊園地回でも志村×三崎だけはカップルにならないと思ってた!三崎が主人公カップルと三角関係になった結果破れるとか、あゆみと余り者同士気の合うパートナーくらいの距離感で終わるとかかなぁって思ってた!
というのも、序盤のあゆみは、物語の都合上の脇役って感じで全然恋愛がイメージできなかったので。
スクープ命で人間関係にずかずか入り込んでくる、いかにもTHE!マンガに出てくる新聞部!って感じで登場。マンガにおける新聞部キャラって、大抵、主人公周りの人間関係を掻き乱したり何かトラブルを起こしたりなど、主人公たちのストーリー上都合よく動いてもらうためだけに存在していて、あんまり深掘りされないことが多いのよ。
三崎が偽恋人にあゆみを指名したり、その後それなりにイチャイチャしていたり(海とリコのデートについていったときとか三崎はあゆみのことばっかり見てますよね)とそれなりにフラグはあったけど、公式に恋愛関係に発展することはなくて、なんだかんだ仲良しで読者の想像力をかき立てますね~くらいの距離感で終わるかなって思ってた。三崎は明らかに他に想い人がいて恋愛に消極的っぽかったし、あゆみはそもそも自分の中に恋愛というカテゴリーがなさそうだったし(偽りとはいえ三崎の恋人役をやってそれなりにイチャイチャしてるのに異性として微塵も意識しないので)。
それが6巻でさぁ……!もう、震えたよね。
震えたし鳥肌立ったし泣いたしまじで「うわこれはさぁ……。」って声に出ちゃったからね。
とりあえず今回はわたしが全13巻の中でも特別にだいすきな6巻について語ります。
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「ふーん全然興味ない」「奇遇だね私もさ!」
序盤の三崎とあゆみはいかにも「静と動」で描かれています。クールな三崎に積極的に絡むあゆみ。このときのあゆみはまだ割と典型的新聞部キャラって感じで、三崎の内側にもぐいぐい踏み込んでくるし、三崎はそれを淡々とかわしているような感じで描かれている。
偽りの恋人になったあとは、「海リコを応援する」という共通目的に向かう2人の、人間的な相性のよさが見えてきます。
偽りの恋人になる物語ってたいてい一方が他方をすぐに意識しちゃって、自分の本気に対し相手は偽りとしか思っていないという点に悩むことが多く、そういう展開だとふーんとしか思わない……んだけど、あゆみは美形完璧男子の偽恋人になった自分を極めて冷静に俯瞰的にみていて全く情緒に影響を受けないんですよ(しかもその俯瞰的な性格が問題の6巻で痛烈に活きてくる)。
「さすがにそんなの相手の女の子が可哀想だよね……」と大事な分別はついているのも窺える。
三崎が偽りの恋人を作ろうと思ったときにあゆみを指名したのは、まぁ後から描かれる直情型の性格を考えると、姉からのラインを見てやや投げやりになっていたところに、目の前のあゆみから偽りの恋人を提案され衝動的に、だと思うんですけど笑 まぁでも偽りとはいえ潜在的な信頼がなかったらさすがに恋人にはしないと思うから、ベースとして、海リコを応援するという共通目的を持ち、偽の恋人になっても自分を好きにならなさそうなところ(無闇に傷つけなくて済む)、大事な分別はついているところに最低限の信頼があったからというのはありそう(三崎は絶対にそこまで意識していないと思うので潜在的に)。
その三崎も三崎でどうみても過去の恋愛を引きずっていて、あゆみを恋愛対象としてみる気配が全くない。
安易に恋愛関係に発展しないと確信できるので、非常に安心・期待してみていられるんですよね(個人的にはお互いすぐに意識したりくっついたりすると説得力なくてめちゃくちゃつまらない……)。
それでいて、お互い頭の回転が速く、コミュニケーションに齟齬が生じづらい・話が早いので、海リコを応援するチームワークが非常によかったり、クールな三崎と積極的なあゆみの掛け合いから2人の相性のよさが窺えたりと(この時点での相性のよさは、あくまで表面上の振る舞いが正反対なことによるもので、後から見えてくる内面の正反対はまだそこまでみえてきていません)、一見本物の恋人のように仲良く見えるところがとても魅力的に映りました。序盤。
でも海リコの展開を追っていく中で、あゆみやリコとの会話から少しずつ、三崎は「クールなように見えて、十年来の親友の海にすら言えない、呪いになっている恋愛をずっと内に秘めて戒めとしている激情型の人格」が滲み出てくるんです。
一方あゆみも少しずつ「ただ賑やかなだけではなく、人を冷静に分析して必要な話をしてあげられる俯瞰的な人格」だと描かれていく。
海が三崎とリコの仲を誤解したシーンとか、一瞬でそこが恋愛関係にならない理由を説明しつつ、こじれないようすぐに三崎に説明し解決策まで示していてとても頭いいなって思わせる。成績がいい方の頭がいいじゃなくて(成績もいいんだけど)、分析力と問題解決能力が高い方の「頭がいい」面がみえる。
あゆみが新聞部として三崎のプライベートを追っていたこと、偽りの恋人として一緒に過ごす時間が増えたこともあって、あゆみしか知らない三崎の情報も増えていきます。「楽しみじゃないよ 夏休みなんて」「いつどこで 誰を好きになるのかだってわからないし コントロールすることも難しい」とまぁ不穏w
そうやって2人の相性のよさ、少しずつ表出してきた本質、三崎のプライベートの共有という土台が整ったところで問題の6巻です。
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「こーゆー話題は得意じゃないから この際単刀直入に聞くよ」
展開自体は「一方が誰にも打ち明けていなかった過去を打ち明ける」「相手が過去に囚われていたその人を解放してあげる」という割とありふれたもの。
ありふれたものなんだけど、個人的にこれで過去から解放される・解放してくれた相手を好きになる、という流れに納得感を得られたことは過去あんまりなかった。まずなんでそんな引きずりまくってる過去をその人に話す気になるの?って。他ルートから知っちゃった場合でも、過去から解放するためには本人とその話をする流れが必須なわけで、その展開で納得感あるものもあんまり記憶にはなかったような。
(フルバで師匠が無理矢理数珠を外して透を夾のもとに向かわせた話くらいかなぁ。でもあれは特殊な設定が根底にあって純粋に人の心情の動きを描いたものではないから何とも言えない)
志村✕三崎はというと。
まずついに三崎の「大事な人にひっそりと強い感情を寄せる・感情が行動に直結する性格」が全面的に描かれます。
本当はあゆみを送りに外に出たはずなのに、姉と新彼氏のキスシーン見ただけであゆみほっぽり出して川に逃避するんだよ。どんだけ繊細で感情的なんだよ!せめてあゆみを送ってから凹みなよ!って笑
これは後から語られることだけど、そもそも姉が彼氏を連れてくると知って衝動的にあゆみと偽りの恋人になるって決めたり、姉が彼氏を連れてくる家族の夕飯に偽りの恋人のあゆみを呼んだり(ここは終わりを受け入れているのを姉に対して形で示すためっていうのと、姉が彼氏を連れてくることに対する衝動的な当てつけ?と両方ある気がする)、かなり感情的かつその激情が行動に直結する性格。むしろあゆみの方が「断ってよっっっ!!!」「あんな人のよさそーなご家族だませないよっ」と冷静で分別ある人間だとわかる。
一方のあゆみも、「やっぱり賑やかなだけの人ではなく、冷静で客観的な自立した人格だった」ことが全面に描かれます。
ちゃんと三崎を追ってきて、ちょっと茶化しつつも淡々と「単刀直入に言うよ」「乗りかかった舟だ 最後までつきあわせてよ」と言う(逃げ出した三崎に過剰に反応するでもなく、怒るでもなく、淡々とこれ言えるのは本当に自立している)。このあゆみのさっぱりした言い方からは、もう本当に俯瞰的に「私くらい第三者的な存在になら気が楽じゃない?」って言っているだけで、私が救ってあげようみたいな押しつけがましい態度や下心を感じない。もちろん友人としての心配や気遣いくらいはあるでしょうが。
三崎の内向的な性格を考えると、自分に必要以上に感情移入してくれちゃいそうな人(海とか)には、自分の感情の重荷を背負わせたくなくて、内面を吐露することができないと思うんです。でもこのあゆみからは、何を話しても動揺せず感情移入せず淡々と聞いてくれそう、という感じがするんですよね。
三崎があゆみに過去を話したのは、自分が家族の夕飯に巻き込んでおかしなものを見せたことへの説明義務を果たそうとしたのもあるだろうけど(律儀に果たそうとするところが真面目な三崎らしい)、あゆみが新聞部の活動で一定程度自分の情報を知っていること、夕飯時の様子から自分の内面がほぼ見抜かれているであろうことに加え、あゆみなら話しても変に揺さぶられないだろうという直感的な安心や、これを人に言うような無神経な性格ではないという信頼があったから(このへんの安心感や信頼は、あゆみが冷静かつ俯瞰的に海とリコの心情を分析していた場面や、三崎と姉とのツーショットをとらえてもそれを新聞には載せなかった場面などで描かれている)というのも窺われて自然だなぁと思う。
そこで三崎の過去の恋愛の一部始終が明確に語られますが、三崎は終わりを選んだ姉を責めることも、かといってあっさりなかったことにもできず、行き場のない感情や動揺が内へ内へと向かってがんじがらめになってしまっているんです。
さらに、客観的には「姉を好きになって想いを通じ合ったけど、お互いに罪悪感が生まれて姉が終わりにした」という事実があるだけなのに、三崎は主観的な認知で「壊しちゃいけないものを顧みず 我欲を押し通した」と捉えてしまっている。客観的にみたらそこまで自分を責めるようなことか?なにか壊したか?って思うんだけど。繊細で感情的で、自分でもその激情をコントロールできなくて、それが相手に向かうのではなく自分の内に向かうタイプで、その結果自責的な思考を生じがち。
そしてその話を聞いたあゆみはやっぱり三崎に過度に感情移入することもなく、偽りの恋人として利用されたと言われても淡々と「私に損は何もないよ」と言い放ち、いつもの賑やかなテンションで「まだ囚われている過去の恋を手放す」儀式を提案する。本当に第三者的で俯瞰的。
あゆみは「少しでも迷いがあるのなら 絶対に花を乗せちゃだめだ!!」って言うのよ。自分が無理矢理手放させることはしないんですよね。
誰かに言われるがまま儀式をするんじゃなくて、そこに自分の決断がないと意味がないと思っているのかなぁ。そして何より、この強い言葉があるからこそ、後戻りのできなさというか、覚悟というか、ものすごく強い拘束力があるかのように感じさせる効果がある。
この強い言葉を受けてなお花を乗せると決めたわけだから、三崎にとってやっぱり手放したいけど手放せなくて苦しんでいたんだということ、それを身を引き裂かれるような思いで手放そうとしていることが伝わってくる。
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「君の尊い決断を しかと見届けたよ 私が君の心の舟出の証人だ」
それで結局三崎は花を乗せて流すんですけど。その花を見送ったあゆみから出てきたのが冒頭の言葉です。
これがもうページめくってこんなこと言うと思わなくて、どう生きてきたらこんな言葉が出てくるんだろうって本当に震えた。
ここ、個人的には、ただ単に過去の恋愛を吹っ切ることができた〜ってだけのシーンではなく、「一人きりでは自責的になりがちな自分を解放してくれた」というのもあって、この後の関係を考えるとこれが大きかったと思う。
そもそも三崎は自分の感情を内に秘め、ときには押し殺し、そこにネガティブな意味を持たせがち。
姉の件だって、姉の気持ちがわかるまでずっと自分の感情を否定的なものと捉えて殺しているし。
関係が終わりを迎えた後も、客観的には「姉を好きになって想いを通じ合ったけど、お互いに罪悪感が生まれて姉が終わりにした」という事実があるだけなのに、三崎は「壊しちゃいけないものを顧みず 我欲を押し通して想いを遂げても 結局は全て失う」と、必要以上に自分を責めて戒めている。
姉への恋心を忘れられないだけじゃなく、その恋愛(特に感情を表出させたこと)に極めて否定的・自責的な意味づけをしてしまっているんですよね。三崎が姉を好きになったこと、想いを通じ合ったことは、何も悪いことなんかじゃなかったはずなのに。
自分ひとりの中にとどめているものは、自分の解釈次第でいかようにも改変できてしまう。好きになった事実自体をなかったことにしたり、自分を責めるような解釈をして呪いにしてしまうことだってあり得る。実際に三崎はそうなっていたようにみえる。
でも、終わりを受け入れていて、今さら戻りたいわけじゃなくて、家族のためにふっきりたくて、全然感情をコントロールできないけど、ちゃんと手放したいと思っているのも本心のはずで。
そんな三崎が自分の意思で花を流したことを、あゆみは「尊い決断」「心の舟出」と、まるでとてもとても綺麗なもののように言ってくれたんですよね。
さらにあゆみの「証人」って言葉がとてもいい。
誰かを本気で好きになって、そんな大事な感情を誰かのために、身を引き裂かれるような思いをしてでも手放した、そんな尊い決断をしたということを、「私がちゃんと知っているからね」「君だけの主観じゃないからね」って言ってくれている。「誰かを好きになった過去があったこと」「誰かのために尊い決断をしたこと」が確実に存在したと、肯定的に刻みこんでくれた人がいるって思わせる。
ひとりきりだったら、なかったことにも否定的に改変することもできた不確かなものを、肯定して、確かなものにしてくれた人がいるって、すごくすごく大きなことだと思う。
ここ、あゆみに下心がなく、とても第三者的な目線で三崎の決断を尊重し、未来を願っているのがすごく重要だと思う。自分自身が三崎を励まそうとか、苦しい過去を忘れさせてあげようという押しつけがましさがない。
手放すことを強制せず、最初から最後まで三崎一人に決断・実行させ、自分は見届けただけという第三者的な立ち位置を動かさないでいる。三崎が自分で手放すことを決断し、あゆみはそれを揺るがないものにしてくれただけ。あくまで「証人」に徹している。
何の下心もない人間がくれた証明はとても客観的で、だからこそめちゃくちゃ強固なものになるなと。
儀式がなく、あゆみが言葉で何か言うだけだったら、事実に対して「三崎の主観」と「あゆみの主観」、2つの不安定な主観が揃うだけで、「手放したという実感」は得られなかっただろうし、ただ花を流すだけだったら、それはそれで、三崎も言うようにままごとで終わっていたように思う。
儀式という「行為」があって、そこにあゆみが、やや堅い、いかにも証人の役割を演じているような言葉で、真剣なものだとダメ押ししてくれたから、三崎は「手放せた」という感覚を持てたんじゃないかなって。このちょっとかしこまった言葉の選び方も、あゆみが普段からそういう学者っぽい堅い喋り方をするのもあって違和感がない。
物理的に「手放す」という行為に、証明の言葉を添えて確固たるものにしてくれたところがいい。
三崎があゆみに「ありがとう」と告げたあとのあゆみの笑顔が、「ともに儀式をやり遂げた同志」なんなら「共犯」ともいえそうないたずらっぽい笑顔で、めちゃくちゃ素敵なんです。気にすんな、って感じなの。下心がなくて爽やか……。
並んで立って、あゆみが三崎の肩を組んで花を眺める様子から、まだ恋愛でも何でもない、二人きりの秘密を共有した特別な関係性が感じられてめちゃくちゃいい。
ここであゆみが三崎に何の下心もないことが本当に三崎を救ったと思う。
13巻でさぁ、三崎がこの過去を振り返ったときに「悩みがあると思考はネガティブに働きがちだしね」「相手や周りのためにするべき選択は大切だってわかってるけど どんなに身勝手だとしても 自分の欲求をぶつけてもらえないのが寂しい時ってあるよ」って言うんだよ……あゆみに救われる前は「壊しちゃいけないものを顧みず 我欲を押し通して想いを遂げても 結局は全て失う」って言っていたのにね。
あぁ、三崎、ちゃんと正面から自分の気持ちと向き合って、整理して、ちゃんと過去にできたんだなぁって本当に嬉しかった。あんなにがんじがらめになっていた過去を「気持ちをぶつけてもらえなくて寂しかった」って整理できるようになったんだなって。
人間って本当に自分の意思で決めたことに対しては、後からその意味づけが揺らいだりしないんだな。
(三崎が過去の恋愛に対して事実以上に否定的・自責的な意味づけをしていたのは、それが自分の意思で終わらせたものじゃなく、自分の意思とは関係なく一方的に終わらせられ、それを受け入れざるを得ない状況にさせられたからかもね)
あゆみに救われて、過去をそんな風に客観的に見つめられるようになって、本当によかったね三崎、、、尊いよ君たちが、、、
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この6巻、それまでの土台の整え方や三崎の内面の描写から、三崎があゆみに過去の話をするまでの流れが自然だと感じられるのがまずとてもいい。そのうえであゆみの振る舞いや言葉が最初から最後まで素敵すぎる。
よくある展開だと、過去から解放してあげたいと思う側が、すでに潜在的に相手のことを好きだったり、励ましたい、元気になって欲しい、っていう下心があることがほとんどだと思うんですよね。そしてそういう下心が接し方に出ちゃっていることが多い気がする。聞かれてもないのに過去に踏み込んだり、一方的にいい感じのことを言ったり、一方的に儀式を進めたり。
でもさ、本当に本当に過去に苦しんでいる人が、同じ経験をしたこともない、下心のある人からの言葉や振る舞いで解放されることなんてないとわたしは思っちゃう。相手のことが好きだから出てくる言葉や行動って、潜在的にはいつかそれで好きになってもらいたいって下心があるわけで、苦しんでいる人ほどそういうのを敏感に感じ取るんじゃないかなって。こっちの気持ちもわからないのにお節介で首突っ込まないでって思いそう。それで過去から解放されたり、ましてや好きになるなんてあるか~~??って。
そもそもなんで話す気になるん?それでなんかいい感じのこと言われたからってそれだけで簡単に忘れられる?そんなんで好きになる?それ最初からそこまで過去引きずってないやろって思っちゃう。
相手の意思を置き去りにしていると感じると、解放しようとする側のエゴに見えてしまう。そうすると、物語の必然的要素として、後々好きになるきっかけをつくるために、メタ的にそのエピソードはめ込んだみたいに感じちゃってしらけちゃうことが多い。ふーん、て。
あゆみは儀式を提案しそこに真剣さを持たせただけで、決断も花を乗せて流す動作も、全部全部三崎一人にやらせて証人に徹していて。本当に下心なく、純粋に「手放したいなら手伝うよ」と言ってくれているだなんだなぁと感じる。もうほんとそれこそ「どうせ乗りかかった舟だ 最後までつきあわせてよ」ってだけ。そもそもその舟に強引に乗せたの三崎ですしね。
あゆみに下心がなく、三崎の意思と決断なんだってわかるからこそ、三崎が過去を手放すシーンが切なくも爽やかに映るし、その後のあゆみの「別離は新たな旅立ち 君の未来に素晴らしい出会いがありますように」っていう前向きな言葉も素直に心に沁みていくと思うんですよね。
それまでの2人の人格描写から、三崎が過去の恋を打ち明けるのも、あゆみがこう振る舞うのも自然だなってすんなり入ってくるし、そのうえであゆみの行動や言葉が素敵すぎて、三崎が姉を吹っ切れる理由としてもあゆみを好きになる理由としても十分すぎるくらい説得力がある。主観的呪いに囚われていた三崎を、俯瞰的視点を持つあゆみが救ったという構図が、この後の2人の恋愛描写に活きてくるのもいい。
儀式の画自体も幻想的だし、何から何まで完成度が高い。
本当に6巻のこの描写はすごい。ここだけでも志村×三崎がだいすきになりました。
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たぶんあゆみみたいなキャラの恋愛を描いた作品ってめちゃめちゃレアなんじゃないかな。新聞部って基本ストーリーを動かすためだけに生まれていてそんなに掘り下げた人物像がないことが多いんですよ。
この後明示的に描かれますが、あゆみは、元来賢く知的好奇心が強く確固たる自分の世界がある、集団生活になじめなければ不安という感覚はありつつも自分の世界観はマジョリティと同じようにできていない、だから他人の情報を収集して共有可能な引き出しを増やそうとした(それで新聞部へ)、というめちゃくちゃ説得力のある人物として描かれています。
冷静で俯瞰的で自立心が強く、集団から浮いても気にしない、でも自分以外どうでもいいわけじゃなくて、ちゃんと他人を理解し思いやりたいという感情も持っている。「自分は集団から浮いているのではないか」という寂しさと、「そんな自分さえも俯瞰的に見ている冷たい自分がいる」という感覚の狭間で生きているのがめちゃくちゃリアル。物語の都合上のキャラじゃなくて、血の通った、すごく解像度の高い人物として描かれているんです。
三崎やリコに対する言葉にも知性を感じるし、前回も書いたけどいろんなエピソードの端々で「あぁこの子俯瞰的で頭いいな」とわかる。
あゆみの人物像が明確な言葉で語られた後、それを元に2巻から読み直しても全然違和感がなくて、あ~ちゃんと一貫した生身の人間だなぁって感じさせられるのがすごい。この人からなら6巻のあの言葉出てくるわってすんなり思える。もうめちゃくちゃ魅力的な人なんですよあゆみ。
(余談だけど、そういう意味であゆみのキャラがちゃんと掘り下げられてるな~って思うのが、成績が学年トップという設定。普通の漫画だと、成績が学年トップっていう設定はキャラのギャップを際立たせるために技巧的につけられることが多くて(高スペックなのに恋愛に振り回されている、とか)、例えばあの8人で学年トップ属性つけるなら普通三崎なんじゃないかな?と思う。海もあり得るかな。絶対あゆみにはついていないと思うふつうは。
知的好奇心が強く様々な事象に興味を惹かれるからこそ、勉強がよくできて成績トップにもなる、というのは、技巧的にではなく、ちゃんとあゆみの人物像から導かれた設定になっていて、それがすごくいいな、ちゃんとあゆみという人物が作り込まれているな、と感じさせるんですよね)
そして7巻以降、これをきっかけに三崎とあゆみの描かれ方が完全に逆転するのがさらに面白いんですが、長くなったので別記事に分けます。