@msom3sj2kic1
なぜ志村あゆみ✕三崎貴也がここまでわたしの性癖に刺さったのかをただ語っていくの回。
7巻以降の話です。
6巻の時点ではあゆみがあまりに爽やかだったので、この2人いいパートナーにはなるけど恋愛には発展しないって可能性もあるかもな~と思っていた。けど、その後三崎があゆみを好きになったことが判明します。
もうね、でしょうね。
それまで意図的に?賑やかで破天荒な描かれ方をしていたのもあって、あのエピソードであゆみの見え方が一気に変わると思うんです。読者のわたしですら、えっこんな素敵なのこの人……?ってものすごく度肝を抜かれ急激にあゆみをすきになったくらいだから、当事者の三崎がここであゆみを好きになるのは必然。笑
そりゃそうやろ。あんなことされたら一発で100パー好きになるよ。
あーやっぱり好きになった?だよね。という納得しかなかったw
三崎とあゆみってどちらも頭の回転が速く意思疎通に齟齬が生じづらいというベースがあったうえで、物事の捉え方(内面)とそれの表出方法(表面)が正反対で補完し合うので、上手くハマるとめちゃくちゃ相性がいいはずで。偽りの恋人関係のときからハマっている感じはあったけど、笹舟の一件で完全に表出した気がする。
7巻以降三崎とあゆみの描かれ方は、それまでの表面上の「静と動」から一転、内面の「情熱的な三崎と俯瞰的なあゆみ」がメインになってきます。
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「恋ってのはもっと異なるもの同士のぶつかり合いであるべきだ」
12巻で明示的に語られますが、三崎は「表面上はクールで低燃費」「内側は情熱的でエモーショナル」なのに対し、あゆみは「表面上は抑揚が大きく激情的」「内側は俯瞰的で分析的」と本当に正反対なんですよね。
三崎があゆみに片想いしている間の描写は、一度「大事な人」カテゴリに入れた人をどこまでも大事に思い続ける情熱的な三崎と、恋愛を「興味分析対象」から出せず当事者意識がないあゆみのやり取りが微笑ましくてきゅんきゅんします。
三崎にとってあゆみは、がんじがらめになっていた苦しい過去から救ってくれた人だけど、それだけじゃなくて。あの一件のおかげで三崎は、内に閉じ込めて否定的になってしまいがちな感情を誰かにぶつけて、相手との反響の中で自分と相手との関係性を深めていくということができるようになったんだと思う。
もし仮に、三崎が6巻の転機なしにあゆみを好きになっていたら、それをあゆみにぶつけることもなく、ひとりで内へ内へと向けて諦めていたと思うよ。破局記事書いていい?って言われた時点で、あ、この人は自分を恋愛対象としてみていないなと気付いて、じゃあ自分の恋心をぶつけてもどうしようもないなって自己完結していたと思う。
それが「自分の気持ちを伝える そんな初歩的なことすらできていなかった」「姉が関係を終わらせようと決めた時も もっと正直になればよかったんだろうか」と思えたわけだからね。そして、姉とのことはもう後悔していないけど、今度は――と思えたのは、誰かに自分の感情を受け取ってもらい、そこに結び付けられていた呪いから解放してもらったという成功体験あってこそじゃないかなぁ。そういうふうに自分を救ってくれたあゆみにだからこそ、感情をぶつけられるって思えたんじゃないかな。
三崎はあゆみに破局記事を提案されるまで自分の恋心に無自覚だったっぽいけど、それは三崎が直感で恋愛していて、その機序をいちいち分析・言語化していないからかなと思う(海も同じようなこと言ってましたが)。
一方あゆみは、三崎に告白されてまず三崎の心情を分析して言語化し、きちんと理解したうえで次に自分の心情を分析しようというプロセスを経ていて、このあたりもかなり正反対に描かれてますよね。というかレポートが「三崎が自分を好きになった理由」の考察じゃなくて「三崎が自分に告白した理由」の考察なのがウケるw 本当に「人の情緒」よりも「事象」の方に興味があるんだなってのがわかる。
三崎ってデフォルトは感情を表に出さないのに、一度「この人には感情をぶつけても大丈夫」って思うと極端に全部出してきますよね。姉との一件もそう。自分だけが好きと思っている間はずっと隠し通しているのに、姉も自分を恋愛対象としてみているとわかるやいなや決壊してすぐに手を出してしまっている。
感情のコントロールが下手なんですよね。押し殺すか全出しするかの両極端。
もうあゆみを好きになってからの三崎はほんとすごいよ。情熱が端々にあふれてるよ笑 5巻くらいまでの塩対応どこいった?って思う笑
ペンケース投げるのとか、破局記事のくだりで十年来の親友・海に八つ当たりするのとか、告白信じてもらえなくてキスしようとするのとか、海からあゆみ引きはがすのとか、温泉で押し倒すのとか(押し倒してはないか)、避けられて新聞部確認し続けたあげく靴箱に追い詰めるのとか、えっ完全に感情で生きてるじゃんこいつって思いますからね笑 何よりも先に感情が立つ。自分を好きになって欲しいという気持ちと嫉妬がすぐに行動に直結しちゃってる。全然クールちゃうやん!めちゃくちゃ感情的やん!って。
片想い中の三崎はあゆみに対してだけめちゃくちゃ直情で本当におもろい。
一方のあゆみは、三崎も言っていましたがそもそも恋愛というカテゴリーにおいて自分が当事者だという意識がなく(そのうえ自分はおおむね男性にとって魅力的に映らないという、何の卑下もない客観的・俯瞰的な分析が根底にある)、三崎のさまざまなアプローチに対しても分析対象・未知のものへの好奇心という反応が最初に出てきちゃうんです。レポートとか俎上の鯉とか大学で脳内物質分析してもらってくるとかもう声出して笑ったからね。
あのクールで「ふーん全然興味ない」とか言っちゃってた三崎がこんなに直情にアプローチしてること自体が面白いのに、あゆみに全く刺さらないどころかその突拍子もない返しに振り回されてんのほんまおもろい。三崎がいつも「はぁ……」って顔しながら惚れた弱みでいいようにされてんのほんまおもろい……。
でもさ、君はあゆみのそういうところに救われたんだからね。そういうところを含めて好きになったんだからね、仕方ないよ笑
わたしは性別を問わずハイスペックが感情だだ漏れでアプローチしているのに全く刺さらず振り回されるという片想い構図がめちゃくちゃ好きなんだけど(そもそもそれが読みたくて検索してハツハルにいきついた)、この構図の場合、なぜ刺さらないのか、なぜ振り回されてしまうのかの納得づけがめちゃくちゃ重要だと思っている。相手がただ純情なだけ・天然なだけの場合は、無神経に映ってしまってむしろいらいらしてしまうし好きじゃない(ハツハルの主人公カップル・海→リコの片想いが全然ハマらなかったのはこれかなぁと思う。なんだか海があまりにも不憫で可哀想に映ってしまっていた)。
他作品だけどラスゲは九条がそもそも恋愛以前に対人関係スキルが低いことが描かれているし、月ままは歩の天然が本物なのと(あらゆる方面に対してちょっとずれた認知をしているために心底恥ずかしい思いも多々している)月が頻繁に冗談に着地させるから歩に刺さらないんだというのが描かれていて、どちらも、振り回されてはいるけど無神経に傷つけられているわけではないと思えるから好き。
ハツハルの場合、三崎のアプローチに対するあゆみの言動は基本突拍子もないけど、それはあゆみの生い立ち・人格・あゆみなりの美学や哲学に基づいたものであって、しかも三崎だけではなくあらゆる方面に対してその一貫した人格・美学に基づき行動していることがちゃんと描かれている。根底には三崎への尊敬や思いやりや真摯な気持ちがあって、ただそれの出力方法がちょっと人とは違うだけ。レポートのやり取りで海に向けた「だからじゃないか」なんて特にそれが表れていると思う。
あゆみは変わった人ではあるけど、鈍感とか無神経ではない。だからあゆみに三崎が振り回されていても微笑ましくてまったくいらいらしないんだと思う。というかさっきも書いたけど、三崎を救ってくれた「本質」と三崎を振り回している「本質」が同じものなんだから仕方ないと思う笑
余談だけど、こうやって並べてみると、学校生活や他の対人関係においては普通(むしろ好ましく思われている)なのに、恋愛面においてだけ都合よく鈍感なキャラは嫌なんだなわたしは。九条(対人関係スキルゼロ)、歩(恥ずかしいくらいのポンコツ)、あゆみ(読者すら好き嫌いが分かれるほどの変人)だもんな。
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「これから先もずっとずっと この顔を知っているのは自分だけならいいのに」
ここまでなら割とよくある恋愛描写かなと思うんだけど、個人的に三崎とあゆみの関係性が他と一線を画すのはここから先だと感じている。なぜこの2人の関係性がこんなにわたしに刺さるのかというと、自分にとって埋まらないと思っていたものが、正反対の相手との作用によって埋まっていくような感覚が得られる、というのがとても説得的に描かれているから。
三崎があゆみを好きになる理由に説得力があるっていうのは散々語りましたが(というか必然だと思う、あんなの絶対好きになる)、あゆみが三崎に惹かれる理由もすごく説得的に描かれています。
最初にあーいいなぁって思ったのは三崎があゆみのレポートをすべて読んできたシーン。
あのレポート、過去お付き合いした人にも、海にも否定的に捉えられていたけど、別にあゆみも悪気があってやってるわけじゃないんですよね。むしろ真剣に誠実に応えたいと思っているからこその行動で、あゆみの本質から出た行動、本質そのものなわけです。そしてそれをマジョリティに否定的に捉えられることで、あゆみはより「自分はマジョリティから浮いている」「人の情緒に一般以下の興味しかない」「自分には恋愛感情がないんじゃないか」という寂しさを強めていく(作中であゆみがこれを明確に自覚するのは12巻ですが)。
「人の情緒」ではなく「事象」に対する興味の方が強い、という本質のためあのレポートが出てくるわけですが、三崎がこれを否定せず全部読んだうえで、自分の考察を述べてくれたというのは、今度はあゆみにとっての「否定が肯定に変わる瞬間」だったと思うんです。
そしてなぜ三崎が否定せずにちゃんと読んできたかというと、元来、自分が大事と思った人にどこまでもまっすぐな愛情を注ぐエモーショナルな人格だからっていうのもあると思うけど、それまで「相手も自分と同じ気持ちだと思い込んで、自分の気持ちを伝えることもしなかった」のが、「相手に自分の気持ちをぶつけ、相手の気持ちも理解したい」へ変化したからであって、それはやっぱり笹舟の一件が大きかったわけで、あゆみとの作用で生まれたものだなぁって。
ここ、単に「人とは違う自分を肯定してくれた」というだけではなくて(それだけなら少女漫画にありがち)、三崎の人格や、それまでの三崎とあゆみとの関わり合いの描写から、三崎からあゆみに対してならその肯定出てくるよなぁ、だってあゆみのそういうところに救われたんだもんなぁ、と自然に感じられることがとてもいい。三崎があゆみの「人とは違う自分」を肯定する背景にちゃんと奥行きがある。
これは看病&バレンタインのエピソードもそうだなって。
あゆみは知的好奇心の強さ故に、恋愛という事象に対しても学術的な興味はあって、でも心のどこかで自分は当事者じゃないと思っていて、むしろ恋愛感情を持っていないんじゃという不安すらあって、マジョリティから外れた自分は欠陥品なのかなって寂しさを覚える瞬間もあって。
そんな寂しさを吐露したあゆみに「話して もっと聞きたい」と言ってくれる。その後の冷えピタもバレンタインチョコもそうで、恋愛感情をまっすぐにぶつけてくれて、あなたが恋愛の当事者なんだよって引き込んでくれる。あゆみにとってはマジョリティから浮いた自分をずっとずっと肯定し続けてくれている感覚になるんじゃないかなぁ。このときのあゆみの「…ありがとう」の表情がめちゃくちゃ好き。
(余談だけど6巻の三崎からあゆみへの「……ありがとう」もめちゃくちゃ好き。このそれぞれの「ありがとう」のシーンは、2人の表情もお互いの性格をよく表しているし、2人の精神的な結びつきが深まっていくのが伝わってくるから大好き)
でもなぜ三崎があゆみにそんな情熱的に恋愛感情をぶつけているかというと、あゆみが過去の恋愛から解放してくれて、あゆみになら感情をぶつけたいしあゆみを理解したいって思えるようになったからなので……相手が理由なく肯定し想ってくれるというのではなく、ちゃんと2人の相互作用の積み重ねから出てきたものって感じられるのが尊い。
三崎があゆみの冷えピタを張り替えるシーンなんて、三崎のまっすぐな恋愛感情を受けて少しずつ知らない感覚が呼び覚まされていくあゆみが瑞々しくて、本当に絵画か無音映画のように美しい。6巻と並んでだいすきなシーンです。
(余談ですが、ハツハルはセリフなしの無音シーンが度々出てきて、これがめっちゃくちゃ情緒的で素敵)
7巻以降、三崎とあゆみの内面の対比と、正反対な内面が作用し合うことによって互いに相手を大事に思うようになっていく様子はずっと鮮やかに描かれ続けています。
あゆみの俯瞰的な人格が三崎を救い、それによって三崎本来の情熱的な一面があゆみに向かって表出するようになり、今度はその三崎のエモーショナルな人格があゆみを寂しさから解放していく。異なるもの同士が影響し合い、感化され、自分に足りないものを補ってくれるような感覚になって惹かれ合う。
三崎とあゆみの関係は、あゆみ自らが言っていた「恋ってのはもっと異なるもの同士のぶつかり合いであるべきだ」や、志村父の「人間はどうあがいても世界を一人では完結させることなどできない」「他者から返ってきたもので己をようやく認識できる」をまさに体現していて、この2人が惹かれ合うのは必然だと思う。
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「彼に想われて 初めて自分は1人じゃないと思えた」
このセリフ、いろんなマンガでいろんなキャラが言っているセリフなのに、あゆみが言うとなぜこんなに響くのか……。
ちゃんと相思相愛になってからの2人もめちゃくちゃすきです。
相変わらず三崎があゆみに振り回されていて微笑ましいかと思えば、お互いに自分にないものを尊重し、それによって自分に生まれる感情を尊く思っているのがひしひしと伝わる面も描かれていて。表面上の微笑ましさと、内面の結びつきの深さの描かれ方が絶妙。
三崎とあゆみの関係性ですごくいいなと思うのは、2人とも知り合う前から交際後までずっと一貫した人物像で、それが各段階でどのように影響し合い関係を深めていったのかが魅力的に描かれているところ。付き合って終わりじゃなくて、付き合った後も「異なるもの同士のぶつかり合い」が描かれ続けている。
志村父に関係を反対されるエピソードもまさにそう。
親に交際を反対されて出てくる三崎とあゆみの価値観や反応は、それぞれの確固たる人物像に忠実で一貫していて、相容れない。そしてその異質なものがぶつかって信頼関係が築かれていく様子が説得的に描かれている。
もうね、バレてからのあゆみが本当に徹頭徹尾あゆみでブレない笑
幼い頃から賢く自立した性格で(余談だけどこういう自立した性格になるのは家が経済的に余裕があるからで、そこもちゃんと設定と人格との整合性がとれていていい)、だからこそ志村父があゆみから自己肯定を得てあゆみを溺愛するし、その本質ゆえマジョリティから浮いて寂しさを抱えることになるし、三崎と出会う前からそういう性格であることが描かれている。
自分のことなのに第三者的に事象を説明するところも(友人の方が動揺してる笑)、父の反対に対し冷静に理路整然としたド正論で話そうとするところも、全員の価値観をいち早く把握したうえで最適解を導くところも(三崎の信念が揺るがないとわかると父親の説得にまわる)、ずっと一貫してあゆみらしい。
んで三崎もめちゃくちゃ三崎なんですよ~!!
三崎は感情のコントロールが下手だからこそ、姉への気持ちを隠すのに苦しんだり、それが一瞬で決壊したり、一方的に終わりを告げられて呪いにかかったりしていて、あゆみと出会う前からそういう性格だと描かれている。
志村父にバレたあとは、あゆみには距離を置くと宣言し、毎夜志村家に通って、志村父に小細工抜きでただただ真っ向から許しを請う。いやもうほんと、自分がこれと信じた感情が強固で揺るがない!徹頭徹尾三崎!!!笑
海に「たいてい家にいないなら隠れて付き合えばいいじゃん」と言われるんですけど、それができないのが真面目で不器用な三崎なんですよ。そんなことできるならもっと姉と上手く付き合ってたって。そんな器用なタイプならあんなに姉のこと引きずらないですぐ吹っ切れてたって。
自分が大事に思う人や信念にどこまでもまっすぐで、感情が行動に直結する。ほんとエモーショナルで不器用~~~
距離を置かれた当初こそ、あゆみは三崎が自分との関係より父へのファンとしての憧れを優先したのではと分析していたけど(こういう分析をしちゃうところがあゆみらしい、恋愛面での自己評価低めなんですよね)、三崎が志村父に交際を認めてほしいと直談判したことで、三崎は自分との交際が嫌になったのではなく、三崎にとって父の許しが必要不可欠なんだとの認識に至ります。
この三崎の真意を全然読み誤らないところが本当にすき。
少女漫画でカップルに降りかかる障害の多くが、お互いの真意を読み間違えることによるすれ違いとして描かれる(だからわたしは少女漫画のすれ違い・ケンカエピソードが好きじゃない。ちゃんと話せば絶対にすれ違わないことなのに勝手な思い込みですれ違うとめっっっっちゃいらいらする)のに対し、この2人は、お互いの真意や価値観を正しく理解して読み誤らない。でも「相手がすきだから」と安易に自分が折れることはせず、その価値観が正反対であることについてどう折り合いをつけるかが描かれている。
あゆみは、親に反対されてもお互い大事に思う気持ちは変わっていない、一緒にいたい気持ちは同じ、じゃあ一緒にいればいい、親子であっても別人格で恋愛に干渉する権利はないんだから、当人同士の意思が最も大事、と思っているし、それをまっすぐ三崎に伝えている。
でも三崎は、あゆみと一緒にいたいからこそ志村父の反対を無視できない。作中では後に「前のとき親には絶対言えなかったから 今回はちゃんと胸をはれる形でつきあいたかった」と言っていて、まぁ確かにそれも大きいとは思うけど、たぶん姉のことがなくても三崎って元々そういう性格だと思いますよ。感情のコントロールが下手なので、親に反対されながらそれを見て見ぬふりしてあゆみとだけ上手に付き合うってできなかったんじゃないかな。物事を俯瞰的に見て切り分けて、器用にいいとこ取りできないタイプだと思う。
お互いがどういう価値観を持っているかわかっても、あゆみは恋愛に親の承認はいらないという考えを変えないし、三崎は親の承認が得られるまで距離を置くという決意を覆さない。
あゆみはどうしても三崎の信念が揺るがないことを悟ると、あとは変に自分を責めるでもなく、三崎からの愛情を疑うでもなく、三崎の価値観を無理矢理変えようとするでもなく、自分に打てる手は全部打ったと認識して見守るだけ(父親に対し彼を認めてあげてとは言うけれど、それは自分の価値観を曲げて三崎に合わせたわけじゃなくて、三崎も自分の信念を曲げないと重々わかっているからこそ、一緒にいるためには父親が認めるしかないと考えた結果に過ぎないかなと)。
志村父はあゆみから自己肯定を得ていたからこそあゆみへの執着が強く、理不尽に三崎を拒絶し続けていたけれど、かつての自分もマジョリティから浮いて苦しんでいたこと、それを救ってくれたのが妻とあゆみだったことを思い出し、あゆみにとってはそれが三崎だった(さらに、三崎にとっても自分を救ってくれたのはあゆみだった)のだと知ると、もう認めざるを得なくなる。三崎を否定し続けることは自分と妻やあゆみとの関係性を否定することになってしまいますからね。
エクスカリバーは志村一家だなぁという可笑しさもいいんだけど、志村父が、自分の言ったことを曲げずに三崎を認めるにはああするしかなかったんだと、誰も価値観を曲げていないんだなと思わせられるのがとてもよかった。
何より、あゆみはそれまで「人とは違う」寂しさを自覚していなかったけど、三崎に想われて、その三崎と距離を置いて初めて「あ、彼と出会う前の自分は寂しかったんだ」と気付く。もちろん結ばれた時点で無意識的にはその感覚があったんだろうけど、離れたことで初めて、三崎と結ばれたことで何となく感じていたあたたかさは、三崎が自分を寂しさから解放してくれていたからだと自覚したんだなって。
直感的な感情ではなく分析・言語化でものと向き合うタイプのあゆみにとっては、三崎と距離を置いたことで自分の中に生まれた感覚や、元からあったけれど気づけていなかった感覚を明確に言語化することで、初めて、それまでの知らなかった自分には戻れないくらい三崎の大事さを痛感したと思う。
告白されたときに、まず三崎の心情を分析して言語化し、きちんと理解したうえで次に自分の心情を分析しようというプロセスを経ていたのもそうだけど、あゆみは自分の中の感情や感覚を分析・言語化して向き合うところがあって、それによって得られた結果を重要視するタイプだと思う。だからこの思考回路でいったん三崎を大事だと認識した後はなかなかその感覚は揺るがないと思う。
三崎と離れて感情的になるんじゃなくて、あくまで淡々と自身の情緒の機序を分析して、三崎がめちゃくちゃ大事なんだという結論にいきつくところがどこまでもあゆみらしくていい……。
ちなみに三崎は直感的な感情でものと向き合いそれが行動に直結するので、あゆみを大事に思う気持ちが全く言語化されなくても、行動からこの人本当にあゆみが大事で仕方ないんだなとわかる(あゆみも三崎が挨拶に来たことでそれを見抜いている)。その結果が毎夜通っての直談判ですよ笑
距離を置く宣言したときも絶対に嫌になったからではないとわかってたしね。あれで三崎の心があゆみから離れたと不安を覚えた読者はあんまりいないんじゃないかな。
まぁ河原のシーンで多少心情を言語化しているけど、あれは志村父に向けたもので、読者からするとあの三崎のセリフがなくても三崎がああ思っていることは痛いほどわかる。
あくまで三崎・あゆみ双方の人格や価値観は揺るがず据え置かれたままで、お互い、特にあゆみから三崎への気持ちが強くなっていく変化が描かれたのが本当に本当にいいなって。
誰ひとり誰にも迎合せず最後まで自分の価値観を貫き通しながら、問題を乗り越え、2人の信頼関係を強めたという着地を描いたのはすごい……。
そして三崎は元来人の情緒に寄り添う性格ではあるけど、最後の最後まで志村父にぶつかり続けられたのは、元々の情熱的な性格に加えて、6巻の一件でちゃんと自分の感情をぶつけられるようになっていたのが大きいのかなって。そういう意味ではやっぱり根底にあゆみと三崎のそれまでの信頼関係の積み重ねがあってこそだったんだなぁと思う。
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この2人は単なる言葉だけじゃなく、それぞれの人格から表れた行動をぶつけ合って価値観を作用させ合うところがまたいいなぁ。笹舟といいレポートといい冷えピタ・チョコレートといい距離置く宣言からの家通いといい。それは志村父のエクスカリバーもそうですね。
物語上の技巧的なキャラ付けじゃなくて、別個の価値観をもって存在する、血の通った生身の人間同士がぶつかり合って恋愛をしているんだっていう瑞々しさがすごく感じられる。
だからこそ、あの破天荒で変わり者のあゆみが、周りから浮いて孤独を感じていたあゆみが、三崎の隣で幸せそうに笑っているのを見ると、ほんとこっちまで温かくて幸せな気持ちになれます。ほんと君たちは惹かれ合うべくして惹かれ合った唯一無二の存在よ……。
13巻の海との会話で三崎が姉との恋愛に言及するの、ちょっぴり切なくはあるんだけど、それ以上に「壊しちゃいけないものを顧みず 我欲を押し通して想いを遂げても 結局は全て失う」って言っていた過去を「相手や周りのためにするべき選択は大切だってわかってるけど どんなに身勝手だとしても 自分の欲求をぶつけてもらえないのが寂しい時ってあるよ」って整理できるようになったのをみて、三崎がいかにあゆみに救われたのか、三崎にとってあゆみの存在がいかに大きいか、しみじみと実感できたのがうれしい……。
こういう整理の仕方をするってことは、あゆみが勝手に何かを推し量って身を引いたりせず、単刀直入に価値観をぶつけてくるのは三崎にとっても助かってるんだよね。志村父の一件のとき、変に真意を読み違えたり身を引いたりせず「恋愛に親の許しはいらない」「君も同じ気持ちなら一緒にいよう」ってまっすぐ言ってくれたの、三崎の信念とは相容れないから受け入れはしなかったけど、嬉しくはあったんだろうな。
「こっちがついていかなきゃ」なんて言っているけど、そういうところに救われているんでしょう?
いや本当に君たち相性いいね???ずっと一緒にいた方がいいよ。
恋愛系少女漫画って、相手役にとって主人公(ヒロイン)が初めてであればあるほどいいとされていて、だから普通は、元恋人や昔好きになった人がいても、今振り返ると本気じゃなかった、本気で好きになったのはヒロインだけ、ファーストキスや初体験はおろかこれが初めての本気の恋、みたいな描かれ方が多い気がするから(海リコがまさにこれ)、志村✕三崎みたいに、相手役の過去の恋が本気であればあるほどヒロインによる救済の偉大さが強まるって描き方がされているのは珍しい。本当に尊すぎて抉られるんですけど???
(そしてこれはやや技巧的な話ではあるけど、主人公カップルじゃないからか、ほぼこの状態でぶつ切りに描写が終わったのが個人的にすごくよかった。少女漫画の最終回で突然社会人や結婚後に飛ぶみたいな、関係性の変化をすっ飛ばして一般的・概念的なゴールとされている部分だけをみせる描写があんまり好きじゃないので。
あゆみが1人でアメリカ留学を決めたみたいに、このまま日頃は三崎があゆみに振り回されて、でも大事なところはお互い相手の信念や価値観を尊重し、かけがえのない存在と思い合う気持ちは揺るがないんだろうなぁって、余韻や余白を感じられてよかった)
めちゃくちゃどうでもいいことだけど、これから先三崎の自宅に定期的に元恋人が帰ってくるってやばくない?これから先の三崎の結婚相手にとって元恋人が義姉になるってやばくない?冷静に考えたらほんと三崎とんでもないことしてくれたなww あゆみだから何も問題ないだけで、普通の女の子だったら元恋人が義姉になるって絶対嫌だと思うよ笑
少女漫画の義理のきょうだいの恋物語って必ず結ばれるから、こういう別れちゃったパターン初めて見た気がするけど結構やばいな笑
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別の関係性レポートで語っているけど、志村✕三崎はまじでわたしの性癖を端から端までがっつり抉っていった……表面上は左側に振り回されやれやれとお世話をしてあげているのに、内面は左側に救われ唯一無二の激情を注ぐ右側。さらに右側は外見上美形・ハイスペ・クールだと最高なんだけど志村×三崎はまさにこれだった。表面上の微笑ましさと危うい激情が両立する関係性。このカップリングだと左側がめちゃくちゃ好きなのであゆみが大好き。明るく人を救う左側が好き。だからわたしはまごうことなき救済だった笹舟回がだいすきなんだ。
そして志村×三崎は三崎が一方的に激情を注いでいるのではなく、あゆみの方も三崎に救われてお互いに唯一無二になっているところがさらに好きだったなぁと思う。やっぱり、激情を注いでいる方には報われて欲しい。あんまり一方的すぎずお互い大事に思っているのが好きです。
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あまりに好きすぎて、これわたし以外にも主人公カップルより志村×三崎カップルのほうがすきって人いるんじゃない?と思ってレビュー漁ったらめっちゃいた笑
やっぱりそうだよねぇ。わたしも志村×三崎エピソードばっかり抜粋してつないで読み返してるよ。
主人公カップルが悪いってわけじゃないんだけどなぁ。何というか印象に残らないんですよね……。
三崎とあゆみほど人物像がしっかり作り込まれていないような気がする。まぁ海は主人公なだけあってちゃんと作られているけど、リコがかなりぼんやりしているんですよね。リコがぼんやりしているから海がなんでリコ好きになったのかもよく覚えてないし、そもそもリコのどこが魅力なのかもよくわからない。なんでリコが海を好きになるのか、海とリコがなんですれ違うのか、なんで悩むのかもよく伝わってこない。なんかずっとぼんやりしている感じがしました。
あと付き合った後のリコの心理描写もあんまり記憶にない。てかリコって本当に海のこと好きなのか?って度々思った笑 リコが海のことすきって感じが全然しない……。
志村×三崎はあんなに生身の人間の体温をもって魅力的に描かれているのに、主人公カップルはなぜさらっとした印象になっちゃったんだろう。まぁ、わたしが個人的にあゆみがめちゃくちゃすきで、リコみたいなキャラがあんまりすきじゃないからそう感じただけという説もあるけど笑
また別の機会に考えてみようかな~。
そういえばハツハルは男の子が片想いする話が読みたくていきついたんですが、海じゃなくまさかの三崎からがっつり摂取したわww
「これから先も ずっとずっと この顔を知っているのは自分だけならいいのに」のシーンなんてまさに片想いの心情が痛いほど伝わってきて心臓掴まれました。
ハイスペックが振り回される片想い養分を摂取しながら、両想い後はお互いがお互いを唯一無二と思えるまで結びつきが強化されていく様子をみることができてもうこれ以上はありません。本当に格別。
あゆみみたいなキャラをあんなに解像度高く描いた作品ってなかなかないと思うし、6巻のあゆみの言葉は漫画史に残したい。
「恋ってのはもっと異なるもの同士のぶつかり合いであるべきだ」
「10割の確率で両想いになる!」
の伏線をこんなに鮮やかに回収するとはお見事でした……。