@_rookwebonly
ルークには、忘れられない思い出がある。四歳ぐらいの頃のことで、ルークに残っている記憶の中でも特に古い部類にあたる記憶だ。もしかするとそれが記憶の始まりかもしれないと思うくらいの、古い記憶。
故郷である夕焼けの草原で最も深い森の一つはハント家の別荘とその敷地が三分の一を占めているが、そこはルークにとって王宮の近くにある本邸よりずっと住み慣れた家だ。自然が多く、その敷地内の森にはオオカミなども住んでいて、幼い頃から彼らとは家族か友人のように一緒に遊んでいた。今でもホリデーの際は出来る限りこの家で過ごし、森に入って狩りをしたり、本を読んだりするのが彼の定番だ。
その日、ルークはその敷地の中にある花畑に遊びに行っていた。両親はお客様が来るからと兄と使用人たちと忙しそうにしていて、そういう時に構ってくれる姉は習い事で留守にしていて、やることがなく邪魔をする訳にも行かないと外に出てきたことを覚えている。それがハント家とその主家キングスカラーそれぞれの当主と次期当主を集めた会合だと知ったのは随分と経ってからだ。
確か、夏にもならない春の頃だったと思う。だから花畑にはたくさんの花が咲き、春の柔らかな風に心地よい芳香がのっていて、うきうきしながら花畑に足を運び、そこで同い年か、少し上くらいの子供と会ったのだ。
森の中にはたまに森の外から迷い込んできた子供がいるのでそれかとも思ったし、屋敷に来ているお客様に連れてこられて、自分と同じように外で遊んでいなさいと自由にされたのかもしれないと思った。どうやって声をかけたのかは覚えていないが、ルークはその子と一緒に花を摘んだり、花を編んだり、随分と長く遊んだことをよく覚えている。ルークが花の編み方を教えれば、その子は遠くの木に止まる鳥の名前を教えてくれた。その時間がとても心地よく、楽しかったこともルークはよく覚えている。
しかし、ルークがそれを覚えているのは楽しかったからだけではない。その子がルークに差し出した鈴蘭とシロツメクサの可愛らしい素朴な花束と、少し緊張して上擦ったような声で言った言葉が嬉しかったからだ。
「おおきくなったら、およめさんにしてあげる!」
惜しいことにその数日後に引いた風邪で酷い高熱に見舞われたルークは、それによってその辺りの記憶の一部を思い出せなくなってしまって、その子がどんな子だったのか、何と返事をしたのかは記憶にない。けれどその花束を差し出された時の、子供の口約束のような初めてのプロポーズを貰った時の、その胸の高鳴りは強く強く心に刻まれたかのように覚えている。
そう、それがきっと、ルークの初恋だった。
「おにいさん、おはなはいかがですか?」
右下からかけられた言葉にルークはスマートフォンから視線を外してそちらを見た。一張羅なのか、可愛らしい大きなサイズのエプロンをつけた女の子が一人、片手に鈴蘭が詰まった小さな籠を持ってルークを見上げている。少し後ろには彼女の両親なのだろう、二人の男女がそわそわと、しかし微笑ましそうに彼女を見守っていた。ルークはそれに破顔してスマートフォンをポケットに仕舞うとしゃがみこみ、視線の高さを合わせつつ鞄の中から財布を取り出す。
「メルシー、マドモワゼル。なんて可愛らしいミュゲだろう! 白くてくすみもなく、まるで初雪のように美しい。こんな素敵なお花屋さんに声をかけていただけるなんて光栄だ、おひとつ……いや、二つかな。二ついただけるかい?」
「はい! えっと……にこで、にひゃくマドル、です!」
指で数えてからぱっと笑顔で言った少女にルークは頷いて200マドルぴったりを財布から出すと彼女へ差し出した。少女は一度籠を置くとエプロンのポケットにマドルを入れ、それから籠の中の鈴蘭を丁寧に包装が崩れないように二つ取り出すと、どうぞ、と両手でそれを差し出した。鈴蘭が一輪ずつ柔らかな布でブーケのように包まれ、鮮やかな水色のリボンが結んである。メルシー、と両手でそれを受け取ったルークは笑顔を浮かべた。
「素晴らしい物をありがとう、早速今日帰ったら私のお部屋に飾るよ。その調子で色んな人に笑顔と幸せを届けておくれ、素敵なお花屋さん」
「ありがとう! あなたに幸せがありますように!」
ぺこりとお辞儀をした少女は籠を持つと次のお客さんを探しに歩いて行った。少し遠くのご両親らしき男女が会釈するのにルークもにこやかに会釈を返してから立ち上がる。スマートフォンのバイブレーションを感じてポケットに手を伸ばそうとしたところで、後ろから声がした。
「居た。何持ってんだルーク」
「レオナくん」
ぱっと振り向けばラフな格好で歩いてくるレオナの姿が映り、ルークは笑みを浮かべる気がなくとも無意識のうちに笑みをこぼしていた。普段学校内で見る制服や寮服とは違う私服姿は見慣れていたとしても新鮮で、心の浮かれ具合に比例した軽やかな足取りで彼へと駆け寄る。
「先程可愛らしいお花屋さんがいらしてね、キミの分も買っておいたんだ」
「要らねぇ、お前が持っとけ」
「まぁそう言わず。幸せを願うものだからね、キミにこそ持っていて欲しいな、私は」
呆れた顔をするレオナに、ルークは手の内の鈴蘭の片方を彼の着ていたジャケットの胸ポケットに強引に突っ込んだ。おい、と咎める声こそ上がるものの、ポケットの中に突っ込んだままの手が抜かれることもなければ花を魔法で退けたり砂にしたりすることもない。それに気分を良くして、ルークは鈴蘭が綺麗に見えるように布の位置などを調整してから満足気に頷いて彼を見上げた。
「素敵だよモンシェリ、よく似合っている」
「物好きなやつ……」
「その物好きなやつが好きなキミも物好きだろう? 物好き同士仲良くしようじゃないか」
くすくすと笑うルークにレオナは顔を逸らしてため息を吐いたものの、尻尾は緩やかに上機嫌を示していた。ルークはそれに目を細め、周囲に顔を向ける。
「さ! 合流できた事だしお祭りを楽しもう。まずは何処へ行こうか、ぶらぶらと歩いてみるかい?」
「適当でいいだろ」
レオナは素っ気なく言うとルークの片手を掴んで歩き出し、ルークはそれに頷いてついていく。ぶっきらぼうに見えても掴まれた手に痛みもなければ歩く速度も決して無理な速さなどではなく、記憶にある彼の歩行速度より少しだけ遅い。それに不器用な彼の愛情を感じて、ルークは頬を赤く染めて楽しそうに笑みを浮かべた。
輝石の国の西部には五月祭と呼ばれる伝統行事がある。春の訪れを祝うこの祭はあちこちで花が飾られ売られることからジュード・ミルフルール、公用語に直すと『千花の日』とも呼ばれ、住民やあらゆる団体がこの日のために育てた花を売ることでも知られている、平和で牧歌的な祭のひとつだ。レオナとルークがこれを訪れたのはその伝統行事がちょうど学園の休日にあたると気付いたルークが次のデートはここがいいと主張したからである。ルークは念の為にと反対された時のための代替案なども用意してきてはいたのだが、予想に反し、レオナは二つ返事でそれを了承した。乗り気という訳では無いが、「別にいいぜ」とすぐに返ってくるのはそれなりに珍しいことだ。
ルークとレオナはそれぞれの家系が建国以来の主従関係というのもあって彼ら自身主従関係でもあるが、同時に学友であり、更に恋人でもある。しかしよく想像されるような仲睦まじく抱きしめあったりところ構わずキスをしたりするような熱々のカップルと言うよりも、二人きりの時に寄り添ったり、放課後に一緒に本を読んだりと一見すると普通の友人関係のようにすら見えるような、そんなカップルだ。因みに彼らの関係性を知るラギーやヴィルはそれを「熟年夫婦」と呼んでいる。続けて「性欲ねぇんスか」と言ったラギーは肩パンされた。心配されなくても思春期の男子なのでやるべきことはやっている。
しかし、熱々な愛情表現がないからといって愛の度合いが劣るというわけではない。彼らにとって警戒を解いた姿を見せることやプライベートな時間の共有を許すことは最上の許容であり愛情なのだ。痕跡を残すことを厭い手袋を外さないルークはレオナには素手で触れるし、基本的に去るもの追わずのレオナはルークがその場を去ろうとすると何かしらの理由をつけてさり気なく引き止める。そういう唯一こそが彼らの愛情表現であり、彼らはそれを互いに理解し、愛をもって確かにそれに応えていた。
と、いうわけで休日の今日、外出届けと外泊届けを出した彼らは箒とハント家の別荘の転移装置を使って輝石の国西部を訪れていた。幸いにもこの祭りでも他の町ほどの派手さや豪華さはない代わりに歴史は最古の一つであると有名な街はハント家の別荘から近く、他のきょうだい達もその別荘は使わないということで一泊二日、水入らずの旅行と相成った。表立って交際している訳では無いために、せめてもの配慮として時間差で学園を出て現地集合・現地解散という彼らのデートにももう慣れたものだ。
「この町はシチューが美味しいらしいよ。昼食はどこかに入って、夕食は何か買って別荘で食べようか?」
「クリームの方か?」
ビーフの方、と言えばレオナはちろりと唇の端を舌で舐めた。良いな、と呟かれた言葉にルークも嬉しくなって、ウィ、と頷く。
「ビーフシチューは食べ応えがあっていい。学園の食堂のものも美味しいけれど、こういった別の場所のものも土地特有の味付けや特徴があるのだろうね。ふふ、わくわくしてきたよ」
「やっぱすね肉が一番だな。最近はほほ肉のがよく聞くだろ」
「そうだね、すね肉のあのほろほろとした感触とお腹に溜まる感覚は実にトレビアン! すっかりお腹がその気分に染められてしまった、お昼は決まりだね」
まだ時間は早く、昼よりも朝の方が近い。その為か街に建ち並ぶ飲食店の多くは準備中のようだった。一部の元気な店やカフェは既に開店し、店先でレモネードやコーヒー等を売りながら陽気な声で呼び込みをしている。住民らしき人も多いが観光客らしき人も多くいて、街は賑わっていた。
ふと、ルークは掴まれていた手の感触が変わったことに気付いてそちらを見た。先程までは握手するように手をがしりと掴まれていたが、今は少しずらすようにして指を絡められる。ルークの視線に気付いたのか、軽い舌打ちの音が降ってきた。
「人が多くなってくると、はぐれたお前を探すのにも骨が折れんだろ」
なんとも分かりやすい照れ隠しだ。ルークはそれに笑みを零すと絡められた指に応えて肩が触れ合うくらいに寄り添った。ふふふ、と笑えばその肩の揺れにきらきらとした金髪が踊る。
「ウィ、ウィ。この歳になって迷子放送を掛けられるのは避けたいものだ! お気遣いメルシー、獅子の君」
ルークの言葉にレオナは何も言わないが、しかし尻尾が上機嫌に揺れているのは衣擦れの音でも分かる。握られた手の強さからも、さり気なく合わせられた歩調からも、今隣を歩いている恋人の気分がいいことはすぐに分かった。彼らが共に出掛けるのは今日が初めてではないし、護衛として同行した回数も含めればずっと多い。けれど恋人としてどこかへ行くというのはいつだってそれらとは違った居心地の良さがある。ふん、とハミングを漏らしながら、ルークは楽しげに繋いだ手を揺らした。恋人が良い気分でいられることは、ルークにとって何よりの幸せなのだ。
「買いすぎたかもしれない」
「今気付いたか」
太陽が高くで燦々と輝きを放ち、準備中だった多くの飲食店が準備を終えて客を迎え入れ昼食を食べるのに良さげになった頃には、既にルークの手にあらゆる花があった。これも花屋に声をかけられる度に二輪ずつ買っていったせいである。浮かれた気分のまま多くの花を買っていたことに気づいたのは途中で見かねたらしい花屋の店員がオマケにと藤籠を渡しに来て、それが花で一杯になったからだった。あまりにも今更である。ルークは籠を抱くようにして持ち、その鮮やかな色合いと楽しげな芳香に苦笑する。
「美しいものを見るとつい手が伸びてしまうのは私の悪癖だな……別荘に戻ったらまず花瓶を集めるところから始めなければね」
「そんなにいっぱいどうすんだ、ヴィルにでもやるのか?」
レオナはそう言いながらも籠に手を突っ込み、一輪の花を抜き取った。葉がついた赤色のペチュニアの花だ。ルークはそれを目で追ってから籠の中を見下ろす。
「談話室に飾るか、私の部屋に飾るか……ううん、談話室かな。素朴ながらも愛らしい花たちだ、私一人で楽しむには勿体ない。そうだ、半分はキミにあげるから、そちらの談話室に飾ったらどうだい?」
「要らねぇ、鈴蘭だけでいい。うちの談話室なんて置いといたらすぐ枯れるだろ、お前のとこに飾っとけ」
人通りを邪魔しないように壁際にはけて休憩する二人の前を多くの人が歩き去っていく。道行く花屋の籠よりもルークの腕の中の籠の方が色とりどりで賑やかだった。ルークはひとつ頷いて隣のレオナを見る。花を一輪どうするのかと思っていれば、彼は器用に茎でくるくると輪っかを作り、何やら編むように指先をちまちま動かしていたかと思うと不意にそれをルークへと放り投げた。慌てて籠を片手に持ち直してそれをキャッチすれば、可笑しそうにレオナは笑う。
「やる」
「お茶目だね、獅子の君。キミのそういうところも好きだけれど……」
ルークは肩を竦めて言うとキャッチしたそれを改めて見た。ペチュニアの花で作った、子供の遊びのような指輪だ。ボーテ、と顔を輝かせ、指輪の輪っかを指先で摘むようにして陽の光に透かすようにしてまじまじと眺める。余った茎をバランスよく巻き付けてあるからか、簡単には解けないようになっている。シロツメクサなどではよく見るが、ペチュニアで作るのは初めて見た。角度を変えながら見て、彼は感嘆の息を漏らす。
「なんて素敵な指輪だろう……ペチュニアの赤がまるでルビーのようだ、トレビアン!」
「上手いもんだろ」
「ウィ、上手だ。でもキミが花の指輪の作り方を知っていただなんて、初めて知ったよ。王宮でもよく作っていたのかい?」
指輪を見つめながら問えば、レオナは曖昧な言葉を漏らした。あー……と声を漏らしつつ何か考えるようにどこかを見て、腕を組んでから口を開く。
「大昔、ガキの頃に教わった」
「それなのに未だに覚えているだなんて凄いな、キミの頭脳は素敵なことをたくさんしまっているんだね」
「兄貴たちの用事が終わるまで暇で、外にいたら声掛けられてな。そん時にそのガキに教わった」
俺は代わりに鳥の名を教えた、とレオナは付け足して、ルークはぱちりと瞬きをすると顔を上げて彼を見た。レオナは彼らの前にある道の、通りを挟んだ向こうの花壇あたりをぼんやりと眺めているようだった。組んだ腕を落ち着かなさそうに手の位置を変えて、祭の雑踏に紛れてしまいそうなほどの静かな声で言う。
「金髪の綺麗な子供だった。……覚えてんのは、俺だけみたいだったがな」
「……私が、ひとつ知っていることがあるのだけれど」
ルークは呆然とした表情のままそう言葉を紡いだ。レオナの瞳だけが向けられる。ルークは無意識のうちに腕の中の籠を強く抱き締めていた。
「その金髪の子供は数日後にひどい高熱を出して、その辺りの記憶があやふやになってしまったんだ」
「なるほどな、道理でしれっと初めましてとか言いやがるわけだ」
はぁ、とため息を吐いてレオナはがしがしと髪を雑に掻き乱した。数秒遅れて状況を理解しだした心臓が強く跳ね回り、ルークはそれを抑えるように籠を胸に寄せる。しかし指輪を潰してしまわないようにだけ気を付けながら、ルークはレオナの横顔を見上げたまま問いかけた。
「い、いつから、気付いて」
「テメェが俺の従者だって連れてこられて顔合わせした時」
「それ初めからじゃないか!」
言っておくれよ、と思わず足から力が抜けてしゃがみこみながら消え入るような声を絞り出す。ルークとレオナが主従関係を始めたのはルークの高熱による記憶喪失から数年経ってからだ。馬鹿言え、とレオナの揺れた尻尾の先がるの頬を擽った。
「ようやくまた会えたと思ったら初めましてって言われんだぞ、奥ゆかしい繊細な王子様の俺が言えるわけねぇだろ」
「あぁ、うん、そうだね……パードン……」
繊細だと冗談めかしたようにレオナはよく口にするが、実際のところそれはそれなりに真実である。繊細であるが故に自分が傷つかないように初めから斜に構えたりと、自己防衛のやり方を知っているだけだ。ルークは不可抗力とはいえ彼を傷つけていたであろうことを知り、申し訳ないのと、……嬉しいのと。
「……指輪の作り方、ずっと覚えていてくれたんだね」
あの時、まだ彼らは小さな子供だった。覚えていることの方がずっと少なく、それが当たり前。どちらもなかなか一般人とは言い難く、覚えることも出会う人もずっと多い。けれどそんなたった一日の遊んだ記憶を覚えていてくれていることは、どこか擽ったく心の内側を撫でた。それに今でこそルークは天真爛漫で感情表現が豊かではあるが、幼少期は感情表現を苦手としていて愛想もなく、楽しいと思う気持ちを表に出してはいなかったのに。時として無邪気さ故に残酷な子供は、そんなルークをつまらないという者も多かったというのに。
まぁな、とレオナは素っ気なく答えた。壁に凭れかかり、尻尾がルークの隣で揺れている。
「初恋だったからな、忘れようとしても無理だろ」
「はつ」
こい。初恋とな。ぶわっと血液が巡り頬が熱くなった。言葉を途切れさせたルークにレオナの喉奥で笑う愉快そうな声が降ってくる。視界に入る尻尾は上機嫌だ。レオナはルークが取り乱すのが大層好きなようで、悪戯をしたり、不意打ちをしてルークが照れたり驚いたりするとこうして楽しそうに笑う。いやでもこれはさすがに驚くだろうと思って、そこでふと、ルークはひとつの疑問が生まれた。籠を膝に乗せるように抱え直して、恐る恐るレオナを見上げる。
「レオナくん、そうなると、私はキミを幻滅させやしなかっただろうか……?」
「あ?」
「ほら、出会った時の私は少女のようだったろう?」
長くて真っ直ぐでさらさらとした曇りひとつない金色の髪、長いまつ毛に縁取られた太陽の下で煌めくハンターグリーンの瞳。あの国では珍しい色白の肌……と、幼少期のルークはそれはそれは可憐な美少女然とした子供で、自己紹介で息子だと言われない限り九割九分女の子だと思われていた。声変わりをしているはずもなく、おまけに一人称も私かルーで、自己紹介で性別を口にしない限りは裸を見るくらいしないと少年だと思われなかったのだ。今ではすっかり逞しい隠れマッチョに育ったのだが。もし幼少期の写真をエペルに見せていたなら、その未来へ希望を見させていたかもしれない。そしてヴィルはその横で絶対に渋るだろう。
キングスカラー家とハント家の主従関係は原則同性で結ばれる。彼らの父同士、ルークとレオナ、ルークの兄であるハント家長男とレオナの兄であるファレナのように。だから主従の正式な締結と顔合わせした時に初めてレオナはルークの性別を知っただろう。ルークはレオナの恋愛対象が同性なのか、両性なのか、そういった細かな部類は知らない。だから最初に出会った時、少女だと思って恋をしたのかもしれないという可能性は十分考えられた。
ルークの言葉にレオナは少し何を言っているか理解出来ないといった顔をして、それからあぁ、と合点がいったように耳を動かした。愉快そうに笑って丸いルークの頭に手を置く。
「確かに男だって知って驚きはしたがな、そんだけだ。初めて会った時から綺麗だと思ってた」
「め、メルシー」
「だから初めましてって言われてだいぶ凹んだ」
「それは本当にごめんね……!」
心の底からの謝罪の声にレオナはくつくつと笑って、彼の髪を軽く乱してから手を離した。ルークはそれにようやく立ち上がり、髪を手で適当に直してから、ようやく火照りの落ち着いた頬を手の甲で確かめて息を吐く。ぺし、とレオナの尻尾がルークの足を叩いた。その触れ合いにすら喜びを覚えて、ルークは普段通りの笑みを彼に向ける。
「お詫びと言ってはなんだけど、その分たくさんキミに愛していると言うよ。私にとってもキミが初恋だったからね、伝え損ねた分もちゃんと……」
「いい、いい、要らねぇ。人のはどれだけ少なくっても賛美すんのに自分のこととなると途端に数積もうとすんの止めろ。お前の悪い癖だ、ルーク」
話していた唇に指を突きつけられて思わず言葉と止めたルークに、レオナは呆れたように言った。ぷに、と保湿された薄い唇をつついて、レオナの指が引っ込む。はぁ、とわからず屋に説教をするように腕を組んで、彼は眉をひそめた。
「伝え損ねた分は今の初恋だって言葉で充分補っただろうが。美辞麗句は御免だ、テメェの考えに考えた最低限の言葉だけでいい。分かったら返事」
「……ウィ、モンシェリ」
よし、とレオナは頷き、それから二人は同時に吹き出すように笑った。通行人たちが思わずと言った様子で二人を見て、なんだろうと不思議そうに、或いは微笑ましそうに見ていくのがおかしくて、ルークは肩を揺らして笑う。
「それにしてもお互い初恋だったなんて! 随分と気が合うね、これが運命というやつかな? 初恋は実らないと言うけれど、こんなに見事に実ってしまった!」
「かもな、お前みたいな変人と釣り合えるのは俺くらいのものだろ」
レオナはそう言いながらルークがずっと摘むようにして持っていた指輪を取るとくすくすと笑いながらその行方を目で追う彼の左手を取り、薬指にそれを嵌めた。そして左手の指を絡ませるようにして握るとその手を引いて歩き出す。
「よし、適当な店でシチュー食うぞ。テラス席ならその大量の花あっても置く場所くらいあんだろ」
「ダコール、テラスがあって美味しそうなお店を探すとしよう! 午後はお土産屋さんを見てみたいなぁ、キミも寮生達に何かお菓子でも買っていくといい、きっと喜ぶよ」
まだ買うのか、とレオナは呆れた顔をしたがルークの言葉を否定することはなかった。手をしっかと握り、賑やかな街を歩き出す。飲食店を探しながら、ルークは時折腕の中の籠の花を見た。テラス席に座れたなら、料理を待つ間花で指輪を作ろう。ナズナにしようか、それともルドベキア? アネモネもいい、籠の中身の花で指輪に出来そうな物はどれでも魅力的に思える。レオナに最も似合うものはなんだろう、自分が彼へ向ける愛情を表すのに、一番適した花はどれだろう。指輪を嵌めたい指はたった一本だ、作りたい花は多かれど、その中で最も相応しいものを見つけて決めなければならない。
「ねぇ、レオナくん」
「なんだ」
「最も相応しい物だけを選ぶのは難しいけれど、浮かれて楽しくなってしまうね」

ルークの言葉に視線を交わらせたレオナはひとつ瞬きをして、それから耳をぴるりと動かして口角を上げた。そうだろ、と雑踏の中でも自然と通る声をルークが聞き落とすわけがない。
「精々悩んで迷え、そんくらいが丁度いい、普段が囀りすぎだ」
「心が言葉を紡いでしまうのだから仕方がないんだ。けれど……うん、キミへ贈る言葉は悩んで迷って、キミで頭をいっぱいにして選ぶことにするよ」
ルークは照れくさそうにはにかんで繋いだ手を揺らす。ひらひらとその動きで花弁を揺らす赤いペチュニアが、二人の手を彩っていた。