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【アデレイ】An endless journey①

全体公開 アデレイ 3 3319文字
2022-03-07 23:37:48

周回プレイヴスくんが神影島にアーデンを救いにくるおはなし第一話。
M.E.721年。
[Twitter公開日:2021年8月29日 修正に伴い削除済]

Posted by @aburami_b

 闇の中でも、アーデンは自身が永らく幽閉されている場所が石造りであることはわかっていた。慣れた目に、粗削りに整えられた岩肌が感じられる。壁や天井から伸びた頑丈な鎖、その先端の鉄杭が手首や脇腹の肉を貫き、冷たい空間に磔にされていた。
 あまりにも永く、こうしている。もはや苦痛を感じることも忘れてしまった。荒縄で固く縛られた両足も自力では微動だにせず、全身を重力に任せるままだ。だがひどい寒さからだけは逃れられず、自らの唇から漏れる吐息だけが唯一とれる暖であった。
 このまま何も変わらず闇の中に取り残され、凍えながら退屈な時を過ごすのだろう。追憶だけがアーデンに許された暇潰しで、だがそれこそ心をずたずたに引き裂く自傷行為でしかない。きっと、そんな地獄が永遠に続くのだろうと諦めていた。
 だが、転機は突如としてやってきた。
 大きな岩を砕いたような轟音と同時に地響きが身体に伝わってきた。ここが崩れるのだと思った。久しぶりに抱いた感情は安堵であった。死ねるかもしれない。瓦礫の山に潰され、ようやくこの孤独が終わるのだと。
 だが、その願いは叶うことなく音はピタリとやんだ。代わりに高く反響する足音が近づいてくる。風だ……風を感じる。微かに潮の香りも運んできた。すっかり重くなってしまった瞼をわずかに開くと、網膜を焼くような強烈な光に見舞われた。思わず固く目を瞑ったが、足音がすぐ目の前で止まったとき、再び、おずおずと瞼を開いた。
 先ほどはまともに目の高さにあった光……どうやらランプだったようだ。それは足元に置かれ、剣を掲げた青年の姿を浮かびあがらせている。白い外套で身を包み、フードを目深に被っていて顔がわからない。
「アーデン」
 よく響く、闇を一蹴するような声だった。何故、名前を知っている? アーデンは固まっていた唇を必死に動かした。
「だれ、だ…………?」
 自分の声を聞くのも久しぶりで、まるで他人の声のように思えた。
 青年がゆっくりと、フードを脱いだ。
 白銀の髪が絹糸のように幾筋か額にかかったその顔は精緻な彫像のように美しかった。白い外套も相まって、とうとう天使が迎えにきたのかとさえ思えた。眩しく細い光がアーデンの視界を瞬間的に遮る。青年が腰から剣を抜いたのだとわかった。
 この天使に斬り殺されるならば、瓦礫に潰されるよりもずっといい。剣が振り下ろされるのを待ち望み、微笑んだ瞬間……甲高く耳障りな音と、鼓膜を裂かれたかと思うほどの衝撃。それから、ジャラジャラと矢継ぎ早に音を立て、鎖が床に投げ出された。それが自分を繋いでいたものだと理解するより先に、支えをなくした身体が崩れ落ち、青年の身体で受け止められた。外套越しにもわかるほど、胸板のみっしりと詰まった筋肉がクッションとなって落下の衝撃は抑えられた。人肌の弾力と温かさに、ひどく戸惑う。
 アーデンの身体のあちこちを抉っていた鉄杭も引き抜かれ激痛が走ったが、多少の血を流しただけで、傷口を肉芽が覆い、たちまち塞がっていった。肌に痕跡を残す事すらない。自らの身体の人としてあり得ぬ修復を感じ、アーデンの耳に、弟の呼び声が蘇った。化物、と…………
「先を急ぐぞ。そろそろ帝国のマッドサイエンティストが現れる頃だ……ルシスの手の者も」
 身体がふわりと浮いた。長い間吊り下げられていたのだ、自分の重さは身をもって知っている。だがそれを軽々と、姫君を扱うような丁重さで青年の腕に抱きかかえられていたのだ。
「オレに、触るな」
 煩わしく身を捩ったが、解放はされなかった。
 血を分けた弟から受けた仕打ちを思えば、他人など信用できるわけもない。いったい今度は何をされるのか……。何故、死なせてくれないのか。
「このままここにいるより最悪なことがあるのか?」
 薄暗闇で、青年の瞳の色は正しくわからない。青のようにも、紫のようにも見えた。だが、ほんのひとさじの悪意も好奇もないことはわかった。だからといって心を許すわけではないが、青年の言葉通りこの地獄に留まるよりは遥かにマシだろう。それに、彼からは不思議と懐かしいにおいがした。抗いがたい、花の香りだ。
……好きにしろ」
 投げやりに返すと、青年は答えず視線を遠くへ向けた。その先の、口を開けた出口の向こうにちいさく月が見えた。それはかつてアーデンが見た事のある月よりも鈍い輝きを放っていた。

 石牢は思いのほか簡素な構造で、脱出は容易であった。アーデンは青年に抱かれたまま、久しぶりに外の空気を吸う事になった。潮のにおいが強い。海鳴りが聞こえる。視界には夜に沈んだ木々や奇岩が凄まじい速さで行き過ぎて、間もなく海岸が現れた。どうやら、さほど広くない無人島であったことを思い知る。
 海岸に停泊されていたのは、白いサメのような形をした、恐らくは小型の船であった。アーデンが知る船といえば木造のものしかなかったが、それとはまるで違う。青年が甲板に飛び乗ると、抱かれていたアーデンごと不安定に揺れた。
「旧型のクルーザーだ。多少窮屈だが、我慢しろ」
「クルー……ザー?」
「船の事だ。エンジンで動く」
「エンジン?」
 見上げると、青年の顔は少し困っているようだった。説明が難しいのだろう。アーデンは質問を変えた。
「これで、旧型なのか? オレは、木造の船しか見たことがない」
「45年後には、そうなる」
 冗談を言っているようには見えなかった。アーデンは口を噤んだ。返す言葉も見つからなかったが、何よりこれ以上しゃべることが億劫だった。長いこと使う機会のなかった喉はからからだ。青年に成されるがまま船内の座席に座らされ、すぐに青年も隣に座った。
 彼の前にだけある円状のものは、恐らく舵輪だろう。船の中は確かに手狭だったが、全身を繋がれていた先ほどまでに比べれば、じゅうぶんに快適であった。
「操縦はオレがする、お前は寝ていろ」
 ふわりと目の前が遮られ、頭のうえに柔らかな重み。彼の着ていた外套を被せられたのだ。温もりが残っている。
 ……もう飽きるほど、眠ったさ。
 アーデンは目を閉じることなく、この海路の旅のあいだ、月に照らされた天使の白い横顔をじっと眺めて過ごすことにした。

 容赦ない波の起伏にあおられながら、数時間ほど経っただろうか。アーデンの体感ではあっという間であった。時間の感覚など狂って久しい。青年が操舵するクルーザーは桟橋すらない浜辺に乱暴に乗り上げたあと、駆動音と振動も止んだ。とたん、青年はぐったりと舵輪に顔を伏せた。上陸の衝撃で怪我でもしたのかと思い手を伸ばすと、青年はわずかに視線をよこした。
「問題ない、ただの船酔いだ」
 神が遣わした天使か、とまで思った美しき青年が見せた人間くささに、アーデンは虚を突かれた。
「おまえは大丈夫か。気分はどうだ」
「ああ……むしろ、揺られていたおかげか少しは感覚を取り戻したようだ」
 自在に動く指を見せつける。青年はほっとしたようだった。さきほどまで険しかった眉間が微かにやわらいでいる。アーデンは疑問をぶつけた。
「そろそろ、君のことを聞かせてくれないか」
 青年はわずかに視線を迷わせ、ゆっくりと口を開いた。
「名前は、レイヴス……。レイヴス・ノックス・フルーレ」
「フルーレ……?」
 心臓をきつく掴まれたようだった。
 だめだ……。だめだ。息が詰まり、激痛をおぼえる左胸を押さえた。
 闇の中で自分を痛めつけてきた幸せな記憶。麦の穂。大樹。やわらかな膝。すでに息絶えてしまった幻。エイラ…………。愛した女の顔が次々に浮かんでいく。死ぬ間際の笑顔も。
 青年から感じられるエイラと同じ花の香り。アーデンはその理由を察した。声が震える。
「君は、まさか……
「神凪の末裔だ。アーデン、おまえがあの島に幽閉されてから二千年の時が過ぎている」
 アーデンは呆然とした。二千年。それほどまでに途方もない時間が経っていたとは。だが同時に、もっとずっと長かったようにも感じた。闇とひとつになっているあいだ、アーデンの時間は止まっていたのだ。


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