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洋菓子交差点

全体公開 4 1755文字
2022-03-08 21:08:05

柳の場合2

名前変換
Posted by @uk_plus_



 新しいケーキ屋が近くにできたんだって。目をキラキラさせながら彼女がそう言ったのはほんの前の話。柳がその時そうかとしか返事ができなかったのは、名前の高揚ぶりに圧倒されたからだ。なんでもとても美味しいチョコレートケーキを作るパティシエの店だそうで、もともと甘いものが大好きな彼女がそれに目をつけたのはごく自然なことだった。次の休日に行こうと提案する姿を見ながら微笑んで返事をした柳だったが、なんとなく気になって先に一人足を運ぶことにしたのが先々週の話だ。

 柳の勘は見事に当たった。その店は旧友の丸井が開いた洋菓子店だったのだ。お世辞にも大きいとは言えない店舗だが、内装は丸井のセンスの良さが滲み出ていた。並んでいるケーキも基本的なものから可愛らしいものまで揃いがよかった。そしてなにより丸井のいたずらっこのような笑顔は健在で、柳は心底嬉しく思った。


 秋風の吹く夕暮れ。前を開けたコートの隙間から少し寒さを感じる。柳は通勤の鞄を肩にかけながら最寄駅までの道を歩いていた。先程電話があったということはそろそろ名前が駅に着く頃だろう。ざっくりと計算しながら、柳は手に持つケーキ入りの箱をちらりと見た。きっと彼女はこの箱を目にしたら咲くように笑うだろうと。
そう思えば柳の口元も自然と綻んだ。そういった小さな事が今の柳にとって一番の幸せだった。

そろそろなのだろうか。

 柳と名前の関係は同棲をする恋人だ。互いに仕事に従事する身としてはそれが二人の最善策だった。
しかしずっとそんな関係でいるほど二人は若くはない。いつを決着にするべきか、考えれば考えるほど柳の中で最良のタイミングは見えずにいた。今に不満があるわけではない。しかしいずれその時は来るだろう。そしてそれは、いつなのか。たくさんの時間と確実を積み重ねているはずなのに、自信を持って差し出せない箱をしまい込んである通勤鞄が毎日毎日柳を辟易させていた。

 堂々巡りの思考に頭を使っていると、柳の足は駅前にたどり着いていた。ぐるりと辺りを見て、名前の姿を探したがどうやら到着していないようだった。行き違いにならないよう、柳はさっとメッセージを送信した。するとすぐに返信が来て、そこには了解したことを伝える内容が記されている。そして見慣れた姿が改札を抜けてくる。秋用のコートに身を包んだ名前だ。彼女は柳の姿を見つけるとひとつの迷いなくパンプスの足で駆け寄ってきた。

「お疲れー。どしたの?先に帰ってるかと思った」
「たまにはな」

そっかと返事をすると、彼女はごく自然な動作で柳の隣にきて歩き出した。そして彼の手にある箱にすぐ気付く。

「蓮二、それ」
「ああ。丸井のところへ行ってきた」
「わあ!ありがとう」

やっぱり。

柳の予想はだいたいが当たる。学生の頃からの特技だ。そしてそれが名前のことであるならば柳の達成感はひとしおだった。楽しみだなぁと呟きながら名前の息は弾んでいた。

「丸井が名前によろしくと言っていた」
「そか。今度は二人で行って挨拶しようね」
「ああ、そうだな」

明るく提案する彼女の顔が柳には眩しく見える。今なのだろうかと本能のように思った。自分の勘や予想は当たる。柳にはたくさんの心当たりや実績がある。それを今信じないでいつ信じるというのだろう。

柳は小さく息を吸って、そのまま言葉を続けた。

「披露宴に出すケーキは、丸井に頼もうか」
「え?」

披露宴という言葉に名前は戸惑ったようで、ぴたりと足を止めて柳を見つめた。同じように見つめ返してから、柳は鞄にずっとしまっていた一つの小さな箱を取り出した。

「結婚しよう」

驚きと喜びで口元に手をやった彼女はためらいがちに箱を受け取って、そして留めていられなかった涙を流しながらキラキラと笑って何度も何度も頷いた。


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