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洋菓子交差点

全体公開 1 2631文字
2022-03-10 21:59:20

丸井の場合1

名前変換
Posted by @uk_plus_



 「ウェディングケーキぃ?」

彼女ならばそんな風に素っ頓狂な声を上げて、きっと顔も相当驚きの表情をさせて反応してくれると丸井は思っていた。そして電話口の相手は間違いなくその反応をしてくれたことに、丸井は満たされた気持ちになる。毎回彼女のなんてことない反応を見れる度に、丸井は己の存在が彼女の中に根付いていることを感じて嬉しく思った。

電話の相手は見習いとして同じ店で働いていた名前だ。彼女は底抜けにサバサバしている女性なのだが、それ故に丸井はとっつきやすく、見習いとして勤めていた所を出た後でもこうして互いに連絡をするほどには仲が良かった。

「おう。友人からの注文なんだけどな」
……へぇ」
「手伝ってほしいんだよな」
……はぁ?」

こうした返事をする彼女に決して悪意はないし、機嫌が悪いわけでもないことを丸井は知っている。これは彼女の性格が起因した態度なのだ。さっぱりした彼女は簡潔を好み、そして誠実を重んじている。だからこそ丸井の一言一言に嘘なく答え、反応している。それが丸井を喜ばせる一因になっていた。

「急に言って悪いな」
「本当よ。で、何を手伝えばいいの?」

話が早いところも丸井にとって彼女の長所に感じられた。だめならば最初の返事で彼女は断る。そういったところが丸井にとっては気が楽で、そして何より尊敬できる部分だった。

「一緒に考えて欲しい」
「は?あんた何言ってんの。友達はあんたに頼んできたんでしょ?」
「ああ」

丸井の突然の願い出に、彼女は不快そうに返事をする。

 依頼主は柳だった。式に出すウェディングケーキを是非とも丸井に作って欲しいと、特に新婦の方から頼まれたのだ。

 日曜の昼前だった。いつも通り開店すると、柳とその彼女が店を尋ねてきたのだ。二人で来ることはそうそう多くなかったため、丸井は最初珍しい光景に目を瞬かせた。なんにせよ客には変わりない。丸井はいらっしゃいと声をかけて今日はどの品にするか二人に問いかける。するといつもとは違った面持ちで柳が口を開いた。

「ウェディングケーキを注文したいんだが……

あんなにきっちりと言葉を発する柳が、珍しく尻すぼみになっていた。そんな彼の言葉に丸井はもう一度目を瞬いた。何度か二人の顔を交互に見て、その言葉の意味を理解した丸井は満面の笑みで頷いたのが三日前の話だ。

 「ああ、前に何度か話してた、ちょー頭のいい同級生?」
「おう、そいつそいつ」
「へぇ……人ってわかんないのねぇ」

事の顛末を話せば、名前は先程とはうって変わってふうんと返事をした。てっきり疎い人かと思ってたわ、なんて名前が言いながら感心したように丸井の話に頷く。

「長い付き合いなんだ。あいつが俺に直接頼むんだから、大事なことなんだよ」
「で、そんな大事なことをどうして私が一緒に考えるわけ?」

名前にとって当然の疑問だったろう。人員の不足による手伝いの発生なら合点がいくが、丸井が求めているのはそもそもの内容を考えるという一番大事なことだった。

「そこの店のパティシエはあんたなんだよ。それともなにか?店を出す準備だけでバテたってわけ?軟弱極まるわね」

友達にくそみたいな品を出すわけ、と噛み付くように名前は吐き捨てる。彼女らしいなと、丸井は小さく笑った。彼女は実直な性格故に、半端なことが嫌いだった。見習いの頃だ。自分の店を出すことを少しためらっていた丸井に、名前がひどく叱責したことがあった。お前がやろうとしていたことはその程度で終わらせてもいいことなのかと。その時の彼女も、丁度こんな感じだったかなと、丸井は電話越しには見えない彼女を想像して、目を細めた。

「何笑ってんのよ」
「いいや。もちろん、そんなわけねーだろ」

電話の内容以上に、丸井が笑ったことに拗ねた彼女に丸井は一つの確信を渡すつもりでいた。それこそ、自分に人生で一番大事なことを頼みに来た、あの友人と恐らく同じ気持ちで。

「俺の大事なことだから、お前と一緒に考えたいんだ」
……は?」
「うちの店で、働いてくれないか、一緒に、ずっと」

最後の言葉を尻すぼみにしてしまった柳の気持ちを、丸井は今理解した。あんなに自信満々に電話をしたというのに。さっきまではあんなに普通に話せていたのに。いざ最も伝えたいことを言うと、こんなに言葉は喉の奥へ引っ込んでしまう。

「どういう、こと」
「俺と一緒に、ここの店で」
「ちょ、ちょちょちょっと待って!」

電話口の彼女は、急になんなの、だとか何を言ってるの、だとかを慌てた様子で捲くし立てた。その様子を窺っていると、丸井の気持ちはだんだん落ち着いてきた。俺の言ったことを聞いて彼女も動揺して、驚いている。その事実だけでも幸福だった。

「たしかに急だよな。でも働くってのは、その、もう少し先のことで」
……

お前が今いる店のこともあるし、なんて現実的なことを差し込んで丸井は少し誤魔化した。あまりにも電話の先の名前が無言だったからだ。しかしその無言は長く続かなかった。

……ちょっと」
「んあ?」
「ぼんやりしてんじゃないわよ。今からそっち行くわ」
「え、今から!?」
「あったりまえでしょ。最高の品作んないと、あんたの友達に失礼よ。いい?私は妥協しないんだから、覚悟しときなさいよ」

啖呵を切るような彼女の言葉を最後に、電話はぶつりと切れた。

「俺だって、俺の大事なもん大事にしねーとな」

独り言が少し狭い店内に響く。丸井は口元を緩めたが、自分の頬を両手でぱしっと叩いて気合を入れなおした。数十分後には、大事な大事なこれからのパートナーの彼女が彼をどやしにくるのだから。





 二人だけの静かな厨房で、何も無いと言い切った丸井を前に、名前は口をあんぐりとさせている。

「え、マジで何も考えてなかったとか」
「一緒にやりゃいいじゃーん」
「なめんなクソガム男」

二人は早速レシピ作りに取り掛かった。


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