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永久の愛

全体公開 1 11 5563文字
2022-03-12 00:07:08

現パロ丕懿
ポエムみ強め

 春も近いはずなのに、今夜はやけに冷え込む。はぁと少し長めに吐いた吐息は白く変化し、わずかに指先を暖めてくれた。
 夜の公園。都会の最中にあるのに、この一角だけが木々に囲まれ隔絶されたようだった。街の明かりが遮られて、まるで別世界に来たように錯覚される。
「悪いな。待たせたか」
 現在は何時くらいだろうか。時間を確認しようとして、腕時計に視線をやった瞬間、その声は背後から響く。耳によく馴染む音色は、けれど、記憶に残るものより少し幼さを残していた。
 振り返れば、端正な顔立ちが花の綻ぶように微笑んだ。何度この目に映そうが、いつだって、その美しさには見惚れてしまう。
……いえ。わたしも今し方、来たところですので」
 努めて平静に応えたつもりだったが、彼にはどう聞こえただろうか。二人掛けのベンチ。隣のスペースを開けるよう、少し横へとズレる。当たり前のように、その人は寄り添うように腰を降ろした。
「あっ……
 グイと強引に腕を引かれて、抵抗する間もなく、その手中に手のひらを包まれてしまう。自分よりも温かな体温に触れたせいか、身体の奥が熱くなったような気がした。
「嘘。こんなに冷たくなっている」
 握られた手のひらから、この激しすぎる鼓動が伝わっていないかと案じるも、それを振り解こうという気持ちは一切なかった。
 等間隔に設置された街灯の光がわずかなもので本当に良かった。お互いの表情は確認できるが、頬の赤さまでは判断できるまい。
「どうでしたか。卒業式は」
「どうもあるか。下らん通過儀礼に過ぎない」
 煩わしげに溜息を吐く。その所作すら綺麗で、彼がまだ十代の青年だということ忘れさせた。
「その姿も見納めですね」
「地味で窮屈なだけの制服だ。ようやく脱げて清々する」
 悪態を吐きながら、曹丕は襟元のボタンを一つ外した。ブレザーの制服からチラリと覗く、喉元の白い肌。すっかりと男性らしく変化した身体を盗み見えながら、司馬懿は少し前の少年だった彼に想いを馳せた。
「わたしは好きでしたよ。色々なあなたを見られるのは、素直に嬉しい」
 言葉にしてから、自分にしては正直すぎる感情を吐露したように思えて気恥ずかしくなる。だが、秘めたまま言えないで終わるくらいならば、羞恥くらいなんということもなかった。後悔を知って以来、司馬懿は随分と丸くなったものだと彼に揶揄われもした。
「そう思うならば、お前も毎日スーツはやめろ」
「そう申されましても。仕事帰りですので……
 地味な色のスーツは司馬懿の普段着と化していた。曹丕のようにファッションへの興味があるわけでもなし。私服など大して必要なかった。
「どうだ。そっちの方は」
「まだまだ。新米ですので、大した仕事は与えられません」
 胸元の弁護士バッジを指先で弄び、司馬懿は謙遜気味に答えた。司法試験をクリアして、この肩書きを得てまだほんの一年目であった。
「その割には余裕の表情だな。仲達」
「どうでしょう。あなたが卒業なされる頃には、それなりの権力を持っていたいものですが」
「フフッ。相変わらず、野心家め」
 皮肉を返された司馬懿は、大袈裟に拗ねたような顔をして見せる。少し尖らせた唇の先は、しかし、彼の微笑みを前にすぐさま緩むのだ。
「とんでもない。わたしに野心など欠片もありませんよ」
 何故、この職種を目指したのか。その答えは実に単純で明確だった。司法を手玉に取れる地位に至れば、将来必ず役に立つ時が来るだろう。もちろん、それは己のためではない。
「全てはあなたのためだ。わたしに在るのはいつだって、子桓様への忠誠心のみ」
 心底惚れ込んだ相手にしか見せない顔で、司馬懿は曹丕の目を真っ直ぐに見つめる。その愛おしい顔を、永遠に見ていられる気さえした。
……いい加減、その呼び方はやめろ。あとその敬語もだ」
「ですが」
 この時代にはそぐわないと知りつつも、そう簡単に染み付いた口調は変えられない。どれだけ世の中が変わり、立場が変わろうとも、司馬懿によっては曹丕こそが唯一無二の主であることに変わりはないのだから。
「人前でもその調子では怪しまれるぞ」
「そこは抜かりのないつもりですが」
 ごく普通の学生を、一介の新米弁護士が様付けで呼ぶなんて、奇妙極まりない。この時代ではあり得ないこと。であれば、現代にそぐう姿で接するべきである。
―――子桓、と。そう呼べ。仲達」
 よく手入れの施された細い指が、司馬懿の顎を掬った。彼の傍にいる限りは落ち着くことのない鼓動が、さらに強く主張を始める。
「し、子桓………さま」
「フフッ。これは矯正するのに骨が折れそうだ」
 頬をすっかり朱色に染めて、彼の名を紡ぐ。しかし、語尾にはか細い声で耳に馴染む敬称が付属された。やはり、今すぐには変われない。だが、焦らずとも時間はたっぷりとあるだろう。今度こそ。きっと。
……俺が大学を卒業し、そこから下積みを重ねて」
 甘い空気を振り払うような、至極真面目な曹丕の声音。今日、高校を卒業したばかりだというのに、彼はもう先のことを見据えていた。その瞳は今も遠い未来を見ているのだろうか。
「この国を俺の手で動かせるようになるまで、何年かかるだろうか」
 彼はこの時代に於いても、トップに君臨してやろうという野心を秘めていた。そうでなくては、人生つまらないだろう。そう嘯いて笑った今より幼い曹丕の姿を、司馬懿はつい昨日のことのように思い出せた。
「何の後ろ盾もない。ゼロの状態から歩むのはなかなかに徒労だな。仲達よ」
 台詞とは裏腹に、曹丕の表情は清々しいものだった。期待と希望に満ちている。あの頃よりも、ずっと。
「だが、だからこそ面白い。今の俺には自由がある」
 彼が強く肩を引き寄せたものだから、司馬懿はわずかに狼狽えた。人気は少ないといえども、ここは屋外。公園という公然の場なのだから。
「ならばこそ、もっとご自身のためにその生をお使いになればよろしいものを」
 周囲に気を配りつつ、司馬懿は求められるがままに彼と肩を寄せ合った。どさくさに紛れ、少しだけ傾けた頭を曹丕へと預ける。
「なにを言う。俺はいつだって俺のために生きている。他人など知ったことか」
 悪びれもせず、曹丕は清々しいまでの笑みを浮かべた。そこに他者を害する悪意などなく、しかして、他者に尽くす善意もない。彼が生きる理由はどこまでも、その理想とするものの実現のみなのだろう。
 生まれながらにして、支配者の気質なのだ。そういうところは、昔の父親によく似ていた。と言えば、曹丕は嫌な顔をするだろうから、司馬懿がそれを口にすることは生涯ないだろうけれど。
……そうでしたね。あなたはいつも我が道をゆく」
 わざとらしく、不貞腐れ声を司馬懿は発した。それに気付かぬ彼ではなく。曹丕は少し困ったように微笑む。
 彼の生き方に不満があるわけではなかった。だけど、不安なのだ。自由に堂々と彼らしく、高みを目指して突き進んでゆく姿を見ていると。ふと、司馬懿は考えてしまうのだ。また、置いて行かれてしまうのではないかと。
「だが、その隣には常にお前が居なくてはならない」
 冷たくなった司馬懿の手をもう一度、曹丕の手のひらが包む。思いの外、力強く握り締められたものだから、司馬懿は反射的に不本意顔を引っ込めた。
「愛している。仲達。もう、二度と離しはしない」
「子桓様……
 不意の告白。唐突に、けれど惜しみなく、曹丕はいつだって愛情を注いでくれる。そこに不満などあろうはずもないのに。不確定な可能性に司馬懿が振り回されてしまうのも、また、彼が愛おしすぎるから。
「だから、全てが実現した暁には―――
 昔と変わらぬ美しい色をした瞳に見つめられれば瞬く間、何もかもがどうでもよく思えてくる。彼のことしか考えられない。
 煩わしい俗世など捨てて、ただ彼のことだけを考えて生きてゆきたい。そう何度、思ったことだろうか。今の世ならば、それも夢ではないものを。
―――結婚しよう」
 頭の中まで蕩けそうなほど甘いひと時。麻痺した思考の最中に在る司馬懿がその言葉の意味を理解するまでには、随分と時を要したような気がする。
……ふふ。何をお戯れを仰いますやら」
「なにを。俺は本気だぞ」
 柄でもなく、曹丕は大真面目な顔をして青臭いセリフを囁くものだから、司馬懿は思わずクスリと笑う。だけど、彼は少しも動じない。不敵に笑って、司馬懿の緩んだ頬を愛おしげに撫ぜてゆくのだ。
「そうしたいのは山々ですが、この国では未だ同性婚は認められておりませんので。残念ですが」
「フフッ。そんな法など、変えてしまえば良いのだ」
「本気ですか?」
 両眼を見開いて、曹丕に問う。冗談のように軽々しく言うが、それは途方もない野望であった。少なくとも、現在の我ら程度では実現不可能な大仕事。
「いずれ、この国は俺のものとなる。であれば、法は俺が変える。当然だろう」
 知らぬ者が曹丕の理想を聞けば、馬鹿げた子供の妄想だと笑うだろうか。けれど、司馬懿は違う。彼は今度こそ、必ずそれを実現してみせると信じていた。
……でしたら、わたしもその時を心待ちにしております」
 だって此処には彼がいて、自分がいる。それだけでも最強ではないか。出来ないことなど何もない気がした。国を丸ごと変えてしまうくらい、きっと造作もない。
「それで、返事は……?」
 そんなもの聞かずとも分かっていると言いたげに笑って、しかし、曹丕は敢えて訊ねるのだ。そして、司馬懿も分かりきった回答を少し照れ臭げに返す。
「ええ。もちろん。その時が来ましたら、喜んで……
 昔の自分ならば、こんなにも素直なセリフを吐けただろうか。頬に添えられた手のひらへ己の手のひらを添えながら、司馬懿は過去の自分に問いかけた。答えはすぐに出た。
 後悔をしている暇があるならば、もっとやるべきことがあった。どうしたとて、時間は有限である。彼を愛するのに、人の一生はあまりにも短すぎる。
「ま、待って。子桓さまっ……
 そうは言ったものの、司馬懿は曹丕の求愛行為に待ったをかける。手のひらでグイとその顎を押し返せば、彼は殊更に不満げな顔をして見せる。
「何故、拒む」
「だって、此処は屋外ですよ。誰かに見られでもしたら……
 今すぐにでも、彼にもっと深く触れたいという気持ちは司馬懿も同じ。だが、深夜とはいえ人の目に触れる可能性のある場所で、唇を重ね合わせるのは躊躇われた。
「誰も見ているものか。それに―――
 そうだとしても、やはり羞恥心が邪魔をする。触れられた頬を熱くしながら、司馬懿は迷いと期待の両方を湛えた瞳で、曹丕をひたすらに見つめていた。
―――誰が見ていようと構うものか。見せつけてやれ」
 無理矢理、奪うように。だけど、決して乱暴ではない。優しく慈しむような口づけ。ダメと言葉では拒絶しつつも、司馬懿はそれを素直に享受した。
……もう。あなたという人は」
 ただし、唇の離れたのち憎まれ口を吐くのだけは忘れない。惚けた顔で告げたとて無意味だと知りつつも。
「お前の味をみたら、続きが欲しくなってしまったな」
「ダメに決まっているでしょう。さすがに外でそこまでは……
 調子づいた曹丕がさらにその先を求めて、司馬懿の腰を緩やかに引き寄せる。キスの余韻に浸りながら、再度、口だけで拒んで司馬懿はまつ毛を伏せる。
「まさか。そこまで盛ってはおらんぞ。……今から俺の家に来ないか」
 互いの心音が伝わる距離まで抱き寄せられ、耳元に囁かれる。淫らな誘いに身体の芯を熱くしながら、司馬懿は断る理由を無理に探した。
……ばか。ご両親になんと説明なさるおつもりです?」
「一人暮らしの部屋を借りたさ。高校卒業はいい名目になった」
 抜かりはないと曹丕はニヤリとほくそ笑む。さあ、これで退路は絶ったぞと。憎らしいくらい美しい顔が意地悪く、優しく、司馬懿を追い詰める。
「両親は平凡だが悪くはない。アイツよりはな。けれど、やはりお前がいい。俺には必要なのは、仲達。お前、一人だ」
 性悪な表情を見せた後で、不意打ちに見せる穏やかな微笑み。自惚れでなければきっと、それは司馬懿にしか見せない特別な彼の一面。この世で最も愛おしい人へ向ける顔。
「まだ、未成年のくせに」
「フフッ。よく言う。そんなこと、気にもしていないくせに」
 図星であった。現代の法に則れば、未成年の曹丕に手を出せば、たちまち司馬懿は犯罪者である。だが、知ったことか。この昂る気持ちを彼が成人するまで抑えられるはずもなかった。
 とうに一線など越えていた。両の手の指でも足らぬほどに、何度も、何度も。それでも足りないと思うくらい、深く彼を愛していた。
「子桓様―――
 確かめるように、また愛おしい人の名を呼ぶ。やはり、どれだけ時があっても、彼を愛するには足ない気がした。どこまで求めれば、己が満たされるのかも司馬懿には分からなかった。
 ならば、いっそ永遠になれたらいいのに。何度この世に生を受け、何度巡り会い愛しそうとも、その欲に終わりがないのなら。輪廻の輪から外れた地獄で、二人共に永久を過ごしたい。
―――愛しています。永遠に」
 狂気じみた、けれど、本心からの願いを胸に秘めたまま、司馬懿は誘いへの返事代わりに愛を紡ぐ。二度目のキスを交わして、その先はまた彼の新居で。
 ああ。今世であとどれだけの悪事を重ねれば、この望みは叶うのだろうか。その術を思案しながら、今はただ、彼の望むそのままに―――


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