@Mementomori_em
何気なく立ち寄った店で、似合いそうなのを見つけたから。
「贈り物ですか?」
店員に声を掛けられ、榎月はふと顔を上げる。たちまち店員は驚いた表情をしたのち赤面した。
「ああ、これ」
「はい……」
顔を見られた時の反応には慣れている。正直言ってここまで来るのに何度人に見られたことか。人の顔くらい普通に見てほしい。
「えっと、それは仕入れたばかりのものなんです」
「……いいね」
榎月の掌に収まるほどの、小さな漆塗りの金箔が散りばめられた容器を隅々まで眺める。
「中のもの、見てもいい?」
「あ、展示品があるのでこちらをご覧に……」
「どうも」
蓋をクルクルと回せば、綺麗な紅が顔を覗かせる。主人とか、王女とか、娼婦とか。それ以前にあの子は女の子なのだから、せめてこういうことにも興じて貰えたら……なんて思っている。女の装いはその辺よりも心得ているつもりだから、手ずから教えてもいいかとも思った。が、彼女には乙女心の分かる兄がいたことを思い出す。
「……お客様?」
店員の声で我に返る。百面相でもしてしまっただろうか。それはともかく。
「これひとつ」
「金5万です」
「はいこれ。それじゃどうも」
買った紅を懐にしまい、榎月は城へ足を運ぶ。さて、買ったこれをどのタイミングで渡そうか。沢山の人に祝われるだろうから、人の居なくなった頃合いが良いだろう。城に着き、それとなく様子を伺う。祝福するような雰囲気が無さそうだ。……それもそうか、とひとり心苦しくなり、浅はかさに自己嫌悪した。彼女は愛人との間に産まれた子だから、当然良く思わない人も居る。だから祝いの席も大きくはやらない。本人は何も言わないが、気にならないというわけではないだろう。
「……榎月?」
声の方向を向けば、本日の主役がそこに居た。
「え、あ、た…………ただいま…………」
「ふふ、考え事でも?」
「まあ……そんなとこ…………」
「せっかくの休みなのだから、もう少しお出かけされても良かったのに」
「……人が多いのはあまり」
「そうでしたね。それじゃあお茶でも飲みましょうか」
こうして榎月は明鈴の部屋に行くことになり、意図せずふたりきりになってしまった。懐のプレゼントを渡せぬままお茶の時間が始まる。
「今日はどちらまで?」
ソファに隣合って座り、他愛のない話をしながら茶を飲む。これが榎月の毎日の楽しみになっていた。
「……雑貨屋を、少し」
嘘は言っていない。
「ああ、最近出来たところの。あそこのお店、化粧品も取り扱ってるみたいで気になってるんですよ。今度聖藍姉様と見に行こうって話になって」
「……気に入ると思いますよ、たぶん」
「榎月がそう言うのだもの、きっと私も気に入ります」
「…………そう、ですね」
切り出すタイミングが掴めない。
「……榎月」
「はい」
「何か隠してますか」
「……どうしてですか」
「ふたりきりの時は普通に話していいって言ったのに」
「…………」
しまった、と気付いた時には遅かった。緊張していたのかもしれない。
「ふふ。正解、ですね?」
「……はあ。僕としたことがしくじった」
出来ればもっと良い感じのところで出したかったのだが。自分の落ち度だから仕方ない、と観念して榎月は明鈴に手を出すように言った。
「……?」
「……これ。その………………あげる」
「あら。高い買い物をされたのですね?」
「だってその……今日、は」
「ふふ、分かってますよ。私の誕生日プレゼントでしょ」
「もっとちゃんと出したかったんだけどさ、想定外が起きすぎて」
「そういうのはいつでも良いですよ。これは雑貨屋で?」
「そう。……似合う、かなって」
「中身、見ても?」
「どうぞ」
華奢な指が容器の蓋を回す。綺麗な色の、瞳の色に近い色の紅を見た明鈴は感嘆の声を上げる。
「君も女の子だから……こういうの、欲しいでしょ」
「つまり粧して欲しい、ということですね?」
「興味はある」
「そこは素直に見たいって言えばいいんです」
「……君さえ良ければなんだけど。僕がやり方教えても…………いいよ」
「心得ているので?」
「仕事で変装することもあったからね。君の兄…………姉上には及ばないかもしれないけど」
「榎月に教わろうかしら」
「……まあ、これだけ付けてみてもいいと思うけどね」
「榎月につけてもらおうかしら」
はい、と紅を出され榎月は戸惑った。あわよくばと思っていただけなのに、本当に現実となってしまったことに今さらどうしたらいいのか。いや、ここは言われた通りにするのが最適解なのだが。
「緊張してます?」
「ひとに化粧を施したことが無くてね」
「じゃあ榎月がどうやっているのかを私に教えてください」
「……うん」
新品の紅を小指で掬いとる。明鈴の唇をなぞる。このひとにはやっぱり赤が似合う、と思いながら紅を引く。
「まあ……こんな感じ」
「ふふ、ちょっとどきどきしちゃいました。良いものを選んでくれて本当にありがとう、榎月」
手鏡を見て目を輝かせる様は年相応に見える。
「気に入ってくれた?」
「貴方から貰ったものは全部気に入るに決まってるじゃないですか」
「満足してくれたなら……嬉しいけど」
小指に付いた紅を落とし、プレゼントを明鈴に返す。明鈴はしばらく貰った紅を嬉しそうに眺めていた。
「……そんなに嬉しかった?」
「ええ。……ところで娼婦の世界では贈答品には意味が込められてまして、紅は『貴方と口付けを交わしたい』という意味があるんですよ」
「…………知ってたけどそういう意味で贈ってないからね」
「じゃあなんで顔赤くしてるんですか?」
「君がそんなこと言うからでしょ。そんなに言うならしてやろうか」
「ふふ、情報屋さんも本命の前では形無しですね」
「君が悪いんだからね?」
そうして交わした口付けは、少し気持ちが昂った。離れた後に引いた紅が崩れているのを見て邪な気持ちが芽生えたのは、紛れもなく真実で、恥ずかしくなった榎月は自分の口に付着した紅を乱暴に拭いそそくさと明鈴の部屋を出て行った。