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なにも知らない7

全体公開 2 4624文字
2022-03-28 18:52:06

△関係

名前変換
Posted by @uk_plus_



二回目の雨の日から、脳内会議が止まらないのに。それでも。


 よく初体験を済ませると景色が変わるだなんて聞くけれど、私自身はどうだろうとあの日から自問が止まらなかった。変わったことといえば、私の心の中に越知くんがひどくこびり付いてしまったことだ。ただの二人でいようとした私にとってそれはとんでもないことで、あの夜の帰り道、送ってくれた彼にいつも通りの顔をするのはとても骨が折れた。

 平凡なクラスメイト同士で互いの名前を知る程度だったはずなのに何をどう掛け違えて、あの夜を体験してしまったのだろう。そして今私が一番に思うことは“越知くんに嫌われたくない”というひどく傲慢なものだった。彼の存在を頭から消してしまいたいのに、そこから離れたくないという矛盾が私の気持ちの整理を阻んでいるようだった。

 簡単に部屋へ上がって、容易く体を明け渡した私を軽蔑していないだろうか。越知くんはどんな気持ちで私を見つめていたのだろう。様々なことがひどく気になってしまっていた。しかし本当に嫌ではなかったし、嬉しいと素直に思う私がいた。あの時の越知くんの眼差しを思い出しては、胸に熱がいかないように必死だった。

 もっと言葉を交わしたい。なのに教室で越知くんを見かける度に、こんな私が彼に受け入れてもらえる訳がないと冷めた自分がそれを制止する。毎日が右往左往して問答の繰り返しだった。

 きっと始まり方が良くなかったのだろうけれど、今更どんな顔をして越知くんに伝えたらいいのかなど、気持ちの整理がつかない私には全くわからなかった。貴方のことが好きだなんて。

 「明日越知くん帰ってくるよね!」

そんな時、クラスの女の子たちが色めき立っている声が鬱屈としていた私の耳に入ってきたのだ。

「なんだっけ、合宿?だっけ。すごいよねー」

そう、あの雨の日より前に私に話してくれたことがある。たくさんのすごい選手たちが集まる合宿に呼ばれた話を。聞かされた時はどうして私に話してくれたのだろうと不思議だったけれど、今は誰よりも先に話してくれたことに優越と喜びが湧いた。

「本当!かっこいいよね~」
「周りの男子と違って落ち着きあるしね!」

案外と抜けていたり、自分に頓着がなかったりするんだよ。などと独り言ちた心を隠すように、私は盗み聞きを遮断するため机に突っ伏した。次の授業まで、恐らくあと二分。 

そうして遮断したはずなのに、一番聞きたくない文言が私の耳を掠めていった。

「あー明日にでもやっぱり告白しよっかなー越知くんに」

自分がその競争に参加すらしていないというのに、ひどく心の底が冷え込んだ。


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 己が悪いことを承知していたが、謝るという行為は絶対に違うということを越知はわかってはいた。



 同意の上ではあったと思っている。しかし肝心なことを確認しないままに彼女の大事なものを摘んでしまったことを、越知はひどく後悔していた。
 言った通りにあの夜は家まで送って行ったがまるで越知一人だけ浮足立っているかのように、彼女は終始いつもと変わらない朗らかな笑顔を見せていた。それが越知の冷めやらぬ心頭をひどく揺るがせたのだ。大丈夫というその言葉に胡坐をかいて、もし彼女を大きく傷付けていたのだとしたら。それをあの笑顔が隠し通してしまっていたのだとしたら。その可能性を思う度に、越知の脳裏には彼女の潤む丸い瞳と綺麗な笑顔が浮かんだ。

 繰り返される思考など全く意味を成さなかった上に、やらなければならないことへの妨げになってはなるまいと越知はなるべく奥の方へと気持ちを隠した。学校や教室で彼女を見かけてはいたが、声をかけることなど越知には出来るはずもない。ただ変わらぬ笑顔であることを確認しては、一人安堵して静かに背中を向けていた。

 そんな気持ちのまま過ごしたU17の合宿を経て、越知は久しぶりに氷帝の土を踏んだ。久々に着た制服はユニフォームのジャージよりも重く感じたが、何故だか越知は袖を通した時に心が軽くなったような気がしていた。

 昇降口に辿り着いて自分の下足入れに向かい合いながらも、自然とあの笑顔を探していることに気づいて越知は苦笑する。

こんなにも思考を支配されているのだから、もう

 そこまで内心思いながら下足入れの上履きに手をかけると、かさりとひとつの紙が触れた。それは綺麗な色合いの封筒だった。宛名の面に“越知君へ”とだけ書かれている。訝しみながら越知がその封筒を開けようとした時、耳に心地良い声音がした。

「おはよう、越知くん。おかえりなさい」
苗字。おはよう。ただいま」

久方ぶりに見るその笑顔は、以前見た時よりも綺麗に越知の目には映った。そして一瞬だけ、組み敷いた時の艶のある顔を思い出してしまって越知は手元に視線を移す。

「お手紙?」
「ああ、恐らく」
そっか」

珍しくトーンの低い声に不思議に思って視線を彼女にやれば、その表情を窺う前にするりと自分の下足入れの前に行ってしまった。そして彼女は上履きを出して背を向けたまま越知へ言う。

「たぶん、すごく勇気を出したんだと思うよ」
何がだ」
「同じ女の子だからわかる、私には」

そして越知が言葉の意味を理解する前に彼女はそのまま昇降口を後にしてしまった。訳がわからないままに越知は手元にある手紙を開き、そして自分が今どういう状況なのかを理解する。

昼休みに、空き教室で待ってます。

綺麗な便箋や可愛らしい字体よりも、名前の言葉が越知の心を支配していた。


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 正直午前の間は気が気ではなかった。憂鬱な気持ちで名前は過ごしていたが、それは午前の授業が終わる頃には最高潮に達していた。

 昼休みであるのに姿を見かけない越知が今何をしているのか、そればかりを考えてしまって彼女の胸がしくしくと痛んでいた時。机でぼんやりとしていた名前に担任が声をかけて仕事をひとつ頼んできた。何もしていないから余計なことしか考えられないのだと、彼女はそれを快く引き受けた。

 職員室で必要なことを終えて気晴らしに迂遠して教室に戻ろうとゆっくり廊下を歩いていると、ひとつの教室の前へ差し掛かる。空き教室のある一帯だった。するとそこから微かな人の声が聞こえて、名前は足を止めた。こんなところで人の声がしたことに驚いてしまったのだ。しかしその驚きはすぐに納得と落胆に変わった。その声の一つが越知のものだったからだ。

ここ、だったんだ。

自分の悪運に悪態をつきたくなったが、それよりも驚くほどの緊張に名前の足は一歩も動くことは叶わなかった。盗み聞きをするつもりは毛頭なかったし、もちろん聞きたくもなかった。

空き教室から、二人分の声。ひとつは可愛らしい女子の声と、もう一つは低く心地の良い越知の声だ。

教室からは恐らく見えないところで立ち尽くしていると、張り詰めたような空気が名前にもわかった。

緊張、するよね。

心で独り言ちて、名前は俯いた。視界に入る己のつま先を見てから目を閉じる。

「越知君あの、話があってその」
「なんだろうか」

がんばれと思う気持ちもあれど、しかし名前へ去来するのは圧倒的にどす黒い感情だった。いつもと変りなく返答している越知の声音に、もどかしくも悲しくなる。

す、好きです、付き合ってください」

聞こえてしまった文言が、名前の体にまっすぐ刺さったようだった。自分が言えない、言わないだけだというのにどうしてこうも悔しい思いになるのか。名前の二つの小さな手が、気付けば強く握られていた。

少しの沈黙のあと、越知の声が空っぽの教室に響く。

「すまない」

そして次に微かな女の子の息を吸う音が、名前には聞こえた気がした。

「今はそういったことを考える余力がない」

脈打つ鼓動の音が、目を瞑る名前の体を震わせる。

「そ、そっか」
「申し訳ないが」
「ううん!いいのあの、ごめんね」

ありがとうと、女の子の声が聞こえたところで名前ははっと顔を上げ、急いで隣の空き教室へと入った。
 教室の影に隠れていると、ぱたぱたと小さな足音が遠ざかっていくのが聞こえる。

 越知の静かな一言が彼女の脳内に響き渡る。そして鮮明に聞こえた越知の返答に、名前はそうかと心で一つ頷いて、静かに涙を流した。

今はそういったことを考える余力がない。

思い切り傷付いたのは対面していた彼女であって、自分自身ではないというのに。


//////////////////////

名前が言っていたことはこういうことかと納得しながら、越知は対面する女子に必要なことだけを伝えた。しかし思い浮かぶのは名前と、今朝彼女が言っていた言葉だった。

たぶん、すごく勇気を出したんだと思うよ。
同じ女の子だからわかる、私には。

「申し訳ないが」

あの時の彼女は一体どんな顔をしていたのだろうかと越知は考えながら、赤い顔でいる女子に謝罪しようとした時だった。

ふと視線を教室の外へ移すと、恐らく越知でなければ見えない角度から見知った影がちらりと見えた。名前だ。

「ううん!いいのあの、ごめんね」

告白をしてきた相手の最後の言葉は、越知の鼓膜にはあまり印象を与えなかった。見えてしまった影に驚いてしまって。

どうして、苗字がここに

そして教室から女子が飛び出していく時に、名前の影もスッといなくなった。それは彼女が今ここで行われたやり取りを聞いていたことを表している。

 遠ざかる足音がほぼほぼ聞こえなくなってから、越知は弾かれるように教室を出た。眼前に広がる廊下を見渡したが、そこに人影はない。たしかに先ほど見えた影を今一度探そうとした時、隣の空き教室から小さな嗚咽が聞こえた。姿こそ見えなかったが間違えるはずもない、名前だ。漏らさないようにくぐもったそれは、静かに立ち尽くす越知の胸の中を簡単に抉る。

そして進みそうになった足を、越知はひたりと止めた。泣いている彼女に寄り添う資格が今の自分にあるのかと逡巡したのだ。躊躇った足元を見つめてからふと越知が顔を上げた時、隣の教室から名前が足早に出ていった。背中を向けたまま消えて、呆然としていた越知には気づいていない様子だった。

 一人残された廊下で、越知は唇を噛んだ。何が彼女をそんな表情にさせてしまったのか越知には検討がつかなかったが、姿を隠す前に僅かに見えた名前の顔は容易に胸を痛くした。


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