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御剣学園第xx回最終公演

全体公開 2444文字
2022-04-02 17:29:10
Posted by @EmptySeat_

▶受験者の皆様の元に、御剣学園第xx回最終公演のチケットが届きました。観劇は任意となっております。

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 きゃらきゃらと浮き足立つ劇場内に、男は居心地悪そうに身動ぎする。あーあ、やっぱメシ奢るって言われたからって着いて来なきゃ良かったかな。ひとりごちるものの、もう席に座ってしまった後だからどうしようもなかった。
 こんな所に連れてきた相方はというと、俺を席に届けるなり慌ただしくどこかへいってしまって行方がしれない。「ミツル様がうんぬんかんぬん」と声高に喚いていたから、そのミツル様とやらにでも会いに行ったのか、はてさて。
 なんにせよいい歳こいて学生なんかに熱上げるなよなとは思うが、奴曰く「ミツルギミツル様は特別」らしい。
 甲高く俺を呼ぶ声に顔を上げると、件の相方が息を切らせて掛けてきていた。「もうすぐ始まるよ、はじまるんだよ! うわードキドキするね、緊張するね! あ、観覧中は静かにね! 頼むよ!!」まくし立てる相方に、俺は思う。うるさいのはお前だ、黙って前を向け。

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 開演。幕があくのをぼんやりと眺めながら、そういや観劇は久々だなと思う。最近はテレビやDVDばかりで、直接舞台を訪れることは少なかった。
 これでも芸術系雑誌の記者なんだが──嫌だね、視野が狭くなってやがる。そういう意味ではちょうど良かったかもしれないな。学生のママゴトとはいえ、何かしらの刺激にはなるかもしれない。
 舞台の上には、一人の男。何かを後悔していて、それを朗々と語っている。上手い、と思う。感情の乗せ方も、劇場への声の響かせ方も。体の動かし方、立ち振る舞い、何から何までそつなくこなせている。
 ──だが、それだけといえばそれだけだった。所詮学生の演技よな。どうせなら、プロの劇団を見に行った方が──そんな風に考えていた時、ふと舞台袖に目がいった。
 プロローグはとっくに終わっていて、舞台はとうに切り替わっている。ここは面会室。記者である主人公が、椅子に座っている。そしてそこに、にこやかに笑う囚人服の男が連れてこられた。手は手錠で繋がれており、椅子にぽつんと座っている。それだけなのに、なぜか目が持っていかれるのを感じていた。
……私はダグラス・ホルム。記者をしている。今日はあなたに取材をしに来た』
『うん、知ってるよ。ダグラス・スチュアート・ホルム。いつ来るのかと心待ちにしていたんだ』
 無邪気に跳ねる声。心底楽しそうな声なはずなのに、どこか、不気味さが滲んでいるような気がする。孤を描いたまま一寸たりとも動かない目のせいだろうか、それともこの場の空気にそぐわないはねるような声のせいだろうか。肌がびりびりと震えるのを感じていた。

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 嫌な感じがする。何かしらの理屈がある訳ではなく、本能的に嫌な感じが、した。
『ふふふ、あはは! 君は随分不思議なことを言うんだな。
 彼女を殺した理由? そんなもの、あるわけないに決まっているだろう!」
 あはははは!とこぼれ落ちる笑い声を、おぞましげに眺める主人公。どう考えても笑う場面ではない、シリアスな場面のはずだ。首に手をかけられ、激昂した相手に見せるのがその表情だと言うのなら、彼は一体なんだと言うのだろう。
 甘い甘いキャンディを舐めた時のような、幸福で満ち溢れた溶けるような笑みを、たった今首を絞めるその相手に向けるなんて、そんなこと。
『例えばゲームをする時、君は「ゲームをしたかったから」以上の理由を持って行うか? 例えば食事をする時、君は「食事をしたかったから」以上の理由を持って行うか?
 一緒さ、一緒! ぜーんぶ一緒だ! 僕は殺したかったから君の恋人を殺したのさ』
………っ貴様……!』
 脳の冷静な部分は気づいていた。あれは、舞台上の主人公役の彼は、完全に場に飲まれてしまっている。首を絞める腕に力が入っていることに、演者は気づいているのだろうか。それでも誰も止められない、間に入る事を許されない、そんな空気がこの舞台にはあった。
 ──おそらく、揃いも揃ってこの場にいた全員が、この敵役の役者の作り出す空気に食われてしまっている。
 首を絞められている張本人は、笑って、その怪物のような赤い目を光らせて。酸素の足りない紅潮した顔のまま、息を吸う。カヒュ、と喉の奥から空気の漏れる音が聞こえた気がした。──この距離感で、聞こえるはずもないのに。
『欲望に忠実になりなよ、君もどうせこちら側だ。……ほら、君にも聞こえるだろう? 僕の首の軋む音が』
 安定した、落ち着いた発声。声色が恐ろしい程苦しみを帯びない。──学生の演技、あれが、本当に?
 絞める腕に触れられた事で、やっと正気を取り戻したのだろう。真っ青な顔で、振り払うように主人公は彼を手放す。急に振り払われた彼は床に転がって、けれども這いつくばったままにやりと目を細めて笑っている。
『何さ、殺してしまえばよかっただろう』
「お、おまえは……、お、まえは……!」
 小さな声。役者としてはいけない、小さな声が舞台上からこぼれおちた。
 ばけもの。
 しっているとも。そう言って笑って、彼は意識を失ったのだった。

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 あの後、どうやって家に帰ったのか、俺はいまいちよく覚えていない。でも確かな事は、帰宅後いつの間にかパソコンを開いていて、記事のようなものを書き始めていたってことだ。
 あれはなんだったのだろう。俺は昨日の舞台に思いを馳せた。強烈なまでの敵の印象ばかりで、イマイチストーリーが思い出せない。確か記者と犯罪者がいて、それで、それで……? 喉の奥から聞こえた空気の漏れるような音は嫌に鮮明に覚えているのに。
 御剣三鶴、ついぞ覚えてしまった演者の名前を諳んじる。爛々と光る赤い瞳が、鮮明に俺の脳裏に焼き付いていた。

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