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推しの話

全体公開 21 1857文字
2022-04-06 22:45:44

リク

Posted by @uk_plus_



 そんな簡単なことで自分が動揺するとは越知は思っていなかった。だからこそこの動揺は執拗に越知自身の胸を苦しめた。

 「みつ、ねえ月光」
どうした?」
「どうしたはこっちの台詞だよ。何度も呼んだのに」

放課後、人もまばらな教室で深く考え込んでしまっていた越知の目の前にいたのは、考え事の主である彼女だった。未だ席に座ったまま呆けていた越知に帰ろうと言いながら、彼女は机に置いてある越知のバッグをトンと小突く。それに促されるように立ち上がった越知は、バッグを背負い教室を出る彼女に続いた。

 越知を動揺させたことは至極簡単な出来事だった。見てしまったのだ。今日の昼休みに別のクラスの男子と彼女がとても楽しそうに話しているのを。恋人であるという自負がないわけではなかった。それでも越知にはひとつ足りないことがある。それは己の笑顔だ。別の男子は彼女と楽しそうに談笑していて、彼女もそれに呼応するように笑っていて。それでは自分といる時はどうだろうと越知は考えてしまったのだ。彼女は己といる時は楽しくしているだろうか、自分はあの男子と同じように感情を彼女へ返せているだろうかと。端的に言ってしまえば醜い嫉妬を越知は覚えてしまっていた。

 「やっぱり変だ」
「何がだ」
「今日の月光、なんか変」

失礼なと返しながら、越知は内心どきりとする。女の勘は鋭いと言うが顔に出ていただろうかと越知が左手で自分の顎を撫ぜると、隣を歩く彼女はひとつうんと頷いた。

「さっきから挙動不審」
「本当に失礼だな」

彼女の直球な感想に二度ほど胸中を抉られながらも、越知は何でもないふりをした。誰が彼女に言えるだろうか、自分が柄にもなく嫉妬しているなどと。

「ねえ、何かあったの?」
別段何もない」
「嘘」
「本当だ」
「絶対嘘」
「何故そう思う」

何度目かの応酬の後、彼女はその足を止めてからぽつりと言った。

「月光の彼女だから」

その言葉に越知も歩を止めて、彼女を見た。その目は真剣で、どこか怒っているような様子だ。

「月光の彼女だから、気付く。彼氏のことだもん」

小さな肩は少しだけ震えていて、越知ははっとした。その目はどこか赤かった。

すまん」
「わかればいいんだよ。で、何かあったの?」
「それは

とても言いにくいことだったが、彼女がここまで自分を想っていくれている事実に越知は折れる他なかった。

「見てしまったんだ」
「何を?」
「お前が他の男と楽しそうにしているのを」

言ってしまった後はふっと胸のつかえが取れたようだと越知は感じた。そしてそれを聞いた彼女の顔を見ると、とても不思議そうな顔をしていることに気付く。

「それって、今日のお昼の話?」
ああ」
「あーあれはね
「なんだ」

すると彼女が急に顔を赤くし始めたので、越知は気になり先を促した。中々話さない彼女だったが小さな声で話し始めたのは驚愕の内容だった。

「月光を、布教してました」
は?」

意味不明なことを言い出した彼女を目の前に越知は思考停止する。

「だってお前の彼氏恐そうとか言われたらさ、もう黙ってられないじゃん!だからね、月光の良いとこいーっぱい話したわけ。そしたら案外いい奴なんだなって」
「ちょっと待ってくれ」

説明を受けても思考が一向に動かなかった越知だったが、状況を察するに彼女はあの男子に己の話をしていたようだった。

「話したら納得してくれて、最高でしょうちの彼氏って話してました

これでもかと顔を赤くした彼女は両手で顔を覆いながら言っちゃったーと呻いている。同じように越知も己の顔が熱くなっていくのを感じた。そして思った。彼女はあんな笑顔で話をしていたのだ。最高の彼氏である“自分の話”を。

「もーちょー恥ずかしい言わせんな」
すまん」
「謝るとこじゃない」
ありがとう」

ぽつりぽつりと小さな声でやり取りしてお互いに顔を赤くしながら、どちらからともなく手を繋いだ。



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「猫ちゃんが好きってのも推しておいたよ!」
「ちょっと待ってくれ」




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