HO1のSS 主人公はNPCです。名前変換可能。
自己責任でお読みください。
阿久津縁のSAN値は15。だから、きっと少しばかり彼は狂ってしまっている。
そんな彼が「地獄」を望むお話です。
@neginuitoite
がさり、と道端の茂みから音が鳴った気がして振り向けば、そこには「化け物」がいた。青白く細い顔、異様にデカい口。赤い血をボタボタと流しながら涙を流す血走った瞳はたったひとつしかない。凡そ顔と思わしきその部分で、半分以上の面積を占めた口からゲラゲラと笑い声を上げながら茂みからでてきたその化け物を見て、俺は思う。慣れたようにそれを視界に入れながらも、隣にいるHO1の横顔を見た。何も気づかずにこちらへ笑いながら話し込んでいるHO1にほんの少しだけ安心感を覚えながらも、俺は思う。
ああ、やっとだと。
今度こそ、だと。
化け物が、俺を地獄から迎えに来てくれたんだ!
『────────鬼よ────────』
昔、浅黄が俺たちに教えてくれたことの一つに、『人を殺したら地獄へ落ちる』というものがある。幼少の時から知識が豊富だった浅黄は、俺たちに色々なことを教えてくれた。この話もその一つで、いつものように朱子の家でだべっていた俺たちにふと浅黄がこう言ったのだ。
「地獄にはいくつもの種類があるんだ。殺生はまず地獄へ落ちる。」
浅黄は太宰治の『人間失格』を読んでいた。スマホから顔をあげた朱子は俺の方をじっと見つめ、俺はといえばHO1と雑誌の最後の行を読んでいたところだった。
これまで話していたことの続きであるかのように、あまりにもことも無げに言った浅黄に、またいつものことかと目を回した俺。それに朱子は不満そうに眉をひそめる。昔から朱子は浅黄とHO1にだけ甘いのだ。
「仏教か?」と、仕様もなしに興味がないながらも尋ねた俺に、浅黄は頷く。「仏教の教えの一つだよ」と答えた浅黄は、続けた。
「罪を犯した人たちが死ねば、地獄から化け物が迎えに来るんだ」
「化け物ねえ……ね、浅黄。それはどういう感じの化け物なのよ」
「『人に非ざる姿にて、面妖なる形をしているものなりけり』らしいね」
どこか謳うように言った浅黄に、朱子は冗談だと思ったのか「何それ〜」と声をあげて笑った。そうして、すぐそばにいたHO1に困ったように笑いかける。
「死なないと迎えにはきてくれねーのかな」
ふと、無意識に呟いたその言葉に浅黄はゆらりと顔をあげた。男の俺から見ても、浅黄は綺麗で中性的な顔立ちをしていると思う。どこか日本人離れしたその表情は、不思議と驚くほどに真顔だった。その美しさと恐ろしさが入り混じったかのような浅黄の顔を見た瞬間、ぞくりと背筋が粟立つ。
「ダメだよ、縁」
「…な…んだよ」
「生きているうちから望んじゃダメだ」
浅黄の黄色と茶色を混ぜたかのような薄い色彩の瞳が、ぐわりと俺を捉えた気がした。何もかも見透かすかのようなこいつの瞳は、俺はあんまり好きじゃない。たじろぐ俺にも浅黄は一切気にもとめずに、またまっすぐに見つめ返してきた。
「……ふふ、所詮はただの作り物だよ。地獄なんて、信じなければただのおとぎ話でしかない」
「でも」
浅黄は言葉を切ってからぐるりと周りを見渡した。朱子、HO1を慈しむように見つめたあと、今度は俺の方を見た。浅黄は不思議な表情をしていた。
「信じたら、本当に形になってしまう」
「……」
「だから、求めたらダメだからね。縁」
にこりと笑った浅黄に、あっけに取られていたように俺たちの話を聞いていた朱子が「あ!」と突然声をあげた。
「ホラー映画見ようよ! 今日!!」
「……流石に急すぎない?」
「みんなでお泊まり会しよ! 縁の家ね!」
呆れたように笑った浅黄とHO1に朱子はいいじゃーーん!と、ぶつくさ言いながらHO1の膝に顔を載せる。HO1は少しだけ困ったように笑っていた。浅黄も、いつも通り突拍子も無い朱子に対して楽しそうに笑っていた。
それは、ただの記憶。
記憶でしかない。
彼らとの思い出を思い出す度に、刺されるような痛みを感じる。心に、頭に、体に、全身に。ちくちくと痛むのは良心の呵責か。それとも、罪悪感を育てた俺の心か。
いや、どちらでもいいのだ。俺がしたことを、永遠に俺が責め立てれば良いのだから。
ああ、地獄が本当にあるならば、早く俺を連れて行って欲しい!
「所詮はただの作り物だよ。地獄なんて、信じなければただのおとぎ話でしかない」
信じなければ、と浅黄は言った。裏を返せば、信じ続ける限り「地獄」はずっとそこにあるということなのだろう。
だから俺は待っている。化け物が、今度こそ俺を地獄へと連れ出してくれることを。
*
幼馴染たちをこの手で殺したあの時から、俺の頭はおかしくなってしまったようだった。「時間をかけて治していこう」と先生たちは言ったが、どうにもこうにもうまくいかなかった。「こればかりは相性だから」「仕方ないことだよ」と家族もみんな言ってくれた。みんながみんなそういうから、そんなもんなのかと思った。
初めてカウンセリングを受けた時、先生はこう言った。
「改善の余地はある」
どうしてだろうか。
その言葉を聞いた瞬間、強い拒否反応を覚えた。
その拒否反応は心だけじゃなくて体にも顕著に顕れ、俺の体は次第に食事や睡眠を拒むようになった。自分でもよくわからなかった。HO1は度々面談に来てくれるし、家族も厚いサポートをしてくれている。あんなことがあったのに俺の周りはいつだって温かい。
幸せなはずなのだ。
それなのに、生きたいと望む心と生きたくない心が相反して、身体を蝕んだ。
俺は、その答えを薄々わかっていた。
治療をするということはこの痛みを治すということだ。
でも、失われていったものがあまりに大切すぎて、この胸に受けた痛みを『改善』なんてしたいと思えなかった。だから、無意識に治療を拒み続けていた。
最初に担当になったカウンセラーはこう言った。
「君のせいじゃない」
違う。
そう否定して、俺は心を閉ざした。
次に担当になったカウンセラーはこう言った。
「誰も悪くないんだ」
違う、違うんだ。
かぶりをふって否定した。
そうしてまたカウンセラーがかわった。
3番目のカウンセラーはその界隈では有名な人だった。その人は俺を抱きしめてこう言った。
「あれは、不幸な事故だった。君は法律上、責任を問われたりしないよ」
その言葉を聞いた瞬間。
何かが、瓦解する音がしたのだ。
違う。
違うんだ。
あれは、不幸な事故なんかじゃなかった。
あれは、俺が起こしたたった一つの罪なのだ。誰かに侵害されたくもない。
許されたいとも思わない。
ただ、ただ、認めて欲しかった。
俺の罪を。犯した罪を。
誰かに責められたかった。
そうしないと。
罪を責められないと、生きたかったと願う浅黄と朱子の心が、なくなってしまうんじゃないかと怖かった。
それなのに誰も俺を責めない。
俺を憎んでくれない。
まるで、アイツらの死は仕方のなかったことだとでも言うかのように。
どうしようもない、不幸な事件だったと片付ける。
───俺はそれがどうしても許せなかった。
「君のせいだよ」
4番目のカウンセラーは女医だった。
足を組んで笑ったその人は、どこか尊大にそう言った。初めてそんな言葉を言われた。驚いて顔を上げた俺に、その人はまた笑った。
「法律がなんだというんだ。君がしたことは紛れもなく殺人だ。法律で庇われたのはあくまでも仕方のなかったことであって、たかがそんなもので君の罪は消えたりしない」
そう、嘲笑う。
俺はその表情を見て、
どうしてだか酷く安心した。
「阿久津縁くん、と言ったね? 君は自分の犯した罪を裁かれたくて、裁かれたくてたまらなかったのだろう?」
ならば、と女医は笑う。
「私が君の罪を思い出させてあげよう。だから安心して悔やむといい。そうだな……生という名の生き地獄を味わってからでも、地獄へ落ちるのは悪くないだろう?」
「生という名の、生き地獄」。
そう呟いた俺に、彼女は笑って「良いことを教えてあげようね」と指を1本立てた。
「死者は何も言わない」
にこりと笑みを深めてから、彼女はその指を俺に突きつけた。
「だから、赦されたいと思っちゃいけない。彼らなら自分をゆるしてくれる? ダメだよ、阿久津縁くん、そんな風に思うのもいけない。忘れちゃいけない。死者の口を勝手に借りて言葉を紡がせるのは、いつだって……結局のところ生者だけなんだよ」
朱子なら、浅黄なら───俺を責める事もせずに、きっとゆるしてしまうだろうと思っていた。でも、それはただの俺の願望でしかない、それを突きつけられた気がした。
はっと顔を上げた俺に、彼女は身を乗り出して俺の頬を撫でた。
「生きることが唯一の償いだ」
「……いきる、ことが」
「生きてもいいじゃないか。だって君は、一生覚えていなくちゃいけないんだから。自分が犯した罪を、裁かれなかった事実を……ああ、あとたった1人、生き残った大切な人から、幼なじみを奪った現実から目を背ける事は赦されない」
断罪、などではない。それはあまりにも淡々とした事実だった。それなのに、俺の心はうち震える。喜びと、苦しみと、悲しみと、怒りと……失われていた様々な感情が蘇ったようだ。
ぼろり、と涙が落ちた。
堪えきれずに嗚咽をもらした俺に、女医は笑った。その笑みは、どこか慈愛に満ちた表情だった。
「大丈夫だよ、阿久津縁くん。君にはとっくのとうに、地獄への切符は切られているのだから、安心して苦しみなさい。」
頭を撫でられた。視界が揺らいで、熱い涙が頬を伝って俺の拳に落ちた。まるで、壊れた蛇口のように涙は次々と落ちゆく。
嗚咽を漏らして、腰をくのらせて、感情のままに俺は泣いた。
*
「良かったんですか? あんな治療で」
清潔そうな白い部屋だった。白いデスクに資料をいっぱいに広げた白衣を着た1人の女医が、ファイルに入った何かを読んでいた。その女性へ並々と充たされたコーヒーの入ったマグを差し出しながら若い女性は言った。
「ん? なにが?」
「だから! 阿久津くんですよ、あんなふうな物言いをして大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だよ」
若い女性の心配を他所に、あまりにもあっけらかんと言った女医である。それに対し絶句したように口を大きく開いた女性に、女医はカラカラと笑った。
「優しいだけじゃ、人を救えないこともあるんだよ。」
「……でも、彼は随分と苦しんだはずです。責められるなんて、そんなの間違えています。」
「そうかもしれないね。けれど、彼にとってそんなことは、どうでも良いことなのだろうさ」
女医はコーヒーをひとくち口につけた。ごくりと飲み込んだ女医を、興味津々に見つめる女性。その熱い視線に気づいたのか、苦笑しながら女医はファイルから顔を上げた。
「世の中で1番難しいことはなんだと思う?」
「……お金を稼ぐこと?」
「はは! それは確かにそうだね。でも、それ以外だとしたら?」
「うーーん」
唸った女性にも、女医は楽しそうにそれを見つめるだけだ。やがて途方にくれたように「わかりません」と言った女性に、女性は苦笑をこぼした。
「正解は、ゆるすことだ」
「……ゆるすこと?」
「あぁ。自分でも自分以外の第三者でも、誰でもいい。罪を犯した人を心の底からゆるすことだよ」
「阿久津くんは、法律上ゆるされていますよ?」
「ああ、そうだったね。でも、彼は自分のことをゆるせていないのさ」
「自分のことを?」
尋ねた女性に、女医は頷く。ファイルを机に置くと、ゆっくりと立ち上がり窓辺と歩み出す。窓のサッシに落ちる木漏れ日を眩しそうに見つめた女医は、ゆらりと顔を上げてその真っ青な空を視界に溢れさせた。
「それに、ゆるされたいとも思っていない」
一言呟いてから、女医は薄ら笑う。
「そちらの方が厄介さ。生きろの呪いが効かないからね。だから、逆の呪いをかけるんだよ」
不可解そうに顔を歪めた女性に、女医はぐるりと振り返り微笑んだ。
「生きて償え、は良い呪いだ。実際、死にたがりの彼からしてみれば、生きることは地獄の業火に炙られるほどの痛みだろうからね」
「じゃあ、先生はその苦しみに彼をおとしたんですか?」
「そうだよ」
笑って頷いた女医に、女性は眉をひそめて苛立ったように首を振った。
「どうして? 先生は救う立場じゃないですか!」
「いや。それは、ちがう」
女性の怒りにも慣れたように女医は微笑みながら、ゆっくりと首を振って女性をまっすぐに見つめた。
「我々の仕事はね。」
女医は諦めたように笑う。
「患者を生かすことだ」
遠くの方で、鴉が鳴いた。
絵の具を落としたかのような真っ青な空の下で、黒い翼をもった鳥は優雅に飛ぶ。
「鞍馬先生! 次の患者さん来てますよ〜」
廊下の方からそう声が聞こえた。途端、女医は女性に背を向けて準備をし始める。
女医の表情は未だ読めなかった。
しかし最後、女医を見つめていた女性は、どこか愕然とした様な表情をしていた。