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正誤

全体公開 1 1635文字
2015-06-28 17:50:17
Posted by @kuzutetu_k

肌が湿気る雨の日だった。
福富はある男を待っていた。人通りは少ない。梅雨の季節。目の前の薬局の中にも人はいない。ボロボロの置物と目が合った。
福富はある男を待っている。ケータイをいじってニュースを見る。架空の独立行政法人を名乗り、複数の老夫婦から総額四千万を騙し取ったとして……
水音がした。右を見ると、少女がふらふらと歩いてくる。ふくよかな頬は真っ青で、体格のせいか、もともとそういう形なのか、ふんわりと丸いワンピースに、足首までのピンクの靴下とスニーカー。幼稚園児のような格好だ。
「どうにもなりませんね」
少女は福富の横にくたりとおさまった。少女の黒髪は毛羽立った埃取りみたいに細かい毛が浮いていて、ぱさぱさしていた。ぴちょん、と水が垂れる音がした。
福富がじっと見ていると、少女は疲れ切った顔でにぃっ、と笑った。
「お兄さん……
「なんだ」
「たすけて」
諦めたように笑う少女の足元をちら、と見て福富は答えた。
「お前は知らない女だ」
「あぁ……
少女が泣くように呻いた。
「お兄さん、ひどいよ」
「何から助けてほしい」
少女は、顔をあげた。灰色のそらを見上げてまるでその向こうにある青空を透かし見るかのように目を細めた。
「この世の、すべて……
福富は眉一つ動かさず、ただ思うような顔で少女を見た。

福富はある男を待っていた。
水がまたぴちょん、と垂れた。

「お兄さんもわたしの特別にはなってくれないのね」
「俺はお前の特別ではない」
「わかってるよ、そんなの。だけど、欲しかった。お兄さん、わたしに温度を頂戴よ。もう、冷たいものはイヤ」
……俺は人を待っている」
「お兄さんの特別?」
「そうだ」
「大切なの?」
福富は口をつぐんだ。
しばらく雨の音と、水滴が落ちる音が響いた。少女は腹をキツく抑えた。
……大切かはわからない。ただ」
「ただ?」
「憎んでいることに気づかないほど愚かになれば、多くは上手くいく」
少女はしたり顔で笑った。
「かもね」
少女の顔はいよいよ青白くなり、ふくよかな頬の奥に目玉が落ちそうなほど憔悴していた。

一陣の風が吹いて雨の音が一瞬強くなった。
「殺して、あげようか?」
「なぜだ」
「ちょうど持ってるの。ナイフ」
「持っているからといって殺していいわけじゃない」
「ばっかだなぁ。ナイフは人を殺したりしないよ……。いつだって選ぶのは人だもん。あのときの愚かな選択も、偶然の気まぐれも、人に従うことでさえ、選ぶのは自分。選んだのは、自分よ」
「お前は」福富の声が震えた。
「誰だ」
少女はにたりと笑った。

ぴちょん……ぴちょん……

少女の足元はいまや真っ黒に染まっていた。あの靴下は桃色ではなかったのだろうか?真っ白い足が液体に濡れている。黒い水たまりがどんどん広がる。

ニュースサイトで見た記事を思い出す。

架空の独立行政法人を名乗り、複数の老夫婦から総額四千万を騙し取ったとして………男が逮捕……×××との関わりもあり、……実行犯の女の行方を暴力団が追っている……

「殺してあげようか……あなたの過去も、間違った今も……わたしも、同じ……あのとき従ったからいけなかったの……もっと、もっと、強くあれば……あの日は間違っている……
ぐ、わ、り、と視界が揺れた。
湿気た空気が、福富を包んだ。何もかも分からなくなる。分からない。そうだ、分からないのだ。なぜ俺はここにいる?

間違った。

「福富!」
向こうの道路から、笑顔の男が近づいてくる。
「待ったか?」
違う。待ってなどいないはずだ。
少女をちらりとみると、彼女は一歩踏み出した。
まるで自分が彼の待ち人であるかのように。
彼は少女に気づいていない。
男は時計を見ると今日行く予定の施設のパンフレットを片手に何か喋っている。
「じゃあ行くか?」
俺は真っ黒な足元を見て言った。
「ああ、行こう」
正しい世界へ!
彼は右手を振り上げた。


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