X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

なにも知らない8

全体公開 2 3814文字
2022-04-17 23:29:28

△関係

名前変換
Posted by @uk_plus_



 いつも通りの教室で、いつも通りの顔をする。慣れたことのようにそれをこなす自分たちに、越知は寂しさを覚えていた。

 「ある程度片付けしたらそのまま外出てね」

文化祭の委員が未だ片付けに騒がしい教室へ少し大きめに声をかけていた。

 二度目の雨の日を超えてあまり名前と会話をしなくなってから、気づけばあっという間に氷帝学園の文化祭開催日になっていた。一般公開日を全て終えて生徒たちだけで行われる最終日は、ベタのように野外のイベントを一つ残して終了間近に迫っていた。
 必要な片付けを一通り済ませて越知がふと顔を上げると、名前と一人の男子生徒が教室を出ていく姿が目に入った。

//////////////

「苗字さん、ちょっとだけ時間いいかな?」
「え、うん」

そう名前に声をかけてきたのは、準備期間中によく話をしていた委員の男子だった。担っている仕事が被っていることも多く、名前はよくその彼と遅くまで作業をしていることもあった。だからあまり深く考えることなく彼女は彼に言われるまま、ついていってしまったのだ。少しだけ思考をすれば、先のことなど容易に想像できたというのに。

 来たのは人の少ない校舎裏、生徒たちは皆校庭の方へ集まっているからだろう。そして名前へ対峙した男子生徒が、少しだけ顔を赤くして名前へとまっすぐ言葉を投げてきた。

「その、苗字さん、君が好きだ。俺と付き合ってほしい」

名前の人生においてまっすぐに思いを伝えられたことはほとんどなかった。その熱量に言葉が詰まってしまい、名前は思わず相手から視線を逸らしてしまう。

「だめ、かな?」
えっ、と」

思いのない相手と付き合えるはずはなかった。しかし何と言って断ろうか、そう逡巡する名前はうまく言葉が出てこない。頬を染めながら名前が考えあぐねていると、彼がぐっと彼女の腕を引き寄せて抱きすくめた。よく知った胸とは違う感触のそれ。名前の背筋に何かぞわりと悪いものが走った。

//////////////

 越知のざわついた勘は当たってしまっていた。盗み見をするつもりもなかった。だが嫌な気持ちが拭えず、男子と名前の背中を見送った後に越知はふらふらと彼女らを探してしまったのだった。
 そして二人を見つけたのは、校舎裏だ。

「その、苗字さん、君が好きだ。俺と付き合ってほしい」

そこから聞こえてきた声に、越知は身を固くした。そして思ったのは、対峙する彼女は今どんな顔をしているのだろうということ。二人からは見えない陰に立ってちらりと声の方を見れば、視界に入ったのは彼女の背中と真剣そうな少年の表情だった。どうやら彼女は言葉に詰まっているらしかった。対峙する彼から視線を逸らして、言葉を探しているようだ。

すると突然、彼女の体が容易く対面の彼に抱きすくめられてしまった。越知の眼前で。

「俺、本当に君が好きなんだ」
「あの
「大事にするから」

スラスラと並べられる頭痛がするほど熱い言葉は、越知の不快な気持ちを増幅させていく。反射的に体が出てしまいそうになった時、彼女が両の手で力いっぱい彼を突き離した。

「ご、ごめん」
そう。そう、だよね」

震えた声で答える彼女に突き飛ばされたことで驚いていた男子は、申し訳なさそうな顔をして身を離した。

「好きな人でも、いる?」

その言葉にそばで聞いていた越知が肩を震わせた。

……
「無理に聞くつもりは、ないよ」

一向に答えない彼女に、ごめんねと苦笑しながら彼はその場を後にした。残った名前は俯いたまま立ち尽くしている。越知もまた同じように、その場で固まっていた。

この前と同じように、その肩を抱く資格がない自分を不甲斐なく感じながら越知は掌を強く握った。もし今彼女が自分を求めてくれたなら。そう思った時。震えた彼女の声がぽつりと嗚咽と共に聞こえてきた。

「越知くん

弱弱しい声音は肩の震えと同期して、それは彼女が涙を流していることを知らせている。

資格など、今は必要であるものか。

越知は先ほどから頭を占拠していた全てをかなぐり捨てて、陰から名前のそばへと近づいた。

「苗字」
「お、越知くんどうして

彼女が全てを言い終える前に越知は少々強引に彼女を胸に収めて、くぐもった彼女の驚きの声を掻き消す。数回抱いたことのあるはずのその肩が、今はより小さく感じて越知の心が苦しくなった。

「すまない、その盗み聞きをする形になってしまった」
……そっか」

自分の胸の中で、彼女は小さく笑う。その頬にはまだ涙が伝っているようだった。申し訳なさそうに嘘を交えて言い訳をする越知の言葉に、特に追及することもなく彼女は抱かれたままでいる。

「聞かれちゃってたかー
すまない」

重ねて謝罪をすれば、彼女がまた笑って越知を見上げた。

「越知くんは何も悪くないじゃない?」
「そんなことは
「あーあー。全然気づかなかったなー」

私って鈍感だね、と笑いながら、彼女はやんわりと越知の胸を押した。その仕草に寂しさを覚えながらも、越知はそれを拒絶することはできない。

「たしかに最近よく話してたんだけど、そうかぁ、そんなふうに見てくれてたんだなぁ」
苗字」
「そうなるきっかけとか、あったのかな。私本当、全然わからなかった」

越知に背を向けて、名前を呼んだ時とは違う明るい声音で話しながら彼女はまた小さく笑った。饒舌な言葉は、いつもの彼女よりも少々意外であった。その背中をじっと見つめて、越知はぼんやりと思ったことを呟いた。

「怖かったのか」
……

それが核心であったのか、彼女はぴくりと肩を震わせた。そして背を向けたまま何も言わずにいる。

「苗字」
……
怖かったな」

先ほどよりも越知なりに柔らかく言えば、彼女はようやくこちらへ顔を向けた。丸い瞳に溜まった涙が重力に負けて一気にぽろぽろと決壊していく。しかし未だに気丈でいようとしているらしい彼女に、越知は堪らず今一度抱きすくめた。

「怖かった、のかな」
「そう、だろうと思う」
「そっか」

越知の腕の中で躊躇いがちに言葉を交わした彼女の声が、段々と震えていく。そしてするりと越知の腰に強く腕が回されて、ついに名前は大きく嗚咽を漏らした。

「怖かった、な

それと同時に溢れた涙が越知のシャツを濡らした。見下ろす腕の中の艶やかな髪を労わるように越知が大きな手で撫でれば、ひとしきり涙を流した彼女がぽつりと言う。

「越知くんは、怖く、ないのにな」

溢されたその言葉は越知の胸中にじんわりと広がって腹の底まで到達した時、どちらからともなく顔を合わせた。それはいつかの時と同じような抱擁だった。

名前よりも倍は大きな越知の背が、ほんの少しだけ屈められた。それは一種の合図であり、そしてその意味を理解しないほど彼女も子供ではない。見上げている名前は誘われるように顔を少し持ち上げて、一寸だけつま先で立った。二つの視線が混ざって鼻先が交差し、ゆっくりと唇が触れた。

あの時を再生するように深く繋がれたそこは、初めて体が繋がった時よりもしっかりと交わされた。たしかめ合った唇の感触が再びゆっくりと離されると、名前はぼんやりと越知を見つめた。すると名前は赤面して越知から目を逸らした。そして強く強く謝罪の言葉を口にする。

「っごめん、越知くん、私」
「苗字
「私、もう行くね」

ごめんねと言いながら、名前は越知の言葉を聞くことなくするりと腕の中から逃げていく。そしてそのまま踵を返して校舎裏を後にしていった。彼女の胸中がわからないままに、越知は今まで彼女を抱いていた両の手を強く握ることしかできなかった。去っていく細腕を掴んでしまえなかった自分に苛立ちながら。


//////////////

 「都合が、良すぎるよ

校舎裏から飛び出してすっかり涙が乾いた頬を気にすることもなく、名前はぼんやり立ち尽くしていた。

あれだけ以前のままでいようと決めた心があっけなく崩壊していく感覚を、彼女は許容できなかった。

そんなの越知くんに失礼だ

自分の甘くずるい弱さが、彼女は耐えられなかった。そしてそれが越知に対しての誠実さに欠けていることが、最も許せなかったのだ。そして何より越知の負担になった挙句、拒絶されることが名前は怖かった。

あんなことをさせておいて、今更

 対等に告白していた同級生のあの女の子のようにする資格が自分にはないのだと、名前は乾いた頬をまた濡らした。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.