@dika_bal
■1/????
大きくて耳障りな笑い声。白くて冷めた三日月みたいな目がいくつも並ぶ。
心臓が痛いくらい跳ねる。息が上がる。手足からも顔からも血の気が引いて、不気味に寒い。
喚き散らして暴れるほど理性を失うこともできず、心が恐怖に縛られて身動きもできない。
「無能力者 の上、無能だなんて平均人類以下だな」「俺たちが鍛えてやってんだから感謝してほしいもんだ」「ははっ! 無能!」「役立たず!」
嘲笑の声が降り注ぐ。殴られ蹴られ、体があちこちガタついている。
それでも何もできない。"無能"な自分にどうすることもできない。
生まれてからずっと、他者からの評価も扱いも"無能"に縛られ続けている。
──異能力の1つでもあれば、こんな人生を送ることもなかったんだろうか?
⚖第1話 差別のエクスプロージョン

■2/カフェ
「うん、美味しいですね!」
木端 に勧められたドリアを口にし、丹所 の表情はパッと華やぐ。
「口にあってよかった」と木端 も微笑んだ。以前先輩に連れてきてもらった駅ビルのカフェへ、今回は自分が同僚を連れてくることになろうとは当時思いもしなかったな、なんて思いながら木端 はスープを口に運ぶ。
「美杜 くんは……」
どうだい?と感想を聞こうと美杜 の方へ顔を向ければ、皿の上の料理を次々口へと運ぶ美杜 が目に入った。聞くまでもなく気に入ってくれた様子だ。
小動物のように黙々と食べている美杜 の姿に「可愛いですね」と丹所 が微笑み、木端 もそれに頷く。

木端 、美杜 、丹所 の3人は初動捜査終わり、書類の提出を終えての昼休憩で遅めの昼食をとっていた。
時刻は14時過ぎ。平日昼過ぎということもあり、店内は落ち着いた様子である。
「いやぁ~、しばらくは昼食を班ごとにとれなんて不思議な注文つけますね、局長も」
「急ごしらえの課だからな、チームワークがそれなりに不安なのだろう」
「特に不安そうな班もあるしね…」
そう言いながらハンバーグを口に含み、美杜 は若干眉を寄せる。
誰のことを言っているのだろう?と丹所 が不思議そうに首を傾げた。
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時は遡ること数日前。
異動の引き継ぎや書類の提出、オフィス内の設備整理……雑務が諸々片付いたタイミング。
「と、いうわけで基本はスリーマンセルで行動してもらうので、よろしくね」
局長である風守の急な一言でGRIMOIRE のメンバーは3人一組のチームが組まれることとなった。
「コールナンバー 無 18、鈴丸 くん、不寝喰 くん、鳳条 くん」

「コールナンバー 無 27、燃々焼 くん、桐野 くん、大鷹 くん」

「コールナンバー 無 36、木端 くん、美杜 くん、丹所 くん」

「コールナンバー 無 45、及川 くん、柚葉 くん、荒船 くん」

「あぁそれと、昼食はしばらくこの3人でとってね」
風守のさらりとしたその発言に一拍置いたのち、抗議や文句じみたガヤが入るが、それらも「はっはっは~」と風守の笑いで一蹴された。
・
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「でも俺は2人と食事できるの嬉しいです! こうやって美味しいお店も教えてもらえてラッキーだし」
丹所 が屈託なく笑うと、美杜 もコクコク頷く。
「昨日、貴方が教えてくれた定食屋さんのサバ味噌、美味しかった…」
「確かに。あれは美味だったな」
「ありがとうございます。おばちゃんにも2人が褒めてたって伝えときますね」
和やかな雰囲気で遅めのランチが進む……が、その会話を突然の爆発音が遮った。
体に響く轟音、衝撃で建物が揺れ、あちこちから悲鳴が上がる。
「爆発…っ?!」
状況把握のため周囲を目視する木端 より早く丹所 が駆け出した。
目に入った近くの倒れかけたベビーカーを支えて「セーフ」と安堵の息をもらす。
しかしそんな周囲は混乱と不安でパニックを起こしており、人々は我先にと出口へ殺到していた。
危ない危ない、とベビーカーとその近くの母親を庇いながら丹所 が木端 へと声をかける。
「この人たち出口まで送ったら、ビルの警備室の方に行ってきますね~!」
「わかった! 私たちは被害状況を含む現場の確認と救助の補助に入る! 美杜 くん、本部への連絡を頼む」
「今完了した。局長はそのまま現場対応で問題ないと」
各々の素早い対応に三者三様 仲間の頼もしさを感じた。課全体はまだまだ歪な形をしているかもしれないが、少なくとも己のチームはチームとしての形を得始めている。
「丹所 くん! 何かあったらすぐ連絡入れてくれ!」
「はーい!」と片手を上げて返事をする丹所 は周囲を落ち着けるように声をかけながら、避難誘導を始めた。
火災でも起こっているのか、駅ビル内は非常ベルのけたたましい音が響いている。丹所 を見送ったのち、木端 と 美杜 は人々の流れと逆行するように建物へ入って行った。
■3/GRIMOIRE オフィス
「オフィスビルにコンビニ、今日の駅ビル。これで3件目ですね」
ホワイトボードに現場写真が貼られていく。それらを眺めながら局長が言葉を続ける。
「本件は連続爆破事件として帳場が立ってますが、GRIMOIRE も捜査に加わるよう要請がきました」
「最近の中では大きめの事件の割に死亡者はなしか……」と桐野 が資料をめくる。桐野 の持つ資料を覗き込みながら「怪我人は多数報告上がってるけどな」と大鷹 が呟いた。
「ほんで、ホシの目星は……」
燃々焼 がそこまで言葉を発すると同時にGRIMOIRE のオフィスの扉が勢いよく開かれる。
蹴破ったかと錯覚するほどの勢いに各位がそちらへと目を向けると、扉の前にはスーツ姿で鋭い眼光の男とその後ろに隠れるかのように立つパーカー姿の男がいた。

スーツの男がGRIMOIRE のメンツをぐるりと見渡してから、フンッと馬鹿にしたように鼻を鳴らし、ズカズカと無遠慮に室内へと立ち入ってくる。
「爆破に使用されている物に関しては現在不明。ヒノモトで手に入れられる火薬やそれを扱う技術で爆発物の説明がつきにくく、有力な技術者たちにもアリバイや動機がなく該当者はなし。そのため、異能力を使用しての爆破だろうという見解が強い」
メンバーの集まっている広い机の上に追加の資料と思われる紙束を叩きつけて、男は更に続ける。
「この手に多い事前予告の事件ではなく無差別の爆破であるが、主張のなさからテロやそれに準ずる組織的犯罪ではなく突発的犯行や愉快犯の線が濃厚かと考えられている。大方、能力を過信した低能な異能力犯罪者だろう」
「なんじゃ、こんクソガキは」
呆れたような燃々焼 がスーツの男を顎で指す。燃々焼 の言葉に「クソ…?!」と目を見開く男。
「えっとねぇ、こちらは捜査一課の白鳥 くんと野焼 くんで……多分今回の事件の情報共有に来てくれたのかな?」
スーツの方が白鳥くんでパーカーの方が野焼くんね、と局長が丁寧に補足を入れる。
スーツの男──白鳥は机の上に堂々と足を乗せている燃々焼 や、目が合うと微笑みつつひらひら手を振ってくる鈴丸 の姿を冷めた目で見ながら、わざとらしいため息をこぼした。
「捜査の人手が足りないからと言って、こんな半端集団にまで仕事を回さざるを得ないとはな……」
「まぁまぁ~、仕事なんですから情報の引き渡しはやっとかないとっスよ、先輩~」
背後の黒パーカーの男──野焼に促されると、またフンッと鼻を鳴らし、白鳥は事件の話を続ける。
「事件は白昼堂々行われている。オフィスビル・コンビニ・駅ビルに共通点は薄い。強いて言うのならオフィスビルと駅ビルは真堂グループの持ち物であるということぐらいであるが、コンビニは真堂 グループと関係のないチェーン店だ」
「資料にもある通り、現状死亡者はゼロっス。ただ、避難の際の混乱で多少の怪我人は出てるっス」
「…なるほど? それで、ホシは?」
資料から顔を上げ、にこやかに鳳条 が問う。白鳥はわかりやすく眉を寄せた。
「……捜査中だ。登録されている異能力者……爆発に関する能力を有する者を優先的にあたっているが、該当者は今のところいない」
「はぁ~? なんじゃ そんつまらん話は」
「まだ候補の1人もいないんですね~」
使えんわこいつらと悪態をつく燃々焼 と悪気なく事実を突く丹所 。白鳥が ぐぎぎと歯噛みする。
「はい、ということでね、捜査に向かいましょうか」
パンパンと局長が手を叩いた。
「燃々焼 くん・桐野 くん・大鷹 くんの班は被害者、主に爆発事件で怪我を負った人たちへの聞き込み。鈴丸 くん・不寝喰 くん・鳳条 くんの班と、及川 くん・柚葉 くん・荒船 くんの班は現場と周辺調査。洗い直してください。それから、木端 くん・美杜 くん・丹所 くんの班は目撃者と被害建物関係者に聞き込みをお願いします」
局長の淀みない指示に、各々返事をして早々に動き出す。
白鳥と野焼の存在を無視するかのように通常運転のGRIMOIRE メンバー。白鳥は小さく悪態をついた。
■4/事件現場(コンビニ)
「かっこよかったですね、白鳥さん。刑事~!ってオーラがすごくて」
「は、はい! ちょっと怖そうでしたが……」
壁が若干黒く焦げているコンビニの前で場違い的に和やかな2人。柚葉 と及川 は先程オフィスであった光景について話をしていた。
2人の保護者的ポジションとならざるを得ない荒船 はそんな2人を見守りつつ、コンビニの店主に捜査についての話をしている。
現場となっているコンビニはどこにでもあるチェーン店であり、駐車場も狭いごく普通の都市型店舗で、外壁は爆発の影響か黒く焦げている。爆発自体が小規模だったのか、建物自体の基礎へのダメージは極小で建物の形はきちんと保たれたままだった。
片付けをすればなんとか営業には問題ないのだろう。店員たちは後片付けに奔走していた。
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「うっわ、マジモンの刑事さん初めて見たわ~!」
ピンクアッシュっぽいブリーチした髪の青年がキラキラした瞳を向けてくる。掃除用具を手にしたコンビニ店員だ。
柚葉 はその瞳が少しくすぐったくて、困ったように微笑んだ。
「捜査? 事情聴取とかあんの?」
「はい、でも本格的に警察省まで来ていただいたりはないので。軽くお話聞ければな、と」
「ふ~ん」
青年の視線が柚葉 から外れる。反射的に彼の視線を辿れば、荒船 と話をする及川 を見ているようだった。
「あの人って異能力者?」
「え? あ、はい。そうですよ?」
「あ~、やっぱり? わかるわ~、特殊な感じするし……あ、きみは?」
「私は、ボーダーの刑事です」
「……そう。大変じゃない? 異能力者と一緒だと」
「いえ、そんなことはないです! あ、いや…及川 さ…彼女の方からしたら、私と一緒にいるのは大変かもしれませんが」
青年の目がじっと柚葉 を見つめる。柚葉 はまっすぐに彼を見つめ返した。
彼はただじっと見つめてくる。明るく懐っこい印象を抱かせる彼だったが、その目にはどこか哀愁を感じた。何となく、覚えのある色をしている目だった。
柚葉 はほんの少しだけ昔の自分を思い出す。自分にないもの を持つ他者を羨む自分。
「彼女はすごい力を持った異能力者で、私は何かに秀でたわけでもないただの刑事です。彼女ができることの範囲が自分にできるとは到底思わないので、そういった点では能力差のある私が一緒にいるのは大変かもしれないと思います」
「……ははっ、無能力者 って損だよね」
「いいえ」
はっきりとそう言いきった柚葉 に、彼は思わず次の言葉を飲み込んだ。
柚葉 は微笑む。昔抱いた気持ちは消えることないが、それを持っていてもそれでもなお信じられる信念はあった。
「無能力者 だからこそできることはあると思うんです。確かに、いっときは異能力者に強く憧れたこともありました……でも今は、彼女のように頑張る異能力者の助けになれればと思っているんです」
まっすぐに見つめてくる彼の瞳は瑞々しい新緑のような色をしている。陽の光を受け輝く若葉を思わせた。
「あ、あぁ…すみません…! 何喋ってるんだろう…」と柚葉 がハッと慌てたようにブンブン手を振り、紅潮した頬を誤魔化すように両手で頬を覆う。「すみません……」と小さく謝る柚葉 を見ながら、青年はそっと唇を噛み締め目を細めた。
「あ~もう、本当にすみません、聞き込みしなきゃなのに…」
たはーっと息を吐きながら手で顔を扇ぐ柚葉 。
青年は「……や、刑事さんのあっち~話聞けて面白かったし?」と言いながら、軽薄そうに へらりと笑った。
コホンと切り替えるように咳払いをしてから、柚葉 は再び青年に向き合う。
「えっと、事件当日なんですが……あ、そうだ。まずお名前を教えてもらっていいですか?」
柚葉 の声を聞きながら、青年は貼り付けた笑みのまま後ろ手でぐっと拳を握った。
「ヨージ。……佐藤 陽二 」
何かから耐えるように。祈るように。
■5/北区道路
3箇所の現場と周辺調査を終えた、鈴丸 ・不寝喰 ・鳳条 と及川 ・柚葉 ・荒船 の2班は再度合流し、情報共有を行いながらGRIMOIRE のオフィスへと戻ることとなる。
資料にあった以上の成果は特になく、強いて言うのなら被害建物のうちコンビニだけはその被害規模がボヤ程度で、報告書以上に些細なものだったくらいだ。
下手したら連続した事件ではなく個別の事件かとも思うほどだが、この手の現場調査を得意とする不寝喰 曰く「規模は違うけど手法は一緒」とのことで同一犯の犯行である線が濃厚という結論に至った。
捜査車両に付属するGRIMOIRE 専用の固有無線にて、ああだこうだと情報共有と雑談を挟みながら車を走らせている中、唐突に全体無線からオペレーターの声が割り込んできた。
『至急 至急、警察省から各局、北区・北昴 学院にて爆発。マル目より複数入電中。近局は現場 へ。現着次第至急調査の上、報告せよ』
「北区って…」
及川 が呟くと同時に助手席の荒船 が素早く捜査車両上にサイレンを乗せ、無線機を手に取る。
「無 45から警察省、北区駅前から現場 に向かう」
『警察省了解。周辺データを送信します』
荒船 の無線のやり取りを聞きながら、柚葉 がハンドルを切る。急な進路変更で重力に逆らえなかった及川 が後部座席で片側のドアに体をぶつけて小さく悲鳴を上げた。
サイレンの音を振りまきながら、捜査車両が旋回していく。夜闇の中、幸いなことに車通りは少ない。
少し前を走っていた鈴丸 たちの班も同様に車両をUターンさせ、同じ目的地へと向かって車を走らせていった。
■6/現着(北昴学院)
現場の学校前に着けばその被害は一目瞭然だった。
立派な校舎の半分が吹き飛んでいる。爆発後から燃え続けているようで、校舎からは赤い炎と黒い煙がごうごうと立ち上っていた。
6人はすぐに車両から飛び出し、学校周辺を封鎖。鳳条 が無線にて現着の旨と現場の状況を報告し、荒船 ・柚葉 ・及川 が燃え盛る校舎へと一目散に向かっていく。不寝喰 は校舎の状況を眺めつつ、少し遅れて3人の後を追った。
「あぁもう、みんな速いね~」
「はい、鈴丸 さんもダッシュ」
無線を口元から離し、鳳条 が微笑む。それを受けて鈴丸 は怖い怖いと軽く笑った。
「……あはは、行ってきま~す」
◆
「誰かいますかーーーっ?!」
被害の少ない箇所の窓を割って、校舎内に飛び込んだ柚葉 。現場に人間が居ないかどうかを確認しなければならない。
炎の勢いが強く、崩落していない側でも煙が流れ込んでくる。袖で口元を覆いながら、柚葉 は再度人間が残っていないか確認するために大きく叫ぶ。
夜中の校舎に人がいる可能性は低いが、もしも万が一にも誰かがいるとすれば……──チリチリと不安が胸を焼く。
煙でひたすらに視界が悪く、目を細めた。どうすればいいのか、何が出来るのだろうかと柚葉 は必死に思考を回す。
……こんな時、自分が異能力者なら────
ハッとし、頭を振る。意味のないことを考えている場合ではない。
息苦しさに柚葉 は一度咳き込んだ。
「あ~あ、無茶しちゃ駄目だろ?」
どこかのんびりとした声が耳に入ると同時に、柚葉 はざぶんと頭から水を被った。
柚葉 だけでなく室内も水を被り、視界の悪さが軽減される。
「鈴丸 さん?!」
「はぁい、鈴丸 誓 です。おやおや男前になっちゃって」
濡れて額にはりついた柚葉 の前髪を指先で慣れたように自然な仕草で分けながら、鈴丸 が軽口を叩く。
「こういうのは異能力的にも 一応俺の方が適任なんだから、いの一番に駆け込まないように……──死ぬよ?」
重い一言で急に冷めた鈴丸 の声に柚葉 の背筋がゾッとした。
そんな柚葉 の様子もお構いなしに「ね?」といつも通りの柔らかい微笑みを向ける鈴丸 。
何とも言えない空気の中でイヤホンからノイズ混じりの無線の声が届く。
『鈴丸 サン、聞こえます? 不寝喰 チャンですよ』
「はいはい、聞こえますよ。鈴丸 さんですよ」
耳のイヤホンを軽く押さえながら、鈴丸 が無線に応答する。
『あ、よかった。それじゃア 早速お願いなのですが、2階北側の奥から数えて3つ目、爆発源だと思うんでなるべく物証流さないように鎮火をお願いしますよ』
「未環子 ってば鬼~~~!」
『にひひ、鈴丸 サンなら問題なし。よろしく、ネ』
「え~ん(棒)」
軽口ではあるが一切の感情を感じさせない棒読みの泣き言を口から吐き出しきって、鈴丸 は再び柚葉 の顔を見る。
「そんなわけで行こうか。生存者の探索は任せたからね?」
「…っ、は、はい!」
柚葉 が返事をするより先に鈴丸 は足を踏み出した。空気中の水分を己の能力で増やしながら、宙にサッカーボール程ある大きさの水の玉をいくつも生み出していく。
(あぁ……疲れるんだよな…集中すんの……)
口の中だけで愚痴りながら、鈴丸 は一切の炎を恐れずに先へと進んでいった。
◇
『柚葉 、無事か?』
無線から落ち着いた声が聞こえてくる。必死過ぎて息をするのも忘れていたような気がして、柚葉 は意識的に息を吸う。
「は、はい! 大丈夫です! 鈴丸 さんと途中合流後、北側校舎を確認しましたが残留者はありません」
『了解。こちらも及川 と南側を確認したが問題はなかった。どうやら無人のようだ』
「はぁい了解。優 と一緒に戻るね~。あ、未環子 ~なるべく善処はしたからね、怒んないでね?」
『怒らないですよ。不寝喰 チャンそんな怒りっぽい女に見えます?』
『はい、無駄話をしていないで仕事してください』
唐突にカットインしてきた鳳条 の声にマイクを切ったまま「怖い怖い」と苦笑をもらす鈴丸 。
『そんなわけで、鳳条 サンとちょろっと確認してから戻るんで、皆サンは先に合流お願いしますよ』
・
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学校周辺は野次馬やパトカー・消防車のサイレンで騒がしくなっており、その光景で一気に現実感が戻ってくる。
……柚葉 は先程見ていた異能力者 の背中を思い出す。
炎の中、悠然と立ち回るその姿。煤にまみれて走り回る自分とは異なる姿。能力を持った特別な姿。そのかっこいい姿に口元から笑みがこぼれた。
「…やっぱり、格好いいですね」
ぽつりともれた柚葉 の呟き。一歩後ろを歩いていた鈴丸 はいつも通り気安く彼の頭をポンポン撫でようかとしたが、柚葉 の呟きが耳に入ってしまい、その手は寸前で止まる。
鈴丸 は行き場をなくした手をバレないようにそっと引っ込めた。
「優 はよくやったよ。俺、鎮火作業で忙しかったしね、君が残留者確認 頑張ってくれてよかった」
「……役割分担できていたのなら、よかったです。でもついて行くのでやっとだったから、やっぱり鈴丸 さんはすごいと思います!」
「あはは~」
鈴丸 は足を止め、先を歩く柚葉 の背中を見やった。「笑える」と聞こえないようにひとりごつ。
一瞬目を伏せ、くだらない考えを頭の中から追い払いつつ、人好きしそうな笑顔を顔にくっつけて、鈴丸 はまた歩き出した。
■7/GRIMOIRE オフィス
「昨晩対応いただいた北昴学院ですが、やはり事件当時は無人だったようで被害者はゼロ。北昴学院の校舎のみの損壊で済んでおり、周辺への大きな被害もなし、不幸中の幸いでしたね」
お疲れ様でした、と局長が2班に労いを入れる。
「北昴学院、中高一貫の男子校で全校生徒300人前後。学院関係で目立った事件は特に発生していない様子です。被害状況に関しては…資料の通りの酷いものですね。特に高校側の2,3年生の教室はほぼ吹っ飛んじゃっています」
鳳条 の報告に不寝喰 が続く。
「爆発対応後、鎮火した後に爆発源と思われる教室をちょろっと確認してきたんですが、前3件同様の手法での爆破で間違いないと思うのです。それと、戻ってから今朝まで調べてたんだけど……」
不寝喰 が追加の資料をデスク上に取り出す。
「これ、異能力による爆発じゃなくて、爆発物による爆破の可能性が高いよ」

各々が不寝喰 の資料に目を通す。数種の火薬とそれを使って組み上げられる爆発物の形状・威力の計算式。被害にあった建物のデータなど諸々がつらつら並んでいた。
「科捜の薬師寺サンの方が正確に把握できると思うから、アタシはこの後 そっちに話を聞きに行きたいと思ってます」
「わかりました。薬師寺くんに連絡入れますね」
局長がスマホ片手に席を立つ。
資料から顔を上げ、大鷹 がため息をついた。
「異能力者による犯行じゃないのなら無能力者 か。早く本部の方に報告上げておかないと見当違いなホシ候補上げてくるだろう、あいつら」
「あの賑やかな…焼き物だか焼き鳥だか忘れたけど、アレは今日来てないの?」
大鷹 の隣に座る桐野 が扉の方へ目をやるが、扉は静かなものだ。
そんなやり取りの中、木端 は考える。
(異能力者ではなく、無能力者 による犯行の可能性が高い……ならば、一連には共通点があるのでは)
「……すまない、真堂グループのオフィスビル関係者とコンビニ従業員の資料あるかい?」
木端 の問いかけに大鷹 がすぐさま資料を重ねる。「ありがとう」と礼を述べてから木端 はそれらに目を通す。
その様子を見て何かを察したのか、鳳条 が「木端 さん、名前は?」と聞きつつ別の資料を開き始めた。
「……真堂 勝 と佐藤 陽二 。21歳だから、3年前で確認してほしいです」
「……ありますね、2人共3年前の北昴学院卒業生です」
「ありがとうございます。うちの班でその年、そのクラスの卒業生を当たります。美杜 くん、丹所 くん、すぐ出られるかい?」
木端 に声をかけられ、2人はすぐに立ち上がる。「すまないが何かあれば連絡を頼む」と残し、木端 たちは早々に部屋を後にした。
■8/佐藤 陽二
生まれた時から何かと比べられていた。
家には先に生まれた姉が居て、姉は異能力者で、姉は何に対しても優秀だった。
ぼくは無能力者 で、何をしても要領が悪くて、何に対しても平均以下だった。
両親は、特に母はぼくが何もできないことを強く憂いた。
どうしてできないのか、どうして姉のようにできないのか、いつも責められていた気がする。そんな記憶ばかりしかない。
学校でも、何をしても下手なことをよく笑われた。テストの点も体育も、どうしてもうまくできなかった。
頭が良くないのだから早く帰って家で勉強しなさい。馬鹿なのだから塾など必要ないだろう。どうして努力できないの。どうしてあなただけできないの。
早く帰らなきゃだから、部活もできなかった。早く帰って勉強したって、家の手伝いをしようとしたって、どうしても上手くはできなかった。
段々とそんな自分が嫌いになっていく。ぼくだって、何で自分ができないのかわからなかった。……それってやっぱり、ぼくがバカだからなのかな?
クラスメイトの当たりは学年が上がる毎に段々と強くなっていく。
最初はただのからかいだったけど、どんどんとそれらは圧が強くなっていき、どんどんと苦しいものになっていった。
「無能力者 の上、無能だなんて平均人類以下だな」「俺たちが鍛えてやってんだから感謝してほしいもんだ」「ははっ! 無能!」「役立たず!」
毎日、殴られて蹴られて体はボロボロだった。そのうち心は何も感じなくなった。ただこの行為が早く過ぎ去ればいいと思うだけになった。
特にクラスのリーダー的存在の異能力者……真堂 勝は、ぼくを使って遊ぶことを日課にしていた。
大きな会社の社長の息子で異能力者で、何でも要領よくこなしていて、ぼくとは全く違う存在だった。
クラスメイトたちは全員卒業後、大学に進学したり、就職したり……己の夢のために進んでいったが、ぼくだけはずっと止まったままで、何もなくて……何をしていいかもわからなかった。
高校卒業後、半分勘当みたいに家から放り出されて、でも生きるためには何かしなきゃいけなくて、だから自分を偽ることにした。せっかく全部なくなったんだから、今までの自分でいる必要もないって、そう思った。
髪色を明るくして、表情を明るくして、声色を明るくして、今までの自分と反対の自分。
ただ平和に過ごせればそれでよかったし、その期間はあまり記憶にないけど、記憶にないってことはつらくはなかったんだと思う。
それなのに……それなのに……バチが当たったのかもしれない。周りを騙して、自分を偽っていたバチが当たったのかもしれないと思った。
「あ~、無能くんじゃん」
心臓を掴まれたみたいな感覚。チャラチャラした大学生の集団の中にそいつは居た。
相変わらず何の不自由もしてなさそうな、何の苦労もしてなさそうな純粋な悪意の塊みたいな屈託ない顔でぼくを見ていた。
そっからは記憶に新しい。あの頃が戻ってきたみたいな、最低の時間がループしてるみたいな、早く過ぎ去ってほしい時間が帰ってきてしまった。
つらくて、苦しくて、どうしようもなくて、鉛みたいにずしっと重たいものがずっと背中に乗ってるみたいな……あぁもうどうしようもないんだなって思った時に……。
──あの人に、出会ったんだ。
■9/GRIMOIRE オフィス
「佐藤 陽二 、21歳、無能力者 。前歴なし。高校卒業後はフリーターをしており、2つ目の現場となったコンビニにてアルバイト勤務。実家とは疎遠になっていて両親も彼については何をしているのか知らないとのこと」
桐野 が報告をしている最中、燃々焼 がデスクの上に足を乗せる。その様子に大鷹 は燃々焼 の足を軽く叩くが、燃々焼 は一切気にもせず椅子の背もたれに思い切り背を預けている。
「当時のクラスメイトたちに話を聞いた結果、どうやらいじめじみた行為があったらしい。多少いきすぎているかとも思ったが、本人が拒否しないこととリーダー格の生徒に目をつけられたくなかったため黙認していたようだ」
木端 の言葉に美杜 が続く。
「真堂 勝 、21歳、風系譜の異能力者でかなり小規模であるが極小のカマイタチを生成できる。能力ランクはD。学生時代、クラスのリーダー的存在であり、佐藤 陽二いじめの主犯格であった。現在は大学生で実家の会社へ既に就職が内定している」
「いいとこのボンボンって感じでした~」と丹所 が悪気もない様子で付け加える。
「事件現場周辺の防犯カメラ映像解析を、機捜の情報班に依頼していたが結果が出た。事件発生の2ヶ月前に佐藤と真堂は第2現場のコンビニ前にて再会していたことがわかった」
荒船 の報告に「恨みがぶり返しちゃったんですかね~?」と感想をもらしつつ、該当防犯カメラ映像を再生しては巻き戻しを繰り返す丹所 。
画面に佐藤の姿を確認して、柚葉 は直接会った時の彼の様子を思い出していた。彼は何を思って自分に話しかけてきていたのだろうか。
「薬師寺サンに報告と確認して一緒に実験してもらったんだけど、概ね想定通りの爆発物で問題ないかなといった感じです。ただ、トーシロが作れるような可愛いもんじゃないんでネ、そこら辺はまだ不明。んま、誰かの入れ知恵が妥当かな?」
「入れ知恵、か。それはどれくらいの専門知識が必要そうなんだ?」
不寝喰 の資料に目を通しながら木端 が疑問を口にする。
「少なくとも名のある研究者か技術者以外は不可能かというレベルだそうです。薬師寺さんの方も大変興味深そうにされていましたし、そのように仰ってました」
律儀に会議録をまとめつつ鳳条 が答えた。
「なるほど、その辺の候補はいるんだろうか?」
「…ちょっと厄介な名前が出ているので、そこは実行犯に要確認ですね」
厄介な名前?と及川 と柚葉 と丹所 が揃って首をひねる。その様子に鳳条 は微笑みながら「外れているといいんですけど」と呟いた。
「候補はもう上がったんじゃ。さっさと縄掛けりゃあええじゃろ」
早々に席を立ち、燃々焼 が上着を翻す。
そんな中、オフィスの扉が勢いよく開き、まだ見慣れない2人組が飛び込んできた。
「おい! ちんたら進まないだろう捜査をしている場合ではない! 遂に爆破予告が届いた!!」
眉間に皺を寄せたまま飛び込んできた白鳥が叫ぶ。進んでない捜査はそっちだろ…と大鷹 が相手に届かない程度小さく口にした。
「1つ前の被害現場付属の大学に爆破予告が入った。手柄にあやかりたいのなら現場まで急ぐことだな!!」
「お先に失礼するっス~」
そこまで言うと怒涛の勢いで白鳥は走り去り、野焼は会釈をしながら かろうじて壁にめり込んでいない扉を丁寧に閉めて行った。
「だ、そうですが?」と椅子に腰掛けたままの桐野 は局長に顔を向ける。
「では、我々も出番ですね」
全員が局長の方へと顔を向ける。
「木端 くん、美杜 くん、丹所 くん。本部と合流して逐次現場の報告をお願いします。もしも現場にて動きがあればそちらで判断を行ってもらって構いません」
「鈴丸 くん、不寝喰 くん、鳳条 くん。佐藤 陽二の自宅に向かってください。爆発物を発見した場合、緊急の判断は不寝喰 くんに任せますが、緊急性がない場合は必ず報告を上げるように。あぁ、礼状はないのでくれぐれも無茶はしないようにお願いしますね」
「燃々焼 くん、桐野 くん、大鷹 くん。佐藤 陽二のここ数日の行動を辿って他被害が出そうな場所の割り出しをお願いします。判明事項があれば逐次報告を上げてください。それから、単独で動かないように。守ってくれないと私が困っちゃいますのでね」
「及川 くん、柚葉 くん、荒船 くん。真堂 勝の身柄保護に当たってください。人命優先、しかし自分たちも無茶はしないように」
「それでは皆さん、よろしくお願いします」
■10/捜査車両内(無45)
「困りましたね…」
ハンドルを握りながら柚葉 がため息をこぼす。
真堂 勝の保護に向かった3人。本人の自宅である高層マンションのエントランスにある共用インターホンにて、応答したハウスキーパーから『今夜は帰宅予定がございません』の言葉をいただく。
粘って真堂の行き先の心当たりを聞くが、プライベートに関する予定は一切聞かされていないとのことで全くの情報なし。
「どうしましょうか。ひとまず、局長に報告入れますか…?」
後部座席の最年少が控えめに2人を窺う。
「あぁ、一度報告を入れよう。…それから資料にあった真堂の交友関係に当たって……」
荒船 が車内のモニターで捜査資料にアクセスしようとした途端、GRIMOIRE 専用の固有無線から明るめの女性の声が飛び込んできた。
『はろはろ~。こちらGRIMOIRE 本部・薬師寺、無 45班聞こえる?』
「無 45聞こえている。どうぞ」
『無 27の方にも連絡入れたんだけど、真堂は今日スターライトシティホテルに友人たち数名と宿泊予約を入れているみたい。ホテル側には連絡入れてるんで、そっちの班もホテルに向かって無 27と合流よろしく。私もそっちに向かうけど、先に真堂と接触できたら何とか保護してあげてちょうだい』
「無 45了解。真堂自宅付近から向かう」
『はい、よろしく。周辺地図転送しとくわ』
モニターに現在地から目的地までのルートが表示される。距離はそこまで離れていない。
柚葉 はすぐにハンドルを握り直して、アクセルを踏んだ。
■11/スターライトシティホテル
真白い外壁が高くそびえる清潔感と高級感を漂わせたホテル。
正面玄関に車をつけるとドアマンがすぐにやってきた。バレーサービスを断り、警察手帳を示しながら事情を話しつつ車を隅に寄せる。
駐車が完了すると運転席側の窓がコンコンと軽くノックされ、そちらを見やれば桐野 が立っていた。
及川 ・柚葉 ・荒船 が車から降りると、桐野 が「こっちです」と先導し、正面口から外れた従業員通用口を素早く通り抜ける。
忙しなく行き交う従業員たちとすれ違いながら、セキュリティルームの表示があるドアの前で桐野 がカードキーをリーダーに照らし、中へと入っていく。中は文字通り警備室で、壁一面にある複数のモニターには監視カメラの映像がリアルタイムに映し出されていた。
数名の警備員がそれらを見ている少し後ろ、部屋の隅には急遽持ち出されたであろうパイプ椅子に大鷹 と燃々焼 が中々態度大きめに座っている。
「薬師寺さんは?」と桐野 が聞けば「支配人と交渉中。ついて行こうかって聞いたけど大丈夫ってことで一応待機」と大鷹 が返した。
「そう。じゃあ手筈だけ確認しよう」と桐野 がホテル内の地図を取り出した瞬間、地響きが起こり警備システムが異常を示すアラート音を発する。
何が起こったのかと慌ててモニターを確認する警備員達のそばでシステムが小規模な爆発を次々起こし、さらなる混乱が伝播していく。
そこかしこから悲鳴や焦った声が上がり、逃げ惑う足音と天井や壁が崩落する轟音が嫌でも耳に入ってくる。
燃々焼 の強い舌打ちに続き、爆発の影響かシステムダウンが発生し電気が消えた。暗闇の中、若干発光する及川 が「あ、荒船さん、どうしたら…っ」と焦ったように声を上げる。
「…大丈夫だ、まず落ち着いて」
なるべく穏やかに聞こえる声音を選んで荒船 が及川 へと声をかけた。
「柚葉 、まず本部に連絡を。桐野 、こちらは上階の方へ向かおうと思う。出口と下層階を任せても?」
「えぇ、問題ありませんよ。…大鷹 」
「あぁ」と短く返事して大鷹 が燃々焼 に目をやるが間髪入れずに「わぁっちょる。口ば開くな」と燃々焼 が大鷹 に鋭い眼光を返した。
■12/進め
視界の悪い中、荒船 ・及川 ・柚葉 は走る。
停電でエレベーターも止まっているため、ひたすら足を動かす他ない。人命を優先し、避難者に声をかけ手を貸し、逃げ遅れた人間がいないか確認していく。
爆発は複数箇所で発生したらしく、階によって被害状況はまちまちであるが、崩落が酷く このままでは建物自体危険だろうということは容易に予想がついた。
疲労で肺を苦しめながら高層階まで辿り着いたところで人影と出会う。
──……薬師寺だ。壁伝いに肩を預けながらよたよたと歩を進めている。3人はすぐに彼女へと駆け寄った。
「薬師寺さん!!」
「……っ、あぁ…柚葉 か」
爆発に巻き込まれたのか負傷しており、多数の出血が認められた。
彼女は額から流れ落ちる血を腕で拭いながら「及川 」とヘルメット頭に目を向ける。
及川 が「は、はい!」と慌てて返事をすると、薬師寺はいつも通りゆったり微笑みながら口を開いた。
「この階のひとつ上には高層階用に分割された電力分電盤がある。そこの電力ラインから直接きみの異能力で電気を流し込むことによって無理矢理にでも電源の回復を図りたい。下層階組と連絡を取り合って、ガス発生状況の確認を怠らないように。…失敗してもいい、とにかくやってくれ」
「…は、はい! 自分にできることなら…!」
「荒船 、柚葉 。きみたちは上階を目指してほしい。恐らく真堂は関係者と屋上階にあるプールを利用していたと思われる。佐藤もきっとそこだ。現状真堂を保護したという報告が入っていないから、まだ残っている可能性が高い」
「…薬師寺さんはどうするんですか?」
「私のことは気にしなくていい。自分の身は自分で何とかしよう。そんなことよりもきみたちはきみたちの仕事をするんだ」
負傷して上がりにくいのだろう肩を無理矢理に上げて、薬師寺は柚葉 の肩に触れる。
「……頼んだぞ」
◆
非常階段を駆け上がる。足が重くも感じるが、それでも先に進むしかない。
柚葉 は思い返す、彼と──佐藤と対面した時のことを。書面にあった彼の生い立ち、過去、彼の笑った顔、異能力者を見つめる目……何となく覚えのある色をしていた目。
同じだったのではないだろうか。彼と自分は何が異なっていたのだろう。どこで違えて現在に至ってしまったのか。
異能力に憧れ、しかしそれは届くことはなく……ただの人間だと形を決められ、ただひたすらに歩みを止めることは出来ず、ここまできた。自分に力があればなんて数え切れないほど思った。無力さに拳を震わせたことだってある。一生誰かの影になって主役に立つこともない。こんな無力さで憧れたヒーローになれるはずもなく、信念の裏で諦めを感じた。
そんな自分が果たして、彼の行いを過ちだと裁定することができるのだろうか。
「柚葉 !!」
急に背中を強く押された。反射的に前のめって床に手をつく。途端、背後でコンクリートが崩落する音が響いた。
振り返ると階段が途中で断裂し、おまけに瓦礫が積み上がっている。──荒船 と及川 は…?
「 荒船 さん!! 及川 さん!!」
ゾッとして柚葉 は 荒船 と及川 の名を叫んだ。
「柚葉 、無事か!? こちらは問題ない!」
「柚葉 さん怪我は…っ?!」
自分の呼びかけに2人の声が返ってきて、柚葉 はひとまず胸をなでおろす。
「自分も大丈夫です! 荒船 さん、ありがとうございますっ!」
「いや、咄嗟に加減ができなかったすまない」
「全然です! あ、瓦礫の先、階段自体が崩落しているのでかなり危険です」
「了解した。ひとまず及川 とこの階のフロアに出て俺は別ルートを探す。柚葉 、お前は先に行け」
「……え」
「先行を任せる。すぐに追いつく、行ってくれ」
積み上がった瓦礫越し、数段下にいる荒船 と目が合う。迷いなく、曇りなく己を見上げていた。
「柚葉 さん…っ!」
荒船 の隣、ヘルメットで息がしづらいのであろう、完全に息が上がっている彼女は肩を大きく上下させていた。及川 はぐっと拳を握ると吐き出すように声を絞り出す。
「わた、私、異能力者だけど…でも、佐藤さんのこと少しだけ、わかる気がするんです……! 私も、苦しかったこと、たくさんあったんですけど…それでも周りに恵まれてて、家族が、味方でいてくれて…だから、腐らずここまでこれたって、感謝しても、しきれません。けど、佐藤さんは…味方が、いなくて、ひとりで……もしも同じだったら、私だったら…怖くて、くじけちゃうって…思ったんです」
及川 が柚葉 を見上げる。
「柚葉 さんだから…柚葉 さんなら、きっと届くと思うんです! お願いします、これ以上被疑者が、佐藤さんが自分を傷つけないように…っ! どうか、佐藤さんを助けてあげてください」
震える声で彼女は願った。
「柚葉 、彼が本当に道を違える前に、行ってくれ」
確かな声で彼に託された。


柚葉 優 はしっかりと頷く。
「行ってきます」
■13/柚葉 優
幼い頃、映画の中で見たヒーローに憧れた。
強くて格好良くて、キラキラに輝いたセンターに立つ特別な存在。自分もそうなりたくて、みんなを助けることのできるヒーローになりたくて、何でもがむしゃらに頑張ってきた。
いつか誰かを、困っている誰かを助けたい。誰かの苦しい心を少しでも軽くしたい。笑顔にしたいって思った。
でも、現実は理想だけではどうにもならない。いつも誰かを救えるのは力のある人だ。異能力も持たない、ただの無能力者 の自分の手には何の力もなかった。
諦めたのはいつだろう。気が付いたら舞台袖からセンターの主役を見ることに慣れきっていた。
あの場に立てないのならと、せめて何かの手伝いになれればと気持ちは変化していった。
ヒーローにはなれなくても、ヒーローの手伝いができればいい。
主役だけで物語が回らないということを大人になって知ったから。脇役でもいい、何かの一助になれるのなら、それで自分に意味はあるのだと思う。
これでいいって、相応の生き方なんだって、それを認めることはできた。
異能力があれば、なんて何度思ったか。
自分にはできない、何度諦めたか。
これでいいんだ、何度線を引いたのか。
それでも今、止まることはできない。
仲間に願われ、任され……何よりも自分が、彼を止めたいと思ったんだ。最悪な事態から彼の腕を引いて止めたいと思ったんだ。
行っちゃだめだって伝えたい。彼の苦しさをまだ聞いてもない。誰にも言えなかったのなら、それなら自分がそれを聞きたい。彼を、君の苦しい心を少しでも軽くしたい。少しでも笑顔にしたいって、思ったんだ。
あの時諦めたこと、線を引いたこと、それら全てを越えて行く。
脇役でもなく、舞台袖でもなく、今まさに最前線へと走る。
柚葉 優 は確かにそこに立ったのだ。

■14/最前線
周囲のビルの明かりと月明かりだけが屋上を照らしている。しかし、はっきりと人影だけは見つけることができた。若い男女数名と、その前に立つ白いフードをかぶった人間。
「犯罪者!」「死ね!」「ただで済むと思うなよ!」なんて語彙が死にきった罵倒で命乞いをしている面々とただ静かにそれらを見下ろしている彼。
ただ、「無能!」の言葉には微かに反応を示した。
「……もう、無能じゃない」
「ハァ?! 犯罪だって意識ねぇの? 昔っから脳ミソ空っぽだとは思ってたけど、そこまで無能だったとはな!!」
「違うっ!!!」
振り上げた手には箱状の何か。それが振り下ろされる前に柚葉はその人の腕を掴んだ。
「……佐藤、陽二くん?」
名前を確認すると、目の前の人物は腕を振りほどき、わずかに飛び退く。
フードの下から見える目には色濃い負の感情が窺えた。
「……警察か」
「はい、ANIMA 警察省特務課、GRIMOIRE 所属の柚葉 優 です」
「ハハッ、無能力者 のあんたに何ができんだよ。俺はもう何もできない無能じゃない! 手に入れたんだよ! 異能力を!」
佐藤の発言は苦し紛れのハッタリなどではない、本気でそう言っているのだと声音からありありと伝わってきた。
……後天的な異能力の発現は世界的にも報告がなく、有り得ないとされている。ならば、そう思い込まされているのだろう。……一体誰に?
思考を一旦止めて、なるべく刺激しないよう会話を続ける。
「……どんな能力を得たんだい?」
「爆発だ。見ただろ、何でも壊せる。こいつの能力よりも上だ。俺をバカにしてたこいつよりも俺は強くなれたんだよ!」
柚葉 はちらりと彼の持つ物を見やる。
爆発物だろうが……自分じゃどう扱うべきか判断は難しいだろう。
「…じゃあ何ですぐに彼を殺したりしなかったんだい?」
「復讐だからだよ。ただ殺すだけじゃ収まらない。こいつが自慢してた就職先も、こいつの家のビルも、最低な学校も壊してやった」
「君の勤め先は?」
「……こいつがよく来るようになったから」
威嚇のようなものだろうか。多分、破壊したいと強く思っていたわけではないのかもしれない。だから2件目の被害は他と比べて少なかったし、逆に嫌な思い出の強い学校はあれほど派手に破壊されてしまったのだろう。
「復讐だから、関係ない死者を出さないように夜中を狙ったり、人気 の薄いところを爆破したりした?」
「……だからなんだよ! もうそんなの関係ない! 後はこいつさえ殺せればもうそれでいいんだ!! こいつを殺したら自首でも何でもしてやるよ!!」
やけくそ気味に佐藤が叫ぶ。
「誰もわかってくれない! 誰も彼も責めてくる! 無能だ、凡人だ、挙げ句は凡人以下だって! 好きでそうなったわけじゃない!! ぼくは無能なんかじゃない! 可哀想な人間なんかじゃないっ!! それを証明するんだ!!」

暗澹たる瞳が切羽詰まった様子でこちらを見る。その目は狂気に飲まれかけているのかぐらぐらと揺れていた。
しかしまだ視線は合う。まだ"こちら"を見ている。柚葉 は再びまっすぐに彼の瞳を見つめ返した。
瑞々しい新緑のような色をした柚葉 の瞳は曇ることなく、陽の光を受け輝く若葉のような温かみを宿して相対する。
「君が可哀想な子になったとしても、俺は君のことを見捨てないよ」
一音一音、しっかりと届くように。気持ち全部が聞こえるように、柚葉 は言葉を紡ぐ。
「理解がない人間ばかりじゃない。君の世界には敵しかいないわけじゃない。少なくとも、俺は君のことをわかりたい。苦しい気持ちを聞いて、分け合って、それをどうしようかって一緒に考えたい。未来の話をしたいって、そう思う」
絶対に目を逸らさない。"誰か"を助けたいじゃない、今ここにいる"君"の手を引きたいんだ。
「今まで頑張った全部を投げ出しちゃだめだよ。人の命を奪うなんて一線を越えてはいけない。君が弱くないのなら、ここからまた立ち上がろう。つらいこと、苦しいこと、ちゃんと全部聞くよ」
柚葉 がただ手を伸ばす。伸ばした先、左手首の腕時計が月の明かりを反射してキラリと光った。
「一緒の世界で、一緒に立とう。異能力者も無能力者 も関係ない、"君"だからできることを一緒に探そうよ」
慈悲の心というのはこんな形をしているのかもしれない。
優しくて温かい。真っ暗な闇の中でも微かに光って、歩みを止めてしまった人間を迎えてくれる、手を差し伸べてくれる。泣きたくなるほどどうしようもない。
知らなかった。知ることもなかった。知ってしまった。知ってしまったんだ。自分自身を見てくれる、他者の存在。それがどれほど──救われるのか。
勝手に溢れる涙もそのままに、佐藤は震える手を伸ばす。柚葉 はしっかりその手を握り返した。
■15/エピローグ
「大変だったみたいだね」
ミルクティーの甘い香りが漂うカップが差し出される。
柚葉 は「ありがとう」とそれを受け取り、思わず緩んだ顔を従兄弟へ向けた。対する従兄弟もいつもより優しい微笑みを柚葉 へと返す。
事後処理や別件の呼び出しなど様々重なって、オフィスでたまたま2人きりになった柚葉 と鳳条 。つい空気も和やかになってしまう。
「…大変っていうよりは……うーん……」
「いい経験になった?」
「それもある。けど、もっと色々あってさ…」
「うんうん」
まろやかで甘いミルクティーに口をつけながら、目を伏せる。
「聞いてほしいこと、いっぱいあるや」
「うん」
「……たくさん話すかもだけど、聞いてくれる?」
「勿論、何だって聞くよ」
心にたくさんの気持ちが溢れてやまない。話したいことがたくさんある。
自分のこと、仲間のこと、彼のこと、これからのこと、変わったこと、変わらないこと。たくさん話して、たくさん聞いて、たくさんの気持ちをまた持って。
「ありがとう」
それから、彼に会いに行こう。
今日も柚葉 優 の笑顔はあたたかい。
