OP その空座は誰が為に
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
4月27日。特殊スケジュールである今日は、舞台表現学科の全生徒が1限目から稽古場に集まっている。どうやらもうほとんどが集まっているようで、そのどこかそわそわとした雰囲気で稽古場は包まれていた。理由はわかる、今日は初公演練習初日。これから各役者に台本が配られ、初公演に向けて一致団結して舞台を作り上げていく──そんな日なのだから。
様々な反応を示す1年生を横目に、自分にもあんな頃があったなぁと思いを馳せる。あの頃は日々起こる一つ一つの出来事に一喜一憂していて、何しても上手くいかないことばかりで。不安もあったし期待もあった、辛いことや苦しいことも、もちろん沢山。それでも今ではどれも大切な思い出だ。
あの頃導いて下さった諸先輩のように、僕も頼りになる先輩として頑張らなくてはね! 決意を新たに、もうすぐ来るはずの座長を待った。
稽古場の扉が開く。彼女かと思い振り返って──僕は思わず硬直した。
視線がそちらに集中する、空気が凍る。先程までの浮ついた雰囲気が、一瞬で霧散した。
「おはよう、諸君。今日も元気そうでなにより」
いつもとは違う、掠れて歪んだ小さな声。首や頭に巻かれた包帯。両足につけられたギブスと車椅子。いつもと明らかに違う光景に、唖然とすることしか出来ない。
彼女は困り果てた様に笑って言った。なんだか笑うのに失敗してしまったような、迷子になってしまった子供のような、そんな顔をしている気がした。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
▶視点 市村将次
謝って階段から落ちてしまったのだと、彼女は咳混じりの掠れた声でそう言った。
「脚も喉も、今の所治る目処は立って居ないんだ。
……特に喉はそれが顕著でね。大きい声を出したり、長時間話すのは難しいと思う」
──だからしばらく舞台はお休みかな。いつまで休むかは
……まあ、わからないけれど。
状況説明が淡々と続く。僕らの反応に当てられて少し乱れが生じていた彼女であったが、今ではすっかり落ち着きを取り戻していた。伝えなくてはならないことを、明確に要点をまとめながら話してゆく。
「舞台に立つことの出来ない間は君達のサポートに回ろうと思っているんだ。脚本、演出、他学科との打ち合わせ、すり合わせ、予定調節から会場設営
……。いや、やること自体は変わらないのか。むしろ役者としての仕事が減る訳で、前より時間を作りやすくなるのかもしれないね」
にこりと微笑む彼女に、何も言えなくなる。──御剣三鶴が舞台を休む? それが異常事態であることを、僕らはとっくに知っていた。
1年生の頃から突出した演技の才覚を見せていた彼女は、いつだって舞台の真ん中で不敵に微笑んでいた。それだけ御剣三鶴という存在は僕らにとって不動のもので、欠けるなんて考えもしなかったのだ。
にこりと微笑むその内側で、彼女は一体何を思っているのか。考えるだけで、どうしようもなく苦しくてたまらなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈.
「まあ、僕の事はいいんだよ。もう終わった事だしね。自業自得だ、それ以上でもそれ以下でもない。
──問題はこれからだって言うこと、君達はちゃんと理解出来てるかい?」
「君達は、これからこの僕が空けた大きな穴を埋めなければならない。──観客は、当然僕が居る時と同じぐらいの期待を持って見に来るだろう。観客を失望させることの無いように、君達は努力をしなければならないんだ」
彼女は、語る。
「もちろん責任は僕にあるからね、全てを君達に投げ出す訳では無いよ。今の舞台表現学科では、観客の期待に答えられないだろうしね」
「だから」
「──今から、僕が君達の埋もれている才能を無理矢理一つ引き出してやる」
「僕の見立てではね、君達は決して才能が無いわけではないと思うんだ。要は原石のようなものでね、君達にも明確に他にはない強みが存在する。
……君達自身が気づいていないだけで」
「本来ならばそれは自分で探し出すものだとは思うのだけれどね、今はあまりにも時間が無いから僕が君の強みを指摘しよう」
「──ただし、それを活かせるか否かは君次第だ」
「そしておそらく、君達にとってこれはチャンスでもある。主役である僕が居なくなったんだ。今なら日の目を浴びることが出来る。君の才能を世に示す事ができるんだ」
「もう一度言うがこれはチャンスだ。
……せいぜい足掻くといい。藻掻くといい。僕はその努力と執着に期待しよう」
「僕はここで君たちを見ている」
にこりといつものように微笑んで、この話を締め括った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈