アーデンお誕生日おめでとう~!
現パロのような転生パロのような?世界線は適当です。
@aburami_b
レイヴスが帰宅するなりダイニングテーブルでお披露目したのは、ホールのショートケーキだった。
リビングを飾る木製ホルダーの壁掛けカレンダーは、四月三十日のところを赤いマジックで丸く囲まれている。ケーキを挟んで向かいあうレイヴスの顔は少し緊張しているように見えた。
アーデンは微笑んで、視線をケーキのほうへ落とした。生クリームの絹めいた白さと、その上に整然と並んだイチゴの紅色が映える、シンプルながらに美しいコントラストだ。誕生日おめでとうアーデン。チョコプレートの文字は、ギリギリ解読できる程度に蛇行している。
「すっごく美味しそうだね。どこで買ってきたの?」
ずいぶん遅かったけど……は、喉元で止めた。
ケーキを準備してくると言い、レイヴスは朝食の後すぐに二人の愛の巣から飛び出してしまった。それからもう五時間は経っている。誕生日の午前を独りぼっちで潰したのは少々切ないが、既に昨夜ベッドの上でたっぷりサービスしてもらったので贅沢は言えない。
「すべて材料から準備した」
レイヴスの返事に、アーデンは驚きで声が転がった。
「君の手作りなの!?」
「多少は」
これまでレイヴスをキッチンに近づけさせたことがなかった。恐ろしく不器用なため、怪我をしないかとヒヤヒヤするからだ。
「多少、ね……お友達に手伝ってもらったとか?」
誰の家のキッチンを荒らしたのかは、容易に想像がついた。交流に積極的ではない彼が頼る相手は限られている。まして、パティシエ顔負けのケーキを仕上げられる者など一人しかいない。
「ほとんどはイグニスの仕事だ。それに見合った報酬を払っている」
想定通りの名前にアーデンは内心ホッとした。このケーキの味が保証されたからではない。あのお友達なら、レイヴスに邪な欲を抱いていないという信頼感からだ。また一つ歳をとった日に、大人げない嫉妬を露呈せずに済んだ。
レイヴスはケーキに同梱していたロウソクを手に取って続けた。
「あいつは報酬は不要だと言っていたが……それではオレからではなく、イグニスからのプレゼントになってしまうだろう」
「お店で買えばよかったんじゃない?」
ショートケーキのうえに、五本のロウソクがカラフルに立てられていく。慎重な動きで、測ったような等間隔だ。ケーキの美しさを損ないたくないのだろう。
「本当はオレが作るつもりで……努力はしたが、産業廃棄物しか生み出せなかった」
「じゃあ、君が作ったぶんもあるの?」
時間がかかった理由はそれか。イグニスは同じ王都内に住んでいる。移動時間を加味しても、手慣れているはずのイグニスがケーキをひとつ焼いただけでこれほど遅くはならなかったはずだ。
「それは責任をとって、オレの胃の中だ」
「えぇ……オレ、そっちも食べたかったなあ」
本心であった。味がどうあれ……いや、何なら腹を壊しても構わない。彼が自分のために頑張って作ってくれたものなら、ちゃんと味わって自分の身体に取り込みたかった。アーデンが表情筋をフル活用して無念さを表現すると、レイヴスは目を丸くしてかぶりを振った。
「食わせられるシロモノではなかった。生地は予定の五分の一にまで硬く潰れ、スポンジというよりもはや乾パンと化していた」
「何を間違えたらそうなっちゃうんだろうね」
「そして生クリームは撹拌しすぎてバターとなった」
「それ、君が素手でやったせいでしょ。ハンドミキサー使えばよかったのに」
レイヴスは文明の利器をも凌駕する己の右手を神妙に眺め、ぎゅっと指をたたんで拳を作った。
「繊細すぎるのだ、あれは……」
「そうでもないと思うよ。ホイップって、けっこう力作業だし。君がゴリラすぎるんじゃないかなあ」
バターで塗り固められた特大乾パンの上にイチゴを並べたものを浮かべ、アーデンは思わず吹き出した。レイヴスはムッと唇を結び、上目に睨んでくる。眉間の断層の深さからして、まあまあ不快になったようだ。それすら、アーデンには愛くるしい猫の子に見えてしまうのだから末期だ。
「いいこと思いついた。君を食べちゃえば、君のおなかの中のケーキも食べたことになるんじゃないっ」
「そうはならんだろう」
返事は辛辣なまでに早かった。猫ちゃんは真顔である。
「もう、真面目に返さないでよ」
ぜひ今夜も濃厚な営みを……と、不純な願望もこめた冗談は伝わらなかったようだ。
「失敗したケーキのことより、見ろ。このケーキにイチゴをのせたのはオレだ」
そう言って、レイヴスは百点満点の答案用紙を見せびらかす子供のような瞳の輝きを向けてきた。
「そうなんだぁ」
イチゴはロウソク同様、狂いのない五角形を結んで並んでいる。だがそれより、得意げなレイヴスから目が離せない。
「何故オレを見る。オレがのせたイチゴを見ろ」
「ちゃんと見てるよ。このチョコプレートの文字も、君が書いてくれたんでしょ?」
ケーキに対して、ちぐはぐな出来なのが気になっていた。レイヴスが書いたのだと察すると、のたくった文字がかえって愛おしい。
「緊張で手が震え、思うようにいかなかった。普段の字はもっと綺麗だ」
「そうだね、知ってるよ」
「フルーツをのせるほうが得意だ。おい、見ているのか」
「うん、うん、見てるって。上手にできてるね」
褒めると、レイヴスの表情の明度が上がった。ほんの僅かな変化でもアーデンにはわかる。
「実績がある。ルナフレーナがウルワートオペラを作った時は、オレがウルワートベリーをのせる係だった」
「ん、うん……係だったのか。えらいねぇ……」
さっきからこの可愛い生き物はなんだ。アーデンは口元を抑えた。レイヴスは真剣なのだから、笑ってはまた気を悪くさせてしまう。
「昼食はゲンティアナから紹介された店を予約してある。魚介が美味いそうだ。ケーキを食べたら急いで出るぞ」
「普通は、ケーキが後だと思うんだけど」
「後で出すつもりだったが我慢できなかった」
「……綺麗に並べたイチゴ、早くオレに見せたかった?」
「そうだ」
「んッ、ふふ……っ」
愛しさが容量をこえて溢れ出た。アーデンはとうとう破顔し、肩を震わせながら天井を仰いでしまう。
レイヴスは「おかしな奴だ」と訝りながら、ライターでロウソクに火をつけていった。
「おまえが年齢を教えないせいで本数は適当だ」
笑顔を引きずったまま、アーデンは答える。
「いつも言ってるでしょ、永遠の三十三歳だよ」
「それだと六年後、オレはおまえを追い越してしまう……それまでに頼れる男になっておく必要があるな」
アーデンは言葉を失った。レイヴスは、六年後も一緒にいるのだと当たり前に思ってくれているのか。今だって、そう見えてないのかもしれないが毎日レイヴスを頼っている、ただいてくれるだけで大きな支えだった。そのうえ今以上、男前になるつもりなのか。黙ったまま、最後のロウソクに火が灯るのを見守った。
「昨夜も言ったが、アーデン、」
レイヴスは、照れているのだとわかるぎこちなさで微笑んだ。ほんの少し表情を緩めるだけで、自分の顔が信じられないくらい糖度を増すことを彼は自覚していないだろう。
「……おめでとう」
小さな五つの炎が揺れていた。その向こうから、レイヴスの穏やかな眼差しが注がれる。こんなに優しい炎もあるのか。胸のあたり、どうしようもなく温かさが満ちている。
「ねぇ。ハッピーバースデーは歌ってくれないの?」
気合いでか、レイヴスの眉間がきゅっと絞られた。それから、調子の狂った拍手と共に、おずおずと開いた唇からつまずくような音が絞り出される。
「ハッ……ピ、バー、スデ……♪ ダメだ、歌は苦手だ。このまま吹き消せ」
早々に降参されてしまい、アーデンは弾けるように笑った。
「あっはは! 残念、」
助かった、と思った。空気を変えなければ、泣いてしまうところだった。
「……でも、ありがとね」
自信満々に並べられたイチゴと筆跡の狂ったチョコプレートは、彼の手で食べさせてもらおうか。今日はめいっぱい彼に甘えたい。
そう決めて、アーデンは息を吹きかけた。