@sakusaku_sousak

「「_吸血鬼?」」
放課後、2-6の教室にて。
各々自分の席に座りながら話していると、俺と零は声を揃え言った。
話を切り出した本人_京は、やっぱ知らなかったか、なんて言ってあちゃーと額に手を当てている。その姿を見て、俺と零は揃って首を傾げた。
俺_川瀬渉(かわせしょう)が〝祓い師〟の力に目覚めてから、暫く経った10月。
俺は高校生として生活しつつ、放課後は“祓い師”として依頼をこなす、慌ただしい日々を送っていた。
事の発端は、7月。
放課後、教室に忘れ物を取りに行った時、クラスメイトである石原零と出会ったことで、俺の生活は一変した。
クラスメイトである石原零(いしはられい)と、俺の幼なじみである葉原京(ようばらみやこ)が、幽霊や妖怪などの〝物の怪〟を退治する能力を持つ者_〝祓い師〟だと知ったのだ。
その後色々なことがあって、俺も〝祓い師〟の能力があることが判明したけど……この経緯は話すと長くなりそうなので、とりあえず置いておく。
_俺に〝祓い師〟の能力があると判明した後。
俺は零と京と一緒に、祓う力をコントールするために〝特訓〟をしていた。
祓う能力は人によって様々だ。京は狐火を出して戦うのに対し、零はオールマイティ。その他の祓い師も、御札を使って戦う人がいたり、言霊を使って戦う人がいたりと、多種多様だ。
そんな多種多様な祓い師がいる中、俺はと言うと_どうやら〝神さま〟を下界に降ろして戦う祓い師、らしい。
……らしい、というのは俺に自覚があまりないからだ。俺はまだあの時_祓い師の力に目覚めた時_以来、一度も力を出せたことがない。だからコントロールができるように特訓しているが…まだまだ〝神さま〟を降ろすには練習が足りていない。
零が言うに、神さまを降ろして戦う祓い師は〝物の怪に狙われやすい〟らしく、俺は良くも悪くも四方八方から物の怪を寄せ付けていた。
人間に友好的な物の怪なら問題ないが、敵意のある物の怪だったらそうはいかない。もし襲われたとしても、今の俺に対処出来る手段はなかった。
_なので今は、零と京と出来るだけ一緒に行動するようにしている。2人がいれば大体の物の怪は祓えるので、俺が襲われることは殆どない。彼らと一緒にいるのは楽しいので、この生活が苦だと思ったことは1度もなかった。…が、俺が能力を使えないばかりに、付き合わせている2人には申し訳ないと思っている。自分の身を守るためにも、早くコントロール出来るようになりたいが、まだまだ道のりは遠い。
_だからこうして、俺は毎日放課後零と京と集まり、〝特訓〟をしていた。公園で能力をコントロールする練習をしたり、時には零や京の〝依頼〟について行って実践をしたりする。〝祓い師〟の道具や祓うやり方など、学ぶことや覚えることが多く、最初の方は苦戦していた。…が、最近はようやく道具のことも覚えてきて、難易度の低い〝依頼〟なら、2人のサポートが無くても祓えるようになってきた。この調子で、自分の能力も扱えるようになりたい。
_そんな慌ただしい日々を過ごしていたある日。
今日も今日とて、放課後2-6の教室に集まった俺らは、これから何をするか雑談を混じえながら話していた。
急ぎの依頼もないから今日は公園で、と話がまとまり始めていた時、京が思い出したかのように、ある話_〝吸血鬼〟が出るという噂話を切り出したのだ。
「そう!最近、妖怪専門の祓い師の中で話題になってるんやけどな。零のところは話題出てなかったんか?」
「おれは幽霊専門だから別に…。」
京が零に問うが、零は首を横に振る。零は幽霊専門だから、妖怪の話はあまり入ってこないのかもしれない。
_祓い師は基本、〝専門〟と呼ばれる、祓う力が効きやすい物の怪が決まっている。大方が〝幽霊〟専門か〝物の怪〟専門に別れており、零の血筋である石原家は代々幽霊を、京の血筋である葉原家は妖怪を専門に祓っていた。専門外の物の怪は足止めくらいにしかならず、完全に祓うことは難しい。
一部……俺のように専門が〝ない〟祓い師もいるが、どの物の怪にも効きやすい分、デメリットが大きい。大体は専門がある祓い師よりも力が微量、らしいが俺は未だ不明だ。なので今は、幽霊も妖怪、どちらも祓うことが多かった。
「というかそれ、どういう噂なの?」
零の問いに、京はそれがな、と話を切り出す。俺らは京の言葉に耳を傾けるように、そっと京に顔を近づけた。
「最近、この辺りの地域で〝吸血鬼〟が人を襲ってる、って目撃情報が多発してるんや。被害者は口揃えて〝吸血鬼が出た〟、なんて言うとるし。すぐにでも祓いたいんやけど……」
「けど?」
「…それが、何故か吸血痕とかが見当たらなくてな。不思議よなぁ、吸血鬼側が治してるにしても、妖力残ってるから気づくはずなのに。」
「………。」
それを聞いて、零は考え込むように押し黙る。吸血鬼…流石に俺でも分かる、有名な化け物だ。人の血を吸う、不老不死の化け物。
話を聞いていた俺は小さく手を挙げ、素朴な疑問を口にする。
「なぁ、京。吸血鬼って妖怪…なのか?」
「あぁー…括り的にはそうなる…んかな?吸血鬼は厳密に言うと西洋の物の怪やから、一概に日本の妖怪にまとめるのはちょっと違うんやけど…。…まぁ、妖怪の認識でええと思う!」
「なるほどな…。」
「言うてオレも西洋の物の怪の話が出たのは初めてやから、ちょっと戸惑ってるけどな…。」
そう言ってぽり、と小さく頬をかく京。物の怪のことには詳しい京でも、こんなことは初めてらしい。…もしやこれ、結構珍しいことなんじゃ、と考えたところで、今まで考え込んでいた零が口を開く。
「…ねぇ、みこ。それ、〝依頼〟は来てるの?」
「いいや、まだや。…襲ってる、って確証がないから、依頼を受けようにもできないんよ。」
「…そうか。〝依頼〟って、〝実際に害があった物の怪〟しか出来ないんだっけか?」
「…!そうやで、渉!渉も祓い師のこと覚えてきたなー!えらいで!!」
「っちょ、頭撫でんな京…!」
俺が前教えてもらったことを呟くと、京が嬉しそうに席を立ち、頭を撫でる。俺は言葉でしか抵抗せず、されるがまま撫でられた。
…京は結構な頻度で俺や零の頭をよく撫でる。撫でられるのはまぁ悪い気はしないけど、やっぱり少し気恥ずかしい。零は頭を撫でられる俺を見て、「よかったね」なんて心のこもってない声で言った。他人事だからか、その態度は雑だ。
満足そうに席に戻った京を見ながら、零は決めたように小さく頷く。そうして、俺と京の顔を一瞥すると、零には珍しい芯の通った声でこう言った。
「…それ、おれらで調べてみよう。あまりにも不気味すぎるし…人を襲うのは時間の問題だと思う。…被害が出る前に祓おう。」
「っ、零…!」
零の提案に、京が焦ったように名前を呼ぶ。しかし、零の意思は変わらないようで「それでいいよね」、と言葉を付け足した。京の反応を見て、俺はひとつ憶測を立てる。
「なぁ零、依頼なしで祓うのって…」
「親には内緒にしてよ?…まぁ渉のとこは祓い師のこと知らないと思うし、遅くなる言い訳くらいで思うけど。」
あぁやっぱり、と小さく呟く。
_零は無断で、件の〝吸血鬼〟を調べて祓おうと言うのだ。先程の零の言葉を見て、依頼なしで祓うのは禁止されているんだろう。その憶測を肯定するかのように、京が勢いよく立ち上がる。
「ダメに決まってるやろ!?零あんさんな…!!」
「依頼出てからじゃ遅いじゃん。現に被害も出てるんでしょ?…吸血痕がないってことは、〝あっち〟は相当やり手だよ。放っておいたら、何するか分からない。…早めに対処した方がいいよ。」
「でも…ッ」
言い淀む京の顔は、心配そうに歪められている。
_京は案外心配症だ。零が関わることは特に。
それはきっと、零が元々病弱だからだろう。零の〝代償〟_祓い師の力を使うと発生するデメリットだ_が、〝自身の生命を削るもの〟なのも、止める理由の一つだと思う。…でも俺は、それ以外にも何か別の〝理由〟があるように感じていた。
零はいつも、ちょっと無茶な提案をする。それは命を落とすような無謀なものはないものの、危ない橋を渡っているのは否めない。それを必死に止める京は、いつも心配そうな顔を浮かべている。こうなると、いつも……
「そもそも、みこは心配しすぎなんだよ。渉も場数踏んできたし、そろそろこういう調査がいる依頼も必要でしょ。」
「それは分かるんやけど…!まだ実態も不明な物の怪をオレら3人で祓うのは無理や!もしぬらりひょんに匹敵するような物の怪やったら…!」
「大丈夫だって。そのくらい強いんだったら、もう既に上が動いてるはず。…強いにしても、おれらで倒せるよ。」
「無茶や!なぁ零、依頼が出るまで待とう。まだ大丈夫や。」
「遅いよ。実害が出てからじゃ遅い。そもそもみこは__」
こうなるといつも、お互い引かずに言い争うのだ。零は大胆すぎるし、京は慎重すぎる。正反対な2人は、祓う方法に関すると争うことがほとんどだった。
こうなると長いので、俺は基本仲介に入り、折衷案を出すことが多い。…1番新人の俺がやる役目じゃないな、とぼんやり思う。俺はヒートアップしてきた二人の間に手を伸ばし、どうどう、と宥める。
「はいはい、喧嘩すんなって。」
「しょう。…しょうはおれの味方だよね?」
「オレの味方よな、渉!?」
「あーもう落ち着けって!_とりあえず、俺らでその〝吸血鬼〟、調査してみようぜ。んで、危なそうだったらお前らの親御さんに相談。行けそうなら俺らでやる。…それでいいな?」
そう言って2人の顔を見ると、何か言いたげに言い淀んでいた。そうして暫くすると、零は少しだけ眉をひそめ、京はため息をついた。どうやら不満はあるものの、納得はしてくれたらしい。零は少し口を尖らせながら言う。
「あんま納得してないけど…それでいーよ。危なくなければ、みこも納得してくれるだろうし。」
「オレもそれでええよ。…でも、少しでも危険な物の怪なら止めるからな!」
「ん、決まりだな。」
俺は席から立つと、自分のスクールバッグを手に取る。それに習うように、京と零もカバンを取った。教室の時計をちらりと見ると、時間は午後6時を指していた。そろそろ日が暮れ_物の怪が活動する、〝夜〟になる。
「とりあえず、〝吸血鬼〟が目撃された場所に行ってみよう。…みこ、分かる?」
「勿論や!ちょっと待ってな〜」
スマホを弄りながら出口を目指す京に、「気をつけろよ」と言う。零は京のスマホを覗き込みながら、小さく「なるほど」、と呟いていた。そんな2人を後ろから眺めながら、ぼんやり考える。
_今日の〝特訓〟は、物の怪の調査も込み。いつもは調査済みの物の怪を祓うだけだったから、今回はいつもより骨が折れそうだ。
「…今日こそ、使えるように……」
ぽつり、と小さく呟き、ぐっ、と拳を握る。自分が能力を使えないせいで、2人の足を引っ張っているのは自覚していた。…これ以上2人に迷惑はかけられない。今日こそは、絶対。
右手に付けている護身用の数珠が、暮れる陽を反射して小さく輝いた。
「しょう、行かないの?」
「渉ー?早くしないと置いてくで?」
先に廊下に出た2人は、俺の名前を呼ぶ。首を傾げる零と、小さく手招きする京。…ああ、早く追い付いて、2人と並びたいな。
俺は先程の考えを振り払い、今行くー、と言って、2人の元へ駆け出した。
*
他愛のない雑談をしながら、京に着いて歩くこと、30分と少し。
「1番目撃情報が多かったのは__ここ、やな。」
スマホを眺めていた京が立ち止まり、ぱっと顔を上げる。俺と零も京の後ろから顔を出し、その場所を見た。すると、そこには__
「…路地裏?」
「そう。ここで襲われた人が多いらしい。…らしいんやけど……」
「あ、猫いる。」
京が困惑しながらそう言う。俺も、かなり混乱していた。そんな俺らとは対称的に、零は呑気に野良猫をじっと見ている。…〝依頼〟の時は特に、零は肝が据わってるな、とつくづく感じる。…それにしても、少々呑気過ぎるような気もするが。
ちらりと京を見ると、薄暗い路地裏を見て、何かを考え込んでいるようだった。
_そこには、ゴミ箱や空の空き缶が散乱する、薄暗い路地裏が広がっていた。
今まで様々な依頼を見てきたが、こんな薄暗い路地裏_しかも人通りの多い路地だ_に目撃情報があるのは初めてだった。物の怪は基本、人のいない山の中や、廃墟等、人気がないところに出やすい。人がいないところの方が存在しやすいからだ。
…なのに、今回は人通りの多い路地裏に出没していると言う。表の道よりかは人気が少ないかもしれないが、それでもいつも行く場所よりかは人が多く通る場所だ。
京の反応を見る限り、どうやら京もこんな状況は初めてらしい。俺はもう1人、この場所に出る理由が分かるやつに話を聞こうと、目をやる。すると、目線の先にいた人物_零が、猫を追いかけるかのように路地裏へ入っていくのが見えた。
「え?…っちょ、零!?」
「は!?っ、零!!勝手に突っ走るな言うたのに…!!」
俺の反応で気づいた京が、慌てて路地裏に入っていく。俺も置いていかれないよう、京の後を着いて行った。
路地裏は狭く、1人入るのが精一杯の狭さだった。零は足場の悪い路地裏をなんなく通り抜け、〝何か〟を追いかけるように歩いていく。先程の猫を追いかけているわけではなさそうだが、一体どうしたんだろう。
「っ、零!いい加減__」
「しっ、静かに。」
痺れを切らした京が零に声をかけると、零はそう言って口元に指を当てる。零に言われた通り黙ると、何か〝音〟が聞こえてきた。雑踏に紛れて、何か近くで__
「…話し声?」
ぽつり、と俺が呟くと、零が小さく頷く。耳を済ませると、確かに声__2人分の話し声が聞こえる。零を止めようとしていた京も、今は真剣にその話し声に耳を傾けていた。俺も集中して、その声に耳を澄ませる。
「…__は、後で来るのか。」
「うん、そう!だから先に私達でやっちゃおうかなって。」
「ん、分かった。…あんま無理すんなよ。」
「もちろん!__もね!」
…どうやら、青年と少女が話しているようだった。こんな路地裏で話している理由は分からないが…話している内容からして、きっと一般人だろう。
俺はそう判断し、ここから離れよう、と2人に提案するために顔を上げた_が。零と京は未だ、警戒心を強めたまま会話に耳を傾けていた。その真剣な顔に、俺は首を傾げる。何か、警戒するようなことが_と考えたところで、聞こえてきた少女の言葉に耳を疑った。
「…じゃあ、__!私の血飲んで!」
「…え、」
小さく呟く俺を他所に、零と京が即座に戦闘態勢に入る。2人を見ると、気づけば武器を手にしていた。零は御札、京は日本刀だ。零は俺をちらりと見ると、「此処で待ってて」、と口パクで告げる。俺は小さくこくり、と頷くと、制服のポケットに忍ばせていた御札を取り出した。_2人が戦闘に入る時、俺の護身用となる御札だ。
零と京はすぅ、と一呼吸置くと__声が聞こえた方へ飛び出していく。俺はそっと身を隠しながら、2人の姿を目で追いかけた。
「ん、…っ!う、わっ!?」
「っ、シュウ!?…って、わわっ!?」
「_下がって。」
血を飲もうとした金髪の青年の間に素早く入り、零が茶髪の少女を自分の後ろに下げる。零はぴっ、とちいさな御札を目の前に翳すと、少女を守るように〝結界〟を貼った。これで、青年_〝吸血鬼〟は少女に近づけない。
「っ、愛漓…!…ッ!?」
「何近づこうとしてるねん!お前の相手はこっちやで!?」
「っ、誰だお前…!っ、早ッ…!?」
少女に近づこうとする吸血鬼に、京が刀で切りかかる。それを素早く下がり避けた吸血鬼が、壁を伝って少女に近づこうとする。_それを早く読んだ京が斬りかかり、吸血鬼が避け、近づき、京が斬りかかり_一進一退の攻防が続く。
「っ、シュウ…!_あ、あの…!!」
「…とりあえず、今はおれの指示に従って。おれの後ろにいてくれたら、必ず守るから。離れないでよ。_妖怪…ではないにしろ、きっとみこのが有利だし。」
その戦闘を見て前に出ようとする少女を、零が止める。零は話しながらも、じっ、と吸血鬼と京の戦いを見つめていた。…どうやら戦況に応じて結界を調節してるようだ。
突然目の前で戦闘が始まり、少女はパニックになるどころか_少し焦っている様子だった。…それが、少し気にかかる。襲われていたのなら、怯えるとか、パニックを起こしているとか、混乱しているのが普通だ。けれど、これは__
「すばしっこいやっちゃなぁ!いい加減大人しくしたらどうや!?」
「んだよ、お前らいきなり襲いかかった癖…にッ!愛漓を返せ…ッ!!」
「人間襲ってる吸血鬼に誰が渡すねん!」
「オレは襲ってない!…ッ、愛漓!」
京の攻撃を避けた吸血鬼が、一瞬で距離を詰め、少女に手を伸ばす。京はしまった、と呟き刀を振るうが、吸血鬼の動きが早すぎて間に合わない。
吸血鬼は、零の後ろにいる少女に手を伸ばした。少女も、吸血鬼に釣られるように必死に手を伸ばす。2人の手が繋がれようとした_
__その時。
「…ッい゙…ッ!?」
「っ、シュウ!?」
ばち、と音が鳴ったかと思うと、一瞬_零が作っていた〝結界〟が実体となって現れる。そのまま、一瞬吸血鬼の身体に電流が走ったと思うと、吸血鬼はがくり、と地面に膝を着いた。零の〝結界〟が、吸血鬼に効果を表したのだ。
顔を顰めながら、膝に手をついて吸血鬼は顔を上げる。まだ痺れが残っているのか、その動きは先程よりも緩慢だ。
「い゙、って……お前ら、何仕組ん__」
「_ここまでや。」
起き上がろうとする吸血鬼の目の前に、京が刀の切っ先を向ける。一瞬で緊張した空気が広がり、ぴり、とひりついた空気が離れた位置でも伝わった。
_京が祓えば、吸血鬼も終わりだ。これで吸血鬼の騒動もこれでなくなるはず_と考え、何処か引っ掛かりを感じる。
…何だこの違和感は。あの吸血鬼は、確かに本物の〝吸血鬼〟だ。人間からは感じられない、物の怪特有の〝妖力〟を感じるから。
けれど、吸血鬼…それと、襲われていた筈の少女の反応が、どこかおかしい。襲われていたどころか、これは__
吸血鬼は、京の刀に臆することもせず、京の目を見て話し始める。
「ちょっ、待てって!少しはオレの話を…!」
「まだ抵抗する気か?あんさんがしんどいだけやで?」
「話聞けって!…っ愛漓!お前の血飲まねぇとオレ力でねぇんだけど!?」
「分かってるよ!えーと、えーと…!あ、あのね!シュウは__」
敵意を見せる京に、吸血鬼は助けを求めるように少女の方を向く。その姿は、加害者と言うよりかは、親しい関係_まるで〝家族〟や友だちに助けを求めるような雰囲気だ。
吸血鬼に言われ、少女は慌てたように零に向かって何かを言いかける。
_が、その時。
「…っ!?零、下がれッッ!!」
即座に〝何か〟に気づいた京が、そう言って刀を振り下ろす。キン、と甲高い音が鳴ったと思うと、〝何か〟はばっ、と吸血鬼と共に後ろに下がった。
その〝何か〟を見ると、そこには__
金髪の吸血鬼を守るように佇む、…〝妖力〟を感じる茶髪の青年がいた。多分、金髪の吸血鬼の仲間であり_彼もまた、〝吸血鬼〟だろう。
警戒心を強めたまま、新たに現れた茶髪の青年を見つめる京。その視線に気づいたのか、青年は京を優しく_しかし鋭く睨み返す。
そうして暫し睨み合った後、ぱっ、と吸血鬼の方を振り向く。警戒心を緩めない俺らを他所に、青年は気さくな笑みで吸血鬼に話し始めた。
「ちょっとラピス、これどういう状況?」
「んなのオレが聞きてぇよ…。…まぁでも、助かった、秋。」
「大丈夫。…さーて、状況把握は後だ。」
そう言ってくるり、と向きを変え、青年は零と京を見た。その鋭い顔つきに、ぞくりと背筋が凍る。…青年からは先ほどの気さくな笑みは消え、隠しきれない殺気と敵意が見え隠れしていた。青年は鋭く零と京を睨みつけると、先程よりも低い、固い声で言う。
「_俺の大切な妹に何をした?」
「…っ、オレらは、吸血鬼に〝襲われてる〟子がいたから助けただけや。」
「襲われてる、ねぇ。…襲ってきたのはどっちだか。」
「…この子に手出しはさせへん。何と言われようと、この子は守る。」
京と青年が睨み合う。…何かタイミングあればすぐに戦い始めるような_一触即発の雰囲気だ。緊張感が、離れて見ている俺にも伝わる。
黙っている零が気にかかり、ちらりと見ると、彼はじっと吸血鬼2人を見据えていた。…それはまるで、敵か味方か判断するかのように。
金髪の吸血鬼は案じるように、青年に声をかける。
「おい、秋。」
「何、ラピス?…愛漓が〝人質〟に取られてるのに、戦わない選択肢ある?」
「冷静になれって!人質に取られてんのは分かるけど、一旦落ち着けよ。…アイツら高校生っぽいし、実力はこっちのが上だ。だからここは話__」
「…何、高校生だからって舐めてんの?」
青年を説得しようと、吸血鬼が話していたその時_遮るように、零が初めて口を開く。…その声は何処かイラついているように聞こえた。零の喧嘩腰の態度に、金髪の吸血鬼は顔を上げ、零を鋭く睨む。
「…は?」
「確かにおれらは〝高校生〟だよ。でも__舐めてたら、痛い目見るよ。」
吸血鬼に臆することもなく、鋭い目付きで吸血鬼を睨む零。その言葉と態度は、まるで〝宣戦布告〟をしているようだった。
零の視線を受けた吸血鬼は、少し目を丸くし_やがて余裕気に笑う。
「…っ!…はは、上等だ。
_おい秋、さっきの訂正する。…力でねじ伏せて、さっさと愛漓取り戻した方が早い。」
「さっすがラピス!分かってる!…というか、愛漓の血、飲まなくていいの?」
「高校生相手なんて、ハンデありでいいだろ。」
2人は親しげに会話をしつつ、零と京を見据える。_その目はギラギラ光っており、零と京に敵意を見せているのがありありとわかった。
その視線を受け、零と京も武器を構え直す。気づけば、零は御札をやめ、京と同じく日本刀を構えていた。…零が日本刀を持つ時は、戦闘_しかもかなり強力な物の怪を相手にする時だけだ。…零も、あの吸血鬼2人を簡単に祓うのは難しいと判断したらしい。
2人は吸血鬼から目を離さずに、言葉を交わす。
「…みこ、行ける?」
「勿論!零も、無理せんといてな!」
零と京は言葉を交わすと、両者互いに目を向けたまま、武器を構え直した。_嫌なほどの静寂。
このままじゃ、本当に戦闘が始まってしまう。
…少女と吸血鬼の会話。茶髪の青年と金髪の青年の会話。そして零と京の会話から察するに__きっと互いに、勘違いしている。幸い_この吸血鬼達は、〝会話〟が可能な物の怪。…互いに血を流さなくても、話し合いで解決できる筈だ。
俺は隠れていた路地から飛び出し、両者の間に入る。目を丸くする零と京を見ながら、俺は慌てて叫んだ。
「「ちょっと待て!!!」」
_誰かの声と重なる。よく聞けば、それは少女のもので。
少女は零や京の静止を振り切り、吸血鬼たちの元へ行く。そうして彼らを止めるようにばっ、と両腕を広げると、慌てた様子で2人に言った。
「お兄ちゃんもシュウも落ち着いて!!!」
「あ、愛漓…!怪我ない!?」
「私は大丈夫だから!お兄ちゃんちょっと落ち着いて!シュウも、ムキになって無闇に攻撃しようとしない!!!血飲んでないのに無茶しないの!!!」
「…………」
「シュウ聞いてる!?ほらお兄ちゃんも武器しまって!!」
少女は止めるどころか、段々叱る方へシフトしていく。吸血鬼2人は言うと、片方は大人しく受け止め、片方は目を逸らして聞き流していた。_あの様子を見るに、どうやら話し合いには持ち込めそうだ。
俺は彼女達の会話を聴きながら、目を丸くする2人に向き直る。俺も、この頭に血が上った友人2人を説得しなければ。
目を丸くしていた零は、飛び出してきた俺を見て顔を顰める。…ここに居るよう指示したのに、俺が危険も顧みず飛び出してきたからだ。零は鋭い視線を俺に向ける。しかし、ここで怯む訳には行かない。
「しょう、待っててって言ったよね?」
「ちょっと落ち着け零!京も!!」
「渉、何でここに…ッ!危ないから隠れてろって零言うてたろ!?」
「それは反省してる!ごめん!…けど、あの吸血鬼_物の怪は、〝話し合い〟で解決できると思うんだ!」
そう言って、2人の目を見る。
_今まで、俺は戦って祓う〝依頼〟しか見たことがなかった。話し合いで祓う方法があるかどうかは分からない。…が、今の状況で血を流す必要がないのなら、出来るだけ避けたい。
「…渉……」
「…………」
俺の言葉を聞いて、2人は困惑しているようだった。…確かに、彼らが〝話し合い〟で解決できる確証はない。もしかしたら、話し合いをしても、結局は戦闘になるかもしれない。…それでも、少しでも2人が傷つかない選択肢があるのなら、それに賭けたかった。
俺の言葉を聞いていたのか、少女がこちらを振り向く。そうして、おずおずと俺らに声をかけた。
「…さっきはごめんね?シュウ…ええと、そこの吸血鬼達は私の仲間…というか家族?で……危害は加えないから大丈夫!だからその…よかったら、一旦話し合わない?状況整理もしたいし……戦うのは私達もできるだけ避けたくて…!」
少女はそう言って、2人の顔を伺う。家族、という言葉で少しほっとした。やっぱり、吸血鬼と少女は親しい間柄だったらしい。
ちらり、と零と京の顔を見る。
少女の言葉を聞いて、2人は揺らいでいるようだった。吸血鬼が危害を加えない保証はない。…彼女の言葉を信じるか、否か。2人は少女の言葉を聞いて、考えているようだった。
_暫くして。
零がふっ、と顔を上げる。その視線は吸血鬼と少女に向かっていた。3人は仲睦まじげに話している_と言うよりかは、先程の説教の続きが始まっているようだ。しかし、その雰囲気は柔らかそうで…まるで本当に、家族のように思える。
それを見ていた零は、やがて小さく溜息をついて、俺を見た。…その視線は、先程もよりも幾分か柔らかい。
「…はぁ、分かった。1回話し合おう。…別におれらも、戦いたいわけではないし。…みこもそれでいいよね?」
「…オレも…うん、ええで。」
零は納得したように言いながら、京に問う。京は煮え切らない態度を取りながらも、一応了承はしてくれた。…京は妖怪専門だし、未だ警戒しているのかもしれない。
俺は2人の了承を確認すると、3人に改めて向き直る。少女は俺に気づいたのか、話を切り上げこちらを見た。…後ろの吸血鬼2人も、先程より雰囲気が柔らかいのがわかる。敵意はもう感じられない。
俺は彼女の方を見ると、困ったように笑い、手を差し出した。
「あー…こっちの方こそごめんな。…俺達も、出来るだけ戦闘は避けたいと思ってる。_1回、話し合おう。」
「…!うんっ!よろしくね!」
少女は俺の言葉を聞くと、嬉しそうに顔を綻ばせる。そうして俺の手を握ると、ぶんぶん上下に振り回した。少し激しい気もするが、これが彼女なりのスキンシップなんだろう。
彼女は俺の顔を見ると、嬉しそうに笑った。…その笑顔は、まるで春の日差しのように明るく、柔らかで。
俺も釣られて笑うと、話し合うために口を開いた。
*
「…ってことで、俺達は吸血鬼を探してたんだ。」
_あの後。
少し広めの路地裏へ移動した俺達は、まずここまでに至った経緯を説明していた。あちらもどうやら〝普通〟ではない_特殊な環境にいるようなので、祓い師や俺らの環境のことも交えながら話した。
夏の時の俺のように混乱するかと思ったが_どうやら飲み込みが早いらしく、少女は頷きながら聞いてくれた。そうして、時折質問もしながら、自分の中で噛み砕いて理解しているようだった。正直、かなり話しやすい。
…少女に話している中で、夏、俺に説明してくれた京や零は大変だったろうな、とぼんやり思った。後でジュースでも奢ってやろう。
少女は一通り俺の話を聞くと、情報を噛み砕いたのか、確認するように口を開く。
「うんうん、なるほど…。…つまり君達は、私がその…噂の〝吸血鬼〟に襲われてると思ったから、守ってくれたんだね。」
「とんだとばっちりだな…。」
「シュウ!…でも、ありがとう2人とも!なんかごめんね?」
困ったように笑う少女に、2人は首を振る。おれらの方こそごめん、と小さく呟いた零に、少女は大丈夫、と明るい笑顔で笑った。
「…それで、そっちは何でこの場所にいたんだ?」
俺がそう問うと、少女は困ったように視線を逸らす。その様子を見ていた金髪の青年が「お前が説明しなきゃオレら疑われたまんまなんだけど」、と少女を睨みながら言う。その視線に小さく呻き声を上げた少女を見て、茶髪の青年が助け舟を出すように口を開く。
「んーと、何から話せばいいのかな…。…俺らって結構複雑な感じだから、説明しにくくて。…あーでもまずラピスからかな。ええと、そこの吸血鬼…」
「おい、お前も吸血鬼だろ秋」
「そうなんだけど、ラピスが1番〝吸血鬼〟には近いじゃん!……というか、俺じゃなくてラピスが説明したら?自分のことは自分が一番分かってるでしょ?」
爽やかな笑みで言う茶髪の青年に、金髪の青年は苦い顔をする。そのまま金髪の青年はため息を着くと、怠そうに頭を掻いた。そうして、こちらにその赤い瞳を向ける。
「秋の奴、全部オレに押し付けやがって…。
…あ゛ー、何処から説明すりゃいいんだ。…んーと、まずお前らが知っての通り、オレは〝吸血鬼〟だ。…ただ、オレは…いや、正確には〝オレら〟は、だけど。
__〝契約〟した主人から〝のみ〟血を貰う、めんどくせー吸血鬼なんだよ。」
その言葉に、目を丸くする。…まさか〝契約〟をする物の怪がいるとは。少し驚く。
_今まで、〝契約〟する物の怪というのは聞いたことがなかった。京は九尾を使役しているが、あれはどちらかと言うと、契約というより_〝協力〟だ。そこまで強い拘束力はないし、九尾が協力しないこともある。
驚く俺を他所に、早急に説明を飲み込んだ零が、すかさず質問する。
「…あんたの〝主人〟は誰なの?」
「あーそれは追々説明する。
…まず、オレみたいな〝吸血鬼〟は結構制約が多い。主人の血を飲まないと本来の力が出ねーとか、主人の命令は絶対とか…。…まぁとにかく、単独で人間を襲うことは出来ねーんだよ。出来るとしたら_主人の血を飲んで、命令された時くらいだ。」
そう言って、〝襲える吸血鬼じゃなくて悪かったな〟、と自虐的に笑う。
_主人と〝契約〟する吸血鬼。
初めて聞いた物の怪だが、その説明で少し納得した。…この吸血鬼は、〝主人〟がいなければ血を吸うことも、襲うことも出来ない。物の怪でありながら、かなり〝契約〟というものに縛られているらしい。
…自由に動くためには〝契約〟が必須なら、この吸血鬼は無闇に人襲わない_いいや、〝襲えない〟だろう。契約した主人から〝のみ〟血を貰う、という言葉からも_件の人間を襲っている吸血鬼とは、本当に無関係なのが分かる。
ここまで考えて、ふと疑問が浮かぶ。
彼は〝契約した主人〟と言った。話を聞く限り、きっと彼には既に〝契約〟した主人がいるはずだ。…じゃあこの中で主人は、と考えていると、金髪の吸血鬼が少女を、顎で指す。
「…んで、まぁ分かるとは思うけど、こいつが主人。…愛漓、」
「うん!…ええと、元々お兄ちゃんが〝契約〟してたんだけど、色々あって…今は私が契約してるよ。…〝契約〟、と言ってもそこまで堅苦しいものじゃなくてね。相棒、というか協力してる、というか…〝家族〟みたいな感覚!」
ねーシュウ、という少女_愛漓、と言ったか_に、〝シュウ〟と呼ばれた青年は照れ臭そうに視線を逸らした。
やはり、この少女が吸血鬼と契約している〝主人〟らしい。_彼女の言葉通り、確かに2人は家族…〝兄妹〟のように見える。彼らの会話や関係を見るに_信頼関係はかなりあるらしい。こんな明るい彼女が〝人を襲え〟だなんて命令するとは思えないし、こちらの勘違いだったようだ。
彼らの説明を聞いていた京が、ちらりと茶髪の青年の方を見る。そうして、じっと彼を見つめると、不思議そうに言った。
「あんさんのことは何となくは分かった。…それで、途中から現れたあんさんは?_〝視た〟感じ、そこの吸血鬼とは違うんやろ?」
そう言われ、茶髪の青年は困ったように笑う。やっぱ違うのかな、と呟く青年は、少し複雑そうな顔をしていた。
秋、と心配するように金髪の青年が声をかける。が、彼は「大丈夫」と笑うと、1歩前に出た。
「君の言う通り、俺はラピス…そこの〝吸血鬼〟とはちょっと違くてね。元々は、愛漓と同じ〝人間〟だったんだ。俺と愛漓は、本当に血の繋がった兄妹。…ある〝きっかけ〟があって、そこの吸血鬼と〝契約〟して。普通に主人として、…人間として過ごしてたんだけど__数年前、俺は1度〝死んだ〟んだ。」
その言葉に、目を見開く。
_〝死んだ〟、その言葉が重く自分の中で響く。茶髪の彼は、普通に生きているように見える。1度死んだ、なんてそれこそ嘘に思えた。数ヶ月前の俺が聞いたら、きっと「嘘だ」と笑い飛ばしていただろう。
…でも、今は。この摩訶不思議な力が、現実で存在すると知った、今なら。人間を〝生き返らせる〟ことだって、この不思議な力なら_可能なのかもしれない。
京はその言葉を聞いて、思い当たる節があったのか、驚くように声を上げる。
「…!…あんさんもしや、…物の怪に〝された〟んか?」
「…よく知ってるね。…そう。俺は1度死んで_そこの吸血鬼の兄弟…〝弟〟に、吸血鬼に〝された〟んだ。吸血鬼の血を飲まされて、ね。」
あ、そこの吸血鬼は関係ないよ、と明るい声で言う青年の声が響く。
_やっぱり、この〝力〟は死んだ人を生き返らせれることが出来る。…話を聞く限り、人を生き返らせれるのは_物の怪に〝なる〟、しかないらしいが。
しかし、この〝力〟は_人間の〝理〟を簡単にねじ曲げられる程巨大なものなんだ。…その事実を改めて実感し、少しゾッとする。…使い方を1歩間違えれば、俺は簡単に人間の理をねじ曲げられる。…ほんの小さく、手が震えた。
茶髪の青年は場が暗くなったことに気がついたのか、明るいトーンで言う。
「…それでその後〝色々〟あって…、俺を吸血鬼にした〝吸血鬼〟が、…俺みたいな元人間の吸血鬼を使って、人を襲おうとしてるんだ。俺らはそれを止めるために、毎日パトロールしてる。」
「今日は普段あんまり来ないこっちの地域でパトロールしようとしてたの!それで、シュウに血を飲ませようとして…」
「襲われた、って訳。…これでオレらが〝無害〟だ、って分かったか?」
そう言って、呆れた顔で言う金髪の青年。
まさか攻撃されるなんてびっくりしたよね、と呑気に言う彼女は、少し困り顔だ。
彼女達が話していた内容を、黙々と噛み砕く。この突飛な、…〝非現実〟な摩訶不思議なものとは今まで縁がなかった俺は、少し混乱気味だ。それでも_分かったことが、2つある。
ひとつは、この2人の吸血鬼は、人間に友好的_どころか、限りなく人間に近い〝物の怪〟だ、ってことだ。…というかもう、妖力を感じなければ…〝吸血鬼〟だ、って気づかないくらい。先程、茶髪の吸血鬼が言っていたように、〝元人間〟、だからなのかもしれない。…それでも、対話が出来て、あちらも友好的なのは_とても珍しかった。
そして、もうひとつ分かったことがある。それは___
「…あ、あのね!ちょっと私から提案があるんだけど……」
考え込んでいた時、おずおずと少女が手を挙げる。どうしたの、と聞いたのは零だ。
少女は少し躊躇うように視線を逸らすと_覚悟を決めたように、俺達を改めて見据えた。そうして、よく通る明るい声で言う。
「_よかったら、君たちのその〝調査〟に、私達も協力させて貰えないかな!?」
「…は?」
少女の言葉に驚きの声を上げたのは俺達_ではなく、金髪の吸血鬼だ。少女の言葉を噛み砕くように少し黙ると、焦ったように少女の方を勢いよく見る。
「…は!?お前正気か!?!」
「正気だよ!シュウ失礼!!」
「オレら今襲われたんだぞ!?あっちが信用していい奴らかなんてまだ__」
「大丈夫だよ!さっき話聞いてても、〝あの組織〟とは無関係そうだったし…!!」
「嘘ついてるかもしんねぇだろ!?…っ、愛漓お前何でも信用すんのやめろ。疑えよ」
「何でよ!あの子達は信用できるよ!シュウが疑い深いだけだって!」
「…っ、お前いい加減__」
「はいはい、2人ともそこまで。」
ヒートアップしてきた2人を、茶髪の青年が止める。でもお兄ちゃん、と不安げに呟く少女と、押し黙る青年。それを見て小さくため息をこぼした茶髪の青年は、優しく諭すように口を開く。
「愛漓もラピスも落ち着いて。…信用できる云々は置いといて、あの子達と俺らの〝目的〟は一致してる。それは事実だろ?」
そう言ってこちらを向く青年は、優しい笑みを浮かべていた。
_そう、先程分かったもうひとつのこと。
それは、彼らと〝目的〟が一致していることだ。人間を襲っている〝吸血鬼〟を祓おうとしている俺ら。人間を襲っている〝吸血鬼〟を止める為に動いている彼女達。…追い求めている〝吸血鬼〟は違うかもしれないが、「人を襲う吸血鬼を止めたい」というのは、完全に一致している。
「…うん、それは〝事実〟だと思う。…おれも、〝協力〟には賛成だよ。…戦力は多い方がいいし。」
「…オレは、まだ信用していいか迷ってる。…けど、戦力が多いに越したことはない。…から、協力は一応賛成や。…何かあんさんらが変な動きしても、オレが祓えるし。」
青年の問いに、零と京が口を開く。淡々と言う零とは対照的に、京は少し口篭りながら言った。俺は2人の意見を聞いて、小さく頷く。そうして、3人を見つめて言った。
「俺ももちろん賛成。_〝協力〟しよう。」
そう言うと、少女はうん、と顔を綻ばせて言う。後ろで「オレはいいなんて」、と呟く金髪の青年を、茶髪の青年が「一緒に行動したら信用できるかどうか分かるだろ」、と言って宥めていた。
「…あ、そういえば、私達まだ自己紹介してないよね?」
すっかり忘れてた、と笑う少女。確かに、境遇を説明するのに必死で、お互いに名前を言うのを忘れていた。俺も釣られて笑う。協力するなら、自己紹介くらいはしないといけない。
「俺は川瀬渉。高2だ。よろしく。」
「おれは石原零。しょうと同じ2年だよ。…まぁ適当によろしく…」
「葉原京や。2人と同じ2年!…何か変な動きしたら容赦しないから覚悟しいよ?…よろしゅう頼んます!」
俺を皮切りに、各々自己紹介をする。眠そうに呟いた零は、小さく欠伸を噛み殺す。京は笑顔で言った。…どこかその笑顔が威圧的には感じたが。
俺らの名前を順に言い、よろしくね、と少女笑いながら言った。そうして、小さく頷くと少女は口を開く。
「まず私から…かな?私は水島愛漓(みずしまあいり)!高校1年生です!ここの中じゃ1番後輩になるのかな?よろしくね。」
そう言って少女_愛漓は笑う。キャラメル色の長いポニーテールを揺らし、朝焼け色の瞳は柔らかく細められていた。
明るく、少し幼い印象を受けたが、やはり年下だったようだ。しかし、先程吸血鬼2人を叱っていたのを見るに、年齢以上にしっかりしているようだ。
「ほら、次シュウ!」
「はいはい…。…オレはシュウ。不老不死だから年齢なんて分かんねーけど…まぁお前らよりは長く生きてる。よろしく。」
愛漓に急かされ、仕方なく自己紹介をしたのは、金髪の青年_シュウだ。レモン色の髪に、人間ではありえない真紅の瞳。
〝妖力〟を見るに、彼が1番〝物の怪〟近い存在だろう。しかし、今までの会話を聞いてると、この中で一番常識があるように感じる。俺らを疑っていたのも、彼が物の怪であるなら納得出来た。…仲間になった今、きっと頼れる存在になる。
ラピスは無愛想だなぁ、と笑う茶髪の青年に、別にいいだろ、と呟くシュウ。そのまま1歩前に出ると、優しい微笑みと共に茶髪の青年は話始めた。
「最後は俺だね。…水島秋(みずしましゅう)です。」
「えっ」
茶髪の青年の名前を聞き、小さく驚きの声を上げる。その声に気がついたのか、茶髪の青年_秋は、やっぱり驚くよね、と困り顔で言った。
「うぅんと、ラピスと同じ名前の理由…はちょっと長くなりそうだから省くね。…区別付きにくいと思うから、俺のことは〝アキ〟でいいよ。…季節の〝秋〟、って書くから、結構読み間違えられることも多くて。気軽に〝アキ〟って呼んでね。」
そう言って笑う秋_アキさんからは、とても気さくな印象を受けた。愛漓と同じくキャラメル色の髪に、シュウと同じく真紅の瞳。よく見てみると、愛漓と顔が似ているように見えるのは、気のせいでは無いように感じた。
一通り自己紹介が終わると、アキさんは伸びをしながら、話を切り出す。
「さーて、自己紹介も済んだことだし…これからどうしようか。零くん達、その〝吸血鬼〟に関する情報はまだある?」
「あー…あるっちゃあるんやけど……」
アキさんの言葉に答えたのは京だ。しかし、少し言いにくそうにしている。揃って首を傾げる俺らとは対照的に、「何隠してるか知らないけど早く言って」、と零が急かした。零に言われ、ぐ、と怯んだ京は、その重い口を開いて言った。
「実は、もう一個〝吸血鬼〟が多く出る…というか、吸血鬼の〝妖力〟を1番感じる場所があってな。それが___」
*
「それで出やすい場所が_廃墟、なぁ。」
呟きながら、目の前に広がる建物を見上げる。
先程の場所から、歩いて1時間かそこら。先程の路地裏とは対照的に、どんどん人気の無い道を進んだ先に見つけた場所は_廃墟だった。
_都心とは離れた少し寂れた街の一角に、ひっそり佇んでいる廃墟は少し不気味だ。日本家屋のようだが、外壁には植物が絡みつき、障子は破れた箇所が多くある。その隙間から見える部屋の中は薄暗く、淀んだ空気が流れていた。
…人気のないところに物の怪は出やすい。この場所なら〝吸血鬼〟が出てもおかしくないだろう。
零は廃墟を見ながら、ぽつりと呟く。
「…あんな人多い場所に行かなくても、ここから先に行けばよかったじゃん。」
「そうしたら零ここ突っ込んでいくやろ!?」
「勿論。…あ、でも作戦は立てるよ」
「当たり前や!だからここ来たくなかったのにぃ!!」
零のマイペースな答えに、京が頭を抱える。
京はどうやら、零が調査するのを止めるために、この廃墟を後回しにしていたらしい。…確かに、この廃墟は少し…いや、かなり強力な〝気配〟を感じる。強い物の怪がいるのは間違いないはずだ。…京が止める気持ちも、少し分かる気がする。
「…な、なんか怖そうだね……。ちょっとシュウじゃ頼りなさそうだから、渉君の隣行こう」
「おい愛漓お前な…。………。」
「え、何。鬱陶しいんだけど」
「そう言ってちゃっかり零君の隣行ってるラピスもどうかと思うよ…。」
少し青ざめた顔をした愛漓が、俺の隣に来る。それを見ていたシュウは呆れ顔をしながらも、零の隣に行った。一連の流れを見ていたアキさんが、呆れた声でシュウに呼びかける。
…この2人、もしかしたら心霊系とかが苦手なのかもしれない。物の怪が絡む以上、心霊現象には必ず遭遇する。協力してくれるのは嬉しいけれど…果たして大丈夫だろうか。
「…とりあえず、作戦立てよう。…とは言っても、敵の情報少ないから難しいけど。」
「視察も兼ねて、誰か先に行くのはどう?」
「…いや、今回は集団の方がいい。戦力分散する方が、多分不利になるだろうし。」
「じゃあ、2人1組になるのはどうや?流石に集団のままやと、統制取り辛いやろ。」
「うん、その方がいいと思う。…じゃあ2人1組に分かれるとして、分け方はみこ…と、シュウ…。…いや、おれのがいいか。あとは……」
隣に来たシュウから若干距離を取りつつ、零が作戦を立てる。それにアドバイスをしたアキさんは、とても落ち着いていた。…愛漓やシュウと違って、アキさんは心霊系には強いらしい。妖怪専門である京も、作戦立案に助言をする。
_依頼の時、基本作戦を立てるのは零だ。経験が豊富だし、何より零は幽霊に関することは〝最強〟だ。オールマイティな力のおかげか、戦い方の種類は京より零の方が多い。数々のパターンに柔軟に対応出来るのが零しかいない為、作戦は零が立てることが多かった。
暫くして、零が小さく頷く。どうやら作戦が決まったらしい。零はぱっと顔を上げると、俺らの顔を一瞥し、話し始めた。
「…今回は敵の情報が少ないから、まとまって行動しようと思う。でも流石に6人だと多いから、2人1組に分けてやるつもり。分け方は、おれとシュウ。みことアキ。それと…しょうとあいり。基本は集団行動するけど、組同士隣で歩いてもらうよ。戦闘もなるべく組同士が協力する感じで。…何か意見は?」
作戦を伝えた零が、おれらの顔を見る。
…今回は人数が多い為、2人1組に分かれるらしい。確かに、ペアを組むことで不調や異変にすぐ気づきやすいし、何より統制がとりやすい。もし強力な敵が現れたとしても、バラバラな個人より協力した方が力を出せるだろう。
作戦を自分の中で噛み砕いていると、ぱっ、と誰かの手が上がる。手の挙がった方を見てみれば、シュウがひらり、と手を挙げていた。シュウは零をじっと見つめながら口を開く。
「どうしてこの組み合わせにした?さっきも言ったけど、オレは愛漓がいなきゃ力が出ない。…愛漓とオレ、渉と零のがいいんじゃねーの?」
「…基本はこの6人で行動するから、別に愛漓と一緒じゃなくてもいいと思って。…あとは、………なんか、相性的に?」
「適当じゃねーか!」
シュウの意見に、零が真面目に答える。…と、思いきや、最後はこてん、と首を傾げながら言った。シュウは鋭く突っ込み、「本当にこいつに作戦任せていいのか…?」、と疑心暗鬼になっている。…まぁでも、今まで零が作戦立案でミスをしたことは無いので、多分今回もこれで大丈夫なんだろう。「多分大丈夫」、と一応フォローを入れといた。
ふと隣を見ると、愛漓が気づけば隣に来ていた。俺の視線に気づいた愛漓は、こちらを見て笑う。
「私は渉君と一緒だね。よろしく!」
「あぁ、よろしく。…頑張ろうな。」
「うんっ!一緒に頑張ろ!」
その笑顔に、少し強ばっていた肩の力が抜ける。
今回の〝調査〟は、零と京がいない。…いや、厳密に言えばいるが、あまり頼りすぎるのは避けた方がいいだろう。愛漓の実力がどのくらいあるかは分からないが、少しでも足を引っ張らないようにしなければ。…小さく、拳を握る。今日こそは、絶対に…。
「…、渉く__」
「じゃあ行こう。とりあえずみこ達先頭で、次におれとシュウ。しんがりはしょう達にする。…みんな準備はいーい?」
愛漓が何か言いかけたその時、零が被せるように言った。首を傾げた俺に、愛漓はやっぱり何でもない、と首を振った。
愛漓の態度を不思議に思いつつ、俺も準備をする。…と言っても、ポケットの中から御札を取り出すだけだけど。各々武器等を取りだし、零に視線を送る。皆の視線を受けた零は、小さく頷き、気の抜けた掛け声を言った。
「じゃあ廃墟の中行こー。ほらみこ、先行って」
「ん、分かった。…なんかこう、行儀よく列に並んで歩くの、学校の遠足みたいやな?」
「はは、懐かしいな!遠足とか何年ぶりだろう…」
「8年前だろ。もうはしゃぐ歳でもねーくせに……」
京の〝遠足〟という言葉に、アキさんが楽しそうに反応する。アキさんのはしゃぐ様子に、呆れた声を出すのはシュウだ。…〝調査〟に来ていると言うのに、ノリは完全に遠足だ。まぁでも、いつもの俺らの〝依頼〟もこんな感じなので、今更な気もする。
気楽に話しながら探索をする4人を後ろで見つつ、俺も愛漓に歩幅を合わせながら歩く。
_この時、少しでも、ほんの少しでも警戒していればよかったと、今更ながらに思う。いつものノリのせいで、気が抜けていた。…入る前から、強力な〝気配〟は感じていたのに。
__それは、突然起こった。
「…っ!?皆、伏せろッッ!!」
一番最初に気づき叫んだのは、先頭を歩いていた京。突然のことに混乱しつつも、皆姿勢を低くしようとした。…が。
「っ、あ…っ?」
「っ、シュウ!?零君も…!」
前を歩いていた4人が、低くする前にくらりと膝から崩れ落ちた。愛漓の呼び掛けも虚しく、皆そのまま床に倒れていく。愛漓は目の前にいたシュウと零の方へ駆け寄った。俺も習うように、慌てて京とアキさんの元へ駆け寄る。そうして、慌てたように叫んだ。
「京!っ、アキさんまで…!何があった!?」
「っ、しょ、う…ッ、逃げ__」
京が俺の腕を掴み、何かを言いかけた_その時。
_どろり、と床が沼のように溶けた。
そのまま4人の体は、沼の中へ沈んでいく。
「…っ!京、アキさん…ッッ!!」
慌てて彼らの手を掴む。が、俺は引きずり込まれず、ただただ2人の身体だけが沈んでいく。おかしい、これが〝沼〟だとしたら、俺も一緒に引きずり込まれるはずなのに!
愛漓も同じように2人の手を引っ張っているが、愛漓の体だけは沈んでいない。
「…っ、渉ッッ!!」
必死に引っ張りあげる俺に、京が叫んだ。その体はもう半分以上沈んでおり、あと少しで落ちてしまうところまで来ていた。
京の声に驚いた俺は、少しだけ手を緩めてしまう。_京はその隙に、するりと手を離した。
目を見開く俺を他所に、京は叫ぶ。
「っ、愛漓ちゃん連れて逃げろッ!!」
「渉君、愛漓のこと頼んだよ」
「…っ!ま、待っ…!!」
2人の言葉に、目を見開く。その言葉は、まるで。慌てて手を伸ばした時には、もう遅かった。
2人は目を閉じると_ゆっくり、沼に飲み込まれて行った。
やがてその沼は4人を飲み込むと、ぐにゃりと形を変え_木目状の床に戻る。
「…う、そ」
愛漓が、震えた声で小さく呟く。その声に、俺は何も反応が出来なかった。
呆然と、床を見つめる。目の前にあるのは、何の変哲もない木目の床。この下に、友人達が沈んだ。…明らかに、ここにいる〝物の怪〟の仕業だった。
_何も出来なかった。神を下ろす〝力〟さえ出なかった。何が今度こそだ、何が今日こそだ!友人を救えないのなら、こんな力意味なんて無いのに!
怒りのまま、床に拳を振り下ろす。しかしその床は硬いままで、じん、と手に痛みが滲んだ。
「…しょ、渉君。…行こう?」
「…何処へ。」
「この先を進んで行ったら、消えた皆の手がかりが見つかるかもしれない。」
愛漓が指を指した先は、まだ足を踏み入れていない居間。襖は閉じられているが、所々穴が空いて中の様子が見える。薄暗いのは変わらずだが_その〝気配〟は強いように感じる。
俺の顔を見た愛漓が、ニコリと笑う。そして俺の目を見て、芯の通った声で言った。
「ここにいても、何も始まらない。_行こう、渉君!」
1人じゃないよ。そう言って、愛漓は俺に手を伸ばした。薄暗い場所で、愛漓は何故か、とても眩しいと感じた。
…そうだ、ここで〝後悔〟していても、何も始まらない。進まなきゃ。…皆を、大切な友人達を、探さなきゃいけない。
俺は愛漓の手を掴むと、立ち上がる。膝に着いた埃を払うと、しっかり前を向いた。
「ありがとう。…行こう、愛漓。」
「うん。…絶対、見つけようね。」
_突然消えた4人に、動揺と不安は大きい。…けれど、それはきっと愛漓も同じだ。見つけられる自信なんてない、…力を扱える自信だってない。けれど、ここで立ち止まる訳にはいかなかった。
俺は愛漓と目線を合わせると、意を決したように、居間に続く襖を開けた。
******
_沼に沈んだ。
多分、物の怪_いや、十中八九〝妖怪〟のせいで。
「…シュウ、生きてる?」
「とりあえず話せっから、生きてんじゃねーの。そういうお前は、零?」
「…多分、生きてる。確証は持てないけど。」
暗闇の中呼びかければ、一緒に〝落ちてきた〟であろうシュウは一応反応してくれた。
_物の怪に襲われ、おれ達は沼に沈められた。
とは言っても、〝妖力〟を見た感じ、あの沼は幻覚の類のものだと思う。あれで死んだ訳ではない…はず。目が覚めた先は暗闇で、ここが廃墟の中か別の場所か、はたまた地獄なのか全く分からない。
おれはひとつため息を着くと、指先に小さく力を込める。するとぽぅ、と青白い光が灯った。ゆらゆらそれを揺らして、光を手のひらの上へ移動させる。それを見たシュウはうわ、と引いたような声を出した。
「…んだそれ」
「〝鬼火〟。暗いと何も分からないでしょ」
「便利な能力してんな……」
感心しながら呟くシュウをよそ目に、おれは光を頼りに辺りを見渡す。しかし見回しても、周りは暗闇のままで、ここが室内かどうかも判断がつかない。
シュウは灯りの届く位置にいながら、周りに手をかざしつつ歩く。シュウも〝壁〟がないか確認しているらしい。シュウは暗闇の中を歩きながら、口を開く。
「…なぁ零。ここのことどう思う?」
「まだ判断はつかないけど…多分妖怪の仕業だとは思う。廃墟の中で幻覚見せられてるのか、別の場所に飛ばされたかは分からないけ、ど……」
そう言いかけて、ちり、と頭の奥底が熱を持って痛んだ。…今日はあまり、力を使っていないはずなのに。
不思議そうに視線を向けるシュウに、なんでもないと返す。心配をかけてもめんどくさいし、これくらいは耐えられる。
痛みを振り切るように頭を振り、思考回路を回す。
…とりあえず、この場所からしょう達のいる場所へ戻らないと。確かみこ達も一緒にこの沼に沈んでいた気がする。沼に沈めた物の怪の真意は汲み取れ_いや、力の強い者を引きずり込んでいる可能性が高い。…厄介だな。
引っ張りあげてくれたあいりとしょうは無事かな。…あいりにどれくらいの力があるのか分からないけど、まだ力を上手く扱えないしょうと組ませたのは不味かった。力のある者を引きずり込んだのなら、彼らは物の怪のいい餌になる。やっぱりシュウの言う通り、おれとしょうで_いや、そうなるとシュウが〝不利〟になる。しょう達、物の怪に襲われていないといいけど___
「っ、零」
黙々と考え込んでいると、シュウが焦ったようにおれの名前を呼ぶ。その声にはっ、と顔を上げると、景色がぐにゃり、と歪んでいた。おれはすぐに御札を取りだし、戦闘体制に入る。シュウも同じように警戒心を強めていた。
暗闇だった景色は形を変え、やがて変わっていく。次に現れた景色は__
「…は?」
そう声を漏らしたのは、シュウだ。
ぐにゃり、と形を変え、現れたのは__月が高く登る、暗い森だった。遠くから鈴虫の声が聞こえ、湿った風が髪を撫ぜる。
一見、森の中へ飛ばされたように見えるが_きっと違う。先程の真っ暗な場所を考えると、これもきっと〝妖怪〟が見せてる幻術のひとつだ。森にした理由は分からないけど、必ず真意があるはず。その真意さえ分かれば、この空間からも抜けられるはずだ。
シュウは近くにあった木の幹に手を置き、そこに在るか確かめるように撫でながら言う。
「ここ何処だよ…森か?…零、何か心当たりは?」
「〝依頼〟でしょっちゅう森には行くけど、森なんてどこも一緒だよ。多分あっち側の幻術だとは思うけど……。…っ!」
シュウの問いに答えてると、_ふと、鈴虫の声に混ざり〝何か〟が聞こえた。
シュウも気づいたようで、警戒心を強める。注意深く聞いてみれば、それはどうやら〝人間〟の声のようだ。…この森_いいや、この〝廃墟〟の中には、おれ達6人しかいないはずだ。つまり、この声は〝物の怪〟のものだろう。
その声は、どうやら少年の声のようだ。しかも、2人分。内容は聞き取れないが、_少し、〝違和感〟を感じた。2人分の声が聞こえるからだとか、声が人間のそれじゃないとか、そういうものじゃない。むしろ、この声は何処か聞き覚えのある__
…と、そこまで考え、はっ、とする。_そうだ、この森は、あの声は、_〝この日〟は。
「っ、おい零!?」
シュウの声を振り切り、おれは声の聞こえる方へ走り出す。間違いない、朧気だが記憶のある景色。記憶と声を頼りに走り続け、_やがて、2人の〝少年〟の元にたどり着いた。
「おい零、突然どうし__」
追いかけてきたシュウが、息を切らしてオレに声を掛ける。しかし、目の前に広がるその〝景色〟に、途中から言葉を失っていた。おれもすぅ、と目の前の光景を見据える。
おれ達の目の前にいた〝少年〟達。それは__
『も、もうやめようよ、零!危ないよ!』
『だいじょーぶだよ、みこ。…おれたちなら、祓えるよ。』
今よりも小さい背丈に、黒の学ラン。でも、間違いない。見間違えるわけが無い。
_目の前には、中学生の頃のおれと京がいた。
おれたちの姿は見えていないのか、2人は会話をしながら各々武器を取り出す。_そう、この後〝物の怪〟が現れるんだ。それでおれらは、初めて__
「…なぁ零。きっとお前、〝コレ〟覚えてんだろ。_何があったんだ?」
その景色を見ていたシュウが、こちらを振り向き言う。その顔はとても真剣だ。この〝出来事〟を、単なる思い出話として終わらせる気は無いらしい。はぐらかしても、きっとシュウは何度も聞いてくるんだろう。だったらもう、今話した方が楽だ。…まだしょうにも言ってないのになぁ、この話。
おれは小さくため息を着くと、遠い記憶を呼び起こしながら、静かに話し始めた。
「…ほんと、ただの子どもが調子に乗っただけの話だよ。
_おれ達は昔、今みたいに危ない〝依頼〟なんて任せて貰えなかった。お遊び程度の、ちょっと懲らしめるだけの依頼だけ。…おれの〝代償〟は重いから、あんま力を使わせないようにしてたんだろーね。
…でも、おれはそれが嫌だった。」
ちらり、と〝おれ〟の顔を見る。いつも変わらない無表情。…でも、その瞳にはめらり、と炎が浮かんでいる。…あーあ、馬鹿みたいにまっすぐで、本当嫌になる。
おれはかつての自分達ををぼんやり見ながら、話を続けた。
「…おれは、自分の力が強い方だって知ってた。だから、調子に乗ってた。子ども扱いしなくても、おれなら…ううん、みことなら、〝強い〟物の怪にも勝てるって思ってたんだ。
_だから中学生の…あれは、中2のときだったかな。…みこを誘って、母さんの方に来てた〝依頼〟をやろうと、この森に来た。」
気づけば、2人は戦闘を始めている。本格的な戦闘はまだしたことがなかったから、動きは2人ともぎこちない。…あぁほら、今のミスは不注意。周り見ないと、その力は隙が生まれるのに。
ちらりとシュウに視線を向ければ、シュウも2人の戦闘に視線を向けていた。しかし、その表情はどこが曇っている。…あぁきっと、シュウも気づいてるんだろうな。おれはシュウから目を逸らさずに言う。
「…この時のターゲットは確か、元は幽霊だった神の端くれ…だったかな。神の端くれってすっごい強くてさ。大人達すら、苦戦するくらい。…おれたちは全力で力を使った。今まではセーブして使ってたから、全力で力を使うのはこれが初めてだった。…だから拙いんだよ、動きが。見てて嫌になる。……今なら、もっと。」
力を増した物の怪_いや、〝神の端くれ〟が、力を使う。その衝撃波で飛ばされた2人は、地面に倒れ伏した。立ち上がろうと藻掻くおれらに、神の端くれは攻撃を仕掛ける。…結果は、一目瞭然だった。
シュウは惨状から目を離さずに、静かな声でオレに聞く。
「…結果は?」
「…このまま見てれば分かると思うけど。」
「いい。…教えてくれ。」
シュウは一瞬たりとも、目の前に広がる惨劇から目を離さずに言った。…見てるのが辛いなら、目を瞑ってしまえばいいのに。
ちらり、と2人を見てみれば、もう〝終わり〟はすぐそこまで来ていた。肩で息をする2人は、最後の力を振り絞り、大勝負に出る。…本当にバカだなぁ。おれは逸らしたくなる視線を無理矢理2人に向け、…自嘲の交じった声で言った。
「…おれらは最後、今残ってる〝全て〟の力を、アイツにぶつけた。」
2人が何かを叫びながら神の端くれに向かい攻撃を仕掛ける。1人は、口から血を滴らせて。1人は、ぐちゃぐちゃになった〝意識〟を振り切って。2人の攻撃に気づいた神の端くれは、反撃するように力を込める。
2人と1つの攻撃が交わり_辺りは閃光に染まった。
おれは白い光に目を細めながら、淡々と言う。
「…ここからは簡単だよ。おれらは力を使いすぎて気絶。物の怪は力を消費したせいで、どさくさに紛れて逃げた。この後駆け付けた大人達に、おれらは回収された。…この依頼は失敗に終わったよ。」
閃光が止むと、遠くから複数の足音が聞こえてきた。じきに、大人達がここにやってくる。話し過ぎたせいか、小さく乾いた咳が零れた。心配そうにこちらを見るシュウを他所に、口を開く。
「っ、けほ…。…おれたちは、制御もせずに全力で力を使った。…だから、この後すごく重い〝代償〟が来た。」
「…あぁ、零のやつは何となく分かる。…今の咳聞いてたらな。」
「……。…さっきも説明したけど、おれの代償は〝生命力〟。簡単に言えば、命を削る感じ。
…だからおれは、…………おれは、」
〝代償〟の内容を言おうとした。…のに、続きの言葉が出てこない。喉の奥でつっかえって、声にならなかった。
…ちがう、言えないんだ。今まで、〝コレ〟は誰にも言ったことがなかったから。しょうにも、みこにも、…何なら母さんや父さんにも言っていない。だから、どうやって打ち明ければいいか分からなかった。
…そもそも、シュウに話して〝コレ〟は何になる?救う方法もない、助かる手段もない、なら別に言わなくたって__
「…いいよ、零。…分かってるから。」
その声に、はっと顔を上げた。シュウは、優しい声でおれに言う。その顔は、不器用ながらに微笑んでいて。
おれはその笑みに、少し肩の力が抜けた感覚がした。…別に、無理して言わなくたっていいんだ。シュウならきっと、おれの抱えている〝コレ〟の正体も分かってくれる。
おれは小さく深呼吸をすると、改めてシュウの瞳を見る。そうして、話を続けた。
「…っ、…まぁ見て分かる通り、あの日以来おれは身体が弱り続けてる。
…それで、みこは。…この日から、今の性格になった。明るくて、元気な、ムードメーカーみたいな性格。」
「……京の代償って、」
「…うん、そう。みこの_京の代償は、〝人格〟。大きな力を使う度に、〝人格〟が変わるんだ。」
大人達に運ばれていくみこをちらりと見る。その顔に、少し胸が傷んだ。おれは去っていく大人達の背中をぼんやり眺めながら、ぽつりと呟く。
「…元々は、泣き虫でオドオドした性格だったんだけどね。別に性格が変わっても、みこはみこだからおれは気にしないけど……〝京〟は、結構気にしてたな。」
呟きながら、あの時の京を思い出す。…あの時の京は、見ていて痛々しかった。泣いて腫れた瞳に、悲痛な言葉の数々。…もう、あんな姿は見たくない。
おれはその記憶を隅に追いやり、ゆっくりと伸びをする。…別に〝この話〟は、シュウにする必要はない。おれはシュウの方へ向き直ると、口を開いた。
「…ってことで、この一件でおれらは重い代償を背負うことになった、でこの話は終わり。…ただ、子どもが調子に乗っただけの話だよ。」
もはや黒歴史だな、とぼんやり思いながら欠伸を噛み殺す。ちょっと長く話しすぎた。
周りの景色を見てみれば、暗い森の中は誰もいなくなっていた。…もうここの〝物の怪〟はこの景色から変える気はないらしい。おれの過去を映し出した理由は全く分からないけど、変える気がないのを見るに、都合のいい〝景色〟が丁度この記憶だった可能性が高い。なら物の怪の種類は__
…と、そこまで考えたその時。
今まで考え込んでいたシュウの発した言葉に、思考回路が止まった。
「なぁ、零。_何をそんなに生き急いでんだ?」
突然の言葉に、おれは混乱する。…生き急ぐ?誰が?おれ?
茶化してるのかと思いシュウの顔を見ても、先程と同じように真剣な表情のままだ。おれはシュウの言葉の真意を理解できないまま、困惑したように呟く。
「…は?」
「…あーいや、突然すぎたな。ごめん。
…お前が話してくれた出来事は分かった。ただ、お前なんか…似てるんだよ。」
「…誰に。」
「オレのよく知ってるヤツ。」
へら、と笑うシュウの顔は何処か自嘲的だ。…まさかシュウとおれが似てるとでも言いたいのかな。物の怪を差別する気はあんまないけど、シュウと似ていると言われるのはちょっと心外なような気もする。
シュウは困惑するオレを他所に、話を続ける。
「そもそも、オレはこの組み合わせに違和感があった。…どうして〝妖怪〟専門だ、って言う京とオレを組ませなかった?お前も分かるだろ、あの中で一番の化け物_物の怪に近いのはオレだ。疑っているのなら、一番強い化け物と、その化け物に1番効果のある奴を組ませるのが普通だろ。…なのにお前が来た。」
「…それはあきの方が危険だと判断して、」
「1番冷静で対話もしやすい秋を、よく危険だと思ったな?」
ちらり、とシュウがおれの目を見る。…その瞳は、どこか見透かしているようで。おれはその目にどきり、としてたまらず目を逸らす。シュウはそれを見て小さく笑いながら言った。
「…っふは、別に責めてる訳じゃねーよ。…あとはそうだな、さっきの零と京の会話とかか?…この今回調査してる〝吸血鬼〟ってやつ、結構強いやつらしいな。」
「…まだ分かんない。もしかしたらかなり弱いかもしれないし、このくらい〝おれら〟なら__」
「あぁほら、それ。…お前、この依頼が強いやつだって分かってた上で、無断でやっただろ。_お前、一回それで失敗したのに、また同じことを繰り返してる。しかも、〝おれら〟ならって……それ、京達を信頼しきって言ってる訳じゃない。「何があっても協力したら大丈夫」、というより……「何があっても、〝おれが〟どうにかする」、って意味だろ?」
その言葉に、目を見開く。…〝信頼しきってる〟訳じゃない?ちがう、そんなことない。みこを、京を信頼しきった上で、おれは。しょうだって場数を踏んで強くなった、おれたちなら、協力して祓えると思ったんだ。だってほら、だから作戦だって立てて__
「…作戦立ててるし、協力する姿勢はあるって?」
「…っ!」
「…でも、肝心の戦う時の〝戦術〟が無い。相手が分からずとも、少しくらい戦術は立てるはずだ。…なのにお前はしなかった。
…零、お前は「何があっても自分がどうにか出来る」ってどっかで思ってんだよ。…きっと、零なら自覚はあるだろうけど。
_だから、ほら。こんな無茶な依頼を勝手に引き受けて、無茶な戦い方して__生き急いでる。」
違うか?、そう言うシュウは余裕そうだ。対して、おれは動揺してる。図星だから?…違う、ちがう!おれは信頼しきってるから、いつも戦術を立てないだけだ。立てても、あっちが_物の怪側が崩してくるから、あえて立ててないだけ。だってほら、京達も納得してくれてる。
おれは震える声で、シュウに言う。…何でこんな動揺してるんだ、おれ。
「…っ、ちが、ちがう。おれは、生き急いでなんかない、普通に生きてるだけ…!」
「じゃあ何でそんな弱ってんだよ」
「っ、こ、これはあの時力を使い過ぎた代償が…っ」
「3年前の代償が未だに来てるのか?…違うだろ、お前はその後も〝依頼〟を引き受けてる筈だ。その依頼の度、ちょっとずつ無理してたんだろ。…だから、そんな弱ってる。
……お前、もう長くな__あー、これは言わない方がいいんだっけか。…まぁ分かってんだろ、自分のことだし。」
シュウの言葉に、ふ、と視線を逸らす。それを肯定だと取ったのか、シュウは「分かりやすいなお前」、なんて言って笑った。
…シュウが何を言いたいのかさっぱり分からない。考えたいのに、シュウの言葉のせいで色々な感情が邪魔をして、まともに思考回路が動かない。何が言いたいの、シュウは、何が___
まぁ前置きは長くなったけど、と切り出し、おれと視線を合わせる。そうして笑みを消して_真剣な顔で言った。
「_お前、そんなこと続けてると、本当にすぐ死ぬぞ。」
「…分かってるよ。」
「……んだよ、お前〝死にたい〟のか?だから生き急いでんの?」
その言葉に、ぐちゃぐちゃだった思考回路は止まる。そうして、カッとなった。死にたい?うるさい、お前に何が分かる!死にたいわけが無い。そんなはずがない!
つっかえる声を無理矢理絞り出し、泣きそうな、震えた声で言った。
「…っ、そんな訳ないだろ、…っ、い、生きたいにきまってる…!」
「…!…んだよ、言えるじゃん。」
「…っ、は…っ?」
おれの絞り出した叫びに、シュウは目を丸くして_やがて笑う。でも、その笑みは先程とは違う。…優しくて、柔らかくて、…ほんの少し、あいりの笑みに似ていた。
シュウはその笑みのまま、おれの頭をくしゃりと撫でる。突然頭を撫でられ、おれは困惑した声を出した。困惑するおれを他所に、シュウはくしゃくしゃとおれの頭を撫でる。鬱陶しいし、やめて欲しいのに…何故か落ち着く。
暫く撫で続けたシュウは、満足したように離れると_再度おれと目を合わせる。しかし、その目は先程の見透かしたような目じゃなくて_何かを諭す、兄のような優しい目だった。
「…生きたいなら、後は簡単だ。無茶なんてせずに_周りに頼ればいいんだよ。」
「…おれはいつも、頼ってるよ」
「頼ってたらそこまで弱ってねーよ。
_いいか?1人で何でも背負い込むな。少しでも無理だと思ったら、「無理」って言え。……一応言っとくけど、お前、これ以上無理したら本格的に死ぬからな。もうやめとけよ。」
「…何、おれがもうすぐ死ぬって分かるの?」
「分かるよ。…少し前のオレとそっくりだし、お前。」
挑発的に言えば、シュウは笑いながら返す。
…1人で背負い込む、その自覚はあまりなかった。確かに、みこ達に頼れば、おれが力を使うこともあまりなくなるし、その分少しでも長く生きられる。
…でも、ひとつだけおれは気がかりなことがあった。おれは言い淀みながら、ぽつりと呟く。
「……でも、」
「んだよ、頼るなんて、言葉でもなんでも伝えればいいだろ。…それが通じない相手ではないんだし、きっと京達も手貸してくれると思うぜ?」
「…それは、分かってる。…けど、……おれが頼ったせいで、みこ達が代償に苦しむのは…見たくない、から。」
〝頼る〟_その行為で思い出すのは、〝あの出来事〟の後の、〝代償〟に苦しむ京の姿。「〝自分〟が分からない」と、泣きながら縋る幼なじみの姿はもう、見たくない。
しょうだってそうだ。まだ〝代償〟は分からないけれど…神を降ろす能力だから、きっと代償は重いんだろう。みこのように代償に苦しむしょうを見るのも、絶対に嫌だ。
…苦しむ2人を見るくらいなら、いっそ。
黙るおれにシュウは小さくため息をつく。本当何から何までオレと一緒だな、と呟く声も聞こえた。そうして、柔らかい声でいう。
「…これはまぁ、オレが実際に言われたんだけど。「頼られて苦しむより、頼られずにシュウが1人で苦しんでる方がよっぽど辛い」、だって。…お前もさ、例えば…京とかが、1人で抱え込んで、心配させないように黙ってたら嫌だろ。」
「……その時は、無理矢理にでも聞き出すけど」
「ほら、それだよ。…今の京達はその気持ちなんだよ、分かるか?」
「…………うん。」
今度は大人しく、素直に頷けた。
みこ達…特にみこは、いつもこんな気持ちだったのかな。だからあんなにいつも止めて、危険だからやめろって、何回も何回も言ってたんだ。…みこ達には苦しんで欲しくない。けど、心配をかけるのも心苦しい。…どうすればいいんだろう。
「…ねぇ、シュウ」
「ん?」
「…あんまり頼りたくない、でも心配もかけたくない。…その時は、どうすればいい?」
「…んだよ、そんなの簡単じゃねーか。そういう時は___っ!」
シュウが何かを言いかけたその時__ざわり、と嫌な気配がした。
警戒したように振り向けば、そこには形容しがたい、禍々しい色をした〝モノ〟。息を飲むおれらを他所に、そいつは手のような触手を生やした。…襲いかかってくるまでは時間の問題だ。
シュウは小さく笑う。不思議に思いシュウを見ると、こっちに向かい笑いかけてきた。…でも、その笑みはどこか。
「…っ、はは、よかったな零。〝頼って戦う〟実践、出来るじゃん。」
「…!シュウ、あんたまさか、」
「…は、なぁ、零。さっきの質問の答えだけど。」
シュウは小さく息を漏らしながら、化け物を見る。…少し、足元がふらついたように見えたのは、気の所為じゃないはず。今、近くに愛漓はいない。本来の力も出せないだろうし、明らかに不利だ。
しかしシュウは引く気がないらしく、小さく足首を回している。…ほんと、バカだなぁ。生き急いでんのはどっちだか。
シュウは、おれに向けてまた笑う。…その笑みは、無理をしているように見えた。
「…〝対話〟をすればいいんだよ。無理してないか、頼っていいか、…全部、言わなきゃ伝わんねーからさ。」
「…じゃあ、シュウも言ってよ。」
「バーカ、言うタイミングってのがあんだよ。」
そう言って、シュウは再び物の怪に目を向ける。どうやらおれの言葉を聞く気はないらしい。…おれにあんだけ言ったのに、自分はしないって、説得力に欠けるんじゃない?
おれは霊力を固めて_手に刀を握る。…きっと、こいつを倒せば元の世界に戻れる。なら、やることはひとつだ。
シュウは、視線をそらさず笑う。おれも、少し表情が緩んだ。
「…死ぬんじゃねぇぞ、零!」
「それはこっちのセリフ。…死なないでよ、シュウ?」
「…っはは、余計なお世話だよ、バーカ」
すぅ、と小さく息を吸う。
…シュウは、〝頼らず戦う〟実践って言っていた。正直、今の無理してるシュウを庇って、今まで通り戦いたい。…けど、それをきっとシュウは許してくれないから。…仕方ないけど、死なない程度に、〝無理しない〟程度に、頑張るしかないか。
…みこやしょうと〝対話〟をするために、早く帰んなきゃ。それはきっと、シュウも同じ。
_絶対に帰るんだ、大切な人達の元へ。
おれたちは視線を合わせると、物の怪に向かって走り出した。
******
「うわあああぁああっ!???!!」
_沼に落ちた後。
オレはそう叫びながら、地面へ着地した。…いや着地じゃない、もはや転落事故だ。打った尻や足が痛い。呻き声を上げながら、少しでも痛みが和らぐように摩る。絵面が酷い?知るか。
痛みに悶えながら、ふと気づく。あれ、そう言えばアキさんって何処に__
「み、京くん避けて!!!」
「へ!?アキさ_ぐぇっ」
声が聞こえたかと思えばアキさんは無事にオレの上へ着地した。下敷きになったオレは押しつぶされる。普通に死にそう。
いたた、と呟くアキさんは、はっ、と今の状況に気づくと慌ててオレの上から避ける。
「うわあああ京くんごめんね!?大丈夫!?!」
「た、多分大丈夫や…。アキさんは怪我ないか?」
「俺は大丈夫!…というかここ……どこ?」
「…多分物の怪に飛ばされたとは思うんやけど……何もあらへんなぁ」
オレは立ち上がり、辺りの景色を見渡す。辺りに広がっているのは、ただただ〝真っ白〟な景色だけだった。試しに周りを少し歩くが、壁らしきものには当たらない。どうやら密室な訳では無いようだ。
アキさんも〝壁〟を探すかのように歩くが、見つからなかったらしい。やがて止まると、顎に手を当てながらオレに問う。
「…京くん、〝何か〟感じる?」
「…んー、正直アキさんの気配があるからわかりにくいんやけど…」
「うっ…それはごめん……」
「…でも、全体的に気配はある…から、きっと物の怪が作り出した空間…いや、幻術っぽいな。」
〝幻術〟特有の、覆い被さるような異質な空気を感じ、納得するように呟く。この幻術の気配的に、多分狸か狐、どちらかまでは特定出来た。
…でもそうなると、オレたちを沼に沈めた理由が分からない。狸か狐であれば、オレ達が廃墟に入る直前に化かして、早々にバラけさせればいいのだから。
オレは白い空間をじっと見つめる。そこまで強い幻術でもないし、頑張れば破れそうだ。
…けど、少し不安要素がある。無理矢理オレの〝狐火〟で破っても、元の世界に戻れるかどうかが不透明だからだ。この幻術を壊したからと言って、元の世界に帰れる保証はない。…元の世界に帰れなくなったらそれこそ終わりだ。
もっと堅実な方法はないか、と考え_ちり、と頭の奥底が熱を持って痛んだ。…何だろう、頭を使いすぎたのか。このくらいの思考回路、耐えてもらわないと困るけど。
…まさか最近数学の点数下がってきたのって、このせい?そこまでバカになった覚えはないけど…疲れてるのか?
黙々と考えてたオレを他所に、アキさんは突然はっ、と顔を上げる。そのまま驚いたように、オレに声をかけた。
「…っ!京くん!」
「え?…っ、う、わっ!?」
アキさんに名前を呼ばれ顔を上げると、先程見ていた白い部屋がぐにゃりと歪んでいるのが見えた。_物の怪側が何か仕掛けてきた合図だ。
オレはすぐ戦闘態勢に入ろうとする_が、部屋が歪むせいで平衡感覚がなくなり、上手く刀を構えられない。暫く歪んだ景色は、やがて形を変えて〝ある景色〟を映し出す。次に映し出された場所、それは__
「…え?」
アキさんが呆然と声を上げる。オレだって、目丸くした。…というか、信じられなかった。だって、ここは、ここは!信じられずに目を擦って確かめるオレを見て、アキさんは不思議そうに声をかける。
_オレたちの目の前に広がっていた景色。それは……
「…ね、ねぇ京くん。ここって…〝家〟だよね?見た感じ2階…?に俺達はいるっぽいけど…。」
「…アキさん、あのな。この家……」
「え、京くんこの家のこと知ってるの?まさか自分の家とか…そんな訳ないか。」
「…いや、そのまさかや。」
「え?」
目を丸くするアキさんを見つつ、そっと壁を触る。_感触がある。やけにリアルな感触に、脳が混乱した。だって、ここは。混乱したまま、震えた声で言う。誰か嘘だと言ってくれ。
「…ここ、オレの家や。」
_目の前には、オレが17年間慣れ親しんだ自分の家の景色が広がっていた。
見間違えるはずがない。ここは明らかにオレの家の2階だ。右にある扉は母さんの部屋だし、その向かい側は父さんの部屋。曲がった先にあるのはきっとオレの部屋だ。
…何も分からないが、とりあえず今回調査している〝妖怪〟が死ぬほど悪趣味なことは分かった。ここが〝実際〟にはオレの家ではないにしろ、何でわざわざオレの家を映し出すんだ。強制送還?やかましいわ。
オレの言葉を理解したのか、アキさんは小さく吹き出す。ごめん、とか言ってるが半分笑いが混じってる。オレも釣られて乾いた笑いがこぼれた。沼に落ちたと思ったらオレの家とか意味が分からない。B級映画かよ。
「…っふは、そ、そっかぁ、京くんの家…っ、ふふ、実際には、京くんの家じゃないんだよね…?」
「アキさん笑いすぎやで…。…まぁそうやな。これで実際にオレの家に飛ばされてたら意味分からんし。……強制送還ってか?オレ何もしてないで」
「っふはっ、ちょっと待って強制送還…!そうだったら京くんとばっちり…はは…っ!」
「アキさん……」
オレの言葉に耐えられなくなったのか、ついにアキさんは腹を抱えて笑い出す。もうちょっと危機感を持って欲しい。この状況で危機感も何も無いけど。
今まで様々な妖怪に幻術を魅せられたけど_こんなこと初めてだ。何だ家って、意味がわからない。
…こういう時、零がいたら妖怪の意図とか汲み取って、憶測立ててくれるのに。オレは妖怪専門だけど、やはり零には叶わない。零は強いんだ。…それ故に、ちょっと危ういけど。零や渉、大丈夫だろうか。渉は愛漓ちゃんと逃げてくれたかな。零、無理してないといいけど__
『…みこ、』
「……は?」
ふと、アキさんの笑い声に混じって〝声〟が聞こえた。というかアキさん笑いすぎやろ。おかげでよく声が聞こえなかったんやけど。…じゃなくて。
…少し気だるげな声と、あの特徴的な呼び方。オレを〝みこ〟なんて呼ぶのは、一人しかいない。
__今聞こえた〝声〟は、明らかに。
オレは声の聞こえた方へ走り出す。声が聞こえた先は、オレの部屋の前だ。…勘違いしていた、ここはオレの家だけど、オレの家じゃない。今より少し高い声、ここは、きっと。
オレは自分の部屋の前へ行く。扉の前には、一人の〝少年〟がいた。追いかけてきたアキさんが、俺の後ろから顔を出し_やがて驚きの声をあげる。
オレたちの間の前にいた少年。それは__
「…え、零、くん?」
「…ううん、零やないで。」
「え?」
「_これは、〝過去〟の記憶や。あれは中学生の零。…あの零も、物の怪が映し出した〝幻術〟の一部や。」
そう言って、零を見据える。
_目の前にいたのは、黒い学ランを着た零だ。今より少し背丈が小さく、声も若干高い。けれど、見間違えるはずがなかった。
…そして、零を見て気づいたことがひとつある。この〝記憶〟は、もしかして〝あの時〟のものなんじゃないか。オレの部屋の前にいる零、部屋から出てこないオレ。…忘れもしない、忘れたことなんて1度もない。オレの、〝黒歴史〟。
最初目を丸くしたアキさんは、この状況を理解したのか、オレに問う。
「過去の記憶…ってことは、これは京くんの記憶?…京くん、この時のこと覚えてる?」
「…あぁ、覚えてるで。…本当はもう、思い出したくもないんやけどな。」
入るよ、そう言って零がオレの部屋の扉を開ける。オレも零の後ろに続いて部屋に入った。アキさんも、オレの後ろに続く。
部屋の中は薄暗かった。…そりゃあそうだ、一日中カーテンを閉め切って、電気すら付けなかったんだから。
目の前に広がる〝惨状〟から目をそらすように、アキさんの方へ目を向ける。アキさんが、部屋の惨状を見て息を飲むのが見えた。
「…っ!」
「…酷いやろ?…だから思い出したくなかったんや。」
_オレたちの前に広がっていた景色。
そこら中に散らばった、〝葉原京〟と書かれた物の数々。それはテストや通知表、保険証、小さい頃の名前が縫い付けてあるスモッグ等、手当り次第〝名前〟が書いてあるもの全部だ。〝名前〟を見つけるために、引き出しやクローゼットは空きっぱなしで、部屋の中をひっくりかえしたような有様だった。
そんな部屋の中心。
部屋の主を守るように建てられた本と写真の塔。…これはアルバムと、小さい頃の写真だ。自分の顔が映ってるのを見て、安心したかったから。
部屋の中心にいた人物は、やがて零に気がついたのか、緩慢な動きで振り向く。…ああ、目を逸らしたくなる。
_目が真っ赤に腫れた〝あの頃〟のオレは、虚ろな目でオレたちを見た。
その姿を見たアキさんは、目を逸らさずにじっと〝オレ〟を見つめる。対してオレは自身から目を逸らし、俯きながら言った。
「…オレ達が中学2年生、の時か?…オレ達は親に無断で、2人だけで〝依頼〟を行ったんや。」
「…その依頼、って?」
「…それが、めちゃくちゃ強い相手でな。元は幽霊の神の端くれ…ってやつで。オレ達は無謀なのに、〝全力〟で力を使った。…まぁ、それでも適わなかったんやけど。」
ぼんやり、記憶を思いおこす。
零に誘われ、無断でやった〝依頼〟。やめよう、と最初は止めていたのに、結局零を放っておけなくて共犯になった。…あの時止めていれば、と未だに後悔してる。
ふっ、と顔を上げる。…酷い有様だ。オレは自嘲的に笑って言った。
「まぁ今のは前置きで、ここからが本題や。…依頼が終わったあと、…それからが酷かった。…さっきも説明したと思うけど、オレらは〝力〟を使うと、その反動で〝代償〟が来るんや。……全力で力を使った後、〝代償〟はどうなると思う?」
「…っ、まさか」
察しのいいアキさんは、話の流れを汲み取って目を見開いた。そうして、ばっとオレの顔を見る。アキさんの顔は心配そうに歪められていた。…優しい人だな、とぼんやり思った。オレは下を向きながら続きを話す。
「…零の〝代償〟は、〝生命力〟。…この時の〝代償〟から、零は目に見えて弱り始めた。それは今も続いてる。…零はきっと、隠してるつもりなんやろうけど…見ていて、分かるんや。最近はよく咳してるし…心配になる。……もっと自分のこと、大切にして欲しいのになぁ。」
ちらり、と中学生の零へ視線を向ける。零は心配したようにオレを見ていた。この時は気づかなかったけど…きっと、この時零も〝代償〟で苦しんでたはずだ。なのに、オレの心配をしてくれてる。…自分が不甲斐ないな。
アキさんは悲しそうに顔を歪めながら、小さな声でオレに言う。
「…それで、京くんは?」
「……。_オレの代償は、〝人格〟。…この時分かったんやけど、…オレは、大きな力を使う度に〝人格〟が変わるんや。…それは突然来て、まるで今までその人格だったみたいに、自然に変わる。」
ちら、と〝オレ〟を見る。ぐちゃぐちゃになったオレの顔は、見ていて痛々しかった。泣きすぎて真っ赤になった目元。未だに流れ続ける涙。虚ろな瞳。
オレはそっと〝オレ〟から目を離して、話を続ける。
「…この時、オレは初めて自覚して〝代償〟が来た。…もうあんま覚えてないけど、オレは小さい頃、オドオドした性格だったらしいんや。…そんな性格がある日、朝起きたら明るくて元気な性格になってて…話し方さえ、京都弁に変わってた。
…それを自覚した瞬間、とても怖くなった。〝自分〟が信じられなくなった。もしかして、今までの性格も〝代償〟によるものなんじゃ、本当の〝自分〟はどこにいるんだ…って。
_それから、オレは情緒不安定になった。学校も休んで、部屋に閉じこもった。…毎日〝代償〟に脅えながら、自分の〝名前〟と〝顔〟がかいてある物を見て、安心する日々。…その時の有様が、これや。」
酷いもんやろ?、そうわざと明るく言って部屋を指す。なのにアキさんの顔は、よりいっそう悲しそうに歪められた。…無理もないか。オレですら、この惨状には目を瞑りたくなる。
ちらり、と零を見れば、零は意を決したように〝オレ〟を見ていた。そうして、蹲るオレに駆け寄る。…あぁそうだ、この時の零の言葉で、オレは。その風景を見ながら、話を続ける。
「_閉じこもってたある日、零がオレの部屋に来た。…零はきっと、オレが〝代償〟に苦しんでたのを知ってたんやろな。…ぐちゃぐちゃになったオレに、言ったんや。」
『みこ。_京の〝人格〟が〝代償〟で、どれだけ人格が変わっても_京は京だよ。』
『…っでも、でもっ、もうじぶんが、わからなぃんだ、れい…っ』
『_じゃあ、おれが見つける。』
『…え?』
『おれが京の〝自分〟っていうのを見つけて、〝みこ〟って呼んであげる。…だから、大丈夫。京は、京だよ。…1人で、抱え込まなくていいんだよ。』
零がオレを抱きしめる。零の言葉に、〝オレ〟はわんわんと泣き出す。
…この言葉で、オレは救われたんだ。未だに、この言葉はオレの支えになっている。だから安心して〝力〟を使えるようになった。…けど。
オレは2人から目を逸らし、アキさんに目線を合わせる。そうして、少し笑って言った。
「…オレは、この言葉に救われて_ようやく、部屋から出た。オレは零の言葉のおかげで〝代償〟を受け入れて…今でもこうして、祓い師を続けられてる。」
「…そっか。」
「……でも零は、違うんや。」
「え?」
ちらり、と零を見る。…ぱっと見て、零はいつも通りに見える。けれど違う、…違ったんだ。この頃から、零は。
オレは零を見つめながら言う。
「…零はこの頃から、〝無茶〟ばっかするようになった。…零に自覚があるかどうかは、分からないんやけど。……さっき、この頃から身体が弱り始めてきた、って言うたやろ?…零もそれは分かってるはずなのに、この時から何故か無茶な戦い方ばっかするようになった。…オレは何かそれが…生き急いでるように、見えるんや。」
声が、少し震える。…ずっと、ずっと零が祓い師の仕事をする度に、不安だった。…今度こそ、零は死んでしまうのではないか、って。
でも、零に言っても聞かないことはわかってた。…零は案外、祓い師に関しては強い信念がある。だから「やめろ」と言っても聞かないし、祓う為には多少の無茶もする。…本当は今すぐにでもやめて欲しいのに、オレは本気で止めることをしなかった。
視線を下に向け、自嘲的に笑う。…あぁ、なんでこんな話してしまうんだろう。相手は、状況次第では〝敵〟になりえるかもしれないのに。けれど、オレは話すのをやめなかった。今更、止められなかった。今まで抱えてた不安は溢れ出し、言葉になってこぼれる。
「…最近な、零と衝突することが増えたんや。零がすぐ無茶な作戦を立てるから、オレがそれを止める。オレが無理をしない範囲の提案をするんやけど、それだと祓えないから、って零が反対して。…それで2人とも譲らないから、すぐ口喧嘩になって……渉がよく、それを仲裁してくれるんやけど。」
「……京くん、」
アキさんが、心配そうにオレの名前を呼ぶ。何故だか、酷く泣きそうになった。オレは震えた声のまま_絞り出したように、言う。
「…っ、ほんとはっ、…零にはもう、祓い師の仕事をして欲しくないんや。でも、零の力は強いから必要だし…。…前、零に伝えたけど、零は聞かなかった。…余計なお世話、って思ってるのかもしれんな。
…きっと、無理矢理止めることだって出来たはずなんや。でも、オレはしなかった。…大切な人が真剣に取り組んでることを、取り上げられなかったんや。零は確かに無茶ばっかしてるけど、いつだって祓い師の仕事で間違ったことはしないし、…零のおかげで、救われた人がいるのも事実や。」
オレは顔を上げる。
_ずっと、ずっと零が祓い師の仕事をする度に、不安だった。…今度こそ、零は死んでしまうのではないか、って。
オレは、止めたかった。…止めたかった、のに。
オレは、震えた声で叫ぶ。_ずっと押さえ込んでいた、心からの〝本音〟だった。
「…っ、オレはどうすればいい!?零のことを止めたいのに、オレに止める力なんてない!…っどうすればいいんだ、もう、〝あの時〟みたいに後悔したくないのに…っ!」
じわり、と目に涙が滲んだ。
_誰にも言えなかった。零はもちろん、祓い師として頑張る渉にも、母さんや父さんにも、話せなかった。
…どうして、アキさんには話してしまったんだ。吸血鬼_物の怪にこんなことを話すなんて、祓い師失格だ。
オレは慌てて下を向く。…泣きそうなのを見られたくなかったし、自分が不甲斐なかったからだ。アキさんは、この話を聞いてどう思ったんだろう。…もういっそ、聞いていないフリをしてくれた方がありがたいな。
アキさんは黙ってオレの話を聞いて_そうして、オレに無言で近づいてきた。驚くオレを他所に、アキさんはどんどん距離を詰める。オレの目の前まで来たアキさんは、オレに手を伸ばす。その仕草にびくり、と小さく肩が震えた。何をされるんだ、吸血?殴られる?
オレはギュッ、と目を瞑る。そうして、体を強ばらせた。
_が。
「…え?」
「…京くん、今までよく頑張ったね。」
アキさんの伸ばされた手は_オレの頭の上に乗る。驚くオレを他所に、アキさんは優しくオレの頭を撫でた。てっきり殴られるものかと思ってたので、面食らう。…何で頭撫でられてるんだ、オレ。
でも、手を払い除けることは出来なかった。…何でこんなに、安心するんだろう。じわ、とまた涙が滲んで、オレは慌てて下を向いた。
_暫くして。
満足したのか、アキさんが「突然撫でてごめんね」、と言って離れる。少し落ち着いたオレは、大丈夫です、と小さな声で言った。アキさんは俺を見て、小さく微笑む。そうしてその優しい笑みのまま、優しい声で話し始めた。
「…さっきの話聞いててさ、俺思ったんだ。…京くんと俺って似てるなぁ、って。」
「え…?」
「…俺もね、過去にそういう出来事があったんだ。…止めたいのに、いざ止めようとすると止めようか躊躇って、…結局何も出来ずに、苦しんだこと。」
「…アキさんも?」
目を丸くするオレに、うん、と小さく頷く。その笑みは少し悲しそうで、その話が嘘じゃないことがわかった。
アキさんは、優しい声のまま話を続ける。
「…まぁ俺は、それが〝自分自身〟に向けた話だったんだけど。…俺は誰にも言えずに、止めようにも止められず、迷いに迷って、__最後、道を間違った。」
「…!」
アキさんの顔が苦しそうに歪む。_こんなに聡明なアキさんですら、間違ってしまうんだ。オレも堪らず俯く。…もしかしたら、オレもこれから、そうなるかもしれない。迷いに迷った挙句、止められなくて、零を__
「…でもね、京くんは大丈夫。」
「えっ?」
「…俺に話してくれたから、きっともう間違わないよ。…その間違わない方法も、教えるからさ。」
思考が暗くなったオレを見透かしたように、アキさんが言う。顔を上げたオレに、「年上の言うことも、たまには役に立つんだよ」と笑って言った。…その笑顔が、誰かに似てると思い、はっと気づく。そうだ、愛漓ちゃんに似てるんだ。あったかくて、眩しくて_太陽みたいな笑顔。
アキさんはその眩しい笑顔のまま、話し始める。
「…京くんは、無茶をする零くんを止めたいんだよね?」
「…でも、オレは……」
「…京くん。今は祓い師の力のこととか、零くんの気持ちのこととか、考えずに教えて欲しい。_君は、〝友達〟の零君が無茶しているのを、止めたい?」
アキさんの言葉に、ハッとする。
_オレが止めるのを迷うのは、祓い師や零の気持ちを考えてしまうからだ。それもきっと大事なんだろうけど、…けど、今は。
オレは、小さく息を吸う。_答えなんて、とうに決まっていた。
「…っ、オレは、零を止めたい。零に、無茶をして欲しくない…!」
「…分かった。零くんを止めたいなら_じゃあ、あとは簡単だよ。」
アキさんは、俺に視線を合わせる。…太陽みたいに真っ赤な瞳が、俺を見つめていた。その瞳から、目を離せない。
アキさんは真剣な表情で、じっとオレを見る。そうして、ふっと、柔らかく目を細めると_優しい声で、口を開いた。
「__〝対話〟をしよう、京くん。零くんに、今言ってた気持ちを全部言うんだ。」
「…っでも、前伝えた時、零は…!」
「…その〝対話〟は、ゆっくり話せるものだった?_零くんはきっと、京くんがちゃんと話せば、分かってくれるはずだよ。」
その言葉にはっ、とする。
…確かにあの時、話し合いが出来る状況じゃなかった。渉もいたし、何より零が〝依頼〟を持ってきていたからだ。…あれ、そういえば、最後に零と面と向かって話し合ったのはいつだったっけ?
ふと疑問が湧いたその時__ざわり、と嫌な〝気配〟がした。
警戒したように振り向くと、そこには__形容しがたい、禍々しい色をした〝モノ〟が佇んでいた。
「…っ!京くん、何あれ!?」
「分からん、けど__あれはきっと、ここに閉じ込めた〝物の怪〟や!」
焦るアキさんに、オレは慌ててそう返す。気配が〝妖怪〟のようだし、_あの姿は多分〝幻術〟かかっているようだったから。幻術に霞んでよく見えないが、あのシルエットは、多分__
警戒するオレらを他所に、そいつは手のような触手を生やす。…襲いかかってくるまでは時間の問題だった。
アキさんをちらりと見ると、何処から出したのか、その手に剣を握っている。オレも慌てて刀を取り出し、切っ先を相手に向けた。
_相手の正体はもう分かった。そしてきっと、あいつを倒せば元の世界へ帰れる。…ここが正念場だ。ぎゅ、と刀を握る手に力が入る。
アキさんは物の怪から目を離さず_余裕そうな声で言った。
「…京くん、あれを倒せば帰れるんだよね?」
「あぁ、そうや。」
頷くオレに、アキさんがこっちを向く。そうして少し気を抜くと、笑って言った。
「_京くん。これが終わったら、…ちゃんと零くんと〝対話〟するんだよ?」
「…もちろん。…もう、後悔したくないから。」
「…!…はは、じゃあ絶対に帰らないとね。」
オレの言葉に、アキさんが目を丸くする。そうして少し笑うと_もう一度、物の怪に向き直った。
2人の切っ先が、物の怪に向かう。隣にいるのは、オレが祓うはずの〝妖怪〟。_でも今は、とても心強かった。オレたちは、目を合わせずに、言葉を交わす。
「頑張ろうね、京くん。」
「あぁ、アキさん、よろしゅうな。」
_すぅ、と2人揃って息を吸う。
…今まで言えなかった本音を言った。溜め込んでて苦しんでたはずなのに、言ってしまえば解決策はあっという間に見つかって。
〝あの時〟…おどおどしていたオレは、〝人格〟が変わらなくても__きっと零を止める力は、あったはずだ。なのにあの時は、見て見ぬふりをして、止めようとしなかった。_でも、もうあの時のオレとは違う。
_今度こそ、零に伝えるんだ。オレの気持ちを、オレの言葉を。
オレ達は、刀を握り直すと__物の怪に向かって、斬りかかっていった。