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物の怪と日常ー吸血鬼怪奇譚ー(未完)

全体公開 40458文字
2022-05-14 21:00:08

「俺達は、一緒に乗り越えていくんだ。_この〝弱さ〟と共に。」

男子高校生達が、吸血鬼と出会う話。





「「_吸血鬼?」」

放課後、2-6の教室にて。
各々自分の席に座りながら話していると、俺と零は声を揃え言った。
話を切り出した本人_京は、やっぱ知らなかったか、なんて言ってあちゃーと額に手を当てている。その姿を見て、俺と零は揃って首を傾げた。

俺_川瀬渉(かわせしょう)が〝祓い師〟の力に目覚めてから、暫く経った10月。
俺は高校生として生活しつつ、放課後は“祓い師”として依頼をこなす、慌ただしい日々を送っていた。

事の発端は、7月。
放課後、教室に忘れ物を取りに行った時、クラスメイトである石原零と出会ったことで、俺の生活は一変した。
クラスメイトである石原零(いしはられい)と、俺の幼なじみである葉原京(ようばらみやこ)が、幽霊や妖怪などの〝物の怪〟を退治する能力を持つ者_〝祓い師〟だと知ったのだ。
その後色々なことがあって、俺も〝祓い師〟の能力があることが判明したけど……この経緯は話すと長くなりそうなので、とりあえず置いておく。

_俺に〝祓い師〟の能力があると判明した後。
俺は零と京と一緒に、祓う力をコントールするために〝特訓〟をしていた。
祓う能力は人によって様々だ。京は狐火を出して戦うのに対し、零はオールマイティ。その他の祓い師も、御札を使って戦う人がいたり、言霊を使って戦う人がいたりと、多種多様だ。

そんな多種多様な祓い師がいる中、俺はと言うと_どうやら〝神さま〟を下界に降ろして戦う祓い師、らしい。
……らしい、というのは俺に自覚があまりないからだ。俺はまだあの時_祓い師の力に目覚めた時_以来、一度も力を出せたことがない。だからコントロールができるように特訓しているがまだまだ〝神さま〟を降ろすには練習が足りていない。

零が言うに、神さまを降ろして戦う祓い師は〝物の怪に狙われやすい〟らしく、俺は良くも悪くも四方八方から物の怪を寄せ付けていた。
人間に友好的な物の怪なら問題ないが、敵意のある物の怪だったらそうはいかない。もし襲われたとしても、今の俺に対処出来る手段はなかった。

_なので今は、零と京と出来るだけ一緒に行動するようにしている。2人がいれば大体の物の怪は祓えるので、俺が襲われることは殆どない。彼らと一緒にいるのは楽しいので、この生活が苦だと思ったことは1度もなかった。が、俺が能力を使えないばかりに、付き合わせている2人には申し訳ないと思っている。自分の身を守るためにも、早くコントロール出来るようになりたいが、まだまだ道のりは遠い。

_だからこうして、俺は毎日放課後零と京と集まり、〝特訓〟をしていた。公園で能力をコントロールする練習をしたり、時には零や京の〝依頼〟について行って実践をしたりする。〝祓い師〟の道具や祓うやり方など、学ぶことや覚えることが多く、最初の方は苦戦していた。が、最近はようやく道具のことも覚えてきて、難易度の低い〝依頼〟なら、2人のサポートが無くても祓えるようになってきた。この調子で、自分の能力も扱えるようになりたい。

_そんな慌ただしい日々を過ごしていたある日。
今日も今日とて、放課後2-6の教室に集まった俺らは、これから何をするか雑談を混じえながら話していた。
急ぎの依頼もないから今日は公園で、と話がまとまり始めていた時、京が思い出したかのように、ある話_〝吸血鬼〟が出るという噂話を切り出したのだ。

「そう!最近、妖怪専門の祓い師の中で話題になってるんやけどな。零のところは話題出てなかったんか?」
「おれは幽霊専門だから別に。」

京が零に問うが、零は首を横に振る。零は幽霊専門だから、妖怪の話はあまり入ってこないのかもしれない。

_祓い師は基本、〝専門〟と呼ばれる、祓う力が効きやすい物の怪が決まっている。大方が〝幽霊〟専門か〝物の怪〟専門に別れており、零の血筋である石原家は代々幽霊を、京の血筋である葉原家は妖怪を専門に祓っていた。専門外の物の怪は足止めくらいにしかならず、完全に祓うことは難しい。

一部……俺のように専門が〝ない〟祓い師もいるが、どの物の怪にも効きやすい分、デメリットが大きい。大体は専門がある祓い師よりも力が微量、らしいが俺は未だ不明だ。なので今は、幽霊も妖怪、どちらも祓うことが多かった。

「というかそれ、どういう噂なの?」

零の問いに、京はそれがな、と話を切り出す。俺らは京の言葉に耳を傾けるように、そっと京に顔を近づけた。

「最近、この辺りの地域で〝吸血鬼〟が人を襲ってる、って目撃情報が多発してるんや。被害者は口揃えて〝吸血鬼が出た〟、なんて言うとるし。すぐにでも祓いたいんやけど……
「けど?」
それが、何故か吸血痕とかが見当たらなくてな。不思議よなぁ、吸血鬼側が治してるにしても、妖力残ってるから気づくはずなのに。」
………。」

それを聞いて、零は考え込むように押し黙る。吸血鬼流石に俺でも分かる、有名な化け物だ。人の血を吸う、不老不死の化け物。
話を聞いていた俺は小さく手を挙げ、素朴な疑問を口にする。

「なぁ、京。吸血鬼って妖怪なのか?」
「あぁー括り的にはそうなるんかな?吸血鬼は厳密に言うと西洋の物の怪やから、一概に日本の妖怪にまとめるのはちょっと違うんやけどまぁ、妖怪の認識でええと思う!」
「なるほどな。」
「言うてオレも西洋の物の怪の話が出たのは初めてやから、ちょっと戸惑ってるけどな。」

そう言ってぽり、と小さく頬をかく京。物の怪のことには詳しい京でも、こんなことは初めてらしい。もしやこれ、結構珍しいことなんじゃ、と考えたところで、今まで考え込んでいた零が口を開く。

ねぇ、みこ。それ、〝依頼〟は来てるの?」
「いいや、まだや。襲ってる、って確証がないから、依頼を受けようにもできないんよ。」
そうか。〝依頼〟って、〝実際に害があった物の怪〟しか出来ないんだっけか?」
!そうやで、渉!渉も祓い師のこと覚えてきたなー!えらいで!!」
「っちょ、頭撫でんな京!」

俺が前教えてもらったことを呟くと、京が嬉しそうに席を立ち、頭を撫でる。俺は言葉でしか抵抗せず、されるがまま撫でられた。
京は結構な頻度で俺や零の頭をよく撫でる。撫でられるのはまぁ悪い気はしないけど、やっぱり少し気恥ずかしい。零は頭を撫でられる俺を見て、「よかったね」なんて心のこもってない声で言った。他人事だからか、その態度は雑だ。

満足そうに席に戻った京を見ながら、零は決めたように小さく頷く。そうして、俺と京の顔を一瞥すると、零には珍しい芯の通った声でこう言った。

それ、おれらで調べてみよう。あまりにも不気味すぎるし人を襲うのは時間の問題だと思う。被害が出る前に祓おう。」
「っ、零!」

零の提案に、京が焦ったように名前を呼ぶ。しかし、零の意思は変わらないようで「それでいいよね」、と言葉を付け足した。京の反応を見て、俺はひとつ憶測を立てる。

「なぁ零、依頼なしで祓うのって
「親には内緒にしてよ?まぁ渉のとこは祓い師のこと知らないと思うし、遅くなる言い訳くらいで思うけど。」

あぁやっぱり、と小さく呟く。
_零は無断で、件の〝吸血鬼〟を調べて祓おうと言うのだ。先程の零の言葉を見て、依頼なしで祓うのは禁止されているんだろう。その憶測を肯定するかのように、京が勢いよく立ち上がる。

「ダメに決まってるやろ!?零あんさんな!!」
「依頼出てからじゃ遅いじゃん。現に被害も出てるんでしょ?吸血痕がないってことは、〝あっち〟は相当やり手だよ。放っておいたら、何するか分からない。早めに対処した方がいいよ。」
「でもッ」

言い淀む京の顔は、心配そうに歪められている。
_京は案外心配症だ。零が関わることは特に。
それはきっと、零が元々病弱だからだろう。零の〝代償〟_祓い師の力を使うと発生するデメリットだ_が、〝自身の生命を削るもの〟なのも、止める理由の一つだと思う。でも俺は、それ以外にも何か別の〝理由〟があるように感じていた。

零はいつも、ちょっと無茶な提案をする。それは命を落とすような無謀なものはないものの、危ない橋を渡っているのは否めない。それを必死に止める京は、いつも心配そうな顔を浮かべている。こうなると、いつも……

「そもそも、みこは心配しすぎなんだよ。渉も場数踏んできたし、そろそろこういう調査がいる依頼も必要でしょ。」
「それは分かるんやけど!まだ実態も不明な物の怪をオレら3人で祓うのは無理や!もしぬらりひょんに匹敵するような物の怪やったら!」
「大丈夫だって。そのくらい強いんだったら、もう既に上が動いてるはず。強いにしても、おれらで倒せるよ。」
「無茶や!なぁ零、依頼が出るまで待とう。まだ大丈夫や。」
「遅いよ。実害が出てからじゃ遅い。そもそもみこは__」

こうなるといつも、お互い引かずに言い争うのだ。零は大胆すぎるし、京は慎重すぎる。正反対な2人は、祓う方法に関すると争うことがほとんどだった。
こうなると長いので、俺は基本仲介に入り、折衷案を出すことが多い。1番新人の俺がやる役目じゃないな、とぼんやり思う。俺はヒートアップしてきた二人の間に手を伸ばし、どうどう、と宥める。

「はいはい、喧嘩すんなって。」
「しょう。しょうはおれの味方だよね?」
「オレの味方よな、渉!?」
「あーもう落ち着けって!_とりあえず、俺らでその〝吸血鬼〟、調査してみようぜ。んで、危なそうだったらお前らの親御さんに相談。行けそうなら俺らでやる。それでいいな?」

そう言って2人の顔を見ると、何か言いたげに言い淀んでいた。そうして暫くすると、零は少しだけ眉をひそめ、京はため息をついた。どうやら不満はあるものの、納得はしてくれたらしい。零は少し口を尖らせながら言う。

「あんま納得してないけどそれでいーよ。危なくなければ、みこも納得してくれるだろうし。」
「オレもそれでええよ。でも、少しでも危険な物の怪なら止めるからな!」
「ん、決まりだな。」

俺は席から立つと、自分のスクールバッグを手に取る。それに習うように、京と零もカバンを取った。教室の時計をちらりと見ると、時間は午後6時を指していた。そろそろ日が暮れ_物の怪が活動する、〝夜〟になる。

「とりあえず、〝吸血鬼〟が目撃された場所に行ってみよう。みこ、分かる?」
「勿論や!ちょっと待ってな〜」

スマホを弄りながら出口を目指す京に、「気をつけろよ」と言う。零は京のスマホを覗き込みながら、小さく「なるほど」、と呟いていた。そんな2人を後ろから眺めながら、ぼんやり考える。

_今日の〝特訓〟は、物の怪の調査も込み。いつもは調査済みの物の怪を祓うだけだったから、今回はいつもより骨が折れそうだ。

今日こそ、使えるように……

ぽつり、と小さく呟き、ぐっ、と拳を握る。自分が能力を使えないせいで、2人の足を引っ張っているのは自覚していた。これ以上2人に迷惑はかけられない。今日こそは、絶対。
右手に付けている護身用の数珠が、暮れる陽を反射して小さく輝いた。

「しょう、行かないの?」
「渉ー?早くしないと置いてくで?」

先に廊下に出た2人は、俺の名前を呼ぶ。首を傾げる零と、小さく手招きする京。ああ、早く追い付いて、2人と並びたいな。
俺は先程の考えを振り払い、今行くー、と言って、2人の元へ駆け出した。





他愛のない雑談をしながら、京に着いて歩くこと、30分と少し。

「1番目撃情報が多かったのは__ここ、やな。」

スマホを眺めていた京が立ち止まり、ぱっと顔を上げる。俺と零も京の後ろから顔を出し、その場所を見た。すると、そこには__

路地裏?」
「そう。ここで襲われた人が多いらしい。らしいんやけど……
「あ、猫いる。」

京が困惑しながらそう言う。俺も、かなり混乱していた。そんな俺らとは対称的に、零は呑気に野良猫をじっと見ている。〝依頼〟の時は特に、零は肝が据わってるな、とつくづく感じる。それにしても、少々呑気過ぎるような気もするが。
ちらりと京を見ると、薄暗い路地裏を見て、何かを考え込んでいるようだった。

_そこには、ゴミ箱や空の空き缶が散乱する、薄暗い路地裏が広がっていた。

今まで様々な依頼を見てきたが、こんな薄暗い路地裏_しかも人通りの多い路地だ_に目撃情報があるのは初めてだった。物の怪は基本、人のいない山の中や、廃墟等、人気がないところに出やすい。人がいないところの方が存在しやすいからだ。
なのに、今回は人通りの多い路地裏に出没していると言う。表の道よりかは人気が少ないかもしれないが、それでもいつも行く場所よりかは人が多く通る場所だ。

京の反応を見る限り、どうやら京もこんな状況は初めてらしい。俺はもう1人、この場所に出る理由が分かるやつに話を聞こうと、目をやる。すると、目線の先にいた人物_零が、猫を追いかけるかのように路地裏へ入っていくのが見えた。

「え?っちょ、零!?」
「は!?っ、零!!勝手に突っ走るな言うたのに!!」

俺の反応で気づいた京が、慌てて路地裏に入っていく。俺も置いていかれないよう、京の後を着いて行った。

路地裏は狭く、1人入るのが精一杯の狭さだった。零は足場の悪い路地裏をなんなく通り抜け、〝何か〟を追いかけるように歩いていく。先程の猫を追いかけているわけではなさそうだが、一体どうしたんだろう。

「っ、零!いい加減__」
「しっ、静かに。」

痺れを切らした京が零に声をかけると、零はそう言って口元に指を当てる。零に言われた通り黙ると、何か〝音〟が聞こえてきた。雑踏に紛れて、何か近くで__

話し声?」

ぽつり、と俺が呟くと、零が小さく頷く。耳を済ませると、確かに声__2人分の話し声が聞こえる。零を止めようとしていた京も、今は真剣にその話し声に耳を傾けていた。俺も集中して、その声に耳を澄ませる。

__は、後で来るのか。」
「うん、そう!だから先に私達でやっちゃおうかなって。」
「ん、分かった。あんま無理すんなよ。」
「もちろん!__もね!」

どうやら、青年と少女が話しているようだった。こんな路地裏で話している理由は分からないが話している内容からして、きっと一般人だろう。

俺はそう判断し、ここから離れよう、と2人に提案するために顔を上げた_が。零と京は未だ、警戒心を強めたまま会話に耳を傾けていた。その真剣な顔に、俺は首を傾げる。何か、警戒するようなことが_と考えたところで、聞こえてきた少女の言葉に耳を疑った。

じゃあ、__!私の血飲んで!」
え、」

小さく呟く俺を他所に、零と京が即座に戦闘態勢に入る。2人を見ると、気づけば武器を手にしていた。零は御札、京は日本刀だ。零は俺をちらりと見ると、「此処で待ってて」、と口パクで告げる。俺は小さくこくり、と頷くと、制服のポケットに忍ばせていた御札を取り出した。_2人が戦闘に入る時、俺の護身用となる御札だ。

零と京はすぅ、と一呼吸置くと__声が聞こえた方へ飛び出していく。俺はそっと身を隠しながら、2人の姿を目で追いかけた。

「ん、っ!う、わっ!?」
「っ、シュウ!?って、わわっ!?」
「_下がって。」

血を飲もうとした金髪の青年の間に素早く入り、零が茶髪の少女を自分の後ろに下げる。零はぴっ、とちいさな御札を目の前に翳すと、少女を守るように〝結界〟を貼った。これで、青年_〝吸血鬼〟は少女に近づけない。

「っ、愛漓ッ!?」
「何近づこうとしてるねん!お前の相手はこっちやで!?」
「っ、誰だお前!っ、早ッ!?」

少女に近づこうとする吸血鬼に、京が刀で切りかかる。それを素早く下がり避けた吸血鬼が、壁を伝って少女に近づこうとする。_それを早く読んだ京が斬りかかり、吸血鬼が避け、近づき、京が斬りかかり_一進一退の攻防が続く。

「っ、シュウ!_あ、あの!!」
とりあえず、今はおれの指示に従って。おれの後ろにいてくれたら、必ず守るから。離れないでよ。_妖怪ではないにしろ、きっとみこのが有利だし。」

その戦闘を見て前に出ようとする少女を、零が止める。零は話しながらも、じっ、と吸血鬼と京の戦いを見つめていた。どうやら戦況に応じて結界を調節してるようだ。

突然目の前で戦闘が始まり、少女はパニックになるどころか_少し焦っている様子だった。それが、少し気にかかる。襲われていたのなら、怯えるとか、パニックを起こしているとか、混乱しているのが普通だ。けれど、これは__

「すばしっこいやっちゃなぁ!いい加減大人しくしたらどうや!?」
「んだよ、お前らいきなり襲いかかった癖にッ!愛漓を返せッ!!」
「人間襲ってる吸血鬼に誰が渡すねん!」
「オレは襲ってない!ッ、愛漓!」

京の攻撃を避けた吸血鬼が、一瞬で距離を詰め、少女に手を伸ばす。京はしまった、と呟き刀を振るうが、吸血鬼の動きが早すぎて間に合わない。
吸血鬼は、零の後ろにいる少女に手を伸ばした。少女も、吸血鬼に釣られるように必死に手を伸ばす。2人の手が繋がれようとした_

__その時。

ッい゙ッ!?」
「っ、シュウ!?」

ばち、と音が鳴ったかと思うと、一瞬_零が作っていた〝結界〟が実体となって現れる。そのまま、一瞬吸血鬼の身体に電流が走ったと思うと、吸血鬼はがくり、と地面に膝を着いた。零の〝結界〟が、吸血鬼に効果を表したのだ。

顔を顰めながら、膝に手をついて吸血鬼は顔を上げる。まだ痺れが残っているのか、その動きは先程よりも緩慢だ。

「い゙、って……お前ら、何仕組ん__」
「_ここまでや。」

起き上がろうとする吸血鬼の目の前に、京が刀の切っ先を向ける。一瞬で緊張した空気が広がり、ぴり、とひりついた空気が離れた位置でも伝わった。

_京が祓えば、吸血鬼も終わりだ。これで吸血鬼の騒動もこれでなくなるはず_と考え、何処か引っ掛かりを感じる。
何だこの違和感は。あの吸血鬼は、確かに本物の〝吸血鬼〟だ。人間からは感じられない、物の怪特有の〝妖力〟を感じるから。
けれど、吸血鬼それと、襲われていた筈の少女の反応が、どこかおかしい。襲われていたどころか、これは__

吸血鬼は、京の刀に臆することもせず、京の目を見て話し始める。

「ちょっ、待てって!少しはオレの話を!」
「まだ抵抗する気か?あんさんがしんどいだけやで?」
「話聞けって!っ愛漓!お前の血飲まねぇとオレ力でねぇんだけど!?」
「分かってるよ!えーと、えーと!あ、あのね!シュウは__」

敵意を見せる京に、吸血鬼は助けを求めるように少女の方を向く。その姿は、加害者と言うよりかは、親しい関係_まるで〝家族〟や友だちに助けを求めるような雰囲気だ。
吸血鬼に言われ、少女は慌てたように零に向かって何かを言いかける。
_が、その時。

っ!?零、下がれッッ!!」

即座に〝何か〟に気づいた京が、そう言って刀を振り下ろす。キン、と甲高い音が鳴ったと思うと、〝何か〟はばっ、と吸血鬼と共に後ろに下がった。
その〝何か〟を見ると、そこには__
金髪の吸血鬼を守るように佇む、〝妖力〟を感じる茶髪の青年がいた。多分、金髪の吸血鬼の仲間であり_彼もまた、〝吸血鬼〟だろう。

警戒心を強めたまま、新たに現れた茶髪の青年を見つめる京。その視線に気づいたのか、青年は京を優しく_しかし鋭く睨み返す。
そうして暫し睨み合った後、ぱっ、と吸血鬼の方を振り向く。警戒心を緩めない俺らを他所に、青年は気さくな笑みで吸血鬼に話し始めた。

「ちょっとラピス、これどういう状況?」
「んなのオレが聞きてぇよまぁでも、助かった、秋。」
「大丈夫。さーて、状況把握は後だ。」

そう言ってくるり、と向きを変え、青年は零と京を見た。その鋭い顔つきに、ぞくりと背筋が凍る。青年からは先ほどの気さくな笑みは消え、隠しきれない殺気と敵意が見え隠れしていた。青年は鋭く零と京を睨みつけると、先程よりも低い、固い声で言う。

「_俺の大切な妹に何をした?」
っ、オレらは、吸血鬼に〝襲われてる〟子がいたから助けただけや。」
「襲われてる、ねぇ。襲ってきたのはどっちだか。」
この子に手出しはさせへん。何と言われようと、この子は守る。」

京と青年が睨み合う。何かタイミングあればすぐに戦い始めるような_一触即発の雰囲気だ。緊張感が、離れて見ている俺にも伝わる。

黙っている零が気にかかり、ちらりと見ると、彼はじっと吸血鬼2人を見据えていた。それはまるで、敵か味方か判断するかのように。
金髪の吸血鬼は案じるように、青年に声をかける。

「おい、秋。」
「何、ラピス?愛漓が〝人質〟に取られてるのに、戦わない選択肢ある?」
「冷静になれって!人質に取られてんのは分かるけど、一旦落ち着けよ。アイツら高校生っぽいし、実力はこっちのが上だ。だからここは話__」
何、高校生だからって舐めてんの?」

青年を説得しようと、吸血鬼が話していたその時_遮るように、零が初めて口を開く。その声は何処かイラついているように聞こえた。零の喧嘩腰の態度に、金髪の吸血鬼は顔を上げ、零を鋭く睨む。

は?」
「確かにおれらは〝高校生〟だよ。でも__舐めてたら、痛い目見るよ。」

吸血鬼に臆することもなく、鋭い目付きで吸血鬼を睨む零。その言葉と態度は、まるで〝宣戦布告〟をしているようだった。
零の視線を受けた吸血鬼は、少し目を丸くし_やがて余裕気に笑う。

っ!はは、上等だ。
_おい秋、さっきの訂正する。力でねじ伏せて、さっさと愛漓取り戻した方が早い。」
「さっすがラピス!分かってる!というか、愛漓の血、飲まなくていいの?」
「高校生相手なんて、ハンデありでいいだろ。」

2人は親しげに会話をしつつ、零と京を見据える。_その目はギラギラ光っており、零と京に敵意を見せているのがありありとわかった。

その視線を受け、零と京も武器を構え直す。気づけば、零は御札をやめ、京と同じく日本刀を構えていた。零が日本刀を持つ時は、戦闘_しかもかなり強力な物の怪を相手にする時だけだ。零も、あの吸血鬼2人を簡単に祓うのは難しいと判断したらしい。
2人は吸血鬼から目を離さずに、言葉を交わす。

みこ、行ける?」
「勿論!零も、無理せんといてな!」

零と京は言葉を交わすと、両者互いに目を向けたまま、武器を構え直した。_嫌なほどの静寂。

このままじゃ、本当に戦闘が始まってしまう。
少女と吸血鬼の会話。茶髪の青年と金髪の青年の会話。そして零と京の会話から察するに__きっと互いに、勘違いしている。幸い_この吸血鬼達は、〝会話〟が可能な物の怪。互いに血を流さなくても、話し合いで解決できる筈だ。

俺は隠れていた路地から飛び出し、両者の間に入る。目を丸くする零と京を見ながら、俺は慌てて叫んだ。

「「ちょっと待て!!!」」

_誰かの声と重なる。よく聞けば、それは少女のもので。
少女は零や京の静止を振り切り、吸血鬼たちの元へ行く。そうして彼らを止めるようにばっ、と両腕を広げると、慌てた様子で2人に言った。

「お兄ちゃんもシュウも落ち着いて!!!」
「あ、愛漓!怪我ない!?」
「私は大丈夫だから!お兄ちゃんちょっと落ち着いて!シュウも、ムキになって無闇に攻撃しようとしない!!!血飲んでないのに無茶しないの!!!」
…………
「シュウ聞いてる!?ほらお兄ちゃんも武器しまって!!」

少女は止めるどころか、段々叱る方へシフトしていく。吸血鬼2人は言うと、片方は大人しく受け止め、片方は目を逸らして聞き流していた。_あの様子を見るに、どうやら話し合いには持ち込めそうだ。

俺は彼女達の会話を聴きながら、目を丸くする2人に向き直る。俺も、この頭に血が上った友人2人を説得しなければ。
目を丸くしていた零は、飛び出してきた俺を見て顔を顰める。ここに居るよう指示したのに、俺が危険も顧みず飛び出してきたからだ。零は鋭い視線を俺に向ける。しかし、ここで怯む訳には行かない。

「しょう、待っててって言ったよね?」
「ちょっと落ち着け零!京も!!」
「渉、何でここにッ!危ないから隠れてろって零言うてたろ!?」
「それは反省してる!ごめん!けど、あの吸血鬼_物の怪は、〝話し合い〟で解決できると思うんだ!」

そう言って、2人の目を見る。
_今まで、俺は戦って祓う〝依頼〟しか見たことがなかった。話し合いで祓う方法があるかどうかは分からない。が、今の状況で血を流す必要がないのなら、出来るだけ避けたい。

……
…………

俺の言葉を聞いて、2人は困惑しているようだった。確かに、彼らが〝話し合い〟で解決できる確証はない。もしかしたら、話し合いをしても、結局は戦闘になるかもしれない。それでも、少しでも2人が傷つかない選択肢があるのなら、それに賭けたかった。

俺の言葉を聞いていたのか、少女がこちらを振り向く。そうして、おずおずと俺らに声をかけた。

さっきはごめんね?シュウええと、そこの吸血鬼達は私の仲間というか家族?で……危害は加えないから大丈夫!だからそのよかったら、一旦話し合わない?状況整理もしたいし……戦うのは私達もできるだけ避けたくて!」

少女はそう言って、2人の顔を伺う。家族、という言葉で少しほっとした。やっぱり、吸血鬼と少女は親しい間柄だったらしい。

ちらり、と零と京の顔を見る。
少女の言葉を聞いて、2人は揺らいでいるようだった。吸血鬼が危害を加えない保証はない。彼女の言葉を信じるか、否か。2人は少女の言葉を聞いて、考えているようだった。

_暫くして。
零がふっ、と顔を上げる。その視線は吸血鬼と少女に向かっていた。3人は仲睦まじげに話している_と言うよりかは、先程の説教の続きが始まっているようだ。しかし、その雰囲気は柔らかそうでまるで本当に、家族のように思える。
それを見ていた零は、やがて小さく溜息をついて、俺を見た。その視線は、先程もよりも幾分か柔らかい。

はぁ、分かった。1回話し合おう。別におれらも、戦いたいわけではないし。みこもそれでいいよね?」
オレもうん、ええで。」

零は納得したように言いながら、京に問う。京は煮え切らない態度を取りながらも、一応了承はしてくれた。京は妖怪専門だし、未だ警戒しているのかもしれない。

俺は2人の了承を確認すると、3人に改めて向き直る。少女は俺に気づいたのか、話を切り上げこちらを見た。後ろの吸血鬼2人も、先程より雰囲気が柔らかいのがわかる。敵意はもう感じられない。
俺は彼女の方を見ると、困ったように笑い、手を差し出した。

「あーこっちの方こそごめんな。俺達も、出来るだけ戦闘は避けたいと思ってる。_1回、話し合おう。」
!うんっ!よろしくね!」

少女は俺の言葉を聞くと、嬉しそうに顔を綻ばせる。そうして俺の手を握ると、ぶんぶん上下に振り回した。少し激しい気もするが、これが彼女なりのスキンシップなんだろう。
彼女は俺の顔を見ると、嬉しそうに笑った。その笑顔は、まるで春の日差しのように明るく、柔らかで。
俺も釣られて笑うと、話し合うために口を開いた。




ってことで、俺達は吸血鬼を探してたんだ。」

_あの後。
少し広めの路地裏へ移動した俺達は、まずここまでに至った経緯を説明していた。あちらもどうやら〝普通〟ではない_特殊な環境にいるようなので、祓い師や俺らの環境のことも交えながら話した。

夏の時の俺のように混乱するかと思ったが_どうやら飲み込みが早いらしく、少女は頷きながら聞いてくれた。そうして、時折質問もしながら、自分の中で噛み砕いて理解しているようだった。正直、かなり話しやすい。
少女に話している中で、夏、俺に説明してくれた京や零は大変だったろうな、とぼんやり思った。後でジュースでも奢ってやろう。

少女は一通り俺の話を聞くと、情報を噛み砕いたのか、確認するように口を開く。

「うんうん、なるほどつまり君達は、私がその噂の〝吸血鬼〟に襲われてると思ったから、守ってくれたんだね。」
「とんだとばっちりだな。」
「シュウ!でも、ありがとう2人とも!なんかごめんね?」

困ったように笑う少女に、2人は首を振る。おれらの方こそごめん、と小さく呟いた零に、少女は大丈夫、と明るい笑顔で笑った。

それで、そっちは何でこの場所にいたんだ?」

俺がそう問うと、少女は困ったように視線を逸らす。その様子を見ていた金髪の青年が「お前が説明しなきゃオレら疑われたまんまなんだけど」、と少女を睨みながら言う。その視線に小さく呻き声を上げた少女を見て、茶髪の青年が助け舟を出すように口を開く。

「んーと、何から話せばいいのかな俺らって結構複雑な感じだから、説明しにくくて。あーでもまずラピスからかな。ええと、そこの吸血鬼
「おい、お前も吸血鬼だろ秋」
「そうなんだけど、ラピスが1番〝吸血鬼〟には近いじゃん!……というか、俺じゃなくてラピスが説明したら?自分のことは自分が一番分かってるでしょ?」

爽やかな笑みで言う茶髪の青年に、金髪の青年は苦い顔をする。そのまま金髪の青年はため息を着くと、怠そうに頭を掻いた。そうして、こちらにその赤い瞳を向ける。

「秋の奴、全部オレに押し付けやがって
あ゛ー、何処から説明すりゃいいんだ。んーと、まずお前らが知っての通り、オレは〝吸血鬼〟だ。ただ、オレはいや、正確には〝オレら〟は、だけど。
__〝契約〟した主人から〝のみ〟血を貰う、めんどくせー吸血鬼なんだよ。」

その言葉に、目を丸くする。まさか〝契約〟をする物の怪がいるとは。少し驚く。
_今まで、〝契約〟する物の怪というのは聞いたことがなかった。京は九尾を使役しているが、あれはどちらかと言うと、契約というより_〝協力〟だ。そこまで強い拘束力はないし、九尾が協力しないこともある。

驚く俺を他所に、早急に説明を飲み込んだ零が、すかさず質問する。

あんたの〝主人〟は誰なの?」
「あーそれは追々説明する。
まず、オレみたいな〝吸血鬼〟は結構制約が多い。主人の血を飲まないと本来の力が出ねーとか、主人の命令は絶対とかまぁとにかく、単独で人間を襲うことは出来ねーんだよ。出来るとしたら_主人の血を飲んで、命令された時くらいだ。」

そう言って、〝襲える吸血鬼じゃなくて悪かったな〟、と自虐的に笑う。

_主人と〝契約〟する吸血鬼。
初めて聞いた物の怪だが、その説明で少し納得した。この吸血鬼は、〝主人〟がいなければ血を吸うことも、襲うことも出来ない。物の怪でありながら、かなり〝契約〟というものに縛られているらしい。
自由に動くためには〝契約〟が必須なら、この吸血鬼は無闇に人襲わない_いいや、〝襲えない〟だろう。契約した主人から〝のみ〟血を貰う、という言葉からも_件の人間を襲っている吸血鬼とは、本当に無関係なのが分かる。

ここまで考えて、ふと疑問が浮かぶ。
彼は〝契約した主人〟と言った。話を聞く限り、きっと彼には既に〝契約〟した主人がいるはずだ。じゃあこの中で主人は、と考えていると、金髪の吸血鬼が少女を、顎で指す。

んで、まぁ分かるとは思うけど、こいつが主人。愛漓、」
「うん!ええと、元々お兄ちゃんが〝契約〟してたんだけど、色々あって今は私が契約してるよ。〝契約〟、と言ってもそこまで堅苦しいものじゃなくてね。相棒、というか協力してる、というか〝家族〟みたいな感覚!」

ねーシュウ、という少女_愛漓、と言ったか_に、〝シュウ〟と呼ばれた青年は照れ臭そうに視線を逸らした。

やはり、この少女が吸血鬼と契約している〝主人〟らしい。_彼女の言葉通り、確かに2人は家族〝兄妹〟のように見える。彼らの会話や関係を見るに_信頼関係はかなりあるらしい。こんな明るい彼女が〝人を襲え〟だなんて命令するとは思えないし、こちらの勘違いだったようだ。

彼らの説明を聞いていた京が、ちらりと茶髪の青年の方を見る。そうして、じっと彼を見つめると、不思議そうに言った。

「あんさんのことは何となくは分かった。それで、途中から現れたあんさんは?_〝視た〟感じ、そこの吸血鬼とは違うんやろ?」

そう言われ、茶髪の青年は困ったように笑う。やっぱ違うのかな、と呟く青年は、少し複雑そうな顔をしていた。
秋、と心配するように金髪の青年が声をかける。が、彼は「大丈夫」と笑うと、1歩前に出た。

「君の言う通り、俺はラピスそこの〝吸血鬼〟とはちょっと違くてね。元々は、愛漓と同じ〝人間〟だったんだ。俺と愛漓は、本当に血の繋がった兄妹。ある〝きっかけ〟があって、そこの吸血鬼と〝契約〟して。普通に主人として、人間として過ごしてたんだけど__数年前、俺は1度〝死んだ〟んだ。」

その言葉に、目を見開く。
_〝死んだ〟、その言葉が重く自分の中で響く。茶髪の彼は、普通に生きているように見える。1度死んだ、なんてそれこそ嘘に思えた。数ヶ月前の俺が聞いたら、きっと「嘘だ」と笑い飛ばしていただろう。
でも、今は。この摩訶不思議な力が、現実で存在すると知った、今なら。人間を〝生き返らせる〟ことだって、この不思議な力なら_可能なのかもしれない。

京はその言葉を聞いて、思い当たる節があったのか、驚くように声を上げる。

あんさんもしや、物の怪に〝された〟んか?」
よく知ってるね。そう。俺は1度死んで_そこの吸血鬼の兄弟〝弟〟に、吸血鬼に〝された〟んだ。吸血鬼の血を飲まされて、ね。」

あ、そこの吸血鬼は関係ないよ、と明るい声で言う青年の声が響く。

_やっぱり、この〝力〟は死んだ人を生き返らせれることが出来る。話を聞く限り、人を生き返らせれるのは_物の怪に〝なる〟、しかないらしいが。

しかし、この〝力〟は_人間の〝理〟を簡単にねじ曲げられる程巨大なものなんだ。その事実を改めて実感し、少しゾッとする。使い方を1歩間違えれば、俺は簡単に人間の理をねじ曲げられる。ほんの小さく、手が震えた。

茶髪の青年は場が暗くなったことに気がついたのか、明るいトーンで言う。

それでその後〝色々〟あって、俺を吸血鬼にした〝吸血鬼〟が、俺みたいな元人間の吸血鬼を使って、人を襲おうとしてるんだ。俺らはそれを止めるために、毎日パトロールしてる。」
「今日は普段あんまり来ないこっちの地域でパトロールしようとしてたの!それで、シュウに血を飲ませようとして
「襲われた、って訳。これでオレらが〝無害〟だ、って分かったか?」

そう言って、呆れた顔で言う金髪の青年。
まさか攻撃されるなんてびっくりしたよね、と呑気に言う彼女は、少し困り顔だ。

彼女達が話していた内容を、黙々と噛み砕く。この突飛な、〝非現実〟な摩訶不思議なものとは今まで縁がなかった俺は、少し混乱気味だ。それでも_分かったことが、2つある。

ひとつは、この2人の吸血鬼は、人間に友好的_どころか、限りなく人間に近い〝物の怪〟だ、ってことだ。というかもう、妖力を感じなければ〝吸血鬼〟だ、って気づかないくらい。先程、茶髪の吸血鬼が言っていたように、〝元人間〟、だからなのかもしれない。それでも、対話が出来て、あちらも友好的なのは_とても珍しかった。

そして、もうひとつ分かったことがある。それは___

あ、あのね!ちょっと私から提案があるんだけど……

考え込んでいた時、おずおずと少女が手を挙げる。どうしたの、と聞いたのは零だ。
少女は少し躊躇うように視線を逸らすと_覚悟を決めたように、俺達を改めて見据えた。そうして、よく通る明るい声で言う。

「_よかったら、君たちのその〝調査〟に、私達も協力させて貰えないかな!?」
は?」

少女の言葉に驚きの声を上げたのは俺達_ではなく、金髪の吸血鬼だ。少女の言葉を噛み砕くように少し黙ると、焦ったように少女の方を勢いよく見る。

は!?お前正気か!?!」
「正気だよ!シュウ失礼!!」
「オレら今襲われたんだぞ!?あっちが信用していい奴らかなんてまだ__」
「大丈夫だよ!さっき話聞いてても、〝あの組織〟とは無関係そうだったし!!」
「嘘ついてるかもしんねぇだろ!?っ、愛漓お前何でも信用すんのやめろ。疑えよ」
「何でよ!あの子達は信用できるよ!シュウが疑い深いだけだって!」
っ、お前いい加減__」
「はいはい、2人ともそこまで。」

ヒートアップしてきた2人を、茶髪の青年が止める。でもお兄ちゃん、と不安げに呟く少女と、押し黙る青年。それを見て小さくため息をこぼした茶髪の青年は、優しく諭すように口を開く。

「愛漓もラピスも落ち着いて。信用できる云々は置いといて、あの子達と俺らの〝目的〟は一致してる。それは事実だろ?」

そう言ってこちらを向く青年は、優しい笑みを浮かべていた。

_そう、先程分かったもうひとつのこと。
それは、彼らと〝目的〟が一致していることだ。人間を襲っている〝吸血鬼〟を祓おうとしている俺ら。人間を襲っている〝吸血鬼〟を止める為に動いている彼女達。追い求めている〝吸血鬼〟は違うかもしれないが、「人を襲う吸血鬼を止めたい」というのは、完全に一致している。

うん、それは〝事実〟だと思う。おれも、〝協力〟には賛成だよ。戦力は多い方がいいし。」
オレは、まだ信用していいか迷ってる。けど、戦力が多いに越したことはない。から、協力は一応賛成や。何かあんさんらが変な動きしても、オレが祓えるし。」

青年の問いに、零と京が口を開く。淡々と言う零とは対照的に、京は少し口篭りながら言った。俺は2人の意見を聞いて、小さく頷く。そうして、3人を見つめて言った。

「俺ももちろん賛成。_〝協力〟しよう。」

そう言うと、少女はうん、と顔を綻ばせて言う。後ろで「オレはいいなんて」、と呟く金髪の青年を、茶髪の青年が「一緒に行動したら信用できるかどうか分かるだろ」、と言って宥めていた。

あ、そういえば、私達まだ自己紹介してないよね?」

すっかり忘れてた、と笑う少女。確かに、境遇を説明するのに必死で、お互いに名前を言うのを忘れていた。俺も釣られて笑う。協力するなら、自己紹介くらいはしないといけない。

「俺は川瀬渉。高2だ。よろしく。」
「おれは石原零。しょうと同じ2年だよ。まぁ適当によろしく
「葉原京や。2人と同じ2年!何か変な動きしたら容赦しないから覚悟しいよ?よろしゅう頼んます!」

俺を皮切りに、各々自己紹介をする。眠そうに呟いた零は、小さく欠伸を噛み殺す。京は笑顔で言った。どこかその笑顔が威圧的には感じたが。

俺らの名前を順に言い、よろしくね、と少女笑いながら言った。そうして、小さく頷くと少女は口を開く。

「まず私からかな?私は水島愛漓(みずしまあいり)!高校1年生です!ここの中じゃ1番後輩になるのかな?よろしくね。」

そう言って少女_愛漓は笑う。キャラメル色の長いポニーテールを揺らし、朝焼け色の瞳は柔らかく細められていた。
明るく、少し幼い印象を受けたが、やはり年下だったようだ。しかし、先程吸血鬼2人を叱っていたのを見るに、年齢以上にしっかりしているようだ。

「ほら、次シュウ!」
「はいはいオレはシュウ。不老不死だから年齢なんて分かんねーけどまぁお前らよりは長く生きてる。よろしく。」

愛漓に急かされ、仕方なく自己紹介をしたのは、金髪の青年_シュウだ。レモン色の髪に、人間ではありえない真紅の瞳。
〝妖力〟を見るに、彼が1番〝物の怪〟近い存在だろう。しかし、今までの会話を聞いてると、この中で一番常識があるように感じる。俺らを疑っていたのも、彼が物の怪であるなら納得出来た。仲間になった今、きっと頼れる存在になる。

ラピスは無愛想だなぁ、と笑う茶髪の青年に、別にいいだろ、と呟くシュウ。そのまま1歩前に出ると、優しい微笑みと共に茶髪の青年は話始めた。

「最後は俺だね。水島秋(みずしましゅう)です。」
「えっ」

茶髪の青年の名前を聞き、小さく驚きの声を上げる。その声に気がついたのか、茶髪の青年_秋は、やっぱり驚くよね、と困り顔で言った。

「うぅんと、ラピスと同じ名前の理由はちょっと長くなりそうだから省くね。区別付きにくいと思うから、俺のことは〝アキ〟でいいよ。季節の〝秋〟、って書くから、結構読み間違えられることも多くて。気軽に〝アキ〟って呼んでね。」

そう言って笑う秋_アキさんからは、とても気さくな印象を受けた。愛漓と同じくキャラメル色の髪に、シュウと同じく真紅の瞳。よく見てみると、愛漓と顔が似ているように見えるのは、気のせいでは無いように感じた。

一通り自己紹介が終わると、アキさんは伸びをしながら、話を切り出す。

「さーて、自己紹介も済んだことだしこれからどうしようか。零くん達、その〝吸血鬼〟に関する情報はまだある?」
「あーあるっちゃあるんやけど……

アキさんの言葉に答えたのは京だ。しかし、少し言いにくそうにしている。揃って首を傾げる俺らとは対照的に、「何隠してるか知らないけど早く言って」、と零が急かした。零に言われ、ぐ、と怯んだ京は、その重い口を開いて言った。

「実は、もう一個〝吸血鬼〟が多く出るというか、吸血鬼の〝妖力〟を1番感じる場所があってな。それが___」



「それで出やすい場所が_廃墟、なぁ。」

呟きながら、目の前に広がる建物を見上げる。
先程の場所から、歩いて1時間かそこら。先程の路地裏とは対照的に、どんどん人気の無い道を進んだ先に見つけた場所は_廃墟だった。

_都心とは離れた少し寂れた街の一角に、ひっそり佇んでいる廃墟は少し不気味だ。日本家屋のようだが、外壁には植物が絡みつき、障子は破れた箇所が多くある。その隙間から見える部屋の中は薄暗く、淀んだ空気が流れていた。
人気のないところに物の怪は出やすい。この場所なら〝吸血鬼〟が出てもおかしくないだろう。

零は廃墟を見ながら、ぽつりと呟く。

あんな人多い場所に行かなくても、ここから先に行けばよかったじゃん。」
「そうしたら零ここ突っ込んでいくやろ!?」
「勿論。あ、でも作戦は立てるよ」
「当たり前や!だからここ来たくなかったのにぃ!!」

零のマイペースな答えに、京が頭を抱える。
京はどうやら、零が調査するのを止めるために、この廃墟を後回しにしていたらしい。確かに、この廃墟は少しいや、かなり強力な〝気配〟を感じる。強い物の怪がいるのは間違いないはずだ。京が止める気持ちも、少し分かる気がする。

な、なんか怖そうだね……。ちょっとシュウじゃ頼りなさそうだから、渉君の隣行こう」
「おい愛漓お前な………。」
「え、何。鬱陶しいんだけど」
「そう言ってちゃっかり零君の隣行ってるラピスもどうかと思うよ。」

少し青ざめた顔をした愛漓が、俺の隣に来る。それを見ていたシュウは呆れ顔をしながらも、零の隣に行った。一連の流れを見ていたアキさんが、呆れた声でシュウに呼びかける。
この2人、もしかしたら心霊系とかが苦手なのかもしれない。物の怪が絡む以上、心霊現象には必ず遭遇する。協力してくれるのは嬉しいけれど果たして大丈夫だろうか。

とりあえず、作戦立てよう。とは言っても、敵の情報少ないから難しいけど。」
「視察も兼ねて、誰か先に行くのはどう?」
いや、今回は集団の方がいい。戦力分散する方が、多分不利になるだろうし。」
「じゃあ、2人1組になるのはどうや?流石に集団のままやと、統制取り辛いやろ。」
「うん、その方がいいと思う。じゃあ2人1組に分かれるとして、分け方はみこと、シュウいや、おれのがいいか。あとは……

隣に来たシュウから若干距離を取りつつ、零が作戦を立てる。それにアドバイスをしたアキさんは、とても落ち着いていた。愛漓やシュウと違って、アキさんは心霊系には強いらしい。妖怪専門である京も、作戦立案に助言をする。

_依頼の時、基本作戦を立てるのは零だ。経験が豊富だし、何より零は幽霊に関することは〝最強〟だ。オールマイティな力のおかげか、戦い方の種類は京より零の方が多い。数々のパターンに柔軟に対応出来るのが零しかいない為、作戦は零が立てることが多かった。

暫くして、零が小さく頷く。どうやら作戦が決まったらしい。零はぱっと顔を上げると、俺らの顔を一瞥し、話し始めた。

今回は敵の情報が少ないから、まとまって行動しようと思う。でも流石に6人だと多いから、2人1組に分けてやるつもり。分け方は、おれとシュウ。みことアキ。それとしょうとあいり。基本は集団行動するけど、組同士隣で歩いてもらうよ。戦闘もなるべく組同士が協力する感じで。何か意見は?」

作戦を伝えた零が、おれらの顔を見る。
今回は人数が多い為、2人1組に分かれるらしい。確かに、ペアを組むことで不調や異変にすぐ気づきやすいし、何より統制がとりやすい。もし強力な敵が現れたとしても、バラバラな個人より協力した方が力を出せるだろう。

作戦を自分の中で噛み砕いていると、ぱっ、と誰かの手が上がる。手の挙がった方を見てみれば、シュウがひらり、と手を挙げていた。シュウは零をじっと見つめながら口を開く。

「どうしてこの組み合わせにした?さっきも言ったけど、オレは愛漓がいなきゃ力が出ない。愛漓とオレ、渉と零のがいいんじゃねーの?」
基本はこの6人で行動するから、別に愛漓と一緒じゃなくてもいいと思って。あとは、………なんか、相性的に?」
「適当じゃねーか!」

シュウの意見に、零が真面目に答える。と、思いきや、最後はこてん、と首を傾げながら言った。シュウは鋭く突っ込み、「本当にこいつに作戦任せていいのか?」、と疑心暗鬼になっている。まぁでも、今まで零が作戦立案でミスをしたことは無いので、多分今回もこれで大丈夫なんだろう。「多分大丈夫」、と一応フォローを入れといた。

ふと隣を見ると、愛漓が気づけば隣に来ていた。俺の視線に気づいた愛漓は、こちらを見て笑う。

「私は渉君と一緒だね。よろしく!」
「あぁ、よろしく。頑張ろうな。」
「うんっ!一緒に頑張ろ!」

その笑顔に、少し強ばっていた肩の力が抜ける。
今回の〝調査〟は、零と京がいない。いや、厳密に言えばいるが、あまり頼りすぎるのは避けた方がいいだろう。愛漓の実力がどのくらいあるかは分からないが、少しでも足を引っ張らないようにしなければ。小さく、拳を握る。今日こそは、絶対に

、渉く__」
「じゃあ行こう。とりあえずみこ達先頭で、次におれとシュウ。しんがりはしょう達にする。みんな準備はいーい?」

愛漓が何か言いかけたその時、零が被せるように言った。首を傾げた俺に、愛漓はやっぱり何でもない、と首を振った。
愛漓の態度を不思議に思いつつ、俺も準備をする。と言っても、ポケットの中から御札を取り出すだけだけど。各々武器等を取りだし、零に視線を送る。皆の視線を受けた零は、小さく頷き、気の抜けた掛け声を言った。

「じゃあ廃墟の中行こー。ほらみこ、先行って」
「ん、分かった。なんかこう、行儀よく列に並んで歩くの、学校の遠足みたいやな?」
「はは、懐かしいな!遠足とか何年ぶりだろう
「8年前だろ。もうはしゃぐ歳でもねーくせに……

京の〝遠足〟という言葉に、アキさんが楽しそうに反応する。アキさんのはしゃぐ様子に、呆れた声を出すのはシュウだ。〝調査〟に来ていると言うのに、ノリは完全に遠足だ。まぁでも、いつもの俺らの〝依頼〟もこんな感じなので、今更な気もする。
気楽に話しながら探索をする4人を後ろで見つつ、俺も愛漓に歩幅を合わせながら歩く。

_この時、少しでも、ほんの少しでも警戒していればよかったと、今更ながらに思う。いつものノリのせいで、気が抜けていた。入る前から、強力な〝気配〟は感じていたのに。

__それは、突然起こった。

っ!?皆、伏せろッッ!!」

一番最初に気づき叫んだのは、先頭を歩いていた京。突然のことに混乱しつつも、皆姿勢を低くしようとした。が。

「っ、あっ?」
「っ、シュウ!?零君も!」

前を歩いていた4人が、低くする前にくらりと膝から崩れ落ちた。愛漓の呼び掛けも虚しく、皆そのまま床に倒れていく。愛漓は目の前にいたシュウと零の方へ駆け寄った。俺も習うように、慌てて京とアキさんの元へ駆け寄る。そうして、慌てたように叫んだ。

「京!っ、アキさんまで!何があった!?」
「っ、しょ、うッ、逃げ__」

京が俺の腕を掴み、何かを言いかけた_その時。

_どろり、と床が沼のように溶けた。
そのまま4人の体は、沼の中へ沈んでいく。

っ!京、アキさんッッ!!」

慌てて彼らの手を掴む。が、俺は引きずり込まれず、ただただ2人の身体だけが沈んでいく。おかしい、これが〝沼〟だとしたら、俺も一緒に引きずり込まれるはずなのに!
愛漓も同じように2人の手を引っ張っているが、愛漓の体だけは沈んでいない。

っ、渉ッッ!!」

必死に引っ張りあげる俺に、京が叫んだ。その体はもう半分以上沈んでおり、あと少しで落ちてしまうところまで来ていた。
京の声に驚いた俺は、少しだけ手を緩めてしまう。_京はその隙に、するりと手を離した。

目を見開く俺を他所に、京は叫ぶ。

「っ、愛漓ちゃん連れて逃げろッ!!」
「渉君、愛漓のこと頼んだよ」
っ!ま、待っ!!」

2人の言葉に、目を見開く。その言葉は、まるで。慌てて手を伸ばした時には、もう遅かった。

2人は目を閉じると_ゆっくり、沼に飲み込まれて行った。
やがてその沼は4人を飲み込むと、ぐにゃりと形を変え_木目状の床に戻る。

う、そ」

愛漓が、震えた声で小さく呟く。その声に、俺は何も反応が出来なかった。
呆然と、床を見つめる。目の前にあるのは、何の変哲もない木目の床。この下に、友人達が沈んだ。明らかに、ここにいる〝物の怪〟の仕業だった。

_何も出来なかった。神を下ろす〝力〟さえ出なかった。何が今度こそだ、何が今日こそだ!友人を救えないのなら、こんな力意味なんて無いのに!
怒りのまま、床に拳を振り下ろす。しかしその床は硬いままで、じん、と手に痛みが滲んだ。

しょ、渉君。行こう?」
何処へ。」
「この先を進んで行ったら、消えた皆の手がかりが見つかるかもしれない。」

愛漓が指を指した先は、まだ足を踏み入れていない居間。襖は閉じられているが、所々穴が空いて中の様子が見える。薄暗いのは変わらずだが_その〝気配〟は強いように感じる。
俺の顔を見た愛漓が、ニコリと笑う。そして俺の目を見て、芯の通った声で言った。

「ここにいても、何も始まらない。_行こう、渉君!」

1人じゃないよ。そう言って、愛漓は俺に手を伸ばした。薄暗い場所で、愛漓は何故か、とても眩しいと感じた。
そうだ、ここで〝後悔〟していても、何も始まらない。進まなきゃ。皆を、大切な友人達を、探さなきゃいけない。
俺は愛漓の手を掴むと、立ち上がる。膝に着いた埃を払うと、しっかり前を向いた。

「ありがとう。行こう、愛漓。」
「うん。絶対、見つけようね。」

_突然消えた4人に、動揺と不安は大きい。けれど、それはきっと愛漓も同じだ。見つけられる自信なんてない、力を扱える自信だってない。けれど、ここで立ち止まる訳にはいかなかった。

俺は愛漓と目線を合わせると、意を決したように、居間に続く襖を開けた。


******


_沼に沈んだ。
多分、物の怪_いや、十中八九〝妖怪〟のせいで。

シュウ、生きてる?」
「とりあえず話せっから、生きてんじゃねーの。そういうお前は、零?」
多分、生きてる。確証は持てないけど。」

暗闇の中呼びかければ、一緒に〝落ちてきた〟であろうシュウは一応反応してくれた。

_物の怪に襲われ、おれ達は沼に沈められた。
とは言っても、〝妖力〟を見た感じ、あの沼は幻覚の類のものだと思う。あれで死んだ訳ではないはず。目が覚めた先は暗闇で、ここが廃墟の中か別の場所か、はたまた地獄なのか全く分からない。

おれはひとつため息を着くと、指先に小さく力を込める。するとぽぅ、と青白い光が灯った。ゆらゆらそれを揺らして、光を手のひらの上へ移動させる。それを見たシュウはうわ、と引いたような声を出した。

んだそれ」
「〝鬼火〟。暗いと何も分からないでしょ」
「便利な能力してんな……

感心しながら呟くシュウをよそ目に、おれは光を頼りに辺りを見渡す。しかし見回しても、周りは暗闇のままで、ここが室内かどうかも判断がつかない。
シュウは灯りの届く位置にいながら、周りに手をかざしつつ歩く。シュウも〝壁〟がないか確認しているらしい。シュウは暗闇の中を歩きながら、口を開く。

なぁ零。ここのことどう思う?」
「まだ判断はつかないけど多分妖怪の仕業だとは思う。廃墟の中で幻覚見せられてるのか、別の場所に飛ばされたかは分からないけ、ど……

そう言いかけて、ちり、と頭の奥底が熱を持って痛んだ。今日はあまり、力を使っていないはずなのに。
不思議そうに視線を向けるシュウに、なんでもないと返す。心配をかけてもめんどくさいし、これくらいは耐えられる。

痛みを振り切るように頭を振り、思考回路を回す。
とりあえず、この場所からしょう達のいる場所へ戻らないと。確かみこ達も一緒にこの沼に沈んでいた気がする。沼に沈めた物の怪の真意は汲み取れ_いや、力の強い者を引きずり込んでいる可能性が高い。厄介だな。

引っ張りあげてくれたあいりとしょうは無事かな。あいりにどれくらいの力があるのか分からないけど、まだ力を上手く扱えないしょうと組ませたのは不味かった。力のある者を引きずり込んだのなら、彼らは物の怪のいい餌になる。やっぱりシュウの言う通り、おれとしょうで_いや、そうなるとシュウが〝不利〟になる。しょう達、物の怪に襲われていないといいけど___

「っ、零」

黙々と考え込んでいると、シュウが焦ったようにおれの名前を呼ぶ。その声にはっ、と顔を上げると、景色がぐにゃり、と歪んでいた。おれはすぐに御札を取りだし、戦闘体制に入る。シュウも同じように警戒心を強めていた。

暗闇だった景色は形を変え、やがて変わっていく。次に現れた景色は__

は?」

そう声を漏らしたのは、シュウだ。
ぐにゃり、と形を変え、現れたのは__月が高く登る、暗い森だった。遠くから鈴虫の声が聞こえ、湿った風が髪を撫ぜる。

一見、森の中へ飛ばされたように見えるが_きっと違う。先程の真っ暗な場所を考えると、これもきっと〝妖怪〟が見せてる幻術のひとつだ。森にした理由は分からないけど、必ず真意があるはず。その真意さえ分かれば、この空間からも抜けられるはずだ。

シュウは近くにあった木の幹に手を置き、そこに在るか確かめるように撫でながら言う。

「ここ何処だよ森か?零、何か心当たりは?」
「〝依頼〟でしょっちゅう森には行くけど、森なんてどこも一緒だよ。多分あっち側の幻術だとは思うけど……っ!」

シュウの問いに答えてると、_ふと、鈴虫の声に混ざり〝何か〟が聞こえた。
シュウも気づいたようで、警戒心を強める。注意深く聞いてみれば、それはどうやら〝人間〟の声のようだ。この森_いいや、この〝廃墟〟の中には、おれ達6人しかいないはずだ。つまり、この声は〝物の怪〟のものだろう。

その声は、どうやら少年の声のようだ。しかも、2人分。内容は聞き取れないが、_少し、〝違和感〟を感じた。2人分の声が聞こえるからだとか、声が人間のそれじゃないとか、そういうものじゃない。むしろ、この声は何処か聞き覚えのある__

と、そこまで考え、はっ、とする。_そうだ、この森は、あの声は、_〝この日〟は。

「っ、おい零!?」

シュウの声を振り切り、おれは声の聞こえる方へ走り出す。間違いない、朧気だが記憶のある景色。記憶と声を頼りに走り続け、_やがて、2人の〝少年〟の元にたどり着いた。

「おい零、突然どうし__」

追いかけてきたシュウが、息を切らしてオレに声を掛ける。しかし、目の前に広がるその〝景色〟に、途中から言葉を失っていた。おれもすぅ、と目の前の光景を見据える。

おれ達の目の前にいた〝少年〟達。それは__

『も、もうやめようよ、零!危ないよ!』
『だいじょーぶだよ、みこ。おれたちなら、祓えるよ。』

今よりも小さい背丈に、黒の学ラン。でも、間違いない。見間違えるわけが無い。
_目の前には、中学生の頃のおれと京がいた。

おれたちの姿は見えていないのか、2人は会話をしながら各々武器を取り出す。_そう、この後〝物の怪〟が現れるんだ。それでおれらは、初めて__

なぁ零。きっとお前、〝コレ〟覚えてんだろ。_何があったんだ?」

その景色を見ていたシュウが、こちらを振り向き言う。その顔はとても真剣だ。この〝出来事〟を、単なる思い出話として終わらせる気は無いらしい。はぐらかしても、きっとシュウは何度も聞いてくるんだろう。だったらもう、今話した方が楽だ。まだしょうにも言ってないのになぁ、この話。

おれは小さくため息を着くと、遠い記憶を呼び起こしながら、静かに話し始めた。

ほんと、ただの子どもが調子に乗っただけの話だよ。
_おれ達は昔、今みたいに危ない〝依頼〟なんて任せて貰えなかった。お遊び程度の、ちょっと懲らしめるだけの依頼だけ。おれの〝代償〟は重いから、あんま力を使わせないようにしてたんだろーね。
でも、おれはそれが嫌だった。」

ちらり、と〝おれ〟の顔を見る。いつも変わらない無表情。でも、その瞳にはめらり、と炎が浮かんでいる。あーあ、馬鹿みたいにまっすぐで、本当嫌になる。
おれはかつての自分達ををぼんやり見ながら、話を続けた。

おれは、自分の力が強い方だって知ってた。だから、調子に乗ってた。子ども扱いしなくても、おれならううん、みことなら、〝強い〟物の怪にも勝てるって思ってたんだ。
_だから中学生のあれは、中2のときだったかな。みこを誘って、母さんの方に来てた〝依頼〟をやろうと、この森に来た。」

気づけば、2人は戦闘を始めている。本格的な戦闘はまだしたことがなかったから、動きは2人ともぎこちない。あぁほら、今のミスは不注意。周り見ないと、その力は隙が生まれるのに。
ちらりとシュウに視線を向ければ、シュウも2人の戦闘に視線を向けていた。しかし、その表情はどこが曇っている。あぁきっと、シュウも気づいてるんだろうな。おれはシュウから目を逸らさずに言う。

この時のターゲットは確か、元は幽霊だった神の端くれだったかな。神の端くれってすっごい強くてさ。大人達すら、苦戦するくらい。おれたちは全力で力を使った。今まではセーブして使ってたから、全力で力を使うのはこれが初めてだった。だから拙いんだよ、動きが。見てて嫌になる。……今なら、もっと。」

力を増した物の怪_いや、〝神の端くれ〟が、力を使う。その衝撃波で飛ばされた2人は、地面に倒れ伏した。立ち上がろうと藻掻くおれらに、神の端くれは攻撃を仕掛ける。結果は、一目瞭然だった。
シュウは惨状から目を離さずに、静かな声でオレに聞く。

結果は?」
このまま見てれば分かると思うけど。」
「いい。教えてくれ。」

シュウは一瞬たりとも、目の前に広がる惨劇から目を離さずに言った。見てるのが辛いなら、目を瞑ってしまえばいいのに。
ちらり、と2人を見てみれば、もう〝終わり〟はすぐそこまで来ていた。肩で息をする2人は、最後の力を振り絞り、大勝負に出る。本当にバカだなぁ。おれは逸らしたくなる視線を無理矢理2人に向け、自嘲の交じった声で言った。

おれらは最後、今残ってる〝全て〟の力を、アイツにぶつけた。」

2人が何かを叫びながら神の端くれに向かい攻撃を仕掛ける。1人は、口から血を滴らせて。1人は、ぐちゃぐちゃになった〝意識〟を振り切って。2人の攻撃に気づいた神の端くれは、反撃するように力を込める。
2人と1つの攻撃が交わり_辺りは閃光に染まった。
おれは白い光に目を細めながら、淡々と言う。

ここからは簡単だよ。おれらは力を使いすぎて気絶。物の怪は力を消費したせいで、どさくさに紛れて逃げた。この後駆け付けた大人達に、おれらは回収された。この依頼は失敗に終わったよ。」

閃光が止むと、遠くから複数の足音が聞こえてきた。じきに、大人達がここにやってくる。話し過ぎたせいか、小さく乾いた咳が零れた。心配そうにこちらを見るシュウを他所に、口を開く。

「っ、けほおれたちは、制御もせずに全力で力を使った。だから、この後すごく重い〝代償〟が来た。」
あぁ、零のやつは何となく分かる。今の咳聞いてたらな。」
……さっきも説明したけど、おれの代償は〝生命力〟。簡単に言えば、命を削る感じ。
だからおれは、…………おれは、」

〝代償〟の内容を言おうとした。のに、続きの言葉が出てこない。喉の奥でつっかえって、声にならなかった。
ちがう、言えないんだ。今まで、〝コレ〟は誰にも言ったことがなかったから。しょうにも、みこにも、何なら母さんや父さんにも言っていない。だから、どうやって打ち明ければいいか分からなかった。
そもそも、シュウに話して〝コレ〟は何になる?救う方法もない、助かる手段もない、なら別に言わなくたって__

いいよ、零。分かってるから。」

その声に、はっと顔を上げた。シュウは、優しい声でおれに言う。その顔は、不器用ながらに微笑んでいて。
おれはその笑みに、少し肩の力が抜けた感覚がした。別に、無理して言わなくたっていいんだ。シュウならきっと、おれの抱えている〝コレ〟の正体も分かってくれる。

おれは小さく深呼吸をすると、改めてシュウの瞳を見る。そうして、話を続けた。

っ、まぁ見て分かる通り、あの日以来おれは身体が弱り続けてる。
それで、みこは。この日から、今の性格になった。明るくて、元気な、ムードメーカーみたいな性格。」
……京の代償って、」
うん、そう。みこの_京の代償は、〝人格〟。大きな力を使う度に、〝人格〟が変わるんだ。」

大人達に運ばれていくみこをちらりと見る。その顔に、少し胸が傷んだ。おれは去っていく大人達の背中をぼんやり眺めながら、ぽつりと呟く。

元々は、泣き虫でオドオドした性格だったんだけどね。別に性格が変わっても、みこはみこだからおれは気にしないけど……〝京〟は、結構気にしてたな。」

呟きながら、あの時の京を思い出す。あの時の京は、見ていて痛々しかった。泣いて腫れた瞳に、悲痛な言葉の数々。もう、あんな姿は見たくない。
おれはその記憶を隅に追いやり、ゆっくりと伸びをする。別に〝この話〟は、シュウにする必要はない。おれはシュウの方へ向き直ると、口を開いた。

ってことで、この一件でおれらは重い代償を背負うことになった、でこの話は終わり。ただ、子どもが調子に乗っただけの話だよ。」

もはや黒歴史だな、とぼんやり思いながら欠伸を噛み殺す。ちょっと長く話しすぎた。

周りの景色を見てみれば、暗い森の中は誰もいなくなっていた。もうここの〝物の怪〟はこの景色から変える気はないらしい。おれの過去を映し出した理由は全く分からないけど、変える気がないのを見るに、都合のいい〝景色〟が丁度この記憶だった可能性が高い。なら物の怪の種類は__

と、そこまで考えたその時。
今まで考え込んでいたシュウの発した言葉に、思考回路が止まった。

「なぁ、零。_何をそんなに生き急いでんだ?」

突然の言葉に、おれは混乱する。生き急ぐ?誰が?おれ?
茶化してるのかと思いシュウの顔を見ても、先程と同じように真剣な表情のままだ。おれはシュウの言葉の真意を理解できないまま、困惑したように呟く。

は?」
あーいや、突然すぎたな。ごめん。
お前が話してくれた出来事は分かった。ただ、お前なんか似てるんだよ。」
誰に。」
「オレのよく知ってるヤツ。」

へら、と笑うシュウの顔は何処か自嘲的だ。まさかシュウとおれが似てるとでも言いたいのかな。物の怪を差別する気はあんまないけど、シュウと似ていると言われるのはちょっと心外なような気もする。
シュウは困惑するオレを他所に、話を続ける。

「そもそも、オレはこの組み合わせに違和感があった。どうして〝妖怪〟専門だ、って言う京とオレを組ませなかった?お前も分かるだろ、あの中で一番の化け物_物の怪に近いのはオレだ。疑っているのなら、一番強い化け物と、その化け物に1番効果のある奴を組ませるのが普通だろ。なのにお前が来た。」
それはあきの方が危険だと判断して、」
「1番冷静で対話もしやすい秋を、よく危険だと思ったな?」

ちらり、とシュウがおれの目を見る。その瞳は、どこか見透かしているようで。おれはその目にどきり、としてたまらず目を逸らす。シュウはそれを見て小さく笑いながら言った。

っふは、別に責めてる訳じゃねーよ。あとはそうだな、さっきの零と京の会話とかか?この今回調査してる〝吸血鬼〟ってやつ、結構強いやつらしいな。」
まだ分かんない。もしかしたらかなり弱いかもしれないし、このくらい〝おれら〟なら__」
「あぁほら、それ。お前、この依頼が強いやつだって分かってた上で、無断でやっただろ。_お前、一回それで失敗したのに、また同じことを繰り返してる。しかも、〝おれら〟ならって……それ、京達を信頼しきって言ってる訳じゃない。「何があっても協力したら大丈夫」、というより……「何があっても、〝おれが〟どうにかする」、って意味だろ?」

その言葉に、目を見開く。〝信頼しきってる〟訳じゃない?ちがう、そんなことない。みこを、京を信頼しきった上で、おれは。しょうだって場数を踏んで強くなった、おれたちなら、協力して祓えると思ったんだ。だってほら、だから作戦だって立てて__

作戦立ててるし、協力する姿勢はあるって?」
っ!」
でも、肝心の戦う時の〝戦術〟が無い。相手が分からずとも、少しくらい戦術は立てるはずだ。なのにお前はしなかった。
零、お前は「何があっても自分がどうにか出来る」ってどっかで思ってんだよ。きっと、零なら自覚はあるだろうけど。
_だから、ほら。こんな無茶な依頼を勝手に引き受けて、無茶な戦い方して__生き急いでる。」

違うか?、そう言うシュウは余裕そうだ。対して、おれは動揺してる。図星だから?違う、ちがう!おれは信頼しきってるから、いつも戦術を立てないだけだ。立てても、あっちが_物の怪側が崩してくるから、あえて立ててないだけ。だってほら、京達も納得してくれてる。

おれは震える声で、シュウに言う。何でこんな動揺してるんだ、おれ。

っ、ちが、ちがう。おれは、生き急いでなんかない、普通に生きてるだけ!」
「じゃあ何でそんな弱ってんだよ」
「っ、こ、これはあの時力を使い過ぎた代償がっ」
「3年前の代償が未だに来てるのか?違うだろ、お前はその後も〝依頼〟を引き受けてる筈だ。その依頼の度、ちょっとずつ無理してたんだろ。だから、そんな弱ってる。
……お前、もう長くな__あー、これは言わない方がいいんだっけか。まぁ分かってんだろ、自分のことだし。」

シュウの言葉に、ふ、と視線を逸らす。それを肯定だと取ったのか、シュウは「分かりやすいなお前」、なんて言って笑った。

シュウが何を言いたいのかさっぱり分からない。考えたいのに、シュウの言葉のせいで色々な感情が邪魔をして、まともに思考回路が動かない。何が言いたいの、シュウは、何が___

まぁ前置きは長くなったけど、と切り出し、おれと視線を合わせる。そうして笑みを消して_真剣な顔で言った。

「_お前、そんなこと続けてると、本当にすぐ死ぬぞ。」
分かってるよ。」
……んだよ、お前〝死にたい〟のか?だから生き急いでんの?」

その言葉に、ぐちゃぐちゃだった思考回路は止まる。そうして、カッとなった。死にたい?うるさい、お前に何が分かる!死にたいわけが無い。そんなはずがない!
つっかえる声を無理矢理絞り出し、泣きそうな、震えた声で言った。

っ、そんな訳ないだろ、っ、い、生きたいにきまってる!」
んだよ、言えるじゃん。」
っ、はっ?」

おれの絞り出した叫びに、シュウは目を丸くして_やがて笑う。でも、その笑みは先程とは違う。優しくて、柔らかくて、ほんの少し、あいりの笑みに似ていた。

シュウはその笑みのまま、おれの頭をくしゃりと撫でる。突然頭を撫でられ、おれは困惑した声を出した。困惑するおれを他所に、シュウはくしゃくしゃとおれの頭を撫でる。鬱陶しいし、やめて欲しいのに何故か落ち着く。

暫く撫で続けたシュウは、満足したように離れると_再度おれと目を合わせる。しかし、その目は先程の見透かしたような目じゃなくて_何かを諭す、兄のような優しい目だった。

生きたいなら、後は簡単だ。無茶なんてせずに_周りに頼ればいいんだよ。」
おれはいつも、頼ってるよ」
「頼ってたらそこまで弱ってねーよ。
_いいか?1人で何でも背負い込むな。少しでも無理だと思ったら、「無理」って言え。……一応言っとくけど、お前、これ以上無理したら本格的に死ぬからな。もうやめとけよ。」
何、おれがもうすぐ死ぬって分かるの?」
「分かるよ。少し前のオレとそっくりだし、お前。」

挑発的に言えば、シュウは笑いながら返す。
1人で背負い込む、その自覚はあまりなかった。確かに、みこ達に頼れば、おれが力を使うこともあまりなくなるし、その分少しでも長く生きられる。
でも、ひとつだけおれは気がかりなことがあった。おれは言い淀みながら、ぽつりと呟く。

……でも、」
「んだよ、頼るなんて、言葉でもなんでも伝えればいいだろ。それが通じない相手ではないんだし、きっと京達も手貸してくれると思うぜ?」
それは、分かってる。けど、……おれが頼ったせいで、みこ達が代償に苦しむのは見たくない、から。」

〝頼る〟_その行為で思い出すのは、〝あの出来事〟の後の、〝代償〟に苦しむ京の姿。「〝自分〟が分からない」と、泣きながら縋る幼なじみの姿はもう、見たくない。
しょうだってそうだ。まだ〝代償〟は分からないけれど神を降ろす能力だから、きっと代償は重いんだろう。みこのように代償に苦しむしょうを見るのも、絶対に嫌だ。
苦しむ2人を見るくらいなら、いっそ。

黙るおれにシュウは小さくため息をつく。本当何から何までオレと一緒だな、と呟く声も聞こえた。そうして、柔らかい声でいう。

これはまぁ、オレが実際に言われたんだけど。「頼られて苦しむより、頼られずにシュウが1人で苦しんでる方がよっぽど辛い」、だって。お前もさ、例えば京とかが、1人で抱え込んで、心配させないように黙ってたら嫌だろ。」
……その時は、無理矢理にでも聞き出すけど」
「ほら、それだよ。今の京達はその気持ちなんだよ、分かるか?」
…………うん。」

今度は大人しく、素直に頷けた。
みこ達特にみこは、いつもこんな気持ちだったのかな。だからあんなにいつも止めて、危険だからやめろって、何回も何回も言ってたんだ。みこ達には苦しんで欲しくない。けど、心配をかけるのも心苦しい。どうすればいいんだろう。

ねぇ、シュウ」
「ん?」
あんまり頼りたくない、でも心配もかけたくない。その時は、どうすればいい?」
んだよ、そんなの簡単じゃねーか。そういう時は___っ!」

シュウが何かを言いかけたその時__ざわり、と嫌な気配がした。
警戒したように振り向けば、そこには形容しがたい、禍々しい色をした〝モノ〟。息を飲むおれらを他所に、そいつは手のような触手を生やした。襲いかかってくるまでは時間の問題だ。

シュウは小さく笑う。不思議に思いシュウを見ると、こっちに向かい笑いかけてきた。でも、その笑みはどこか。

っ、はは、よかったな零。〝頼って戦う〟実践、出来るじゃん。」
!シュウ、あんたまさか、」
は、なぁ、零。さっきの質問の答えだけど。」

シュウは小さく息を漏らしながら、化け物を見る。少し、足元がふらついたように見えたのは、気の所為じゃないはず。今、近くに愛漓はいない。本来の力も出せないだろうし、明らかに不利だ。
しかしシュウは引く気がないらしく、小さく足首を回している。ほんと、バカだなぁ。生き急いでんのはどっちだか。
シュウは、おれに向けてまた笑う。その笑みは、無理をしているように見えた。

〝対話〟をすればいいんだよ。無理してないか、頼っていいか、全部、言わなきゃ伝わんねーからさ。」
じゃあ、シュウも言ってよ。」
「バーカ、言うタイミングってのがあんだよ。」

そう言って、シュウは再び物の怪に目を向ける。どうやらおれの言葉を聞く気はないらしい。おれにあんだけ言ったのに、自分はしないって、説得力に欠けるんじゃない?
おれは霊力を固めて_手に刀を握る。きっと、こいつを倒せば元の世界に戻れる。なら、やることはひとつだ。
シュウは、視線をそらさず笑う。おれも、少し表情が緩んだ。

死ぬんじゃねぇぞ、零!」
「それはこっちのセリフ。死なないでよ、シュウ?」
っはは、余計なお世話だよ、バーカ」

すぅ、と小さく息を吸う。
シュウは、〝頼らず戦う〟実践って言っていた。正直、今の無理してるシュウを庇って、今まで通り戦いたい。けど、それをきっとシュウは許してくれないから。仕方ないけど、死なない程度に、〝無理しない〟程度に、頑張るしかないか。
みこやしょうと〝対話〟をするために、早く帰んなきゃ。それはきっと、シュウも同じ。
_絶対に帰るんだ、大切な人達の元へ。

おれたちは視線を合わせると、物の怪に向かって走り出した。


******


「うわあああぁああっ!???!!」

_沼に落ちた後。

オレはそう叫びながら、地面へ着地した。いや着地じゃない、もはや転落事故だ。打った尻や足が痛い。呻き声を上げながら、少しでも痛みが和らぐように摩る。絵面が酷い?知るか。

痛みに悶えながら、ふと気づく。あれ、そう言えばアキさんって何処に__

「み、京くん避けて!!!」
「へ!?アキさ_ぐぇっ」

声が聞こえたかと思えばアキさんは無事にオレの上へ着地した。下敷きになったオレは押しつぶされる。普通に死にそう。
いたた、と呟くアキさんは、はっ、と今の状況に気づくと慌ててオレの上から避ける。

「うわあああ京くんごめんね!?大丈夫!?!」
「た、多分大丈夫や。アキさんは怪我ないか?」
「俺は大丈夫!というかここ……どこ?」
多分物の怪に飛ばされたとは思うんやけど……何もあらへんなぁ」

オレは立ち上がり、辺りの景色を見渡す。辺りに広がっているのは、ただただ〝真っ白〟な景色だけだった。試しに周りを少し歩くが、壁らしきものには当たらない。どうやら密室な訳では無いようだ。
アキさんも〝壁〟を探すかのように歩くが、見つからなかったらしい。やがて止まると、顎に手を当てながらオレに問う。

京くん、〝何か〟感じる?」
んー、正直アキさんの気配があるからわかりにくいんやけど
「うっそれはごめん……
でも、全体的に気配はあるから、きっと物の怪が作り出した空間いや、幻術っぽいな。」

〝幻術〟特有の、覆い被さるような異質な空気を感じ、納得するように呟く。この幻術の気配的に、多分狸か狐、どちらかまでは特定出来た。
でもそうなると、オレたちを沼に沈めた理由が分からない。狸か狐であれば、オレ達が廃墟に入る直前に化かして、早々にバラけさせればいいのだから。

オレは白い空間をじっと見つめる。そこまで強い幻術でもないし、頑張れば破れそうだ。
けど、少し不安要素がある。無理矢理オレの〝狐火〟で破っても、元の世界に戻れるかどうかが不透明だからだ。この幻術を壊したからと言って、元の世界に帰れる保証はない。元の世界に帰れなくなったらそれこそ終わりだ。

もっと堅実な方法はないか、と考え_ちり、と頭の奥底が熱を持って痛んだ。何だろう、頭を使いすぎたのか。このくらいの思考回路、耐えてもらわないと困るけど。
まさか最近数学の点数下がってきたのって、このせい?そこまでバカになった覚えはないけど疲れてるのか?

黙々と考えてたオレを他所に、アキさんは突然はっ、と顔を上げる。そのまま驚いたように、オレに声をかけた。

っ!京くん!」
「え?っ、う、わっ!?」

アキさんに名前を呼ばれ顔を上げると、先程見ていた白い部屋がぐにゃりと歪んでいるのが見えた。_物の怪側が何か仕掛けてきた合図だ。

オレはすぐ戦闘態勢に入ろうとする_が、部屋が歪むせいで平衡感覚がなくなり、上手く刀を構えられない。暫く歪んだ景色は、やがて形を変えて〝ある景色〟を映し出す。次に映し出された場所、それは__

え?」

アキさんが呆然と声を上げる。オレだって、目丸くした。というか、信じられなかった。だって、ここは、ここは!信じられずに目を擦って確かめるオレを見て、アキさんは不思議そうに声をかける。
_オレたちの目の前に広がっていた景色。それは……

ね、ねぇ京くん。ここって〝家〟だよね?見た感じ2階?に俺達はいるっぽいけど。」
アキさん、あのな。この家……
「え、京くんこの家のこと知ってるの?まさか自分の家とかそんな訳ないか。」
いや、そのまさかや。」
「え?」

目を丸くするアキさんを見つつ、そっと壁を触る。_感触がある。やけにリアルな感触に、脳が混乱した。だって、ここは。混乱したまま、震えた声で言う。誰か嘘だと言ってくれ。

ここ、オレの家や。」

_目の前には、オレが17年間慣れ親しんだ自分の家の景色が広がっていた。
見間違えるはずがない。ここは明らかにオレの家の2階だ。右にある扉は母さんの部屋だし、その向かい側は父さんの部屋。曲がった先にあるのはきっとオレの部屋だ。

何も分からないが、とりあえず今回調査している〝妖怪〟が死ぬほど悪趣味なことは分かった。ここが〝実際〟にはオレの家ではないにしろ、何でわざわざオレの家を映し出すんだ。強制送還?やかましいわ。

オレの言葉を理解したのか、アキさんは小さく吹き出す。ごめん、とか言ってるが半分笑いが混じってる。オレも釣られて乾いた笑いがこぼれた。沼に落ちたと思ったらオレの家とか意味が分からない。B級映画かよ。

っふは、そ、そっかぁ、京くんの家っ、ふふ、実際には、京くんの家じゃないんだよね?」
「アキさん笑いすぎやでまぁそうやな。これで実際にオレの家に飛ばされてたら意味分からんし。……強制送還ってか?オレ何もしてないで」
「っふはっ、ちょっと待って強制送還!そうだったら京くんとばっちりははっ!」
「アキさん……

オレの言葉に耐えられなくなったのか、ついにアキさんは腹を抱えて笑い出す。もうちょっと危機感を持って欲しい。この状況で危機感も何も無いけど。

今まで様々な妖怪に幻術を魅せられたけど_こんなこと初めてだ。何だ家って、意味がわからない。
こういう時、零がいたら妖怪の意図とか汲み取って、憶測立ててくれるのに。オレは妖怪専門だけど、やはり零には叶わない。零は強いんだ。それ故に、ちょっと危ういけど。零や渉、大丈夫だろうか。渉は愛漓ちゃんと逃げてくれたかな。零、無理してないといいけど__

みこ、』
……は?」

ふと、アキさんの笑い声に混じって〝声〟が聞こえた。というかアキさん笑いすぎやろ。おかげでよく声が聞こえなかったんやけど。じゃなくて。
少し気だるげな声と、あの特徴的な呼び方。オレを〝みこ〟なんて呼ぶのは、一人しかいない。
__今聞こえた〝声〟は、明らかに。

オレは声の聞こえた方へ走り出す。声が聞こえた先は、オレの部屋の前だ。勘違いしていた、ここはオレの家だけど、オレの家じゃない。今より少し高い声、ここは、きっと。

オレは自分の部屋の前へ行く。扉の前には、一人の〝少年〟がいた。追いかけてきたアキさんが、俺の後ろから顔を出し_やがて驚きの声をあげる。

オレたちの間の前にいた少年。それは__

え、零、くん?」
ううん、零やないで。」
「え?」
「_これは、〝過去〟の記憶や。あれは中学生の零。あの零も、物の怪が映し出した〝幻術〟の一部や。」

そう言って、零を見据える。
_目の前にいたのは、黒い学ランを着た零だ。今より少し背丈が小さく、声も若干高い。けれど、見間違えるはずがなかった。

そして、零を見て気づいたことがひとつある。この〝記憶〟は、もしかして〝あの時〟のものなんじゃないか。オレの部屋の前にいる零、部屋から出てこないオレ。忘れもしない、忘れたことなんて1度もない。オレの、〝黒歴史〟。

最初目を丸くしたアキさんは、この状況を理解したのか、オレに問う。

「過去の記憶ってことは、これは京くんの記憶?京くん、この時のこと覚えてる?」
あぁ、覚えてるで。本当はもう、思い出したくもないんやけどな。」

入るよ、そう言って零がオレの部屋の扉を開ける。オレも零の後ろに続いて部屋に入った。アキさんも、オレの後ろに続く。

部屋の中は薄暗かった。そりゃあそうだ、一日中カーテンを閉め切って、電気すら付けなかったんだから。
目の前に広がる〝惨状〟から目をそらすように、アキさんの方へ目を向ける。アキさんが、部屋の惨状を見て息を飲むのが見えた。

っ!」
酷いやろ?だから思い出したくなかったんや。」

_オレたちの前に広がっていた景色。
そこら中に散らばった、〝葉原京〟と書かれた物の数々。それはテストや通知表、保険証、小さい頃の名前が縫い付けてあるスモッグ等、手当り次第〝名前〟が書いてあるもの全部だ。〝名前〟を見つけるために、引き出しやクローゼットは空きっぱなしで、部屋の中をひっくりかえしたような有様だった。

そんな部屋の中心。
部屋の主を守るように建てられた本と写真の塔。これはアルバムと、小さい頃の写真だ。自分の顔が映ってるのを見て、安心したかったから。
部屋の中心にいた人物は、やがて零に気がついたのか、緩慢な動きで振り向く。ああ、目を逸らしたくなる。
_目が真っ赤に腫れた〝あの頃〟のオレは、虚ろな目でオレたちを見た。

その姿を見たアキさんは、目を逸らさずにじっと〝オレ〟を見つめる。対してオレは自身から目を逸らし、俯きながら言った。

オレ達が中学2年生、の時か?オレ達は親に無断で、2人だけで〝依頼〟を行ったんや。」
その依頼、って?」
それが、めちゃくちゃ強い相手でな。元は幽霊の神の端くれってやつで。オレ達は無謀なのに、〝全力〟で力を使った。まぁ、それでも適わなかったんやけど。」

ぼんやり、記憶を思いおこす。
零に誘われ、無断でやった〝依頼〟。やめよう、と最初は止めていたのに、結局零を放っておけなくて共犯になった。あの時止めていれば、と未だに後悔してる。

ふっ、と顔を上げる。酷い有様だ。オレは自嘲的に笑って言った。

「まぁ今のは前置きで、ここからが本題や。依頼が終わったあと、それからが酷かった。さっきも説明したと思うけど、オレらは〝力〟を使うと、その反動で〝代償〟が来るんや。……全力で力を使った後、〝代償〟はどうなると思う?」
っ、まさか」

察しのいいアキさんは、話の流れを汲み取って目を見開いた。そうして、ばっとオレの顔を見る。アキさんの顔は心配そうに歪められていた。優しい人だな、とぼんやり思った。オレは下を向きながら続きを話す。

零の〝代償〟は、〝生命力〟。この時の〝代償〟から、零は目に見えて弱り始めた。それは今も続いてる。零はきっと、隠してるつもりなんやろうけど見ていて、分かるんや。最近はよく咳してるし心配になる。……もっと自分のこと、大切にして欲しいのになぁ。」

ちらり、と中学生の零へ視線を向ける。零は心配したようにオレを見ていた。この時は気づかなかったけどきっと、この時零も〝代償〟で苦しんでたはずだ。なのに、オレの心配をしてくれてる。自分が不甲斐ないな。

アキさんは悲しそうに顔を歪めながら、小さな声でオレに言う。

それで、京くんは?」
……。_オレの代償は、〝人格〟。この時分かったんやけど、オレは、大きな力を使う度に〝人格〟が変わるんや。それは突然来て、まるで今までその人格だったみたいに、自然に変わる。」

ちら、と〝オレ〟を見る。ぐちゃぐちゃになったオレの顔は、見ていて痛々しかった。泣きすぎて真っ赤になった目元。未だに流れ続ける涙。虚ろな瞳。
オレはそっと〝オレ〟から目を離して、話を続ける。

この時、オレは初めて自覚して〝代償〟が来た。もうあんま覚えてないけど、オレは小さい頃、オドオドした性格だったらしいんや。そんな性格がある日、朝起きたら明るくて元気な性格になってて話し方さえ、京都弁に変わってた。
それを自覚した瞬間、とても怖くなった。〝自分〟が信じられなくなった。もしかして、今までの性格も〝代償〟によるものなんじゃ、本当の〝自分〟はどこにいるんだって。
_それから、オレは情緒不安定になった。学校も休んで、部屋に閉じこもった。毎日〝代償〟に脅えながら、自分の〝名前〟と〝顔〟がかいてある物を見て、安心する日々。その時の有様が、これや。」

酷いもんやろ?、そうわざと明るく言って部屋を指す。なのにアキさんの顔は、よりいっそう悲しそうに歪められた。無理もないか。オレですら、この惨状には目を瞑りたくなる。

ちらり、と零を見れば、零は意を決したように〝オレ〟を見ていた。そうして、蹲るオレに駆け寄る。あぁそうだ、この時の零の言葉で、オレは。その風景を見ながら、話を続ける。

「_閉じこもってたある日、零がオレの部屋に来た。零はきっと、オレが〝代償〟に苦しんでたのを知ってたんやろな。ぐちゃぐちゃになったオレに、言ったんや。」
『みこ。_京の〝人格〟が〝代償〟で、どれだけ人格が変わっても_京は京だよ。』
っでも、でもっ、もうじぶんが、わからなぃんだ、れいっ』
『_じゃあ、おれが見つける。』
え?』
『おれが京の〝自分〟っていうのを見つけて、〝みこ〟って呼んであげる。だから、大丈夫。京は、京だよ。1人で、抱え込まなくていいんだよ。』

零がオレを抱きしめる。零の言葉に、〝オレ〟はわんわんと泣き出す。
この言葉で、オレは救われたんだ。未だに、この言葉はオレの支えになっている。だから安心して〝力〟を使えるようになった。けど。
オレは2人から目を逸らし、アキさんに目線を合わせる。そうして、少し笑って言った。

オレは、この言葉に救われて_ようやく、部屋から出た。オレは零の言葉のおかげで〝代償〟を受け入れて今でもこうして、祓い師を続けられてる。」
そっか。」
……でも零は、違うんや。」
「え?」

ちらり、と零を見る。ぱっと見て、零はいつも通りに見える。けれど違う、違ったんだ。この頃から、零は。
オレは零を見つめながら言う。

零はこの頃から、〝無茶〟ばっかするようになった。零に自覚があるかどうかは、分からないんやけど。……さっき、この頃から身体が弱り始めてきた、って言うたやろ?零もそれは分かってるはずなのに、この時から何故か無茶な戦い方ばっかするようになった。オレは何かそれが生き急いでるように、見えるんや。」

声が、少し震える。ずっと、ずっと零が祓い師の仕事をする度に、不安だった。今度こそ、零は死んでしまうのではないか、って。

でも、零に言っても聞かないことはわかってた。零は案外、祓い師に関しては強い信念がある。だから「やめろ」と言っても聞かないし、祓う為には多少の無茶もする。本当は今すぐにでもやめて欲しいのに、オレは本気で止めることをしなかった。

視線を下に向け、自嘲的に笑う。あぁ、なんでこんな話してしまうんだろう。相手は、状況次第では〝敵〟になりえるかもしれないのに。けれど、オレは話すのをやめなかった。今更、止められなかった。今まで抱えてた不安は溢れ出し、言葉になってこぼれる。

最近な、零と衝突することが増えたんや。零がすぐ無茶な作戦を立てるから、オレがそれを止める。オレが無理をしない範囲の提案をするんやけど、それだと祓えないから、って零が反対して。それで2人とも譲らないから、すぐ口喧嘩になって……渉がよく、それを仲裁してくれるんやけど。」
……京くん、」

アキさんが、心配そうにオレの名前を呼ぶ。何故だか、酷く泣きそうになった。オレは震えた声のまま_絞り出したように、言う。

っ、ほんとはっ、零にはもう、祓い師の仕事をして欲しくないんや。でも、零の力は強いから必要だし前、零に伝えたけど、零は聞かなかった。余計なお世話、って思ってるのかもしれんな。
きっと、無理矢理止めることだって出来たはずなんや。でも、オレはしなかった。大切な人が真剣に取り組んでることを、取り上げられなかったんや。零は確かに無茶ばっかしてるけど、いつだって祓い師の仕事で間違ったことはしないし、零のおかげで、救われた人がいるのも事実や。」

オレは顔を上げる。
_ずっと、ずっと零が祓い師の仕事をする度に、不安だった。今度こそ、零は死んでしまうのではないか、って。
オレは、止めたかった。止めたかった、のに。

オレは、震えた声で叫ぶ。_ずっと押さえ込んでいた、心からの〝本音〟だった。

っ、オレはどうすればいい!?零のことを止めたいのに、オレに止める力なんてない!っどうすればいいんだ、もう、〝あの時〟みたいに後悔したくないのにっ!」

じわり、と目に涙が滲んだ。
_誰にも言えなかった。零はもちろん、祓い師として頑張る渉にも、母さんや父さんにも、話せなかった。

どうして、アキさんには話してしまったんだ。吸血鬼_物の怪にこんなことを話すなんて、祓い師失格だ。

オレは慌てて下を向く。泣きそうなのを見られたくなかったし、自分が不甲斐なかったからだ。アキさんは、この話を聞いてどう思ったんだろう。もういっそ、聞いていないフリをしてくれた方がありがたいな。

アキさんは黙ってオレの話を聞いて_そうして、オレに無言で近づいてきた。驚くオレを他所に、アキさんはどんどん距離を詰める。オレの目の前まで来たアキさんは、オレに手を伸ばす。その仕草にびくり、と小さく肩が震えた。何をされるんだ、吸血?殴られる?

オレはギュッ、と目を瞑る。そうして、体を強ばらせた。
_が。

え?」
京くん、今までよく頑張ったね。」

アキさんの伸ばされた手は_オレの頭の上に乗る。驚くオレを他所に、アキさんは優しくオレの頭を撫でた。てっきり殴られるものかと思ってたので、面食らう。何で頭撫でられてるんだ、オレ。

でも、手を払い除けることは出来なかった。何でこんなに、安心するんだろう。じわ、とまた涙が滲んで、オレは慌てて下を向いた。

_暫くして。
満足したのか、アキさんが「突然撫でてごめんね」、と言って離れる。少し落ち着いたオレは、大丈夫です、と小さな声で言った。アキさんは俺を見て、小さく微笑む。そうしてその優しい笑みのまま、優しい声で話し始めた。

さっきの話聞いててさ、俺思ったんだ。京くんと俺って似てるなぁ、って。」
「え?」
俺もね、過去にそういう出来事があったんだ。止めたいのに、いざ止めようとすると止めようか躊躇って、結局何も出来ずに、苦しんだこと。」
アキさんも?」

目を丸くするオレに、うん、と小さく頷く。その笑みは少し悲しそうで、その話が嘘じゃないことがわかった。
アキさんは、優しい声のまま話を続ける。

まぁ俺は、それが〝自分自身〟に向けた話だったんだけど。俺は誰にも言えずに、止めようにも止められず、迷いに迷って、__最後、道を間違った。」
!」

アキさんの顔が苦しそうに歪む。_こんなに聡明なアキさんですら、間違ってしまうんだ。オレも堪らず俯く。もしかしたら、オレもこれから、そうなるかもしれない。迷いに迷った挙句、止められなくて、零を__

でもね、京くんは大丈夫。」
「えっ?」
俺に話してくれたから、きっともう間違わないよ。その間違わない方法も、教えるからさ。」

思考が暗くなったオレを見透かしたように、アキさんが言う。顔を上げたオレに、「年上の言うことも、たまには役に立つんだよ」と笑って言った。その笑顔が、誰かに似てると思い、はっと気づく。そうだ、愛漓ちゃんに似てるんだ。あったかくて、眩しくて_太陽みたいな笑顔。

アキさんはその眩しい笑顔のまま、話し始める。

京くんは、無茶をする零くんを止めたいんだよね?」
でも、オレは……
京くん。今は祓い師の力のこととか、零くんの気持ちのこととか、考えずに教えて欲しい。_君は、〝友達〟の零君が無茶しているのを、止めたい?」

アキさんの言葉に、ハッとする。
_オレが止めるのを迷うのは、祓い師や零の気持ちを考えてしまうからだ。それもきっと大事なんだろうけど、けど、今は。

オレは、小さく息を吸う。_答えなんて、とうに決まっていた。

っ、オレは、零を止めたい。零に、無茶をして欲しくない!」
分かった。零くんを止めたいなら_じゃあ、あとは簡単だよ。」

アキさんは、俺に視線を合わせる。太陽みたいに真っ赤な瞳が、俺を見つめていた。その瞳から、目を離せない。
アキさんは真剣な表情で、じっとオレを見る。そうして、ふっと、柔らかく目を細めると_優しい声で、口を開いた。

「__〝対話〟をしよう、京くん。零くんに、今言ってた気持ちを全部言うんだ。」
っでも、前伝えた時、零は!」
その〝対話〟は、ゆっくり話せるものだった?_零くんはきっと、京くんがちゃんと話せば、分かってくれるはずだよ。」

その言葉にはっ、とする。
確かにあの時、話し合いが出来る状況じゃなかった。渉もいたし、何より零が〝依頼〟を持ってきていたからだ。あれ、そういえば、最後に零と面と向かって話し合ったのはいつだったっけ?

ふと疑問が湧いたその時__ざわり、と嫌な〝気配〟がした。
警戒したように振り向くと、そこには__形容しがたい、禍々しい色をした〝モノ〟が佇んでいた。

っ!京くん、何あれ!?」
「分からん、けど__あれはきっと、ここに閉じ込めた〝物の怪〟や!」

焦るアキさんに、オレは慌ててそう返す。気配が〝妖怪〟のようだし、_あの姿は多分〝幻術〟かかっているようだったから。幻術に霞んでよく見えないが、あのシルエットは、多分__

警戒するオレらを他所に、そいつは手のような触手を生やす。襲いかかってくるまでは時間の問題だった。

アキさんをちらりと見ると、何処から出したのか、その手に剣を握っている。オレも慌てて刀を取り出し、切っ先を相手に向けた。

_相手の正体はもう分かった。そしてきっと、あいつを倒せば元の世界へ帰れる。ここが正念場だ。ぎゅ、と刀を握る手に力が入る。
アキさんは物の怪から目を離さず_余裕そうな声で言った。

京くん、あれを倒せば帰れるんだよね?」
「あぁ、そうや。」

頷くオレに、アキさんがこっちを向く。そうして少し気を抜くと、笑って言った。

「_京くん。これが終わったら、ちゃんと零くんと〝対話〟するんだよ?」
もちろん。もう、後悔したくないから。」
はは、じゃあ絶対に帰らないとね。」

オレの言葉に、アキさんが目を丸くする。そうして少し笑うと_もう一度、物の怪に向き直った。
2人の切っ先が、物の怪に向かう。隣にいるのは、オレが祓うはずの〝妖怪〟。_でも今は、とても心強かった。オレたちは、目を合わせずに、言葉を交わす。

「頑張ろうね、京くん。」
「あぁ、アキさん、よろしゅうな。」

_すぅ、と2人揃って息を吸う。

今まで言えなかった本音を言った。溜め込んでて苦しんでたはずなのに、言ってしまえば解決策はあっという間に見つかって。

〝あの時〟おどおどしていたオレは、〝人格〟が変わらなくても__きっと零を止める力は、あったはずだ。なのにあの時は、見て見ぬふりをして、止めようとしなかった。_でも、もうあの時のオレとは違う。
_今度こそ、零に伝えるんだ。オレの気持ちを、オレの言葉を。

オレ達は、刀を握り直すと__物の怪に向かって、斬りかかっていった。


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