アセルス編半妖エンド後。針の城の主になったアセルスさんによるファシナトゥールの機械導入計画のあれこれ。ヒューズ編の内容もやや含みつつ。
それぞれイルドゥン視点、ヒューズ視点、レッド視点となってます。
@wasser_welle
それはアセルスがかつての主上——数多の呼び名を持ちファシナトゥールを支配し続けていた妖魔の君オルロワージュ様を打ち倒してからしばらく経った時のことだった。
「イルドゥン。今度ここにテレビとラジオのアンテナと、電話線とインターネット回線引くからよろしく」
「は?」
俺はアセルスの口から出た言葉が、何かの呪文にしか聞こえなかった。
「確かにここは妖魔のリージョンだっていうのはわかる。わかってる。でもね、今のこの情報社会に文明の利器の類いがまっっっったくないのはちょっとどうかと思うの」
だが、その目はいつになく真剣そのものだった。まるでかつての主上——オルロワージュ様と戦う前のような。
「……それは、ヒューマンたちが使う機械をこの城に置くという話か?」
「簡単にいえばそう。ダメって言われても絶対に置くから。ねえ、イルドゥン。私が今この城の主人なんだからいいよね?」
「……まあな」
「よし! やるぞ!!」
俺が肯定すれば、アセルスは玉座から勢いよく立ち上がると高らかに拳を上げた。
だが、よりによってこの城の主としての初の仕事がそれとなると……あまり考えるのはよそう。痛くなるこめかみを無視し、それらを整える手順をアセルスと二人で確認していく。
わからない部分はかつての旅の仲間だった人間たちに頼りつつ、ラスタバンや侍女たちと共に機械を設置する準備をせっせと整えるのだった。
***
「あ、ヒューズ! よかったここにいて!」
「おう、アセルスじゃねえか。どうしたんだよ」
パトロールの仕事を終えて本部に戻ったところ、受付ロビーにアセルスがいた。ファシナトゥールの新たな主人となった彼女が一体どうしたんだと思ったら、嬉しそうに俺のそばへ駆け寄ってくる。
「さっき受付の人に今外回りの仕事でいないって聞いたから出直そうと思ってたけど、よかった会えて!」
「え、俺に用事なの?」
ファシナトゥールで何か事件でも起きたのだろうか、と少し身構えたその時だった。さっきまで笑顔だったアセルスが顔をさっと曇らせる。そして目を潤ませながら俺を見つめ、空いていた俺の手を自然と取った。
「こんなことパトロールの貴方に頼むのは間違ってるってわかってる。でも他に頼れる人がいないの!」
……待ってくれ。それは往来で言っていいセリフじゃねえんだなアセルスのお姉さんよ。
IRPOのロビーで何事かと遠巻きに俺たちを見る視線が痛い。やめろ、これはお前らが期待してる展開じゃねえ! 俺にはわかるんだ!!
「うん。俺を頼ってくれるのは嬉しいんだがもうちょっと言葉を選」
「誰でもいいからテレビとラジオの電波の入れ方と電話とインターネットの回線の繋ぎ方詳しい人を教えて!!!!」
アセルスのその叫びに、遠巻きに俺らを見ていた野次馬共があっさり引いていくのが見えた。……てめーら後で覚えてやがれ!
***
「多分これで大丈夫だと思う」
「烈人くん……何から何までほんとごめんね……」
「いいっていいって。俺もアセルス姉ちゃんの役に立ててよかったし」
「それならよかった! よーし、これで針の城で現代的な生活がやっと送れる! 烈人くん、本当にありがとうね!」
ファシナトゥールの針の城におけるテレビのアンテナ工事に始まり、固定電話の回線を引き、インターネットの接続やコンピュータの設置などがようやく終わった。
全ての作業をやるのは本当に大変だったけれど、まあアセルス姉ちゃんがめちゃくちゃ喜んでるし、仕事に見合った分のお金はもらえたからまあいいかと思えたのだった。
「はー、これでみんなと気軽に連絡取れるの嬉しいよ〜!」
アセルス姉ちゃんが買ったばかりの携帯端末を嬉しそうに眺める。こちらもついさっき、二人であーだこーだ言いながら初期設定を終えたばかりだ。早速、登録したかつての仲間の連絡先にメッセンジャーで連絡をとっている。
「おい、小僧。終わったのか」
「うおっ!? あ、ハイ終わりました!」
そんなアセルス姉ちゃんを微笑ましく見守っていると背後からいきなりヌッと声を掛けられ盛大にびびる。妖魔全員、整い過ぎた美形の顔面強度を自覚してほしい。怖いんだよ!
「ならとっとと帰れ。地下にシップを手配してある」
あまりにも高圧的な言い方にムカっときて言い返そうとしたら、その前にアセルス姉ちゃんが口を開いていた。
「ちょっとイルドゥン! そういう言い方はないでしょ!」
「全く、機械を取り入れて人間までこの城の中へと踏み込ませるとは……」
眉間に皺を寄せながらイルドゥンと呼ばれた妖魔がぶつぶつと文句を言う。おいおい頼むから終わった後に文句言うのやめてくれよ。俺は姉ちゃんに依頼されたんだぞ。
だが口を開いたら売り言葉に買い言葉で余計なこと言いそうになる気がしてグッと堪えたその時、姉ちゃんがため息をつきながら腰に手を当てて言う。
「何を今更。あの人倒した時も一緒に戦ってくれた人たちいるじゃん」
「……まだ人間に良い顔をしない者が多数いる。あまり目立たぬうちに去れ」
そう言い捨ててイルドゥンはまた現れた時と同じ様に音もなくその場から消えた。……なんだったんだ、アレ。
「本当に素直じゃないんだからあの妖魔。……烈人くんごめんね。大したおもてなしもできなくて。あ、そうだこれ、針の城で育ててる薔薇から作ったローズティーと薔薇の砂糖漬けなんだって。烈人くんのお母さん、こう言うの好きだったでしょ?」
すると姉ちゃんが申し訳なさそうな顔をしてポケットから綺麗な紙に包まれたものを渡す。ふわっと薔薇の香りがしてきて確かにこれは母さんが喜びそうだ。
「お金はもらってるのになんか悪いよ」
「正直お金は桁に〇もう二個くらい乗せて良いと思ってるけど」
「いや流石にそれはもらいすぎ!」
「……っていうと思ったから代わりに受け取って!」
ニヤリと笑いながら姉ちゃんが言う。なるほどそう言うことねと妙に納得して俺は差し出された品物を受け取った。
「なら、受け取らないわけにはいかないな。こっちこそありがとう。なんか不具合あったらいつでも連絡くれ」
「うん! あ、じゃあ根っこの町まで見送るよ」
そのまま帰ろうとした時、姉ちゃんが俺に付き添いを申し出た。だが次の瞬間、姉ちゃんの後方から殺気を感じ、ハッとして見れば柱の影からさっきの妖魔がめちゃくちゃ眉間に皺を寄せて俺を睨みつけていた。お前どっか行ったんじゃなかったんかい!?
「大丈夫大丈夫。ほら、俺と姉ちゃんが一緒に歩いて姉ちゃんにあらぬ噂が立っても悪いしさ」
「う、あ、そっか……ごめん重ね重ね気にしてもらって……」
姉ちゃんがあからさまにショックを受けた顔を見て俺の良心が痛んだ。しかし姉ちゃんの今後の生活もそうだけど俺の命の危機がすぐそこに差し迫っているので許してほしい。
「いいっていいって。ほら、連絡先交換したしいつでも連絡くれよな!」
「うん! じゃあまたね!」
そうして、その場で姉ちゃんと別れて来た道を戻っていった。
「いやー、最初ヒューズから頼まれた時は何事かと思ったけど……姉ちゃんが元気そうでよかったぜ」
城と町を隔てる門がゆっくり降りていく。生きる世界は違えてしまったけれど、大切な人の笑顔がもう一度見ることができて良かったと俺は思ったのだった。
【終】
独立分岐点お題bot@odai_db
「これからは新しくよろしくね」