@saeki_f
お客様
私の勤めるお屋敷には最近、日曜日になるとお客様がみえるようになりました。毎週ではなく不定期に、本を抱えていらっしゃる、真っ黒な服を着た東洋人のお若い男性。服装こそ変わってはいましたが、柔らかな物腰に人当たりの良い笑顔が印象的でございました。
ご友人ですかとご主人様に伺ったところ、難しい顔をなさっていました。なんでも仕事上の知人で、でも今は個人的にご主人様を訪ねていらっしゃるのだとか。
詳しいことはメイドには分かりかねますが、このお屋敷に個人的なお客様をお迎えするなんて何年振りのことでしょうか。
お屋敷の中でお二人のご様子を何度か拝見いたしましたが、最初こそ空気は固く、気安い関係とはとても申し上げられませんでした。ですが最近はその空気も少しずつ温かなものに変わってきているようです。
あのバロック・バンジークス様に雪解けの時が来たのだと、邸の使用人たちは浮足立ったものです。だというのに、ご主人様ときたら! 決まっていつもお二人で書斎に長時間籠って、お茶のひとつも出さないままお客様を帰してしまうのです!
お客様をおもてなしすることができないのは、この屋敷の人間としても由々しき事態でございます。そこで私どもも手を打たせていただきました。
まずはご主人様に、勉強の際は適度に休憩を挟むよう申し上げました。そしてあのお方が勉強にいらっしゃっているとしても、お茶くらいは出させていただきたいと。
聞けばそのお方は、甘いものもお好きだというではありませんか。なぜもっと早くお聞きしなかったのでしょう。そうと分かっていれば、腕によりをかけたお菓子をお出しいたしましたのに! ああ、今思い返してもなんと勿体ない期間だったのでしょうか。
そして今日、ついにまたあのお方がいらっしゃいました。使用人一同、それはもう待ちかねていた日でございます。私はお二人が書斎で勉強なさる間に、ショートブレッドを焼き上げました。ご主人様が休憩を取ると言いにいらした時には、粗熱も取れてちょうど食べ頃になっておりました。
不躾とは承知しつつも、休憩のご様子を窺わずにはいられませんでした。このような時間を過ごすのは初めてだからでしょうか、お客様は少々緊張なさっていたようです。ですが次第にそれも解れ、和やかな雰囲気でお話なさっていました。あまりお顔には出ずとも、ご主人様のあんなに楽しそうな様子を見たのは久し振りでございます。
そしてお客様は、私のお出ししたお菓子を食べて微笑んでいらしたのです! 使用人として、これ以上に嬉しいことがありましょうか……いえ、一つだけございました。帰り際、お客様は私を見つけると、お菓子がとても美味しかったとお礼を言ってくださったのです。なんと心優しいお方なのでしょう。ぜひまたお越しくださるよう申し上げ、お客様はお帰りになりました。
次はいついらっしゃるのでしょうか。次もまたお茶を召し上がっていただけるでしょうか。もしかしたら私は、ご主人様以上にあのお客様のご来訪を楽しみにしているのかもしれません。
恋にあらず
ジーナ・レストレードの裁判後にあの日本人が謹慎処分を受けたと聞いて、ひどく残念に思ったのを今でも覚えている。なぜそのように感じたか自分でも不思議であった。
そんな折、彼が一人で資料室に居るのを見かけた。いつも隣に居た女史は緊急帰国したと主席判事から聞いていたが、どこか寂しげな黒い背中。帰ろうとしていたのに、気付けば目で追っていた。
裁判に出ることもできぬ身で中央刑務裁判所まで来て、地道に勉強していたのだ。それはすぐに分かったが、あまりにも地道が過ぎていた。同じ棚の前を長時間うろうろして、本の一冊も満足に探せぬのかと。見るに見かねて近付いた。法廷の外で会うなど珍しいものだからつい余計なことまで聞いてしまい、今日に至る。
彼が一人で我が屋敷へやって来たのが今朝のこと。私が貸した本を携え、黒い目を大いに泳がせながら、恐る恐るといった様子で玄関の扉を叩いた。
「お、お邪魔しますッ」
ここへ来るのは二度目だろうに、何をそこまで緊張することがあるのか。いや、他人の家ならば多少はそうなるものだろうが、それにしても度が過ぎる。取って食おうというわけでもなければ、説教のために私が呼んだのでもない。この弁護士が自分の意思で来たはずなのだ。
「よく来た。こちらへ」
「はいッ」
「……そう固くならずとも」
「事前のご連絡もしていなかったので、本当に良かったのかなと色々考えてしまいまして」
皆まで言わずとも全て顔に書いてある。色々とはつまり、急な訪問が迷惑でなかったかなどと考えているのだろう。そんなことはないと先日伝えたばかりだがもう忘れたのか。第一もし私に予定があったり不在にしていたのなら、また出直せば良いだけの話だ。
「難しく考えぬことだ。貴公の意志でやっているということを忘れるな」
「うう、善処します」
勉強を始めてなおその様子であったなら踵の一つでも落としていたかもしれぬが、流石に切り替えは早かった。質問をまとめてきた手記を見た限り本はよく読んできたらしく、真面目に取り組んでいたことが知れた。
解説すれば理解も早く、見所はある。そんな印象であった。法廷で対峙し激しくぶつかり合うのとは違い、その刃を研いでやるような会話。横に並ぶのは新鮮な感覚であり、どこか面映ゆくもある。
推察に過ぎないが、この留学生には私の他に指導者が居ないのではなかろうか。あの忙しい主席判事が一から十まで面倒を見ているとも思えぬ。手本も指導も無しにいきなり法廷に立つとは……呆れるやら感心するやら。
何となしに申し出たこの機会だが、これは思った以上に責任が大きくなりそうだ。
指導に熱が入るとつい時間を忘れる。用件を大方済ませた頃には二時間以上が経っていた。初めての勉強会、こちらとしては手応えのあるものと感じたが、この男はどうか。指導者として、教えたことは身につけてもらわねば困る。
「何か感想はあるか」
「ううん……けっこう頑張ったつもりだったのですが、先は果てしないですね……また何冊か本を選んでいただいても良いでしょうか」
「無論だ。次を楽しみにしていよう」
次、と。自然と口にしていた。本の貸し借りがある以上当然ではあるが、この弁護士がまた私に質問を持ってくるものだと。そして彼もそれを自然に受け入れていた。彼も私も、想像以上にこの時間を楽しんでいたのかもしれぬ。
帰り際、玄関へと向かう廊下で黒目の視線が痛いほど背中に突き刺さるのを感じた。いや、今だけではない。朝ここを訪れた時から、時折じっと見られていた。私が気付いていないとでも思っているのだろうか。これ以上は無視しきれないと諦めて振り向いた。
「まだ何かあるのか」
「えっ」
「ずっと私の方を見ているものだから、な」
「あっ、いえ、その、大したことではないのです。ご自宅では軽装なのだなあと」
「……」
本当に大したことではなかった。何事かと思った時間を返してほしい。
「四六時中あの衣装で過ごすわけがなかろう。貴公こそ、なぜ今日もその黒服を着ているのだ」
初めて会った時から今日に至るまで、この黒服以外の姿を見たことがない。それは法廷の外で会うことがないためだと思っていたが、日曜日にさえ同じ服装とは。
「これはその、諸事情ありまして。外行きの服がこれしかないのです」
東洋の苦学生とは、かくも貧しいものなのか。あの探偵と同居していると聞くが、ちゃんと面倒は見てやっているのだろうか。他人事ながら少し心配になる。
「あっ! ちゃんと洗濯はしていますからね!」
「……貴公、勉強よりも生活費を稼いだ方が良いかもしれぬな……」
何とかやっているので大丈夫ですと、弁護士はへらりと笑った。私が口を挟むことではないが、いざ彼が法廷へ復帰した時に全力を出せないのではつまらぬ。今後の訪問の際、多少は様子を気にしてやるべきか。全くあの探偵ともども世話の焼ける。
玄関先で無駄な話をしてしまった。このような場所で引き留めるのも悪かろう。新たに貸した本を携えた弁護士を見送り、自分は邸内に戻る。
不思議な男だ。
私を恐れているのかと思えば突然真っ直ぐな視線を突き刺してきたり、気を許したように笑ってみせたり。
思い返せば資料室で会った際も、疑うことなく私の馬車に乗り込んだ。まさか誰に対してもあのように振る舞っているのではあるまいな? 愚かしいほどの素直さは、やはり人として心配を煽られる。
私室に戻るつもりが、気付けば書斎へ戻ってきていた。彼が座っていた椅子を見やる。このような機会が訪れるなど自分でも信じがたいが、そこにあった背中の記憶は先ほどの時間が幻ではなかったと訴えてくる。
小さく頼りない背中、しかしその目には信念の火を燃やしている。正面から見た火は目を覆いたくなるほど眩しく、今日もほんの数度だけ瞬いたのを見た。それを見てしまったから、あの学生に可能性を感じずにはいられないのだ。見極めるにはまだ時間が必要だが。
あれほど近くで長い時間を過ごしたのは初めてだった。真剣な顔も、思い悩む顔も、時折覗く安堵したような笑顔も、まだ頭の中から離れぬ。近くに立つのが落ち着かなかったのは、普段から他人とそこまで近寄ることがないからだ。決して私が緊張していたわけではない。
我が身を振り返ると、まるで恋でもしているようだ。まさかそんなはずがない。あのような日本人の、それも男に、私が。だが、この足が書斎に向かった理由は説明がつかぬまま。
恋などではない。彼を見定めるため、自分のためにやっているに過ぎぬ。だから早く「次」が訪れてほしいなどと思ってはいないし、あの時間がもっと長く続いてほしかったとも思っていない。早くあれが法廷に戻って来なければ張り合いがないのだ。
何度でも言い聞かせよう。これは、恋にあらず。
お叱り
狩魔を奪われ奪い返し、ひょんなことからバンジークス検事に告白してしまい、勢いのまま家について来てしまった。
あまりに色々なことが起こり過ぎて深く考える余裕も無かったけれど、今思えば何と怖いもの知らずな行動だったのだろう。いつもの書斎ではなく初めて訪れる検事の私室に着いて、ようやく恋しい人と二人きりという事態に気が付いた。
部屋の扉を閉めて向き合う。ぼくが何か言う前に、検事が口を開いた。
「まず、貴公に言わねばならぬことがある」
「は、はい。なんでしょう」
検事は深刻な顔をしていて、一体何を言われるのか。身構えていたところに検事の手が伸びた。いつもの手袋は外されていて、温かい素手が頬を撫でる。直に肌が触れたのは初めてだ。血の通った人間なのだから当然だけど、この人の手はこんなにも温かかったのだと知る。
「あまり無茶をしてくれるな」
その手はぼくの顔をそっと包み、その言葉はまるで親が子に掛けるような優しさを含んでいた。見上げれば、瞳は見たことがない色を湛えている。憂いのような、安堵のような。
それほどまでにぼくは心配されていたのか。思い返せば、あのとき検事は傘も差さず真っ先にぼくのところへ来て、雨避けまでしてくださった。想いを知る前だったから気付かなかったけれど、あれが愛情でなかったら何なのだろう。
「聞いているのか」
「ひゃい」
添えられていた手がぼくの頬を抓る。我に返って返事をしたけれど、情けない声が上がってしまった。これは怒っていらっしゃるぞ。
「丸腰で帯刀した相手に向かうなど……貴公を見つけたとき、どれだけ私の肝が冷えたか分かるまい」
「ごめんなさい……」
じわじわと痛む頬をさする。手加減されていたって、検事は力が強いのだ。
怒るのも無理はない。ぼくは随分と危ない目に遭った。直接的な命の危機という意味では、人生で一番だったかもしれない。想像しにくいけれどたとえば検事が、あるいはベーカー街の面々がぼくと同じ窮地に立っていたとしたら、ぼくだってきっと形振り構わず助けようとしただろう。
それでひとつ思い出したことがある。
「そうだ、あの瓶は検事が投げられたのですよね」
「ああ。貴公の危機を遠目から見て、思わず投げた。洋刀を抜くのでは間に合わぬとつい」
目に映る光景に焦って、持っていたものを投げてしまった、だなんて。この方は存外可愛らしいところがあるのかもしれない。きっと拗ねてしまわれるから、口には出さないけれど。
「あれがなければ、死にはせずともきっと怪我の一つや二つはしていたでしょう。本当にありがとうございました」
何度お礼を言ったって足りない。頭を上げると、検事の顔には「仕方がない」と書いてあった。
「今回は間に合ったが次があれば分からぬ。だから危険なことに首を突っ込むなと」
「ええ。気を付けます」
できるだけ、ですが。
その後は少しだけ検事と話をした。といっても、最近起こったことや勉強の進捗などについてだ。深く立ち入った話題は自然と避けた。検事の過去に日本人に関わる何かがあることは明らかだったし、それをこの場で聞くのはあまりに無遠慮だ。それにぼくの方こそ、あまり刺激されたくない過去を持っている。
それでも今日分かったことはいくつかある。検事は意外とぼくをよく見ていらっしゃったこと。無表情のようで、その目はよく見ると雄弁なこと。そしてぼくがホームズさんの話をするときは眉間に皴が寄るということ。
違う立場から事件を追う者同士、色々あるのだろう。これもあまり深入りはしない方が良さそうだ。今のところは。
「このような時間に呼んでおいて聞くのも何だが、今夜はどうするつもりだ? 泊めることもできるが」
ふと時計を見上げた検事が思い出したように聞く。
外がまだ明るいから時間のことを失念していた。ぼくも時計を確認すると、もう八時を回る頃だ。
ただのおつかいがこんな結果を招くとは思いもよらなかった。そういえば、ぼくがなぜおつかいをすることになったのだったか。それを思い出せば、検事の問いに対する答えは自然と決まった。
「今日は帰らなければなりません。ホームズさんが泊まりの仕事で、家にアイリスちゃん一人なのです。彼女にも心配をかけてしまいました」
本来ならば昼過ぎには帰っていたはずなのだ。元はといえばぼくが道に迷ってしまったことに端を発しているだけに、アイリスちゃんには申し開きの言葉もない。
優しい彼女のことだ。警察の方に無事を伝えてもらったとはいえ、頼んだ相手も相手。きっと帰りの遅いぼくを心配しているだろう。それに、小さな女の子に一人で夜の留守番をさせるなんて。早く帰ってあげたい気持ちがどんどん大きくなる。
「分かった。では馬車を出そう」
「そんな、歩いて帰ります! まだ明るいのですし」
「明るい内から人気のないところを歩いて危険な目に遭ったばかりではないか」
「お言葉はごもっともですが、流石にここから家までなら安全です」
何度も通った道だ。大きな通りしか歩く必要がないし、もし暗くなっても瓦斯灯が点く。検事はまだ不満気だったけれど、ぼくに譲る気が無いのが通じたのか分かったと小さく呟いた。お許しが出たところで、本当に暗くなる前にそろそろ帰らなければ。
名残は惜しい。でも、二人の関係に新しい呼び名ができた。今は少しぎこちない距離でも、これから少しずつ近付ければ良いのだ。今日のところはそれで十分だろう。
部屋を出ようとしたところで肩を掴まれた。おや、と思う間もなく目の前が検事の姿で覆い尽くされる。蒼い光が瞬いた気がした。
零距離の温度。くちづけを受けていると分かったのは、数秒経ってからだった。お別れの挨拶に何と言うべきかを考えていたのに、全部忘れてしまった。唇が離れたと思ったのも束の間、検事はぼくの頬にもそれを軽く落とす。良い香りがした。たぶん、薔薇の香り。
「あ、の、検事いま、何を」
「〝神の瓶〟の埋め合わせだ。これくらいは貰っても良かろう? 玄関先でこのようなことをするわけにはいかぬからな」
検事の頭が離れた。見上げるといつもの涼しいお顔で、いや、よく見たら検事の顔もほのかに紅い気がする。それでも、ぼくの顔に比べたら微々たる変化だろう。鏡を見なくても分かる。ぼくは今真っ赤に染まって、せわしなく瞬きをして、中途半端に開いた口を動かすことも閉じることもできず間の抜けた顔をしているに決まっているのだ。
だってあのバンジークス検事が、ぼくに。昨日まで夢にも見なかった事態だ。頬も熱いけれど、何より心臓の音が体の外まで聞こえそうなほどうるさい。本当に、敵わない。この方が好きだ。
「どうした? やはり帰らぬと言うのであれば歓迎するが」
「かっ、かか帰ります! 今日は!」
「そうか。もう日が沈むから気を付けて帰るように」
よくもまあそんなにしれっとした態度でいられたものだ。検事、実はぼくをからかうのがお好きなんじゃないのかしら? それでいてぼくの方も全く嫌な感じがしないのだから、意外と相性は悪くないのかもしれない。
どこか満足気なバンジークス卿に見送られ、ぼくはふわふわとした思考のまま屋敷を後にした。
日が沈む気配を見せる倫敦の街を無心に駆けた。そうでもしなければ、ぼくの中に渦巻くこの熱で内側から溶かされてしまいそうだ。色々とあった一日で体は疲れているはずだけど、不思議と体は軽い。夕陽と競うように走り続け、いつもの半分近い時間でベーカー街の家に到着してしまった。何度か深呼吸して、荒くなった息を整える。
「ただいま」
走ったお陰か熱も多少は発散されて、いつも通りの顔でただいまと言えた、と思う。
「なるほどくん! おかえり! 大丈夫だった?」
アイリスちゃんは色々と心配してくれた上に、夕食の用意までして待っていた。波乱続きだった一日がようやく収束するのを感じて、今になって体に疲れが押し寄せてくる。
「うん、ぼくは大丈夫。事件も解決したし、怪我もないよ。心配かけてごめんね」
「よかったあ。そうだ、香茶を淹れるね! ゴハン食べながら待ってて」
「ありがとう。いただきます」
緊張が解けると、ものすごくお腹が空いていたことに気付いた。温かい夕食のありがたみを噛み締めて、食後に香茶を頂く。良い香りが心を落ち着けてくれて、今度は一気に眠気がやってきた。うう、ぼくはなんて本能に忠実なんだ。
「今日は疲れたよね。もう寝ちゃった方がいいと思うの」
「そうだね、そうさせてもらうよ」
普段よりもずっと早いけれど、もう立ち上がるのさえ億劫なほど眠くなってきた。アイリスちゃんに改めてお礼とおやすみを言って、のろのろと階段を上る。
今朝もここで目を覚ましたはずなのに、なんだか随分と久し振りに帰ってきた気がする。もう今日は何もしなくていい安心感から寝台に倒れ込んだ。そのまま体が沈んでいくような感覚で、心地良い眠気に身を任せる。
完全な眠りに落ちる間際。なぜかこの瞬間に検事が仰っていた言葉が頭に蘇った。
「帰らぬというのであれば歓迎する」と。あのままぼくが帰らなかったらどうだというのだろう。泊まっていたら、ぼくは。検事は。
「あああぁぁ~……!」
想像して、理解してしまった。いや、完全にそうと決まったわけではないけれど! もしかしたらぼくは、無意識に一大事をやり過ごしていたのではないだろうか。
ちゃんとした理由があったとはいえ、失礼ではなかっただろうか。検事はきっと優しく見逃してくださったのだと思うけれど、次はどんな顔をしてお会いすれば良いのやら。
呻き声を心配したアイリスちゃんに寝言だからと言って誤魔化して、頭の上まで布団を被った。