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秋を狩りに

全体公開 1 8896文字
2022-06-01 23:19:32

バロ龍(現パロ) 2018年10月11日投稿
法廷6無配

Posted by @saeki_f

 空気は涼しく、都会の中でも木々は色づく。長い夏がようやく姿を消して秋がやってきた。
 弁護士として東京で働く龍ノ介は、どちらかといえば風情よりも空腹をその身に感じていた。そんな彼が、仕事帰りにとあるものに出会う。

「検事、ひとつ提案があります」
 とある平日の夜、龍ノ介とバンジークスの家。夕飯の後に龍ノ介は一枚のチラシを取り出した。行楽シーズンに合わせて旅行代理店はここぞとばかりに様々なツアーを企画している。赤や黄色のチラシが目に留まる季節となった。
「バスツアー?」
「はい、一緒に行きませんか」
 龍ノ介が提示したのもその一枚だ。ターミナル駅に集合して同じ場所に帰ってくる、日帰りタイプのバスツアー。この時期特に多いツアーである。
 して、その中身とは。
「日本の秋といえば"狩り"でしょう」
……"Hunt"?」
「"味覚狩り"です、検事」
 チラシによれば、ブドウ狩りと栗拾いがセットになっているようである。合間にワイナリー見学なども含まれているらしく、特に強い関心を示さなかったバンジークスもそれには興味を掻き立てられる。
「味覚狩り……なるほど、イギリスにも似たようなものはあったな」
「しかもこのツアーなら、ついでに紅葉"狩り"もできるのです!」
(そちらはついでなのか)
 龍ノ介にとって、秋といえば食欲の秋なのだ。彼らしいといえばらしい。
日帰りならば連休を使わずとも参加できるし、バンジークスとしても断る理由がない。早速ネットから予約を入れ、あとは当日を待つばかりとなった。

 空が高い。雲ひとつない快晴で、絶好の行楽日和である。
「晴れてよかったですね」
……そうだな」
 バスツアーの朝は早い。平日より少し早起きしたバンジークスは、まだ眠気が残っているのか反応が鈍い。バスの中は少しは眠れるだろうからと、龍ノ介はバンジークスを窓際に座らせてあげた。
 目的地までは二時間ほど。行楽シーズン真っ只中の週末とあってバスは満員だ。全員揃ったことを確認し発車する。と同時に、バンジークスは浅い眠りについた。
 二人で旅行に来ておいて眠ってしまうことについて罪悪感が無いと言えば嘘になる。ちゃんと起きて会話をしたい気持ちはもちろんあるのだ。しかし昨夜の仕事が長引いてしまい、十分な睡眠時間を確保できなかった。そして龍ノ介もそれを承知している。これもツアー本編で元気に過ごすためと割り切って、龍ノ介の優しさに甘えてしまうのだった。



 到着の五分ほど前、ガイドの声でバンジークスの目が覚めた。龍ノ介はそれに気付いていない……というか、隣の席の見知らぬ客とすっかり打ち解けて楽しそうに話をしている。退屈な時間を過ごさせて悪いと思っていたが、そんな心配は無用だったらしい。龍ノ介が誰とでも仲良くなれる性分であるということを、寝起きの頭でようやく思い出した。
「あ、起きましたか? もうすぐブドウ農園に着くそうですよ」
 こういう点は龍ノ介の美徳ではあるのだが、自分のせいとはいえ少し寂しく思う。ともあれ、退屈はさせずに済んだようだ。ぼんやりとそんなことを考えながら、バンジークスは次第に目を覚ましていった。

 山の中腹にある農園は少し肌寒いほどで、眠い頭も冴える。ガイドの後に続いて畑に入ると、甘い香りが客の鼻をくすぐる。この場で食べる分には好きなだけ取って構わないが、必ず房ごと取ってこの場で食べきるようにとのことだった。滞在時間と胃の容量を考えると一人一房が妥当だろう。参加者は一番良い実を探しに園内へ散らばり、龍ノ介とバンジークスもそれに倣う。
 ただ、一つだけ問題があった。
「だ、大丈夫ですか……?」
 ブドウの棚の高さは龍ノ介の身長ほど。そこから実が下がっているので、ほとんどの男性は屈みながら歩かなければならない。バンジークスなど言うまでもないだろう。
「大丈夫だ。が、一房頂いたら天井の高い所に移動したい」
 龍ノ介としてもずっと首を傾げているのは辛い。珠玉の一房を見つけたら、棚と棚の切れ間に出た方が良さそうだ。
「日本のブドウはこのようにして作っているのか……
「イギリスでは違うのですか?」
「少なくともワイン用の農園しか見たことがないものでな」
 龍ノ介はテレビでしか見たことがないが、ワイン用のブドウは棚を使わず、どちらかというと野生に近い実のつけ方をしているイメージだ。
「すみません、これはぼくも盲点でした」
「気にするな。長時間でなければ問題ない」
 話しながら目は品定めすることを止めない。二人とも至って真剣で、龍ノ介もバンジークスに負けず劣らず深い皺を眉間に刻んで吟味していた。
 が、そう悩んでばかりもいられない。遂に出会えた至高の一房を手に取り、真っ直ぐ立てる場所まで移動する。待ちかねた一粒をそれぞれ口に運んだ。
「おおっ!」
……ふむ」
 瑞々しく芳醇な香りの、秋の甘さ。龍ノ介もブドウを食べたのが久し振りだったせいか、感動も三割増しだ。
「おいしいですねえ」
「ああ、日本のブドウは甘いな。種もなく食べやすい。これはなかなか」
「そういえば、ロンドンで買ったブドウは食べるのが大変でした。あれもおいしかったですが」
「皮は剥きにくいし種も多い。これくらい品種改良に力を入れてみてほしいものだな」
……ドビンボー博士、こういうのに興味はないでしょうか」
……彼の専門は機械科学だったと思うが」
 喋りながら次々と粒が無くなっていくあたり、バンジークスは相当これが気に入ったようだ。ここまで喜んでもらえると龍ノ介としても誘った甲斐があったというもの。正直なところ、朝早くに起こしてまで彼を連れて来たことを申し訳なく思っていた部分もある。別の友人を誘うこともできたが、それでもバンジークスと一緒に行きたかった。だから彼が楽しいのなら龍ノ介も嬉しい。気を遣う間柄ではないものの、親しいからこそ無理をさせたくはない、少し面倒な心理だった。

 半分ほど食べ進んだところで、龍ノ介は入口の方に目を向ける。早々にお腹いっぱいになった子供らが入口近くの売店を物色している声が聞こえたのだ。それでガイドの言葉を思い出す。
「入口の方で直売もしているそうですよ。普通に買うと一房何千円ですけど、格安で買えて宅配までしてくれるんですって」
「一房、買って帰るか」
 粒が大きく甘いブドウは一人で一房くらいぺろりと食べられてしまう。せっかく遠出したのだから、記念に買っても良いだろう。すぐに無くなってしまいそうだが。




 時間になり、一行は少し離れたワイナリーへ移動した。一面に樽が並ぶ様子はバンジークスの執務室を彷彿とさせる。若干懐かしく思いながら、大人たちは配られたワインを試飲する。子供にはジュースが用意されていた。もちろん龍ノ介にも、何の疑いもなくワインが渡される。龍ノ介は何も言わなかったが黒い眼差しは雄弁で、そら見たことか、日本国内ならちゃんと大人に見てもらえるのだとバンジークスに熱い視線を送っていた。当のバンジークスは意に介していなかったのだが。
 配られたワインは熟成期間が短く、日本人の好みに作られたと説明された。龍ノ介は赤がそれほど得意ではないのだが、なるほど確かにこれは飲みやすいと感じた。酸味が強めですっきりとしている。バンジークスは少々物足りなそうな顔をしていた。
「やっぱりご自分のコレクションの方がお好みですか?」
「これはこれで美味い。が、そうだな……売店で私好みのものを探させてもらうとしよう」
 バンジークスにとってはやはりそれが今回のメインイベントのようだ。二人の家にあるワインセラーは既に九割ほど埋まっているが、このテンションだと全て埋まるのも時間の問題だ。

 売店でももちろん試飲ができる。バンジークスはかつてないほど活き活きとした目で、早速あれこれと頼んでは説明を聞いたり試飲をしたり。店員の方が気圧されそうな雰囲気である。
 龍ノ介は好きなようにさせていたが、しばらくしても決まる様子がないものだから心配になり始めた。一本を吟味しているのなら良いが、ワインセラーに入りきらないほど買おうとしていたら流石に止めなければ。
 一際背の高いイギリス人は簡単に見つかった。その手元にはずらりと並んだ空の紙コップと、購入を決めたと思しき瓶が数本。
「ちょっと! まさかそれ全部買うつもりですか!?」
 正確には七本。完全にキャパオーバーである。買うのはワインセラーに入りきるだけと最初に約束したはずなのに、こういう時だけは彼の真面目さもどこかに霧散してしまうようだ。
……駄目か?」
「うっ」
 軽く三十センチ近く上から見下ろされているというのに、つぶらな瞳の子犬に見上げられているような錯覚に陥ってしまう。バンジークスは普段、買い物で龍ノ介を困らせたりはしない。必要なものを必要なだけ、それなりのクオリティであれば良いというスタンスで、物欲があまりないのだ。その彼にねだられては断りづらい。しかし七本はいくらなんでも多すぎるだろう。
 龍ノ介はしばらく考えた末、今なお訴えるような瞳に向かって妥協案を出した。
「三本なら」
「五本」
……四本」
「感謝する」
 子犬のようだった表情が、柔らかく嬉しそうなものに変わった。とはいってもその変化は龍ノ介にしか分からないほど微々たるものであり、傍から見れば威圧する外国人とそれに立ち向かう日本人であったのだが。

 会計を済ませてバスに戻る。客は八割方戻ってきていた。皆ワインを飲んでご機嫌になったのか、午前中よりも車内が賑やかだ。バンジークスもほくほく顔で、龍ノ介もそれにつられて口元が緩む。今も楽しいが、家に帰って一緒に飲むのが楽しみなのだ。


 残り数人の客が乗り込んで、バスは次の目的地へ出発した。
「さて皆さん、次はいよいよ栗拾いです。事前にご案内しました通り、ここで手袋を配布しますので一人ひとつ取って後ろに回してくださいね」
 ガイドの案内で前方の座席から手袋が回される。龍ノ介とバンジークスも自分の分を取って後ろに回した。軍手ではなく厚手のゴム手袋だ。
「栗拾い……初めてだな」
「イガは危険です。扱いづらいからといって手袋を取ってはダメです。油断すれば血を見ますよ」
「やけに実感のこもった言い方だが」
「子供の頃に近所の栗の木で嫌というほど味わいましたから」
 バンジークスも栗に触った経験くらいはあるが、今日はそこからひたすら実を取り出すのだ。龍ノ介の言う通り油断は禁物である。
 こんな手袋をしてまでわざわざ自分で栗を採りたいとは、バンジークス一人なら思わなかっただろう。日本で暮らし始めてまだ日は浅いが、龍ノ介は彼をあちこちへ連れて行く。特別に意識しているわけではなさそうで、ただ龍ノ介がバンジークスと一緒にやりたいことを伝えているだけ。その存在がバンジークスにとってどれほどありがたいか。そうでなければ平日の疲れも抜けきらない内から早起きをして、満員のバスで遠出などするものか。

 再びバスが停まり、今度は栗農園へ。老いも若きも皆バスを降りるなり厚手の手袋を装着し、準備は万端。
 農園に入る前にガイドから改めて説明が入った。ブドウと違って栗はその場で食べることができないので、拾ったものは持ち帰ることになる。一人当たり一キロまではツアー料金に含まれ、それ以上持ち帰りたい場合は追加料金を払えば良いとのことだった。
 更にグループにひとつ火ばさみが配られ、農家の方が良い実の見分け方やイガの開き方を教えてくれた。それが終わればいよいよ栗拾いスタートだ。ブドウ農園でも元気にはしゃぎ回っていた子供らが一斉に走り出す。そして親たちがそれを小走りで追う。
「ぼくらも行きましょう! できるだけたくさん拾わないと!」
「? そんなに持ち帰れぬのでは?」
「何を仰いますか。栗は虫に食べられやすいのです! 農家の方が判別してくださるそうですが、一キロぴったり持って行っても全部無事とは限らないのですよ」
「なるほど。では急ぐとするか」
 ふかふかと柔らかな土を踏み締めて、二人で良い木を探しに歩き出した。


 この農園の栗の木は低い。高い場所の実でも取りやすいようにするためだ。低い場所の実は大人であれば十分届く。すると何が起きるかというと。
「!! っ!!」
 バンジークスが真っ直ぐ立つとちょうど頭の高さにイガがくる。実を拾って起き上がったり、木から実を探そうとすると、バンジークスは人よりもダメージを受ける回数が多かった。
 騒ぎ立てるような性分ではないものの、痛いものは痛い。小さく上がった呻き声に、龍ノ介が振り向いた。
「大丈夫ですか!? もしかして頭にイガが!?」
「何度か……
 怪我をするほど強くは当たっていないが、小さなダメージも積み重なると辛いだろう。
「ここでも身長の高さが仇になるとは……盲点でした。すみません」
 ブドウ棚に引き続きである。悪気など一切なかったにせよ、誘った側としては痛い思いをさせて申し訳なく思う。
「あっ、そうだ。良いものがあります!」
 そう言うと龍ノ介は自分の鞄から何かを取り出した。小さな肩掛けの鞄に折り畳んで入れられていたものは、黒いキャップであった。
「日差しが強かったらと思って持ってきたのですが、これなら頭を守れます」
「ありがたい」
 普段は帽子、特にキャップなど被らないバンジークスだが、背に腹は代えられない。それに、龍ノ介の物を借りている状況が少し嬉しくもあった。
「ふふ、似合いますよ」
……そうか」
 本人としては似合うわけがないと想ってはいたが、龍ノ介もなんだか嬉しそうであるし、たまには悪くない。これで安心して栗拾いを楽しめる。

 元々器用なのもあり、バンジークスは次々とイガを開いて実を回収していく。少々高い場所にある実でもバンジークスの身長なら易々と取れるものだから、二人組とは思えないスピードで集められる。
 収穫体験とは、つまるところ作業である。いかに手早く効率よく進められるか。いつの間にか二人はそれぞれ役割を分担し、黙々と栗を集めることに夢中になっていた。籠がそれなりの重さになってきたところで龍ノ介が虫食いチェックを始める。後で仕分けてもらえるとはいえ、明らかに穴の開いた実は持っていても仕方がない。
「穴が開いているのはそれほど多くないようだな」
「できるだけイガの開いていないのを選びましたからね。まだ時間もありますし、もう少しだけ採っていきましょう」
 ルーチンに乗ると作業は楽しい。持ち帰りに十分な量は採れているのだが、この作業の調子も上がってきたところだ。収穫時間のギリギリまで二人は栗のイガと格闘を続けた。


 収穫時間の終了が伝えられ、参加者は収穫した栗を一度預ける。持ち帰りの希望の量を伝えておいて、計量と選別をしてもらうのだ。それを待つ間に客は農園の裏手に連れて行かれる。

「それでは、ここでしばらく休憩となります。時間になったらお呼びしますので、声の届く範囲に居てくださいね」
 ガイドの声をちゃんと聴いている者が果たして半数もいただろうか。農園の裏はすぐ山の斜面になっており、見事な紅葉が視界いっぱいに広がっていた。燃えるような赤の楓に、オレンジがかった桜。他にも温かな色に満ちた場所だった。
「わあ……ついでとは思えないほど綺麗ですね」
……やはりついでなのか)
 ツアーとしては紅葉狩りの時間を取っているわけではないので、これはやはりついでなのである。
 夏から急に気温が下がったためか、今年の赤は鮮やかだ。登山道の入口でもあるらしく、リュックを背負った人がちらほら山に出入りする。この季節、この景色ならさぞ山登りも楽しいことだろう。
 ベンチで休憩する者、まだ元気に走り回る者、紅葉の写真を何枚も撮る者。過ごし方は様々だ。龍ノ介とバンジークスは二人並んでベンチに腰を下ろし、風に揺れる赤い景色を楽しんでいる。
「ついでと聞いていたからどんなものかと思っていたが、大したものだな」
「今年は特に綺麗です。良い時に来ましたね」
「貴公に誘われねば見られなかった。感謝する」
「いえ、お礼を言われるようなことでは―――
 ふと香ばしい匂いが辺りに漂い、龍ノ介の意識が一気にそちらへ持っていかれる。
「どうした?」
「なんだか良い香りが……あっ」
 龍ノ介の視線の先に、浅い籠を抱えて歩いてくる人の姿があった。農家の方だろうか。籠の中にはたくさんの栗が並んでいるようだ。
 龍ノ介と同様、香りに反応した子供たちが一斉にその人のもとへ駆け寄る。休憩所の中央に設置された机に籠を下ろす頃には、バスツアー客の子供のほとんどが周りに輪を作っていた。
「皆さん、焼き栗をお持ちしたのでどうぞ召し上がってください」
 その声が終わるや否や子供たちは籠に手を伸ばした。休んでいた大人たちもぞろぞろとそれに近付いていく。
 バンジークスには、龍ノ介が今どんな顔をしているか手に取るように分かった。もう紅葉そっちのけで焼き栗に意識が集中している。すぐにでも取りに行きたいのだが、子供やお年寄りが居る手前少し遠慮しているのだろう。
「早く行かねば無くなってしまうのでは?」
「! 取ってきます!」
 やはり我慢できないといった様子で龍ノ介も籠に向かう。人の波が大方引き、心配そうに籠を覗く。しかし両手に栗を乗せて戻ってくる時の顔は正に満面の笑みであった。
「焼きたてだそうです。まだ温かいですよ」
 差し出された両手の器には、大きく丸い栗が四つ並んでいた。殻に入った切れ目から金色の中身が覗いている。
 龍ノ介が貰ってきた分を食べて良いものだろうか。そんな逡巡がバンジークスの中にあったが、龍ノ介はそれを見透かしたように続けた。
「無くなったらまた持ってきてくださるみたいですから、どうぞ遠慮なく」
「では、いただくとしよう」
 二つを手に取り、殻を割る。口に入れれば柔らかくほろりと崩れ、優しい甘さと香ばしさが広がった。龍ノ介には馴染みの、バンジークスにとっては故郷の栗と少し違う味。これもまた秋の味である。
「こんなに立派だとそのまま食べるのが一番な気もしますね。でもおこわも捨てがたいし、揚げたり煮物にしてもおいしいし……
「?」
 龍ノ介は栗の実をじっと見つめてあれこれ考えているようで、内容が全て口に出ている。急に何を言い出したのかとバンジークスが視線を送った。
「持って帰った栗の調理方法ですよ。何かご希望はありますか?」
「いや、私は特に……
 そう言いかけたが、龍ノ介の真剣さといったら法廷に立っている時といい勝負だ。龍ノ介が好きなものを作ろうと思っていたのに、バンジークスもその様子に感化されてしまった。せっかく滅多に買わない食材を持ち帰るのだから、一緒に考えた方がきっと楽しい。
「その"オコワ"とは何だ?」
「あ、ご存知ないですよね。具材ともち米を合わせて炊いたもので、日本で栗料理といえばこれと言っても過言ではないのです」
 バンジークスが興味を示したのが嬉しいのか、龍ノ介の語り口も熱い。それとも単に栗おこわが好きなだけかもしれない。
「ではそれにしよう。それと、もし良ければイギリスの栗料理を作りたいのだが」
「ぜひそうしましょう! 明日は買い物ですね。もち米とか買わないと」
 一日の疲れも忘れる勢いである。互いの知らない料理を一緒に作るとなれば楽しみも一層増す。
 温かい栗を食べ、美しい景色を眺めながら、明日の買い物と先ほど買ったワインに合う料理についての相談をするという至福の時間。いつの間にか日が傾き、目の前だけでなく世界の全てが朱色に包まれていた。



 二回目の焼き栗が全て無くなる頃にガイドから招集がかかった。選別から梱包まで終わり、バスの準備ができたとのことだ。他の客に続いて二人も重い腰を上げてバスに向かう。
 歩きながら龍ノ介はバンジークスを見上げた。
「ねえ、検事」
「なんだ?」
「今日は楽しかったですか?」
 龍ノ介が行きたいからと誘ったツアー。身長の高いバンジークスには何かと苦労をかけてしまい、不安げな様子が見え隠れする。
 そんな心配とは裏腹に、バンジークスの口角は緩やかに上がっていた。
「ああ、とても」
 実際、日本の味覚狩りは想像以上に面白いものだった。イギリスのものとは違う新しい経験が得られもしたし、季節を感じられる行事だと感じる。果物はおいしく、景色は美しく、充実した一日が過ごせた。
 だが、それもこれも全て。
「良かった! ぼくもです」
 この充足感は隣に居る龍ノ介の笑顔があればこそ。バンジークス一人であったなら、これほど楽しいとは思わなかっただろう。嬉しそうな彼に続いて、バスの階段を上がった。



 帰りの車内は驚くほど静かだった。子供も大人も疲れ切って、寝ている人が殆ど。龍ノ介とバンジークスも例に漏れず、誰も見ていないのを良い事に頭を寄せ合って眠っている。
 今日は人目があったために接触することはあまりなかったが、外で我慢した分、今日は帰ったら一緒に寝るのだろう。疲れているからきっとよく眠れるはず。明日は日曜日なのだから、ゆっくり休んでのんびり買い出しに行けば良い。

 ツアーが終わっても楽しみはまだ終わらない。収穫した栗も、バンジークスが買ったワインも、数日後に届くであろうブドウも、今日のことを思い出しながら食べるのだ。


 バンジークスが日本に来て初めての秋。少しだけ特別な一日が終わろうとしていた。


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